熱を帯びる風に煽られて、砂のつぶてが纏わりつく。  
テントを抜け出し人の気配がないのを確認して、サラは静かに溜息を吐いた。  
 
 長く続いたこの戦役も、恐らく今度の戦闘で終わる。  
革命の成功が見えてきたからだろうか。最近不安に揺らぐ者が続出した。  
不眠、食欲不振などはまだましな方、酷い者は錯乱し自らに刃を突き立てた。  
 皆、疲弊しきっている。何より彼らを癒す自分こそが、実は一番病んでいる事を  
強く実感していた。  
 
 目の前には枯れ朽ちた木が数片埋もれている。果てなく広がる砂の丘といい、  
まるで虚ろな自分のようだと自嘲の笑みが浮かんだ。  
 何もかもが、どうでもいいと思えてしまう位に遠い。  
いっそこのまま、私も埋もれてしまおうか。  
馬鹿な事をつらつらと考えて、倒木へと腰掛ける。  
ぼんやりと夜空を見上げれば、遠くで羽ばたきの音が耳に届いた。  
 
 規則正しい羽音がだんだんと近付き、程なくして視界が朱に染まる。  
夜闇でなお鮮やかなその羽色に、私は心を奪われた。  
 
「あまり遠くへ出歩くと危ないぞ」  
「……カノープス。……どうしたの?」  
「カボチャ共に泣き付かれるのが面倒でな。逃げてきた」  
「また変な実験?」  
「知らん。とにかく毎晩毎晩勘弁してくれ、だ」  
 
 頭を乱暴に掻いて愚痴をこぼす有翼人。  
彼らのその楽しげな光景を想像しては、暖かなものとどす黒いものが  
湧き上がるのを感じた。  
 
「相変わらず仲が良いのね」  
「誰が誰と」  
「貴方と、彼女と、彼ら」  
「…………冗談は止めてくれ」  
「端から見てて微笑ましいわ。……羨ましいくらい」  
 
 思わず漏れた暗い呟きに、彼の表情が怪訝に曇る。  
しまった、と思っても遅い。繕うように笑みを浮かべても、彼の眼差しは深まるだけ。  
何か別の事をと口を開きかけた私に、彼の言葉が被さった。  
 
「……サラ。お前こそどうした?」  
「何? いきなり」  
「こんな夜更けに一人で……何があった?」  
「…………何も」  
「嘘言うな。じゃあ何で」  
 ふいに力強い腕が伸びてくる。頬を捕まれ強引に視線を合わせられた。  
 
「……そんな虚ろな顔をしてる?」  
 
 がっちりと固定されて、逃げ場がない。  
射るような強い眼差しを、私は正面からではなく俯瞰して眺めていた。  
 
 
 ああ、まただ。何時からか意識が乖離するようになって、もう随分と経つ。  
自分を上から眺めてる感覚は既に慣れてしまったが、頻繁に起こるそれに辟易していた。  
言葉を紡ごうと、その手を払おうとしても、意識と身体の繋がりが酷く鈍い。  
 彼の手に力が入る。耳に触れ髪を撫で、無骨な指が私の意識を掻き乱す。  
そしてもう片方の手が軽く頬を叩いた瞬間、ようやく私の身体に実感が戻った。  
 
「……別に何もないわ。ただ、ひとりになりたかったのよ」  
「………………」  
「信じられない?」  
「……信じろと、お前は言いたいんだな?」  
「ええ。……風が強くなってきたわね。帰りましょうか」  
 
 呪文の詠唱のように流れる言葉が、悲しくなる程に薄っぺらい。  
彼は軽く溜息を吐いた後、ゆっくりと手を離していく。その遠くなる温もりを何故だか  
離したくなくて、私は思わず彼の腕を掴んだ。  
突然の行動に、彼の片眉がぴくりと跳ね上がる。  
 どうしてこんな事をしてるのか、自分でも判らない。けれど目の前の彼ならば、  
この不可解な甘えを許してくれる、気がした。  
 
「……やっぱり、もう少し傍にいて」  
「……ああ」  
 
 掴んだ腕を引き寄せ彼を跪かせる。急に近くなった精悍な身体を抱き締めると、  
微かな汗の匂いと陽だまりのような温もりが私を包み込んだ。  
 
 何も言わず、なすがままにさせてる彼。  
じんわりと伝わる熱に、久しく忘れていた安らぎを感じていた。  
 弓を引くよりも人を癒す事を選んだ、その選択に迷いや悔いはない。  
だが思った以上の重責で、今の狂った私がいる。壊れる事など、許される筈もないのに。  
 
 彼の胸にしがみ付きながら、思い出すのは弓使いの彼女。  
毎夜密かに苦しんでいた彼女を、私は救えなかった。  
結局した事と言えば、抱き締めるだけで彼女を笑顔にした騎士に嫉妬をし  
そして、自分の無力を責めただけ。  
 でも、それも仕方のない事。形骸化した祈りの言葉よりも、この揺らぎない温もりの方が  
どれ程心を癒すか。理屈ではなく、身を以って判る。  
 
 まどろむように目を閉じて、指を滑らせる。  
少し硬めの髪を梳き、バンダナから覗く耳に、そして彼を象徴する羽飾りへ。  
くすぐったそうに顔を背ける彼を、とても愛しいと感じる自分がいた。  
 
「……もう少し、っていうのはどれ位なんだ?」  
「さあ? ……貴方が帰ると言うまで、かしら」  
「言わなかったら?」  
「ずっとこのまま、傍にいて」  
「期待される程の理性なんざ持ち合わせてなくても?」  
「そんなもの、私だってないわ」  
 
 腕を緩めて見上げれば、静かに問いかける穏やかな瞳。  
誘うように、誘われるように、引き寄せてキスをひとつ。  
共有される吐息が切ないまでに甘い。  
 
「白状すると、ひとりになりたかったのは本当。でも貴方が来てくれて、嬉しい」  
「そりゃ光栄だ」  
 
 屈託ない彼の笑顔に、身体が心地よく高揚する。もう一度、触れるだけのキスを。  
離しては見つめ、そしてまた触れて。ついばむようなそれは数を重ねる毎に深くなっていく。  
躊躇いがちに差し出した舌は思わぬ強さで絡め取られ、淫らな水音を響かせた。  
 
「……ここで?」  
「ええ」  
「優しくは出来ないぞ」  
「構わないわ。……一時でいい、貴方の手で泣かせて」  
 
 告げる言葉と彼の腕、どちらが先だったか判らない。  
逞しい腕で捕え首元に噛み付く彼に、私は短く声を上げた。  
 
 性急に刻まれる口付けの跡に、感覚が鋭くなる。  
乱暴な手付きでベルトを外され、ボレロが滑りチュニックを捲られた。  
瞬く間に衣服を剥いでいく彼に、否応なく高められつつも苦笑の呟きがもれる。  
 
「本当に、容赦ないのね」  
「何言ってんだ。これからだろ」  
 
 不敵な答えを返し私のズボンを引き落とす彼。もう片方の手は髪を弄り、髪留めを  
器用に外していく。小さな金属音の後、その指に乱され波打つ髪が背中を覆った。  
 身に着けているのは、指輪と下着だけ。そんなあられもない姿になった私を、  
彼は自身の膝へと座らせる。  
閉じようとした脚は難なく開かされ、彼を跨ぐような格好で向き合った。  
 
「さて、覚悟はいいか?」  
「……もし、駄目だと言ったら?」  
「止めない」  
「意地悪」  
 額をごつんと打ち付ければ、めちゃくちゃに頭を撫でられた。  
軽く睨むと彼の優しい眼差しとぶつかる。  
 
「いい顔だ。さっきよりずっといい」  
「……本当に、意地悪なんだから」  
「何とでも。でもそう言われるのは、悪くないな」  
「…………ばか」  
   
 拗ねた唇に甘いキスを。髪を撫でる手が首筋もなぞり、その刺激に背中が弓反った。  
突き出された膨らみは彼の厚い胸板に潰され、更に身体を痺れさせる。  
舌が口腔内で暴れまわる。僅かな意識の乖離も許さない程に、執拗にざらつきを  
擦り付けては、引き込んで裏を舐める。それでも空気を求める舌に、軽く歯を立てられた。  
際限なく溢れる唾液は攪拌し、互いの喉を、口の端を流れていく。  
その飲下する度動く喉が、意外に長い睫毛が、どうしようもなく艶かしい。  
 
 徐々に身体が火照り、力が抜けていく。  
彼は抱え直すように腕をまわし、私の胸を掴んだ。  
一際高い喘ぎが口内で響く。反動で舌は解放され、微かな糸を胸に落とした。  
 
 絡み合う視線。混ざり合う欲望。  
彼は溢れた唾液の跡を辿り、顎から首筋へ、鎖骨にそして胸の頂きへと舐めた。  
柔らかく吸われる刺激に快感が走る。  
私は堪えきれず爪を立て、彼の肩に淫らな傷を付けた。  
 
 色付く頂きの外縁を焦らすように舐めては、唇で甘く食んでいく。  
唾液に濡れた肌は痛い程に鋭敏になり、荒くなる吐息ですら私を苛んだ。  
 身を捩りたくとも、背中にまわる腕がそれを許さない。私はただ縋るように彼の肩を、  
髪を掴み震えるだけ。  
鼓動がうるさく耳に付く。はしたなく漏れる嬌声に耐えられなくて、自分の指を強く噛んだ。  
 
「……大丈夫だ。誰も聞いてやしない」  
「でも……」  
「綺麗な指に傷を付けるな。我慢できないなら、俺を噛め」  
「駄目よそんな……――――んんッ!」  
「いいんだよ。……もっと聞かせてくれ」  
 
 脇から伸びる手が両の胸を揉みしだく。唇は右の頂きへと移り、  
硬く起立する乳首を何度も舐め潰した。  
更に強烈な快感が襲い、一気に昇りつめる。背筋を走るその予兆が何故か怖くて、  
彼の頭を強く抱き締めた。  
 身体は壊れたように震え、苦しい。身体と意識がこんなにも近く、いや身体そのものに  
成り果てた意識が何かを喚いている。  
どうかしてる。どうかなってしまっている。怖い、いやだ助けて!  
 彼が強く吸い上げ頂きを摘んだ瞬間、遂に達してぐったりと脱力した。  
 
 
 
 息が上手く吸えない。それでも空気を求め肩は激しく上下した。  
弛緩した途端に肌から汗が吹き出て、こもった熱を夜の中へと発散させる。  
その間中、彼はゆっくりと私の髪を梳き、柔らかく肩を抱いていた。  
 
 平然として見える彼の、鼓動が速い。私のよりは幾分穏やかな、けれど決して  
常とは言い難い速さに顔が赤くなる。  
彼も、興奮しているのだろうか。何に……私の痴態に?  
急に羞恥心が湧き上がり身を起こすと、布越しに主張するそれが私の腿にあたった。  
 
「あっ…………」  
「ん……まぁ、そりゃな。そうなるだろ」  
「……言わないでよそんな事」  
「いいだろ別に。……さて、だ」  
 
 すい、と指を滑らし私の下着に触れる彼。片脚を掴んでは器用に引き抜き、  
濡れそぼった残骸は私のふくらはぎに丸まった。  
もう身を隠すものは何もない。そして彼は自身のベルトを外そうとし、私はその手を  
遮るように掴んだ。   
 
「? ……どうした?」  
「私ばっかり……何だかずるいわ」  
「そうか? ならどうしたい?」  
「どうしたら貴方は、嬉しいかしら」  
「言わせるなよそんな事。……まぁ、ご自由に」  
 
 彼はぱっと手を離すと、そのまま後ろに手を付いて私を見つめた。  
からかうような、期待するような眼差しが私を嬲る。それに耐えられなくて、  
振り切るように口付けをした。  
先程の暴力的な動きとは一転、全て私のなすがままに絡む舌。  
くちゃと水音だけが高く上がり、消えていく。  
 じりじりと込み上げる熱情と冷めた客観がせめぎ合い、逃げたい位に恥ずかしい。  
それでもと指を彼の胸へ這わせれば、微かな反応が確かに伝う。  
 
 一度唇を離し、瞳を開いて再びキスを落とす。  
焦点合わない程に近い彼を見つめ、彼を味わい、彼に触れる。耳には息遣いが、  
そして汗の匂いが私を包む。  
 全てが彼で満たされている。彼に、溺れている。  
彼も瞳を開き、互いの欲情を探りながら見つめ合う。何もかもを暴きそうなその眼差しに、  
拒絶する気持ちと晒してしまいたい想いが交錯した。  
 
 舌を放し唇に名残を付けては首筋へとずらす。頑強な身体を確かめるように、  
筋をひとすじひとすじ隈なくなぞった。  
時折触れる古傷に過去の痛みを思い、癒すように舐め上げる。その度に控えめな、  
押し殺した吐息が彼の口から悩ましく漏れた。  
 身体をずらし、ベルトに手をかける。金具のはまってなかったそれはあっさりと解け  
ボタンをひとつ、ふたつと外していく。  
すると下着を押し上げてそれが飛び出し、私は思わず吹き出した。  
 
「……笑うな。仕方ないだろ」  
「ごめんなさい。でも、少しは悦んでもらえたのかしら」  
「さあね。……で、どうするんだ?」  
「どうして欲しい?」  
 
 ズボンと一緒に下着を両手で掴むと、彼が腰を浮かせてくれた。  
力一杯引き抜けば、全てが露わになる。  
その全容を改めて眼下に確認し、私は生娘のように全身を固まらせた。  
 
 硬く隆起するその大きさに、情けなくも血の気が失せる。  
恐らくは片手でやっと握れるかどうか。  
そんなものが自分の中に、と考えたら、即座に無理! と頭の中で声が返った。  
 
「……なぁ。そこで止められると、こっちも反応に困るんだけど」  
「えッ!? あっああ、ごめんなさい! ……えっと」  
「もう降参するか?」  
「………………」  
 
 暫くの逡巡の後、私は力なく首を振った。確かに辛そうだが、ここまできて止めたくない。  
意を決して指を伸ばす。熱くて少し弾力があるような、不思議な硬さを持つそれを  
尖端から根元へと触れた。  
癖のある茂みを探り、奥の柔らかな袋を手のひらに。そしてもう片方の手で幹を  
引き寄せ、見えるように舐め上げる。  
 彼がびくりと身体を震わせ、そして相当焦った声が降りかかった。  
 
「うわ待てッ! そこまでしなくていいッ!!」  
「……ご自由に、って言ったじゃない」  
「いや、でもッ!」  
「貴方は嫌……?」  
「………………その聞き方は、反則だ」  
 
 彼は自分の額を抑えては、乱暴に髪を掻き溜息を吐いた。  
その姿を確認して、私は意識をそれへと戻す。より強い彼の匂いが鼻へ抜けた。  
尖端を丹念に濡らしていく。唇で優しく焦らすように食んでは舐め、添えた手を  
上下させると、それは強く脈動を伝えた。  
塗り付ける唾液が手をも濡らし、徐々に滑りがよくなる。最初は軽くなぞるだけだった  
動きを大胆にしていけば、応えるようにそれも張りを増した。  
 
 口角が鈍い痛みを訴える。  
限界まで開いて飲み込もうとしても、歯が触れてしまって入らない。  
何度もむせそうになり、その度に息を止めて堪え、そしてまた舐る。  
だんだん自分が何のために何をしてるのかさえ、判らなくなる。  
倫理だの信仰だの、もうどうでもいい。いやらしく貪って、もっと彼の淫らな声が聞きたい。  
私の手で、乱れて欲しい。  
 茂みの奥の袋を揺さぶる。幹を小指から握り直し擦り上げる。  
頭がぶれてそれに歯が当たった刹那、私は勢い良く引き剥がされた。  
 
 視界がぐらりと反転する。  
そのまま後ろへ倒れそうになったが、すかさず彼の腕が私を支えた。  
舌に残る彼の味。その余韻を指で確かめては唾液の跡をなぞる。  
はしたなく濡らす唾液は、この夜の中にあってもあちこちを背徳的に光らせた。  
 
「ッ……もういい。やばい」  
「ん…………ん――ッ!」  
 
 手荒に抱き締められ、熱い唇がキスを奪っていく。  
喉の奥まで掻きまわし、名残を上書きするように刺激が与えられた。  
身体の芯が疼く。全身を駆ける脈動に震えながら、私は喰われた。  
 
 彼の手が泥濘のもとに伸びる。触れた所からぴちゃりと快感の音を響かせた。  
指を一本入れてはぬめりを纏い、内壁を広げるように動かしていく。  
ぐるりとまわして隈なく触った後、更にもう一本増やし指を開いた。  
 敏感な芽を彼自身で圧迫される。指を浅く深く突き入れては前を強く揺さぶる。  
呼吸が出来ないまま昇りつめ、私は水のような何かまで吐き出した。  
 
「……いいよな……?」  
「……聞かないで」  
 彼が私を持ち上げ自身の尖端へあてがい、そしてゆっくりと降ろしていく。  
 
「――――――ッ!!」  
「力抜けッ。出来るだけでいいから、深呼吸しろ」  
 
 突如襲う圧迫感と痛みに、声泣き悲鳴が漏れた。  
みしみしと広げていくそれに、強い反発を返す私の内。彼も痛みを感じているのか、  
眉根が寄り額には汗が浮かんでいた。  
 苦しくて、痛い。けれどこれこそが、私の求めていた「生きている実感」。  
無様に荒い呼吸を繰り返し、彼の肩にしがみ付いて沈めていく。  
余りに遅い歩みは私の体力を容赦なく削っていった。  
 腿ががたがたと震える。遂に限界まで力を使い果たし、私は全身の緊張を解いた。  
 
「――やああああああッ!!」  
 
 深々と奥まで突き刺さり、その衝撃で声の限りに叫びを上げた。  
全てを吹き飛ばす鮮烈な存在感。感覚が限界を振り切って、私は意識を手放した。  
 
 
 
逞しい腕に守られてまどろむ。額に触れる優しいキスに、ようやく私は目を覚ました。  
 
「……大丈夫か? 悪い。その、もしかして……」  
「違う。初めてじゃないわ」  
「それでも……済まないな。痛い思いさせて」  
「いいのよ。言ったでしょう? 『泣かせて欲しい』って」  
「……サラ。お前、言葉には気を付けろ」  
 彼の腕が私の腰を掴む。軽々と持ち上げ、杭が抜けるぎりぎりの所で動きを止めた。  
 
「……もう、どうなっても知らないからな」    
「構わないわ」  
   
 自重のままに落ちる身体。強烈に奥を突き上げられて、私はまた獣の叫びを上げた。  
 
 最奥を穿つ凶器は容赦なく躍動する。それはもはや、快感などではない。  
切り裂くような鋭い痛みを伝える入口と、殴打されたような鈍い痛みを訴える奥。  
持ち上げられては降ろされて。私の重さなど羽根程にも感じていないのか、  
疲れを知らない動きで何度も打ち付ける。  
降ろす度に突き上げるそれは角度を変え、強さを変え、一時さえも休む事を許ない。  
 身体全体を揺さぶられて、目眩がする。長い責め苦の末、痛みしか返さなかった内は  
感覚を失くし麻痺したようにひくついた。  
 
 こんなもの、セックスなんかじゃない。  
もしこれがそうだと言うなら、今まで私を通り過ぎた男達は何だったのか。  
欺瞞は許さず、真っ直ぐに攻め立てる彼。強い眼差しの奥には静かな熱情が宿る。  
 見られている。全てを、暴かれている。伸ばした腕は空を掴み、大きく身体が泳いだ。  
耳をつく激しい呼吸は彼のか、私のか。  
熱くて溶けてしまいそうで、なのにこれ以上ない程明確になる、私という形。  
   
 身体の奥に秘める力が、弾けようと渦巻いている。  
暴走しそうなそれを彼の人の名前を叫んだ瞬間、激しく何かが溢れ出し  
私はその迸りに翻弄されるように地へと堕ちた。  
 
 
 
 彼の肩にもたれて、ただひたすらに波が収まるのを待つ。  
身体の重みが消え自己の境界が曖昧になる。このままでは意識を失ってしまう、  
それだけは避けようと何度も大げさに深呼吸をした。  
 
 一度強く抱き締めて、彼は私から繋がりを抜いた。途端にこぼれる欲望の成れの果て。  
立ち昇る匂いが惚けた頭を現実に引き戻し、多大な羞恥を連れて私を襲った。  
   
「――ッ、あ、やあッ」  
「あ――……こりゃ凄いな。拭くもん持ってるか?」  
「えっと、ズボンの方にハンカチが……」  
「あーもうこれでいいや。ちょっといいか?」  
 
 彼は自分の頭を探りバンダナを外すと、躊躇なく私の泥濘を拭った。  
優しく指で押される度に、白濁が溢れバンダナを重く湿らせる。  
悪くて、恥ずかしくて、逃げようとしても彼の腕と表情がそれを許さない。  
片手で胸を隠し、もう片方を彼の胸に付いてされるがままに待つ。  
すっかり拭き清められて、ようやく彼の腕から解放された。  
 
「これなら大丈夫だろ」  
「……ありがとう……貴方は?」  
「んー、適当に……ってこら! 触るなッ!」  
「だって綺麗にしてもらったから……」  
「いいからッ! またエライ事になるから絶対ダメだッ!!」  
 
 舐め取ろうとした私の頭を抑え、全力で拒絶する彼。  
そして私を膝から降ろすと、背を向けてごそごそと始末をしていた。  
丸めた背中に肩に、幾つも残る痴態の跡。改めてそれらを見ては血が昇り  
私は無意識で呪文を唱えた。  
柔らかい光が手から発し、彼を包む。驚いた彼がこちらを振り向いたが、  
剥き出しになってるそれが思いっきり視界に入り、私は気まずく顔を逸らした。   
   
「その、跡が、凄かったからッ」  
「別にいいのに……ってそうもいかんか」  
「当たり前でしょう! みんなにばれたらッ……いやああぁ」  
「……その反応は傷つくぞ。そんなに俺と、が嫌か?」  
「そうじゃなくて! 普段したり顔でみんなの相談とか乗ってるのにッ、それに!」  
「いろいろとある訳だな。小難しい事が」  
「…………呆れてる?」  
「いいや。可愛いな、とは思うけど」  
「――――――ッ!」  
 
 不意打ちな彼の言葉に、息が詰まる。そんな事をそんな顔で、ってああ、静まれ心臓!  
それこそ小娘のように、勘違いしてしまいそうになる自分を嗜めながら服を手に取った。  
風に晒されていたそれは、相当に砂まみれで。叩けばざらざらと、砂が煙を立てて落ちた。  
 
 かつてないまでに意識と身体の繋がりが満たされている。なのに、何処か切ない。  
服を1枚身に纏う毎に、この甘やかな痛みが厳格な聖衣に消されていくようで――  
失いたくない、心の奥で何かが叫んでいた。  
 
 ボレロに腕を通し振り返れば、彼もいつもの格好に戻っている。  
いや、正しくは額を飾るバンダナがなく、前髪が無造作に降りていた。  
その些細な差異が私の視線を奪う。暫しの空白の後、強い風が辺りを吹き抜けた。  
 野放図に舞い踊る髪に、ふと彼が外した髪留めを思う。服の落ちていた所を見やり、  
私は困惑する羽目になった。  
 
「――ないわ」  
「何が」  
「髪留め。どうしよう……」  
「別になくてもいいだろ? 前はそうやって髪を下ろしてたじゃねえか」  
「駄目よ聖職者がだらしのない……それにあれ、イシュタルの祝福がかけてあって」  
「そうなのか? ならまずいか」  
 
 おもむろに屈んで地面に手を這わす彼。  
私も同様に探り出したが、時間が過ぎるだけで一向に見つからなかった。  
空は既に白んできている。夜の終わりが近い事を知って、私は溜息と共に立ち上がった。  
手を差し伸べると何か考えがあるのか、彼は私の手を取り唸った。  
 
「……ありがとう。もう遅いから戻りましょう」  
「それ、代わりに出来ないか?」  
 彼が示すのは、私の指のワープリング。  
握った手がそれを外そうとして、私は彼の指を遮った。  
 
「ただの輪だからすぐ抜けてしまうし、第一細すぎるわ」  
「じゃあ俺のも使うか?」  
「駄目に決まってるでしょう!? ……後でアロセールから何か貰うから」  
「……そっか」  
 
 互いの指にはまる指輪を見比べては苦笑する。  
紫立ちたる明けの空の下、手を取り合って。それはまるで、神聖な誓いするふたりのよう。  
   
 ならば、何を祈る? ――この争いの終結を。  
      何を捧げる? ――ほのかに芽吹いた、このささやかな恋慕を。  
      何を誓う……? ――最後まで貴方を、そして彼らを守り抜く事を。  
 
 密かに厳かな宣誓を立てると、彼は私を抱え込み一蹴りで空へと舞い上がった。  
風が強い。彼が近い。名残惜しく照れ臭い、そんな想いを誤魔化すように話しかけた。  
 
「指輪は使わないの?」  
「向かった先が判らんから、危ない。お前も緊急の時以外使うなよ」  
「そうかしら? ……うん、そうかも知れないわね」  
「それに」  
「何?」  
「こっちの方が、気持ち良いだろ?」  
 
 髪を風の嬲るままに、目を細めて告げる彼。  
その時朝日が一筋差し込み、私達を照らし出した。  
 たとえこの戦役が終わり、平和に埋もれていく日々が来ようとも。  
きっと、この光景は忘れない。  
 知らず込み上げる何かを彼に見えぬよう振り払い、そうして私達は帰っていった。  
 
 
 
 
 食欲をそそる香ばしい匂いで目が覚める。  
テントには既に身支度を終えたアロセールが、呆れたように私を見下ろしていた。  
 
「毎晩毎晩みんなの為にってご立派だけど、お人良しも大概にしないと身体壊すわよ」  
「……おはよう。……もう出発の時間?」  
「大丈夫、まだみんなご飯食べてる。サラも食べてきなよ」  
「……うん。……ありがとう本当に」  
「……? どうしたの改まって」  
 
 怪訝な顔の彼女に微笑んでは身を起こす。  
途端、手に触れるざらりとした砂の感覚に、彼との夜を思い出して赤面した。  
忘れた訳じゃない。忘れる筈がない。  
意識が迷走しそうになった所で、頬にかかる髪が現実へと呼び戻す。  
 
「ごめんアロセール。髪留め、何か持ってない?」  
「ん? 革紐でよければ余りがあるけど……失くしたの?」  
「えっと、そう。何処かに落としちゃったみたい」  
「ちょっと待ってて。確かこの辺に……」  
 
 彼女が鞄を漁りそれを取り出すと、その見覚えのある紐に思わず苦笑いが浮かんだ。  
 
「それ、あの時の彼の?」  
「……うん。まぁ、本人も『返せ』とは言って来ないし、いいんじゃない使っても」  
「………………」  
 
 何か釈然としない、複雑な気持ちのまま受け取って髪を編む。今までとは違う、  
1本に纏めて横に編んだ髪型が 「いいね」 と彼女に褒めてもらえた。  
 テントを出れば、そこここで朝食を取る団員達。  
無意識に赤い翼を捜してる自分が、何だか面映かった。  
 
「今日の当番はデネブだって。 『かぼちゃの地獄焼き』 なんて凄いネーミングだけど、  
 美味しかったわよ」  
 
 そんな彼女の言葉と共に差し出された、小振りのかぼちゃとパン。  
蓋になってるヘタを取れば、中には熱々のシチューが詰まっていた。  
パンで掬って口に運べば、かぼちゃと根野菜が優しく味覚を楽しませる。冷めぬ内にと  
無言で平らげ器のかぼちゃを齧っている時、ふと神妙な面立ちの一角が目に留まった。  
 
 緑色の血色が悪そうなパンプキンヘッド達、その彼らの数が昨日より1人少ない。  
そして、彼らの中心には苦虫を噛み潰したような表情の有翼人。  
彼の手元にある本日の朝食は、炭と見まごうばかりに黒々と焦げていた。  
……何故 『かぼちゃの地獄焼き』 なのか、判りたくないのに判ってしまったような。  
炭の塊に突き刺さるナイフが、あの美しい魔女の感情を端的に表してるようで、  
私はそっと目を逸らした。  
 
「……あれ、深く追求しない方がいいのよね?」  
「わざわざ死ぬ事もないでしょう? いや、敢えて突っ込みたいなら止めないけど」  
「……冗談でも、性質が悪すぎるわ」  
 
 もそもそと残りのかぼちゃを口に放り込み、私達は肩を竦めた。  
 
 彼らの間に何があったのかは知らない。だが、自分が無関係ではない事は確かで。  
……ややこしい事になっちゃったな。  
 
 新たに発生した問題が、相当面倒なのに心を浮き立たせる。  
成るようにしかならない。だから出来る事をひとつひとつやっていけば、きっとそれでいい。  
ふとあれから一度も乖離してない事に気付き、何か変わり始めた自分を嬉しく思った。  
 
「……サラ。今日、凄くいい顔してる」  
「そうかな。……そうだと、いいな」  
 
 勢い良く立ち上がり食べかすを払う。  
確かな足取りでテントに向かう途中、彼と視線が合った。  
問いたい事はたくさんある。打ち明けたい事も、感謝したい事も、言葉に出来ない想いが  
胸に溢れてる。  
だけど、だから私は口をつぐむ。この想いが、消えてしまわないように。  
 
 彼が微笑む。困ったような、でもとても優しいその笑顔に、私は晴れやかな  
笑みを返し、戻っていった。  
 
 
 

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