自分のような下っ端には出自もわからなければ経歴もわからず、顔すらはっきりと見たこともない。  
けれど、解放軍の重鎮たちに対しては絶大な信頼を誇る男。  
密偵とはそういうものなのだろうと思うが、彼の素性が気にならないと言えば嘘になる。  
べつにその男が気にくわないとか物申したいとかではなく、単純に興味本位だ。  
実際に、そんな軍随一の密偵と下っ端が気軽に話せる機会は未だかつてなかったのだが。  
ましてや、こういう状況になるなど。  
 
(……なんで、こういう状況になってるんだっけ?)  
 
満月の輝きが頼りの暗い空間。  
ここは自分に割り当てられた部屋だ、それはわかる。  
柔らかなベッドは、昼間のうちに城仕えのメイドが整えてくれたのだろう。  
清潔なシーツが心地よいから、それもわかる。  
自分を組み敷く緑の装束の男。  
これがよくわからない。  
 
「本当に、いいんですね?」  
「……何が?」  
「誘ったのはあなたですよ、フェスタさん。今さら、私も引けませんから」  
 
先ほどまで少しうとうとしていた気がする。  
名前を呼ばれて、はっと意識を取り戻すと、彼の肩を借りてこの部屋の真ん中に立っていた。  
そして、その瞬間にベッドに転がされ、今の体勢に至る。  
問題はうとうとしていた時間の前だ。  
何をしていたのか。  
……酒、そうだ、城内の食堂かどこかで酒を飲んでいた。……と、思う。  
その場にこの男もいた。……ような、気がする。  
珍しく社交の場に混じった彼を、酒を飲みながら、こちらから部屋に誘ったのだろうか。  
泥酔してまともに歩けない自分を、部屋まで運んでくれたのだろうか。  
まあ、どうでもいいか。  
ふっと、フェスタの全身から力が抜けた。  
そもそも、酒に溺れていたのも、独り部屋で大人しくなど眠れそうにもなかったからだ。  
今度は誰かに溺れて現実を忘れるのも悪くない。  
前々から興味のあった彼に、どっぷり浸かってみよう。  
 
「私だって今さら怖じ気づいて拒むほど、うぶな女じゃないわ。安心して。  
 ……それとも、幻滅した?」  
「いえ、そんなことは。では、お言葉に甘えて」  
 
頬を撫でる手の感触に、まぶたを下ろす。  
最初は、唇が触れ合うだけの幼い口づけだった。  
それから、ついばむように短いキスを重ねるうち、徐々に深いものへと変わっていく。  
男の舌がフェスタの口内を好き勝手に這い回り、最後には彼女の舌を絡め取って  
愛撫するようにねっとりと舐める。  
 
「ん……」  
「とても綺麗ですよ、フェスタさん」  
 
長く唇を塞がれ、少し息の上がるフェスタの服を一枚ずつ剥いでいく手。  
その手つきは優しい、というよりは繊細だ。  
普段はあまりじっくり観察できない顔立ちも、間近で見ると端正だと気づかされる。  
今は何にも隠されていない髪の色も、露わになった細いながら筋肉で締まった体つきも、初めて知った。  
 
考えてみれば、間抜けな話だ。  
自分はこれから、行きずりでもないのにまともに顔も知らなかった男に抱かれようとしている。  
顔だけでなく性格も、素性も、もしかしたら名前すらも。  
 
「ねえ。名前は?」  
「はッ?」  
「あなたの名前。こんなときくらい、名前を呼ばせてよ」  
 
何を今さら、と男は苦笑した。  
 
「影、とお呼びください。先ほどからそうしているように」  
「それ、本名なの?」  
「なぜ、本名ではないとお思いですか」  
「さあ。勘よ、ただの勘」  
 
彼が解放軍のトップたちを欺いているとは思わないが、間諜ならばたとえば暗号や  
コードネームなどを用いている可能性もあるのではないか。  
ヴァレリア島では聞き慣れないネーミングであっても、その類であれば納得できる。  
 
「私の名は、影です。それ以外にはありません」  
「……そう。なら、いいの」  
 
あくまで言い張る彼を相手に、深く追求せずに話を打ち切ることにした。  
しかし、ひとつだけ口づけを挟み、次はこの男のほうが話を続ける。  
 
「何でも、あなたの好きなようにお呼びいただいて結構ですよ。  
 私を誰かと重ねて、違う名を口にされても文句は言いませんから」  
 
誰か。  
名言こそしなかったが、それが暗に何者を指しているのか、フェスタは違わず理解した。  
そして、鋭い男だ、と感心する。  
そこから導き出した結論は外れているが。  
今度はフェスタが苦笑して首を振る。  
 
「ありがとう、気持ちだけ受け取るわ。  
 私はね、べつに……レオナール様に恋していたわけじゃないのよ」  
 
誰よりも信頼していた上官が志半ばで斃れてから、まだ日が浅い。  
心をえぐるようにぽっかりと空いた穴は、まだ塞がりようもない。  
それでも、死は戦に付き物だと、普段は何でもないように振る舞っている。  
まして、この軍にはその上官の恋人も在籍しているのだ。  
彼女を差し置いて大仰に悲しむのは気が引けたフェスタは、その穴を酒で埋めようとしていた。  
埋まらないことが、わかりきっていても。  
 
「お慕いしていたのは事実だけど、騎士として……戦う者として、心から尊敬していたの。  
 だから、今、あなたをあの方と重ねたりはしない。誰とも重ねないわ」  
 
「それはよかった」  
 
影は小さく息を吐いた。  
 
「正直なところ、心配だったんです。  
 誰かと比べられて、下手だなんて思われたらどうしようかとね」  
「あら、意外。  
 もっと物事に対して淡泊だと思ってたけど、比較されて落ち込んだりなんかするの?」  
「それはまあ、私も男ですから」  
 
プライドってもんがあります、と正直に呟く彼は、今まで遠巻きに感じていたよりも人間的で、  
何の変哲もないただの男だった。  
途端に、親近感が湧き出す。  
 
「じゃあ早く、誰かと比較なんてする暇もないくらいにあなたに夢中にさせてよ。  
 そのプライドにかけて、ね」  
「うわ、ちょっとプレッシャーですよ、そういうのは」  
 
少しからかってみると、自信のなさそうな言葉が返ってきた。  
それとは裏腹に、フェスタの身体のあちこちに触れる手には繊細さこそあれ、  
不安に揺らぐことはなかった。  
 
「はあ……ふ」  
 
張りのある乳房を包み込むように愛撫され、吐息に声が混じる。  
手に余るような大きさではないが決して小振りでもないその膨らみは、男の手のひらが掴むには  
ちょうど良いサイズであるらしい。  
 
「いい身体ですね、フェスタさん。そそられますよ」  
「ん……、お褒めに与って光栄だわッ……」  
 
男をからかった手前、手放しで快感に身を委ねるのがなんだかしゃくだったので、  
余裕の表情を作って口元に笑みを浮かべる。  
けれど、身体は正直に反応し、すでに胸の頂が自己主張を始めていた。  
その変化を目ざとく見つけた影が、フェスタに覆い被さるようにして、彼女の耳元でささやく。  
 
「気持ちいいんですか? ほら、乳首が勃ってきましたよ」  
「いちいち、言わなくていい……ふあッ」  
 
右の人差し指で、固さを増す実を擦るように弾かれる。  
反応の良さに気を良くしたのか、影はその一点を何度も撫でつけた。  
そのたびにぴくぴくと肩を震わせるフェスタの口から、短く甘い呼気がこぼれる。  
 
「あ、ああッ、……んッ」  
「可愛らしい声で感じてくれるじゃないですか。もっといじめたくなりますよ、フェスタさん」  
 
悩ましく喘ぐフェスタの顔を、真摯な眼差しがじっと見つめている。  
暗い夜の部屋で踊る白い裸体も、快感に蕩けきった表情も。  
痴態はすべて、あの鋭い目に余すことなく見られ続けているのだ。  
そう思うと羞恥心が一気に吹き出し、フェスタは視線から逃げるようにぎゅっと目をつぶった。  
 
「あれ、どうしました? さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったんでしょうね」  
「う、るさ……ッ」  
 
なおも強がろうとして、危うく甲高い悲鳴が飛び出しそうになった。  
生温い舌が、ぴちゃ、と湿った音を立てながら固い乳首に絡みつく。  
敏感になったそこをねぶられて、もはや虚勢を張る余裕はかけらもなく、  
ただシーツを握りしめて声を殺すのがやっとだった。  
 
「や、か、影ッ……も、もう」  
 
左胸の膨らみは大きな手に揉みしだかれ、右の胸は舌と唇が這い回る。  
そんな愛撫がどれくらい続いただろう。  
強い快感に浅く呼吸を繰り返すフェスタの全身からは、力がすっかり抜けていた。  
これ以上このままの状態が続くと、おかしくなってしまいそうだ。  
解放を求めて、彼女は声を絞り出したのだが。  
 
「もう、何ですか? もう……こちらのほうに入れてほしい、とか?」  
「違……ッひあ!?」  
「ああ、なるほど。こんなにとろとろですもんね」  
 
左の乳房を弄ぶ手はそのままに、影はもう片方の手をフェスタの脚の付け根へ伸ばした。  
金色の茂みの奥は熱気がこもっており、ぬめりのある液体でずぶ濡れになっている。  
散々感じさせられたその結果を言葉で指摘され、かっと頬が熱くなった。  
 
「やあ、ちが、違うッ、あッ……!」  
「何が違うんです? 聞こえますよね。これ、全部あなたが濡らしたんですよ……」  
 
敏感な辺りを、ぐちゅぐちゅ、と音を立てながらまさぐられた。  
性感帯のあちこちから襲い来る強烈な快感に、フェスタは首を振って悶える。  
ほら、と影の声が聞こえた。  
 
「見てください。あなたのせいで、私の指もこんなにびしょびしょに濡れてしまいました。  
 たしかにこれじゃあ、もう入れてほしいでしょうね」  
「んう……あ、ああんッ……」  
「でも、もっとゆっくり楽しみましょうよ。私もまだそこまでの準備はできていませんから。  
 もう少し……刺激があればね」  
 
含みのある言い方に、反射的に彼を見る。  
四つん這いになってこちらを見下ろす彼の、逞しく隆起した男の象徴は、  
それでもまだ充分ではないらしい。  
 
「すご……これ、まだ」  
「ええ。フェスタさんのようなお美しい方に触っていただければまだまだ、ね」  
 
少しの逡巡の後、フェスタは影の胸を押して体を起こした。  
やっと愛撫から解放されたことで安堵すると同時に、握られっぱなしだった主導権を奪うのも、  
勝ち気なフェスタに優越感をもたらしてくれる。  
ベッドに背中を預けた影がにやりと口元を歪めるが、フェスタも笑い返して、  
天井を向く肉棒に手を伸ばした。  
 
「綺麗な指ですね」  
「それはどうも。お世辞が好きね、あなたは」  
 
一瞬だけ己の指に目をやる。  
毎日のように槍を握りしめる手のひらは、いくつもの豆ができては潰れ、  
治ってはまた豆だらけになり、何年もそれを繰り返してきた。  
十本の指も同じで、槍術の鍛錬の末にすっかり皮膚が硬くなっている。  
決して柔らかくはなく、まして美しさなどとは無縁の手だ。  
 
「お世辞だなんて、とんでもない。本当に素晴らしい手ですよ。  
 あなたのたゆまない努力と、一生懸命な気持ちが現れている。  
 装飾品で飾りたてた手指なんかより、ずっと輝いていると思いますよ。  
 私はそういう手が好きなんです」  
 
真面目に言い返されて、目を丸くする。  
そんなふうに褒められた経験はあまりなかった。  
 
「……変わった趣味してるのね」  
 
その程度で簡単にほだされる女ではない。  
けれど、嬉しかった。  
わずかばかりながらコンプレックスを密かに抱えていた己の指を、もう一度一瞥する。  
綺麗と褒められた指は、自分自身ではやはり綺麗には見えないが、彼の目には  
魅力的に映っているらしい。  
その両手でそっと、熱い肉塊を包み込んだ。  
 
「ん、……いいですよ、フェスタさん」  
 
太く長く変貌したそれは、とてもフェスタの左右の手に収まるような代物ではない。  
手のひらを縦に往復させて刺激してやると、影は小さく息を漏らす。  
女の手によって快感に呻く男の顔が可愛らしく見えて、フェスタは忍び笑いをこぼした。  
 
「気持ちよさそうね?」  
「ええ、それはもう……ッく、フェスタさんが、お上手ですから……」  
「ふふ、ありがと」  
 
手のひらに収まりきれずに飛び出している、肉棒の先端を舐める。  
びく、と跳ねた棒を、フェスタは次に自らの口に導いた。  
硬い手のひらより、あたたかな口の中のほうが彼も気持ちいいだろう。  
味覚が即座に感知したわずかな苦みと塩の味はお世辞にも美味しいとは言えないが、  
味など二の次だ。  
喜ばせてくれた彼に喜んでほしい、悦ばせてあげたい、と思った。  
 
「ん、おっきい……はふ、んん」  
 
根元まで完全にくわえ込むことはできなかったが、舌を延ばし、優しくさするように舐め回し。  
長い茎も、口をすぼめて丹念に包み込み。  
そうして、くびれた部分も、裏筋も、皺の寄った付け根も、余すことなく舌と唇で愛撫する。  
男への奉仕で快感は得られないが、フェスタの長い金髪にじゃれついてくる影の指が  
心地よかった。  
その指が、髪ではなく頭をくっと押す。  
 
「ッ……フェスタさん、もう、いいですから……」  
 
限界が近いのだろうか。  
このまま達させてしまいたい気もしたが、ひとまずは彼の希望に従って  
解放してやることにした。  
口の端からこぼれそうになる唾液を吸う。  
じゅる、と泡立った音がやけに淫靡に響いた。  
 
「はあッ……。危うく、出てしまうところでしたよ」  
「じゃあ、もう少し頑張ってあげればよかったかしら?」  
「いえ、ご勘弁を。あなたのお口をそこまで穢してしまうのは、さすがに私も気が引けます」  
 
冷静沈着そのものというイメージしかない男が快感に翻弄されて焦るさまは、  
見物だったかもしれない。  
悪戯っぽく笑ってみせると、影は苦笑いを浮かべた。  
そして、それに、と付け加える。  
 
「一度達してしまうと、またここまでにしなければいけませんからね。  
 フェスタさんだって、そんなに待ちきれないでしょう?」  
 
フェスタの唾液に濡れててらてらと禍々しく光る彼自身は、たしかに先ほどより  
はるかに逞しさを増していた。  
 
あれが、今からこの身を貫くのだ。あんなにも大きなものが。  
反射的にその瞬間を想像し、思わず身震いする。  
同時に、体の奥が甘く疼いた。  
 
「そんな物欲しそうな目で見ないでください」  
「してないわよ、そんな目ッ」  
「では、これが欲しくないと?」  
「……そうじゃ、ないけど」  
 
自尊心や肉欲や羞恥心や本能や、さまざまな感情がない交ぜになって  
フェスタの内で渦巻いている。  
欲しいのは事実で、けれど浅ましく求めるのはプライドが認めなくて。  
なんて中途半端で優柔不断なんだろう、と我ながら呆れてしまう。  
酒に酔った状態と、半ば自棄になって勢いで情事になだれ込んだはいいが、  
この期に及んで恥ずかしがっても仕方がないというのに。  
 
「フェスタさん」  
 
再び影に押し倒されるように、仰向けにベッドに身を沈める。  
背中に回る力強い腕に温もりを感じながら、唇を重ね、舌を絡めた。  
それだけで、高ぶったフェスタの身体は熱を帯び、女の部分から蜜をあふれさせる。  
 
「ん、ふう……」  
「もう、キスだけでも感じてしまうんでしょう?」  
「あッ」  
 
影の手がフェスタの茂みに延びていた。  
割れ目をなぞり、滴る蜜をすくい、充血した突起を撫でる。  
快感が背筋に走り、肩が震えた。  
 
「ひあ、そこは、ああッ」  
 
反射的に脚を閉じようとするが、体を起こした影が白い両膝を捕らえ、力任せに開かせる。  
最も恥ずかしい場所を覗き込まれ、フェスタは身悶えした。  
 
「ああ、すごいですね。熱くて、びしょびしょで、フェスタさんのいやらしい匂いがしますよ」  
「や、馬鹿、そんな……ッああ!」  
「ほら、ここ、指なんて簡単に飲み込んでしまいますよ」  
 
しばらく敏感な豆を摘んだり弾いたりして弄んでいた影の指が、その少し下へ滑った。  
度重なる刺激に口を開いた、本来は男性器を受け入れる場所。  
そこに、もっと細いものが入ろうとしている。  
まずは人差し指。それから、中指。  
器用に蠢く二本の指が、ぐちゅぐちゅと音を立てながら中で暴れた。  
 
「はあッ」  
 
特に感じる部分を探り当てられる。  
フェスタは喉を仰け反らせ、シーツを握りしめた。  
 
「あひ、あッ、……んあ……」  
 
だが、そこであっさりと抜かれてしまう指。  
ぱっくりと開いた穴は、お預けを食らい、切なく震えている。  
 
「私を求めてくださるのは、悪いことではないんですから。  
 まあ、恥じらう姿も可愛らしいんですがね」  
「や……、影……」  
「さあ、素直に教えてください。私が欲しいですか?」  
 
くすぶる性欲がフェスタの身体の芯を疼かせた。  
理性はどこかへ消え去ろうとしている。  
もう、ためらいはない。  
それより、そんなことより早く。  
 
「……欲しい。来て、ちょうだい」  
「よく言えました。いい子ですね」  
 
まるで幼い子を褒めるような口ぶりで、影は微笑んだ。  
唇の先同士が触れ合うだけの軽いキスを落とす。  
それから、凶悪なまでに大きさを増した彼自身を、フェスタの割れ目にあてがう。  
 
「入れますよ」  
 
小さくではあるが、フェスタが頷いた。  
それを見逃さず、影は腰を突き出して少しずつ侵入を図る。  
彼の先端が中の壁に少し触れただけで、フェスタの全身を電撃のような甘い衝撃が駆け抜けた。  
 
「あ、ああッ! んッ、影、影ッ……!」  
「くッ、きつ……。気持ちいいですよ、フェスタさんッ」  
 
力強く、深く入り込んでくる陰茎。  
それをきつく締めつけながらも奥へと誘い、絡みつくように包み込む膣。  
互いが互いを激しく昂揚させる。もっと欲しくなる。  
 
「影、あッ、いい、いいのッ……はあんッ」  
 
影を全て飲み込み、彼が律動を始める頃には、何もかもが意識から飛んでいた。  
戦争のことも、レオナールのことも、恥じらいも、何もかも。  
ただ、細い背中に愛おしそうに手を回し、時折ぷっくりと膨らんだ乳首にむしゃぶりつき、  
快楽の頂点に向かってひたすらに突き進む目の前の男だけが、今のフェスタの全てだった。  
 
「ひ、あッ、ダメ、私もう……ダメッ、ああ……!」  
「もう、イキそうですか?」  
「イキそ、ああ、イッちゃ……ッ!」  
 
甲高い悲鳴で訴えるフェスタに、影の腰の動きが速まる。  
それがなお双方に快感をもたらし、フェスタはたまらず、影に強くしがみついた。  
 
「イッ、影、イッちゃう、あッあッ、ああ、イク、……あああッ!」  
「ぐうッ……!」  
 
何かが弾けたように、視界が真っ白に染まる。  
瞬間、びくびくと全身を痙攣させ、いっそうきつく影を締めつけた。  
男の呻き声が聞こえ、身体と同じように痙攣する膣道から肉棒が抜き取られる感触が  
また気持ちよかった。  
……そこから先は、覚えていない。  
 
■  
 
目を開けると、窓から差す自然光で部屋はすでに明るかった。  
二日酔いだろうか、なんとなく頭がずきずきと締められるように痛む。  
ぼんやりと昨晩の記憶を反芻するが、きちんと服をまとっているし、  
身体のあちこちにも汚れはない。  
もちろん、隣に男の姿もない。  
 
「夢……いや、そんなわけないわよね」  
 
緩慢な動作でベッドに手をつき、上半身を起こす。  
ベッドサイドの小さなテーブルに、小さな紙片とペンが置かれているのが目に留まった。  
 
「えっと……」  
 
見たことのない筆跡で、短いメッセージが綴られていた。  
あの人の書いたものだろうと推測して文字を追いながら、ペンを握る彼の手を思い描く。  
そこから、昨日に散々受けた愛撫が連想され、芋づる式のように記憶が鮮明に蘇る。  
すっかり酒が抜け、素面のフェスタの頬がほの赤く染まった。  
結局、あの密偵のことは大してよく知らないままだ。  
人となりだとか考え方だとか、そういうことに興味があったのだが。  
伺い知ることができたのは、整った顔立ちと、細いわりに鍛えられた肉体と、優しさ。  
 
「優しさ……か」  
 
名前のごとく、影のような男だ。  
次はいつ会えるかもわからない。  
とりあえず、この紙片は大切に保管しておきたく思う。  
まるで、想い人からの手紙を手にした純な少女の行動だ。  
恋する乙女のような思考回路に、フェスタは独りで苦笑した。  
 
 
 
 
 
 
 
余談  
 
何をしようというわけでもないが、ヴォルテールはその晩、サラの部屋にいた。  
よくあることだ。  
古くからの戦友で、ともにレオナールから厚い信頼を置かれていた二人は、気も合った。  
どちらかの部屋で茶や酒を飲みながら語り合うことも珍しくない。  
 
けれど、力で男に劣るサラが陰で並々ならぬ鍛錬と努力を重ねてきた姿を、  
ヴォルテールはずっと見てきた。  
そしていつの頃からか、そんな彼女を密かに意識していた。  
とはいえ、口下手なヴォルテールに気の利いた愛の告白など思いつくはずもなく、  
ひとまずは性別を越えた親友という仲に落ち着いている。  
 
そんな想いに全く気づかないサラだが、ヴォルテールが彼女を見てきたのと同じだけ、彼女も  
騎士として忠実にレオナールに仕える彼を見てきていた。  
一見すると朴念仁だが、極度の真面目さがそう見せているだけで、打ち解けた相手には  
冗談も言うし優しいこともきちんと知っている。  
だから、そんな彼が、サラもまた好きだった。  
 
会話が途切れても、気心の知れた者同士なら何も気まずくはない。  
だが、今夜ばかりはそんな静かな空間の中でふと気づいてしまった。  
隣の部屋からかすかに漏れ聞こえてくるのは、間違いなく女の、情事の声だ。  
二人して固まる。  
何か会話を探す。  
こういうときに限って、話題は見つからない。  
そうなるとなおさら意識してしまう、隣室の状況。  
目の前にいる人は、どう思っているのだろう?  
互いが顔を上げる。  
互いの目が合った。  
互いに視線を逸らせない。  
「……あッ、あのね、ヴォルテール」  
「う、うん?」  
「その……私ね」  
 
 
 

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