「オズマ……やはりオズの事が頭にあるのか?」  
「いや。そうではなく…反乱軍の生活は私には合わないようだ」  
 
オズマが解放軍に加わってから数ヶ月が経過していたが、  
その調子はどこかおかしかった。  
 
「ハボリム……反乱軍は思想や誇りの点では申し分ないが………」  
 
オズマは語った。  
幼い頃からの貴族としての生活、名門士官学校での生活、  
軍に入ってからの指揮官としての生活、そして、ヴァレリアでの権威あるコマンドとしての生活。  
その全てが、一般人とは違った特別の待遇であった。  
特権階級としての生活をしていた。  
それが、この解放軍に入ってから、一般兵士と同じ生活で、今までとの違いに慣れず苦労していると。  
 
「なるほど。私には想像もつかなかった悩みだ……」  
「いいの。これは私個人の問題だから」  
「君にとっては重大な悩みだろう。私がデニム君に相談してみよう」  
 
その日、デニムの部屋へと訪れるハボリム。  
 
「相談ってなんですか?」  
「オズマの事だ」  
「オズマさんが、何か?」  
「私的な事で申し訳ないが……」  
 
ハボリムにとって、常に私生活を一緒にしていたオズマの変化は、重大であった。  
その悩みを、深刻さを、デニムに誠実に頼んでいた。  
 
「なるほど……初めてですね、こういう問題は」  
「彼女にとっては、重大な悩みだ。日に日に、弱っていく姿が感じられる」  
「そうですね……オズマさんは戦力になるし。放っておく訳にもいきませんね」  
 
軍の統一性の為に、誰かれ問わず公平に衣食住を支給していたデニムには  
オズマにとっても同様であった。  
一般兵と同じ食事。同じ酒。入浴や洗濯も、全てが一般兵と同じ扱いであった。  
 
「専用の係を付けます」  
「すまない、デニム君。本当に感謝する」  
「いいんです。戦力の為を思えば、兵士を1人そういう役に使わす事で済みますから」  
「ありがとう」  
 
デニムはハボリムと約束をした。  
できるだけ誠実で教養のある騎士を1人、オズマ専用のお世話係として就かせると。  
身の回りの世話や私的な雑用までこなす、オズマの忠実な部下のような存在だ。  
 
(さて、信頼が持てて、忠実で、誠実で、どんな困難な雑用も全て耐えてこなす人となると……)  
 
デニムはヴォルテールの元へと向かった。  
 
「ヴォルテールさん、特別なお願いごとがあります」  
「デニム殿の頼みとあらば、何でも引き受けましょうぞ」  
「ええとね……」  
 
誠実に話を伺おうとするヴォルテールに、デニムはオズマの事を話した。  
忠義を尽くすことが信条である彼にとって、拒否する筈もなかった。  
 
(これも全て主の為。全力を以って、彼の方に尽くす!)  
 
デニムは、ハボリムとオズマを前に、ヴォルテールを紹介した。  
 
「これから貴女の為に身の回りの事をこなしてくれる、ヴォルテールさんです」  
「君の為を思って、デニム君がそういう役に就いて下さった方を宛てがってくれた。  
 ヴォルテール殿は誠実で実直な方だ。君も、宜しく頼む」  
「全力を以って応じます故、何卒、宜しくお願い致します」  
「………」  
 
(こんな奴がいたところで、何かが変わる訳でもない)  
 
オズマにとって、ヴォルテールはただの一般兵だった。  
最初は、目ざわりとしか思えなかった。  
 
ヴォルテールは徹底的にオズマに尽くした。  
装備を磨き、私物を洗い、寝室を掃除し、戦闘後はお茶を入れたりと、必死だった。  
最初は邪魔者扱いしていたオズマだが、その誠実な様子を見て、  
日に日に認めていった。  
 
「何か不備な所はございませんか?」  
「装備品の磨き方は良い。だが、服の洗い方は全くなってないな。  
 こんな田舎の島では、そのような教養も身に付かないか」  
「申し訳ありません。必ずや、腕を磨きます」  
 
オズマは遠慮することなく彼を使った。  
デニムから正式に、ヴォルテールは前線に立つのではなく  
戦闘に出るオズマの雑用係と発表され、オズマにとって彼は軍内の正式な雑用係と認識したのだ。  
 
「お疲れ様です。お茶を用意致しました」  
「ああ。今日は、衣服がしわだらけだったな」  
「ハッ。申し訳ございません」  
 
戦闘後、オズマに丁寧にお茶を入れ、説教を受けるヴォルテール。  
彼は、オズマの私服の洗濯までしていた。  
ヴォルテールは、オズマの部下のようになっていた。  
 
「明日は、魔導書を読む。こういう類の本を、街に出て買ってくるように」  
「髪の手入れを頼む。枝毛がないか見て、切って欲しい」  
「肩が凝った。マッサージをしてくれないか」  
 
ヴォルテールは、全て全力で行った。  
彼にとって、誰かに尽くすのは喜びであった。  
騎士として、最大の糧。  
だが、そんな彼でも、オズマの願い全てを聞くのは、胃が痛くなるほどだった。  
 
「頼んだ本と違う。こんな事も分からないのか?魔導書には、種類があるのだ」  
「変な所まで切るな。本当に、この島は教養に疎い奴らばかりだな」  
「力はこもっているな。よし。私はここで本を読むので、ずっと続けているように」  
 
オズマにとって、ヴォルテールは唯一の部下に感じていた。  
戦闘に出ない者の任務として、容赦なくヴォルテールを使った。  
かつて部下を使っていただけに、潜在的に他者を使う欲求で満ち、その命令は苛烈であった。  
 
「戦闘が終わったので私は着替える。全て、丁寧に洗っておくように」  
「今夜はハボリムと酒を飲む。金を渡すから、最高級のワインを買ってきて欲しい」  
「洗髪と肌の手入れを頼む。少しでも汚れが無いようにしてちょうだい」  
 
ヴォルテールは、オズマに密着する形でその全てを行った。  
オズマの脱いだ生温かい衣服・下着、それを手に取ると熱心に洗った。  
オズマに言われるままに、街に出て丹念に調べて酒を買った。  
椅子に座ってくつろぐオズマの髪を洗い、その顔に付いた垢や汚れを落とした。  
 
(騎士として……これは当然の義務である)  
 
もともと上流貴族であるオズマにとって、人に私生活の事をやってもらうのは違和感が無かった。  
異性であるヴォルテールに対し、自らの下着を洗わせる事に抵抗はなかった。  
 
「全身にマッサージをして欲しい。力を込めて頼む」  
 
オズマは私服のまま、ベッドにうつ伏せになった。考え込むヴォルテール。  
 
「全身……と言いますと?」  
「言葉の通りだ。肩から腰の方までやってちょうだい」  
「宜しいのですか?」  
「何がだ?」  
 
騎士として生きてきた彼は、女性の肉体に接することはあっても  
このように触ることは初めてであった。  
 
「力が入ってないな。もっと込めて」  
「ハッ!!」  
 
躊躇しながらオズマの肩、背中、腰を揉むヴォルテールであったが  
オズマに注意され、力を込めた。  
 
「そうだ。腰の方、もっと力を込めて」  
 
言われるまま、オズマの腰を力を込めて揉みだす。  
その、異性の無防備な美しい肉体を目にし、彼はやや興奮した。  
 
(くっ……騎士として、不届きな事を考えてはならない)  
 
ヴォルテールは、オズマに仕えていくうちに、その美しさに魅かれていった。  
オズマもまた、かつての部下と比べても優秀と思えるほど忠実に仕える彼を、認めていった。  
 
(この男………本国に帰っても、グラシャス家に置いておきたい程だな)  
 
そしてオズマは、とある行動に出た。  
 
「ヴォルテール。その働き、見事だ。認めよう。これは礼だ。遠慮なく飲め」  
 
一杯の真っ黒な液体の入ったグラスを勧めるオズマ。  
ヴォルテールは、疑うことなく飲む。  
それは、相手の心を支配するための薬であった。  
高級のワインに、大陸の秘薬や、オズマの髪の毛、オズマの汗や唾液が加わったものだった。  
 
(これを飲んでいけば、心は私の事で一杯になる。グラシャス家の為だ)  
 
それから、ヴォルテールには変化が見られた。  
オズマに尽くすことで興奮していった。  
彼の頭は、剣術のことよりも、オズマの事で一杯になった。  
 
(私は……毎日、何を考えているのだろうか?剣の事、ウォルスタの事よりも…この女性の事しか……)  
 
オズマは毎日、礼と言ってはその薬を飲ませた。  
時には、ヴォルテールを褒め、何杯も飲ませた。  
彼の体には、薬に入ったオズマの髪、汗、唾液、尿が染み込んでいった。  
大陸の秘薬の作用で、彼の全身に、オズマのフェロモンが満ちる感じだった。  
 
「オ……オズマ…様……何かご命令は………」  
「上出来だ。まさか、この島にここまでこなせるメイドがいるとは。  
 グラシャス家にふさわしい男だ。戦争が終わったら、連れて帰ってやる」  
 
オズマはヴォルテールを完全に支配し、身の回りの世話をさせた。  
彼は完全に剣術を忘れて、牙を抜かれたように雑用に走っていたが、  
そんな彼の変化を見抜けるものは部隊にはいなかった。  
 
「オズマ……様…ご命令を………」  
 
ヴォルテールの発する言葉は似たようなものばかりになった。  
オズマにとって、優秀で忠実なメイドが出来た。  
どんな過酷な、体が壊れそうなほどの命令でも、理性を無視して無理にこなした。  
 
「今日は、トレーニングを行う。夜中まで、鞭の練習台になってちょうだい」  
「それから、私が寝るまで、ずっとマッサージをして」  
「あと、朝までに衣服と装備品をしっかり磨いておく事」  
 
ヴォルテールの心身はボロボロになっていた。  
彼は毎日、オズマに薬を飲まされ、オズマの髪や汗や唾液や尿を摂取した。  
そして脳までオズマのフェロモンでやられ、オズマのことしか考えられなくなり  
修正不可能にまでなった。  
そのまま、彼は戦場に立つことなく、戦乱が終わった。  
 
「ヴォルテール、汗を拭いてちょうだい」  
「ハッ………」  
「本当に、彼はよいのか……?」  
 
ローディスへ向かう船の上で、三人は立っていた。  
忠実で働き者のメイドを共にするオズマ。  
ヴォルテールの事を、グラシャス家に仕える身になったと聞かされたハボリム。  
そして、オズマのフェロモンにより、廃人のようになったヴォルテールであった。  
 
ヴォルテールは死ぬまで、オズマの髪や汗や唾液を摂取させられ、  
そのままヴァレリアに帰ること無く、グラシャス家に雑用係として仕えた。  
ある日、心臓や呼吸器系までオズマのフェロモンに犯され、ついに生命活動をも支配された。  
 
<完>  
 
 

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