「オーフェーン、もっと飲もうよ〜」
「お前、飲み過ぎだ……」
「いいじゃな〜い、金一封出たんだし〜」
「全部ここで使っちまう気かよ……」
「あっはははははは!!!飲め飲め〜!!!」
「うえ〜、気持ち悪〜い……」
「だから言わんこっちゃない」
「だってぇ〜……」
「仕方ない、負ぶってやるよ」
「う〜ん、お願ぃ〜……」
「お前って意外に軽いな」
「意外って何よぅ……」
「いや、お前もやっぱり女なんだなって」
「……」
「ねぇ」
「ん、何だ?」
「……オーフェンの背中って大きいね」
「何だいきなり……」
「……オーフェンの背中って暖かいね」
「……立てるなら歩けよ」
「えっ?あ、あのっ……もうちょっと…お願い……」
「いつにも増して気色悪い奴だ」
「ちょっと、それ酷いじゃない!」
振り落とそうとするオーフェンに、必死に落とされまいとコンスタンスはしがみつく。
しばらくするとオーフェンも諦めたのか、そのまま宿への道を歩きだした。
こいつの事だからどうせ余分な体力を使ってしまった、とでも考えているんだろうか。
こっちの事はちゃんと意識してるのかしら。何故か無性に悲しくなって、少し力強く
抱きつく。温かい背中にいつのまにかまどろみながら。
「ついたぞ」
そう言って彼女を降ろそうとしたものの、反応が無い。まさかと思い首を少し後ろに
動かす。思った通り彼女はのんきに規則正しい寝息を立てて寝ていた。
まったくこいつは。疲れて怒鳴り起こす気にもなれず、オーフェンはそのまま彼女を
おぶったまま二階へ上がって行く。暗くて足下が見えなく、途中こけそうになりつつ
もふんばって階段を上りきった。
自室の隣の部屋に、彼女を寝かせた。すこし乱れた服や、酒のせいか紅潮した頬を見
ているうちに何故か小恥ずかしい気分になった――なんでこんな奴に俺が。
「ん、ぅん……」
コギーは小さく呻きを上げると、軽く寝返りを打って片膝を曲げた。
スーツのタイトスカートがめくれ、オーフェンの位置からは、その内側が容易に窺えるようになる。
薄いストッキングとそれに続くガーター、白なのか淡色なのか、まあそんな感じの逆三角のレース生地。
暗殺技能者としての訓練を受けた目には、異なる布地の合間に覗く肌の艶さえ、克明に映る。
その奥を想起させるレースの陰影に意識を奪われかけ、オーフェンは慌ててかぶりを振った。
「無防備すぎるにも程があるだろ……」
「んむ、ふにゃ……」
オーフェンは微妙に視線をそこから逸らし、コギーの上へ隅にわだかまっていたシーツをぞんざいに掛けた。
危険な光景を排除できた事に、残念がる意識の一部を黙殺しつつ、安堵の溜息をつく。
ここで変に手を出そうものなら、また婦女暴行未遂だのとあらぬ容疑でタダ働きを──
「ん、うんっ……!」
「くっ……」
──などと、考えている間にコギーの脚が動き、被せた布が押し退けられる。
更にまくれ上がったスカートの裾から注意を外し、オーフェンはシーツを元の位置へと引き戻す。
だが、火照った身体に邪魔なのか、コギーはすぐにそれを剥ぎ、彼の努力を無に返す。
何度かそれを繰り返しているうちに、彼女はもぞもぞと身をよじり、小さな声で寝言らしき声を洩らし始めた。
「ん…オーフェン、もっと…もっと奥までちょうだいよぉ」
何て夢を見ていやがるんだこの女は。
「んむ、オーフェンの太くて堅くて立派ぁ。…たっぷりお口に出していいんだからぁ」
そう言いながら乳飲み子のように自分の指を口に寄せるコギー。
「いい加減にしろっ!」
俺は手元にあった小振りの空の花瓶をコギーの頭目掛けて投げつける。
パカーン、と間抜けな音を立ててそれは粉々に砕け投擲技能の確かさを証明する。が、しかし。
いつもなら気絶するはずのコギーがムクリと起き上がったのだ。
それはまるで寝ていた吸血鬼が目を覚ましたかのような動き。
ゆっくりとこちらを向くコギー。その目は獲物を見つけたかのように光ったようにも見えた。
「ふふーん、オーフェン、抵抗はム・ダ・よ☆」
そう言って手を頭の後ろへとやり、髪留めを外す。
纏めてある髪を解いた彼女はいつもの子供っぽい雰囲気とは全く違う、
むしろ妖艶さすら漂わせる大人の女性だった。
普段でもマトモに手入れしているのかどうかすら怪しいのに
腰まで下ろされた黒髪は艶やかで柔らかい光沢を放ち、
櫛を入れたばかりのように整っている。
「…って何だよお前、お、俺を誘惑でもするってのか!?」
あまりの変わり様に見蕩れていた自分に衝撃を受けながらも
言い返す。だが足は凍りついたかのように動けなかった。
「誘惑? まさか」
俺の抗議一笑に付すコギー。
「これから私があなたを食べちゃうのよ」
ジャケットを脱ぎ落とし、シャツのボタンを外しながらじりじりと俺に近づくコギー。
着痩せする性質なのか以外にも見事な胸の谷間が見て取れる。
「私ね、捜査も逮捕も苦手だけど、尋問は得意なのよ」
「じ、尋問、だと?」
「そーよ」
床を探るように慎重に後ずさりながら、オーフェンは必死に頭を働かせた。
目の前にいる女は、姿は全く同じでも、彼のよく知るコンスタンス・マギーではない。
進む足取りにも、ボタンを外す指先にも、そしてこちらを見据える瞳にも、妖艶とさえ言える色香が漂っている。
(何だ? 何が起こっている?)
もっともあり得そうなのは、さっきの打撃で頭の配線が狂った、という線だろう。
あるいは、一瞬で異世界に紛れ込んだ、時刻表を用いた入れ替えトリック、推測だけならいくらでもできる。
だが問題はそんな事ではなく、眼前の女から、自分が目を離せないでいるという事実だ。
下がった足が椅子に躓き、異様な緊張感に囚われていたオーフェンの体は、そのまま無様に崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと待て。とりあえず今必要なのは、お互い落ち着いて話し合う事だと思うんだが」
「……で?」
うろたえたオーフェンの耳に、コギーの熱の篭った問い掛けが染みとおった。
はだけたシャツの合間から、わずかに覗く滑らかな素肌が、夜目にも白く浮かび上がる。
コギーは座り込んだオーフェンの前に立ちはだかり、続けてスカートのホックに手を掛ける。
「だ、だからまずはちゃんと服を着る処から始めないか?」
「……で?」
オーフェンの提案にも手は止まらず、コギーのスカートが衣擦れの音と共に滑り落ちた。
そういやだいぶ前にこんな尋問してたっけな、とオーフェンは頭の隅でぼんやりと思い返す。
コギーはそこから一歩踏み出すと、もう片方の脚をスッと彼の足の間に乗り上げる。
「というかお前、誘惑はしないんじゃなかったのかよ?」
「……で?」
オーフェンの目を潤んだ瞳で見返したまま、コギーは見せ付けるようにストッキングを脱いでいく。
無関心を装いながらも、確実に自分の欲望を煽って楽しんでいる雰囲気に、オーフェンの矜持が鈍く反発する。
けれど、次第に露わになっていく彼女の肢体から、どうしても目が逸らせない。
コギーはたっぷりと時間を掛けてストッキングを抜き取ると、脚を入れ替えて同じ動きをもう一度繰り返す。
脱ぎ捨てたそれをつまみ上げ、肩の高さからハラリと落とすその仕草さえ、この上もなく挑発的だった。