「健吾、けんごぉ……っ」
甘い声音で呼ばれて、健吾の胸がどきりと高鳴る。
淡く色づく胸の先端を左手でつまみながら、膝立ちになった吹雪の下肢に右手を伸ばす。
そこはもう、熱くどろどろに蕩けていた。
「ん、んんっ、そこ……あっ」
外壁をなぞると、身体を支える吹雪の膝ががくがくと震える。
「ぅんっ、やだ、あ、あああっ……」
いつになく高い声を上げる吹雪に、健吾は気をよくした。もっとこの声を聞きたいと、筋張った指をさらに小刻みに揺り動かす。
赤子のように胸に吸い付いて、ちゅうと音を立てた。
柔らかな鎖骨にも、甘い香りのするくびすじにもくちびるを落として舐めあげる。
そのたびに吹雪の細くしなやかな身体が、びくびくと震えた。
「けん、ご……」
名を呼ばれて指を引き抜き、手のひらを腰に回して、くちびるを重ねた。
まるで獣のように舌を絡めあう。
溢れだした唾液が、健吾のあごを伝った。
この体勢はまるで吹雪に襲われているようだと、健吾は思った。
健吾の首に回っていた吹雪の白い腕が視界の端で動く。
細い手がくびすじを伝い、胸板をさすり、はちきれそうにたぎった自身にそっと触れると、ぴくりとそれが反応した。
「んんん、あ……ふっ」
くちびるを重ねたまま吹雪が声を漏らす。
ふと自身に違和感を覚えて、目を開ける。
吹雪のかたちのよい眉が、ゆるく切なげに中央によっていた。
首を軽く振りくちびるを離してうつむくと、あろうことか吹雪が健吾自身に手を添えて己の蜜壷に挿入を果たそうとしていた。
すでに半ばほどまで埋め込まれたそれが、あまりの出来事にますます質量を増す。
「ちょ、吹雪っ」
「んんん、な、に?」
「なにじゃないっ、待てっ、まだつけてない!」
ああ、と吐息のようにかつての委員長、元恋人、現在の世間的呼称・新妻は答えた。
「いいじゃん、せっかく結婚したんだし」
それって俺のせりふじゃないか、と言おうとしたくちびるを軽く塞がれた。
「それに今日は、たぶん大丈夫……中に出さなければ、たぶん、あんっ」
言いながらどんどんと自分の中に健吾を埋め込んでいく。
熱い。
熱くぬめる吹雪の中は、これまでに感じたことがないほど刺激的だった。
まるで別の生き物のようにきゅうきゅうと健吾を締め付け、かと思えば奥のほうではやわやわと先端を刺激して健吾を求める。
――やばい。
やばすぎる、と健吾は思った。
一度奥までくわえ込んだ吹雪は、ぶるると犬のように背を震わすとすぐに腰を持ち上げて健吾の快感を誘った。
かと思えばまた情熱的に腰をおろし、律動を繰り返す。
あわててがっちりと腰を掴んでその動きを止めると、吹雪が潤んだ眼差しで不満げに健吾を睨んだ。
「ちょ、ヤバイから」
「なにが、」
「ちょっと待て。な?」
「い・や」
健吾の腕を振りほどいて強引に吹雪は腰を下ろす。
「うあっ、ふ、吹雪っ」
「はあ……んっ!」
もう一度、といわんばかりに、腰を浮かす。
もどかしげに腰を揺らして、健吾を締め付ける。
熱い両手で顔を挟まれて、くちびるを奪われた。
理性が遠くなる。
本当に襲われているようだ。
燃えるように熱い舌が絡み合う。
「ん、まて、って……んん」
くちびるの隙間から漏れた声が、薄闇に溶けた。
結合部がくちゅくちゅと、卑猥な音を響かせる。
「う……ぶき、んあ、だめだっ」
あわてて吹雪の腰を持ち上げ、間一髪引き抜いた。
自身から放たれた白い精液が、滑らかな吹雪の腹を勢いよく汚す。
上向きに放出したそれは、眼鏡のない彼女の顔や髪にも絡まった。
「…………あ、」
吹雪の腰から手を離し、後ろ手で気だるい身体を支えた。
はぁと熱い吐息をもらし、呼吸を整える。
二・三度深呼吸を繰り返したところで、あわてて吹雪に向き直った。
ぼんやりとうつろな瞳で自分の腹を見つめている吹雪の頬に、そっと触れる。
「あの、すまん……」
頬と顎に飛んだ白濁液を掬い取って拭う。
ベッドサイドに備えておいたタオルに手を伸ばして、穢れた吹雪の身体を拭おうとした。
うつむいた妻の肩が、小刻みに震えている。
「吹雪、ほんと、悪かった」
ダメとか待てとか言っただろう、などという正論は、この際捨て置いた。
吹雪を怒らせるとロクなことにならないし、今回の半分は健吾が悪い。
何より吹雪の涙は心臓に悪いのだ。
「シャワー浴びよう、な?」
前髪をくしゃりとなで上げて、優しく問いかける。
「………………ひどい」
「ああ……ごめん」
「ひどい、ひどいひどいずるいっ」
「え?」
「自分だけ、気持ちよくなってぇぇっ!」
「はっ!?」
顔を上げた吹雪の目が据わっている。
「もっかい、するのっ」
たまに目にする駄々っ子モードだ。
いやあの、という健吾の叫びもむなしく、吹雪は身をかがめるとあろうことかしょんぼりとした自身にくちびるを寄せた。
「ま、まてっ、まてまて!! うっ!」
抗議間に合わず、ぱくりと熱い口内にくわえ込まれてのけぞった。
放ったまま清めてもいないそこを咥えられて、健吾の胸のうちは罪悪感でいっぱいになる。
引き離そうと肩を掴んでも、身をよじって吹雪はその手を振りほどいた。
ちゅうと音を立てて吸い付かれて、背筋にびくりと電流が走る。
唾液を絡めた舌がやわやわと側面を撫で回し、自身は質量を緩やかに取り戻す。
「吹雪、も、いいから、」
「ふぁめっ」
咥えたまま抗議の声を上げる。
さてどうしたものかと健吾は逡巡する。
この状態は気持ちいいことは気持ちいいのだが、どちらかというとくすぐったいし、何より後ろめたい。
そっと背を撫でる。
好きにさせてやりたいのは山々なのだが、無理してないわけがないだろうと想像に難くないので止めさせたいのも本音だ。
「……吹雪」
身を引きながら手触りのよい肩を両手で掴み、彼女の身体を起こさせる。
不満たっぷりに眉間にしわをきつく寄せる吹雪のくちびるを、強引にふさいだ。
「んんっ」
火照ったままの身体が、びくりと震える。
柔らかな乳房を、つんと尖った先端を、背中を、白い太ももを、体中を熱い手のひらで撫で回す。
重ねたくちびるから漏れる熱い吐息が、だんだんと余裕のないものに変わっていく。
背に手を回して、丁寧にベッドに寝かせると、額をなで上げてその瞳を覗きこんだ。
「健吾ぉ……」
「……ん?」
「欲しいの、健吾……お願い」
「ん、判った」
いつもこのぐらい素直だと扱いやすいのに、と思うと同時に、扱いやすい吹雪なんてらしくないと思う。
サイドボードから避妊具を取り出した視界の端に、雑然と転がるビールの空き缶がうつる。
手早く装着しながらとっさにその数を数えた。
1、2、3……4本だ。
こいつ、酔っ払っていたのかと少々げんなりする。
「……健吾?」
吹雪が両手の伸ばして健吾を待つ。
まぁいいか、と健吾は彼女に覆いかぶさった。
両足を開かせて、蜜を絡めて自身を進める。
「あ、あんっ……健吾、んんっ!」
細い肢体が、弓なりにそれた。
漏れた甘い声を掻き消すかのように、くちびるを覆った手のひらを握ってシーツに縫いとめる。
「やだぁ、けんごォ……っあ!! んあう!」
ずん、と突き上げる度に、白い喉をのけぞらせて吹雪が喘ぐ。
「あっ、んっ、だめ、まって、ふ、だめだめ!」
抗議の声を無視して、さらに腰を揺らす。
「まって、も、やだ……やだぁ、あっ、ああっ――」
身体全体をのけぞらせて、吹雪の裸体がびくびくと震える。
動きを止めた健吾をぎゅうぎゅうと締め付け、秘部が絶頂を知らせた。
やがてぐったりと力を抜き、荒い呼吸を吐き出すくちびるにそっと触れる。
ぺろりと耳朶に甘く噛み付き、吐息混じりに耳元で低く囁く。
「――――あのな、」
「……んー?」
「おれ、二回目だから、ちょっと時間かかるぞ?」
「え?」
「動くぞ、いいな」
「まってまって、ちょっと、あ、ああっ」
返事を待たず再び律動を開始する。
「ひぁっ! むり、むりむり、やだ、やっあ……あんっ、んんんぅ!」
身を捩って逃れようとする吹雪の肩を押さえつけ、片ひざを持ち上げて更に深く貫く。
先ほどのお返しだと言わんばかりに、何度も何度も腰を打ちつけた。
性急な刺激に幾度となく吹雪は絶頂に達し、敏感になりすぎた身体をもてあまして何度も健吾に懇願を繰り返したが、もちろん健吾が聞き入れるはずもなく、果てのない快感に、吹雪はついにぽろぽろと真珠のような涙をこぼした。
ベッドサイドに置かれたランプシェードが、二人の影を寝室の白い壁に映し出し、まるで獣のようなその影絵に健吾はますます興奮を深くし――――
*
「ねーみてこれ、素敵! やっぱ千尋ってセンスいいよね。おかーさん譲りかな」
繊細なガラス細工のランプシェードを手に、にこにこと嬉しそうな吹雪をちらりと見やり、健吾は深い深いため息をついた。
「お祝いなんていいって言ったのにね。小林クンってやっぱり律儀だよね」
大和の話題には相も変わらず蕩けそうな微笑で、ランプシェードにほお擦りを繰り返す。
「そっちは何だった?」
「……何でもない。手紙のようなもの」
不自然にならないよう最新の注意を払いながら、急いで千尋から健吾への結婚祝い「健吾&吹雪 愛の軌跡 Count98」を茶封筒にしまいこむ。
まずこの98が大変に気に喰わない。
97個の軌跡が存在するのか。
するとしたらどこに。
誰の目に触れた?
悶々と疑問が沸き起こる。
何より最後まで一気に目を通してしまい、最終ページにクセの強いけれど読みやすい千尋の字で『健吾クンの早漏☆ 鬼畜♪ ヘンタイ〜!』と書かれていてげんなりした。
官能小説まがいのコレに、少しだけ、興奮したのも事実だ。
「あ、カードも入ってる! えーと『健吾クン吹雪チャン本当におめでとう! こんど新居にお呼ばれしたいのっ。大和・千尋』だって! ふふ、ホントに来てくれるかな〜」
「…………大和はともかく千尋は嫌だ」
「何言ってるの! 千尋を仲間はずれにしたら小林クンにとばっちりが行くでしょ!」
それはそうなのだが、いまはマトモに千尋の顔を見る自信がない。
巧妙なワナだと判っているのに、どうしても本能がアイツを嫌う。
第一、もう少し落ち着かないと吹雪の顔だってマトモに見られないのだ。
「千尋め…………」
額に手を当てて、深く深くため息を落とす。
どうしたの、と言いかけた吹雪が近づいてくる。
頼むから今の獣のようなおれに寄らないでくれ、と胸のうちで叫んだその時。
――ピーンポーン。
インターホンが鳴った。
はーいと高い声を上げて吹雪が駆け出す。
健吾も立ち上がってその後についた。
二人の感情の異なる絶叫まで、あと三十秒。