3月某日。  
吹雪の家に1通の郵便が届いた。  
郵便受けのカタン、という音と同時に吹雪は家を出て、封を切る。  
それは、待ちに待った合格通知―――。  
 
「よっしゃ!」  
つい口に出してガッツポーズをする。  
と、後ろで自転車の止まる音がした。  
振り向くとそこには、全力で飛ばしてきたらしい健吾の姿。  
 
「さすがだな、委員長。」  
「へへ。健吾も?」  
「・・・おかげさまで。」  
 
これで晴れて、春からも同じ学校、というわけだ。  
照れくささと嬉しさに浮かされながら、先生に報告をするため学校へ向かう。  
忙しかった受験から、ようやく解放された。  
これからは思う存分ふたりの時間が取れる、などと甘い期待を持ちながら。  
 
が、しかし。  
その考えは非常に甘かったのである。  
 
学校に復帰するなり、回ってきたのは卒業関係の仕事の山。  
クラス写真などは、推薦で大学に受かっていた日影が進めていたものの  
卒業式当日の進行や答辞、謝恩会や担任へのプレゼントの準備や  
その合間を縫っての、地元を離れるクラスメイトの送別会、  
女子数名から始まったはずなのに、最終的にはクラスの全員どころか  
担任・副担任までもが参加することになった、東京への卒業旅行の手配に  
吹雪はもとより、健吾までもが借り出されるハメになっていた。  
 
そして、あっという間に卒業式当日。  
アルバムも卒業旅行の準備も出来上がり、委員長としての勤めも今日が最後。  
午前中で式は終わったはずなのに、3−Aにはいつまでも人が残っている。  
お菓子やジュースまで出てきて、まるで打ち上げのノリだ。  
 
入学した頃は、私があの輪の中にいるとは思ってもみなかった――。  
3年前、中学校の卒業式では誰よりも早く帰った吹雪は思う。  
その同級生たちも、部活や委員会の送別会に流れ、自然と会はお開きになった。  
もう昼時を過ぎ、影が伸びはじめている。  
 
吹雪はふと思い立って、ある場所に向かった。  
この3年間、教室の次によく通った場所。―――図書室へ。  
そこには案の定、先客がいた。  
 
「ここにいると思った。」  
「ここにいれば、来ると思った。」  
 
いつもの席に座る、健吾の姿。座り慣れた彼の向かいの席。  
これからも会えるけれど、ここで会うのは今日が最後。  
そう思うと、なんだかせつない。  
 
「―――健吾。」  
「ん?」  
「卒業おめでとう。」  
「ああ、委員長も。って、もう委員長じゃねえか。」  
 
久しぶりのふたりの時間。  
健吾は机の向こうから手を伸ばし、吹雪の手を取る。  
「これから、名前で呼んでもいいか?」  
 
嫌だ、なんて言うはずもないことなのに。  
わざわざ確認を取る律儀な彼が、吹雪はやっぱり好きだと思い、  
うん、と頷いた後で、覚悟を決めて切り出した。  
勇気を出すなら今。私の決心が消えないうちに。  
 
「あのね、今日、雪人も深雪も部活で遅くなるって。母さんお店だし。」  
だから、と吹雪は言葉を繋ぐ。心臓が破裂しそうだ。  
「あ、あの。せっかく約束したんだし。どうしても今日ってわけじゃないけど、その―――」  
「家、行ってもいいか?」  
 
決定的な言葉を切り出したのは、健吾のほうだった。  
ただ家に行く。そんな意味じゃないことは、すでに暗黙の了解で。  
3月の図書室。今日はぎりぎり高校生のふたりは  
ぎこちなく頷き合うと、想い出の詰まった場所を後にした。  
 
 
窓の外が、薄赤く染まっていく。  
吹雪の部屋で、先ほど渡された卒業アルバムをめくりながら  
健吾はいつになく緊張していた。  
 
そもそも、世の人間は「初めて」をどう経験しているのだろう。  
女の子は痛いらしいとか、そういう基本的な知識はさすがに耳にはしたが  
具体的にはどうやって振舞えばいいのやら、皆目見当がつかない。  
ただ、すぐ側にいる彼女のことを、いつもに増して意識してしまう。  
 
今日の吹雪からの誘いは、正直予想外だった。  
受験が終わってから、どうやって切り出そうかと必死で考えていたのに。  
途中のコンビニで避妊具を買うだけでいっぱいいっぱいの自分を、ほとほと情けないと思う。  
 
けれど、そんな自分に対して彼女は覚悟を決めてくれたのだ。  
これは、すごく幸せなことなんじゃないだろうか。  
 
健吾は意を決して吹雪の手を握り、瞳を覗き込むと  
頬を染め俯いた恋人に、吸い寄せられるようにキスをした。  
 
最初は軽く、そしてだんだん深く口付ける。  
ひときわ長いキスの後、今度は彼女の耳元で囁いた。  
「いいのか?」  
吹雪がこくん、と頷くのがわかる。  
 
その可愛さについ口元が緩んでしまう健吾を、吹雪は顔を起こしてねめつけた。  
「あ、あの。言っとくけど私初めてだから。だから、その―――優しくして。」  
最後の一言は、蚊のなくような声で。  
優しくしたい気持ちと、奪ってしまいたい気持ちとで、鼓動がさらに早くなる。  
「オレだって初めてで、余裕ないからな。―――でも、努力はしてみる。」  
 
吹雪の手をとりベッドに移動する。  
うなじのあたりでリボンが結ばれているトップスの裾に手をやると、彼女が自分を制した。  
「ほどいて。」  
うなじのリボンに手が導かれる。  
なんだかプレゼントを紐解いているようだ、と思い、健吾は耳まで赤くなった。  
「吹雪。―――オレもう脳みそ溶けそう。」  
リボンをほどいたうなじに唇をつけると、吹雪の体がひくんと動いた。  
小さな声が漏れる。  
 
あらわになった白い肩。自分のものより細い鎖骨。滑らかな肌。  
服を脱がせるごとに表れる部分に、指と唇を交互に這わせる。  
シンプルな柄のブラを脱がせると、細身の彼女にしては意外なほどたわわな白い乳房がゆれた。  
 
ああ、綺麗だ。と健吾は思う。  
思いは声となって漏れていたらしく、吹雪は頬を染めた。  
 
「あんまり見ないで。恥ずかしいから。」  
吹雪の声を聞いて我に返ると、筋張った手で彼女のそれを撫で回す。  
恥ずかしさと、かすかな快感から漏れる甘い声に気をよくすると  
片方の先端に吸い付くと、舌先で音を立てながら転がした。  
彼女が喘ぎながら、彼のシャツのボタンを外そうと片手でまさぐる。  
まだ3月だというのに、ふたりとも既に汗だくだった。  
 
夢中で服を脱ぎ捨て、産まれたままの姿で素肌を寄せ合うと  
健吾は、吹雪の一番敏感な場所に指を進めた。  
胸への愛撫のせいか、そこはしっとりと濡れている。  
最も感じやすい部分を探し当てると、そこを中心に愛撫を始めた。  
 
「ひゃあっ・・・も、ダメ・・・!」  
最初の頃こそ声を抑えていた吹雪も、もう堪えきれなくなっていた。  
全身を這い回る手がもたらす快感。好きな人とベッドの上で睦みあう幸せ。  
初めての緊張も恐怖も、その前ではまったく意味をなさなかった。  
 
ひとりでした経験が、ないわけじゃない。  
でも、その時とは比べ物にならない気持ちの良さが体中に押し寄せる。  
言葉にならない声をあげていた、自分が感じた下肢の違和感が  
自分の中に入ってきた恋人の長い指だと知り、彼女の興奮は更に深くなった。  
かき混ぜられ、くちゅくちゅという淫らな音が聞こえる。  
感じやすい部分と中を同時に責められ、吹雪は軽い絶頂に達していた。  
 
「ふぁっ・・・くっ。はぁ、はぁ―――」  
かすかな痛みとしびれ。そして違和感と気恥ずかしさ。  
それを簡単に飛び越えてしまう興奮と快楽を、吹雪は怖いとすら思った。  
ふと健吾を見やると、今までに見たどんな表情とも違う、せつなげな顔をしている。  
 
考えが顔に出ないタイプとはいえ、最初の頃よりだいぶ表情が豊かになった彼。  
でもたぶん、こんな顔を見られるのは自分だけ―――。  
そう思うと、吹雪は幸福感でいっぱいになった。  
額にはりついた前髪を優しく整えてくれる彼に手を伸ばし、頬に触れる。  
「健吾、しよ。」  
 
彼は熱っぽい目で吹雪に微笑むと、ぎこちない手付きで自身に避妊具を装着した。  
(―――こんなの、本当に入るんだろうか。)  
ちょっとだけ我に返り、怖くなる。  
「初めてが痛い」というのは、見る限りあながち嘘ではなさそうだ。  
 
「吹雪。」  
健吾に名前を呼ばれて、はっとする。  
「はいっ!」  
こっちの緊張が、伝わってしまっただろうか。  
怖がってると思われたらどうしよう。あらゆる意味で恐怖だ。  
 
「痛かったらちゃんと言えよ。無理なら、できるだけ止めるから。」  
不器用な健吾の、精一杯の気遣い。  
「大丈夫。試してみなきゃわかんないし。どうせ最初は痛いなら、私は健吾がいい。」  
だって健吾とだったら、痛さも辛さも良い想い出にきっとなるから。  
高校生活が、辛いことやうまくいかないこともあったけど、結果として最高だったみたいに。  
 
健吾は目顔で頷くと、さっきまで指を入れていた場所に自身を進めてきた。  
さすがに痛い。ぎりぎりと拓かれているようで、キツくてたまらない。  
あまりの苦しさに声をあげると、健吾に心配げに覗き込まれた。  
大丈夫だからと言って、彼の腰に手を回す。  
 
「吹雪、力抜いて。―――そう。」  
うなじや乳首を指で責めながら、ぎちぎちと彼が中に入ってくる。  
不思議なもので、最初のうちは痛みしか感じなかったこの行為も  
全長が中に納まる頃になると、かすかな快楽の予兆すら感じさせるものになっていった。  
 
「んぁっ・・・」  
繋がったまま健吾に抱きしめられると、つい甘い声が漏れてしまう。  
眉根を寄せた彼は、ずいぶんと男っぽくて―――そして色っぽかった。  
「動くぞ。」  
かすれ気味の声で囁くと、健吾が腰をゆっくりと腰を進めてくる。  
痛みと快感、初めての怖さと喜びで、もう溶けてしまいそうだ。  
 
「やぁ・・・ん・・・健吾っ」  
言葉にならない喘ぎ声の中で、自分の名前を呼ぶ彼女。  
目を潤ませ軽く唇を開いた吹雪の表情は、非常に魅力的で。  
痛くないわけないだろうに、健吾を信じて腕を伸ばしてくる吹雪を  
気遣いたくて、めちゃくちゃに貫いてしまいたくて、健吾はもうたまらなかった。  
 
快感が背筋のあたりを這い回り、絶頂の近づきを知らせる。  
自分の下にいる吹雪にそのことを告げると、彼女はいいよと頷いた。  
責めると必ず声をあげる箇所に、さっきより性急に腰を打ち付けると  
吹雪が高い声をあげ、白い喉を見せてがくがくと震える。  
健吾は彼女の腰を抱くと、ゴム越しに自分の欲望を吐き出した。  
 
ぜえぜえと荒い息を吐いて、けだるく自身を引き抜くと  
彼女の隣に横たわり、こちらも辛そうな吹雪を抱き寄せた。  
すっかり乱れきってしまった、きれいな髪に触れる。  
吹雪はだるそうに彼の体にひっつくと、一言だいすきと呟いて眠りに落ちていった。  
 
(無理させたかな―――)  
腕の中の恋人の寝顔を見ながら、健吾はひとりごつ。  
さらさらとした髪がこぼれて腕にまとわりつき、くすぐったいくらいだ。  
自分が昔、この髪に触りたくてたまらなかったことを思い出す。  
髪に触ったら抱きしめたくなった。抱きしめたならキスしたくなった。  
そして、抱いてしまった今は―――。  
(ヤバイ。クセになるかも。)  
そんなことを思って、ひとり赤面する健吾だった。  
 
 
ほどなく吹雪が目を覚ます。  
外はいつの間にか夕暮れが深まっていた。  
軽くシャワーを浴びて汗を流すと、吹雪は健吾を送り出す。  
 
「明後日は卒業旅行か。」  
「うん。学校行事じゃないのにクラス全員集まるウチも、どうかと思うけど。」  
「しかも担任・副担任まで。最後にデカイお勤めだな、委員ちょ――あ。」  
つい委員長と呼びかけた健吾を、吹雪はなんだか可愛いと思った。  
 
「なあ、旅行中はなんて呼べばいいんだ?」  
「知らなーい!自分で決めて。」  
 
わいのわいの言いながら、彼を送りに玄関に立つ。  
「吹雪。体、大丈夫か?」  
「・・・正直、ちょっとだるい。」  
「すまん。」  
「謝らないの!―――私、嬉しかったんだよ?」  
 
大好きな人と、ここまで深く触れ合えて。  
いつもと全然違う、健吾の表情も知ることができて。  
これを幸せと呼ばずして、何と呼ぶと言うのだろう。  
体の痛みは残っているけれど、でも―――。  
(なんだか、クセになるかも。)  
そんなことを思って、内心にやけてしまう吹雪だった。  
 
自転車で夕闇に走り去る彼の姿を見送り、家に入ろうとすると。  
「ふーぶきっ!」  
聞きなれた声が背後から聞こえた。  
そこにはなぜか、親友・斉藤あげはの姿が。  
「あげは!こんなところで何やってるのよ!」  
「別にー。たまたま通りかかっただけ♪」  
 
たまたまって何よ、という疑問はとりあえず捨て置く。  
「来てたのね、ムッツリ君。相変わらず仲がいいこと。」  
「うるさいなぁ、余計なお世話!」  
ああいうことの直後に、友達と会うのは気恥ずかしいと思って  
ついついぶっきらぼうな言葉をかける吹雪に、彼女はにやりと笑い首元を指差した。  
 
「リボン解けかけてる。」  
ええっ!と叫んで赤面し、吹雪は後ろに手を回す。  
そんな彼女を見て、あげははついぷっと吹き出した。  
「嘘!」  
やばい、図られた!とばかりに苦い表情になる吹雪の手を、あげはががしっと掴む。  
 
「で、あるんでしょ?親友に報告することが。吹雪ちゃん♪」  
喋りたいような、喋りたくないような複雑な気持ちになりながら、  
これは卒業旅行もひと騒動ありそうだと、心配になる吹雪なのだった。  
 
終。  
 

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