健吾×吹雪「ごほうび」(エロなし)  
 
付き合って間もない頃こそ「部屋にふたりきり」というシチュエーションに  
どこか悶々としていたが、高校3年の2学期ともなると、そうもいかない。  
図書室や自習室、教室にも勉強する生徒が溢れかえる秋にもなると  
健吾と吹雪も、おのずと「お互いの部屋」で机に向かう機会が増えていた。  
 
10月のある日曜日。  
その日もふたりは健吾の部屋で、過去問集を挟んで向き合っていた。  
基礎ばかりやっていても仕方ないだろう、という吹雪の提案で  
2週間に1回はこうやって、過去問を解くことに決めている。  
 
解き終わり、プリントを交換して答え合わせをする。  
吹雪が採点する健吾の答案は、空欄や誤答が日に日に減ってきていた。  
さらさらと点数を出すと、机の向こうの回答者に渡してよこす。  
 
「結構いい線いってるじゃん、健吾。最初は数学以外はボロボロだったのにさ。」  
「まあ、頑張ってるからな。」  
知ってる、と吹雪はくすくす笑う。  
デートと勉強の中間みたいな、こんな時間が吹雪にとっては何より幸せで。  
こんな日がずっと続けばいいのに、と思ってしまう。  
 
「行けるといいな、K大。一緒に。」  
健吾がぼそりと呟いた。  
「あとは頑張り次第だねー。特に健吾の。」  
「うるせぇ。」  
「ちょっと。」  
吹雪は、拗ねて横を向いてしまった恋人の隣に座り直す。  
「本当のこと言うとね、健吾がこんなに頑張るとは思ってなかったんだ。  
だから正直すごいと思うよ。ここまで成績伸びてるの。」  
だから、と彼のほうに向き直す。  
「合格したら、何でも好きなものあげる、っていうのはどう?」  
「はあ?!」  
健吾はびっくりしたように、吹雪に向き直った。  
「だから、好きなものあげるって言ってるの!  
さすがに海外旅行プレゼントとかはできないけどさ。  
ちょっとくらいごほうびがあったほうが、頑張れるでしょ?」  
 
ね、と微笑む吹雪に、健吾は動揺を隠せない。  
ごほうびにオレが一番欲しいものって。  
こいつ、わかっててわざと言ってるのか?  
それとも天然なのか?  
 
健吾の動揺にまったく気付かない吹雪はなおも健吾に近付く。  
「ねえ、何がほしい?教えてよ?」  
甘い香りが、健吾の鼻先をくすぐった。  
 
―――このバカ女。  
健吾は覚悟を決め、吹雪の肩を抱き寄せると、彼女の耳元に唇をよせ囁いた。  
「委員長。」  
 
「―――えっ?」  
「欲しいもの、だろ?」  
 
びっくりして固まっていた吹雪が、その意味を理解した瞬間  
彼女の色白の頬は真っ赤に染まっていた。  
吹雪ほどではないが、健吾の耳元も赤く染まっている。  
 
「―――バカっ!」  
「ごほうびとか言うからだ。」  
「それにしたって。」  
「嫌なら、別にいい。」  
 
これ以上、この話題を引き摺るのは体に悪い。  
健吾だって、そういう気持ちはもちろん持っている。  
けれど、何も吹雪に無理をさせてまで抱きたいとは思っていなかった。  
こういうことはタイミングだとも思うし、彼女のペースで構わないとも思っている。  
 
「ほら、続きやるぞ。」  
吹雪の頭をぽん、と叩くと甘いムードを断ち切った。  
これ以上この話題を続けるのは、体に毒だ。  
しかし、次の問題を引っ張り出す健吾の腕は、吹雪にがしっと掴まれた。  
 
「ちょっ、委員長?」  
慌てた健吾の声を無視して、吹雪は彼の唇をふさいだ。  
うなじに手を回し、自分から舌を差し込んでくる。  
あっけにとられていた健吾が、吹雪の背中に手を回す。  
長く甘いキス。  
今までとはまったく違うその味に、酔いしれそうになったとき―――。  
 
吹雪が健吾の胸元をどん、と突いて離れた。  
見れば彼女の顔は、さっきよりも真っ赤で。  
「か、考えとくから。」  
目を伏せたまま、怒ったように言い放った。  
そのあまりの可愛さに、健吾はつい意地悪く「何の話?」と切り返す。  
 
信じらんない!もうやだ帰る!と叫んだ吹雪は荷物をまとめ  
健吾の部屋のドアで振り返って健吾を睨む。  
そして、その迫力に似つかないか細い声で  
「嫌じゃないからね。」と囁き、部屋を出て行った。  
 
取り残されたのは、悶々とした思いを抱えた男子高校生ひとり。  
(なんだ、あの破壊力は―――)  
大好きな彼女からの、あの甘いキス。そして帰り際の囁き。  
健全な(というよりムッツリな)男子高校生には、刺激が強すぎる。  
キスの感触、抱きしめた体の柔らかさ、  
慎吾の「あの姉ちゃん、おっぱいでかいよな」発言までもが脳内をクロスし  
よからぬ妄想に火がつきそうになる。  
(い、いかん。オレは受験生だぞ!)  
健吾はモヤモヤした思いを打ち消すべく、走るかわりにノートに向かうと  
死に物狂いで勉強を始めた。  
 
その頃、吹雪の部屋では。  
(ヤダヤダ、健吾ったら信じらんない。)  
真っ赤になった顔に、まだ収まりがつかない部屋の主が、ベッドに転がっていた。  
耳元で囁かれた言葉、大きな手、キスの感触。  
彼女自身、健吾とそういう関係になる日が来るだろうと思ってはいた。  
それはきっと幸せなことだろうとも思っていた。  
そんな中で「嫌なら別に」と言われ、ついカッとなってしまったのだ。  
ちょっとした反撃のつもりだったのに―――。  
(とにかく、大学に受からなきゃ元も子もないんだから!)  
フラッシュバックしそうになる、先ほどの出来事を打ち消すべく  
吹雪も死に物狂いで勉強を始めた。  
 
次の定期考査で、吹雪はもとより健吾までもが学年10位以内に食い込んだことは  
また、別のお話。  
 

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