女が上に乗っている。  
浴衣を着たまま腰を揺らして喘ぎながら、彼の両手をがしっと押さえつけて。  
 
比較的腕力があるとはいえ、所詮は女の子の力。  
その気になれば手を振りほどくくらいわけはない。  
しかし彼は、この扇情的なシチュエーションをもう少し堪能しようと思った。  
―――反撃はそれからで充分だ。  
 
 
コトの発端は、6月初旬に遡る。  
就職活動の目処が立ち、教職を取っている4年生たちが教育実習に向かう季節だ。  
小林健吾と小林吹雪も、ご多分に漏れず母校・向日葵高校に実習に向かった。  
高校のクラスが馴れ初めの2人にとっては、なかなかに興味深いイベントのはずだったのだが。  
 
「あ、恋愛関係の話題はノーコメントで通してください。お2人の関係も、当然秘密にするように。  
冷やかしの種になるだけですし、生徒に示しが付きませんから。」  
と、何も言わないうちから元担任の小林燕に早々と釘を刺されてしまった。  
教え子を嫁に貰う予定の教師の言葉に説得力はあまりないが、まあそこは正論なのだし  
そもそも実習生の中に同じ大学のコバヤシが2人いるのは無駄に目立つ。  
ただでさえ人目を惹きやすい風貌の吹雪と健吾は、なるべく離れて行動することにした。  
 
4年生になってから、就活・ゼミ・研究室・バイトに追いまくられ  
まったくふたりの時間を取れていないのが不満といえば不満だったのだが、仕方ない。  
実習後の楽しみに旅行の約束をして、それを励みに頑張ることに決めた。  
「せっかくだから」ということで、大学生にはちょっと贅沢な温泉旅館を予約して。  
実習での思わぬトラブルが待ち受けているとも知らずに―――。  
 
高校という箱庭の子どもたちは、とにかく刺激やイベントに敏感である。  
自分があまり他人に興味のない性質だっただけに、その事実は健吾を疲れさせた。  
口を開けば「先生モテそうですよね。」だの「女子高生とかどーですか?」だの姦しいことこの上ない。  
 
中でも最大の誤算だったのは、燕クラスの学級委員長のことだ。  
「委員長」と呼ばれる、しっかり者で仕切り屋の彼女の姿に、どこか高校時代の吹雪を重ね  
数学やら大学進学やらの質問に親身に答えていたところ、実習半ばでこういわれてしまったのだ。  
「私、先生が好きです。付き合ってください。」と―――。  
 
これは困る。しかし「恋愛関係の話題はノーコメント」という上意(?)も出ている。  
迂闊に「恋人がいるのでゴメンナサイ」とも言えず困りきっていたところ、彼女は  
「今は返事はいりません。実習が終わって、先生と生徒じゃなくなったら答えをください」と言って立ち去った。  
でもって、そのシーンをばっちり吹雪に目撃されてしまったのだ。  
 
それから実習が終了するまで、健吾は彼女のアタックに戦々恐々とする日々を過ごした。  
このときほど、元担任の小林燕を身近に感じたことはない。  
委員長の権限を上手に利用して一人暮らしのアパートに押しかけられるわ、  
その場面を、何故かたまたま泊まりに来ていた腐れ縁・小林千尋に見つかるわ  
当然のごとく吹雪は助けてくれないわで散々な目にあってしまった。  
実習が終わり、自分には大事な人がいるためお付き合いできない旨をはっきり伝えて一件落着したものの  
なんとなく、吹雪との間には微妙な空気が流れたままだった。  
 
そのまま、約束の旅行の日が来てしまったわけで。  
(気付けば2ヶ月、コイツにまともに触れてもいねえ。)  
助手席に座る吹雪を見て、健吾はぼんやりそんなことを考えていた。  
あからさまに避けられたり、不機嫌になられているわけではない。  
ただ、何というべきか「そういう雰囲気」にならず、むしろ巧妙に避けられている気がするのだ。  
付き合い始めてから5年近くが経つのだが、人前でイチャイチャできない性分はお互い様だ。  
この2ヶ月を今日の旅行で取り戻そうと思うものの、車の中で手を握るきっかけすら掴めずにいた。  
 
「健吾ー。これ何?」  
彼の荷物の中に見慣れない瓶を見つけ、吹雪が聞いてくる。  
「ああ、それ大和から。児童園の子供たちと作ったジュースだって。」  
「ちょっと、なんでアンタのところに小林クンからプレゼントが届くのよ!」  
だいたいアンタは・・・と吹雪が何かをいいかけてやめ、瓶を冷蔵庫にしまった。  
 
何が言いたいのか、おおよそ見当はついている。  
クールな風に見える彼女が、以外と嫉妬深いということも知っている。  
喧嘩になってしまえば、あるいは自分が何かしたなら謝りようもあるけれど  
そもそも健吾は大して悪くないのだし、それをわかってか吹雪は口論を避けている気がする。  
(ああ、めんどくせえ―――)  
考えれば考えるほど、彼女の機嫌を直す方法が思いつかない健吾は  
とりあえず夕食を済ませ、温泉につかると部屋へ向かった。  
これからの時間が楽しみでない20代のオトコなんて、今のオレくらいだろうと思いながら。  
 
すでに吹雪は部屋に戻っていた。洗い髪をまとめた浴衣姿で窓の外を眺めている。  
例のジュースが、机の上に瓶半分ほどになって置いてあった。  
風呂上りで喉も渇いていた健吾は、瓶に手を伸ばすと残り半分を飲み干す。  
ともかく、こんな状態じゃいつまでたっても埒が明かない。  
わだかまりを残さないためにも、きちんと話し合おうと心に決めるなり、  
彼女は電気を落とし、彼へと身を乗り出した。  
勢いに圧倒され、手を後ろにつく。  
 
「おい、吹雪?」  
戸惑う健吾の声を無視して、彼女は彼の胸元に吸い付いた。  
―――体が、動かない。  
鎖骨の下あたりを強く吸われ、ぴりりとした痛みを感じる。  
目の前には吹雪の細いうなじと洗い立ての美しい髪―――。  
健吾が状況を理解し手を伸ばそうとすると、彼女はようやく顔を起こした。  
胸元には、彼女がつけた跡がくっきり残っている。  
 
「バカ!」  
突然怒鳴られ、あっけにとられる。  
「おい、オレは何もしてないぞ。」  
「したじゃない!」  
「だから誤解だって!あれはあっちが無理矢理・・・」  
「もう、アンタって何もわかってない。」  
「わかんねえよ。大体オレの何が悪いって」  
いうんだ、という語尾は吹雪のキスによってかき消された。  
そのまま布団の上に倒れこむ。  
ちょうど吹雪が健吾を押し倒したようなポジションになると、吹雪がようやく口を離した。  
すでに途絶えがちになっている声を張って叫ぶ。  
「2ヶ月よ!・・・2ヶ月も、私はアンタに触らずに来たっていうのに!」  
もう限界!と吹雪は言い放ち、健吾の上にぐいと覆いかぶさった。  
「今夜はね。簡単には寝かせないから、覚悟しときなさいよ?」  
そのまま再びキスで口を塞がれた。  
 
彼女の細い指が、健吾の胸板を這う。  
その指が乳首を捉えると、健吾の口からつい呻き声が漏れた。  
「あ、感じてる。可愛い。」  
いつになく積極的な吹雪がそこを舌で転がす。  
気恥ずかしさと欲求に駆られて彼女に触れようとすると、手を布団の上に押さえつけられた。  
「ダーメっ!私がしてるの!」  
どうやらジタバタしても無駄らしい。  
抵抗を辞めると、吹雪が満足気に下半身に手を伸ばしてきた。  
下着の上から、半ば立ち上がりかけたそこを指でこすられる。  
自分の上の吹雪は眼鏡をかけたまま浴衣を着崩した、かなり色っぽい――というよりエロい姿だ。  
彼の足に、しっかり濡れた秘所の感触が伝う。  
「ちょ、吹雪!お前下着。」  
「ん?あー、つけてない。どうせ脱ぐと思って。」  
だーかーら。  
お前は何でそうなんだ、と叱ろうとするが、この状況ではあまりにも説得力がない。  
そうこうしているうちに吹雪は彼の下着を取り去り、帯を解いてしまった。  
取り出してきた避妊具を、ぎこちない手付きで装着させると彼の上にまたがる。  
 
(あ―――)  
実に2ヶ月ぶりの、彼女との繋がり。  
文句なしに気持ちよく、このまま蕩けてしまいそうだ。  
「んっ――気持ちいっ――あっ!」  
自分から挿れておいて、吹雪もかなり感じているらしい。  
そろそろ反撃するかと思い、健吾が腰を動かそうとした瞬間、彼女が腰を揺らし始めた。  
ぬちゃぬちゃという水音が結合部から響く。  
「吹雪。もういいから。」と手を伸ばすと、またしても押さえつけられた。  
「ダメっ・・・。んっ、思い知らせて、やるんだから・・・。  
私が、ちょっと目を離した隙に。さっ・・・。ジョシコーセーに、告られちゃって!  
こんなに、んっ・・・好きなのに。健吾に触って、こーゆーことしたかったのに。  
アンタは、涼しい顔しちゃって・・・!」  
 
ある意味究極のシチュエーションでの殺し文句に、体がまた熱を帯びた。  
ただ、ひとつだけ。たったひとつだけ不満が残る。  
そんな健吾の気持ちを知らないであろう彼女は、いまだに彼の上にいる。  
浴衣を着たまま腰を揺らして喘ぎながら、彼の両手をがしっと押さえつけて。  
 
比較的腕力があるとはいえ、所詮は女の子の力。  
その気になれば手を振りほどくくらいわけはない。  
しかし彼は、この扇情的なシチュエーションをもう少し堪能しようと思った。  
―――反撃はそれからで充分だ。  
 
だんだん吹雪の嬌声が、早く余裕のないものに変わっていくと  
健吾は彼女の動きにあわせて、腰を突き上げた。  
「ひゃんっ!」と吹雪が叫んで、両手が離れる。  
そのまま2、3度突き上げてやると、彼女は軽い絶頂に達した。  
思わず後ろに倒れこみそうになる吹雪を、身を起こして捕まえ抱きしめる。  
 
彼女の震えが止まるのを感じると、額をあわせて目の中を覗き込んだ。  
「吹雪。お前さー。」  
片手を腰に回したまま眼鏡を外させ、浴衣の帯をほどく。  
「なんか、お前だけが我慢してたみたいに言うけどさ。」  
すでに半分脱げかけていた浴衣も、するりと脱がせた。  
「オレもお前に触りたくて仕方なかったんだぞ?」  
「け、健吾?」  
先ほど絶頂に達し火照ったままの顔の彼女は、イマイチ状況を理解していないらしい。  
「もう限界!」  
耳元で囁くとそのまま耳朶を舌でなぞり、同時にずん、と腰を突き上げた。  
―――反撃、開始。  
 
座った体制のまま吹雪をべたべた触り、攻めたおす。  
これ以上ないというくらい奥まで分け入ると、彼女の嬌声はさらに高くなった。  
何度もキスをし性急なまでに腰を動かすと、すでにギリギリまで上り詰めていた吹雪は  
彼にぎゅっとしがみついたまま、絶頂に達してしまった。  
それとほぼ同時に、健吾も彼女の中に熱い迸りを放った。  
 
手早く避妊具を始末し、崩れ落ちるように布団に横になった吹雪に寄り添う。  
目があうと、自然と笑い声がこぼれた。  
「あーあ、もっと早く触っておけばよかった。我慢するの無理。」  
「俺も。その―――悪かった。」  
「謝らないの!その・・・ただのヤキモチなんだ、し。」  
恥ずかしそうにかすれる声にも、くすくす笑いが混じる。  
 
「ねえ、健吾?」  
「ん?」  
「せっかくだから、今日はいっぱい仲良くしようね。」  
こんな可愛いことをカノジョに言われて、張り切らない男なんているわけがない。  
「勿論。」と囁くと吹雪の足元を開かせ、くるぶしに口付けた。  
不意を突かれた彼女の体がぴくんと跳ねる。  
細い足首を伝い、膝を愛撫し、内股に舌を這わせる。  
それだけで、彼女のそこは再びぐっしょりと潤い始めていた。  
このまま挿れてしまうのが勿体無くて、秘所にも舌を絡ませる。  
「あんっ!そこ・・・感じちゃうから!」  
「嫌か?」  
「嫌じゃないけど、恥ずかしいじゃない・・・」  
「ふーん。さっきまであんな風だったくせに、よく言う。」  
やりっぱなしで済ませられると思うなよ?  
せっかく転がり込んできたチャンスをモノにできないほど、オレはダメな男じゃない。  
 
唾液と愛液がしたたり落ちて、シーツに染みができている。  
「健吾。来て。」  
吹雪が瞳をうるませて、こちらを誘っているのに気がつくと  
彼はようやく、彼女の中に分け入ることにした。  
そこは熱く、するりと彼を受け入れたかと思うと、すぐに自身を締め付けてくる。  
早く彼女を味わいたい衝動をなんとか堪えると、健吾は吹雪の頬を両手で挟んだ。  
「今夜は簡単には寝かせないから、覚悟しとけよ―――。」  
 
大学生にはちょっと高めの、温泉旅館の一室。  
そこからは随分遅い時間まで、甘い嬌声が漏れ聞こえていた。  
 
 
外がまぶしい。どうやら朝が来たらしい。  
(うー・・・腰、痛っ―――)  
腕の中で、吹雪はまだすやすやと寝息を立てていた。  
浴衣の前がはだけ、胸元にいくつも桜色の跡が残っているのがわかる。  
まあ彼の胸元にもしっかり跡が残っているので、お互い様だが。  
(結局4回・・・や、5回だったっけ?)  
自分のせい半分、吹雪がなかなか離してくれなかったせい半分で  
まあ、昨夜はかなり張り切ってしまったというわけだ。  
 
せっかくだから朝食まで惰眠を貪ろうと、目を閉じた瞬間。  
枕元においていた、健吾の携帯電話が鳴った。  
その音にぼんやり目覚めてしまった吹雪を制し、浴衣の前をあわせて外に出る。  
 
電話を取ると、向こう側で聞きなれたボーイソプラノが響く。  
「おはよう、健吾クン!あのね、ボクが送ったジュースなんだけどね。」  
電話の向こうの友人・小林大和はなぜか涙声だ。  
――嫌な予感がする。  
そして、往々にしてこういう予感は当たる。  
「あれ・・・千尋クンが入れ替えた罠ジュースだったの・・・」  
 
「そんなことだろうと思った・・・」  
あの吹雪が、何もなしにしょっぱなからあんなに積極的なわけがない。  
ごめんね健吾クン、と大和が涙ながらに繰り返す。  
「大和。お前は悪くないから。だからとりあえず、千尋に代われ。・・・いるんだろ。」  
ここはひとつ、ガツンと言ってやらなければならない。  
そう息巻いていると、電話の向こうから聞き覚えのあるケタケタ笑いが届いた。  
 
「おはよー♪健吾クン!さわやかな朝だね。温泉旅行、楽しんでる?」  
「・・・おかげさまで。」  
千尋が家に来たとき、旅行のパンフを出しっぱなしにしていたことを思い出す。  
絶好の罠機会を与えてしまったことを悔やんでも、もう遅い。  
「お前なー。吹雪には絶対余計なこと言うなよ!」  
「えー、どうしよっかな。」  
「頼むから。」  
また意地を張られてしまっては、こちらとしてもかなわない。  
 
「わかってるよ。そんなことより、ちゃんと仲直りできた?」  
「ああ、まあ。」  
「それじゃこの罠は大成功。貸しにしとくよ、健吾クン♪」  
千尋のイタズラは愛情の裏返し、ということぐらいわかっている健吾は  
今回ばかりはコイツに貸しを作ろうと、潔く諦めた。  
 
「千尋。あの罠ジュース、何入れたんだ?」  
「え、知りたいの?どうしよっかなー。」  
「いいから!」  
語気を強めると、千尋がくつくつと笑うのが聴こえた。  
「お酒を少し混ぜただけだよー。もう、健吾クンたら怒りっぽいんだから!」  
「ただの酒、か?」  
何かとんでもないものを想像していた健吾は、つい拍子抜けしてしまう。  
高校時代から相変わらずの地獄耳が、その間に気付かないはずがない。  
「ところでさー、健吾クン。俺知りたいんだけど。」  
「何?」  
「どうして、アレが『ただのお酒じゃない』なーんて思ったのかな?」  
 
―――してやられた!  
自分の失言を後悔するも、時既に遅し。  
千尋は「朝っぱらからゴチソーサマ☆」と上機嫌で笑うと、電話を切っていた。  
「千尋のヤロー・・・」  
小林千尋は、罠の種明しで嘘をつくような男ではない。  
それを知っているからこそ、ついついため息が漏れる。  
 
(でも、まあ――)  
風呂上りのアルコールが効いたとしても、それだけで何時間も盛り上がるものじゃない。  
それを考えると、罠ジュースが『景気付け』となった可能性はあるものの  
昨夜の行動は吹雪の本心だったのだろうと、健吾は都合よく解釈することにした。  
(これは本格的に、千尋に感謝するべきかもな。俺・・・)  
 
中に入ると、吹雪はまだ寝息を立てている。  
久しぶりの2人の時間に、罠のことを考えるのはさすがに野暮なので  
健吾は布団にもぐりこむと眠る彼女を抱きしめ、惰眠を貪ることにした。  
 
了  
 
 

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