あれ・・・・・気がついたら美しい顔を見上げている状況になっている。  
いつもの悪態も不思議なぐらいに出てはこない。  
変わりに呼吸が止まってしまったかの様に息がとまった。  
 
「あれ?抵抗しないの?吹雪ちゃんらしくもない」  
 
軽い感じのいつも通りの千尋の冗談、いつもなら顔面にパンチして終了。  
少しアルコールが入ったせいだろうか?眩暈がする。  
でもすぐにその可能性を否定する。お酒には強い。  
 
就職してからはそれなりのお酒の付き合いは経験している。  
まさかビール3杯で酔ったりするわけがない。  
 
「はやく・・・どいて」  
 
ようやく口から出た言葉もいつもの悪態ではなかった。  
自分は思ったより弱りきっている。  
そしてこのサド男にすがっているのかもしれない。  
 
健吾とつきあって8年、それなりに平和に過ごしていた。  
だから少し前から健吾の様子が違って見えたのも仕事が忙しいんだろうと勝手に片づけた。  
昔、まだ健吾と付き合っていない頃、初恋の女の子の話を聞いた事があった。  
健吾はその女の子を好きになったと同時に、自分が言った言葉をずっと後悔していたんだと・・・  
その生真面目な性格をその時はただほほ笑ましく思っていたんだ。  
 
仕事関係の繋がりでその子に再開したと健吾に聞いた時に、あーと思った。  
本当に馬鹿正直だと。告白されたけどきちんと断った。そう健吾は言った。  
私に笑いかけた顔は傷ついて悲しげに映った。  
 
「別れよう」  
 
本当は別れたくないのに、そうしたくないのに一言告げて走った。  
 
「待て、吹雪」  
 
後ろから呼びかける声が聞こえたけど、止まらなかった。  
健吾は追っかけてはこなかった。  
いつもいつもどんな時も、喧嘩して必ず追いかけてくれた。  
それがすべての答えの様な気がして。  
 
私は卑怯だ。この先に待っているかもしれない健吾からの別れを聞きたくなくて。  
健吾の悲しい顔を見たくなくて、自分が邪魔かもなんて思いたくなくて、自分から別れを告げた。  
そして最後に試したのだ。彼の気持ちがどこに向いているかを。  
 
足は重く鉛のようだ。眼からは勝手に水がでてくる。  
下を向いて歩いていると誰かに激しくぶつかった。  
 
「ごめんなさい」  
 
ハッとして顔をあげると見慣れた無駄に美しい顔がこちらを見下ろした・・・・  
 
「あれ、吹雪ちゃーん!!久しぶり!!あれれれどうしたの???」  
 
千尋のペースに最初からいつもの悪態は出てこなかった。  
 
「何でもない。じゃーね」  
 
千尋の顔を見てすがりたくなった気持ちを振り切った。  
こんなサド男に何をすがるってゆーの!!  
自分に怒りがこみ上げて走ろうふりあげた腕をサッと掴まれた。  
 
「そんーなひどい顔で帰ったら家族が心配するよ」  
 
その言葉にうつ向く。確かにこの顔で帰ったら、全員心配してしつこく何があったか聞かれる。  
心配かけたくない気持ちと聞かれたくない気持ちが大きく膨らむ。  
 
「俺んちすぐそこよん。おいで。落ち着いたら帰りな」  
 
いつになく優しい声で囁かれたので素直に頷いていた。  
それぐらいにはいつもの自分じゃなかった。  
抜け殻の様な自分を支えて千尋が歩く。  
支えてもらわなければ転びそうになったり、よろけたりとっても普通の状態じゃない。  
 
マンションに到着した事も頭が真っ白のままで「座って」と言われなければ気がつかなかった。  
目の前のコップがトンっと置かれて、静かにビールが注がれた。  
千尋は何も聞かなかった。だから落ち着かせる為に続けてビールを飲み込んだ。  
コップを3杯空にしてから、自分ではもう落ち着いた気分になった。  
 
「もう落ちついたから帰る」  
 
そう顔を見ずに告げて立ち上がった途端腕を掴まれた。  
 
「帰さない」  
 
「冗談やめて」  
 
いつもの冗談かと顔を見上げると真剣な顔がそこにあった。  
そして今私は大きいベッドの上で千尋を見上げている。  
 
「はやく・・・どいて」  
 
「いつもの吹雪ちゃんならどかせるでしょ?俺からはどかないよ」  
 
美しい顔がゆっくり降りてくる。柔らかい唇の感触がおでこに、瞼に、鼻に次々と落ちた。  
軽く唇に触れてからすごく近いところで離す。そのまま目を見つめる。  
私は考える事を放棄して目を閉じた。  
すぐに柔らかい感触が唇に落ちて、徐々に深くなる。舌で歯をこじ開けられて息を吸うと同時に舌が絡まった。  
深く舌を絡ませながら、器用な手で吹雪を脱がしていく。  
フロントホックのブラはすぐに肌蹴、美しい胸を大きな手がつつみこむ。  
 
声をおさえようと我慢する吹雪の耳元で声が響く。  
 
「吹雪ちゃん、声が聞きたい」  
 
吹雪は求めらるまま甘い声をもらした。  
そのまま激しく求められ、繋がり、真っ白になって吹雪は記憶を手放した。  
 
横には泣きはらした目で眠っている愛すべき人がいる。  
千尋は美しい髪に手を伸ばした。手から滑り落ちる感覚は高校の時と何ら変わりない。  
 
「健吾君、やっちゃったね〜。後で後悔しても、もう絶対渡さない。どんな手を使っても」  
 
冷たい笑顔のまま千尋は細く白い体を後ろから抱きしめた。  
 
 

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