バイトからの帰り道、自分の部屋に明かりが着いているのを確認すると
疲れていたはずなのに足が軽くなる。吹雪が待っている。そう思うだけで、
顔が緩むのを抑えられない。
「ただいま。」
自分で鍵を開けて、部屋にはいると広くはないワンルームなのですぐ
に俺の声を聞きつけて吹雪が出てきた。
「おかえりなさい。大変だったね。疲れた?」
「いや。それより、悪かったな。金曜の夜は吹雪が来るってのに。」
靴を脱ぎ、部屋に入りながら言うと吹雪は笑って言う。
「大丈夫。ちゃんと合い鍵ももらってるし。えっと、ご飯は食べてきて
るよね?」
「あぁ。」
「じゃぁじゃぁ、お月見しようー。」
俺に座るすきを与えずに、腕を取るとベランダの方へと向かわせて
ベランダへと続く戸をカラカラと開けた。猫の額ほどの狭いベランダ
にに花瓶に入ったススキとパックのみたらし団子がちょこんとお盆に
のって置いてある。吹雪が用意したのだろう。
「今日は十五夜なのよ。」
「へぇ、そうなのか。」
「ふふっ。やっぱり、知らなかった。疎いよね。こうゆうこと。
ささっ、ここに座って。お茶入れてくる。月眺めながら、おだんご
食べよ。」
俺はテキパキと指示を出して台所へ向かう吹雪に苦笑しつつ、大人し
く彼女に従ってベランダに足を投げ出し、部屋の縁に腰を下ろした。
どんな顔でこれ用意したんだろうなと、風に揺れるススキを眺めて今更
ながら急なバイトを引き受けたことを後悔していると、ふいに電気が消
えた。振り返るとそろいのマグカップにお茶を入れて吹雪が慎重に足を
運んでこちらに向かってきていた。
「電気消した方が綺麗に見えるよ。」
隣に座った吹雪からカップを受け取り、身を寄せ合って並び、月を見
上げる。雲ひとつない夜空に大きくてまるい月が浮かんでいる。
「月明かりって結構、明るいんだな。」
差し込む月明かりで、電気を消しているにも関わらず、吹雪の月を見
上げるあごのラインも、目の輝きすらも見える。
月の神秘がどうのこうのという話をしながらお茶をすすっていると
「へっくちゅん。」と、吹雪が可愛いくしゃみをした。夜風で冷えたの
だろう。残暑がわずかに残るものの、夜になると秋めいた風が少し肌寒
い。
「閉めるか?」
俺が聞くと吹雪は、小さく首をふって「もうちょっと」と言った。
待っているよう伝え、手探りで押入れからブランケットを引っ張り出し
た。吹雪は華奢な背中を見せて、飽きずに月を見上げている。衝動に駆
られて、ブランケットを肩にかけ吹雪の背後に行き後ろから抱きしめた。
「きゃっ。……ちょ、ちょっと、健吾っ?」
小さな悲鳴と少しあせっている声を間近で聞いた。
「俺も寒かったし……嫌か?」
「……い、いやじゃないけど。」
赤くなってうつむく彼女に愛しい気持ちが込み上げてくる。しばらく
無言で暖かさを分け合っていたら状況に慣れたのか、吹雪が身をよじっ
て聞いてきた。
「ねぇ。おだんご、食べる?」
「おう。」
吹雪は手を伸ばして、三本入りのパックのみたらし団子を取った。無
論、俺は吹雪が動きやすいように腕をゆるめるものの彼女を放さなかっ
た。吹雪はパックを開けて俺の手元に差し出す。
「……食わせて。」
「は?」
「手が離せない。」
「〜〜〜っ!! もうっ。もうっ。仕方ない人。」
文句言っても、自分を離せと言わない辺りが可愛い。「はい。」と口
元に団子を持ってきてくれる。上の一つにかぶりつき、串から引き抜く。
甘辛い味が口の中に広がり、咀嚼して飲み込む。俺の様子をじっと見守
っていた吹雪に言う。
「うまいよ。」
吹雪は満足そうな笑顔を見せて、串の二段目の団子を食べた。食べ終
わると三段目の団子を「はい」と俺に差し出す。横に向けた串から団子
を引き抜いて食べる。食べ終えると、首をひねって、見上げてきていた
吹雪がくすくす笑いながら言う。
「健吾。みたらし、ついてる。」
「ん。」
当然のように顔を突き出して取るよう催促すると、吹雪は微笑んで身
体をひねって口元に手を伸ばしてきた。が、その手は途中で止まった。
俺が訝しげに見るといたずらを思いついたような笑いを見せた。そして
次の瞬間、俺の口元をぺろりとなめた。突然の吹雪の行動に俺は驚いて
動けなくなる。吹雪はくすりと笑ってから、再び遠慮がちに口元や唇に
何度も舌を走らせた。
気がついたら、吹雪を抱きしめ思いっきり濃厚なキスをしていた。夢
中で唇を合わせ、舌を絡ませて、自分のものとも相手のものとも分から
ない唾液を転がす。「んっ。」と悩ましげな声にまだ唇を追いかけたく
なるのを我慢してそっと解放してやった。吹雪は、はぁはぁと荒い息を
上げて背を向けてしまった。
「あれは反則だろ。襲いたくなる。」
後ろから抱きしめ直して、ほんのり熱くなった耳元で言うと、か細い
声が聞こえた。
「……襲ってもいいよ。」
あまりの大胆な発言にくらくらする。これも月の神秘の一つなのかも
しれない。
「じゃぁ、遠慮なく……」
めったにない吹雪の積極的な申し出に、素直に乗ることにする。うなじ
に口付けながらカットソーのすそから手を入れ素肌に触れる。
「あっ……んっ。」
服の中でブラをたくし上げて、その柔らかく張りのある感触を楽しむ。
服の下で動く手の様子が見て取れていやらしい。指の間で胸の突起を挟
んで転がすといっそう高い声を上げる。
「ああっ!……はぁっ……や、んっ……はあん。」
左手で胸を愛撫しながら、右手でジーパンのボタンをはずしファスナー
を開け、薄い布の中をまさぐる。間もなく、吹雪の愛液が手に絡み付い
てきた。蕾をこすり上げると吹雪は背を反らせてよがった。手の中から
生まれる水音が大きくなる。
「あああっ、はぁ、あん。……ね、あっ、……け、けん…ごぉ……んあっ。
ちょっとぉ。」
「ん?」
吹雪の鳴く声に夢中になって動かしていた手をゆるめてやると、吹雪
は「はぁぁ」と一息ついてから、俺にもたれかかってきた。
「おまえの声、すげえ興奮する。」
俺がささやくと、「もう」と呟きながら上目遣いで見上げてきた。
「ねぇ、脱がせて。」
すげぇ殺し文句。俺はもちろん恋人の甘いおねだりに軽くキスをして
から喜んで従う。
体を正面に向けさせて、カットソーもジーパンも下着もすべて取り去る。吹雪
は裸になると、ぺたりと床に腰をつけて座り、細くラインのきれいな足を投げ
出している。俺の視線が気になるのか、片方の手は股の間に片方の腕で豊かな
胸を隠している。月明かりの下で見る白いキズ一つないきめの細かい肌は何度
となく見ているはずなのに、なんだか今日は特別、美しい。
「……きれいだ。」
思いは口から出ていたようで、小さなささやきを聞きとめた吹雪は頬を染め
て俺から視線をはずした。手をそっと取って胸から外す。現れた胸に身をかが
めて唇を寄せた。
「ん……やっん……健吾も……あっ、ん、脱いで。」
口の中で硬くなった乳首の感触をもっと楽しみたかったが、胸元にひとつ赤
い花をつけて身を起こした。そしてリクエスト通り、手早く服を脱ぐ。裸にな
った俺に吹雪は膝立ちになって近づき、座った俺にまたがって細い指を俺の塊
に巻きつけ、さすり始めた。
「……うっ……はっ……吹雪……寒く、ないか……。」
甘い刺激を受けながら、吹雪の長い髪を梳きながら聞くと手を緩めずに答える。
「うん。大丈夫。健吾のは熱いね。」
吹雪の普段からは考えられないような妖艶な顔にゾクゾクする。
我慢できなくなって、俺も吹雪の開いた太股をなで秘所に手を伸ばす。
濡れぼそったそこに指を入れてかき回す。
「あぁ、あっ、はぁ、ああん。あっ。」
快感に身体を震わせ、喘ぎながら、俺の肩にしがみついてくる。そん
な吹雪が可愛くて、指を増やし、熟知している吹雪のよい所を攻めるよ
うに出し入れをすると、一気に昇りつめた。
「ああああーっ!」
荒く熱い呼吸を繰り返し、くたっとなった吹雪を膝の上に乗せて片手
で抱きしめたまま、腕を伸ばして、引き出しのゴムを出し、準備を整える。
「んっ。」
深いキスを堪能し、唇を離すとそのままおでこを合わせて言う。
「吹雪、挿れて。」
「もうっ。ほんとに今日の健吾はあまえんぼうなんだから。」
吹雪は腰を浮かせて跨り直して宛がうと、ゆっくり中に挿れていった。
何かを耐えるような、そして待ち望んでいたものを与えられた時の狂喜
のような、吹雪の吐息と表情がたまらない。吹雪の熱くぬめった中に、
すべて入りきると、お互い大きく息を吐いた。顔を見合わせて微笑み合
うと吹雪から軽くキスをしてきた。そして俺がねだる前に俺の望みを感
じ取ったのか、自らそうしたかったのか、言ってくれる。
「うん……動くよ……」
吹雪は腰を動かし、擦り付けてくる。感じているようでいい声を上げる。
「ぁあっ……ああ……ああっ……あん。」
最初は遠慮勝ちだった動きが、徐々に大胆にいやらしくなっていく。
俺は気持ちのいい刺激を受けながら後ろ手をついて吹雪の様子を見入る。
細くくびれた腰、腰に合わせて揺れるきれいな胸、その胸にかかる髪の
毛先が跳ねるように舞っている。月の下で見る吹雪は、その白さも相ま
って、この世のものとは思えないくらいに美しい。そう、それは月に帰
るあの姫のようで――
「やんっ。………………健吾?」
吹雪の戸惑いの声に自分が思わずきつく抱きしめその動きを止めてい
たことに気がついた。吹雪が痛がらない程度に、さらにきつく抱きしめ
直すとそっと言う。
「どこにも行くなよ。」
しばらく、大人しく抱きしめられていた吹雪だったが「健吾」とひど
く真面目で凛とした声で呼ぶ。思わず腕を緩めた。吹雪は俺の胸に手を
置くと、俺ときちんと目を合わせてくる。
「どこに行くっていうの。私の居場所はいつだって、ここなんだから。」
そう言うと俺の胸に身を寄せてきた。そして、楽しそうに言う。
「万が一、月からの迎えが来たって追い返してやるわ。」
「吹雪。」
たまらなく愛しい思いがあふれてきて、あごを持ち上げ唇を合わせた。
滑らかな背中に手を回し、なでるようにその手を腰へ持っていく。そし
て下からずんずんと腰を打ち付けて、激しく吹雪を求めた。結果、繋がっ
たまま少しお預け状態になっていた吹雪はその急速さに悲鳴を上げた。
「ひゃん、ああっ……ちょ…っ……やっ、けん…ああああっ。」
卑猥な水音を立てながら、何度も何度も突き上げる。吹雪も俺に合わ
せて躍動する。吹雪の締め付けに耐えながら、動きは激しさを増す。もう何も考えられない。
「だ、だめ。あああっ。けん、ご。ああっ、…たし、あああっ。もぅ。」
「くっ……あっ……はぁ……いくぞ。」
喘ぎながら首を縦に何度もふる吹雪の深いところに突き刺して、二人
で果てた。
後始末を終え、まだとろんと絶頂の波の引かない吹雪を膝の上で横向
きに抱きしめると、吹雪は力なく胸に寄りかかってくる。その安心しき
った体重の預け方にすら喜びを感じる。艶やかな髪を梳いていると、吹
雪の目に光が戻ってきた。
「もぅ。お月見の予定がだいぶくるっちゃった。」
「寒くないか」
ブランケットを引き寄せながらお前のせいだろと心の中で呟きながら、
話をそらすと安心したように身を預けたまま微笑んで答える。
「健吾がいるから平気。」
ゆっくり吹雪のくれた言葉を噛み締めてから、耳元にそっと言った。
「吹雪、ベッドにいこうか。」
その言葉の意味を正しく理解したのだろう。少し顔を赤らめながら、
こくりとうなずいた。俺は大事な姫を横抱きにして、すぐそばのベッド
まで運んだ。
二人の夜はまだまだ長い。