「ん……ふ…ぅ……。」  
今日も私は、訳あって家に誰もいないのを良いことに、天河優人に…  
ゆうちゃんに、口付けをする。  
不安で、不安で、たまりませんの。  
どんな時にも支えとなった、あの日の誓い  
が消えてしまうのではないか…と。  
将来、私の背中は空なのではないか…  
ゆうちゃんの隣にいるのは、私ではないのではないか…  
そんな想いが止められなくて、自分を落ち着けるように…口付けをする。  
ホント、迷惑な女ですわよね…。  
「………んぁ……。」  
ゆっくりと、口を離す。  
息を上がらせながら、顔を紅く染めながら、でも眉毛を軽くつり上げて、ゆうちゃんが言う。  
「くえす……。」  
「何……ですの?」  
「どうしてこんな事をするんだ…?」  
壁を背にした彼。  
その彼にいきなり迫って、追い詰めて、いきなり変な行動を……口付けをした私。  
でも、今追い詰められているのは、私の方だった。  
どうしてと言われると、分からない、が答えだった。  
私だって、こんな事をしてもどうにもならないって事ぐらい分かってますし……。  
でも、気付いた時には口付けをしてしまっているの…。  
「答えてくれ、くえす。」「……分かりませんの…。」  
俯きながら、答える。  
「…私だって、こんな事をしても無駄な事ぐらい、分かってますの…でも……。」  
「無駄…?何の事?」  
「………ッ!」  
私の中で、何かが弾ける音がした。  
「何で気付いてくれませんの…ッ!?  
私は、一日に何度も何度も何度も…あの約束を思い出すのに…ッ!  
ゆうちゃんは、私がここまで迫っても思い出してくれない…。  
あなたにとって、あの日の約束は、誓いは、その程度のものでしたの…!!?  
過度な期待をし過ぎた私が間違ってましたの!!!??」  
つい、勢いで全てを言ってしまった。  
怒鳴り散らすように、吐き出した想い…。  
全て言い終えた後になって、ハッと気付く。  
ゆうちゃんは、何も悪くない。  
「ご、ごめんなさい…私……っ。」  
彼を壁に押さえ付けていた腕を離し、立ち上がる。  
「わ、私、今日はもう帰らせて頂きますわ!!」  
私が踵を返そうとしたその時…。  
「待ってくれ!くえす…ッ!」  
がっ、と彼が私の腕を掴み、そのまま自分の元に引き寄せた。  
何が起きたか理解できないまま、彼の両手が私の両頬に置かれる。  
彼の顔が近付いてきて、目の前で静かに「ごめん…。」と呟いたかと思うと、次の瞬間、唇が重なっていた。  
 
「………ッッ!!?」  
突然の事に驚き、体が跳ねる。  
顔に血液が集まるのが分かった。  
今まで、私からキスしたことはあっても、彼からされたことは一度も無かった。長い、永い口付け―…。  
とても温かくて…安心する。  
「………んっ…。」  
彼がゆっくりと顔を離した。  
ゆうちゃんの顔は、みっともないくらいに紅くなっていた。  
多分、私もさほど変わらないのでしょうけど…。  
「……ゆう…ちゃん?」  
「ごめん…くえす。別に忘れた訳じゃないから…。くえすとの約束…。俺の気持ちは…あの頃と変わらないから。」  
真っ直ぐに見詰められ、頭がパンクしそうな私。  
魔導書から溢れ出た膨大な情報にも耐えきった私の頭が、破裂寸前だった。  
「べ、別にこんな事されなくたって分かってましたわ!!ゆうちゃんが約束を忘れるような人間じゃない事ぐらい…。」  
なんて、強がりを言ってみる。  
「はは、ありがとう、くえす…。」  
私の強がりに気付いているのでしょうけど、彼は優しく感謝の言葉を述べる。  
強がりを見透かされて、何だか恥ずかしい気分になった。  
「………。」  
「……くえす…?」  
黙り込んだ私の顔を覗き込みながら、ゆうちゃんが私の名を呼んだ。  
「ゆうちゃんは…その……私の事、どう思ってますの…?」  
「……えっ…?」  
「ゆうちゃんが約束を覚えていてくれたのは分かりましたの…。でも、私自身の事を……ゆうちゃんは…。」  
「………。」  
「私は……例え約束が無くったって…ゆうちゃんの事が……っ。」  
それから先が、出なかった。  
いつもそうだ。  
私は、一番大事な所で頑張れない…。  
ゆうちゃんが一瞬微笑んだかと思うと、突然私を押し倒した。  
「………えっ…?」  
「好きでも無い相手に、自分からキスしたりしないよ…?」  
再び重ねられた唇。  
しかし今度は、さっきと決定的に違う点が一つあった。  
「……んぅ…っ…ッ!?」それは、私の口内に、彼の舌が入り込んできた事。  
「………っん………く…ぅ…。」  
彼の舌が私の口内を蹂躙していく。  
流れ込む唾液が、温かかった。  
初めは驚いたけれど、気付けば彼に身を任せていた。  
舌を絡め合い、ただただ愛を感じた。  
さっきよりも長く、深い接吻。  
息が出来ず、苦しくなってくる。  
それでも彼を離したく無くて、頭がぼーっとし出したのにも構わずに、彼の愛を貪った。  
 
流石に限界が来て、名残惜しくも私はゆうちゃんの背中を叩く。  
それを合図に彼がゆっくりと口を離した。  
離れた口から、卑しく唾液が糸を引いた。  
「はぁ……っ…はぁ………。」  
空になった肺に、勢いよく空気が流れ込み、満たされていく。  
「……分かった?」  
同じく息を荒げながら、ゆうちゃんが言った。  
恥ずかしくて、目を合わせられないままに私は答えた。  
「……その……ありがとうですわ…ゆうちゃん。十分過ぎるくらい…分かりましたわ。」  
「それは良かった…。」  
彼が優しく微笑む。  
「……何だか、今日のゆうちゃんは積極的ですわね…?」  
「はは……何でかな?…何か今日は…自分を止められないというか……。」  
私を押し倒して馬乗りの状態になっていた彼が立ち上がりながら言った。  
彼がベッドに腰掛け、私も体を起こした。  
「…………ッ。」  
「……?…どうしたんだ、くえす?」  
偶然、目に入ってしまったものがある。  
"ソレ"を見た私の顔がカァーッと紅くなる。  
…元々真っ赤なわけですが…。  
私の視線の先に目を向けたゆうちゃんの声が思わず漏れた。  
「げっ……!!」  
その視線は、彼の股間に向けられていた。  
"ソレ"が…その……  
盛り上がっていた訳ですわ。  
「あっ、イヤくえす!!これは…その…ッ!!」  
慌てふためいて、彼が手を、ブンブンと振る。  
でも、仕方がない事なのかもしれない。  
思えばそうだ。  
この家には私を含め、一日中4人もの女が入り浸っているのだ。  
彼が一人になる時間は…ほとんど無い。  
「そうか…そう…ですわよね。」  
ベッドに座った彼の元に歩き出しながら呟いた。  
「ゆうちゃん…せ、性欲を発散する時間なんて無いんですものね。」  
「く、くえす?」  
「私や凛子は…その…自分の家にいるときにできるし、猫や蛇は妖だから必要ありませんけど……。」  
自分の胸に、手を当てた。「気付いてあげられなくて…悪かったですわ。」  
「い、イヤくえす…ホント、大丈夫だから!!」  
「気を遣わなくてもいいの、ゆうちゃん。私なら大丈夫ですから、心配しないで?それに私…」  
彼に顔を近付ける。  
「……あなたが好きですの…。ゆうちゃんとなら…私…。」  
「………くえす…。」  
今度は私から、短い口付けをする。  
「……ごめん、もう俺…自分を止められそうにない…かも。」  
二人でベッドに横になり、見詰め合う。  
「くえす…。」  
「ゆうちゃん…。」  
あなたの事が、好きでしたの。  
あの日から、ずっとずっと。  
きっとこれからも…。  
愛し合う二人の、静かな夜。  
日本最後の魔女は、恋い焦がれた男と共に、夜へと堕ちていく。  
大切な約束の存在を、確かに感じた、そんな夜。  
もう絶対に放さないと、強く心に刻み付けた、そんな夜。  
そんな冬の日の夜が、確かにあった――…。  
 
…fin.  
 

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