「う… うん…」  
 沙紀の意識が、ゆっくりと覚醒してゆく。  
 瞼を開いてみると、高い位置にある天井が見えた。  
(ここ…は…?)  
 上体を起こしてから、おぼろげな頭で周囲を見回す。  
 妙に薄暗く見えるのは、目覚めたばかりだからではない。 其処は実際にそう明るい場所ではなく、壁に架かった幾つかの蝋燭が薄暗闇をぼんやりと照らしていた。  
 そこは、何処かの部屋だった。 四方の壁と天井は土を塗り固めて出来ており、材木で補強されている。 手の平からは、床に敷き詰められた石の硬く冷たい感触が伝わっていた。  
 広さは、かつて沙紀が暮らした家がニ、三軒は入りそうなぐらいあるだろうか。 どこか停滞し濁った空気から、外気の届かぬ洞窟か地下室だろうと、何となく思った。  
「どうして、こんなところに…」  
 脳裏に浮かんだ率直な疑問を、ぼんやりと口に出す。  
 部屋には何も無かった。 ただ沙紀がいるだけで、司狼丸も外道丸も、其処にはいなかった。  
 何があったというのだろう。  
 まだあやふやな頭をどうにか働かせる。 ここで目覚める前、眠りにつく前の記憶を探り──  
 沙紀は嫌なことを、思い出した。  
 
 
 ある朝、司狼丸・外道丸・沙紀の三人は、退魔仲介所でそれぞれ別の依頼を請け負った。  
 沙紀の仕事は、とある村で発生した、妖怪の仕業と思われる連続殺人事件の解決だった。  
 村人から情報を集め、妖怪が出現する場所と時間を特定。 その現場である林の中で張り込みを行った。  
 しかし、そこで沙紀の前に現れたのは、意外な人物だった。  
「あら、沙紀ちゃん。 久しぶりねえ」  
「おば… さん…?」  
 立羽。 外道丸の母親。 親のいない沙紀を、家族同然に育ててくれた女性。 彼女は、五行軍の隠忍狩りによって命を落としたと思われていた。  
 思わず駆け寄りそうになった沙紀だが、ふいに得体の知れぬ危機感を覚え、踏み止まった。  
 もう二度と会えない、と思っていた相手との再会。 本来ならば、この上無く喜ばしい出来事である。  
 しかし、久しぶりに見る立羽は以前とは明らかに違っていた。 尋常ならぬ妖気を発し、その顔つきは昔よりも若々しく、妖しげな微笑を浮かべている。  
 突然の事態に混乱し、動けない沙紀に向かって、立羽は里で暮らしていた頃と変わらぬ声でこう言った。  
「ごめんなさいね、沙紀ちゃん。 小角様から、あなた達を見つけたら捕まえなさいって言われてるの」  
 その言葉の後、木々を掻き分けて現れたのは、異形の妖怪。 巨大な黒い肉団子に、無数の触手が生えている──とでも言い表すべきか。  
 立羽が「やりなさい」と指示し、大量の触手が迫って来ると、沙紀も我に返った。 素早くかわし、後退して間合いを取る。  
「おばさん、どうして…?」  
 母代わりの女性に襲われ愕然となった沙紀の問いに、立羽はにこにこと笑っているだけだった。  
 沙紀の心中など気にすることなく、妖怪は触手を次々と繰り出してくる。 嵐の様な攻撃を、沙紀は転身してなんとか凌いだ。  
 触手の数本を爪で切断され、妖怪が怯む。 そこに勝機を見出し、必殺の攻撃を放とうとした瞬間だった。  
「沙紀ちゃん、大人しく五行軍に降りなさい。 外道丸も呼んで、また一緒に暮らしましょう」  
 親が子供に向けるのと同じ、優しげな声。 香珠月姫(沙紀)はハッと立羽を見詰め、妖怪への注意が逸れてしまった。  
 その隙を突かれ、触手に足を取られた。 体勢を崩したところを、さらに数本の触手が全身に絡みついてきて──  
 
 喉を激しく絞め付けられた。 それが最後の記憶だった。   
 あのあと、どうなったのか。 自分は何処かに連れ去られてしまったのだろうか?  
 山中で倒れている自分を通りすがりの誰かが助けてくれた、というのは希望的観測が過ぎるだろう。  
 自分自身の身体に注意を向けてみると、特に異常は見当たらないように見えた。 ただ一つ、妖怪を討つ為の武器だけが消えている。  
 状況はまだはっきりしない。 しかし、沙紀はとにかく行動を起こそうと思った。  
 ざっと見たところ、この部屋には自分がいるだけで他には何も無い。 誰かがやって来るかも知れないが、立羽のことを思い出すと、じっとしてはいられなかった。  
 立羽が裏切った。 五行軍の軍門に降り、役小角の走狗と成り果てた── それは考えたくない。  
 強大な妖力を以って人の心を侵し、己の意のままに操る── そういう技があると、天地丸から聞いていた。 これにやられているのだと、信じたい。  
 どちらにせよ、沙紀は司狼丸と外道丸の元に戻らなければならなかった。 何よりも優先して知らせるべき事柄だ。  
 曲がりそうな足に喝を入れ、正面の壁にある小さな戸口に向かって進む。 この部屋の出入り口は、どうやらそこしかない。  
 戸に手を伸ばすと、触れる前に勝手に開いてしまった。 向こう側から開けた者がいた。  
「おばさん…」  
 そこに立っているのは、立羽だった。  
「あら、沙紀ちゃん。 起きてたのね。 ごめんなさいね、毛布も無くて」  
 片頬に手を当て、立羽は申し訳無さそうな苦笑を浮かべた。  
 その仕草のさり気無さに、沙紀は混乱する。 自分に妖怪をけしかけて来た人物とは思えない、親しげな態度。  
「どうして…」  
 沙紀は呆然と呟く。 様々な意味を込めた問いかけだった。  
 
 何を訊かれていると思ったのか、立羽は笑顔を崩さないままで答えた。  
「ちょっと乱暴だったわね。 でも沙紀ちゃん、口で言っても一緒に来てくれないと思ったから」  
 何も言えず佇む沙紀に、立羽はゆっくりと語り始めた。  
「八年前、五行軍がしじまの里に攻め込んだ時… 私とあの人は、里を守ろうと転身して戦ったわ。 今思えば愚かなことだったわね。 義玄様と義覚様には到底適わなかったわ」  
 沙紀にとってこの上無く憎らしい相手を、様付けで呼んでいる。 心の中に、何か重いものが詰まれていく様な気がした。  
「瞬く間に敗れた私たちは、もう殺されて当然だった。 でも、そこをあの御方… 役小角様の御慈悲により、生き長らえることが許されたのよ」  
 小角の名を口にする時、立羽はどこか呆けた様な顔をしていた。  
「私たちは、小角様と五行軍の崇高な目的を聞かされたわ。 それは、人間も妖魔も、そして隠忍もが平和に暮らせる、理想の国を築くこと… 私は悟ったわ。 しじまの里を滅ぼしたのも、国造りの為にはやむを得ないことだった」  
 沙紀の全身がわなわなと震える。 強く握られた拳には力が篭った。  
「小角様は素晴らしい御方よ。 あの御方を頂点とした国が築かれれば、誰もが幸せを享受できるわ。 しじまの里にいた頃より、もっと幸せになれるのよ」  
「違う!」  
 陶酔したように語る立羽に、沙紀は声を荒げた。 何度か繰り返された"しじまの里"という単語に、感情が昂ぶるのを抑えられなかった。  
「あの頃より幸せなことなんてない! 里に住んでたおばさんが、そんなこと言う筈ない!」  
 立羽はきょとんと目を丸くしている。 沙紀は彼女の両肩に手を置いて、揺さぶるようにした。  
「おばさん、五行軍に操られてるんだわ! お願い、目を覚まして!」  
 誠心誠意よびかければ、大好きなおばさんの心に届く。 そう信じ、沙紀は涙目になって声を発した。  
 
 暫くの間、立羽は驚いた顔で沙紀を見詰めていた。 しかしやがて、また今までと同じような微笑を浮かべ、沙紀の手をゆっくりと肩から下ろした。  
 沙紀の両手を自分の両手で包み込み、ゆるやかに口を開く。  
「沙紀ちゃん… ありがとう。 まだ信じて貰えないみたいだけど、それだけ、私のことを心配してくれてるのね」  
 それは、沙紀の聞きたい言葉ではなかった。 立羽の温和な表情も、柔らかな声も、昔に戻れたようで嬉しいのに、ただ言葉の内容だけが昔とは大きく違っていた。  
 愕然となる沙紀の様子に気付いているのかいないのか、立羽は続けて喋った。  
「嬉しいけど、でも、困ったわねえ。 沙紀ちゃん、あんまり言うこと聞いてくれないから…」  
 そこで一旦言葉を切ると。  
 沙紀の目の前で、立羽の顔が変わっていった。  
 口もとの笑みはそのままに。 ただ眼だけが、身内に向ける穏やかなものから、次第に細められ、獲物を狙う獣のそれに変わっていった。  
 初めて見る立羽の怖い貌にぞっとなり、沙紀はビクリと身体を震わせた。 立羽の変わりようは、隠忍が転身すること以上の変貌に思えた。  
「ちょっと悪戯したくなっちゃったわ」  
「い、いたずらって…」  
 立羽は「ふふっ」と僅かに声を出して笑うと、ゆるりと片手を上げた。  
「こういうこと」  
 パチン、と指をならす。  
 途端に、立羽が入って来た戸口の向こうが真っ暗になった。 続いて、部屋全体を揺らす重い衝撃。  
「なっ…!?」  
 沙紀は驚いて、戸口から身を離した。 立羽は涼やかな顔をして動かない。  
 木で出来た戸口の枠が音をたてて曲がり、周囲の土の壁にも大きな亀裂が入った。  
 何かが部屋に入って来ようとしている。 戸口が小さ過ぎるので、壁ごとぶち壊すつもりらしい。  
 そうして、瓦礫と土煙を撒き散らしながら現れたのは── あの、触手の妖怪だった。  
 
「こ、こいつ…!」  
 反射的に身構える沙紀。  
 一方で立羽は妖怪の側に歩みより、ゴツゴツした胴体を愛でるように撫でていた。  
「この子は、道鏡様が私にくれたもの。 道鏡様の偉大な法力で創造された、自然には存在しない生き物なのよ」  
 立羽の声を聞きながら、沙紀はふと、目の前の妖怪が、林の中で見た時とは微妙に違う様に思えた。  
 目をこらしてよく見てみると… 濡れている。 本体はそうでもないが、無数の触手はそれぞれ妙な液体を滴らせているようだった。 そのせいなのか、嫌な臭いが鼻を刺激する。  
「沙紀ちゃんがあんまり可愛いから、この子、ちょっと興奮してるみたいね。 熱くなると、触手から汗みたいなのが出てくるのよ」  
 聞かなければ良かった。 沙紀は嫌悪で肌が粟立つのを感じた。  
 
「さ、やりなさい」  
 林の中で遭った時と同じように立羽が言うと、触手が一斉に襲いかかってきた。  
 慌てて身をかわしながら、沙紀は武器に手を伸ばそうとして、それが既に失われていることを思い出す。  
「ごめんなさいね。 沙紀ちゃん手強そうだから…」  
 沙紀の挙動から彼女の思うところを悟ったのか、立羽はそれが何でもないことの様に言った。  
 歯噛みした沙紀はすばやく後退し、部屋という限定された空間で精一杯の間合いを取る。 そして現状を打開するための、唯一の戦法を取ろうとした。  
「ふううううっ!」  
 己のもう一つの姿を曝け出すため、全身に気を集中させる。  
 林の中でこの妖怪と戦った時、法術は殆ど効果を上げなかった。 生身で触手を避け続けるにも限界がある。 即ち、残された戦法は転身のみ。  
「頑張るわねえ。 でも…」  
 笑いながら見ていた立羽が嬉しそうに呟く。 そしてその身体が微かに動いたかと思うと、次の瞬間には忽然と姿を消していた。  
 その光景にぎょっと目を見開いた沙紀は、転身の為に集中していた意識を霧散させてしまった。 直後、すぐ背後に何者かの気配を感じた。  
 振り向きながら慌てて飛び退こうとする──が、その前に片手首をがっしりと掴まれて果たせなかった。  
「暴れなくてもいいのよ。 悪いようにはしないから、ね?」  
 沙紀の動きを封じ、そう言うのは立羽だった。 まさに目にも止まらぬ速さで、沙紀の背後に周り込んでいたのだ。  
 驚き戸惑い、沙紀の動きに一瞬だけ隙ができた。 そしてハッと妖怪に注意を戻した時には、薄布に覆われた足首を触手に絡め取られていた。  
「あ、しまったっ…!」  
 体勢を崩し、尻餅をつく沙紀。 触手が分泌する不気味な体液が、足を護る弛んだ薄布にシミを作っていった。  
 焦りながらも、沙紀は足を自由にしようと手を伸ばす。 触手をどうにか掴んだが、その肉の縄は異様な力で足首に巻き付いており、ビクともしない。 しかも沙紀の手は触手が分泌する粘液のせいで滑り、うまく力が入らなかった。  
 そして沙紀には、一本の触手に悪戦苦闘している余裕も無かった。 続け様に迫る濡れた鞭は彼女の手首にも絡みつき、抵抗の手段を奪った。  
 
「うっ… このぉ…!」  
 両手を横に引き伸ばされたまま、沙紀は必死になって身体を揺らしたが、無駄な足掻きにすぎなかった。 転身していても振り解けなかった触手に、生身の彼女が何も出来る筈は無い。  
 粘液が触手から伝わり、沙紀の腕の上を垂れる。 生暖かい肉の嫌な感触と、漂ってくるその臭いに、沙紀は身震いした。  
「ふふ、いい格好よ、沙紀ちゃん」  
 もはや捕らわれの身と言って良い少女に、立羽が楽しげに声をかける。 その声には嘲りの色などまるで無く、本当に美しいものを鑑賞しているかの様な、素直な感想だった。  
 無論そんな言葉は、眺められている本人には何の慰めになもならない。 罵倒を投げかけられるのと違いは無かった。  
「どう…する、つもり… ですか」  
「さあ… 私は何もしていないわ。 この子に聞いた方が良いわよ」  
 素っ気無くそう言って、立羽は妖怪の方に目を向ける。 触手を生やした肉団子は、不気味に輝く双眼で虜囚の隠忍を見詰めていた。  
 新たに一本の触手が、ゆっくりと沙紀の元へ向かって来る。  
「うっ…」  
 沙紀は怯えた声を出し、尻をついたまま後ずさって逃れようとした。 しかし手足を縛られた状態では、僅かな後退もままならない。  
 非力な獲物の抵抗を楽しむかの様にゆっくり伸びてきた触手は、沙紀の手前で暫く制止したあと、その左脇の辺りに移動した。  
「な、なにを… くっ…!?」  
 脇に異様な感触が走り、沙紀は顔をしかめた。 濡れそぼった触手が、服の上から彼女のそこに接触してきたのだ。  
 粘液を吸ってグショグショに濡れた袖が、丸みを帯びた触手の先端で力強く押し付けられる。 敏感な部分を乱暴に撫でられる感覚と、汚物に触れられる嫌悪感とが混ざり、沙紀は身をよじった。  
「こ、こんな… やめっ、離れてっ…」  
 そんな言葉を、妖怪が聞く筈も無い。  
 触手は柔らかい脇の感触を堪能したあと、長い胴体を持つ蛇のように、沙紀の服を湿らせながら左脇から背中へと移動した。  
 
 ──くぅっ… き、気持ち悪い…  
 身体の上を這い回られる不気味な感覚を、歯を噛み締めて必死に堪える。 触手は結い上げた黄色い髪にも絡み付き、不潔な体液を塗り込んだ。  
「うぅっ…!」  
 大切に整えている髪を汚され、沙紀の顔に怒りの色が差したが、触手は何ら気にせず、背中から右肩を周って彼女の顔のすぐ側まで至った。 間近から発せられる粘液の生臭さに、思わず顔を背けてしまう。  
 首を捻って必死に逃げようとする少女の顔に、触手は躊躇なく追いすがった。 そして彼女の顎の辺りを撫で回し、半透明の粘液をベタベタと付着させる。  
「う… くぅぅ…っ! や、やめて…」  
 臭いも、触られる感覚も、鳥肌が立つほどおぞましい。 たまに外道丸に汚い嫌がらせをされることがあったが、今の状況から比べれば、それはまさに子供の遊びだ。  
 我慢ならず、沙紀は頭をブンブンと左右に振った。 それで触手が追い払えられれば良いのだが、無論そんなことはない。 沙紀も解かっていることだが、抵抗せずにはいられなかった。  
 触手はそんな彼女の反応を楽しむように、しつこくその顔を追いかける。 そして纏わり付き、愛撫する。 際限無く分泌される液がポタポタと落ち、沙紀の衣服にシミを広げていった。  
 ──くぅっ… こんな…っ!  
 たまらない屈辱に、沙紀は歯を噛み締める。  
 妖怪はさらに沙紀を追い詰めようと、新たに二本の触手を伸ばした。 今度の二本は先端近くで幾つかに枝分かれしており、その小触手それぞれが複雑に絡み、蠢いていた。  
「く、くるなっ…!」  
 沙紀の拒絶などお構いなしに、触手は哀れな獲物の胸元に伸びていった。  
 顎を犯している先客と同じ位置まで来ると、粘液で汚された衿元を押し開け、強引に服の内側へ潜り込んでゆく。  
 その先端が、年齢に比して控え目な乳房の先端に触れた。  
「あ、あっ…!」  
 敏感な部分を触られて、沙紀の身体がびくりと跳ねた。  
 鮮やかな色の服の下、どろどろに濡れた肉の蛇が、淡い色の突起を思うが侭に弄る。  
「んっ、くあっ…! だ、だめ、そこ、さわるなっ…!」  
 
「う、あうぅっ! くぅっ… このぉ…」  
 余りの汚辱と嫌悪に、一瞬、沙紀の心に攻撃的な衝動が宿った。  
 顎を撫でつけている触手に噛み付いてやろうと、顔が動きかけた。 しかし、べとべとの液を纏った肉蛇を見ると、それに口を付けるおぞましさに心が萎えた。  
 ──だめ…っ こんなの…!  
 何の抵抗もできない悔しさに、少女の瞳が潤む。  
 妖怪はそんな沙紀の反応を見てさらに加虐欲を煽られたか、触手の動きを一層はげしくさせた。  
「あ、く、くぅぅーっ! やめ、やめてぇ…!」  
 服の内側はすっかり粘液でびしょ濡れになり、触手が蠢くためにビチャビチャと湿った音を鳴らした。 外から見ても、胸元に不潔なシミが広がっていくのが見える。  
 
 細く分かれた触手の先端が、親の乳を欲しがる動物のように左右の胸に集り、それぞれの乳頭に巻き付いた。 じんじんと痺れるような感覚が胸から広がり、沙紀が声をあげる中、幼い乳首はみるみる内に勃起する。  
 ──うっ… ん、んんっ! 胸、胸が…!  
 さらに、妖怪には乳房の先端を嬲るだけでだけで済ませる気は毛頭無かった。 触手はとぐろを巻くように胸の上で丸まり、小さな膨らみの全体に細かな枝を伸ばすと、グリグリとこねくり回してきた。  
「う、あうぅっ! くぅっ… このぉ…」  
 余りの汚辱と嫌悪に、一瞬、沙紀の心に攻撃的な衝動が宿った。  
 顎を撫でつけている触手に噛み付いてやろうと、顔が動きかけた。 しかし、べとべとの液を纏った肉蛇を見ると、それに口を付けるおぞましさに心が萎えた。  
 ──だめ…っ こんなの…!  
 何の抵抗もできない悔しさに、少女の瞳が潤む。  
 妖怪はそんな沙紀の反応を見てさらに加虐欲を煽られたか、触手の動きを一層はげしくさせた。  
「あ、く、くぅぅーっ! やめ、やめてぇ…!」  
 服の内側はすっかり粘液でびしょ濡れになり、触手が蠢くためにビチャビチャと湿った音を鳴らした。 外から見ても、胸元に不潔なシミが広がっていくのが見える。  
 
「どう、けっこうイイ感じでしょう? 私も時々、この子とそうやって遊んでるのよ」  
 沙紀が辱めを受ける姿に、自分も微かに頬を紅潮させながら、立羽が口を挟んだ。  
「そ、そんな、おばさんっ… くぅっ! こんな、汚いコト… あ、あぁんっ!」  
 不気味な化け物と一緒になって、おぞましい行為に興じている… 自分のことよりも、大好きな人のそんな姿を想像したくはなく、沙紀は悲痛な声をあげた。  
 だが当の立羽はと言えば、意外な言葉を耳にしたかの様に目を丸くしている。  
「あら、汚いかしら? とっても気持ちのいいことなのに… 沙紀ちゃん、自分でしたことないの?」  
「そ、それ、は… んぁっ!」  
 性的な感覚を味わうのは今この時が初めて、という訳ではなかった。  
 最初に行為に及んだのは何時だったか、何故だったのか。 そこを触れば不思議な快楽を得られると解かり、それが何であるかを知らず、沙紀は自分を慰めていたことがあった。  
 性知識は後から追い付き、暫くして、どうやら自分がしている事はいわゆる自慰行為らしいと悟った。  
 それからは羞恥心が沸いて、そこに手が伸びることは少なくなった。 ただ少なくなったというだけで、どうしようもなく身体が疼く時は、皆に隠れてしていたのだが…  
「まあいいわ。 まだ胸だけなんだし。 沙紀ちゃん、もっと感じちゃっていいのよ」  
 立羽の言葉に従って、妖怪はさらなる責めの手を伸ばす。 今度の触手は、今までのそれよりも幾らか細いようだった。  
 沙紀の顔や胸への愛撫を続けたまま、新たな陵辱手は床を這って獲物に迫る。 それが自分の下半身を狙っているらしいと察した沙紀は、悶え喘ぎながらも、なんとか足を閉じようとした。  
「あら、隠しちゃうなんて勿体無いわ」  
「あっ! い、いやぁ!」  
 まるで立羽がそうしているかの様に、沙紀の足首を縛る触手が思い切り左右に開いた。  
 はしたない開脚を強制させられた少女の股の間に、粘液を纏った触手が容赦なく潜り込んで行く。 白い布に覆われた女の丘が、微妙な力加減で撫でられた。  
「うっ、あぁ! だ、だめ、そこだめぇ! んあっ、いやっ、はぁぁっ…!」  
 大切な場所から全身に広がる、今までのものよりも鋭い刺激に、沙紀の声がひときわ大きくなった。  
 
 それは自分でやっていた時とはまるで違う感覚だった。 無遠慮で、加減など全く考えぬ、他者の手によって与えられる性感。 胸なども同時に嬲られる相乗効果で、怖いほどの官能が身体の各所を満たしてくる。  
 しかしそれは言うまでもなく、沙紀の望まぬ快楽である。 醜悪な化け物の手で与えられる性感など、不快でしかない…… 筈だった。  
 妖怪液が下着に染み込み、沙紀の秘所からついに溢れてきた女の液とも混ざり合った。 触手が蠢くたびにぐじゅぐじゅと嫌らしい音をたて、それが僅かに股間から離れると、後を追って混合液が細い糸を引いた。  
 ──だめっ! 感じちゃ、感じちゃだめなのに…っ!  
 淫事の悦びに捕らわれまいと必死に抵抗する沙紀の意思とは裏腹に、身体は味わったことの無い悦楽に敏感に反応してしまっていた。 もっと、さらなる快楽を求めよという誘惑が自分の肉体から聞こえてくるようで、沙紀は恐ろしくなった。  
 屈辱のせいか、性感の為か、紅く染まった頬に涙が伝った。  
「あっ、ふぅ… や、やだぁ… んぁっ、はんっ! や、やめて、こんなの、やめさせてくださいっ!」  
 結い上げた黄色い髪を振り乱しながら、哀れな虜囚は懇願した。 この凄まじい汚辱と羞恥だけで、死んでしまうかと思えた。  
 しかし頼まれた当の立羽は、  
「んー…」  
 などと、あらぬ方向を向いてとぼけている。 汚され続ける少女を救う者は、この場には誰もいなかった。  
 身体の各所を責められ喘ぎ続ける沙紀は、また別の触手が迫って来るのを、視界の片隅に見た。 今度の参入者はゆっくりではなく、彼女を捕まえようとしていた時の様に素早い動きだった。  
 触手は一瞬で粘液まみれの腰に巻き付き、手足を縛る仲間と協力して、沙紀の身体を高く持ち上げた。。  
「ふぇっ… きゃあっ!?」  
 いきなり激しく動かされ、沙紀が驚く声をあげる。 彼女の身体は宙に浮いたまま、大きく脚を開いた格好になっていた。 その様は、地べたに腰を下ろしている時よりも、どこか晒し者めいていた。  
 沙紀の股の間からは、粘液と愛液の混ざったものが、ビチャビチャと地面に滴っている。  
「い、いや… こんな、恥ずかしい…」  
 少女の身体を掲げるのに集中した為か、触手群もしばし動きを止めていたが、またすぐに少女の身体を貪りだした。  
「ん、くうぅぅっ! あ、や、やめ、やあぁっ!」  
 
「ん、くうぅぅっ! あ、や、やめ、やあぁっ!」  
 妖怪が沙紀の身体を持ち上げた理由は、極めて単純なものだった。 尻が床に着いていると、そこを嬲りにくいからだ。  
 まるで地を這う蟲のように、無数の小さな"足"を生やした触手が、沙紀の臀部にまとわり付いてきた。  
「やっ、あっ、あっ、くぅぅっ! だ、だめ、お尻、さわらないでっ!」  
 例に漏れずベトベトに濡れている蟲触手は、その"足"を使って少女の尻を巧みに愛撫した。 白い下着の上から尻の割れ目に沿って取り付き、細かな突起を溝の中に差し込んで、布の中を探るように動かす。  
 無数の小さな生物が尻に集っているような、おぞましい刺激が沙紀を襲った。 複雑に蠢く蟲足に、臀部からゾクゾクと疼きが広がってくる。 それは異形の責めがもたらす、得体の知れぬ悦楽だった。  
「ああっ! や、やめぇっ! はぅっ! う、うぞうぞして、うぁんっ! 動いてるっ!」  
 触手の動きだけではなく、下着の湿った感覚も相俟った異様な感覚に、尻がガクガクと震える。  
 顔も、胸も、下半身も、全身を汚らわしい触手で嬲られ、沙紀はあられもなく喘ぎ続けた。  
「色々な触手があって面白いでしょ? その足が生えてる蟲みたいなやつなんか、私もけっこうお気に入りなのよ」  
「うぅ… くぅぅっ…!」  
 淫猥な好みを明らかにする立羽に、沙紀は返す言葉も無い。  
 
「どう、沙紀ちゃん? よくなってきた?」  
「き、気持ち良くなんか、あふぅっ! く、な、はぁっ、ない…」  
 声をあげながらも、沙紀は頑なに否定した。 否定しなければならなかった。  
 自慰とは比べ物にならないこの強烈な感覚。 それを快感だと認めてしまったら、何か、戻れない一線を踏み越えてしまう気がした。  
「うーん… 沙紀ちゃん、頑固ねえ…」  
 立羽は困った様な微笑を浮かべ、腕を組む。 それは、単に子供の悪戯か我侭に付き合わされ、やれやれと肩をすくめる親の反応でしかなかった。  
 自分と夫が育ててきた少女が必死に陵辱に堪えている事など、今の彼女にはことさら大事でもないようだった。 或いは、大事と知っているからこその他愛無い対応なのかも知れない。  
「そうねえ… 沙紀ちゃんにもっと素直に楽しんでもらうには…」  
 うむむ、と唸りながら芝居がかった仕草で考え込み、  
「そうだわ」  
 名案浮かぶ、といった感じでポンと手を叩いた。  
「私も付き合ってあげれば、沙紀ちゃんも怖くないわね。 沙紀ちゃん、見せっこしましょう」  
「はぁ、はぁ… …え…え?」  
 突拍子も無い言葉に、沙紀の思考が一瞬停止した。 立羽は、幼い頃から何度も見た優しげな笑顔を沙紀に向け、ゆっくりと歩み寄って来る。  
 何時の間にか、沙紀を襲っていた肉縄は、柔らかな肌の上で休むかの様に動きを止めていた。 ただ、手足を拘束する触手には力が篭ったままだ。  
「沙紀ちゃん、昔は外道丸と司狼丸くんと一緒に、大切なところを見せっこしなかった?」  
「え…、あ…」  
 唐突な言葉に戸惑いながらも、脳裏には里での思い出が蘇ってくる。  
 幼い頃、確かにそういうことをした記憶があった。 ちょっとした悪戯心と心地良い恥ずかしさの中、少年二人とお互いのそこを見せ合ったことがある。 川で水遊びをする時にも三人で裸になっていたが、それとはまた違う、奇妙な感じのする"遊び"だった。  
 立羽は、今からそれをしようと言っている。  
 ──そ、そんなこと…!?  
 
 当然の困惑が沙紀の心を乱す。 立羽は元より、彼女ももう子供ではない。 自分の下半身には、単なる「おしっこをするところ」以上の意味が含まれている。 そこを見せ合うという事には、もはや子供の頃の遊びなどというものではなく、性的な意味合いを漂わせていた。  
 既に立羽の前でこの上無い辱めを受けている沙紀だが、改めて「見せろ」などと言われると、とてつもない羞恥に襲われてしまう。  
「お、おばさん、だめ…」  
 拒否の言葉は届かず、立羽はもう腰帯を解き始めていた。 嬉しそうなその顔は上気しており、これから行われる"遊び"に心を躍らせているようだった。  
 帯をその辺に放り捨てると、着物の前を大きく開け、惜しげも無く自分の肉体を曝け出そうとする。 服の間から、昔より張りがあるように見える乳房と一緒に、立羽の女性器が露わになった。  
 立羽の其処がではなく、其処を見せ付ける彼女の姿そのものが正視に耐えず、沙紀は目を逸らした。 しかし顎を掴んでいた触手が動き、ムリヤリ顔を前に向けさせられた。  
「ほら、沙紀ちゃん… ちゃんと見て…」  
 立羽はわざと艶めかしく言いながら、自分の下半身をぐいと見せ付ける。  
 そこは既に濡れていた。 髪と同じ色の繁みの中にある赤い割れ目がヒクヒクと動き、女の液が白い太腿に筋を残していた。 皮から覗く陰核は何度も弄んでいるのか、すっかり変色している。  
「ほら、これが私のイヤらしいところ。 奥まで見て…」  
「あ… あ…」  
 立羽は指を使って自分の陰唇を開き、膣の奥底まで露わにしようとする。 大切な母親代わりの女性が晒す痴態を、沙紀は声も無く見詰めるしかなかった。  
「さ… まず私が見せたから… 次は沙紀ちゃんの番ね?」  
 何もされていないのに、沙紀と同じ淫らな息を吐きながら、立羽は期待に満ちた声で言った。  
「で、でも… そんな…」  
「だーめ。 私だけなんて、不公平でしょ?」  
 立羽のその言葉と同時に、突如、沙紀を縛っている触手が動いた。 強い力に引っ張られるままに視界が横に動き、立羽に背を向ける格好にさせられたかと思うと、間髪入れずに上半身の位置が下方へ急移動した。   
 顔と胸が床にぶつかる直前、慌てて手を伸ばしたがその必要もなく、沙紀の上半身は床と幾らかの間隔を開けて止まった。  
 
 急に動かされたせいで一瞬何が起こったのか解からず、沙紀は混乱した。 しかしすぐに思考がはっきりすると、自分がとんでもない姿勢を取らされていることに気が付いた。  
 下向きの上半身は低い位置に。 逆に下半身は高々と上げられ、張りのある太腿はハの字型に広く開脚させられている。 立羽に向かって尻を突き出し、大切なところも見せ付けているような、はしたない体勢だった。  
「なっ… い、いやぁっ! こ、こんな格好、やめてっ!」  
 恥ずかしさに顔が真っ赤に染まり、沙紀は暴れて拘束を振り解こうとしたが、やはり触手は彼女の抵抗でどうにかなるものではなかった。 尻を愛撫していた蟲足は何処かへ失せたが、胸元には先程から同じ触手がしつこく付き纏っていた。  
「沙紀ちゃん、恥ずかしがることないわ。 すごく可愛いわよ」  
 実に嬉しそうな立羽の声。 彼女の姿は、沙紀からは自分の脚の間に上下逆さになって見えている。  
「さあ。 沙紀ちゃんの大切なところ、見ちゃおうかしら」  
 自分の其処はしまおうとせず、立羽は沙紀の股間を覆う布に手を伸ばした。  
 ──そ、そんなっ… こんな、恥ずかしい格好で…っ!  
 自ら勝手に秘部を見せた立羽に対し、沙紀は尻を突き出す羞恥姿勢で、しかも相手によって強引にその部分を晒されようとしている。 これこそ不公平というものだった。  
 立羽は勿体ぶるようにゆっくりと手を伸ばし、沙紀の下着へと手をかけた。 薄い生地は粘液と愛液をたっぷりと吸い込んでおり、取ってしまうまでもなく、隠されていた少女の恥部がうっすらと見えていた。  
「あら。 沙紀ちゃんの、こんなに濡れてるわ… これって、あの子の粘液だけじゃないわよね」  
「ち、ちがう… 私、そんなの出してない… あぁっ!?」  
 恥辱の余り、事実に反することを口にした沙紀は、股間がひんやりとした外気に晒されたことに気付いて声をあげた。  
 立羽は容赦無く下着を剥ぎ取っていた。 白い布は沙紀の尻から離れる際に糸を引き、脆くも二つに千切れ落ちてしまった。  
 
 

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