時刻は午後二十三時頃。三ツ橋は夜鳥子に関わって以来多分もっとも忙しかった今日という日に心地良い混乱を覚えていた。  
 とにかく色々と頭の中を駆け回る物が多すぎて、何を中心に考えたら良いのかわからない。というより、考えたい事、したい事があるはずなのに、それが何なのかを思い出せなかった。  
 おかげで体は疲れきっているのに、目が冴えて睡眠をとる気にもならない。先にシャワーを浴びている駒子を待つ間、倒れこんだベッドの上で思考の迷走を楽しんでいた。  
 こういう時、迷いが晴れた自分が一直線に突っ走ってしまう事を三ツ橋は知っている。特に今回はそれがとても楽しみなのに気付いて、「アレレ? オヤオヤ?」とドキドキしっぱなしの胸の中心に両の掌を押し当てた。  
 
「……三ツ橋ちゃん」  
 気が付けば、いつの間にか駒子がパジャマ姿でベッドの横に立っていた。わからないくらい物思いに耽っていた自分に苦笑してしまう。  
「どうかしたんですか、桂木さん?」  
 見ると、駒子は俯き加減でじっと下を向いている。ただでさえ小柄な駒子がさらに小さく見えるほどだ。  
 それに、覗き見える部分の彼女の顔は、本当に「絵に描いた」という表現が相応しいくらいに真赤だ。シャワーの後にしてもちょっと異常だし、ひょっとして体調に異変でもあったのだろうかと心配になってくる。  
「師匠に何かあったんですか? それとも……」  
 さっきまでとはうって変わって、あまり楽しくない方向に頭の回転が始まった……が、ぽそぽそと駒子が話しだしたので一旦それを中止した。  
「ううん、違うの。あのね、その……」  
 そこから後はさらに声が小さくなったので、とても聞き取れない。比例しているのか反比例しているのか、駒子の赤面はますます進んでいる。  
「ええと、きゅ、Qと、その、ふ、二人きりで話がしたいな、って」  
 詰り詰り紡がれる駒子の言葉を繋げると、どうやらこういう内容になるようだった。一息で言ってくれたなら理解も早かったのだが、脳内で文章を構築するのに若干時間がかかったので、意味がすとんと胸に落ちるのにも数瞬必要だった。  
「二人きり……ああ、なるほど、そういう事ですか。えー、はい、わかりました」  
 分かってしまうと、駒子の感じているであろう気恥ずかしさが三ツ橋にも伝染してきている。目はきょろきょろと泳ぎ、手はぱたぱたと宙をかく。  
 こっちも結構真っ赤になっているんじゃないだろうかと思うものの、自分以上に真っ赤な駒子のおかげでいくらか冷静なので、ようやく決心した友人の勇気が嬉しくなってきた。  
 湯上りパジャマで照れた表情という最強のシチュエーションになっている駒子を覆うように軽く抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩いて励ましてやる。  
 
「大丈夫ですよ。きっと上手くいきますから」  
 自分の腕の中にいるので表情はわからないが、わたわたした様子で駒子の感情は察するまでもなく伝わってくる。言葉にも明らかだ。  
「う、ううう、上手くって、何が!?」  
 ──アレレ? この期に及んで白を切るつもりなのかしら?  
 ──オヤオヤ? それとも私が発情しているからそんな風に誤解してしまったのかな?  
 なんて風に考えながらくすくすと笑いながら、三ツ橋は気付いてしまった。そう言えば自分も「発情(花も恥らう乙女らしく表現すると、恋)」していたんだった、と。  
「いえその、私にとっても願ったり叶ったりといいますか、とにかく好都合なので。ですから、久遠くんとゆっくりお話してくださいね」  
 口調こそ先程までの頼れる委員長・三ツ橋初美だったが、頭の中は恋する女・三ツ橋初美に切り替わっている。言い訳みたいなものを口にしている駒子に応対しながら、その裏でこの後どうするかを組み立てていた。  
 
 ──さて、と。まずは連絡……ですよね。  
 ずっと紅潮したままだった駒子を部屋に残し、三ツ橋は「これから」の事を実行を開始した。……とは言ったものの、携帯を取り出すと同時に失敗点に気付いてしまったのだが。  
 ──シャワー浴びとけば良かったなぁ。汗臭くないかしら?  
 すんすんと二の腕などを嗅いでみても、鼻腔に入ってくるのは土埃の匂いばかりで汗までは判別できない。意識してしまうとGカップの谷間などにじめじめした不快を感じてしまう。  
 「玉ちゃんと虎ちゃんは汗で気持ち悪くなったりしてないだろうか」とちらりと思ったものの、それ以上に次のような事が三ツ橋の頭を支配していた。  
 ──まぁ、あちらで借りれば良いですよね。その方が……それっぽいし。  
 らしくもなく乙女っぽい回路が機能して、シャワーを浴びるという行為の前後を三ツ橋に想像させる。こんな風にふわふわした気分になるのは今日が初めてのことだった。  
 軽くトリップした思考がふっと覚める。ここは自分の部屋なんかではなく、修学旅行で訪れているホテルの廊下だった。だらしなくにやけた顔をきりりと引き締め、気を取り直して携帯に指を走らせる。  
 数度のコール音の後に、意中の相手へと電話が繋がった。  
「……もしもし。何かあったのか、ミツバチ?」  
 体格や人柄を示すように頼りのある野太い虚空坊の声を聞いただけで、三ツ橋は気が緩んで何だか泣けてきそうになってしまっていた。  
 
「いえその、あの……会ってお話したい事がありまして」  
 ──これじゃぁさっきの桂木さんとおんなじだなぁ。  
 と内心で苦笑する。こういう時はみんな似たような反応をしてしまうんだろうかと妙な感心もして。  
「ふむ、会って話、だと? それは今日でないといかんのか?」  
 言われてみると、今自分が想定している事を今日行うのは性急過ぎる気がしてきた。けれど、三ツ橋は走り出すと止まれない困った性格である。  
「はい、今日が良いんです」  
 きっぱりと宣言すると虚空坊の反応を待つ。受験や試験の結果発表だってこんなにどきどきした事はない。  
「今一よくわからんが……。とりあえずは承知した。すぐにそちらへ向かおう」  
 了承してくれた虚空坊の回答が嬉しくて、またしても三ツ橋はトリップしてしまいそうになった。尋ねられてホテルの在所を答え、電話を切るとゆっくりと屋上へと階段に向かう。  
 ──アレレ? 階段といえば、昔の歌で大人がどうとかっていうのがあったような。  
 ──オヤオヤ? だとしてもコクボさんは王子様って感じじゃないぞ? でも……うふふ。  
 明らかに野獣といった外見の虚空坊が三ツ橋にはいとしくてたまらない。変わった物好きなのは、異性でも例外にならないようだ。  
 
「待たせたな、ミツバチ。寒くはなかったか?」  
「いえ、5分くらいでしたし、大丈夫です」  
 屋上に降り立った虚空坊に三ツ橋はいきなり抱きつきたくなる衝動を必死で堪えて笑みを見せた。寒いどころか何時間も前から火照りっぱなしで困っているくらいだったが、虚空坊の気遣いはやっぱり嬉しい。  
 よく見ると別れた時と違って、肩まである髪を後ろで無造作に束ねている。意外に色気を感じられて、三ツ橋の大きな胸がどきどきとする。  
「髪、止めてるんですね」  
「ん? おお。帰ってすぐにブログの更新をしておったんだが、そういう時は髪が邪魔でなあ。まあ、それなら切れば良さそうなもんだが、普段はどうもこれくらいの長さの方が落ち着くようだ」  
 この虚空坊という人(?)は、本人も口にした「ブログ管理人」などなどと意外性があまりにも多く存在していながら、何故か自然に見えてしまうのが面白い。  
 
「ここがワシが住んでいる部屋だ。急なもんで片付いてないが、ま、入ってくれ」  
「あ、はい。お邪魔します」  
 虚空坊の部屋は、やっぱり意外と自然が混在している、実にそれらしい佇まいだった。  
 ドラマなんかで出てくるようないかにも格好の良い大人の男性といった感じではなく、かといって不精に乱れた感じでもない。丁度良い具合に綺麗で、丁度良い具合に乱れている。不思議と落ち着く空間だった。  
 飛び飛びらしいとはいえ長年を生きている天狗にしては「和風」という要素が殆ど無いのが意外と言えば意外だが。強いて和を感じるのは日本酒や焼酎の酒瓶くらいだ。  
「やはり、もっとこう『庵』っぽいんだろうなとか思っていただろう?」  
 三ツ橋の内心を察したのだろう。虚空坊は無造作に置かれた雑誌などを片付けながら、部屋について喋りだした。  
「え。あ、はい。天狗さん、ですしね」  
 そう、虚空坊は天狗である。なのに、出会ってからずっと、抱く印象に「天狗なのに」という前置詞が付いてしまう。一般的な天狗のイメージと虚空坊の実像は正反対に位置すると三ツ橋は思う。  
 ところどころ古語めいた口調や、確かな知識や経験が無ければとてもじゃないが天狗だなんて(たとえ師匠の旧友でも)信じられない。見た目だけなら日本かぶれの外人さん、といった所だろう。  
 と、そういった事を三ツ橋が話すのを、楽しそうに虚空坊は頷きながら聞いている。  
「まあ、お前さんが言っている事はあながち間違いでもない。夜鳥子らと京で組んでおった頃は想像通りの天狗そのものだったからな。ただ、それが当時は自然だった、という事だ」  
「えっ? ……あ」  
「わかった様だな。今も昔も、ワシらは変わってはおらんのだよ」  
 なるほど、天狗の身体的特徴といえば「大きい(長い)鼻」「背中から生えた羽」などがあるだろうが、服装的特徴と言えば「修験者」が一般的で、少なくとも修験者の服装に関しては昔であれば違和感は無い。  
 そう考えると虚空坊や他の天狗たちの服装が今風であるのも確かに頷ける。多少間違ったセンスも否定できないが、それは笑って許せる範囲内だろう。  
「結局な、天狗の武器は『飛べる』という一点だけだ。テレパシーだとか、そういう超能力なんかは使えん。だから携帯を使うし、パソコンも使う。便利だしな。カカカカカ」  
 虚空坊の言葉には長年を生きた重みというか、古強者らしい現実家の側面が感じられて三ツ橋は軽い感動を覚えた。それでも。  
「……やっぱり天狗さんがパソコンとかテレパシーって言うのはちょっとおかしいです」  
 と笑ってしまう。虚空坊も「む、そうか?」と受け答えた後は、二人してクスクス・カカカカカと笑い声のデュエットを部屋に響かせた。  
 
「ふー……」  
 体を洗って汗を落とし肩まで湯船に浸かってしまえばうら若い女子高生といえど溜息の一つは出る。うっかりすると寝てしまいそうな心地良さに、余程疲れてたんだなと今日一日の大変さを改めて感じた三ツ橋だった。  
 それにしても、「アレレ? オヤオヤ?」と首を傾げて考え込んでしまう。  
 ホテルの屋上に呼び出して「虚空坊さんの部屋が見たい」と唐突に口にしたものの、真意は察してくれたのだろうと部屋に着くまで野暮な事を口にしなかった虚空坊にそれを感じた。  
 勧められるままにこうして風呂に入ったが、自然な流れなはずなのにどうも艶っぽさに欠ける気がしている。勿論、がっつかれてもそれはそれで少し残念に思ったのだろうけど。  
 とまぁ歳相応の少女らしい(が、三ツ橋らしくはないかもしれない)混乱に陥っていたせいで、曇りガラスの扉の向こうの人影に三ツ橋は気付かなかった。  
「入るぞ、ミツバチ」  
「はい。……って、えぇ!?」  
 静止する暇も無く入ってきたのは言うまでもなく虚空坊である。タオルで前を隠すなどと情けない事はせずに肩に引っ掛け、つまりは生まれたままの姿で堂々と扉を開けて入ってきた。  
 筋骨隆々とした虚空坊の裸体に悲鳴をあげる理性も本能も忘れて見惚れてしまいそうになる。上半身が裸という状況はこれまでに何度か目にしたが、これは初めて見る下半身の筋肉の逞しさにうっとりした。  
「っ!」  
 息を飲むと同時に三ツ橋の体が揺れ、湯に波を立たせたのは、虚空坊の股間にぶら下がったものを見てしまったからだった。「キャッ!」と両手で顔を覆ういかにもお約束な反応ではなく、僅かに目を見開かせて。  
 小さい頃は父親と一緒に風呂に入る事もあったわけだし、弟達と一緒に入った事だってあるのだから、初めて見たというわけではない。とはいっても肉親以外では当然初めてなのだが。  
 問題は「ぶら下がった」という点だった。「上向き」ではなかったのである。はしたない事なのかもしれないが、がっくりとする三ツ橋であった。  
 
「ふー……。やはり一日の締めは熱い風呂に限るな」  
 体を洗って湯船に入ってきた虚空坊が三ツ橋の向かいにどっしりと座ると、豪快に湯が溢れこぼれだす。実に虚空坊らしい姿に、驚くほどにあっさりとさっきまで感じていた失望を吹き飛ばしてしまった。  
 というか、失望なんて忘れるくらいにどきどきしてきている。いくら目の前の相手が興奮していないみたいだとはいっても、向かい合わせで異性と湯船に浸かるなんていう経験が無いのだから。  
 割に物事に動じない方だと自負していたが、この状況には流石の三ツ橋もふわふわと浮ついてきている。湯当たりした、のではないだろう。  
「それにしても……」  
 
「へ? あ、は、はい、何ですか?」  
 びっくりするくらいにぽーっとしている自分に三ツ橋は驚く。何か話そうとしている虚空坊に気付けたのが不思議なくらいだった。  
「いや、なに。随分久方振りに色々あった一日だが、充実していたなと思ってなぁ。楽しかった。それに」  
「?」  
「こうして若い娘と風呂に入るなんていう役得まであるとはな。ありがたい事だ。カカカカカ」  
 ──オヤオヤ、ありがたがってる割には興奮してなかったくせに……。  
 なんていうちょっと恨めしい気持ちもあるにはあった三ツ橋だが、目の前で本当に楽しそうな笑顔を見せられては何も言えない。またもぽーっとなるが、不意に目に入った物に醒めるような感覚を覚える。  
「傷……」  
「む。どうかしたか?」  
「傷、いっぱいあるんですね……」  
 虚空坊が体を洗っている時からその事は気になっていた。大小様々な傷はとても数えられそうにない程大量だが、それより不思議なのは、湯船に浸かった事で更に傷が増えたように見えるのである。  
 明らかに切り傷とわかる痕は意外と少ないようで、大半は傷痕とも痣ともつかない物だった。幾つかの傷の形の鋭さから、切り傷を連想したのかもしれなかった。  
 三ツ橋の食い入るような視線を受けて、虚空坊の返した反応はカカカカカと笑うことだった。さっきのように豪快にではなく、恥ずかしそうにという違いがあったが。  
「恥ずかしながら、ほれ、ワシは長い事生きているわけだろ? 前世でも揉め事は多かったからなぁ。切り傷刺し傷が付く事はざらだった。そうした古傷が、体が変わっても何故かこうした時に出てくる」  
 二人の顔の間にかざした腕の傷を虚空坊が擦る。ちょっとした誇らしさを三ツ橋は見て取った。  
「ま、あまりありがたい代物ではないが、腐れ縁とでもいうかな。ワシが『虚空坊』だという事の証拠のようにも思えるから悪い気はせんのだ。もう少し上手く立ち回れんかったのかと先代共を殴ってやりたいがな。  
 ……とはいっても先代も当代もひっくるめて全部が『虚空坊』なのだから、文句を言っても性質の悪い自虐にしかならんか。カカカカカ」  
 今度の笑いは虚空坊らしい豪快さを取り戻していて、釣られて三ツ橋も笑みをこぼす。が、他と比べて明らかに異様な傷痕に気付いてしまった。  
 首筋から肩にかけて薄っすらと、だが、面積は相当に大きな痣が浮かんでいる。最初はその巨大さにただ驚いたようなものだが、他のどの傷よりもここが三ツ橋には気になった。  
 そうした気持ちが体に伝わったのか、思わず三ツ橋の掌が虚空坊のその傷を撫で擦る。  
 
「ミツバチ……?」  
「どうしてでしょう……ここの痕が、一番気になるんです」  
 痣だから、盛り上がっているわけではなく抉れてもいない。視覚的、要は直接的なインパクトだけな筈なのに、三ツ橋はどうしても原因が気になって仕方なかった。  
 当然この時の三ツ橋は知る由もないが、「女の勘」という意外に馬鹿に出来ない感知力がこの痣が重大であると知らせていたのかもしれない。  
 虚空坊はというと、今までで一番困った表情をしていた。「何が辛いって、その痣に触れられる事が一番辛い」というのがありありと伝わってくるくらいに。  
「あ、ごめんなさい。誰にでも話したくないことってありますもんね」  
 肩に置いた手を三ツ橋がどけようとすると、その前に虚空坊の手がそっと重ねられた。ごつごつした感触なのに、なぜか優しい。  
「この痣がどういう由来かは誰にも打ち明ける気はない。話してしまうとその相手にもワシのつまらない因縁を背負わせてしまう事になるしな。それに」  
「あっ……」  
 ぎゅっと力がこもった虚空坊の手のひら。怒っているのか悲しんでいるのかと三ツ橋が思ってその顔を見ると、出会って以来一番の笑顔がそこにあった。  
「傷の事を腐れ縁と言ったが、こいつはその中でも一番の腐れ縁だ。殆ど一心同体のようなものだよ、困ったことになぁ」  
「……はい」  
「だがまぁ、いつかこいつと別れる時が来る。きっと、来る。その先のワシがどうなっているかと想像するのがたまらなく楽しいのさ。まったく、困った因業親爺だ。カカカカカ」  
 何も答えてないのに等しかったが、心配無用という虚空坊の自信だけは伝わってきた。やっぱり虚空坊の頼もしい姿が三ツ橋は一番好きだった。  
 だから、「その時はご一緒させてくださいね」と満面の笑みで虚空坊の未来を祝福してあげる。根拠のない確信だが、虚空坊の決着に居合わせる自分を自然に思えたのだ。  
 この時スイッチが切り替わったような錯覚を三ツ橋は感じた。きっと虚空坊もそうだったろう。しかしそこは歴戦の戦士である虚空坊だった。暴走はしない。  
「……さて、ワシは先にあがっておるぞ。三ツ橋も、湯当たりする前に出るようにな」  
 と虚空坊が湯船から身を乗り出す。自然に見えた所作だったが、浸かる前とは違っていた一点を三ツ橋は見逃していなかった。下を向いてぶら下がっていたものが、確かに上を向いていたのである。  
 ──アレレ? 今度こそ期待していいんですよね、虚空坊さん? というか、そんな物見せられちゃったから、湯当たりしちゃいそうですよぉ。  
 乙女が想像しうる最大限にHな想像がついに現実になりそうな状況に、思考も体もブースト状態になる三ツ橋であった。  
 
「……あのー、あがりました〜」  
 バスタオルを胸の辺りで巻いただけの姿の三ツ橋。下着を着けるかどうか随分と迷ったのだが、意を決してバスタオル以外で身を隠してはいない。中々の度胸である。  
 とはいえ、感情が表に出ない方ではあるが流石に今は平静とはとても言えず、ばくばくと胸を打つ心臓の鼓動が酩酊に拍車をかける。  
 部屋の灯りも落とされていて、引くに引けない状況であるという事を嫌でも三ツ橋に伝えてくる。もっとも、三ツ橋自身が望んで招いた事態なのだが。  
「虚空坊さん?」  
 暗い室内をざっと見渡してみたが、あの巨体がどこにも見当たらない。まさかもうベッドの中かとも思ったが、そこは平坦な形のままのように見えた。  
 さすがに「アレレ? オヤオヤ?」とこの状況に混乱してきた時、突然三ツ橋の体は抱え上げられた。犯人は勿論、虚空坊である。  
 バスルームから数歩離れていたとはいえ、三ツ橋に気付かせず後ろに回ったのは流石というか、呆れるというか。当事者である三ツ橋の反応は、安心、だったのだが。  
「カカカカカ。驚いたか?」  
「ちょっとだけ。それよりも、ここで逃げられたらどうしてやろうかって思い始めてました」  
「うーむ、それはおっかないな」  
 言葉とは裏腹に、虚空坊は至極楽しそうである。室内の色っぽい空気が消し飛ぶような勢いだが、何もかもアンバランスな人なのだから、これはこれで相応しいのだろう。  
 ずかずかと大股で歩いて運ばれて、ベッドに寝かされる。覆い被さってきた虚空坊の表情はさすがにちょっとは真剣さを見せていたもののすぐににやりと笑って、その事が三ツ橋を何故か安心させた。  
「さて三ツ橋よ。失礼な質問かもしれんが、二つ聞いておきたい」  
「はい、何ですか?」  
「お主、こういう事は初めてか? これが一つ目。二つ目は、初めてだとすれば、ワシで構わんのか?」  
 何だそんな事かと三ツ橋は笑ってしまいそうになる。とっくに通過した問題だったからだ。  
「一つ目の質問は、はい、その通りです。二つ目は、虚空坊さんじゃなきゃ嫌です」  
「……うーむ。参った。出会って以来お前さんに押されっぱなしのような気がするよ」  
 そう言うと、虚空坊が三ツ橋へと唇を重ねてきた。  
 
 虚空坊の唇の感触はやや厚ぼったいが、がさがさしていないので充分な心地良さを三ツ橋に伝えてくる。太い首筋に手を回そうかと考えていたのに、その前に虚空坊の顔は離れてしまった。  
 残念そうな表情を隠さず見せた三ツ橋に降りかかってきたのは、またしてもにやりと笑った虚空坊の表情だった。  
「三ツ橋、誰も見たことがないものを見せてやろう」  
 という宣言を伴って。  
 
 びっくりするくらいに虚空坊はキスが上手い。とはいっても比較対照が無い三ツ橋だったが、上手いに違いないという確信があった。  
 体格自体一回りも二周りも違うのだから、個々のパーツの大きさも似たような対比になる。今は三ツ橋の口内にある虚空坊の舌も、当然そうだ。  
 にもかかわらず、巧みに動いては三ツ橋の脳に電流を次々と走らせる。負けじとこちらも応酬に出るのだが、易々と絡め取られて篭絡されてしまう。新兵が古兵に敵うはずもないと言わんばかりである。  
 最早これだけでもくらくらしているほどだというのに、一旦唇を離れて耳たぶを甘噛みされたのだからたまらない。特に我慢していたわけではないが、緊張から出なかった喘ぎ声が三ツ橋の口を突いた。  
「あっ……」  
 どういう聞こえ方をしたのだろうとちらりと思ったのだが、それどころではなかった。いつの間にか三ツ橋のGカップに虚空坊の大きな掌が押し当てられている。  
 思う存分揉みしだかれるのだろうかという期待と不安にますます鼓動を早ませる三ツ橋だったが、虚空坊の掌は掴む素振りさえ見せずに胸の谷間へと移動していく。  
 谷間の中心からややずれた位置にあったバスタオルの結び目で止まると、次の瞬間解かれる。ぶるんと音を立てるようにまろび出た乳房の感覚が、一糸纏わぬ姿にされてしまった事を三ツ橋に知らせるようだった。  
 さすがに恥ずかしくなって目を閉じてしまうが、特に何かが起こっているという気配がない。不審に思って目を開けてみると、虚空坊が首を傾げていた。  
「実は風呂に入った時から気になっていたのだがな」  
「え? あ、はい。何でしょう?」  
「お前さんの飼っているおっかないペットたちはどうしたのだ?」  
「……そう言えばそうですね」  
 あんなに自分の胸に”玉と虎”が帰ってきたのが嬉しかったというのに、今そこにいない事に気付かなかった事に三ツ橋は苦笑してしまう。困ったご主人様だ。  
 けどまぁ、理由は明白なので心配は必要なかった。  
 
「あの、向こうも、桂木さんと久遠くんも同じような状況じゃないかなーと思うので」  
「ん? ……おお、そういう事か。夜鳥子が気を利かせて姿をくらませたというわけか。成る程なぁ」  
「きっとそうだと思います」  
 ひょっとしたら不測の事態が起こっている可能性も低くないのだろうけど、その点に関して三ツ橋は全く心配していない。師匠である夜鳥子があっさり負けるなんて事は想像できないからだ。  
 納得した様子だった虚空坊だったが、またも首を傾げる。今度はさっきの逆の方向にだった。まだ何かあるのだろうか。  
「あの娘と久遠がなぁ。いやはや、それは夜鳥子のやつも難儀しているに違いない。カカカカカ、ワシも見物してやりたいくらいだ」  
「えっ? あ」  
 駒子に夜鳥子が宿っているように、久遠にも誰かはわからないが宿っているらしかった。久遠本人にもよく理解できていないようだったが、虚空坊はそれが誰なのかを知っているのだろう。  
 駒子と久遠が幼馴染であるように、夜鳥子とその人も旧知であるなら。若い三ツ橋には夜鳥子の心境は到底推し量れそうになかった。  
 というか、人の心配なんてしている状況じゃないのだ。しきりに忍び笑いをしている虚空坊の頬をつねってやる。  
「いてて。む、どうした?」  
「……もう。あっちはあっち、こっちはこっち、ですよ」  
 他に言い様がありそうなものだが、やはり三ツ橋は若いのだろう。意味が通るような通らないような内容になってしまった。でもまぁ通じたみたいなので、よしとする。  
「すまんすまん。どうも歳を重ねると変に気が回ってしまうのだ。さて、それではと」  
「あ……」  
 ひたり、と豊満な乳房に虚空坊の掌が再び押し当てられる。また焦らされるのかと思った瞬間、確かな意思を持って動き始めた手に、たちまち三ツ橋は翻弄される。  
 
 Gカップの胸。誇らしくないと言えば嘘になるが、殆どの場合は文字通り「持て余す(三ツ橋の掌には収まらない)」存在だ。肩は凝るし、運動にも不便だ。  
 本当の意味で胸が大きくて得をしたと思ったのは、それこそ”玉と虎”が駒子の控えめな胸よりも三ツ橋の豊かな胸の方が居心地が良いと知ってぐらいのものである。  
 そんな巨大と言って良い乳房も虚空坊の掌だとすっぽりと収まってしまっている。あつらえたようなフィット感だった。怖くなるくらいに出来すぎた話だと思うが、やっぱりそれ以上に嬉しい三ツ橋だった。  
 
「は……う……」  
 形を留めることなく乳房を捏ねられ続けて、声を我慢する事が出来ない。自分で触るだけでもそれなりに気持ちが良いというのに、他人だとこれ程なのかと驚いてしまう。  
 既に先端は固くなってしまっていた。マメやタコこそないが根本的に張り詰めた質感の虚空坊の掌に擦られて、ぴりぴりとした快感が三ツ橋の体を走る。  
「うぁっ……!」  
 不意に乳首を指でぴんと弾かれて、身を軽く弓なりにそらす。  
 それが標的変更の合図だったのか、執拗にそこを攻められ続けて次第次第に体の芯に火でも灯ったような、逆にどろどろに蕩けてしまいそうな快感に溺れそうになる。  
 気がつけばざらざらとした舌に突起が舐め擦られ、吸われては転がされている。初めてだというのに、既に三ツ橋は虚空坊の愛撫の前に緊張が無くなっていた。  
 当然の様に下腹部は疼いている。そこももう洪水のような有様になっていることは、触れる必要もなく三ツ橋は感じていた。  
 胸に触れられているだけで、こうだ。もしそこを触られたらどうなってしまうのだろう──と思った時にはもう虚空坊の指が宛がわれていた。  
「そこは……っ!」  
 嫌じゃないのに、制止するような声を出してしまう。幸か不幸か、虚空坊は止める気はないようだった。そろりそろりとそこを指で掃かれる。  
 予想通りというよりは、想像以上だった。そこが伝えてくる快感は。腰が大きく跳ねそうな時にこそ強く力がこもるが、それ以外の時は細心の注意で繊細に働く虚空坊の指は巧みに三ツ橋を昂ぶらせていく。  
 おかげで三ツ橋は今度も気付かなかった。虚空坊の顔が下腹部に、三ツ橋の秘所に移動している事に。ほんの少し前に乳首で味わったざらりとした感触でようやくそれを知る。  
「……えっ!? いや! 見ないでくださいっ!」  
 今度も本当はそんなに嫌じゃないのに、どうしてもこういう言葉になる。けれど、仕方がないだろう。いくら知識として知ってはいても、「舐められる」という事象は強烈に過ぎた。  
 そして、やっぱり今回も虚空坊は止まる素振りも見せずに三ツ橋の下半身に張り付いている。  
 最初こそ恥ずかしくも恨めしいような気持ちでぐいぐいと虚空坊の頭を押し退けようとしていた三ツ橋だったが、次第にその力も失せていき、恥ずかしくも愛しい気持ちで虚空坊の髪へと指を絡めて愛撫した。  
 何も考えられず、ただ快感だけに支配されてる。自分がどういう表情をしているのか、どんな声をあげているのかも三ツ橋にはもうわからない。  
 やがて、一人で慰めている時のあの爆発的な感覚がすぐそこに来ている事がわかった。もっとも、比較にならない規模なのもわかってしまって悦びに震えそうになる。  
 訪れた絶頂がシーツを掴み、足の指にぎゅっと力を込めさせる。その激しさに、三ツ橋は声にならない悲鳴をあげていた。  
 
「おい、大丈夫か、三ツ橋」  
「……へ?」  
 気がつくと、虚空坊が三ツ橋の額をぺしりぺしりと叩いていた。湿ったような音で、随分と汗をかいていた事がわかる。  
「すまん。もう少し加減するべきだったかもしれん。何分、久しぶりなものでなぁ」  
「そう、なんですか?」  
 がっついていた、という意味なのだろうか。思い返してみてもとてもそんな印象はなかったのだが。  
 ともあれ、心地良い気だるさにふらふらと酔いながら、三ツ橋はある事に気付いた。今の所、気持ち良くなったのは自分だけなのである。  
 申し訳ないなと思って何かしら口にしようと思うのだが、恥ずかしすぎて「あの……その……」と吃ってしまい中々喋る事が出来ない。赤面だけが進行していく。  
 それでも三ツ橋の意図を虚空坊は察したようである。押し当てられていてた逞しい胸板が離れていき、太い腕がしっかりと三ツ橋の脇につかれる。  
 三ツ橋のそこに、虚空坊の固い物が押し付けられた。始まってから何度か太股などに当たっていたのだが、多分相当に大きいのだろうと感じられた。  
 少し目視しておくべきだったかなと思ったが、もしそうしていたら恐怖感が強まってしまいそうだから、見なくて正解だったろう。  
「ここから先は痛いだけだと思うが……我慢してくれるか?」  
 虚空坊の表情は真剣で、心配そうだ。本当に卑怯だなぁと三ツ橋は思う。けど、許してやる。三ツ橋にとっても願う所なのだから。  
「はい。お任せあれ、です」  
 にっこりと笑った三ツ橋の反応を皮切りに、虚空坊がゆっくりと侵入を始めた。  
 
 痛い。とにかく痛い。悲鳴こそあげなかったものの、苦悶の表情までをも隠す事は出来なかった。  
 随分と潤っていたはずなのだが、生まれてから十数年閉じていた箇所を拡げられる痛みを緩和するには至らなかったようだ。何かが破れたとか、割けたという事を感じる余裕も無い。  
 やがてお互いの腰と腰がこつんとぶつかると、三ツ橋は大きく息を吐いた。ぴったり収まっているか、少し虚空坊のものが大きいようだった。体の奥が僅かに押されているような気がする。  
 挿入しだしてからの時間は精々一分か二分といったところだったのだろうが、その十倍ほども経ったように三ツ橋には思えた。それくらいに痛く苦しかったのだが、清々しくもあるのが不思議だった。  
 
「大丈夫か、三ツ橋」  
 さっきも同じような台詞を虚空坊は口にしていた。今度は額や頭を優しく撫ぜながら、だったが。嬉しさが胸いっぱいに広がる中で、一つだけの不満を三ツ橋は口にする。  
 随分前から虚空坊の三ツ橋への呼び方が「ミツバチ」から「三ツ橋」に変わっている事には気付いていた。そのさりげなさが愛しかったが、今となっては「三ツ橋」ですら不満を感じるのである。  
「……初美、です」  
「む?」  
「こういう時くらい、ミツバチや三ツ橋じゃなくて、初美って呼んでくれないといやです」  
 そう言って、こつんと額を虚空坊の胸に当てる。今更のように「あぁ、この人に抱かれているんだなぁ」という時間が涌いてくるようだった。  
「……ふむ。では、いくぞ、初美」  
「はい……」  
 聞き慣れている筈の「初美」という単語に、三ツ橋は信じられないくらいの歓喜が溢れる。うっとりと柔らかに微笑んだ三ツ橋の顔は例えようもなく美しかった。  
 
「くっ……痛っ……」  
 固く大きな物が三ツ橋の体内を出入りする度に鋭い痛みが走る。こういう体験を女の子は皆乗り越えてきているのかと思うと、三ツ橋は変な感動を覚えた。  
 男の人は痛い経験をしないなんてずるいなとも思ったのだが、ちらりと盗み見た虚空坊の気持ち良さそうな表情を見ると非難する気にはなれない。というか、少しだけ楽しい。  
 信じられないくらいに長生きしている虚空坊なのに、多分抱いた女の数もとても沢山だろうに、自分で気持ち良くなってくれていると思うと嬉しいのである。  
 そんなもので誤魔化せる痛みではないのだが、我慢の助けには充分以上になっていた。  
 十分ほどが経過しただろうか。虚空坊の律動が不意に早くなる。痛みを感じる周期も早まった事で、耐え切れず三ツ橋は顔を顰めた。  
「うっ……」  
 虚空坊が低いうめき声をもらす。何事かと思ったが、体の奥で感じている熱い奔流で事態を理解した。「あ、これが射精なのか」と。熱を持った液体がじわりと三ツ橋の中へと染込んでいく。  
 事が終わって崩れ落ちるように被さってきた虚空坊(その癖全ての体重を乗せないようにしているのは、心憎い)をしっかりと抱きしめて、三ツ橋は初めての余韻に浸っていた。  
 
 それから、もう一度二人で風呂に入って、汗やら体液を流し落とす。また発情してしまうんじゃないかなと悩める三ツ橋だったが、意外とそんな事もなくただ和気藹々と入浴を楽しんだ。  
 前回は湯船の中で向かい合わせで座っていたが、今回三ツ橋は虚空坊の胸に背を預ける形で座っている。至高の一時だった。  
「あっ……」  
「ん? どうした?」  
 ぷかりと白い小さな塊が湯面に浮かんできた。三ツ橋の中に残っていた、虚空坊の体液なのは間違いない。ベッドで拭き取って、シャワーで洗い流したというのに、まだ残っていたようだ。  
「中で、出したんですよねぇ」  
「う……すまん……」  
 三ツ橋が振り返ってみると、虚空坊がぽりぽりと鼻を掻いている。いたずらを咎められた子供のようで可愛い。思わずクスクスと笑ってしまう。  
「別に、気にしてるわけじゃないですよ。嬉しかったですし、ね。それに、天狗さんには子供は出来ないんですよね、確か」  
「うむ。結果論だから、絶対とは言えないかもしれないがな。まあ大丈夫だろう」  
 ──アレレ? コクボさん、言い逃れ出来たみたいな顔してるぞ?  
 ──オヤオヤ? 私はそんな事じゃ誤魔化されませんよ?  
 生まれて初めて好きになった人である。体でこそもう繋がったが、ここらで一度心の方ももう離れませんよと繋ぎとめる必要を三ツ橋は感じた。  
 ちょっと玄人好みするかもしれないけれど、こんな格好良い人、もう現れないかもしれないのだから。……と言うと怖い女のようだが。  
「私……コクボさんの子供だったら生みたいです」  
「ぶふっ! な、何を言うんだ、ミツバチ!」  
 ちなみに、三ツ橋としては冗談半分である。まだまだ学びたい事がいっぱいあるのだから、子供を生む事は大事だと思うけれど、今はそちらの方を優先したいのだ。  
 クスクスと笑いながら、からかうように虚空坊の頬をつねる。  
「たとえ赤ちゃんは出来なくても初めてをあげたんですから、責任、取ってくださいね?」  
 冗談三割の三ツ橋の言葉に蒼白になる虚空坊の表情は、仮に夜鳥子が見ていたなら末代までからかい尽くされたであろう愉快な代物だった。  
 

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