「……ふーっ」  
 京都駅構内のベンチに腰を下ろして大きくため息をつく。久遠久が今感じているのは長旅の疲ればかりではない。先が思いやられるとかそういう不安を感じてのことでもなく、むしろ期待からだったりする。  
 時は三月。受験も終わって無事に地元の大学へ進学も決まり、思う存分卒業旅行を楽しもうとここ京都にやってきた。奇しくもというか当然というべきか、修学旅行で同地を訪れた時とメンバーは同じである。  
 ただ、皆心の中は穏やかではなかった点は前回と大きく異なっていた。まるで利害の一致した悪者達とでもいったような奇妙な連帯感がこの四人を繋いでいた。  
 荒木乱雅はそれでも四人の中では一番微笑ましかった。「陽様に会える!」だけで真っ先に春の陽気に突入できる男だからだ。多分、目立った進展はしないだろうと他の三人は本人に内緒でそう思っている。  
 三ツ橋初美はそもそも進学先が京都という事もあって今回は卒業旅行よりも引越しの側面の方が強い。勿論目的はそればかりではなく、チョイワルどころではすまない男と会うのも目的なのだが。  
 久遠と桂木駒子の旅の目的は、実は本人達もよく分からない。卒業旅行に行くと決まって以来二人とも妙に浮かれた気分になってしまって、本音と建前の境界線が曖昧になってすらいる。  
 いや、久遠の方は本音だけははっきりとしていた。  
(……色んな意味で「卒業」旅行になればいいなぁ)  
 という久遠にしてはちょっと珍しいニヤケ面を見れば、どういう下心があるかは少なくとも駒子には一発でバレてしまっていたに違いない。  
 もっとも、幸いなことにその駒子は駅に着くなり久遠に荷物を預けてむやみやたらに広大な京都駅の散策に駆け出してしまったので、久遠は思う存分気を緩めて呆けた顔を満喫していたという訳である。  
 多分駒子も気恥ずかしいんだろうと久遠には分かっていた。早々に意中の相手の所へ向かうために二人と別れた荒木と三ツ橋がいなくなった今、嫌でもこの後どうなるのか意識してしまうのだから。  
 そう考えると相方を置いてけぼりにしていきなり土産物を物色しにいった駒子を責める事は出来ない。というか無理に引き止めたところで何だかがっついているみたいで情けないのでしなかった久遠であった。  
「……隣、いいかな?」  
 表情がキリリとデヘヘの狭間をだらしなく漂っていた久遠に、同じ位の年恰好の男が話しかけてきた。一目見ただけで南国系だとすぐに分かる雰囲気に包まれている。  
「あ……はい、いいですよ」  
 慌てて荷物を除けて男が座れるスペースを作る。何もここじゃなくても他に場所あるだろうに、などといった反感を思いもしなかったのが後々になっても久遠には不思議だった。  
 間違いなく初対面の人物なのに物凄いシンパシーを感じている。それは相手も同じのようで、ちらちらと久遠を窺っていた。冷静に考えるとそれなりの体格の男達がベンチでもじもじしているのは不気味だ。  
 話しかけないと(そんな訳は無いのだが)ますます変な雰囲気になってしまいそうなので話しかけようと決めた久遠だったが、先を越されて相手が名乗りだした。  
「俺は張政美。あんまり語呂は良くないから呼びにくいだろうし、張政(ちょうせい)って呼んでくれ。で、あんたの名前は?」  
 
 京都──。  
 この国でも有数の歴史的名所に訪れたというのに、何が悲しくて俺は男なんかに話しかけてるんだろう?  
 しかも恐ろしい事に、「張政って呼んでくれ」なんてこの口がほざきやがった。俺は生まれてこのかた、この名で呼ばれて得したことが”一度しか”ないというのに。  
 
「旅に出たい……」  
 同じ事を昔呟いたようなデジャビュを感じながら、深呼吸のように健康的な溜息がひとつ。  
 大体こういうことを口にする時は現実逃避をしたい時と相場が決まっているものだが、俺も例外じゃない。これが口癖になっているくらいにここの所の俺はまいっていた。  
 半年前の夏にハルカがこの現代へとやって来た。そこから今に至るまでのドタバタは、省く。……省かせてくれ。それくらい色々あったし、色々あるんだ。  
 とにかく、ここのところの忙しさは、あれだけハルカのことを「抱きたい! 抱きてえ!!」とさかっていた俺を、「まぁチャンスはこれからいくらでもあるんだし」と落ち着きのある青年に変えていた。  
 幸いというか不幸にもというか、今の俺は受験生でもある。  
 ハルカがこちら側にいる以上必要性は随分減少したようなもんだけど、学問はあればあるに越した事はないのを知っているから疎かには出来ない。  
 という事で、夏以来の俺の一日は受験勉強三割、ハルカの世話が四割、残り三割が日常生活であり、とても発情している暇はないのだ。  
 「ハルカの世話が四割もあるなら、その時に」だって? まあ俺も一日の終わりに何度もそう思ったさ。けど、これがなかなか難しい。  
 ハルカは古代から現代にやって来た旅行者だ。当然この時代の物事は何もかもが珍しい。そして、ハルカは好奇心旺盛でもある。  
 となれば、だ。テレビを指して「張政! あの箱、中に人が入ってるの?」なんていうオヤクソクなものを始めとした、物心ついたころの子供のような質問攻めをハルカがしてくるのは想像できるだろう?  
 どんどんと知識を吸収していくハルカの姿を見てると嬉しかったり楽しかったりするので苦にはならないが、俺も親父も母さんも、これで結構時間をつぶしているわけなのだ。  
 そんな日々の中で、俺は何とか大学に合格する事が出来た。ランクは、まあ夏まで高校球児をやっていた事を考えればそこそこの大学なんじゃないかと自負している。何より学問を続ける場所が出来たのは幸いだ。  
 で、落ち着いてみれば、すこし後ろを振り返ってみたくなり、自分の不甲斐なさに気付いてしまうわけですよ。(少なくともうちの)両親公認カップルだってのに、同棲もしてるのに、何てザマだよ! ……ってね。  
 気付いてしまえば、後は早かった。言葉巧みに親父達とハルカを説得して、ここ京都に卒業旅行に来たわけだ。鼻の下が伸びるのは、SS(スーパースケベ)な俺じゃなくても自然な成り行きのはずだ。  
 それなのに、何で俺はベンチに腰掛けてた、涼しげでいい感じの男に話しかけてるんだ? 生まれて初めて、俺はひょっとしてそっちの人だったのかと、自分を疑う羽目になった。  
 

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