関が原前設定、茜の一人旅。  
 
 
 激しい雨音が耳をつく。  
 茜はぼんやりと色褪せた格子の手すりに頬杖をついて、部屋の外を眺めていた。  
 慶長五年、弥生。  
 一族の使命である柳生宗矩誅殺のため、ともに戦いを潜り抜けた仲間たちと別れて  
旅を続けること早二年余りの月日が流れている。  
 柳生の庄から遠く離れ、南の果ては豊州、北は越後岩代まで、人伝の噂のみを頼りに  
各地を放浪し、外道に堕した男の姿を捜し歩いた茜だったが、  
過日滞在していた江戸から一路京を目指すべく中仙道を上っていた。  
 東海道と違い、難所の多い道のりだが、それだけ京へ早く辿り着く。  
 逸る心のままに旅路を急いでいた茜だったが、生憎途中のこの旅籠で足止めを食っていた。まさか川  
止めのないこの中仙道で、大雨の煽りを受けるとは。しかし、この雨の中を推して  
山路を行くには危険が多すぎるのも事実だ。  
 気ばかりが急く茜にはむやみに癪に障ることだった。  
 きな臭い話を聞いた。内府徳川家康の領地、江戸では、かなり声高に話されている噂  
・・・いや、既に噂や風聞の域を出た、近い時期に確定されている事実を語った話だ。  
 大きな戦が起こるという。太閤秀吉の死後、豊臣家と五大老筆頭徳川家康の溝は広がり、  
もはや誰にも、御所におわす今上帝にも修復は不可能なところにまできている。  
 天下を望む家康ならばこそ、あえて豊臣との軋轢を進んで深めたとは周知のことだ。  
 秀康の遺児、秀頼に、家康の孫娘の千を嫁がせるなどという話も出ているそうだが、  
それしきのことで両家が収まり手に手を携えるとは誰も思ってはいない。  
唯一家康と対抗できた豊臣寄りの前田利家も去年没してしまった。  
 天下を二分する戦い、久しく太平だった世に、再び戦禍が舞い戻る。茜は確信を持った。  
 奴は必ずその中心に喰らい付こうと現れる。必ず。  
 この千載一遇の好機を逃す男ではない。  
 力を求める男であるだけに、この天下の趨勢が定まらず曖昧な拮抗が  
まさに崩れようとしている今、権力者の影にひそみ、暗躍し、立身のため  
自分の地歩を固めようとするに違いない。  
 宗矩の在り処は間違いなくそこだ。  
 そう確信した茜は、騒乱の中心となる京へ入ることを決意したのだった。  
 
 雨は止むことを知らず、天と地とを無数の雨滴で繋いでいる。  
 こう雨ばかりが降っていては、茜も気が滅入った。何処にも出ることが出来ず、  
旅籠の一室に軟禁されているようなものだ。  
 体を動かしているのが性に合っているのに、このままじゃ黴でも生えるかもな・・・と、  
どうでもいいことを思う。  
 雨樋から滴った小さな飛沫が跳ね掛かるのも気に掛けずに、人気のない往来に  
目を向けたまま、数える気もないため息をつく。微かに息が白く曇る。だが、花冷えというには  
少しばかり早い。  
 ふと、目の端に動くものが映った。  
 なんとなしに見てみると、若い男女だろうか。後姿しか見えないが、  
叩きつける雨に濡れぬよう、一つの番傘の中で肩身を寄せ合い、寄り添って、  
とある店先で傘をすぼめて雨宿りをし始めた。娘は甲斐甲斐しく男の袖や手を  
拭ってやっている。娘の肩がちゃんと傘の中に入るように抱き寄せたために酷く  
濡れてしまったのだ・・・。  
 茜はもう一つため息をついて、障子を閉めて部屋の中に引っ込んだ。右目の眼帯を外し、  
掌で瞼を擦る。  
 本当に、こう雨ばかりだと、余計なことばかり考えそうになる――――――――。  
 手慰みにと愛刀を引き寄せたが、暇を持て余して入念に手入れをしたのはつい昨日のことだ。  
鞘を払うと、見事な白刃が現れた。目の上に持ち上げて、雨雲の所為で薄暗い室内の光に翳し、  
峰を返したりしながら試す眇めつじっくりと眺めて再び鞘に戻す。  
 流石に目釘を落として茎を見ようとまではしなかった。それも昨日してしまったのだ。  
 次に部屋の片隅に放り出してあった荷物を手元に置き、適当に中を探ってみる。  
種々の薬包を入れた布の嚢がずしりと重い。これまた雨に憂いて手持ちの薬草の調合に  
精を出した結果だった。  
 繕い物の類も、今のところ無い。  
 他に目ぼしい、暇潰しに出来るものが何もない。  
 何もすることがなくなってしまった。  
「・・・つまんねーの」  
 ぼやいて茜は畳の上に大の字になって寝っ転がった。組んだ両手の上に頭を乗っけて、  
天井を見上げる。  
 面白みもない、ただの天井だ。  
 それをきつい眼差しで睨みつけていた茜だったが、やがて瞼を閉じて、  
外の雨音も締め出して、何もかもから自分を閉ざそうとした。  
 戦は好きじゃない。弱いものばかりが酷い目にあう。田畑や家も焼き払われるし、  
みなしごも一杯出る。大事な人が居なくなる。久三郎兄ちゃんは大陸から戻ってこなかった。  
戦で喜ぶのはお偉いさんやそれで儲ける金持ちの商人ばっかりだ。  
 そしてなにより、今度の戦は茜に全く関係はない、という訳でもないことが、  
茜の心を陰鬱にしていた。  
 
 豊臣方には茜の大事な知り合いがいる。  
 お初姉ェ。  
 元気にしているだろうか?嫁いだ先の京極高次とやらが豊臣と徳川の  
どちらに付くかは知らないが、どっちにしてもお初姉ェにはとても辛いことだろう。  
 茶々、と呼ばれていたお初姉ェのお姉ちゃん。オフィーリアが化けたんじゃない、  
本物の茶々は、ほんのちょっと会っただけだったが優しそうな女の人だった。  
 あの人もあの人のまだ小さな子どもも、否応なく巻き込まれているのだ、権力の争いの中に。  
 天海は・・・どうしてるだろう?あいつのことだから、  
きっとこの戦いの行方をじっと見つめているんだろう。もしかしたら  
何処かの陣営に与してるのかも知れない。幻魔との戦いで、あいつらの侵攻を  
自分の体を張って食い止め、オレたちを導いてくれたように。阿倫ちゃんもきっとその傍で、  
やたら分別くさいことを言いながら、天海を支えているだろう。  
 海の向こうのずうーっと遠い国にも今の情勢が届いているなら、  
ロベルトも胸を痛めて・・・いや、あいつのことだから怒ってるかな。オレもそうだよロベルト。  
でもぶん殴る相手が一杯いすぎて選べやしないんだ。  
 二年間の旅で、自分の可能、不可能、至らなさを思い知った。  
 二年前でも今でも、仲間と一緒なら何でも出来ると胸を張って言えただろう。  
 だが一人で感じる矮小さは、時代の鳴動、うねりの中での孤独を増すだけだ。天下分け目の戦いなど  
あまりにも自分の手には過ぎる。  
 しかしこの状況に目を瞑り、ただ討ち逃がした宗矩を仕留める、それだけでいいのか。  
 自分が修得した柳生の剣は、人を守るための活人剣ではないのか。  
 なあ、どうしたらいい?どうすりゃいいんだよ。  
 駄目だ、こんな風に何もせずにいると、余計な・・・考えたくもない、  
厭なことばかり・・・。  
 アオ兄ィ。  
 アオ兄ィなら絶対この戦いを止めさせようとするだろう。自分の実の親と、  
育ててくれた秀吉の家が争うんだ。今際の際の秀吉が、秀頼を頼むとも懇願した。  
是が非でも、たとえたった一人でも、双方の前に両脚で確り地面を踏みしめて  
とおせんぼしちまうんだ。俺がいる限り、一歩だって向こうに行かせてやらねえぞって。  
 アオ兄ィはそういう奴だ。そういう奴なんだ・・・。  
 鼻の奥がつんとしてきて、茜は慌ててごしごしと手で擦った。こと秀康に関しては、  
茜は自分でも呆れるほど涙脆くなってしまう。  
 そして湿っぽくなってしまったことを誤魔化すように、  
茜はごろりと横向きになった。  
 この大雨では、折角芽吹いた桜の蕾も、綻ぶ前に打ちひしがれて地面に落ちてしまいやしないか。  
 
「・・・アオ兄ィ」  
 後ろ向きだと怒られるだろうか。それでも度々思い返すのは許して欲しい。  
記憶の中の面影を瞼に描くたびに胸が痛むけれど、月日が経つにつれ、その面影が薄れはしまいかと、  
日々の流れに埋もれはしないかと、そればかりが恐ろしく、胸の痛みなど瑣末なことだった。  
「アオ兄ィ・・・」  
 ぎゅっと体を抱え込む。  
身に纏った鎧装束のように、真っ青に晴れ渡った空のような人だった。  
「んっ・・・」  
 茜は胸を押さえた。秀康のことを思い出すたびに、遣る瀬無く、  
切ない感情がそこで渦巻く。彼との記憶は酷く胸を締め付け、それと同時に抗いがたい  
甘い疼きも伴っていた。  
 吐息が段々と熱くなり、心臓の鼓動が速まる。  
 茜の手はいつの間にか襟元の合わせ目から差し入れられて、  
膨らみに直接触れていた。乳房を掴んでその大きさや形を自分で確かめてみる。  
 今更確認することもない。分かりきったことだが二年前よりもいくらか手ごたえがあった。  
 まだまだ豊満な体つきには縁遠いが、体の線は女らしさが滲んできており、  
秀康に揶揄された胸も・・・目を見張るほどの著しい成長、とは言えないが・・・  
それなりに大きくなったのだ。  
(アオ兄ィが触った体、あのときのまんま、って訳にも・・・いかないんだな・・・)  
 記憶の中の秀康は変わらないで、自分の体は確実に変化を遂げてゆく。  
それがまた心にわだかまりを残す。  
 茜はそれらの昏い感情を振り払って、一心に思い出そうと努めた。どんな風に  
秀康の手が自分の胸に触れたか、その手の質感ごと思い描いて、そっと胸を揉んだ。  
大きくて温かい掌を、自分の手に投影して。  
 若さが張り詰めた柔い乳房は、簡単に手の中で形を変える。  
「ぅん、・・・ん・・・っ」  
 忽ち乳房は熱く熱を帯び、乳首が堅く立ち上がった。喘ぎ声を外に漏らさぬよう、  
更に茜は体を縮め込ませ、自分の身の内に湿った吐息を篭らせた。  
 簡単な愛撫にも体は容易く反応し、次の甘い刺激を待ち受けている。「ぁ・・・ん、んっ!」桃色に  
色づいた尖りを指先で捏ねたとき、ビクッと茜の背中が震えた。  
 はあ、と大きく息が乱れ、どくどくと血を送り込んでいる心臓の有様が  
掌に伝わってくる。  
 しかしまだ足りなかった。  
 息を乱した茜はそろそろともう片方の手を下肢へと伸ばした。  
 動きやすいように太腿にあわせて仕立てた黒の下穿きの、ぴったりとした腹の部分から、  
手をもぐりこませ、二本の指をおずおずと足の付け根へと伸ばす。  
 僅かな後ろめたさを感じながら触れたそこは、もう湿り気を帯びていた。  
「んぅ、あ・・・っ」  
 
 秀康の愛撫を思い出しながら、指で雛尖の存在を確かめる。  
指先の感覚は確かに、充血した突起の在り処を探り当てた。とりわけ  
刺激的な官能を生み出す赤い粒の表面に、震えて慣れぬ手つきで掬い取った蜜を塗りつけ、  
転がしてみる。途端に、強い刺激が茜を襲った。  
「くぅ・・・んっ!」  
 漏れ出でる声を噛み殺すために、唇を噛み締める。  
(オレ、こんなに・・・感じてる・・・)  
 体は面白いほどに反応し、恥ずかしいほどに蜜が溢れ出していた。  
 浅はかで、空しい。女の体のさがを我がことながら思い知る。  
 しかし、このひと時、茜はただ快楽の中に浸っていたかった。  
 どうしようもない寂寥を、疼きを、自分自身で慰めるために刹那の享楽へ身を投じていたかった。  
 くちゅ、と再び指を動かす。堅い胸板に抱き締められたとき、  
肌に感じた吐息の熱さを脳裏に描き、それに伴っていた指の動きも再現しようと秘所を弄る。  
(違う、アオ兄ィはもっと・・・アオ兄ィの指は・・・)  
 頭の中で秀康との情事を思い描いていくうちに、二本の指が彼自身のものであるかのような  
錯覚に陥り、自然と指の動きは大胆に激しさを増していった。蜜が手指を濡らし、  
着物の裾に染みを作る。  
「ふっ・・・ん、ん、あ・・・!」  
 すぐ傍に、彼が居てくれているような感覚。  
 心得た手が、口が、舌が、茜を高みに押し上げ、露わになった肌に口づけをしながら、  
注がれる眼差し。全て今はもうない。  
 熱に浮かされた声で茜は名を呼んだ。その名の男にはもはや手は届かない。  
 快感に唇を戦慄かせながら、蕩けた秘所を弄り続ける。じょじょに限界が  
近まっているのを感じながら、指はまるで別の意思を持っているかのように動いている。  
(あと少し、もう・・・少、し・・・)  
 熱く潤った箇所を慰めながら、彼の声を夢想する。  
 欲しい。欲しいよアオ兄ィ。  
「うんっ・・・ん、く、んぅ・・・!」  
 強く唇を噛み締め、愛しい男を瞼に思い浮かべながら、茜は頑なに自分の体を屈めたまま  
声を殺して・・・真っ白な絶頂へと達した。  
 暫らく経ってから、恍惚の余韻に震える体をようやく緩め、荒い息をつく。  
 強張りを溶かすように両足を伸ばすと全身もぐったりと力を失って弛緩してゆく。  
 居てくれる人は、いない。  
 一度の享楽のあとに残ったものは、傍に彼がいないという空虚さを、  
先ほどにも増して、無慈悲につきつけた。  
 茜は泣かなかった。瞬きを何度か繰り返し、睫毛は艶を帯びたが、自分の代わりに  
外では涙雨がざあざあ降っているんだ、そう思おうとした。  
 叶わぬ願いはいくらでもある。それでも想わずにはいられないのだ。  
 急速に体から熱が引き、心が冷え込んでゆく。  
 自分の腕を手枕に、茜はぽっかりと昏い口を開けて自分を飲み込まんとする喪失感から逃れるよう、  
目を閉じた。  
 雨の音が耳をつく。降りしきる雨は止むことを知らない。  
 本当に、こんなときは余計なこと、悲しいことばかりを考えて、自分で自分の心を・・・苛む。  
 
 夢とも呼べない夢を見た。  
 何かを見たり、聞いたりするものでは一切なかった。  
あったのはただ一つだけ。  
 茜はぼうっとした意識の中で、真っ暗な・・・目も開けていないのに真っ暗などと  
何故分かるのか不思議だったが、夢の世界とはこんなものかと勝手に納得し・・・  
闇の中を体を丸めてふわふわと漂っていた。  
 どこまで行くのか自分でも分からない。流されるままならばそれも別にいいか。  
このままずっと、こうしているままでも――――――――。  
 不意に、温かいものが頭に触れた。髪をくすぐるその感触がとても懐かしく、恋しく。  
 その温かさの正体を、自分の瞳で確かめたいのに、どうしても瞼を開けることが出来なくて、  
どうしようもないほどじれったく、奇妙なほどの安堵感と一緒に押し寄せる感情に、  
茜は懸命に嗚咽を堪えたのだ。  
 ぼんやりと茜は目を覚ました。髪にまだ、さっきの感触が残っている気がした。  
その名残が消えてしまうのが惜しくてそっと手を押し当てた。夢でも嬉しかった。  
たとえ夢でも嬉しかったのだ。心震えるほどに。  
 雀の鳴き声がちちちと聞こえた。ここ暫らく聞かなかった朝の囀りだ。  
 ―――――――――雨音がしない。  
 茜は起き上がった。  
 床もとらずに畳の上で寝入ったためか、節々が軋んだが、そんなものはどうでも良かった。  
 僅かな隙間から一筋の光明を畳の上に落とす白々と明るく照らされた障子を眺め、  
茜は呆然とした。  
「・・・ああ、止んだんだ。そうか。止んだんだな・・・」  
 なんとなく手を伸ばし、掌でその光を掬ってみる。温かい。じんわりと染み入るような、  
あの温もりとそっくりだった。  
 起き抜けの頭は現実感に乏しく、まだ夢の中にいる気がする。それともやはり  
これも夢の続きなのだろうか。  
 思わず茜は自分の頬を抓った。ちゃんと痛い。そういえばさっきも起きるときに  
体が痛かったような気がする。  
 茜は喉を反らした。ふふ、と笑いが零れた。  
 何だか知らないけれど、とても可笑しかった。彼らしく、気鬱ばかりか曇天までも一緒くたにして、  
拭い去って行ったらしい。  
「ほんと、敵わないよなあ・・・」  
 
「おばちゃん、お代わり!大盛りな!」  
 勢い良く突き出された飯茶碗を、宿の女中は目を白黒させながら受け取った。  
小柄な娘の癖に、一体その胃の腑はどこに繋がっちまってるんだろ?  
 九度目のお代わりを要求した茜は、茶碗に飯が盛られてくる前にぽりぽりとお新香を噛み、  
味噌汁を啜り、その口は休むことがない。  
「・・・まあ良く食べなさるねえ」  
 呆れ半分驚き半分、女中が温かい湯気の立つ茶碗を盆に載せて運んできた。  
いっそ釜ごと持ってきちまおうかしらと、お勝手で番頭と一緒に悩んだほどだ。  
「昨日さ、晩飯食う前に眠っちまったからさあ」  
 それにしてもこの量は半端ではない。  
「やっぱ人間食うもん食ってないと駄目だな。落ち込んでいけねえや」  
 ははあと女中は曖昧な相槌を打った。落ち込む?この娘っ子のどこをどう引っくり返して  
逆さに振ったら?  
「おばちゃん、街道のほう、どうだ?すぐ出立できそうか?」  
「ええ、朝一で馬借が着きましてね。あれだけ酷い土砂降りだったけれど、  
幸い山沿いも道が崩れることもなかったみたいで」  
「そっか。そりゃー助かったぜ」  
 茜は一気に茶碗の中身を掻き込んで温くなった茶を飲み下し、パン!と音高く掌を合わせた。  
「ごっそさん!じゃ、早速宿の勘定頼む!」  
「えっ!?も、もう立ちなさる?食べ終えたばっかりでしょうに、こんなにたくさん」  
「急ぐ旅でさ。長逗留で随分予定が狂っちまった。大丈夫、歩いてりゃ腹ごなしになるから」  
 女中は首を振り振り、宿の台帳を確かめに膳を持って階下へ降りていった。  
「これでよし、と」  
 荷を背中に担いで刀を腰に差し落とす。出立の準備はたったこれだけで整った。  
四日間留まった部屋を何気なく見回した茜は、往来へと面した障子をからりと大きく開け放った。  
 部屋の中にどっと流れ込んできた清冽な朝の空気を一杯に吸い込む。  
 格子に手を掛け外へと身を乗り出して天を仰げば、胸がすくほどに青い空が広がっていた。  
「―――――――――甘えてばっかで、ゴメンな。アオ兄ィ」  
 やるべきことは山積みだ。京に入ったら長らくご無沙汰していた友達の阿国を捜そう。  
芸人で独自の情報網を持つ年上の彼女なら、なにか有力な情報を持っているかもしれない。  
 お初姉ェに会いに行くのもいい。力になってくれる人を教えてもらおう。  
やれるだけのことはやってやる。無益な戦いが避けられるのなら、それに越したことはない。  
 茜は再度空を振り仰いだ。嬉しげに目を細めて。  
 今日は一日、この蒼穹の下を何処までも歩いていくのだ――――――――。  
 
終  
 

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