最終決戦となる地での、最後の休憩場所となっている明智塚。
茜は小さな岩に座りながら、小さな丸薬を指でつまんでもてあそんでいた。
この丸薬は、天海が用意したいわゆる眠り薬というもので、決戦を前に眠れない仲間たち全員に配られた。疲れというものは思考も動きも鈍らせる。無理やりにでも眠ったほうがいい、という配慮からだった。
蒼鬼、お初、ロベルトは、すでにこの丸薬を飲んで眠っている。起きているのは、塚の前でじっと座っている天海と、岩に座る茜だけだ。
「天海、眠らなくていいのか?」
茜は、背中を向けている天海に話しかける。
「私は眠らないことに慣れている」天海が肩をすくめる。「……いや、慣れてしまっているからな」
「長く生きてるから、ってやつか?」
そう言って、茜は、風に揺れる天海の白く光る髪を見つめる。
「そうだな」
茜は青白く輝く空を見つめ、ふーん、と返した。
赤い丸薬はまだ手の中にある。
「そういや、これ、どうしてオレのだけ赤いんだ?」
「苦いと飲み辛いだろうと思い、甘い実を混ぜておいた。十兵衛は体も小さいから蒼鬼たちより量も少なくしてある」
「お初姉ぇのはアオ兄ぃたちと同じだったぞ。オレだけ子供扱いかよ」
「なぜ、そこまで子供にこだわる?」
拗ねたところで天海にさらりとかわされるだろう、と思っていた茜は彼からの思わぬ質問に驚いた。
答えを用意していないながらも、しどろもどろで答える。
「アオ兄ぃとロベルトに追いつこうなんて思っちゃいねぇけど、お初姉ぇはオレと同じ女なのにさ、なんかすっげー高いとこにいるっつうか、オレが見ても惚れちまいそうなくらい女っていうか」
「なるほど」
頷く天海に、茜は岩から離れて詰め寄った。
「オレの言ってる意味がわかったのか? オレ、自分でもどう言葉にすりゃいいのかわかんないんだ」
「私の推測ではあるが……」
天海が話し始めるので、茜は彼の隣へと座り、聞く態勢へと入る。天海を長く見てきたであろう塚を見上げてから、彼の横顔へと目を移した。
「十兵衛は大人に憧れているのではなくて、女性というものに憧れているのだろう。子供扱いというものは、男として扱うわけでも、女として扱うわけでもない。そこにこそ、まさに十兵衛の不満があるように私は思う」
天海の言葉に、茜は自身の中を振り返る。
じっと考えている間、天海も何も言わず、やはり塚を見上げていた。
「そう、かも、しんねぇ、な……。アオ兄ぃによく言われんだけど、女らしい、って何なんだろう。こんなオレが女らしくなんてできんのかな?」
「恋慕の情が女性を目覚めさせることもある、というが……」
塚を見ていた天海が、茜を見て言葉を切った。その先は言われなくてもわかる。
「恋慕の情なんて知らねぇぞ、オレ」
「無理やり目覚めさせる妙案があるには……ある」
茜は天海の鎧をがしっとつかんだ。藁にもすがる思いとはまさにこのことだ。天海の後ろで広がる髪が、菩薩の後光のようにさえ見える。
「教えてくれよ」
「命の行方すらわからぬ戦いの前、教えるなら今しかない、か……」
茜を見下ろし、天海は呟く。そして、頷いた。
「これだけは聞いておきたい。十兵衛は私にどこを触られても平気か?」
天海の厳しい目に茜はわずかにたじろいだ。昔、祖父が茜に技を教える前、覚悟の有無を聞く際に見せる目によく似ていた。そうとうの覚悟が必要だ、ということなのだろう。
「へ、平気だ。天海なら、オレは平気だ」
刀に手を添えて、茜は強くうなずく。
天海がうなずき、錫杖を手に立ち上がり、歩き出すので、茜はあわてて後を追う。
「どこ、行くんだ?」
「さすがに仲間の前ではやりにくい。少しだけ移動する。塚の気の届かぬ場所へは行かないから安心するといい」
「そ、そうか」
蒼鬼にはない安心感が天海の背にはあった。茜は黙ってついていく。
少しひらけた場所へでた時、天海が地面に錫杖をさして何事が呟いた。やがて、赤く光り始めた錫杖をそのままにし、立ち止まった茜を抱き上げる。
「て、天海?」
「大丈夫だ、十兵衛……」
子供をあやすように、天海がぽんぽんと茜の背を叩く。子供ではない、と言いたかったが、茜は大きな手の動きに安心してしまっていた。
草の上に横たえられ、鎧をはずした天海が茜を覆うように四つん這いになる。肩から流れた天海の髪が、茜の頬をわずかにくすぐった。
日頃から茜は天海と祖父を重ねて見ることが多かったが、今は、彼は男なのだ、としか思えない。いとも簡単に抱き上げられたからか、こうして見下ろされているからか……。
「十兵衛、私が怖いか?」
「大丈夫だ。天海は爺ちゃんだからな」
天海は笑って、茜の耳元へ口を近づける。
「……いい子だ」
そう低い声で呟かれ、天海に耳たぶを軽く噛まれた茜は、味わったことのない感触に身震いした。
両肘をついた天海は、茜の頭を撫でながら、今度は首筋へと口を移動させた。強く吸いつく。
「い、た……」
痛い、と言おうとしたものの、それと同時におとずれる甘い感覚に、茜はおもわず言葉を止める。
天海は顔を上げ、片手で茜の羽織の紐を解き始める。不用意に服を乱さぬよう、丁寧に胸元を広げ、発育途上にある茜の胸を外に出してやった。
今までじっとしていた茜だったが、伸ばされる天海の手を遮るべく、胸を両手で隠す。
「ちょっと待てよ、天海。こんなとこまで触るのか?」
「十兵衛」
「ぺちゃんこの胸まで触る気かよ」
「十兵衛」
「そりゃ、どこを触っても平気って言ったけど、オレだって……」
「十兵衛」
天海は先ほどから名前しか呼んでいない。その声音は怒気をはらんではいないのだが、なぜか、茜は素直に手を胸から離してしまった。男に何度も名前を呼ばれることなどなかったせいだろうか。それとも、天海の声がどんどん耳に甘く響いてきたせいだろうか。
胸に伸ばされようとしていた天海の手が引っ込み、かわりに顔が近づいてきた。胸の先端に彼がそっと口付ける。もう片方の胸にも同じように口付けがほどこされる。
愛おしげに何度も先端に天海の唇がふってくるので、茜は我慢できずに声を洩らした。
「ふっ、ん……」
触れるだけだと油断していたところへ、今度は先端に天海が歯をたてるので、
「んんっ……あ、あっ」
茜はさらに大きな声を出してしまった。
ふだんの自分のものではない声に怖くなり、茜は胸にある天海の頭を抱きしめた。
「天海……オレ、自分で自分がわからない。怖い、んだ……」
もぞりと天海が頭を移動させ、茜と目線を合わせる。初めて間近で見た天海の顔に、驚くと同時に、しばし見惚れた。
「それこそが女である声だ。大丈夫だ、十兵衛。怖がることはない」
目線を合わせて微笑みながら、天海は手を茜の胸に添えた。ゆっくりと指の腹と手の平で先端を刺激する。怖がるな、とでも言うかのような動きで。
目の前で優しく微笑み続ける天海に安心した茜は、胸から送り込まれる刺激に合わせて、吐息と声を洩らす。その声は、幼いながらも艶を帯びていた。
「どうだ? まだ、怖いか?」
それまで茜の顔を見つめていた天海が胸へと視線を移動させるので、茜も同じく自分の胸を見る。胸の先端は、天海の愛撫によって快感を味わったことを、精一杯に示していた。
「こんな風になるなんて、変だよな、オレの胸。やっぱ、ぺちゃんこだからか?」
天海の指が先端をつまんでこねる。
「おかしくはない。私が丸薬に混ぜた赤い実のようだ。口に含めば甘いだろう」
そう言った天海が、快感に震える胸の先端を口に含み、本当に実であるかのように舌で舐めるので、返事しようと開けた茜の口からは喘ぎ声が洩れるだけとなった。
舌で愛撫を続けながら、天海の手は茜の下半身へと移る。
胸に加えて、どこかから突然襲ってきた快感に茜はただ体を震わせる。
「十兵衛のように素直なのだな、ここは」
自分の中に異質なものが入ってきているのを感じた茜は、足を閉じようとするのだが、天海の指がもたらす快感に抗えず、やみくもに足をバタバタさせる。その動きのせいで、天海の指があちこちに触れることとなり、結果、過度の快感を体に呼び込むだけとなった。
「ふっ、うっ、う、う……」
「十兵衛の体に負担がかからないようにしたいのだ。足の力を抜いて……」
「ふぅ……ん、ん」
茜は、足を閉じることを諦めた。なるべく力を抜いて天海の指に任せてみると、荒っぽい刺激がなぜか柔らかく感じられるようになった。
茜が足を動かすと縦横無尽に天海の指が中をかきまぜることとなる。快感に慣れていない茜の体には、かえってそれが負担となるのだ。
「十兵衛、一つ頼みがある」
胸から口を離し、まじめな顔で天海は言うのだが、指は茜の中をゆっくり動いている。
「てん、かい……な……ん、だ?」
「私を受け入れてはくれないか?」
「んん……、うけ、いれるって……どこに? なに、を?」
思考は半分以上、快感へと持っていかれてしまっている。だが、かろうじて残っている思考で天海の言葉を必死に理解しようと努めた。
「ここに、私の昂ぶりを挿し入れたい」
「今より……ふ、ん……もっと、よく……あっ……なるか?」
「ああ、今よりよくはなるはずだ。ただ、痛みを伴う。すまないが、私も抑えられそうにない。久しく女性の体に触れていなかったのでな」
「だったら、いいぜ……」
茜を頷かせたのは、天海の『女性』という言葉だ。いつも、蒼鬼や自分よりも遥か高みにいるような男が、自分を女性扱いし、さらに頼みごとまでしている。近くなったようで嬉しかった。
「ありがとう」
そう言って、天海は茜から体を離し、膝立ちで下半身から何かを取り出した。上を向いたそれを『挿し入れる』のだろうか。
天海の左手は茜の片足を持ち上げ、右手は取り出したそれを握っている。
先ほど、天海の指が探っていた場所に、ぬるりと何かが触れた――と感じたとたん、その何かが中へと潜り込んできた。
気持ち悪いが、温かなそれは、やがて茜に激痛を与えてきた。
「んっ、いたっ! てん、かい! 天海、天海! いた、い……」
めったなことでは泣かない茜であったが、この時ばかりはボロボロと涙が出る。小さい子がすがりつくように、天海に向かって名を呼びながら手を伸ばす。
応えるように、天海が茜を抱きしめる。彼の体へ茜は必死に両腕を回した。
「すまない、十兵衛」
頭を撫でながら、天海は十兵衛の耳元で囁く。
「名前、もっと、呼んでくれ……天海」
天海が呼ぶ『十兵衛』は他の誰に呼ばれるよりも心地よかった。『十兵衛』を甘い響きにしてくれるのは天海しかいないと思っている。
「十兵衛……十兵衛」
耳元に響く低い声、頭には大きな手、体の中には痛みと、天海自身が入っている。温かな充足感が茜の心の中を満たす。
目の前に広がる天海の髪を手で梳いてみた。
「爺ちゃんの白髪と全然違うな」
手を引くと、すっ、と指の間を銀色が流れ落ちる。
「十兵衛の黒髪も、綺麗なものだ。過ぎし日の記憶を呼び起こしてくれる」
「過ぎし日?」
「ああ、蒼鬼のように女性を愛したこともある。黒い髪の女性を……」
天海は黒髪を撫でながら、じっと茜を見ている。だが、その天海の視線の先にある景色はいつの時代なのだろう、と茜は思った。黒髪を通して、愛した人を思い出しているのか。ならば、自分は――。
「その人だと思ってくれてもいいぜ。オレは全然平気だから。オレが黒い髪でよかったな、天海。まあ、乱暴に扱ってる髪だから、その人とは全然違うだろうけどよ」
こつん、と天海が茜と額を合わせる。茜より遥か長い時を見てきた目がそこにある。
天海の指が茜の黒髪を梳いた。
「完全に過去のものとできぬは私の未熟だが、十兵衛ならば、今は己を見ろ、とでも言って私を引き戻してくれるのではないのか?」
少し弱気になってしまったのを天海に見透かされた茜は鼻の頭を掻く。
「お、おぅ、今はオレを見てろ。同じ黒髪でもオレの髪だ。……天海とこんなことしてるから、調子狂っちまったんだな」
「では……」天海が片手を茜の顔の横につき、それを支えにわずかに上半身を浮かせる。
「お互い、余計なことは考えられぬようにしてしまおう」
天海が体を揺らす。そうすると、もちろんのことだが、茜の中に入っているそれも動く。
ただ、自分の中に入っているだけだったものが急に動き出したので、茜はまず驚いた。次いで、強く奥を突かれる快感に体をよじる。
天海の言った通り、頭の中に快感の渦が乱入してきて、何も考えられない。
腰に添えられた天海の片手が体を動かすので、茜はただじっと快感に身を任せるだけだ。いや、それしかできなかった。
「痛くは……ないか?」
日頃、幻魔と連戦を繰り広げてもあまり疲れた様子を見せない天海だったが、今は息も絶え絶えになっている。しかも、うっすらと額には汗までにじんでいる。
茜は天海に揺すられながら、手を伸ばし、彼の額に触れた。前髪を梳き、頬に触れる。熱かった。
「いっ、痛く、は、ないぞ。……天海、オレの、なか、いい、か?」
「くっ……あ、ああっ……もちろん、だ」
だが、天海は苦しそうに顔をしかめている。男性も自分のように痛みを伴うのだろうか、と茜は疑問に思った。
「んっ、ん、天海……本当は、痛い、だろ? そんな……くっ、うっ、くるし、そうな、かお、して」
苦しそうな中、天海が微笑んだ。
「おしゃべり、は……もう、おしまいにしよう」
そう言った天海は動きを少し大きく、速くした。
さきほどよりもさらに体が揺れる。茜の中にあるものも激しく突いてくる。
「んん! ふっ、う、うう……」
「十兵衛」
耳元で囁く天海の声が、白濁していく思考の中に優しく響く。名前を呼ぶ声が好きだ、と言ったのを天海は覚えてくれていたのだ。
「て……んか……い、ぃぃ」
「じゅう、べえ……」
天海の言葉も途切れがちになっている。
そして、激しい攻めに耐えかねた茜の体はついに――果てた。
「くっ、じゅう……」
直後、名を呼んでいる途中で天海も果てた。
茜の頭が快感から醒めた時、天海は具足を付けていた。
「オ、オレも……」
茜も正座になり、着衣を整える。
立ち上がった天海により、カシャリ、と錫杖が地面から抜き取られた。
「皆のところへ戻ろう」
天海が手を差し出す。
茜は駆け寄って手を握る。天海の手は、祖父のものと全く違う感覚を茜に与える。胸がほんのり熱くなった。
仲間の眠る場所へ二人は戻った。
天海は変わらず塚の前へ座り、茜はしばらく立ち尽くしていた。やがて、天海の隣へと座る。
「天海、オレ、ここで寝ていいか?」
「塚の気から離れなければ、どこで眠ろうとかまわない」
あんなことをしたというのに、天海の横顔はいつもと変わらない。塚を見上げたその視線は、茜を振り向くこともない。
茜は丸薬を口に入れ、天海の甘い気遣いを飲み込み、自分の荷を枕代わりにして寝転んだ。
「……天海」
自分の目の前にある天海の手を握った。握り返してくれなくてよかった。
もう少し、天海の顔を見ていたかったが、瞼が勝手に落ちてきて、意識は自然と遠ざかる。
「おやすみ……十兵衛」
眠る茜に囁きかけ、天海は小さな手をぎゅっと握り返した。
◇終◇