顔を叩かれて、お初は目を覚ました。目を開けて見れば、隣で眠る蒼鬼の手がお初の頬の上にある。
蒼鬼は十兵衛に次いで寝相が悪い。朝、目が覚めた時、足が乗せられていたり、抱きしめられていたりすることもしばしばある。だが、お初は、距離をおいて寝ようと思ったことはない。
愛しい人の手を顔からそっと下ろし、お初は体を起こした。蒼鬼は自分の隣に寝ている。天海は乱れることなく眠り、お腹の上には彼の隣で眠る十兵衛の足がのっかっている。いつも、そんな十兵衛から仲間を守るように寝る大きな体の持ち主――ロベルトがいないからだ。
立ち上がったお初は、天海のお腹から十兵衛の足を下ろしてやり、彼女の乱れた服も直してやる。
眠ろうかどうか迷ったお初は、浜辺にある粗末な桟橋の先に大きな背中を見つけた。帽子をかぶったその人物の背後へと近寄る。
「お初……?」
そう言って、桟橋に座っていたロベルトが振り返った。
「どうして、見ていないのに私だってわかったの?」
隣に座ったお初に向かって、ロベルトは肩をすくめてみせる。
「わかるに決まってるさ。お初は俺の」彼はそこまで言って首を振る。「……いや、偶然だ」
呟いたロベルトは、両の拳へと目を落とす。
二つ目の魔空石を壊したその拳は、わずかに変色していた。
お初はそっとその手に触れる。ぴくりと震えた。ロベルトの痛みに触れてしまったのだと思い、お初は手を引っ込めた。
「ごめんなさい。痛くないはず、ないのよね」
「いや、触れてくれてかまわない。お前が触れると痛みも少し薄れる」
お初は、痛々しげな拳に再び手を添えた。本当に痛みが薄れるのかはわからないが、ロベルトの表情が少し和らいだのは確かだった。
「手が痛むのか……心が痛むのか……わからない。パパの笑顔だけがずっと離れない……」
誰に聞かせるわけでもなく、ロベルトが独り呟く。
大きな彼の手を、お初は両手で包み込んだ。
「お父様の笑顔を信じられないの?」
「信じる?」
「嬉しいから、楽しいから笑うのよ。……幸せだから笑えるのよ」
「パパは……ルイスは幸せだったのだろうか」
「お父様は幸せだった。そう思わないと……あなたも辛いわ」
お初の両手の上に、ロベルトのもう片方の手が重ねられる。
「パパは確かに笑っていた。幸せだから笑っていた」
ロベルトは、自分の言葉を耳に聞かせ、心に言い聞かせる。
お初はロベルトの笑顔を見て、安心した。体は大きくても、心は仲間の誰よりも小さいのではないだろうか。そんな気さえした。
「そろそろ、寝ましょう」
お初は、ロベルトの手の間から、自分の手を抜き取ろうとした。だが、その手を彼につかまれ、突然引っ張られる。
「えっ……ロベルト?」
一般女性の体型を持つお初であったが、ロベルトに比べれば小さくて軽い。引っ張られれば、当然、彼の体に倒れこむこととなる。
ロベルトの手に口を塞がれた。
もがくお初の首を甘く吸い上げたロベルトの唇が、今度は耳元へと寄せられる。
「静かにしないと蒼鬼が起きてしまう」
お初の弱みをついた的確な言葉だった。蒼鬼が起きれば、ロベルトと抱擁しているかのようなこの光景を見られてしまう。それだけは避けたい。
お初は数回頷いた。ロベルトの手が口から離れる。
「嫌いに、なる」
ロベルトを睨みつけると、彼は辛そうに目をそらした。
「……好きにしてくれ。もう、止められない」
桟橋に押し倒されたお初の胸元に、ロベルトの手が潜り込んでくる。引き離そうとロベルトの手をつかんだが、まるでお初の妨害などないかのように、手は胸を撫でている。
「んっ……」
声を出すつもりも、感じるつもりもなかった。だが、ロベルトの指がふいに触れたそこは、お初が思う以上に敏感だった。
隣で眠る蒼鬼の腕を見ながら、抱かれたい、と思ったことは何度かある。だが、今がそれどころではないこともわかっていたし、蒼鬼に言えるほどの勇気もなかった。
そんなお初の欲望と恋情を抑えこんでいた体は、今、男の手に屈しようとしている。
唇を噛みしめ耐えようとしたが、強い力とは対照的に、お初の胸を撫でるロベルトの手は優しい。それがかえって、お初の中の官能を煽りたてる。まるで、蒼鬼に優しく触れられているかのような錯覚さえ起こしてしまう。
「秀康……秀康……」
蒼鬼の名を声にしたとたん、ロベルトの手が止まった。不思議に思いながらも、解放してくれるかもしれない、という期待を抱き、もう一度、蒼鬼の名を呼んだ。
「ひでやす」
顔を上げたロベルトが、鋭い目でお初を睨みつける。
「俺を蒼鬼に置き換えようとしているのか?」
彼の気持ちを知らないお初は、ロベルトの声がなぜ怒りに震えているのかわからなかった。
あわてて否定の意をこめて首を振る。
だが、ロベルトの鋭い目が和らぐことはなかった。
「お前の気持ちなど……どうでもいい」
冷たく言い放ち、ロベルトは、布をたくしあげお初の胸を晒した。まだ、何も感じていない先端へ唇を添え、舌先で集中的に攻める。
「やめて、ロベルト」
「本気で嫌がるのであれば、やめる」
「さっきから、嫌がってるわ」
言いながらも、お初はロベルトを強く拒絶することはできなかった。ロベルトの舌を気持ち悪いと思うどころか、求めようとさえしている。でも、何かの間違いだ、と内心で強く自分に言い聞かせる。
右の先端は舌から、左は指からの刺激を受け、お初のふんばりも空しく、それらは徐々にロベルトに快感を訴え始めていた。
「これがお前の、嫌がっている、なのか?」
冷笑しながら、ロベルトはつんと突っ張った先端を指で弾いた。
過敏になってる箇所を指先で弾かれれば、受ける刺激も半端ではない。お初の口から喘ぎが洩れそうになったが、自分の指を噛むことで未遂にとどめる。
「お初が悦ぶのなら、何度でも……」
大きな手の親指と小指を巧みに操り、ロベルトが、お初の両胸の突端を何度も弾く。
声はなんとか出さずに済んでいるが、吐息は歯の、指の間から溶け出していく。
体が快感へと傾いているのは明らかだったが、声を出して全てをゆだねることだけはできない、との一念だけでお初は懸命に耐えた。
「うっ……ふっ……」
「お初、そんなに噛んではいけない」
ロベルトが力ずくで口から手をはずそうとしてきたが、お初はさらに強く噛むことで抵抗した。
睨むお初と、じっと見つめるロベルト。
「……仕方がない」
嘆息と共に、ぎり、と聞こえそうなくらい強くつかまれ、お初は、痛い、と口を開いた。もう、お初の手を阻むものはない。ロベルトの手によって口からはずされた。
お初の指に残った赤い歯型をロベルトの唇が覆う。
「嫌なら、俺の指を噛め」
お初の口の中に、ロベルトの指が三本ねじこまれた。
そのまま、ロベルトは、お初の胸への愛撫を再開する。
やめて、の気持ちをこめ、わざと強く口内の指に歯を立てた。やがて、甘い鉄の味が喉を通る。それは指から流れるロベルトの血――。
胸に顔をのせたままロベルトが微笑んだ。
「お前が与えた痛みなら甘んじて受けよう」
お初は、ロベルトの指から歯を離した。少量ではあったが、あいかわらず血は喉を流れていく。傷のついた箇所を探ろうとわずかに舌を動かした。
直後、ロベルトが貪るように胸を激しく舐め始めた。
「お初……初……」
名を呼ぶ低い声は耳をくすぐり、ぴちゃぴちゃと舐める音は、お初の理性を蒼鬼の傍から引っ張り出そうとする。荒っぽいながらも、決して自分を痛めつけてはこないロベルトの行為。
愛おしげに何度も名を呼ぶ声と、哀しげな顔で胸を舐めるロベルトに、お初の中の母性が少しずつ目覚め始める。
「ロベルト、大丈夫よ」
ふいに出た言葉にお初自身も驚いた。
ロベルトも顔を上げる。
「どういうことだ?」
「えっ、あ、あのっ……私……その」
どういうことだ、と問いたいのはお初のほうだった。自分で言っておきながら、その真意がわからない。だから、ロベルトに返すべき答えも見つからない。
ふぅ、と息をついたロベルトは、呆れるように頭を振って、お初の体から離れた。
「残念なことに冷めたようだ。いや、お初には喜ばしいことか」
解放されたにもかかわらず、胸をさらけ出したままお初は呆然としている。やがて、おもむろに上半身を起こしたが、胸の先端はまだ快感から覚めていない。
「ロベルトが、あまりにも辛い顔してるから、私、思わず……」
見つめ合う状況に耐えられず、お初はとりあえず思いついた言葉を並べる。
ロベルトが哀しげに微笑んだ。
「どうかしていたんだ。勝手な言い分だとは思うが、今宵のことは忘れてほしい。……すまなかった」
行為の最中、無我夢中で胸の上にたくしあげたお初の布を、ロベルトがそっと戻した。
ロベルトの表情はあいかわらず痛々しい。自業自得といえばそうなのだが、目覚めた母性は彼の笑顔を見るまで引っ込みそうにない。
「ロベルト、もう、ああいうことしない?」
「もう、大丈夫だ」
「じゃあ、少し、頭を下げてくれるかしら?」
けげんな顔でロベルトは座ったまま、お初の顔の位置まで頭を下げた。
「もう、少し……」
桟橋に手をついて、さらに顔を下げるロベルト。
胸のあたりまできた時、お初はロベルトの頭をそっと抱きしめた。
「お、お初?」
戸惑いの声をあげるロベルトの頭に手を添え、子供をあやすように優しく撫でる。
「大丈夫。あんなことされたけど、私は逃げないわ」
「だが、お前はまた蒼鬼の傍へ行く」
「あ、え、と……」動揺したお初だったが、気を落ち着かせた。「じゃあ、今だけ」
「……ありがとう」
頭を抱くお初の腕に、ロベルトがそっと手を添えた。やがて、その手が、お初の胸へと移る。
驚いたお初は、ロベルトの頭を叩いた。
「ロ、ロベルト、もうしないって言ったでしょう?」
だが、ロベルトは胸をまさぐる手を止めない。
「約束を守りなさい」
頭を強く突き放せば、ロベルトは温かい笑みを浮かべてお初を見ていた。
先ほどのように襲われることはない、とは思ったが、では、なぜロベルトは胸を撫でているのか。安心はできなかった。
「ママを……お初を悦ばせてあげたいんだ」
そう言って、ロベルトはお初の胸を覆う布をずらし上げた。胸の先端には快感の跡がまだわずかに残っていた。その突端をロベルトは口に含む。
忘れていたあの感覚が、お初の体にはしる。
「んっ……だから、ロベルト、やめ……て」
「挿れない、と約束する。お前の体を最後まで導いてやりたい」
そう言うと、ロベルトはお初の胸を激しく攻め立てた。
先ほど快感に飲まれそうになっていたお初である。抗う間もないほどに、甘美な刺激が体を幾度も通り抜ける。
「ん、ふっ……」
「もっと、声を出してくれ、お初」
「い、や……」
言葉での抵抗はしているが、お初の息はどんどん荒くなっていく。
ロベルトの指が、お初の秘所をふいに撫でた。確かめるかのように、その指は布の間から中へと滑り込んできた。
「痛くない。苦しくもない。少しの間、体をあずけてくれればいい」
ロベルトの手は、秘所の周りをおおう襞を撫でている。周りの液を指にすりつけているのだ。
「痛くない……」
異物がお初の中へ入ってきた。
「ん、んん!」
「お初、どうだろうか?」
「ん、ふ、うう……」
異物がもたらす快感に、お初は言葉も紡げない。だが、秘所から流れ出るお初の愛液は確実にロベルトの指を濡らしていた。
「こんなものしか入れられないのが残念だ」
さらにもう一本、指が侵入してきた。
ぬるりと内壁にそって潜り込んでくる指に、お初は大きな喘ぎ声を上げた。胸を愛撫していた手が、あわててお初の口を塞ぐ。
「本当に蒼鬼が起きてしまう。お初、少しだけ声を抑えるんだ」
ロベルトの言葉に頷いて、お初は懸命に声を押し殺そうと努めた。
吐息と共に洩れるお初のわずかな声だけが、しばし二人を包んでいた。
大きな刺激を与えないよう、ゆっくりとロベルトは指を動かしながら、お初の口を塞いでいた手を離す。
「ん、んん、ん……」
ロベルトの指の動きに合わせて、お初の声が漏れ出る。
「あまり時間をかけすぎてもいけないな」
ロベルトの指が徐々に速度を上げる。
快感を引きずり出すかのようなロベルトの指の動きに、座っていられなくなったお初は桟橋に背をあずけた。
お初が寝転んでしまっても、ロベルトは指を抜かない。
腰を浮かせて、お初はただ体を震わせる。
「すまない、お初。……耐えられないなら噛め。俺はかまわない」
果てる寸前なお初の口に、ロベルトの指が入ってきた。
快感の波へ入ろうとしている理性のかけらをかき集め、お初はロベルトの指を噛んだ。
ロベルトが痛みに顔をしかめる。
理性を使い果たしたお初に、それを気遣う余裕はない。
ロベルトの激しい攻めに、声を出せないお初は快感のため息を洩らし――果てた。
着衣を整えたお初が、ロベルトの指を見て顔を赤らめた。
「汚してしまったのね。ごめんなさい」
「汚れなどと……とんでもない。洗うのも惜しいほどだ」
ロベルトは、愛おしげに自身の指を舐めて見せた。
「きちんと、洗って。それから……あの……今宵のことは……」
ロベルトには、お初の言いたいことはもうわかっていた。彼女の想い人は自分ではない。立場もわきまえていた。
だから、頷く。
「ああ、忘れよう。蒼鬼にも言わない。お前にも忘れてほしい」
「悲しみを背負っていることだけ、覚えておくわ」
お初が背を向ける。数歩、歩いて振り向いた。
「おやすみなさい」
そう言って、彼女は駆けていった。蒼鬼のもとへ。
『じゃあ、今だけ』
見送るロベルトの脳裏にお初の言葉がよみがえる。
お初の愛液が残る手を、海の中へと潜らせた。
届くことのない恋慕の情も流してほしい。
そう、願いながら――。
◇終◇