「行こう、みのちゃん」  
蒼鬼と涙に別れを告げ、墓から離れようとしたとき、十兵衛の背後で足音が聞こえた。  
仲間のうちの誰かか?とも考えたが、全員が自分の道を歩み始めているのでそれは無い。  
自分たちの大切な場所で、しかも今だけは自分と蒼鬼だけの空間だと思っていた十兵衛にとって、他人が存在することに少し嫉妬感をおぼえたが、  
それ以上に地獄の中からすべてを救い出した蒼鬼を十兵衛は誇りに思った。  
蒼鬼の証である桜の美しさをわかちあいたくて、足音に話しかけながら振り向いた。  
「綺麗だよな…満開…だ…な…」  
息が詰まる…足音の主は笑いながら言った  
「約束を守ってくれてたんだな…?ありがとうな、茜」  
「あ…うっ…くぅ…うわああぁぁぁん!!」  
思い切り飛び込んでいった十兵衛をやすやすと受け止め、蒼鬼は強く抱き返した。  
十兵衛にとって優しさも力強さも、何もかもが懐かしく、涙を流し続けた。  
「…アオ兄ィ…アオ兄ィ…アオ兄ィ…っ!!寂しかったんだからなっ!!辛かったんだからなっ!!何をしていても、どこにいても…アオ兄ィはいなくて…暖かさも、オレを呼んでくれる声も、何もかもが恋しくて…!!アオ兄ィ…っ!!」  
蒼鬼は何も言わずに優しく頭をなで続けた。  
 
心の底から泣きちらし、少し落ち着いてきた十兵衛は蒼鬼に今までのことを聞いた。  
「なぁ、アオ兄ィは今までどこにいたんだ?あれからかなりの時間がたってるってのに、誰一人アオ兄ィをみかけたって人はいなかったんだぜ?」  
蒼鬼は頭を掻きながら言った  
「実はオレもよくわかんねぇーんだよなー、なんか何も無いところにいたような気がする…それで気がついたら目の前に墓石があって…茜、お前を見つけたんだ」  
なんとも解らない話だったが、蒼鬼の体中の傷があのときのままで、真実であることを物語っていた。  
「ほかのみんなは?無事なんだろ?」  
十兵衛は迷った。お初のことを蒼鬼に話したら、きっと悲しむだろう…それにその落胆が自分よりもお初のことを気にかけていることが突きつけられるようで…  
どうしよう…ガサガサッ…バサッ!!  
「そうきどの〜〜〜〜!!!!」  
「!!みの吉…!!お前、生きてたのか!!!」  
「久しぶりでござるよ、そうきどの〜〜!!拙者、喜びのあまり、鼻水が逆流したでござるよ〜〜」  
2人の再会を邪魔しないように隠れていたみの吉が、十兵衛の気持ちを酌み、その場をしのぐために降りてきた  
(茜殿、このことは拙者から…つらいのでござろう?)  
(いいんだ、ありがとう…でも、このことはオレが言うよ…その方がいいと思うからさ…)  
「なぁ、アオ兄ィも疲れてるだろ?近くに宿があるんだ、今日のところはそこにいかないか?いろいろと話したいこともあるし…」  
「あぁ、そうしてくれると助かる、んじゃ、案内してくれ…っておい…大丈夫か?」  
「わ、わりぃ…叫びすぎて、腰に力がはいんねぇや…ちょっとまってくれ、すぐに立…あっアオ兄ィっ?!」  
蒼鬼は動けない十兵衛を抱きかかえた、今で言うお姫様だっこである  
「無理すんなって…お?少しは女らしい体つきになってきたか?!」  
「バッ、バカヤロー!!て、照れるじゃねーかぁ〜…」  
「はっはっは〜!!うそうそ、冗談だって!!」  
「ムキーッ!!それはそれで馬鹿にされてるみたいでムカツクー!!!」  
蒼鬼の腕の中での他愛の無い会話が、十兵衛の空いていた時間を確実に埋めていった…  
 
 
「ところで、なんでお前はまた旅なんかを始めたんだ?柳生の庄に戻るんじゃなかったのか?」  
2人は賑やかな食事の後、蒼鬼がいなかった間のことを話していた  
「あの男…柳生宗矩が生きているといううわさを聞いたんだ…もし本当なら、いつ柳生の庄が襲撃されるかわからねぇからな…ただの噂ならいいんだけど、念には念をと思ってさ」  
「そうか…あんまり無茶してないだろうな?」  
「へッ!!アオ兄ィだけには言われたかねぇ〜よ!!」  
「そりゃそうだな…悪かったよ…」  
少し会話が途切れ、十兵衛は本題に入った  
「…あのさ」  
「ん?どうしたんだ?」  
「お初姉ぇのことなんだけどさ…」  
蒼鬼は少し眉をひそめた、この顔が十兵衛には強張っているように見えた  
「どっかの偉いさんのところへ嫁いだんだ…なんか、前から決まっていたことらしくて…あ、でも、茶々って人と一緒だし…その…」  
蒼鬼を傷つけたくなく、十兵衛はなんとか言い繕うようにと努めたが上手くいかなかった  
「そっか…今まであいつは辛い思いをしてきたからな…幸せになってほしいもんだな…」  
蒼鬼は座っていることをやめ、そのままごろ寝して天井を見つめた  
寂しそうな表情をした蒼鬼をみていられず、風に当たってくるといって十兵衛は部屋から出て行った  
 
桜が月の光に照らされ、淡く光る…桜の香りだけで酔ってしまいそうな夜だった  
月が良く見える場所に十兵衛は腰掛けた  
(かける言葉が見つからないでござる…茜殿…)  
なんと声をかけても逆効果な気がして、みの吉は遠くから見守ることしかできなかった  
「アオ兄ィ…辛そうだったな…そりゃそうだよな…好きな人が遠くに行っちゃったんだもんな…」  
十兵衛の頬を涙が伝う  
「解ってたけど…オレなんかじゃ無理だって…お初姉ぇみたいな綺麗で女らしい人の代わりができるわけないって…でも…アオ兄ィ…痛いよ…苦しいよ…」  
「好きだよ…アオ兄ィが好きだよ…一緒にいたいよ…買い物も、剣術の稽古も、旅も…」  
どれだけ願っても、叶わないと感じるだけで胸が締め付けられる…どうしようもない事であるのは十兵衛にも解っている…だが辛いのだ  
「茜?ここにいたのか…どうした?」  
帰りが遅いので蒼鬼が様子を見に来たのだ  
「…!!いっいや…なんでもないんだ、気にすんなって!!」  
まだ流れ続ける涙を蒼鬼の目はとらえた  
「泣いてるじゃねぇか…どうしたんだ?」  
十兵衛にはその優しさが余計に辛く感じ、さらに涙を流しながらいった  
「…アオ兄ィは…お初姉ぇが離れていっちゃって辛いか…?」  
「それは…少し寂しいとは思うけどな…」  
突然の問いかけに蒼鬼は面食らったようだった  
「オレは…寂しかったんだ…すごく…アオ兄ィがいなくなってから…ずっと…、アオ兄ィとまた会えた時、本当にうれしくてさ…」  
蒼鬼は静かに話を聞き続ける  
「うれしかったのと同時に、お初姉ぇのことを…アオ兄ィに言うのが辛くて…落ち込んじゃうんじゃないかって…  
オレなんかがいても、お初姉ぇがいなかったらしかたがないんじゃないかって…、オレなんかじゃお初姉ぇの代わりにはなれないから…でも…」  
「オレはアオ兄ィが好きだ…」  
蒼鬼は強く十兵衛を抱きしめた  
「お前はお前だ!意味がないとか言うんじゃねぇ!それに…お前は勘違いしてる」  
十兵衛はなにも答えない  
「確かにお初はオレにとって大切な人だ…恋愛感情を抱いていたこともあったかもしれない…でもな、今のオレが好きなのはお前なんだ…」  
「オレに気をつかわなくったっていいよ…」  
「そうじゃない、お前と出会って、旅をして…いつもお前には励まされてたんだぜ?  
あの日…お前がオレを引きとめようとしてくれたとき、他の誰かに任せちまおうかと少しだけど思ったんだ…、  
でもな、お前を助けるために、お前の住む世界を守るために自分の手でケリを付けにいったんだ…オレは茜…お前が好きだ」  
十兵衛の瞳からは止め処なく涙が流れ続けていた  
「オレなんかでいいのか?本当に…?」  
「お前がいいんだ…お前が欲しいんだ…」  
 

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