“オレ達”の旅はあの時に終わった。  
 
大切な人が用事で出掛けて、そこからみんなそれぞれの旅を歩み出した。  
お初ねぇは結婚して、ロベルトはイスバニアに帰り、天海は阿倫ちゃんと二人旅だってさ。  
 
…オレ?オレは……。  
 
「……宗矩、見つけたぜ。」  
「…ァア゛?」  
 
オレの最後の旅はコイツを討つ事から始まった。  
 
美しい桜が咲き乱れる季節に。  
オレはオレに決着をつける。  
 
 
 
桜の舞う季節……。  
 
そう、『あの時』に見た光景に似た月明かりに光る夜桜の並木道に十兵衛は立っていた。  
鋭く真っ直ぐな左眼をフラつくいかにも『異形』と思える男の背中に向ける。  
あれから一年、奇跡の生還を遂げたみの吉と旅に出かけた十兵衛は『鬼ノ眼』を眼帯に封じ修行をしながらこの男をずっと探していた。  
自らの旅を終わらせる為に。  
 
「やっと会えたぜ、宗矩…」  
「茜…カァ…?久シイナ…、ヒャハハハ…ッ!」  
「異形になってもくたばんねーってやっぱお前の生態はゴキブリ並だな?」  
「人ノ事言エルノカ?茜ェ…ッ…!!」  
「へっ、オレは無敵の『柳生十兵衛』様だぜっ?」  
「…柳生…、ヤギュウ…。…ソノ名前…柳生…、ムカツクンダヨ…」  
「テメェも柳生の血が流れてるから幻魔がいなくなった今でも異形でいれんだろうが、めんどくせー身体しやがってよー?」  
「茜ェ…オシオキシテホシイノカァ…!?」  
「ケリをつけるぜ、宗矩…!」  
 
…決闘は激しく始まり終わった。  
 
『異形』と化した宗矩との戦いは何度刀を交えても手強い、しかし十兵衛の腕も格段に上がっていた。  
鬼ノ眼を使い超スピードで迫ってくるがそれを流すようにさらりと避けて十兵衛も得意の居合いであっという間に追い詰めていく。  
 
「ナッ…!!茜ェ…ッ…『鬼ノ眼』モ使ワネェデ…ッ…!?」  
「オレはそれ程強くなったんだ…よッ!!!!」  
「グァアアアアアアアアアッ!!!!!!」  
 
そして十兵衛の一撃が胴体を斬り裂きドス黒い血を吹き出し宗矩は倒れた。  
返り血を避けるように十兵衛は距離を取り様子を見る。  
 
「……宗矩…、まだ立てるんだろ?」  
「…………」  
「異形になって、不死身とかそういうのなんだろ?だから生きてたんだろ?」  
 
宗矩の身体は確かにビクビクと振動したような動きを見せていた、きっと細胞の自己再生でもしてるのだろう…。  
 
「…ァ…カネ…ェエ…ッ…」  
 
息を吐くように十兵衛の名前を呼びながら宗矩はゆっくりと身体を起こした。  
 
「宗矩…、オレの剣じゃきっとお前を討てないって解ってる。それぐらい今のお前はもう『人間』じゃねーだろうてのは予想できてたぜ?…だから……」  
 
十兵衛はそう言うとさっきまで付けたままだった眼帯をゆっくり外し真っ赤に光る『鬼ノ眼』を輝かせた。  
そして懐から『札』のような物を手に取り自らの小太刀の刃に貼り付けた。  
 
「ナ…ッ、ソ…レハ……ッ…!!!!」  
「『浄化符』だ、万が一の為にって天海が渡してくれたんだ。」  
「ヤ…、ヤメ…ッ!茜ェエエエ――――ッ!!!!!!」  
「宗矩ぃいいいいい―――ッ!!!!!」  
 
 
十兵衛の刃は紅い光を放ち、それは宗矩の心臓に深く突き刺された。  
 
瞬間、光が十兵衛を包んだ。  
 
「ウギャアアアアアアアアアア―――――ッ!!!!」  
 
宗矩は光の中で身体から放たれる闇の痛みに叫び声を上げた。  
光に満ちて、眩しすぎて、十兵衛の小さな姿が見えない。  
 
いや、もう小さくなんかない。  
大きく勇ましい…、宗矩がバカにしていた頃の『茜』じゃない。  
 
俺の天下は…ッ?やっと、やっと届く筈だったのによーッ…!  
三成…、助けに来いよぉお…っ!!  
幻魔らはもういねーのかよおおおッ!!!!  
 
声にならない声でまだ自らの存続を願う宗矩は光の中で十兵衛に手を伸ばす…、が、指先も届かず虚しく空を切った。  
 
「畜生ォオオ――――ッ!!!!鬼…武者ガアアアアアア――――ッ!!!!」  
 
宗矩には見えていた、薄れゆく意識の中で光の中に見える十兵衛の勇姿と…  
 
大きな『蒼い影』が……。  
 
 
異形は、光の中で崩れ去った。  
 
 
………  
…  
 
「………、ん…、……?」  
 
十兵衛は桜の木にもたれ小太刀を握ったまま気絶していたらしく暫くして目を覚ました。  
…刃に貼り付けた『浄化符』は消し炭と化し、宗矩は装具と2つの刀を残して消滅していた。  
 
「ぉ…、終わったのか……」  
 
意外にあっけない終わり方に多少十兵衛も唖然とした。  
目をぱちくりとさせ、暫く桜の幹にもたれたまま座り込んでいた。  
 
「…そっか…、…宗矩を…討った……のか…。…アオ兄ぃ、見たか……?…オレ…やったぜ…」  
 
桜を見上げて、そう呟いた。  
優しい風が吹き上げて十兵衛は目を閉じた…。  
 
 
アオ兄ぃ、オレ、やったよ。  
褒めてくれてるのか…?  
 
風が、桜が、まるでアオ兄ぃみたいで…。  
 
「泣かないって決めたのにさぁ…、アオ兄ぃ…、そんなに優しくされたら…オレ…オレ……」  
 
涙が溢れそうになって十兵衛は思わず目を閉じた、そして…。  
ゆっくり目を開いくと……、…。  
 
「十兵衛どのぉ〜ッ!!!!!!」  
「…ぅああああああ―――ッ!!!?」  
 
ものすごい勢いでみの吉が桜から降ってきて十兵衛は驚きのあまり叫びながら緊急回避した。  
 
「び、びっくりしたなー!!」  
「よかったでござる、よかったでござる――ッ!!」  
 
みの吉は感動したのか見事に顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚している、それを見ると十兵衛は苦笑しながら手拭いを取り出し顔を拭いてあげた。  
 
 
二人はその場に朝になるまで休息を取った。  
夜明けを眺めながら桜の下で…。  
眼帯を着け直し、身なりを整え、立ち上がり朝日を浴びながら。  
 
「十兵衛どの、これからどうするでござるか?」  
「ぅ〜ん…、柳生の笙に帰ってじいちゃん達に報告もしたいんだけどさぁ?ちっと寄り道したいんだよねー」  
「寄り道ですと?」  
「うんっ!実はオレ、宗矩を討ったらどうしようかずっと考えてたんだっ!!」  
「ほうほうっ?」  
「まずはお初姉ぇの所行って、次はロベルトん所!天海と阿倫ちゃんは旅してるから偶然を祈るしかないけどさ、会えたら会いたい!!」  
「仲間に会いに行く旅でござるな!!」  
 
いつもの元気な笑顔で十兵衛はそう語ると桜に触れながら「できたらアオ兄ぃにも…」と呟いたがみの吉にはどうやら聞こえなかったらしい。  
 
「なら拙者も十兵衛どのの旅が終わるまでお供するでござるよ!」  
「うんっ、よろしくねみのちゃんっ」  
 
………そして、十兵衛の最後の旅は始まった。  
 
 

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