「ちっきしょー最悪だな、こりゃ…」  
普段は生徒であふれかえって賑やかなゲタ箱も今はザァザァと激しい音を反響させていた。  
「あーーーっっったくっ、なんで大雨なんて降ってやがんだよーーっっ」  
 
竜の住みし時 鬼の帰る場所  
 
雨は勢いを増して振り続ける。やむ気配はとんとない。  
「あーぁ、なんでこんなことになるんだろうなぁ…  
 だいたい、ちょっとばっかし提出が遅れたくらいで天海のやつ…」  
 
白衣と白銀の髪を振りかざし有無を言わさず教室のドアの前で仁王立ちする化学教師を思い出す。  
降り始めの雨はまだ優しかった、まだまだセーフだった。なのに  
『俺の課題を出さないなんて、言わないよな・・・?十兵衛?』  
にこやかにだけれども決してに笑っていない目でこう言い放ったのだ。  
逃げ出そうという素振りを見せようものならどこからか錫丈を取り出そうとする。  
そして1時間の拘束の後足止めされるような大雨を目の当たりにしている。  
 
雨音はなおも激しさを増し、その音に負けないように十兵衛の口からブツブツと漏らす文句も次第に大きくなっていた。  
「いんや、まぁ、それは俺のせいだから自業自得か…人に当たるとは、俺もまだまだだなぁ…  
 …いやいや、よく考えろ柳生十兵衛十兵衛なんでこんなところで俺は足止めされてんだ?」  
普段なら傘を忘れても自転車で大雨の中走りぬくくらいの根性は十兵衛にはある。  
自転車で10数分、雨に打たれて帰るのも「水も滴るイイオンナ」にあてはめて笑い飛ばせる。  
しかし、自転車で10数分でも徒歩ならば30〜40数分、さすがにきつい。  
「なんでこんな日に限って宗矩の野郎はトンチンカンなことを」  
そう、それは1週間に数回あるいつものトンチンカンなのだ。  
 
老け顔の宗矩の野郎はなぜだか十兵衛をチームの副ヘッドとして引き込みたいらしく果たし状を事あるごとに十兵衛の下駄箱に放り込むのだ。  
ちなみに本日の文章は【放課後体育館裏で待つ、サドルを返しておしければ必ず来い】…正々堂々もあったものじゃない…  
巡り巡ってそれが恋心に近い何かであることに当の本人が気づくのはいつの事やら。  
もちろん十兵衛は興味などかけらもないのだが…  
 
かくして十兵衛は家に帰れずにいるのだ。  
「だーーーっっどーしたもんかなぁ…雨、ひどくなってるし…」  
(こんなとき、あおにぃがいればなぁ…)  
 
保健医蒼鬼…いつからかそう呼ばれたのだろうか…  
保健室でサボろうとする生徒をことごとく追い出しては伝説を連ねる男。  
保健室が必要な生徒には甘いマスクで優しさをふるまっては伝説を連ねる男。  
なんだっけ、この間は留学生のロベルトに手取り足取り腰取り教えてたら、ロベルトがくらくらで…  
ま、そんな蒼鬼ことあおにぃは十兵衛の住むアパート(築50年はとうに過ぎている。最近座敷わらしが出るらしい)のお隣り同士なのだ。  
もともとお隣り同士であれよあれよと十兵衛の通う中学の保健医と生徒という関係が成り立ったのだ。  
あおにぃはいつもスクーター通勤なのでこんな日は後ろに乗っけてもらえばよいのだが…あいにく今日は出張で昼過ぎから不在なのだ。  
「あおにぃめ、肝心な時にいないんだから、さ…」  
雨はやみそうにない。  
 
この場所で立ち尽くしてどれくらいたっただろうか。  
厚い雨雲で暗い空はさらに暗さを増している。雲の向こうの日も落ちかけているのだろう。  
雨でかすむ校庭の向こう側、少し陰になっているところに2人の人物が1つの傘を共有して歩いていた。  
「あれは・・・天海と阿倫ちゃん?」  
薄暗すぎてきっと至近距離に行かなければ顔の判断も難しいことをいとも簡単にしてしまう十兵衛の鷹のような視力。さすが柳生だ。  
阿倫ちゃんは生徒会長さん。小さいけど一つ年上の先輩。  
天海は生徒会の担当の先生だからよく二人が話してるのは知ってるけど、  
「なんで二人して帰ってんだ?たしか家は反対じゃなかったけ???んん???」  
十兵衛の鈍さもここまで来るとさすがとしか言いようがない。さすが柳生。  
「・・・」  
なんだろ・・・  
「・・・?」  
このもやもやした気持ちは・・・  
その時厚くて暗い雲の中からビカリと光が溢れて…  
 
ビシャァァァァッッッ  
 
大きな雷が鳴った。  
 
一般の女の子ならば悲鳴の一つでもあげるだろう、しかし。  
「おー、今のはでかかったなぁ〜」  
けらけらと笑っている。  
別に雷なんかは怖くない。  
「また光んねぇかなぁ…」  
もっと怖いものを知っているから。  
 
バツンっ  
 
「ぎゃっっ!?」  
 
鈍い音と共に校内の明かりが消えた。  
 
さっきの雷が近場に落ちたのだろうここから見える何軒かの民家も闇に包まれている。  
「んだよ、停電かよ…たく、輪をかけて最悪の日だな」  
暗闇に目が慣れない。暗い。  
暗闇は自分が一人だと強く認識してしまう。  
「あ、あれ?あれ?」  
なんでだろう、さっきまで、全然、平気だったのに  
「いま、俺・・・一人・・・?」  
ぐるぐるぐるぐると考えたくなくて、思い出したくないことが思い返される。  
(こんなこと、思い出したくないのに、考えたくないのに・・・)  
 
俺は 今 一人きり  
 
ビカリ  
ビシャァァァァァァアァッッッ  
「――っっっ」  
(あおにぃ、あおにぃ、あおにぃ…っっ!!)  
 
カチカチ パッ  
 
乾いた音を鳴らして校内が明るくなった。  
いつの間にかその場に座り込み耳をふさぎ目を強くつむっていた。  
背筋にいやな汗が流れる。  
少しだけ震えた身体と少しだけ滲んだ涙がゆっくりと乾いていくなか周りを見渡すと、やっぱり一人だった。  
一回深呼吸して立ち上がり背筋を伸ばした。  
(なにをしているんだ、俺は)  
来ないってわかってるのに、なのに  
(誰をを思ったんだ、俺は)  
滲んだ背景をもう一回良く見まわす。  
相変わらず暗い外、一人の空間。スカートや髪が翻る音が妙に響く。  
目を閉じる。  
もう一回だけ呼んでみる。  
「あお、にぃ・・・」  
雨音が響いてる。  
返事は、ない。  
 
だけど騒々しい音が雨音をさえぎる。  
 
足音が近づいてくる。  
恐る恐る振り返ると、そこには  
「ったく、だから折りたたみ傘くらいカバンの中に入れておけって言っただろ?」  
「・・・あおにぃ・・・?」  
(あれ?いつの間に俺ってば妄想力パワーアップしたのかな?)  
「なんで、今日、出張じゃ…」  
「家帰ってもお前の部屋に光入ってなかったから、もしかして学校で足止めされてんじゃ?って思ってよ」  
 
ひたり  
 
雨でぬれて冷たいスーツを触る、あぁ、本物だ。  
「・・・びしょぬれじゃねーか」  
「うるせぇな、来てやっただけ感謝しやがれ」  
「・・・ぅん」  
「・・・どうした?」  
「・・・なんでも、ねーよ」  
「なんだなんだ?一人でさみしかったのか?」  
「っ、んなわけねーだろ!バカっ!あおにぃのバカっ!!」  
「おーこわ。ほれ、帰るぞ。どうせチャリは使えない状況なんだろ?」  
「よくわかってんじゃん、宗矩がさぁ、ってこれ・・・」  
「?どした?早く着ろよ」  
手渡されたのはレインコートで、  
「あおにぃ、レインコートあるのに着てこなかったの?」  
「だって、一枚しかねぇから。俺が着たら十兵衛がびしょぬれになっちまうだろ?」  
あぁ、くそ、なんでこんなにこの人は…  
「じ、自分が濡れたら意味ないだろ!ばっかだな、あおにぃは!」  
「はいはい、とっとと着ちまえよ、ほれ!」  
シートの下にしまってある俺専用のヘルメットを手渡す。  
慣れたようにヘルメットを装着し、スカートを巻き込まないように後部に跨る。  
「ヘルメットつけたか?雨であぶねぇから、しっかりつかまってろよ!」  
雨音よりも早く体が進む。学校が後方に遠ざかる。  
ぎゅぅっとあおにぃの体にしがみつく。  
雨にぬれて冷たい体だけど、とてもとても温かい。  
「・・・ぁりがと」  
「ぁあ?なに?」  
「なんでもねぇよ!前向け前っ!!」  
 
雷雨のなかで竜は踊り尾を振り乱し光を放つ。  
鬼は家路をまっすぐに、竜の雨音聞きながら、帰っていく。  
 
かえったら暖かいものを食べよう。  
もちろん二人で。  
 
end  
 
 
おまけ  
ザァァァァァァァァァァァァ  
「茜、なぜこねぇんだ?あかねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」  
 
次の日宗矩は38度の熱で学校を休みました。  
馬鹿は風邪ひかないってのに、なんでだろ?  
 

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