御伽学園学生相互扶助協会、通称・御伽銀行の秘密基地、地下本店と呼ばれているスペースの  
中枢とも呼べる広間には、おおかみさん達がストーリーキング事件の調査に出払っている関係上  
頭取さんとアリスさんの二人っきりだった。  
 クールな美人が台無しな感じに眉間に皺を寄せながらパソコンの液晶と睨めっこをしている  
アリスさんを眺めて、頭取さんは机に頬杖をつきながら、実にやる気のない口調で呟いた。  
「女子の皆さんにとってはは、そんなに胸の大きさって気になっちゃうものなのかな?」  
「………………」  
 一瞬キーボードを叩く指を止めただけで、その呟きを軽く黙殺するアリスさんに、頭取さんは  
苦笑いを浮かべる。  
「確かに大きいに越したことはないって考えもあるかもだけどね?アリス君は別に平均より  
ちょっと少ない程度で、断崖絶壁でもなければ貧乳呼ばわりされるレベルでもないし?って、  
……うわ、辞書を振り上げるのはやめてね?」  
 静かに青筋を立てながら机の上にあった辞書を持ち上げたアリスさんに、流石の頭取さんも  
慌てて両手を振って制止をする。取り合えず辞書を手放したアリスさんはヒールの音も勇ましく  
頭取さんに詰め寄った。  
「だ・れ・がっ、断崖絶壁ですって」  
「じゃないって言ったんだよ? 人の話は落ち着いて最後まで聞こうね?」  
 アリスさんの目は完全に据わっています。美人が怒ると怖いですよね。  
 ぎりぎりと音がしそうな勢いで奥歯を噛み締めていたアリスさんの視線は、頭取さんを軽く  
三回は凍死させられそうな冷たさです。しかし幼馴染ゆえか、そんなアリスさんに慣れている  
頭取さんは、軽く肩を竦めるだけ。柳に風。暖簾に腕押しです。  
「そんなに気になるものなのかなって思っただけなんだよ?」  
「女性にとってはデリケートな問題です。大体頭取はデリカシーがなさ過ぎです」  
「ごめんね?」  
 へらっと笑いながら謝った頭取さんに、これ以上文句を言っても無駄だと悟ったのか、  
アリスさんは作業に戻るべく背中を向ける。何処にそんな俊敏さを隠していたのか、早業で  
音もなく椅子から立ち上がった頭取さんは、背後からアリスさんの胸を両手で掴んだ。  
「ふぇ?」  
「うん、やっぱり小さくはないよね?」  
 
 クールビューティーなアリスさんの唯一の弱点は男運の悪さ……ではなく、予想外の出来事に  
弱いということ。咄嗟に自分の身に何が起こったのか理解が出来ず、頭取さんにされるがまま。  
 むにむにと柔らかい感触を味わいながら、頭取さんのほっそりとした白い手がアリスさんの  
胸を揉みしだいています。  
「と、とととと頭取っ」  
「残念ながら他に触ったことはないけど、丁度いい感じだよ?」  
「離して下さい!」  
 やっと我に返ったアリスさんは、頭取さんの腕を振り払おうとした。華奢な頭取さんですが、  
これでも一応男性。おおかみさんのように鍛えているのならば簡単に吹っ飛ばせたのでしょうが、  
どちからといえば文系のアリスさんはもがいて所で体勢の劣勢さもあり、押さえ込まれて  
しまいます。  
「まあまあアリス君、落ち着いて?」  
「これが落ち着けますかっ。……あっ」  
 頭取さんの指が隙のないスーツの上から敏感な場所に触れたらしく、アリスさんは思わず声を  
上げる。抵抗が弱まったのを頭取さんが見逃す筈もなく、赤くなっている耳元に囁いた。  
「女性の胸は揉まれると大きくなるって言うよね?そんなに気にしてるなら、この際試して  
みたらどうかな?」  
 これが常なら、アリスさんは一刀両断で断ったに違いありませんが、なにせコンプレックスで  
ある胸のこと。しかも先程からの頭取さんの攻撃に、思考回路はショート寸前なアリスさんが  
冷静な判断が出来る筈もありません。  
「だからって、どうして頭取に」  
「揉むとじゃないよ、揉まれるとだよ?他の人に頼む?森野君に頼んだら大神君が可哀想だし、  
第一触れもしないと思うよ?浦島君は触るだけじゃ済まないだろうしね?そうなると今度は  
織姫君が可哀想だよね?」  
 色んな面で僕が一番安全だと思うよ?と悪びれもせずに続ける頭取さん。並べてみると、  
御伽銀行には碌な男子がいませんね。  
「そ、そんなっ」  
「でもアリス君、マンザラじゃないよね?ひょっとして感じてる?」  
「誰がっ、あなたなんか、にっ……んっ」  
「そうだよね?」  
 頭取さんはわざわざアリスさんの耳元で囁いていて、それもアリスさんにとっては思考回路を  
ぼやけさせる刺激にしかならないようです。耳朶までピンク色に染めて、固く瞼を瞑った  
アリスさんを肩越しに眺めながら、頭取さんは小さく呟きました。  
「これくらいにしておかないとまずいね?僕も健全な男子だしね?」  
「とう、どり?」  
「最近の『アリとキリギリス』ではね、最後は働き者のアリが飢え死に寸前のキリギリスに  
食べ物を分けてあげるそうだよ?夏の間音楽で楽しませてくれたお礼にってね?なら僕は  
食べ物じゃないものが欲しいけどね?」  
 最後の言葉は笑い混じりにアリスさんの耳元に落ちた。初めと同じ唐突さでぱっと手を  
離した頭取さんは、いつもの人畜無害そうな笑みを浮かべながらモニターを指差します。  
アリスさんは腰が抜けているのか、まだ立ち上がれないで悔しそうに唇を噛んじゃってます。  
「ほら、赤井君達が帰って来たよ。アリス君、顔が真っ赤なの直さないとまずいよ?」  
「だ、誰の所為ですかっ!」  
「何事も中途半端は良くないから、今度は責任持って最後まで全うするからね?」  
「結構です」  
 にべもなく言い切って、アリスさんはまだふらつきの残る足で立ち上がります。まだ頬に  
赤みは残っているものの、毅然とした態度は通常運転なアリスさんの人が殺せそうな視線を  
真っ向から受けても、頭取さんはどこ吹く風。  
「後で覚えてらっしゃいっ」  
「僕のもの覚えの悪さは幼馴染である君がよく知っていると思うけど?」  
「忘れないように叩き込んで差し上げましょうか」  
「遠慮させてもらっていいかな?あっ、ほら、もう赤井君たちが来るよ?」  
 タイミングよく開いたドアに救われた頭取さんは、報告を聞きに向かおうとしたアリスさんの  
背中を眺めながら、誰にも聞き取れないように呟きました。  
「やれやれ、アリス君は本当に……可愛くて困るね?」  
 

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