『アリスさん、宇佐見さんに引っ張られ、暗い穴に落っこちる』  
 
ようやく長かった授業も終り、待ちに待った放課後タイムという御伽学園のとある校舎の廊下で、  
二人の女生徒がばったりと出くわした。一応二人とも冠に『美』が付く少女だが、その中身は一癖も二癖もある。  
すっきりとうなじを見せたショートカットに触覚の様なアホ毛を二本揺らしながら、胸元に分厚いファイルを  
抱いて歩いているのが桐木アリスさん。スーツ風に改造された制服のタイトスカートから伸びる黒ストッキングに  
包まれたおみ足で、カツカツと個気味良い音を響かせながら廊下を歩いている。  
対面からやってきたのは、白を基調にしたセーラー服をお嬢様風に改造した制服に身を包んでいる、腐れロリ  
西の代表な宇佐見美々さん。頭の高い所でツインテールに結ばれた二本の長い髪が歩く度にぴょこぴょこと  
跳ねているけれど、何時もの元気の良さから比べると少しばかり萎れている様にも見える。表情も何処となく  
考え込んでいる様で、伏せられた睫毛がすべらかな頬に淡い影を落としている。  
そんな二人がマンモス校として名高い御伽学園の中でばったり出くわしたのは、偶然だった。  
御伽銀行絡みで浅からぬ縁のある二人は友達ではないものの、戦友といった間柄。詳しくは『オオカミさんと  
長ブーツを履いたアニキな猫』や『オオカミさんとスピンオフ』あたりを読んでくださればkwsk理解出来る  
かと……作者の人に敬意を表して宣伝してみました。  
前方から歩いてくるアリスさんに気付いた宇佐見さんは、片手をしゅたっと上げながら気さくに声をかけた。  
「よっ、久し振り」  
「あぁ宇佐見さんですか。お久し振りです」  
律儀に返事を寄越すアリスさんを上から下まで不躾な視線で舐める様に眺めた宇佐見さんは、小首を傾げる。  
「あんた、ひょっとして元気ない?」  
「……いきなりですね」  
「だってそう見えたんだもん」  
「まぁ、すこぶる快調という訳ではありませんが」  
胸に抱えたファイルを抱き直すアリスさんは無表情ではありますが、よくよく観察してみれば宇佐見さんの  
言う事も的外れではないのが分かります。具体的に言うと、アホ毛の角度が常よりも少し低いとか、  
そんな幼馴染で従兄弟の誰かさん意外は気付かなさそうな部分ですけれど。  
野生の勘で見事にアリスさんの不調を見抜いた宇佐見さんは、ぽんっと手を叩く。  
 
「よし分かった。このラブリーエンジェル美々ちゃんが相談に乗ってあげるわよ。有り難く思いなさい」  
「どうしてそうなるんですか」  
「固い事言うんじゃないわよ。ここは一つどーんと泥舟に乗った気持ちで」  
「沈みますよ。大体あなたは木の舟の方じゃ……」  
「それが固いってのよ。ほら、行くわよ」  
そう言って宇佐見さんはアリスさんの腕を掴んだ。強気でマイペースな宇佐見さんの性格を考えると違和感の  
ない行動ではあったけれど、アリスさんは腑に落ちない。ずんずん歩く度にぴょこぴょこ揺れる髪を眺めながら  
しばらく違和感の正体を探っていたアリスさんは、何処かピンと来たものがあったのか軽口にそぐわない力で  
ぎゅっと腕を掴んでいる宇佐見さんに声をかける。  
「そんなに掴まなくても逃げませんよ。で、一体何処に行くつもりですか?」  
「あたし、咽喉渇いてるの」  
「要するに、御伽銀行でお茶を飲ませろと」  
「察しがいいわね〜。さっき赤井と大神達を見かけたから、あんたんとこのボロ小屋には誰もいないでしょ?」  
「まぁ……そうですね」  
御伽銀行の地上部分は確かにボロいプレハブ小屋ではありますが、そこは悪の組織……ではなく秘密のベールに包まれた  
組織なので、実は地下にも秘密で施設があったりします。御伽銀行のメンバーである魔女さんなんかは  
地下に篭っている事の方が多いのですが、宇佐見さんにそれを明かす理由もありません。  
今日のスケジュールを頭の中で確認し、確かに無人であると確かめたアリスさんは、そこで本当にピンと来ました。  
多分、宇佐見さんは何か話したい事があるのだ、と。もしどうしてもアリスさんに、ならば御伽銀行を尋ねれば  
いいのですが、偶然あった勢いと呼ぶ方が相応しいこの状況なので、きっと誰かに聞いて欲しいがあるのだろうと、  
デキる女のアリスさんは簡単に推測をした。  
「分かりました。お茶くらい淹れて差し上げますから、一旦この手を離して下さい」  
「はいはい、分かったわよ」  
まったく素直じゃないんですから。と心の中で呟いて、アリスさんは宇佐見さんを連れ立って御伽銀行へと歩き出した。  
 
 
アリスさんの記憶の通り、無人だった地上部の応接間で二人は再度向き合った。低いテーブルにはアリスさんの淹れた紅茶  
 
が仄かに湯気を立てていて、いい匂いが広がっている。両手でカップを持ち上げた宇佐見さんは、  
やっぱり葉っぱから淹れると美味しいわよねーなどと呑気に言っていたのだが。  
「で、今度はどうされたんですか?」  
「……何が?」  
「あなたにしては、歯切れの悪い言動ですね」  
胡乱気な眼差しにびくともせずに涼しい顔で紅茶を一口飲んだアリスさんに、宇佐見さんはカップを置くと乱暴な  
動作でソファーに背中を預ける。  
 
「ちぇ、お見通しかぁ」  
「心配なさらずとも借りには計算しませんよ」  
「あんたが元気なさそうっていうのも、嘘じゃないわよ」  
「それも分かります」  
詰めの甘い小悪党な宇佐見さんは、その実身内に対しては人情家でもあります。自分が借りを背負ってまで、  
親友である地蔵さんの恋敵の情報を得ようとした過去もありますしね。袖触れ合うよりも深い縁のあるアリスさん  
相手なので、多少の情は働いている様です。天敵である腐れロリの東の横綱・赤井りんごさん相手だとこうは  
いきませんけれど。  
「じゃぁまあ話すけど……あんたって、処女?」  
「しょっ……?!」  
唐突に投げられた台詞に、アリスさんは慌てふためく。カップを置いていたのが幸いでした、すらりとした  
おみ足に紅茶がかかって火傷でもしたら、アリスさんに踏まれたいという紳士の皆様は悲しみますしね。  
足フェチとクールデレフェチの両方を患っている紳士は割合多いのです。  
免疫のない話題なのか、真っ赤になっているアリスさんを、宇佐見さんは珍しいものを見る目つきでじろじろ眺める。  
普段クールな秘書といった風情のアリスさんですが、突発的な出来事には弱いのです。  
「しょっ、しょ……っ」  
「あー、やっぱりあんたも処女か」  
「あんたもって、他にも誰かに尋ねたんですか?」  
「あみに聞いたらすごい事になったわ」  
うきゅーでお馴染みの地蔵さんが、教室という公共の場で宇佐見さんにとんだ質問を浴びせかけられた事件に  
ついては『オオカミさんと○人間になりたいピノッキオ』を参照して下さい。作者の人に敬意を表して……って  
くどいですね、すみません。でもこれは天丼は二回までというお約束です。  
その時の地蔵さんの様子を想像したのかアリスさんが鎮痛な面持ちになる。これはきっと同情ですね。  
「あれはあれで面白かったっていうのは、今だから持てる感想なんだけど、実はあたし酔った勢いでうっかり  
やっちゃったのよねぇ」  
「やっ……!」  
「それはまぁ仕方がないんだけど」  
「しっ……!」  
クールなお姉さんに見えるアリスさんが最初の一音しか発せない程動揺しているにも関わらず、宇佐見さんは  
淡々と話を進める。  
「それで一旦ぎくしゃくもしたんだけど、今は平穏に元の通りの関係で、友達以上恋人未満っていうか、  
熟年夫婦っぽいっていうか、そんな感じで穏やかで居心地がいいからそれもそれでいいとは思ってるんだけど」  
「……じゃぁ、何がいけないんですか」  
根性で立ち直ったアリスさんは気を落ち着かせる為に紅茶をさらに一口飲んでから、そう尋ねた。しかしまだ  
頬が真っ赤です。やっちゃったとか臆面のなく口にしている宇佐見さんは少し見習ってもいいんですよ?  
 
「相手が、本当に嫌じゃなかったかなーって」  
そう呟いた宇佐見さんの肩が僅かに落ちる。途端にしおらしくなってしまった宇佐見さんに、アリスさんは  
ようやく相談モードに頭を切り替えた。  
「意外と根本的な部分で悩んでるんですね。宇佐見さん相手なら、大抵の男の人は嬉しいと感じると思いますが」  
「大抵……ねぇ。男にも色んな種類があるでしょ。あたしの相手は一般的とは言い難いし」  
「一応デリケートな部分も確認してもよろしいですか?」  
「いいけど」  
「合意なんですよね?」  
「もちろん。どっちかって言うと、あたしが酔った勢いで襲ったんだし」  
内心「おっ……!」とまた叫びかけていたアリスさんはなんとかそれを飲み込んで、平然とした態度を試みる。  
真っ赤なほっぺではパレバレでだと思いますが、ここがアリスさんの可愛い部分でもあります。  
「宇佐見さんは嫌じゃなかった、と」  
「自分でもびっくりするくらいにね」  
「宇佐見さんはそのお相手が」  
「恋かどうかは分からないけど」  
アリスさんの言いたい事を察知して、宇佐見さんは先手を取った。そして帯びていた愁いを咳払いで払い除けると、  
ぐいっと前に身体を傾いでアリスさんを見る。  
「あんたは頭取ってヤツと居て、楽しい?」  
「楽しいとか、改めて考えた事はありませんが。前にも言いましたが、頭取とは従兄弟で幼馴染なんで、いない方が  
不自然ですから」  
「じゃぁ、ときめく?」  
「ありませんね」  
「もし頭取が他の女と付き合ったら? もしくは、あんたが他の男に告白されたら?」  
どうする? と真剣な表情で尋ねる宇佐見さんの瞳は真っ黒で、見つめるアリスさんはひどく深く底の見えない穴を  
覗き込んでいる気持ちになった。  
 
 

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