ぽふん、と音を立てて、鷹村亜弐はベッドに倒れ込んだ。ショートカットの髪が乱れるのもかまわず、枕に頭を突っ込むようにして、枕ごと頭を抱え込む。  
(まいったなぁ…)  
 今夜も、食事の後、逃げるように自室に戻ってしまった。  
 どうしても普通にしていられない。見ていられないのだ。漠とイプネフェルが。  
(ここに居続けるの…やっぱり無理かなぁ…)  
 決して誰かに出て行け、と言われたわけではないし、そんな態度を取られたわけでもない。むしろ全員で、以前と同じように家族として振る舞おうとしている。  
 そして、それは上手くいっていない。亜弐自身がエジプトに行く前と同じに振る舞えていないからだ。  
 それは亜弐だけのことではなく、アヌビスとパッティ以外の全員に言えることなのだが。  
 3000年前のエジプト王家の娘であり、蛇神ウラエウスが受肉した存在でもあるイプネフェルの故郷、下エジプトで、それは起こった。  
仇敵にして兄であるツタンカーメンが御堂獏に呪いをかけ、またも獏は死んでしまい、また復活する事になったのだ。  
 正確に何が起こったのかは亜弐には分からないのだが、そのとき獏はエジプトの原初の神アトゥムの力(の一部)を授かって習合し、オシリス−アトゥム−バクとして転生した。  
その力でツタンカーメンを撃退し(生死は不明である)一件落着と思われたのだが、真に決定的なことはその後に起こった。  
 
 呪いの暴走か、人の身で二人の神の力を得たためなのか、獏の精神が影響を受けて変質し、別人のようになってしまったのだ。  
別人のように−まるで父親の晩三郎のように力強く強引に、そして−とんでもないスケベに。  
 変わってしまった獏は、十代後半のたぎる性欲を解放した。今まで、何度目の前にぶら下がっていても自ら目をそらしていたたわわな果実を、ためらいなくもぎ取ったのだ。  
 あのときイプネフェルは、「逆らえぬ」と言った。エジプトでもっとも古い神アトゥムの力には、自分のウラエウス力では対抗できないのだと。  
亜弐はそれが嘘ではないかと疑っていた。獏の力が借り物なのに対してイプネフェルは自身が神なのだ。アヌビスだって神の力を授かりその姿(犬頭人身)をとることもできるのに、彼女の飼い犬として忠誠を誓ったままなのだから。  
 つまり、イプネフェルは自分の意志で獏に逆らわなかったのではないか?獏に、抱かれるために。亜弐はそんな気がしてならなかった。  
 しかし、その結果はイプネフェルの望んだものではなかったはずだ。変貌した獏はイプネフェルを抱いただけではなく、玖実も、そして、亜弐も求めたのだから。  
 本体は大妖怪「金毛九尾ノ狐」であり、イプネフェルに匹敵する力を持つ陰陽師、天御門玖実もまた、いつもの通り「私は獏様の許嫁です」と言って、獏に逆らわなかった。それどころか、むしろイプネフェルよりも積極的に獏に抱かれた。  
 亜弐は激しく抵抗した。いつか「そのとき」を期待さえしていた行為だったのに。  
 あんな獏はイヤだった。あんなかたちで、漠との「初めて」をするのはイヤだった。だが神の化身となった獏にその力をためらいなく使ってこられては、ただの18歳の娘である亜弐に抵抗しきれるはずもなかった。  
 結局、亜弐は最悪の形で獏との初体験をすることになった。ただ、獏に犯されてしまったというのではない。最初から4Pだったのだ。イプネフェルと玖実に押さえ込まれ、亜弐は2人の見ている前で獏に貫かれ処女を失った。  
 
 その後は、まるでポルノだとかAVの中の出来事のような淫行が続き、亜弐はいつしか自分を失って乱れていた。まるで、自分もその世界の住人になったように。  
 狂った肉の宴がまるまる一昼夜続き、獏がとうとうみーこにまで手を出そうと言い出した時には、亜弐は本気でそれも良いか、と思ってしまうところまでいっていた。  
 そして、疲れ果てた全員が眠りに落ち、目覚めたとき、獏は元の獏に戻っていた。全裸の3人を見て鼻血を垂らし、身体を反応させながらもその場を逃げ出したのだ。  
 その時、残された3人は全裸のまま顔を見合わせ、冷や汗をかきながら妙なハイテンションで「変な夢を見たような気がする」と頷き合った。  
3人で獏に詰め寄って、「なにを覚えていたとしてもそれは夢」と無理矢理宣告してまで前日起こったことを無かった事にしてしまったのは、全員がそれまでの獏を巡る微妙なバランスを崩したくないと、反射的に判断したからに他ならなかった。  
 だが、もちろんあれは夢などでは無かった。決定的すぎて、そんなことでごまかしたり拒否できるような変化ではなかった。  
 それでも、日本に帰ってからは今までと同じ生活パターンをとろうとはしたのだが、1日と持たずにそれは破綻した。  
 まずイプネフェルが駄目だった。一線を越え、女の悦びを知ってしまった身体が、それまでのような「お遊び」で満足しなくなったのだ。  
朝の「ちゅー」などと獏をからかって反応を楽しむなどという行為では、単に欲求不満が溜まるだけでかえってイライラするだけだということが、最初の一回で分かってしまった。  
 獏自身も、どうやら人格変換の混乱から回復した後記憶を取り戻した様子で、深刻に悩んでいる様子が見て取れた。亜弐たちに謝罪しようにも、原因となる事実が否定されているためにそれもできない。  
それに、獏の方も女性を征服して「男」になったことで、以前のようなどうしようもない奥手からは脱皮してしまっていた。  
 
 それは、特に視線の違いになって現れた。イプネフェルや玖実の胸が揺れたり、亜弐のそれがのぞいたりしても、真っ赤になって目をそらしたり、前屈みになったりはしなくなった。  
少しだけ照れくさそうに、そして嬉しそうな顔になって、何食わないそぶりでじっと見つめるようになったのだ。そして決定的な違いは、その瞳に今まではなかった「欲望」の色が混じるようになったことだ。  
 亜弐にとって、最もつらい変化が獏の、「男」の視線だった。あの目をしている獏を見ると、胸の奥がざわざわしていたたまれなくなる。それが誰かを見ている獏であっても、見られているのが自分であっても同じだった。  
 イプネフェルなどは、一度無理してふざけて見せ、獏にまっすぐに胸を見つめられると、顔を赤くしてカラシリスの上から手で胸を隠してしまったくらいだ。亜弐にも彼女の気持ちが分かった。あの目で見られるのが恥ずかしくなったのだ。  
 それは男に求められる女としての気恥ずかしさだ。人前で、視線で愛撫されることの気恥ずかしさだ。  
 だが、今日のイブネフェルは、その段階を通り過ぎてしまっていた。亜弐にもそれははっきりと分かったし、玖実もそうだ。  
巫女少女の姿をした化け猫であるみーこは、エジプト以来あからさまに不機嫌だが、今日は特にイブネフェルにきつく当たった。  
そして、あろう事か、誇り高いファラオのはずのイブネフェルかそれを甘んじて受け続け、文句の一つも言わなかったのだ。それがみーこの不機嫌に拍車をかけてしまい、夕食後みーこはどこかへ出かけてしまった。  
 パッティと玖実が探しに行くと言っていたから、そっちは心配は無いだろう。  
 
いま、イブネフェルはリビングで、獏に肩を抱かれているはずだ。ソファに座った獏の横に座ったのは彼女だが、肩に手をかけたのは獏自身だった。  
 それを見た亜弐はいたたまれなくなって逃げてきたのだ。  
(正妻気取り、ってヤツ?−ああもう)  
 逃げてきた事自体が、イプネフェルの位置を完全に認めてしまったようで情けない。以前のままなら、あそこで亜弐は二人を怒鳴りつけなければいけなかった。  
しかし、今日のイプネフェルの獏に対する態度には、今までのような尊大な(正確には尊大ぶった)ところが無く、獏を奴隷扱いするどころか、従順な妻のように素直に接していた。  
あれを邪魔しては、自分があまりにも非道に見える気がして口を挟めなかったのだ。  
 そして、獏もそんなイプネフェルを受け入れているように見えて、それが一番つらかった。みーこが不機嫌になったのもそれが理由だった。  
(いまごろ、きっと……)  
 目を閉じた亜弐の瞼の裏で、二人は肩を抱き合ってキスしていた。そしてそのままソファに倒れ込んでいき−−−  
 獏の手がイブネフェルのカラシリウスにかかり、薄衣をどかして深いチョコレート・ビターの肌をあらわにする。  
うらやましいほど豊かな胸がふるん、と揺れて、獏の手がその瑞々しい桃の果をつかみ、やわやわと揉み立てていく…  
 イメージ中の二人はリアルだ。何しろ亜弐は、最近二人がそうしているところを実際に見ているのだから。  
 以前の亜弐ならそんな光景を想像しかけただけで怒りが爆発し、階段を駆け下りて獏を蹴り飛ばしているところだ。だが、今は怒りよりも他の何かが勝り、亜弐はベッドの上を動けない。  
 
(二人を、獏を止めなきゃ−いけない?そんな必要はあるの?−ないよね)  
 今の獏は以前の獏とは明らかに変わってしまったが、あの変化は呪いや神の力のためではない。あれだけの体験をして変わるなという方が無理だ。  
 もともと男として、好きな女の身体を求めることを、責められるものではない。女が好きな男の求めに答えることを責められるものではない。  
 イブネフェルはもう、獏にメロメロの状態なのだ。以前の強がったところが無くなり、ただ獏を求めている。  
 イプネフェルだけでなく玖実もそうだ。自分は獏に捨てられないためなら何でもする、と今日、玖実は自分に言った。  
二人とも、獏がまた身体を求めれば拒むはずがない。そして、二人とも、既に獏を自分だけのものにする事は考えていない。ただ獏が誰を選ぼうとも、側を離れるつもりはないのだ。  
 自分はどうなのか、と亜弐は思う。自分は普通の日本の高校生で、ただ少し霊感が強いだけの人間だ。女として、男の性欲に訴えるには決定的に胸が−色気が足りない。  
 取り柄と言えば料理だけで、それは、家族としては有用なスキルでも、好きな男の側にいる理由としては弱すぎるような気がした。  
 結局、自分も女として求められたい。獏を男として求めたいのだ。  
 下に降りて二人を止めない理由は、イプネフェルの女としての気持ちが分かってしまうことともう一つ、二人を止める自信がないからだ。  
亜弐自身がその場で獏を求めてしまうこと、そしてそれが拒絶されるのが怖いからだった。  
 だから、階下で二人がセックスしているかもしれないと思っても、そこに行くことができない。  
 
(駄目だよ−変わっちゃった。みんな−あたしも)  
 ベッドに耳を押し当てても、階下の音が聞こえるはずもなく、頭の中で妄想だけが膨らんでいく。頭の新が熱くなり、その熱は亜弐の下腹部に移って、そこで大きく広がった。  
(あ…来ちゃった…)  
 それまで、オナニーと言う言葉は知っていてもほとんど経験のない亜弐だったが、激しすぎる初体験以来、目覚めた身体がそれを求めた。  
結局、亜弐はあれからずっと、オナニーしないと眠れないようになっていた。  
 自分の身体を愛撫しながら思うことは、獏との初体験だ。世の中全体ではともかく、今までせいぜい少女漫画に出てくるセックス程度が常識の亜弐にとっては、あれは激しい性の宴だった。  
 亜弐の身体は、エジプトで女として開発され、完全に開花させられていた。あのときの衝撃、獏の肉体、様々な行為を思うと亜弐の「女」が熱く濡れる。今もそうだ。  
 亜弐はベッドの上で仰向けになると、はいていたショートパンツに手をかけ、その下のショーツと一緒に脱ぎ捨ててしまった。  
「は…ふ」  
(獏ぅ…ほしいよ…あたしも…獏が…)  
 片手がタンクトップをめくりあげて薄い胸のふくらみを包み、もう一方が薄いかげりを割って、ほころび始めた女の花びらをめくりあげた。  
 亜弐は股を開き、腰を浮かし気味にして、さわる前から濡れていた花密の壺につぷっ、と指を差し入れる。  
「ぁぅんっ」  
 指を入れる瞬間、脳裏に浮かべるのは獏の顔だ。  
 たった数日でも、自分の身体のどこが気持ちよいかを知るには十分な時間だった。既に手慣れた動きで身体をまさぐり、奥をかき回して快感を引き出していった。  
「獏ぅ…すきだょぉ…」  
 快感にくらくらする頭で、そう声に出した。自分の声を聞いたとき、亜弐はそれがどんなに大事なことか初めて分かったような気持ちになっていた。  
 
「あぁ…ばくぅ…ばくぅ…」  
 亜弐は想像の中で、獏に激しく求められ、それに激しく応じた。実際に体験したこと、耳で聞いたこと、目に飛び込んできたこと。  
 そんな、知る限りの普通ではないセックスを、どんなことでもする自分を思い浮かべた。  
 想像の中でさえ、そのくらいしないと捨てられてしまいそうなのだ。他の2人にはっきりと見劣りする自分の身体では、普通の行為で獏をつなぎ止められる自信がなかった。  
 問題は、それを実行に移すことができるかどうかだ。  
 自らの身体を愛撫して高まりながら、亜弐の思考はそんなところに飛んで行った。  
 以前の亜弐なら、それ以前に問題にしていた、不健全な男女関係のあり方については不問になっていた。現にさっきまでそのことで悩んでいたというのに。  
もう亜弐にとって最も大事なのは、獏に捨てられないことだ。獏が誰を選ぼうとも問題ではない。何番目であろうとも、獏の側に居場所があれば良いのだ。  
 思えば、玖実は最初からその境地にあったのだろう。イプネフェルは、自分が1番目であれは。後に何人いても良いのだろう。みーこは分からないが、おそらく玖実と同じと思えた。  
 亜弐だけが、狭い常識に囚われて、最後の結論を先延ばしにしていたのだと思えた。  
(もう駄目だよ…捨てなきゃ、変わらなきゃ、先へ行けない…)  
 どくん、と亜弐の奥で何かが跳ねた。閉じていた目が開く。  
 逝ったのではない。亜弐の股間は熱く脈打ち、とろりとした蜜が漏れている。だがオナニーは中断した。  
 亜弐は、どこか座った目でむっくりと起きあがり、ベッドの上でタンクトップを脱ぎ捨てた。  
(行こう。行って、獏にお願いしよう…)  
 履いたままの靴下をちらっと見て、それはそのままに、ベッドから降りようとした。  
 獏が今誰と何をしていようと、獏を求めるために。  
 
「亜弐ちゃん、いる?  
 話があるんだけど、入っても良いかな」  
 ドアの向こうから、獏の声がしたのは、亜弐の両足が床に着いたときだった。  
 亜弐の身体が思わずまる。だがその一瞬だけ逡巡して、亜弐は顔を上げ、答えた。  
「うん、入って、獏」  
 
 部屋のドアが開き、幼なじみの御堂獏が入ってくる。  
 それを、鷹村亜弐は全裸にソックスだけの格好でベッドに腰掛けたまま見ていた。部屋の中には、たった今までオナニーしていた亜弐の、女のにおいが充満している。  
 獏は、部屋に一歩入ったところで亜弐の格好に気づき、驚いた表情をして立ち止まったものの、結局そのまま部屋に入ってドアを閉めた。  
 獏はドアの前に立って亜弐をまっすぐに見つめてきた。亜弐も獏の顔を正面から見返した。  
 獏は、男の目で亜弐を見ていた。今までよりもはっきりと欲望をあらわにした視線を亜弐に向けていた。少し眼鏡が曇っているのは興奮のためだろうか?  
ちらりと視線を下げた亜弐は、7分丈のパンツの股間の部分が盛り上がっているのを確認して、安堵とも興奮ともつかない不思議な感覚に、背骨から力が抜けそうになるのを感じた。  
「あのね、亜弐ちゃん」  
 何か言いかけた獏を、亜弐は遮った。  
「あたし、いまオナニーしてたの」  
 
 言ってしまってから、恥ずかしさに頭がくらくらした。  
(あたし、なにを言ってるんだろ?頭おかしくなっちゃったのかな)  
 自分がしていることも、言っていることも現実とは思えない。だが、亜弐はそのままもっと信じられない行為をした。股を開いて、股間に手を這わせたのだ。  
「あたしね、オナニーしていたの、獏。  
 獏とイプネフェルが、しているところを想像して、こんな風に」  
 亜弐は、中指を秘密の花弁の中に差し入れた。くちっ、という音がして、全身を走ったとんでもない快感に、ひっ、という嗚咽を漏らしてしまった。  
「亜弐ちゃん」  
「もう終わったの?あの子、こんなちょっとの時間で満足した?」  
「イプ様とは、してないよ。亜弐ちゃん」  
 指を中に入れたまま、まっすぐに獏を見つめて問う亜弐に、獏もまっすぐに視線を返して答えた。  
「してないの?どうして?  
 ホントになんにもしてないの?玖実ともしてるんでしょう?」  
「玖実さんともしてない。いや、最後までってことだけど。それで言えばさっきは…ってそうじゃなくて」  
 獏は頭を一振りして亜弐の追求を遮り、改めて亜弐を見つめた。  
「こっちを先に言わなくちゃいけないんだ。  
 亜弐ちゃん。  
 僕は亜弐ちゃんとしたくてここに来たんだ」  
「…どうして?イプネフェルとすればいいのに」  
 何でそんな言い方になってしまうのか、自分でも分からない。自分はいつもそうだ。  
獏の言葉を聞いただけで、亜弐の腰は勝手にこくん、と動き、それだけで軽く絶頂しているのに。うれしさと気持ちよさに身体が溶けそうになっているのに。  
 
 獏はそんな亜弐に強く頷いて見せた。こんなのは獏じゃない、と心のどこかで声がするが、こんな獏の姿にたまらなくときめいている自分がいるのも事実だ。  
「イプ様とよりも、玖実さんとよりも、僕は亜弐ちゃんとしたいんだ。  
 一番先に、僕自身の意志で一番先に抱きたいのは亜弐ちゃんなんだ」  
 獏はそう言うと、トレーナーに手をかけて脱ぎ捨てた。一歩踏み出しながら、今度はパンツに手をかけている。  
「どうして?私が1番じゃまずいんじゃない?」  
 亜弐は獏を見つめながら平板な声で言った。嬉しすぎて、身体を動かすこともできない。ちょっとでも動いたらそれだけで逝ってしまいそうなのだ。  
「いいんだ。僕は、今亜弐ちゃんを僕のものにしたい」  
 獏は全裸になると、亜弐の前に立った。  
 亜弐は固まったまま、顔を上げることができなかった。なにも言うことが出来なかった。もう、感極まって気絶しそうなのを我慢するので精一杯だ。  
 既に力をみなぎらせた逞しい男の証が亜弐の前で揺れ、それがすっと下がって獏の顔が現れる。  
「亜弐ちゃん」  
 獏は床に膝をついて、亜弐の肩に手をかけた。  
 亜弐はその時初めて、獏が僅かに震えていることに気づいた。自分を呼ぶ声が、ほんの僅か上ずっていた事にも気づいた。  
 獏もまた緊張していたのだ。緊張して興奮して、それでも自分を、他の誰でもない、亜弐を求めている。  
それに気づいた瞬間、この幼なじみの変わらない一面を感じた気がして、すとん、と身体が軽くなり、亜弐は顔を上げた。獏の真剣な顔が真正面にある。  
(あぁっ、ばくぅ…!)  
 亜弐は獏の顔を見ただけで軽く逝ってしまっていたが、獏は最後の一言のために緊張して、それにも気づかない様子だ。ただまっすぐに亜弐を求めている。亜弐にはそれがたまらなく嬉しい。  
 そして、逡巡の後、獏が口を開いた。  
「僕のものになって欲しい」  
 
「獏のものにして」  
 獏が言い終えるよりも前に、亜弐は答えていた。  
「あたしを獏のものにして。  
 抱いて!好きなの!獏が好きなの!獏にして欲しいのっ!  
 おねがいっ!あたしを、あたしを獏のものに、してーっ!」  
 亜弐は泣いていた。答えたときにも逝っていた。嬉しくて涙が止まらなかった。  
 獏はベッドの上に亜弐を押し倒すと、荒々しくのしかかって唇を奪ってきた。  
 亜弐の唇を唇で割って、中に舌を進入させてくる。亜弐は夢中で舌を絡めて応えた。  
 獏は女の中心に指を這わせ、蜜壺にするり、と指を入れて中の熱さを確かめるように動かした。  
「っ!ひぁぁっ!」  
 亜弐は口を封じられたまま、また絶頂していた。  
 獏は亜弐のくぐもった嬌声と、そこの濡れ具合に満足したらしい。指はすぐに抜かれ、亜弐は足を抱え込まれて股を開かされた。  
「いくよ」  
「うんっ」  
 短い応答があって。二人とも飢えた獣のように互いを求めて姿勢を変えた。獏が上からのしかかり、亜弐は股を開いたまま身体を丸めて手を伸ばした。  
 二人は協力して、獏の男の証を亜弐のおんなの入り口へと導いた。狙いが定まると、獏は一気に腰を沈めた。  
「あああぁぁっ…これぇぇ…!」  
 
 亜弐の胎内に灼熱の男根が入ってくる。嬉しすぎ、気持ちよすぎて鼻の奥がつんとする。  
 エジプトの夜の記憶が蘇った。あのときの獏は本当の獏ではなかった。今の獏も、以前の獏ではない。  
(だからなんだっていうの?)  
 亜弐はいま最高に幸せだった。獏が変わるのを認めなければ、自分が変わるのを拒否していたら、この幸せは手に入らなかった。  
 変わってしまっても、獏は獏。自分は自分だ。  
「獏、好きっ!大好きっ!」  
 亜弐は素直にそう叫んで、全身で獏を抱きしめた。  
「亜弐ちゃんっ、好きだよっ!」  
 獏も叫び返す。二人はそれから好きだ、とか愛してる、と言う言葉を連呼しあい、激しく腰をぶつけ合って、あっさりと高みに達した。  
 もちろん1度の交わりでは二人とも満足せず、獏は一度放った後も亜弐の中に入ったまま、ほとんど力を失わずに亜弐を責め立てた。  
亜弐は連続する絶頂に半分失神しながらも獏の欲望に応えて身体を動かし、獏はそのまま2回、亜弐の中に精を注ぎ込んだ。  
 熱い嵐のような行為の後、絶頂の余韻で大胆になっていた亜弐は、お礼に、と言って獏の腰に抱きつき、彼の男の証を自分から口と舌を使って清めた。  
 獏もお返しにと亜弐の花弁を口で清めてくれ、挿入こそ無かったもののそれぞれにまた絶頂を迎えたのだった。  
 
 激しすぎる情交が終わり、快楽の大波が引いた後も、亜弐は全裸のまま獏に身体を預けていた。獏の手が勝手気ままに亜弐の身体を撫でたり揉んだりするのに全く逆らわず、うっとりとされるがままになっている。  
 獏は亜弐のコンプレックスの源である小さな胸を、いつまでも本当に愛おしそうに愛撫してくれていて、それが亜弐を天上にいる気持ちにさせていた。  
 最愛の男の手で身体を弄ばれるのがこんなに気持ちいいなら、  
(もっと早くこうしていれば良かった)と、亜弐は改めて感じていた。今まではイプネフェルだけがこの幸せを享受していたが、これからは自分も味わえるのだ。  
 
「ねぇ?本当にあたしが最初で良かったの?」  
 亜弐は唐突にそう聞いた。イプネフェルの事に考えが及んだとき、彼女の気持ちが改めて気になったのだ。  
 イプネフェルは、とにかく自分を一番にしてくれないと満足できない女性だ。現代人でも人間でもないせいか大らかだから、いままでも口ではともかく本気で獏を独り占めにしようとはしなかった。  
 だから獏が何人の女と出来ても目くじらは立てないだろうが、やはり最初に抱くのが彼女出ないと傷つくのでは無いだろうか。獏はそのことをよく分かっているはずなのに、なぜ自分からだったのか。  
「大丈夫だよ。  
 初めて、ということなら、エジプトで僕が一番先に…抱いたのはイプ様だから」  
 獏は言葉を選ぶようにゆっくりと喋った。  
「なによ、じゃあ、あたしを最初に抱きたいって言ったのは、嘘って事じゃない」  
 亜弐は冗談だと分かるように、口調に気をつけて食ってかかった。どうやら通じたようで、獏はははは、と軽く笑った。  
「あのときの僕は、オシリス−アトゥム−バクだったんだよ。エジプトの神様の化身だったんだから、同じエジプトの女神様を抱きたくなっても当然だろう?  
 でも今日の僕は御堂獏なんだ。御堂獏は…最初にするなら、小さい頃からずっと一緒だった、僕を支えてくれた女の子としたかったんだよ。それにね」  
 亜弐はまたもつん、ときた鼻を臆面もなく盛大に啜った。今日は何度鼻筋が痺れたか、もう分からない。今更照れても始まらないので、鼻声のまま先を即した。  
「それに?」  
「…ごめん」  
 唐突に謝られて、亜弐は首をかしげる。獏は言葉を続けた。  
「それに、そういうの一番気にするの、亜弐ちゃんだろう?  
 だから、御堂獏としての最初は亜弐ちゃんにしなくちゃ駄目だと思ったんだ」  
(そうだね。一番嫉妬深いの、あたしだったもんね)  
 獏の言葉に軽い衝撃を受け、亜弐は俯いた。自分では気づいていなかった、でも心のどこかで認めていた事実。  
「…うん」と小さく頷く。  
 
 獏は、亜弐のあごを持って顔を上向かせ、亜弐の瞳を真上から見つめた。  
「僕は、みんなを僕のものにしたいと思ったんだ。一人でも欠けちゃ嫌だったんだよ。  
 だから亜弐ちゃんにも絶対残って、僕のものになって欲しかったんだ」  
 亜弐は獏の瞳を見つめた。この、元・気弱な幼なじみは、今自分に何かの術や神通力の類を使っているのだろうかと考えた。だが、そうした力は感じられなかった。  
 自分は何かに操られているのだろうか?そうとは思えなかった。  
 ならば、良い。それがどんなに異常な事であっても。今更のことだ。  
「ねぇ獏。自分が何言ってるか分かってる?  
 女神と妖弧と可憐な女子高生の大ハーレムを作るからそれに参加しろっていってるのよ?」  
 まじめな顔を作って聞くと、獏もまじめな顔で頷いた。  
「うん。それだけじゃ、無いしね。メンバーは」  
 予想はしていたが、亜弐はちょっとだけ頭が痛くなった。  
「ひょっとして、猫も?」  
「うん、猫も」  
「まさか、牛も?」  
 勢いで聞くと、さすがに獏も困った顔になった。子牛のゴーストである角付き少女パッティは、獏を兄のように慕ってはいるが、他の女性陣のように男としては見ていない。  
「いや、それは考えてないけど」  
「でも、それじゃパッティが仲間はずれにされたって落ち込まないかな?」  
「うーん、どうかな。さすがに、そこまでは気がつかなかったけど…」  
 獏は首をひねりだしたが、頭を一振りしてじゃあ、と亜弐に向き直った。  
「亜弐ちゃんは、いいんだね?」  
「今更何いってんの」  
 その獏の顔があまり真剣だったので、亜弐は思わず吹き出しかけたが、なんとか押さえてゆるゆると微笑んだ。  
 この顔は、ある時、いつか獏にプロポーズされたらしようと思い立ち、練習したことのある顔だった。  
 一度だけして自分にあきれて止めたのだが、その時は3時間くらい鏡の前にいたのだ。  
 
「あのね、獏。今まで言えなかったけど、あたし獏のことずっと好きだったんだよ。  
 これからも、何があってもあたしは獏の側にいるよ?  
 あたしは、獏のもの。獏の女。獏の……  
 …あと別に獏の…でもいいし」  
 最後はごにょごにょ、と小声になってしまい、慌てて言い直す。  
「とにかく、獏が望むもの全部!あたしに出来ること全部、獏のものだから。  
 …だから、捨てないで、側にいさせてね?」  
 言い終わって、照れくささに顔を真っ赤にしながら、もう一度ゆるゆると微笑んだ。  
 こんな事、もう二度と言えないかも、と思ったが、案外明日になったら素で言えてしまうのかもしれない。  
「…ありがとう」  
 獏は真剣な顔になって亜弐を抱きしめ、柔らかくキスをしてきた。しっとりとした口づけの後、ようやく獏は身体を離した。  
 亜弐も身繕いをしながら、身体が離れたときの喪失感の大きさに驚いていた。  
(これは、早くこの状況になれないと、辛いかも…)  
 そんな内心を隠して訪ねる。  
「えっと…これからどうするの?」  
 振り向いた獏は苦笑していた。  
「これから玖実さんを…説得するつもりなんだ。イプ様はその後に」  
 獏の言い回しに、亜弐も苦笑する。  
「なにが説得よ。はっきりしちゃうって言いなさいよ。  
 なに、今夜のうちに3連戦なわけ?  
 あたしであんなに体力使っちゃって大丈夫なの?」  
 これから他の女を抱きにいく、と宣言されたのに、不思議と嫉妬心が沸かないのは、それだけ深く獏と−身も心も−繋がれたからなのだろうか、と亜弐は思った。  
「そっちの方は多分心配ないよ。アトゥムの力って創造の力だから、体力とか、あの、精力とかも補充できるみたいなんだ。  
 だから出来たら朝までにみーことも、したいと思ってるんだ」  
「獏…あんた、いろんな意味で晩三郎おじさんを超えたわよ?」  
 亜弐の指摘に、獏は、ははは、と苦笑した。それからまた照れたような表情になって、亜弐に顔を寄せてきた。  
 
「あのね、イプ様には、少し考えを変えてもらわないといけないんだよ。立場とか…ね。  
 だから、イプ様とするときは、玖実さんと亜弐にも参加して欲しいんだけど。  
 良いかな?」  
 それはつまり、エジプトでしたことの再現をするということだ。ただし、今度押さえつけられるのは亜弐ではなく、イプネフェルだが。  
 そうして、獏は今度こそ奴隷の立場を脱して下克上を成し遂げるつもりなのだ。イプネフェルが既にそれを覚悟していることは、今日の態度から明らかだった。つまり、成功は約束されているということだ。  
 明日から主従の立場は逆転し、イプネフェルが獏の奴隷になる。それは同時に亜弐たちも獏の奴隷になると言うことだ。なにしろイプネフェルが一番目の奴隷で、それ以上の地位はあり得ないのだから。  
(まぁ、そんなとこだと思ってたけどね)  
 主人だ奴隷だと言っても獏のことだ、今まで通り、たいした違いは無いのは分かっていた。一つだけ決定的なこと、誰をいつ抱くかを決めるのは獏だというルールが徹底する以外は。  
「獏?あんたやっぱりもう、父親以上だわ…変態度が」  
 腰に手を当ててそう言ってやると、獏は憎らしいことに余裕の微笑みで返してきた。亜弐にの瞳が興奮できらきら光っているのを見破られたからだが。  
「そうだね。じゃあさ、参加してくれるなら、ここにキスしてくれないかな?」  
 獏はそう言って、胸の前で下の方を指差した。  
「…えっち」  
 亜弐は照れ隠しに笑うと、同意のしるしにそこにキスして答えた。  
 
 
 

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