朱夏に恋の華咲かせます。お業と男が愛した桔梗の花ふたつ咲きました。花にやさしい  
祈りを込めましょう。仙郷より川を流れて現世に辿り着き、逸花の黄色い菊も咲かせ  
ましょう。しあわせ祈って、とこしえに黄花の祈りが民の災厄払い、疫病退けて長寿の花を  
王国に咲かせます。いつか人と神が輪になることを祈りましょう。環になって、みんなで  
しあわせになりました。  
 けれども、人も神さまもみんないっしょ。いつか、おそろしや、こわい、こわい、お業の愛する  
黄花二輪。いまのうちに手折って摘んでおきましょう。うつろいて、誓約(ちかい)は反故になり、  
くれないの刻に染まります。  
 
 天上より無数の矢が降り注ぎ、イツ花は叫んで閃光に全ての災厄を霧散させ、母が弟を  
庇って抱いている姿を見て安心した、その隙を突き闇が走り腰から脇に掛けて剣圧が  
全身の骨を叩き宙を舞う。ドサッ!と落ちて横たわったイツ花の躰から赫い血がとくとくと流れて、  
力が抜けてゆく。伏していた、お業の顔が娘の叫びに上がって鬼となる。  
 日暮れ時、叢から幽鬼たちの黒影、次々と立ち上がり斬り掛かる。小女たちが、お業と  
抱きかかえる息子の盾となり囲んでも、討伐隊の時間稼ぎにすらならなかった。  
 
 お業は息子を頭上に掲げて喚いた。討伐隊は、お業が狂って息子を喰らい、己が力と  
することを恐れて、踏み込みを一瞬躊躇うも、イツ花を斬り捨てた捨丸だけが走って剣を振るった。  
手ごたえありと見たが、少年の姿は何処にも無かった。お業は咄嗟に息子の神気に封印を  
掛けて、彼方へと飛ばす。少年は、お紺夫婦に拾われて、いつの頃からか髪は唐紅色。  
捨丸の振るった剣威はかまいたちを呼んで、少年の左目の近くに刀疵をこさえる。  
数日後、不思議と疵は跡形もなく消えて、緑青色の痣となり遺恨の印。少年には暮六つの刻、  
大江山襲撃の記憶が何も残っていなかった。  
 大江ノ捨丸が指揮する討伐隊の手により神気を帯びた焔が放たれて王国は焼かれて、  
片羽ノお業の怒りと哀しみ炎とともに駆け上がり天上を摩する刻。少年自ら封印施して母の  
面影だけを残し、髪と痣が代わりに遺恨を記憶する。  
 
「坊は富くじって知ってっか?」  
「とみくじ?」  
「そうよ。富くじよ」  
 男と息子の二人連れは手を繋いで鳥居をくぐって、お稲荷御殿へと向う階段の上。  
お紺夫婦が鳥居千万宮で拾った少年。子宝に恵まれなくとも、仲のよい夫婦に育てられ。  
少年を拾って、うまくゆく。そして今日は、お紺は家の掃除に忙しい。  
「坊を連れて、千万宮にいっといでよ」  
「じゃあ、お紺もいっしょにいこうぜ」  
 男が、お紺の背中を獲って、はたきを持つ手首を掴むと衣の上から豊かな乳房を揉む。  
 
「ちょ、ちょっと。坊が見てるだろ!」  
 少年はニコニコしている。境内の裏で少年を見た頃からは、あのふさぎようはなんだったのかと思う。  
「いいじゃねぇ、かまいやしねぇよ。仲が悪いよりは、ずっといいだろ?」  
「じょ、じょうだんじゃないよ!こんな昼間からさ!たいがいにおしよ!」  
「昼間でも、燃えるだろ。坊だって、愉しそうに見てるぜ。な、見られてるって思うとよ」  
 
「ちょ、ちょっと。あっ……」  
 お紺の抗って暴れる左手も掴んで、きものの裾を割り開いて強張りを握らせる。  
「いいかげんにおしてば!」  
 お紺が珠を握って男がぎゃっと叫ぶ。  
「ばっ、ばっきゃろー!つぶれでもしたら、どうすんだよ!」  
「一個磨り潰しても、もう一個残ってりゃ御の字、それで十分さね!」  
「けっ!」  
「ほらほら、さっさと坊を千万宮に連れてっておやりよ」  
 抱きつかれていた、お紺は腕の中でくるっと振り向いて、やさしい声音を掛け、両腕を突っ張って男を離す。  
 
「薄情なやつだな。ったくよう」  
「夜には、いっしょに行くからさ、ねっ。それで、かんにんしとくれよ」  
 目で笑って語る、お紺の肩を掴んでぐいっと引き寄せる。  
「坊が来てから、ずいぶんご無沙汰じゃねぇか。もう、俺は我慢できねぇよ。なぁ、お紺よ。  
おめぇだって、俺のぶっとい魔羅が、しゃぶりてぇんだろ?おそそでよう」  
 肩から滑り落ちた手が腰のくびれと尻肉に添えられて、躰をぴたっと引っ付ける。  
 
「……!」  
 手からはたきがぱたっと落ち、お紺は男と合わさりそうになる唇を離して、ほっそりと尖った  
頤を引き女狐の艶貌で目を細めた。  
「ててて!いてぇっていってんだろ!おぼこじゃあるめぇしよ、いいかげんにしろよ!」  
「だかぁら、夜、もういちど、祭りに行って、みんなで愉しもうよ」  
「おめぇまで、疲れちまっちゃあ意味がねぇんだぜ。わかってんのかよ、なあ?」  
「はいはいはい」  
 お紺が男の肩に付いた埃をぽんぽんと埃を払うみたいにして叩いた。  
 
「はいが一個多いんだよ。ったくよう!」  
「ふふっ」  
 口元に右手を折って、甲を寄せて笑っている。  
「なにが、ふふってぇんだよ。ばぁ〜。とっとっとと、坊、御殿に行くぜ!」  
「うん!」  
「ほんとに親子みたいだね」  
 男が、お紺を振り返る。  
「なんか、言ったか」  
「なんにも」  
「なんにもかぁ?けっ、にやにやしくさりやがってきみわりぃったらありゃしねぇ」  
 黄川人が繋いだ男の貌を見上げる。  
 
「おじさん。男前だって、お紺さん言ってた」  
「そ、そんなこといってやしないよ!」  
「はっはぁ〜ん。また悪口こきやがったな」  
「あんたが、出払ってる時に坊と話してたんだよ!悪口なんか言うわきゃないだろ。  
蹴っ飛ばしてやろうか!」   
 
「へいへい」  
「ほら、はやくいっといでったら」  
 さいごの言葉はやさしいおんな、母の声音がし、夫婦の唇が真横に伸びてほころんでいた。  
「じゃあ、ばばあもいってることだし、行くとすっか」  
「うん!」  
「こっ、こら!だれが、ばばぁなんだよ!坊もなんだよ!」  
「じゃあ、姥桜ってことにしといてやらぁな」  
「まったく」  
 
「ねぇねぇ、姥桜ってなに?」  
「ん、姥桜か。坊はしらねぇか?彼岸桜のことよ。あっちの世界で咲く桜のことよ」  
「こらぁ、なにいいかげんなこと、ほざいてんだよ!」  
 お紺がほうきを握って男を追い立てる。  
 
「逃げるぞ、坊!あっはっははは!」   
「ほんに、仲がいいんだねぇ」  
 飛び出して追いかけて来た、お紺を見て話しかけてきた女が首あたりを手のひらでパタパタとする。  
「もう、よしとくれよ」  
「いいじゃないのさ。本心からうらやましく思うのさ。それに子も懐いてるみたいだし、  
よかったよ。来た時は、どよ〜んとしていて、一時はどうなるかと思ってさ……。あら、  
言い過ぎだね、ごめんよ」  
 
「これからも、黄川坊をよろしくおねがいします」  
「なに、あらたまってんだよ。さむけがするじゃないの」  
 女は躰を抱いてぶるぶるとする。笑いながら、お紺も笑い、その声につられて、他の女たちも  
集まり、輪になっていた。  
 
「坊、とみくじを引いてみなよ」  
 少年は袖を捲くって白い腕を出し木箱に手を突っ込んで札を取り出す。あたりぃという  
間延びした甲高い巫女の声が発せられた。黄川人が引いたのは一等。男は目の前で  
起った事に心底驚いた。  
「じゃ、じゃあ、今度は俺が引いてみるな」   
「きっと、一等だよ」  
 いったとおり結果は同じだった。立て続けに二回、一等を引いて三回目を願わないでも  
なかったが、千万宮の男たちに狙われでもしないかとびくついて、金を手にして御殿を  
出て行った。  
 
「坊、街へ行ってみるか」  
「腹空いてんだろ?それにな」   
「それに?」   
「お紺にみやげも買っていってやりてぇしよ。おっと、わすれるとこだった。ほれ、坊の分だよ」  
 懐から白い包みを差し出す。  
「おじさんにあげる。世話になってるから」  
 男は黄川人の手を繋いだままで、子供の目線に降りてきた。  
「んんにゃ、これは坊の分なんだし、金はあったって困るもんじゃねぇだろ」  
「だったら、おじさん貰ってよ。感謝の気持ちだから。親切にしてくれて……」  
 黄川人の中に、封印した記憶が呼び覚まされそうになる。胸が苦しい、何かが詰まっていて、  
込み上げて来そうだ。   
「親子なんだし、あたりめぇだろ?な」  
 赫い髪をくしゃっと撫でた。  
 
「う、うん。でも、もってても使い方わかんないし、おじさんさんが使って」  
「そっ、そうかい。じゃあ、ありがたく貰っておくわな」  
「うん」 「なあ」  
「なに、おじさん?」 「その、おじさんってよさねぇか」  
「じゃあ、坊ってのもやめてよ。ボクは黄川人だから。き・つ・と、だよ」  
「だな。そうだよな。それで、そうだんなんだけどよ、お紺にはこのことは黙っといて  
くんねぇかなぁ」  
「どうして」 「金のことで、もめたくはねぇからな」  
「金でもめるの?」 「ああ、人のこころは変わる。よわいからなぁ」  
 
 俺は変わらねぇと言いたかったが、この今日の金でなにが出来るのか、男はひとりで  
考えてみたかった。お紺に打ち明けて、夫婦であれこれと考えるのもいいかもしれないと  
思ってもみたが、まずはひとりでゆっくりと考えてみようと。それぐらいの愉しみが  
あったっていいじゃねぇか、罰はあたんねぇだろうと。罪滅ぼしに、かわりとばかり、  
お紺にきれいな髪飾りを買っていった。択んだのは黄川人。お業が付けていたものと似た  
花の飾りを指差していた。  
「高いけど、かまいやしねぇよな」  
「とっても、よく似合うよ。きっと歓ぶよ。きっとだよ」  
「そ、そうだよなぁ。これにすらぁ」   
 店の主人が丁寧に紙に包み、受け取って懐に入れる。  
 
 祭壇でみたま呼びの炎の立ち上がる囲いの壇を前にして、太照天・夕子は鎮魂の儀を  
執り行う。その傍には、小さなイツ花も正座して祈っていた。夕子が祈りを口にしながら  
神樹をくべた。麗人・夕子は眉ひとつ動かさず祈りを捧げる。イツ花は躰を顫えさせていた。  
 炎が天井を摩するほどに伸びる。火炎の龍の舌が舐めるようにして。イツ花はこめかみに  
粒状の汗を浮べている。遠くから、愉しそうに立ち上がった炎を眺めている瞳もあった。  
 火神ノお夏で、白いきものに炎の紋様を纏った少女。イツ花よりふたつみっつほど上。  
 
 炎を純粋に愛でる女の子は、魂鎮の儀の色がゴウゥゥゥと音を立てうねるのを見て  
歓んだ。その気を読み、拝んでいた手をほといて、左手を後ろへ付き、上体を捻って  
イツ花は振り返る。お夏はイツ花とともだちになりたくて無邪気に笑っていた。  
そのイツ花は、お夏を軽く睨み返す。  
「な、なんだよう。ひとが、せっかく……」  
 神といっても、いろんな神があり、かならずしも人の為にある神ではない。お夏は  
獣の炎を司る神。勢いを増す炎を愛する神だった。それは、時として民に災いをもたらす。  
しかし、お夏は自然の摂理に位置していただけ。踵を返して魂鎮の間を去っていった。  
イツ花は躰を崩したことにより、天井に渦巻く大江山の炎で焼かれ殺されていった信徒  
たちの哀しみや怒りの感情が一気に雪崩れ込んで来たのだった。  
 
「あぁああっ」  
『なにゆえに、わたしたちを裏切るのです。イツ花さまあぁあああ……』  
 イツ花は前を向いて祈り続ける太照天・夕子の背中を見る。総身ががたがたと顫えた。  
『なにゆえ、敵に……』  
「みんな、わたしの中で眠ってぇ!わたしは、わたしは……、黄川人をたすけたいだけなの……」  
 前屈みになって両手のひらを付いて、真礼する姿勢のままイツ花は口を開いて吐瀉する。  
ドタッ!という音とともに、壇の中の炎はシュッと消えた。  
 
「イツ花。イツ花。起きなさい」  
 遠くからの呼び声に、イツ花は咄嗟に後退った。  
「どうしてぇ!どうしてぇ!学び舎だってあったのにぃ!どうしてぇ!皆殺しに  
されたんですかあぁああああッ!ひどい!ひどすぎます!」  
 夕子の胸に掛けられた鏡がピシッとひびが入る。イツ花は両の手のひらで顔を覆って床に  
付けて、すねこすりのように丸まってしまう。  
「イツ花。いいえ、昼子。あなたの母、お業は禁を破った。そして神と人の契りの子は大いなる  
災いを呼ぶとされています」  
 
 イツ花の背が小刻みに震え、太照天・夕子の鏡には裸で男に抱かれる姿が映っていた。  
自ら膝裏を抱え脚を折り曲げて乳房に近付け、男の両の手が首筋を愛撫し中指と薬指で  
耳を弄られている。鏡はふたたび、パァ――ン!と音を立て粉々に砕け散り、幾つも、お業の  
悶える姿を映している。  
「昼子。あなたが択ぶのです。そして立ちなさい」  
「ゆ、夕子さまは、わたしも殺すおつもりですか?」  
 イツ花は蹲ったままで、顫える声を発した。  
 
「イツ花は死んだのです。いまは、太照天・昼子として、あなたはあたらしい生を歩き始めたのですよ」  
「……」  
「花はきれいに咲いているけれど、誰の為にさいているのと訊きましたね、昼子」  
「……!」  
「花は人の為にきれいに咲いているのではありません。限られた生をせいいっぱいに  
生きようとしていのちを紡いでいる。あなたは、時期に天上統べる力を手にするでしょう。  
人の為に生きるもよし。また摂理に従い生きるもよし。あなたが選択しなさい、昼子」  
 イツ花はぐしゃぐしゃの貌で夕子を仰ぐ。  
「黄川人が災いを振りまくのですか?あのやさしい、黄川人が……、キツトが……」  
「だから、はやく探して、天界にね」  
 
 いつしか夕子の鏡の破片は何も映さず、漆黒の闇となってしまっていた。イツ花は涙を  
ぽろぽろと流し、夕子の膝の上で小さな手をぎゅっと握り締めて号泣する。  
「穀物が実を結び、季節のうつろいのなかで……みんな……みんな……おだやかに  
暮らしていただけなのにぃ……うっ、うう。どっ、どうしてぇ、どうしてぇ……!夕子さまは、  
お止めになってくれなかったのですかぁあああッ!どうして!どうして!学び舎には、  
子供たちもいて……みんな、みんな、皆殺しだなんてぇえええ!あんまりですッ!  
あんまり……うっ、うあぁああああああああああッ!ああ……」  
「昼子、あなたがわたしのねがいを叶えてくれると信じています。イツ花、かならず」  
 
「ああ……」  
「昼子、もう泣くのはよしなさい。黄川人をさがしましょう。ほら、起きて、イツ花」  
「母さま……、母さまぁ……」  
「わたしたちのあやまち。昼子が正しておくれ」  
 イツ花が夕子の貌を仰ぎ見る。  
「わたしが……」  
「よかれと思ってしたことが、ただ周りの近しい人たちを傷つけるだけのことも。とても  
とても、むつかしいこと」  
 
「そんなことよりも、母さまをたすけて。おねがいです……。おねがいだから」  
 夕子の肩に手をかけぐらぐらと揺さぶる。イツ花の素足は夕子の割れた鏡の  
破片に傷ついて血を流していた。  
「イツ花。力をつけなさい」  
 夕子の閉じていた瞼が開く。  
「怒りなら誰にも……、怒りならば!」  
 壇に炎が灯り、ゴオウゥウゥゥと上がった。  
 
「怒りに身を委ねるのですか、イツ花?それもいいでしょう。でしたら、力をつけることです。  
だれにも負けない力をです。そしてわたしを負かしなさい。でも、いまのあなたは、  
あまりにも非力。己にすら打ち勝ってはいません」  
 夕子は正座から爪先立って右脚を後ろに引き、すっと立ち上がるとイツ花を置いて  
鎮魂の間を去っていった。  
「わたしをひとりにしないでぇ!おいていかないでぇ!いやあぁあああッ!」  
 イツ花は崩れた。  
「ねぇ、ねぇ。なんで、いつまでも泣いているのさ。もう泣くのはおよしよ」  
 戻ってきた、お夏が手ぬぐいを差し出す。  
「あなたは、さっきの」  
「炎ノお夏。なかよくしよう。ね」  
 
「……」  
「いつまでも泣いてないでサァ、起きなよ」  
「あんたには、わたしの気持ちなんか、わかんないのよ」  
 お夏の差し出した手ぬぐいをひったくって、涙を拭く。  
「そりゃ、わかんないよ。わたしゃ、あんたじゃないんだしね」  
 お夏は、イツ花にやさしく笑い掛ける。赤毛の少女の笑みに、張り詰めていた感情が緩みかけた。  
「炎ってきれいだよね。わたし、ぞくぞくしちゃうんだぁ」  
 
「き、きれい……?」  
 野焼きの風景にイツ花は思ったが、今は遠き感情だった。  
「赫い火。蒼い火。建物を生き物みたいに伝って舐める火。どれも、あたいのだよ。  
きれいだろ?」  
 イツ花が付けた壇の中の炎を見上げて嬉しそうにしている。  
「あなたの?」  
「そうだよ。あたいのなんだ。あたいは火神。大江山の焔も綺麗だったろ。天上を擦る  
までに、上がってさぁ。たまんないよねぇ」  
 
「あ、あなたがしたの……?」  
 ともだちになれた存在だったかもしれない……お夏。ただ炎を好きなだけの少女。  
「うん。そうなるよね。あたいの焔なんだから。ねぇ、きれいだったろ?」  
「どうして、大江山の焔が……み、みんな焼かれたのに……」  
 イツ花は震え、頤をしゃくるような仕草をして、唾をゴクリと呑み込んだ。  
「うん。炎は綺麗でも、終っちゃうと真っ黒な炭になっちゃって、醜いよね」  
「……!」 どっくん! 「ねぇ、どうしたの?だいじょうぶ?」 どっくん、どくん!  
「あっ、あんたなんかぁ!三味線の皮になっちゃえばいいのよおおッ!」 どくん、  
どくん、どくん! イツ花はすくっと立って、お夏の躰を突き飛ばしていた。  
 
 どん!と突き飛ばされた、お夏の躰は背中から倒れて一回転した。お夏の目が敵対者の  
ものと変る。お夏は四つん這いになり、けものの構えでイツ花を睨みつける。  
「なっ、なにすんのさぁ!ひどいじゃないの!」  
 イツ花の瞳の色は憎悪、お夏のそれをかるく凌駕して食って掛かろうとしていた。壇の火炎が  
伸びて天井を摩する。  
 
「ひどい?わたしが、あんたに較べてひどいの?」  
 イツ花の中で眠りにつこうとしていた信徒たちの魂が揺さぶられる。炎は天井を舐めて最奥に  
まで行こうとしていた。イツ花の背から黒い陰が立ち昇り、ざざっと、お夏に一斉に襲い掛かった。  
華奢な少女の躰は転がって、最奥の壁に打ち付ける。  
「ぎゃあぁああああああああッ!」  
 天井を這っていた炎は壁を伝って床にまで達していた。  
 
「どう、あんたの炎の味は?愉しい?嬉しいでしょう?」  
 お夏の躰は炎に瞬く間に巻かれる。イツ花の繰り出した炎を、お夏は御することが出来なかった。  
「誰ッ!わたしの邪魔をしないでッ!」  
 お夏の躰を嬲っていた炎が一瞬で制圧される。  
「およしなさい!昼子!いいえ、イツ花!あなたに太照天を名乗る器量はなし!おいたが過ぎるぞ!」  
 一気に膨れ上がった神気に、常夜見・お風が気づいて駆けつけ、イツ花の背中を獲って立つ。  
そのイツ花の神気、かろうじて、お風が勝るまでに拮抗する。火傷を覆った、お夏には盾になって夕子が  
立ちはだかっていた。床を這っていた炎は、怯えた生き物のように天井に退く。  
 
「み、みんなで、わたしを嬲り殺しにしたいのね!そうなんでしょう!いいわ、してみなさいよ!」  
 イツ花の躰から白閃光が発せられ矢になり、再生した夕子の胸元の鏡を狙って放たれる。  
「お風、気を抜くな」   
「はっ」  
 閉じていた、お風の瞼が開き、紫苑の瞳がイツ花の背を睨みつける。  
 
 白閃光の矢は真直ぐに太照天・夕子を狙って向ってくる。  
「お夏、気をしっかり」  
「ゆ、夕子さまあぁぁぁ」  
 背からは、癒しの気が発せられていたが、お夏には別の変化が襲い掛かっていた。矢は  
鏡に当たり跳ね返ってイツ花へと向っていく。繰り出した主には牙を剥かない。イツ花が  
狙ったのは後ろを獲った、お風だった。矢は、お風の顔を狙う。矢は弾け鎮魂の間は  
真っ白になり、お風の黒髪を結った紐と飾りの神樹の葉が熔けて髪が舞う。  
 
 お風の黒髪が静かに背に流れるのと呼応するかのように、閃光は収束していって、  
お風の胸元で蛍ていどのよわよわしい光となり消滅した。  
「気が済んだか」 お風がイツ花に声を掛ける。  
「わたしは、お夏を絶対に赦さないからァアア!」  
「夕子さま、お退きになって……」  
「お夏……」  
 
 右手が夕子の足元を触る。骨という骨が異形のものとなり曲がっていた。お夏の  
回復していたはずの白い肌は裂傷が起こり始めている。お夏の躰は骨格の変化の  
暴れる痛みと総身を襲う、むず痒い感覚に耐えている。裂傷からは白い毛が覗いていた。  
「わたしは、火が好きなだけなんだよ」  
「だから、なんなのよ!」  
「あとから、やってきて、好き勝手吼えるんじゃないよ!あたいは、人間だけの神じゃ  
ないんだ!遣う奴が、どう遣おうと知ったこっちゃないんだよ!」  
 
「よせ、お夏」  
「ふうぅうううううッ!ごめん、夕子さま」  
 お夏は四足で掛け、イツ花に挑んでいく。  
「お風!」  
「あんたなんか、あんたなんか、猫になって消えちゃえぇえええッ!」  
 イツ花に飛び掛った、お夏の躰は真っ白になり弾け飛んだ。  
 
 お風は夕子の呼び掛けに気を強め、お夏に放たれたイツ花の気を凌ぎに凌いでいた。  
その時間稼ぎに夕子は、お夏の躰を現世へと飛ばす。それは、イツ花が太照天・夕子に  
白弦を引いて閃光を放ってからの間は、人の時で計れば一瞬の出来事だった。  
 イツ花はすべての気を使い果たして、膝頭をタンと床に付き前のめりにバタンと倒れ込んだ。  
 
「よろしいのですか」  
「お夏のことか」  
「いえ、昼子さまのことです」  
 イツ花の躰も此処より消えていった。躰を別室に移したのは、お風。  
「わたくしが、挑発したことだから……いたしかたない」  
 お風はめずらしく眉根を寄せる。  
「すまぬ。お風にまで、迷惑を掛ける」 「これからです。すべては、これからなのです」  
 
「イツ花は、お夏に対して、人としてのやり場のない心をぶつけたのでございましょう。  
きっと、いまは後悔しているはず。なれど、お夏を赦せるかはまた、別の話しかと」  
「……お夏にはすまぬことをしたと思うておる」  
「いえ、問題は黄川人のほうかと」  
 夕子は、お風に詰め寄る。  
「なにかを見たのだな。お風は、なにを見たのだ!答えてくれ!」  
 お風は瞼を開き、見えない紫苑の瞳で夕子の狼狽する貌を見ていた。  
 
「大江山、封印の下知を賜りたく存じます」  
「封印、それは……、いや、考えてはいなかった。鎮魂の碑を……建立すれば、それで  
よいかと……思うていた」  
「此処より大江山は、大いなる遺恨の場。生れるのは怒りのみ。イツ花のが、それに  
ござりましょう」  
「だから、言うたであろう!あれほど、あれほどに!ことを慎重に運べと申したでは  
ないか!お風!」   
 夕子は我を忘れて激昂する。  
 
 夕子は、お風の華奢な躰を掴んで揺さぶっていた。  
「夕子さま。夕子さま!」  
 お風の両肩を鷲掴む、夕子の手が緩んだ。  
「す、すまぬ、お風。イツ花のことは……言えんな。ひ、人も神も心は善悪だけでは推し量れない」  
「泣いておられるのですか……。夕子さま、わたしは……」  
「わたしは、あの時から。お業の胎動からだ。イツ花のちからを天上に欲しいと思って  
いたのだ。だから無意識のうちに、こうなることを願っていたのだろう……」  
「夕子さま」  
「きっとそうだ。過ちは、わたしにこそあるやもしれん。すまぬ、お風。しばらく、  
そなたの肩をかしてくれ」  
「かわりはできませぬが、わたしの肩でよろしければ」  
「ありがとう」   
「……」  
 お風の手が夕子の背をそっと撫でる。  
「そのまま、お聞きくださりませ、夕子さま。これよりのち、大江山を拠点として黄川人の  
手の者が都に。否、この国すべてを呪い尽くす災いを振りまこうとするやもしれません」  
「……それは、いつなのだ」  
「茫漠として、つかみどころがないのでござります、夕子さま」  
「お風のまなこをもっても、見極められんのか?」  
「お輪を呼び寄せてください」  
「それで、ほんとうに凌げるのか。いや、先に……先じて、黄川人を保護さえすれば、  
なんとか……、なんとか」  
 夕子は、お風の肩から顔を上げて縋るような眼差しで見ていた。おんなになっていた。  
見えぬものを見る力を持った、常夜見・お風を前にして、その考えはなんの意味も  
持たないことはわかっていた。  
「それも、いたしとうございます。手を尽くします、夕子さま」  
「……」  
「お輪を呼び寄せてくださりませ」  
「自ら申し出て、いまは謹慎しておるが……」  
 
 
 相翼院の本殿の奥の院、お業を中心とし交媾に耽る男と女の肉がもつれる、会陽の儀が  
昼夜を分かたず執り行われていた。蠢く尻による和合水の奏でと、お業の妙かなる声音が  
薄暗い空間を支配している。妖しい香も焚かれていて、狐火がおんなのうねりを照らす。  
 
 
「はやくに、おねがいいたします」  
「わかった」  
「それから、お輪を昼子さまに、お目通りさせてやってくださりませ」  
「お風、約束しよう」  
 
 
 畳に全裸になって四肢を拡げて寝そべる男に、素肌に単衣を羽織っただけの少女が  
にじりよる。碗に盛られた杏子をくちびるに寄せて含み、咀嚼して男に与える。仰向けに  
寝る男は口を開け少女が垂らす果肉を待った。  
 稚い唇が開いて、唾液で絖る果肉が男へと落ちる。男は瞼を開いて朱にけぶる乙女の  
美貌を満足気に嬲るような眼差しで眺めていた。少女の開いた口に小さい舌に乗った  
唾液が細い糸を引いて滴り落ちる。男は少女を掻き抱いて、舌に残った果肉の残りを絡めて  
掠め獲る。  
「んっ、ん、ん」  
 かぼそい呻きを洩らして、眉間に薄く縦皺をつくらされる。男は上体を起こして、少女の  
背を胸に抱く。少女は乳房と細い首に絡まる手に、くちびるを大きくひらいて、おんなの  
哀しみの声音を噴き上げる。男も杏子を取り口に含み、同じようにして少女へと与えた。  
生温かいどろっとしたものが、少女の口腔を満たしてゆく。  
「わかっておるな」  
 少女は男に逆らえるわけでもなく、こくりと頷くだけだった。蒼白の少女は涙をこぼす。  
男は碗に酒をとくとくとくと注ぐ。甘味の強い酒ではあったが、少女はまだまだ馴染めては  
いない。怯えた瞳が潤む。くちびるを開き、碗の縁を男に付けられて流し込まれる。  
「まだ、溜め置け」  
 少女は碗の中に涙をこぼしながら瞬いて、頤が酒に濡れる。  
 
「飲み干せ」  
「ん、んん、んぐっ」  
 少女は碗になみなみと注がれた酒を、喉を鳴らして呑み込んだ。すぐに酒が廻り、  
抱かれていても浮遊しているようだ。  
「んはっ、はあ、はあ」  
「よくやった。褒めてやる」  
 男の手が少女の黒髪をやさしく撫で付ける。男は上体を倒し、少女はふたたび、帝の  
張り切って絖る瘤を唇で被せる。小鼻を膨らませて、剛毛をそよがせていた。  
「さあ、いまいちど玲瓏な素肌を見せてみろ」  
 少女は帝の腿にしがみ付いていた手を取り、肩をくねらせて剥き身の汗に絖る肌を  
見せる。  
 
「だれだ。そこにいるのは」  
「ん、んんっ!」  
 噛まれるのを恐れるどころか、吐き出そうとする少女の後頭部を押さえつけて、  
喉奥を抉り始める。度胸が据わっているのか、単なる愚者なのか。  
「光無ノ刑人(ヒナシノケイト)と申す……」  
 長髪の白装束の男がぴしっと背筋を伸ばし正座していた。  
「妖魔や物の怪のたぐいではなかったのか」  
「物の怪かもしれませんぞ」  
「我には神の後ろ盾がある」   
「昼子さまの下知をお伝えいたす」  
「もうよい。離せ」  
 後頭部を押さえつけていた手が離れ、少女は強張りを吐かせて下がらせると、刑人に  
真礼をもって応える。  
「最小の品格はもっているようだな」 「……」  
「これより、大江山の封印を申し渡す。術による封印は我らがいたそう。早々に取り  
掛かれよ。鎮魂の碑も建立せよ」 「まさか……」 「人にとっては、まだ先の話。  
だからといって、気を緩めるな。よいな。確と言い渡したぞ」  
 
 宮大工以外の者も呼び寄せられ、堅牢な門を建てるために大江山に詰めることになる。  
杏子、柘榴、露草、芙蓉、金木犀、葦とうつろう。まだ、細々としたことは残っていたが、大方の  
ことは済んでいる。しかし落成までには紅梅が咲く頃まで待たねばならなかったが、神々も時を急いだ。  
 焼け落ちた、城下の町並みは更地にされ鎮魂の碑が建立される。ここに立つといまだに  
人の肉が焼けるような臭いがすると、大工仲間で噂になっていた。そして、要となる仁王門には、  
その二体の仁王像、いまだ建立されてはいない。大工たちが、門の守備に抜かりがないかを  
点検していた時のこと、陽が月に隠れ始めた。ざわめき始めた大工たちに、頭領が喝を入れる。  
「うろたえるな、手を休ませるな!」  
 あたりは薄暗くなり、完全に夜となった。  
 
「でもよう、尋常じゃねぇぜ」  
「うるせぇ!うろたえるなといってんだろ!」  
 仁王門の内と外に火が灯り、人影が現われ始める。大工たちは皆驚く。頭領とて例外ではなかった。  
「魔物……!」  
 門の傍にいた男たちは、それだけ吐くのがせいいっぱいで、腰を抜かして地べたへと座り込んでしまう。  
男たちが見ていたものは神威とは、程遠いもの。暗がりに次々と浮かぶ人影は皆、頤を引いて  
上目遣いに仁王門を睨んでいる。その瞳は暗がりに黄金色の光を放っていた。神というには、鬼に近しい。  
 
「じゃまだ。どかれよ。これより、追儺の術をこの門に仕掛ける。よいな」  
「ま、まってください。まだ、碑文も……」  
「そこまで、待ってはおられぬ。退かれよ。さもなくば、このままお前たちも封印するぞ。  
そなたたちの命など取りはせん。その旨は帝にも言い渡した。安心して行かれよ」  
「はっ、ははあっ!」  
 霜月の初め、大工たちはみな大江山を下山させられた。  
 
 お紺は黄川人が寝付くのを待って、桶に水を張り懐紙と剃刀を用意して湯文字姿になり、  
無駄毛の処理をしていた。首を折ってうなじに剃刀をあてる。湯浴みをして和毛に  
慣らして毛穴を開きたかったが、黄川人の手前、そうもいかなかった。  
 懐紙で剃刀を拭い、一旦は下ろす。左腕を後頭部に付けて脇を晒し、腋毛を剃ってゆく。  
上から下。下から上と様々な方向から刃を繰り出して処理していった。  
 
「なあ、ここの毛、剃ることなんかねぇんじゃねぇか」  
 男が、お紺のうなじに唇をあて吸い立てたのは半年前。  
「あんたの逸物を扱く場所じゃないんだからさぁ。もうよしとくれよ」  
「いいじゃねぇか。いっぱい愉しめる場所があるってことはさぁ」  
「ばか、お言いでないよ。あんた、睫毛でも気持ちいいって突っついてしぶかせただろ!  
たまったもんじゃないんだよ!睫毛だって抜けちゃうしさ……!わかってんのかい!」  
「眉毛じゃねぇもんな」  
 
「ばか!」  
「なあ、取っといてくれよ」  
「ダメ、剃るんだからね!」  
「じゃあさ、最後のよしみってことでさ」  
「ちょ、ちょっと」  
 男は裾を割って腰布を解くと、お紺の目の前に垂れている逸物を突きつける。お紺は  
男の逸物を口に含みながら帯を解いて、きものは肌蹴る。  
 
「はあ、はあ、はあ……」  
 強張りを吐き出し、四つん這いになっておしゃぶりしていた、お紺は両脚を綺麗に  
揃えて崩れた座り方になって、両脚を前にして抱きかかえる。膝の前に腕を組み、そこに  
顔を横にして、切れ長の、お紺の瞳が男に流し目を送る。  
「黄人坊も遊びに行って、いないんだからよ。それに、脇だけだし」  
 男の手が華奢なおんな肩に触れる。   
「あら、脇だけなのかい……?せんないじゃないのさ」  
 
 黄川人は目覚めて、母の姿を探す。そこに、腰巻だけで半裸で腕を掲げて脇の毛を剃る、  
お紺の姿を見た。剃刀が鈍い光を放ち、稚い逸物が膨らむ。  
「あっ」  
 黄川人は小さな呻きを洩らす。前屈みになり、股間を押える。お紺は黄川人の息遣いに  
気が付き左の二の腕に頬を付けて後ろを振り返る。剃刀を動かしていた手を止めた。  
「黄川……坊……。起きたの……かい?」  
 お紺の心裡は穏やかでなく、臓腑を吐き出しそうなまでに鼓動を烈しくした。  
 
「ああっ」  
 薄暗がりにぼうっと浮かぶ、お紺の掲げられた細い腕。無毛の脇に微かな窪み。豊な  
乳房は縦に伸びて、側面の麓に窪みを見せていた。膨らませた逸物は鴇色の尖りを  
覗かせて、衣に触れている。母の記憶が蘇る。大いなる輪を描く乳暈と勃起した乳頭。  
「どうしたのさ?」  
 お紺が腕を下ろすと裸身を捩り畳に片手を付く。すぐに両手を付いて蹲ってしまった  
黄川人に這って迫る。  
 
「あ、頭が痛いっ……!」  
 お紺は裾が割れた場所から強張りを見たが、黄川人が嘘をついているとは思えなかった。  
「だいじょうぶかい。しっかりおし」  
 お紺は横座りになり、膝の上に黄川人の頭を仰向けに載せ、唐紅色の髪をやさしく  
撫でつけてやる。  
「母さま……」  
「なに、黄川人」  
「お会いしたく、思っていました」  
 黄川人は眉間に縦皺を刻みながらも、薄目を開き微笑んだ。そこには、恋焦がれていた  
母の豊乳があった。蒼白のたわわな房に黄川人は手を触れ、鴇色のお紺の乳暈と尖って  
凝る乳頭に触れる。  
 
「乳を飲むかい。黄川坊」  
「いいの。母さま」  
「いいに決まってるだろ」  
 どうして、あの時こんなことを言ったのか、お紺にはわからなかったが、後悔はするまいと  
思ってしたことだった。なんら、やましい心持ちなどなかったから。黄川人はそっと  
乳首をくちびるに含み、やさしく吸い立てた。頭をやさしく撫でてやると黄川人は眦から  
涙をこぼして微笑んだ。そして、お紺も微笑み返したその時、戸ががらっと開いた。  
 
「おいおい、ぶっそうじゃねぇか?」   
 かんぬきを掛けるのを忘れていた。  
「……!」  
 黄川人は退行して赤子になり、お紺の乳首を夢中になって吸い立てていた。  
「おい、てめぇら」  
「黄川坊。もう、よしとくれ」  
 お紺の夫は土足で上がり、二人に駆け寄って黄川人を、お紺の膝から引き剥がした。  
男は唐紅の髪を鷲掴み引き摺り倒す。  
 
「あぁあああっ!」  
 明らかに黄川人の様子がおかしく、お紺は咄嗟に引き摺られる少年の躰に覆い被さり、  
夫に吼えた。  
「な、なにすんだよ!黄川人はなにも悪くなんかないんだよ!よしとくれよ!」  
「じゃあ、てめぇから色をけしかけたってぇのかッ!」  
 
「そ、そんなことしてないよッ!信じとくれよ!」  
 お紺は髪を振り乱して泣きじゃくっている。その声に黄川人の声も被っていた。長屋の  
連中も置き出してきて、この様子を戸口から遠巻きに様子を窺っている。止めに  
入れなかったのは、湯文字姿のお紺が、裾を割って屹立を見せている少年に覆い  
被さっている絵図を見てしまったからだった。  
「どこをどうとりゃあ、そんな言葉が出て来るんだ!ええっ、お紺よ!」  
 
「ほんとなんだよ!信じとくれよ、おまえさん!」  
「じゃあ、この餓鬼の逸物はなんなんだ!」  
 男は髪を離し、黄川人の股間に廻って肉茎を畳に付けて磨り潰そうとした。  
「ぎゃあぁあああああああああッ!」  
「いいかげんにおしよ!なんで、信じられないんだよ!」  
 お紺は夫の躰を思いっきり突き飛ばして、悶える黄川人を抱きかかえた。  
 
「ちっくしょう」  
 男は台所に駆けて行き、壺から富くじの金子を取り出し懐に入れる。  
その途中で、お紺の置いた剃刀を見つけた。  
「お紺、ゆるさねぇぞ!」  
 お紺は夫の手に剃刀が握られているのを見て、何もかもが終ったと思った。  
「殺すなら、わたしを殺しとくれ」  
 お紺は抱きかかえた黄川人の躰を背にかばう。  
 
「上等じゃねぇか、そうしてやるぜ」  
 だあぁああっ!と駆け、お紺の髷を鷲掴み、喉を晒す。  
「ひっ」  
「ゆるしてくださいといいやがれ!」  
 しかし、お紺は静かに瞼を閉じた。  
「てぇした阿魔だよ。てめぇは!」  
 さすがに、ここまでは見ておられず、何人かの男が近くまで寄ってきていた。  
 
「もう、よしてあげなって。かわいそうじゃねぇか。な」  
 火に油を注ぐことになる。男の剃刀を持った手がぶるぶると顫える。  
「俺が悪いてぇのか。え。どうなんだよ!」   
「そ、それは……」  
 男はお紺の首に真横に剃刀を当て、すうっと引いた。首がぱっくりと裂け血がパパッと  
飛び散って畳を濡らす。誰もがそれを想像して固く瞼を閉じる。  
 
 湯文字姿の半裸のお紺の躰は、悶え苦しむ黄川人の上に崩れ、琥珀の液体をジョオォオオオオッ!  
と洩らしていた。  
「勝手にしゃがれ!」  
 男は長屋連中を押し分けて闇に紛れる。  
「ごめんよ。あんた……」  
 お紺の小さく呟いた声は、みんなの耳には喚くよりもハッキリと聞こえていた。心配して  
来てくれた連中が去った後も、お紺の咽び泣く声音だけが朝方までも響いていた。  
だれもが、お紺が悪いと思っていた。朝になると、お紺はゆっくりと立ち上がる。黄川人は  
ぐったりとなっていて、死んでしまったものと思って蒼ざめる。  
 
「い、息してないよ……。どうしたらいいんだよ、あたいは……。もう、なんにも無くなっちまったよ」  
 お紺は湯文字をほといて、黄川人の躰にそっと掛けた。そして全裸で裸足ののまま  
戸口を出て朝もやの中に消えていった。  
 午の刻に黄川人は目を醒ました。まだ、頭がぼうとしていた。  
「坊!黄川坊!たいへんだよ!」  
 おんなが家の中に飛び込んで来る。  
「お紺さん、どこ。おばさん、知ってる」 「あんた、きのうのこと覚えてないのかい?」  
 
「うん。頭が痛くて……」  
「そうだったのかい……。そ、それよりだね、千万宮に来るんだよ!ほら、さっさと  
おいで!」  
「どうしたの、おばさん?」 「お紺さんがね。く、来りゃわかるよ!」  
 黄川人は、お稲荷御殿のながい石段を駆け上がり、そこで見たものは、お紺の首吊り  
死体だった。荒縄を鳥居に掛けて首を括っていた。しかも全裸で下には尿の滲みと  
糞がこぼれている。傍には踏み台に使ったと思われる木箱が転がっていた。  
 
「どうして……」  
「え。そりゃあ……あんた……」  
「どうして、降ろしてやんないんだあぁあああッ!」  
「ひっ」  
 黄川人の形相がみるみる変わり、頭を抱えて石畳に蹲る。鳥居に首吊りお紺を見に来ていた  
連中も黄川人の変貌に注視する。  
「黄川坊。だいじょうぶかい。ねぇったら」  
 
『黄川坊。黄川人。あたしの声、聞こえてるんだろ』  
「なんで、こんなことしたんだ。どうしてボクをひとりにしたの……?」  
『……ごめんよ、黄川坊』 「あぁあああッ!」 「黄川坊、しっかりおしよ」  
 黄川人は上体をぐんっと反らして仰向けになり、石畳を転げまわる。  
「はあ、はあ、はあ……、ごめんなさい、お紺さん」  
『あんたは、悪くないよ。悪いのはわたしさ』 (子が出来なくとも、まっとうにね)  
「でも……」  
『悪くないのさ。でも、こんなことを黄川人にした夕子とやらは、ぜったいに赦せないね』  
 赤袴に十二単を纏った麗人が黄川人には見えていた。  
「……」  
『あたいを不憫に思ったらしくてさ、九尾狐さまに憑かれちまったのさ。あんた、もう  
ぜんぶ、思い出したんだろ。じゃあ、とっとと行きなよ』  
「行くってどこへ。思い出したって昨日のこと?それとも……。ボクはどこへ行けばいいの?」  
 黄川人は転げ廻って玉砂利へ。  
『黄川人。あんたがしなきゃなんないことだよ。あたいが、あの人のところへ連れてってやるよ。  
そして、もっと強くなるんだよ。いいね。わかったなら、あたいについといで』  
 千万宮の木々がざわめき、黄川人は大声で叫んでいた。大江山の暮六つの襲撃の全てを  
思い出して神気を一気に膨らませた。その圧倒的な力はすべての者の知るところとなるも、  
ふたたび行方知らず。お紺は黄川人を、天上を出奔した氷ノ皇子に預けた後、九尾狐と  
なって鳥居千万宮に居座り妖気を振りまいた。お紺は魔物となり、残ったのは子を  
思うた母のこころのみ。  
 
 
 鳥居千万宮から姿を消す前に見たもの……。黄川人が仰け反り、しなう躰を押して、  
大きな鳥居を見上げ眼に入ったもの。荒縄掛けて首を吊ってしまった哀しい、お紺。  
全裸で吊るされたままに大勢の見世物になり、お紺の洩らした足元の汚物には、とうに蝿が  
たかっていた。お紺の貌にも。  
お紺の顔は生前の美貌を留めてはいない。縄が首を絞めて鬱血し顔はむらさき色。  
眼球は見開いたまま迫り出し、綺麗だったくちびるは土気色に、よじれて開き舌がでろっと  
晒けている。最後まで苦しんだというしるしが克明に刻まれていた。黄川人は顫える。  
怒りと哀しみの混じった感情があふれ出る。妖女・九尾狐と、お紺のやさしい顔がゆるやかに  
溶け合う。九尾狐の、お紺への憐憫の情が唯一の救いなれど。  
「みんな、呪い殺してやるッ!必ず、かならず、みなごろしにしてやるうぅぅぅッ!」  
 蒼白の顔の左目の下にあった緑青色の痣は、龍の貌。牙を剥き躰が伸びて少年の細い  
首に巻きついて、肩から胸、尻から腿にぐるりと廻る。玲瓏の肌に浮かんだ龍の痣を隠す、  
臙脂の狩衣にも龍はのたうつ紋様を緑青色で描き切る。  
 
 
 色にけぶる、お業の意識がいくらか戻っていた。薄くうつろな瞳を見開き遠くを見詰める  
その貌は、子を愛しむ母のもの。  
 胎児のようになって転がる、お業の躰を捨丸は脇に両手を差し入れて引き起こされる。  
「はっ、はあ、はあ……あ!」  
 少女の白い手が玉門へと廻り、とっくりから薬液を手のひらに受け、肉襞に刷り込む。  
「あ、あ……。なにを……なさって……」  
「ここの毛をきれいにしょうと思ってなぁ。もう、かまいやしねぇよな?」  
 硫黄と石灰を混ぜた薬液を、お業の秘園に少女はまんべんなく、ぴたぴたと手のひらで  
叩き擦り付ける。  
「いやあ、ああ……。う、うぁ、ううっ……」  
「あとで、くつろげて丁寧に剃ってやっから、安心しな」  
 脇に手を差し込まれて、お業の躰が吊り上がり、泣き濡れた頬が肩に寄り擦り付けられる。  
 
 とっくりが空になると、少女は放り投げ手元の朱塗りの淫具をがしっと携える。  
「お業、こいつと繋がれるてぇのに、そりゃねぇだろ。もっと愉しそうな面を見せてやれよ」  
 ほれ、と捨丸は抱えた上体を捻って、惚けて転がされる夫に近づける。男は昼夜の  
責め苦により既に廃人と化していた。目隠しする意味は既になく、その焦点の定まらない  
瞳と口をだらしなく開き唾液を垂らす。お業が愛した面影は無い。絶えず鈴口から琥珀の雫を  
ぽたぽたと垂れ流す姿を見せてやればいいだけ。それだけで、お業の心を千々に掻き乱し、  
捨丸の強張りは、お業の背にびくんびくんと跳ね上がる。  
 
「いやあ、いや、いやぁ」  
 少女の手が、お業の躰をよじる臀部から廻され陰裂をくつろげ、鬼の角から削り出した  
朱塗りの相対張形をずむんと埋め込む。  
「んっ、んぁ……!」  
 少女は天上を向く張り形を掴んで、ぐいぐいっと最奥を抉り、横の組紐で腰に結び、  
両太腿の狭間から手を潜らせ底を撫でてから、垂れる最後の紐を掴んで引っ張って後ろの  
結び目に括る。  
 
「んあぁぁぁ……!」  
「たまんねぇだろ?もっと歔きな。いますぐに繋がらせてやるぜ!」  
 お業の尻に顔を付けていた少女の貌が変り、すっと立ち上がった。  
「な、なんだ?いきなり」  
「おまえは、なにをやってる!」  
 捨丸は、お業の躰を離して少女の頬を両の手のひらで包み込む。  
「まってたぜ、紅子」  
「離せ」  
「なんだよ、冷てぇじゃねぇかよ」  
「黄川人の気の膨れ、わからなんだか」  
 
「キ・ツ・ト……」  
 お業は転がされた躰を横たえ、朱塗りの股間から生えた屹立を紅子に見られまいとし、  
脚を揃えて、くの字に曲げる。お業の弱々しく、我が子の名を吐く声音に捨丸は顔の傍に  
しゃがみこみ、髪を掴んで引き揚げた。強張りは剛毛を突く。  
「あぁ……!」  
 苦悶を噴き上げたのか、逸物が欲しくて声を出したのか……。  
 
「わかってやがったのか。どこにいる?やつの居場所だ。おめぇなら、すぐにわかったろうに。  
さあ、しゃべりやがれ!」  
 少女はうろたえる捨丸を見下ろし、平手をかました。  
「なにしゃがんでぇい!」  
「お前も、お業の色香に染まったか」  
 もう片方の手が飛んだ。捨丸は唇を蠢かせ血の混じった唾液を、お業の裸身に吐き捨てる。  
「え、どうすりゃいいんだ?」  
「刀の先で夜通し、お前の好きな一点を突け。刀痕はつけるな。そして、吐かせればいい」  
「おめえ、黒蝿か?」  
 
「いまごろ、気づきよって、たわけめ。心配して来てやれば、この様だ」  
「それで、なにが出来る」  
「しゃべらなければ、お業もおしまいだ。肉刑にでも好きにしろ」  
「おい、まてよ。俺ひとりに、やつの恨みを負わせようって肚づもりじゃねぇよな」  
「そうなってくれれば、いくらかの時間稼ぎにはなる」  
 捨丸はどかっと胡坐を掻いて座る。お業の貌は捨丸の胡坐の上、屹立の傍に下ろされた。捨丸の  
腿に、お業の長い髪が妖しく絡む。その天上を突く捨丸の屹立に、お業の細くしなやかな指が自然と絡みつく。  
「なにを考えている?」  
 捨丸は自分の滾る逸物をしゃぶろうとする、お業の頬に絡んだほつれ毛を掻き分けてやる。  
「お前にいうことではない」  
 
「言って減るもんじゃねぇだろ、黒蝿」  
 黒蝿は暫しの沈黙の後に、口を開いた。  
「なら、言うてやるわ。この男の転……」 「だまれ。もういい」  
 捨丸はすぐに遮る。  
「聞きたくはなかったのか?捨丸」  
「いや、その礼だけで十分だ。せいぜい、やつを引き付けて置くわな」  
「安心しろ。いまや、すべてが黄川人の気に取り囲まれている。我々はなりふり構わず  
大江山を封印したばかり。しかし、その封印すらもあやうい。あの稚さで、あの気だ。  
すべてがゆらぎ始めた」  
 
「たまんねぇぜ。おめぇら、いったいなにやってたんだ……。なんてこと言えねぇか……」  
 肉茎を這っていた、お業の舌が収まって、錆朱に絖る尖端に赫い唇が被さる。  
「せいぜい、警護を怠るな」  「ふっはっははははは!気休めにもなんねぇだろ」  
 少女の裸身が、やたノ黒蝿の大鴉の武人姿に取って変った。  
「受け取れ」 「なんでぇ?」  
「この小柄で、お業を責めよ」  「で、吐かしたところで、誰がやつを捕まえにいくんでぇ」  
 
「その時は、我らが総掛かりで潰すしかあるまい」  「おだやかじゃねぇな」  
 捨丸は右手で顔を掴んで、鼻から滴る汗を手のひらで拭うと、強張りを喉奥に沈めた、  
お業の頭をやさしく撫でてやっていた。  
「ん、んんっ、んぐっ……」  
 黒蝿の差し出した小柄を受け取ると、少女はがくんと裸身を、お業の蠢く尻に崩れさせ、  
驚いた、お業は捨丸の肉茎に歯をあてていた。   
「……のやろう!」   
 捨丸は前屈みになり、お業の貌を胸で押し付け、鞘で床をドンと叩く。おしゃぶりを  
する口腔には血の味が拡がっていた。お業は、肉茎より噴出した血を精を呑むみたいにして、  
啜っていた。  
 
 
「九尾狐、どういうわけだ」  
 忘我流水道の最奥のあぎとに、九尾狐は黄川人を連れて行った。男神の最上位に  
あった者。現世の人と変らぬ権力闘争に嫌気を差して天上を出奔する。のぞみとして、  
夕子に存念は託す。冷泉の間に氷ノ皇子は籠る。  
「わたしは、お紺にございます」  
 石筍が床に繋がっているものが所々ある。風の音も響いてこない間。時折、雫が打つ  
音が聞こえた。光りすら、届いてこないあぎと。氷ノ皇子の持つ宝珠が蒼い輝きを発して  
照らしている。  
 
「おまえの素性など興味ない」  
「申し訳ござりません」  
「わぁ、きれいだ」  
「これ、黄川坊。あんたも……」  
 蒼白い無表情だった男のくちびるが微かにほころぶ。  
「きこえるだろう」  
「しずく?」  
 黄川人は氷の華に鎮座する、氷ノ皇子の貌を仰ぐ。  
「いのちの音だ。此処に来るまでも、華は見たであろう。氷、石。生は無いが華に相違ない」  
「はい。きれいにございました」  
 
「良き返事だ」  
「ありがとうございます」  
「ときに、お紺。おまえは、この子になにをしたい。なにをさせたい」  
「力を授けてやってくださりませ」  
「おまえの望む結果にはならぬかもしれんぞ。それでもよいのか」  
「……」  
「お紺、どうだ」  
 
「凪の湖に石を投げたく存じます」  
「波紋は拡がるであろう。だが、やがては消えてしまう。そうではないか?」  
「浅瀬の水面で、湧き水をご覧になられたことはありませぬか?」  
「なにがいいたい」  
「水底より出でた湧き水は、水面へ幾重にも紋を描きます」  
「投げた石と湧き水とは違うぞ。しかも、お前の話しは浅瀬ではないか」  
 夕子に存念を託して、天上を出奔したこと。そして、大江山を焼き討ちにした事実。  
そして、お業の子を拾ったばかりに、お紺に降りかかった災厄。  
 
「お紺。お前のことは不憫に思うが……」  
「黄川人の石が深き湖底よりの激しい湧き水を起こします」  
「石か?黄川人は石なのか?」  
 お紺の伏していた貌の眉間に縦皺が刻まれた。母と妖女の心がせめぎ合っていた。  
「まとめ切れない夕子に石を投げてみたいのか?どのような、紋を描くかはわからんぞ。  
お紺、吉兆やもしれん。否、九尾狐よ。おまえの望む凶兆かもしれん」  
「はい。どのようになろうともいといません」 「まことか……」  
 太刀風・五郎と雷電・五郎の兄弟のように同情から人の側に立とうとする神。人にではなく  
摂理に従おうとする神。そのどちらにも組みせず、中庸の立場を貫こうとする神。  
 
その中に石を投げることを氷ノ皇子は決める。その石がどのようなものかは感づいてはいた。  
「かまわぬというのだな!」 「ははっ!」   
お紺は深々と頭を垂れる。  
「黄川人と申したな」 「はい」  
「我の力を授けようぞ。お紺にも問うた。それでなにがしたい。なにが望みだ」  
 水神・氷ノ皇子は、あえて太照天・夕子と反目する道を択んだのだった。教えの中で、  
黄川人が冷泉の間で蒼く輝く華に感嘆した気持ちを導いてやれたらと、叶わぬと知りつつも  
諦めきれないでいる。  
 
「ボクは……ボクはぁぁぁ……!」  
 傍で伏して頭を垂れていた、お紺は瞼を閉じて黄川人の言葉を想い、切れ長な瞳を  
見開く。姿を二人の前から消した。  
「強くおなり、黄川坊」  
 お紺の残った母性だったのか、九尾狐の怨念だったのかは定かではない。  
「もっと、もっと強くなりたい!あんな想いは二度と嫌だ!強くなって、強くなって!」  
 氷ノ皇子は静かに瞼を閉じた。  
 
 少女の憑依が突然に解けて崩れ、捨丸の逸物をしゃぶって揺さぶっていた臀部に落ち、  
驚いた、お業は強張りに歯を立てた。灼けるような痛みに捨丸は前屈みになって、お業の  
頭を胸で下腹に押し潰し、喉奥を錆朱の瘤で深く衝きあげ膨れかえさせる。  
本院の間でやることといえば、灯にゆられての肉の絡みと交媾ばかり。満足に食物を  
与えてはもらっていなかった。それに飢餓感もない。神の血なのだろうと考えたのは最初の頃。  
夫のかわりように、お業の気力は切れていた。  
捨丸の逸物に日々縋って生きているような錯覚にふっと囚われることがあった。お業の眼は  
潤み涙が噴き上がって、嘔吐感が込み上げ呑み込まされた子種を戻していた。  
「ぐふっ、ぐっ、ぐえっ」  
 臀部の双丘のあわいからは埋め込められた朱塗りの張り形が覗き、お業のなよやかな  
気性の如きの佇まいだった叢は、交媾に次ぐ交媾にそそけ立ち、凌辱の残滓のしるしが  
絶えることなく、なめくじの這った痕みたいに乾くことなしにこびりついていた。その周りには  
懐紙の白い花がいくつも咲いている。  
 捨丸は黒蝿に貰った小柄で床を突き痛みを堪えて、お業の貌を引き剥がした。  
「んっ、はぁ……あ、あぁぁ、はっ」  
 精液で絖った頤と唇を半開きにして弱々しく息継ぎをする。捨丸は、お業の尻に崩れた  
少女の黒髪を鷲掴んで、手繰り寄せる。  
「ああ……、い、いたぁいっ……」  
 少女の声音ではなく、おんなの閨声で交媾に溺れた、だらりとした発声をした。  
「俺はもっと痛かったんだ。てめぇの所為でな。荒縄を用意して羽切り台に来い。いいな!」  
「は、はい……捨丸さま」 少女は涙を流していた。  
 
 少女の華奢な躰を、お業の背を滑らせて引き摺って投げた。肘を付きながら  
細い首を折り、四つん這いになってよろめきなから立ち上がった。少女の尻が狐火に  
揺れた。床に転がって絡み合う男と女をかわしかわし、ゆらゆらと出て行く。  
「さて、俺たちも行くか」  
 お業の脇に手を差し入れて捨丸は肩に担ぎ上げ、捨丸の背に乳房がひしゃげた。  
通常の人間ならば、肌の色艶や肉付きは崩れていただろうが、お業は人の精を受けて  
嬲られて、いっそうの艶の凄みを増していた。捨丸は、いまではそれが憎らしかった。  
背にあたる、お業の乳首を感じて、千切れるほどに噛んでみたいと思う。情が生まれ  
そうになっていた。  
 
 お業は、躰を揺さぶられて、捨丸の背にげえっと吐瀉物を流す。  
「き、黄川人……」  
 捨丸は転がる、お業の夫の足首を掴み、小柄の鞘を床にドンと叩いて立ち上がると  
羽切り台へと歩いていった。お業の夫は既に壊れていて、引き摺られていてもなんの  
反応も示さなかった。  
 羽切り台は本院の間のむっとする性臭や香の匂いはなかったが、夜風が肌に刺さる。  
捨丸は朱塗りの欄干の傍に立つと、引き摺ってきた夫の脚を離し、お業を降ろした。  
男の躰を抱えるとうつ伏せにしたままで、欄干に引っ掛ける。  
 
「持ってまいりました」  
 背後から少女の声がしたが、夜風の寒さに素に戻されていた。  
「ごくろう。おめぇは、天女さまの淫具をしっかりと締め付けておけ」  
「は、はい……」  
 少女は捨丸に荒縄を渡すと、ぐったりとなった女神の傍に屈み込み、男の精に塗れて  
穢れたままの躰を横臥させると、お業は重い呻きを洩らして少女をハッとさせる。  
 
「か、かんにんしてください……」  
 少女は、お業に呟いて、両の肩甲骨へ縦に走った火傷のような疵痕に涙をあふれさせながら、  
前に手をやって尖端を押えて紐を絞っていった。  
「う、ううっ」  
「しっかりと締めといてやれ」  
 両腕を伸ばして欄干に掛かっている男の躰を縛り付けていく。捨丸はぐったりと  
している男の尻を抱えて立たせると脚を蹴って拡げさせる。  
「こっちに来て、男をしゃぶれ」  
 少女は捨丸に掻けて来て、小さな手で剛直に触れようとした。  
 
「ばか、俺じゃねぇって。こいつのだ、こいつ。それから、ケツも割り開いとけ。いいな」  
「はい」  
 おかっぱの少女は頷くと、欄干と男の躰の間に潜り込み、朱を背にして強張りを、  
ツンとした愛らしい唇を開いて咥え込んで行った。  
 男の逸物は常時、勃起したままだ。そして、琥珀の液体を雨漏りの雫みたいに、  
たらたらと鈴口から流している。少女は瞼を閉じて呑み込むと一気に喉奥に届かせ、  
小さな両手を筋肉が削げて見る影も無い臀部を掴んで割り開いた。男の脚の筋肉も  
溶けてほっそりとしていて、自分を支えられず体重を少女へと圧し掛からせている。  
 
「んんっ!んぐっ!」  
 捨丸や少女、本院で情欲に耽溺する者たちが健常者の筋肉を維持できていたのは、  
ひとえに神による憑依があったからに他ならない。  
「しっかりと、拡げとけよ」  
 捨丸は、お業の頭に立ってしゃがむと、両肩を掴んで抱き起こし、夫の背に覆い被せた。  
「んんッ!ぐっ、ぐふっ!」  
 お業の躰を重ねて両手首を縛ってから背後ろに立つと、臀部を引き上げて張形を  
握って尖端を男の菊座にあてがった。捨丸は自分の屹立を、お業の臀部に擦り付けながら  
腰を迫り出して、お業の強張りを夫の菊座に埋めていった。  
 
 
 

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