紫(ゆかり)の顔は四角かったが、やわらかい印象のおんな顔だった。広い額は人を和 
ませもした。少しだけキリリッとした黒い眉が彼女の性格を現していた。それは一族  
だけが持つ運命に抗おうとして生きた証でもあった。その眉も独特でなだらかな曲線の  
はじまりから、おわりのところでストンと落ちている。怒った時とか、訝しげにしている  
時などはもろに顔へと出てしまう。  
 
 しかし、それをやわらげたのが大きな黒い瞳と筋の通った綺麗な小鼻、尖らない頤に、  
淡い桃色の唇だった。  
「当主さま、おからだに障られます!」  
 紫の口元が娘を見るようにほころんでいた。くちびるに関しては、上唇が薄く、下唇は  
それに反して肉感的で、時には少女、ある時には如実に女を感じさせていた。  
「イツ花、髪をほといてちょうだい」  
「お、御髪をですか。は、はい……かしこまりました」  
 イツ花は紫の布団に近寄って、体を支え起す。そして髷をといて黒髪を両手で散らした。  
 
「いかがされるのですか、当主さま」  
 下ろされた黒髪に仄かに波が掛かっていて、紫の美しさを際立たせている。  
「イツ花、わたしの髪を切ってちょうだい」  
「お、御髪を・・・当主さま・・・」  
 紫は庭へと目をやると、開かれた障子戸からは天上の陽が射していて、その戸の陰で  
こちらの様子を心配そうに窺っている童(わらべ)を見つける。  
 
「おいで、沙耶」  
 娘は少しうれしそうな貌をしたが、それでも躊躇っていた。  
「いいから、おいで」  
 戦士ではない、母の貌でする白い手の招きに折れて、少女はタトタトと歩み寄る。  
「母(はは)さまはご出陣なされるのですか」  
「ごめんなさいね。母らしいことをなにもしてあげられなくて。赦しておくれ」  
 
「いいえ、そんなことはありません」  
「苦しくはない、沙耶?」  
 イツ花は鏡台を引き寄せ、白布を敷き長い黒髪を両手に取って鋏を手にした。母に尋ね  
られた娘はふるふると顔を横に振る。短命の呪い、長くもって二年足らずの命。幼児の  
カタチで壬生川家へ天界から授けられる。そして数ヶ月足らずのうちに成人へと成長した。  
 
 しかし、その急激な躰の変化は体力を極端に消耗する苦行に近いものだった。夜の帳が  
下りた頃に躰中の骨という骨が軋んで音を立てる。  
「沙耶はえらいねえ。わたしが、お前の頃には、泣いていたからね」  
「母さまが」  
「ええ。だから、涼平のこともめんどうを見てあげてね」  
 しかし、壬生川家に来た誰一人として声を上げて喚いた者はいなかった。イツ花は涙を  
隠して紫の黒髪にイツ花が鋏を入れる。バサッ、バサッと白い布に黒髪が落とされていく。  
 
「はい、母さま」  
 沙耶はキッパリと言った。  
「沙耶、紅をつけておくれでないか」  
「わたし、まだうまくできません。イツ花にいいつけてください」  
「沙耶、おねがいだから」   
 紫は沙耶の小さな手を包み込むように握った。  
 
「・・・」   
「沙耶さま」  
 イツ花がやさしく沙耶を促す。  
「うまくできなくても、おゆるしくださいね」  
 沙耶は涙を浮ばせながら含羞(はにかん)でいた。鏡台の前にちょこんと座ると、引き出しから  
漆塗りの小さな丸い入れ物を、同じく白い小さな手が取る。ふたたび、母の前に立って沙耶は  
蓋を開けて、右の小指に朱を取って、瞼を静かに閉じている紫のくちびるに塗っていった。  
 
 顫える小指が紫のくちびるに紅を塗る。 「できました」 「きれい、沙耶」  
「母さまは・・・母さまは・・・いつもおきれいです」  
 沙耶は思わず涙がこぼれ、しゃくりあげてしまう。  
「わたしたちは、どんなことがあっても必ずやここへ還ってくるのよ。だから泣くのはおよし」  
「はい・・・はい・・・母さま・・・お許し下さい・・・お許し下さい」  
 沙耶は涙を堪えることも拭おうともしなかった。はじめて、母の前で泣き顔を晒したからだ。  
甘えたかった、抱きついていっておもいっきり大声で泣きたかった。  
 
 それをさせなかったのは、壬生川の血の連綿と続いた誇りだったのかもしれない。紫にしても、  
存念があった。幼き頃、壬生川に来たその日のうちに母は死んでしまった。  
 なんの言葉も掛けることもなく、掛けられることなく床に伏してその晩のうちに召されたのだ。  
自分は母というものを知らなかった。その時の記憶がまざまざと蘇る。沙耶に涼平に母らしい  
ことをなにもせずに、逝くことが心残りなのだ。  
 
「沙耶さま」  
 紫の髪を整えたイツ花が懐紙を両手で差し出す。  
「あっ、ありがとう・・・イツ花・・・」  
「沙耶さま、当主さまがご心配になられますよ」  
 そんなイツ花も涙声になっている。沙耶は懐紙を受け取って、イツ花のように両手で  
懐紙を差し出す。  
 
「おねがいね」  
 沙耶の手からは受け取らずに紫は瞼を閉じたままで唇をそっと開いた。沙耶の耳にくちびる  
をひらく湿り気を帯びた音が微かに届く。  
「は、はい・・・母さま・・・」  
 沙耶は紅を馴染ませた懐紙を受け取ると折りたたんで懐に大切にしまう。  
「沙耶、涼平。みなのところで待っていなさい」  
 
 
 
「母さま……」  
 庭のほうを見ると、沙耶のようにして障子戸の傍で立っていた涼平を見つけた。  
「イツ花もみなのところで、待っていてください」  
「しかし、当主さま」  
「最後はわたしの手でおしまいにしたいの」  
「当主さま……」 「母さま……」  
 
「イツ花」  
「なんでしょう、当主さま」  
「あとあとのことよろしくおねがいいたします。長い間、ありがとうございました」  
 紫はイツ花のほうをくるっと向いて、三つ指をつくと深々と頭を下げたのだった。  
「と、当主さま!なにをされますか!頭を御上げ下さい!」  
 
「ほんとうに、みなみなのことよろしくおねがいいたします」  
 紫は額を布団に押し付けるようにして、イツ花に願い出た。  
「……わかりました。必ずや、天上に誓ってそういたします。安心してご出陣ください、紫さま」  
「ありがとうございます」  
「母さま……」  
 小女に対してあまりある所作礼法に沙耶と涼平はきょとんとするばかり。  
 
「さあ、みなさまのところへ行きましょう。沙耶さま、涼平さま」  
 イツ花は沙耶の手をとって部屋を出て行く。沙耶はイツ花の泣いている貌を不思議そうに  
見ていた。しかし、いまはずっと見ていたいのは母の貌だ。沙耶はイツ花の貌を見るのを  
やめて、何度も何度も振り返って頭を下げたままの小さい紫の姿を見ていた。  
部屋を出るまででるまで紫(ゆかり)はずっと頭を下げたままだった。  
「ねえ、イツ花は母さまよりもうんとえらいの?」  
「そ、そんなことはありませんよ。沙耶さま」  
「でも、母さまはイツ花にたいせつなおねがいをしていたみたい」  
 イツ花は俯いてしまう。  
「みなさん綺麗な花たちですから、イツ花もそのお傍にずっといさしてくださいね」  
沙耶はイツ花にうまくごまかされたような気がしたが、泣いている貌を見るとなにも  
言えなくなってしまった。すると涼平が口を開いた。  
 
「わたしが、みなの想いを継ぐ。だからイツ花は泣くな」  
「は、はい。そうですね。で、でも、あまりにも多くの花たちが……」  
沙耶は涼平にこれが最後の闘いになるということを言えなかった。花たちは気高く  
うつくしく咲き誇り、一日花の運命に従って散っていく。紫は一族の念を込めた鎖帷子を  
着て、一族の色である紫苑色の腰紐を結んだ。衣を羽織る。ひとつひとつに祈りを込めて  
しっかりと結んでいった。  
 
それでも、明日という希望を信じて、壬生川の者たちは命の灯を紡いだ。あまりにも  
弱い力に嘆き慟哭しながらも、力を欲して地獄をめぐり短命を駆け抜ける。しかし、あと  
一歩のところで希望はいつもいつも潰えて、手からこぼれる砂のようにして無情に流れていった。  
「わたしたちの想いはどこへ流れるのかしら」  
 初代琴音が天界との誓約(ちかい)によりふたたび神の子として現世(うつつよ)に  
帰還せしめることをただひとつの望みとして生きて駆け抜けてきた。しかし、今となってはもう  
それはどうでもいいようなことに思えてならない。  
 
 紫は神々との交わりから落ち出でた亜種であって遥かに神々の力を凌駕している。敵の  
黄川人でさえも――紫は朱点の掛けた短命の呪いを受容して立った。そして、紫はこれからの  
一族のことを願ったのだった。  
「わたしの代ですべておわらせます。先代のみなみなさま、われらをお守りくださいまし」  
 霊前に紫は深々と礼をすると、しっかりとした足取りで当主の部屋を後にした。  
 
 
 野原で姉と弟が遊んでいる。陽は傾きはじめているのを敏感に感じ取る少女。遠くで申の  
刻(午後三時ごろ)を告げる鐘の音が聞こえてくる。いつもは御神体として崇められ、  
外で遊ぶこともままならない。いつも部屋に閉じ込められて、書物をよむだけだった。  
唯一の楽しみは天守閣に登って美都の眺めと風を感じることだった。しかし、この時刻は  
とりわけ少女を不安にさせる。  
 
 長い宮廷生活が染み付き、微妙な陽の翳りがわかるようになっていた。まだ明るいのに、  
陰になるところにはハッキリと闇が落ちていた。人の心を見ているようで、不安になるのだった。  
少年は無邪気に小女たちに相手をされて野原を駆け回っている。そして、暮れ六つが近づいてくる。  
冥府への誘いとさえ思う。そして、今日は夕焼けがなにかを少女に訴えかけていた。空から  
緋色が落ちて滲み込んで、地は茜色に染まる。  
「花を摘んではダメ」 「どうして」 「花だって生きているのよ」  
「部屋にだってあるよ」 少年は姉に少しだけ口を尖らせる。  
 
「じゃあ、どうして花を摘もうと思ったの」  
 少年の母と思しき、玲瓏な女性が声を掛ける。まさに容貌は天女だった。  
「母さまの髪に挿してもらおうと思って」  
「これなら、いいでしょう」 天女のような女性は少女を見る。 「はい、母さま」  
 少女は納得してはいなかった。花は何の為に咲いているのだろうか。人を愉しませる為に  
咲いているわけではない。白い衣の女性が少年の前に跪いて、簪を外して、少年から花を挿して  
貰っている。  
 
(どうして、おまえたちは咲いてくれて、わたしたちの心を和ませてくれるの。なぜなの。  
あなたたちはどうして生きているの。わたしが、おまえたちを愛でれば答えてくれるのかしら)  
少女は心の中で呟いていた。  
「さあ、冷えますから中へ戻りましょう」 「はい、母さま」  
 少女と少年は声を揃えて答える。白い衣の女性は目を細めて微笑んでいた。少女には  
忘れられない時となった。そして、少年には凍える刻として永遠に記憶される。  
 
 
 その昔、ひとりの天女が男に恋をして男女(おめ)の契りを……交わした。  
「わたしはあなたに恋をしました」  
 女は天上人。  
「唐突なのですね、あなたは。そして、わたくしの自尊心を巧妙にくすぐる」  
 そして男は現世人。  
「そのようなこと、申されないでくださいまし。わたくしの気を感じてください。これは真です」  
「わかっているつもりです」  
「にくい」  
「にくいですか」  
「にくいほど、このお業はあなたさまを愛しております」  
 男は女の蒼白の乳房に触れる。晴れた或る日、湖水で水浴をしていた男を天女が  
見初めたのだった。それが連綿と続く混沌の発端。  
 
 
男が全裸で水から上がって来るのを、木陰からじっと見ていた。  
「あなたは、誰なのですか」  
 裸を熱い視線で見ている女に、男はゆっくりと近づいて声を掛ける。天女の薄い  
金色の羽衣を肩に、鳥羽のような衣を身に纏っていた。肩があらわになっていて  
鎖骨の窪みがはっきりと見て取れる。男は天女など見たことはなかったが、この湖に  
浮ぶ相翼院の天井に描かれた天女の姿は子供の時からずっと飽きることなく眺めていた。  
恋し焦がれていたのだった。  
 
 その院を眺めながら裸で冷たい湖水を泳ぐことは男にとって恋人に抱かれる……羊水の  
中にいた記憶を甦らせるほどのとてつもなく心地いいことだった。  
 男は女を見たとき、雷に打たれたような運命のようなものを感じていた。その痛みも  
遠き未来の事象として脳に送りこまれていく。  
「わたしは天上人。片羽ノお業」  
 おんなはそう名乗った。  
 
「お業」  
「わたしを名付けていただけるのですか」  
「なにか、ずっとあなたの瞳に守られていたような気がいたします」  
 やさしい切れ長の涼しい瞳が更に細くなって、薄い唇が綻んで、真横に伸びた。  
「あなたは、わたくしの美しさに気をされないのですね」  
男はなんという高慢なおんななのだろうとは思わなかった。確かにおんなは自分を天女  
だといった。その美貌に、湖上の相翼院の天女が飛び出してきたようにも思う。  
「はい。わたしは母上の姿に見慣れていますから」  
 お業は橙黄色の瞳が翳りを見せる。  
 
「なぜ、そのような哀しい瞳をするのですか」  
 男が俯いた女の頤(おとがい)を手に取り貌を上げさせる。  
「だ、だって……あなた……あなたさまが……」  
「わたしが母上と申したのは、相翼院の天女のことですよ。でも、いまは愛しい女子です」  
 お業の瞳に雫が浮ぶ。  
「ええ、わたしもあなたをずっと見て、恋し恋焦がれていました。うれしい」しかし、ふたりは  
果たして、そのこと…… 『遠き未来』 を予想したのだろうか。男は女をただ人として愛し、  
女も純粋に愛に准じ、男と女は睦み奪い奪われて時を重ねた。  
 
 
 いつしか、お業に命が宿りその波動は天界を統べる太照天・夕子の知るところとなる。  
天界には現世とを隔てる掟があった。神たるものは、いかなることがあろうとも、現世に  
干渉してはならぬという不文律が。だが中にはそれを破った者もいた。  
 
 これよりさかのぼることの出来事。地上の寒さや飢えに見かねた風神・雷神のふたりの  
神は人に知恵を授けた。人は火を起こして立ち、獣を狩って肉を焼き、喰らった。  
 それは神の善意から端を発したことではあったが、灯はいつしか炎に変り、ついには  
争いごとが生まれ各地に飛び火する。  
 神々の間では、それ見たことかと、人に知恵を授けた兄弟を罵倒して幽閉した。  
 
 
 ふたりは自分たちを閉じ込めようとする者たちにはあえて逆らおうとはしなかった。  
「人は内なる変化から立つほど、いまだ成長はおりません。現世の惨状をごらんなさい。  
内なる変化を呼び起こせないものに、外的要因での変化は手にあまることなのですよ」  
 ふたりの厳めしい貌が更に険しくなった。  
「だ、だがよう」  
(俺っちがしたことは罪悪なのか、夕子さんよ)  
「よさねぇか」  
「しかし、このままいわせといて……」  
 雷神が面を上げてしまい、お風と夕子の貌を見てしまう。  
 
「太照天さまの御前、無礼なるぞ!」  
 傍に控えていた常夜見(とこよみ)・お風が凛とした声で雷電・五郎を咎める。彼は一瞬  
固まっていた。お風とは夕子の側近でその美貌の白さと同等の羽二重のような単衣に  
朱の切り袴を着用していた。そして、その濡れるような黒髪を後ろに結いて腰まで垂らしている。  
その唇はつつじのように淡い朱色をし、瞳は淡紫色を呈していた。その美貌と瞳に  
睨まれたのであれば、男といえどたまったものではない。  
 
「もう、それまでに」 夕子が口を挟む。  
「なりませぬ」  
 雷神は声を掛けた夕子のほうをチラッと盗み見をした。艶やかな目の冴える紫青色の衣と黄金の  
日輪の冠した夕子の美貌に気が竦んだ。  
「ひびっちまったか」  
「あ、兄じゃぁ……」  
 
 表情ひとつ変えない美貌に気おされ、その真直ぐに射抜くような眼光に更に驚いていた。否、  
その奥に潜む夕子の感情に気がついたからだった。  
「頭を下げいッ!」  
「わ、わるかった。あやまる」   
 雷神は太照天・夕子に深々と傅いた。  
 
 
「その物言い赦すまじ!」 「夕子さんもいってることだしよう」 「だまらっしゃいッ!」  
「お風、もうよい」  
「しかし、太照天さま」  
 夕子は立ち上がって、雷神・風神のもとに近づいて傅いた。周りの者たちはざわめき立つが、  
夕子は一向に気になどしない風情だった。もとより表情を読み取ることの出来ない美貌なれど。  
 
「われらにも時の流れが必用なのです。待つ時なのです。いまは、耐えてください」  
 そう囁き、太照天・夕子は心を痛めたが、禁を破りし者すべからく罪償うべしと幽閉の下知を発し、  
そのニ神を塔、九重桜へと閉じこめる。ふたりは次なる変化に備えよという言葉として解した。  
 だが、人は火矢で家々を焼き払い、筒を作るまでになっていた。ふたりは夕子の言葉通り、  
それが次なる変化への遠因になったのではないかと悔いることとなる。  
 
 夕子と風神・雷神の間に交わされた心情は関係なかった。神が人に知恵を授けたことのみが  
いつしかひとり歩きし、天界は二分される。表立った動きはなかったが、かびが菌糸を  
根付かせるかの如くに深く深く張り巡らせ浸透していった。  
 神と人の間に生まれた姉弟の波動は日に日に成長し存在は脅威となり、多くの神々の  
知る所となる。永劫の生を得た神々の感情は地上へと及んだ。ただ待つことに疲れた神々は  
自分らの意を汲んだ血筋のもので人間を統べようとしたのだった。  
 
「われらとの縁を強固なものとしたくば、われらと人の仔を絆とし崇め奉るのだ」  
 太照天・夕子の声は等しく地上の人々に届いて、人々に王国の建設に立つことを求めた。  
天界からの庇護は弱き人々にとって甘き囁きとなる。神と人の間に生まれた仔を奉り、王国の  
建設に当然のように人々は邁進した。しかし、あまりにも近しい関係は危険をも孕んでいた。  
 そもそも、夕子は王国の建設や神と人の間に生まれた仔を帝として奉ることには反対だった。  
「そっとしておくことが、最良とわかりませんか」  
「夕子さまもあの仔らの波動の強さ、成長は感じておられるのでしょう。なれば、人ともども  
正しく導くことが天上の務めではないでしょうか」  
 
「それは道理と思いますが……」  
「不安にござりますか」  
「さよう。ことは慎重に運ばねばなりません。それは十分に心得ておいてください」  
「はっ、心に刻みます」  
「お風、ほんとうに、これは大事なのですよ」  
 しかし天界はこの件で完全に真っ二つに割れていた。あくまで掟を遵守せよという一派と、  
ことが進んだ以上、人の針を進めようと考えた神々の対立だった。しかし、数々の  
思惑が入り乱れたことにより、そう単純ではなかった。そんな中でことは起きた。  
 
 王国が建設されておもしろくない、帝をそそのかして、人との係わりを断とうとする神の  
一派が反旗を翻したのだった。帝は神に見捨てられるとも知らずに、ただ復讐の念だけに  
神威を揮い討伐の勅命を下す。まだ稚い力しか宿していない神の亜種、いまのうちに  
始末する必要があった。  
 時の剣豪、大江ノ捨丸を隊長とした討伐隊が編成され、帝をそそのかした神々ともども  
王国に忍び寄る。  
 
 酉の刻が迫り天上の燃える緋色は翳り血の色を呈し始めた刹那。天空より無数の矢が  
降り注いだ。  
「あぁああああああッ!」  
 少女は天空を仰ぎ、天界を呪うような咆哮をあげる。その無数の矢は一瞬のうちに光に  
包まれて霧散していく。  
「母さまあぁあああッ!」 少女は振り向いて母に声を掛ける。  
 
 女は少年をかばって、ひしっと抱き締めている。少女は安心して術を解いた一瞬の隙を突き、  
風を切って黒い陰が走った。少女の腰から胸、そして首に掛けて灼けるような感覚が  
駆け抜ける。斬るというより、骨を叩くというような斬り方だった。少女の絶叫に少年を庇っていた  
女は面を上げて、その貌を鬼に変えてしまう。  
「母さま、母さま!」  
 少年は母にあのやさしいお顔に戻ってと白い袖をしっかりと掴んでいた。  
 
「安心してなさい。だいじょうぶだから」 女の声の怒りは隠せず、声が震える。  
「ひっ」  
 少年は母の変貌した姿に瞳に恐怖の色を浮べる。少女の躰は刀で斬り捨てられ宙を舞い、  
どさっと地に落ちた。時折、躰を痙攣させては動いていたが、対抗する力はもはやなかった。  
「母さま……逃げて……はやく、にげて……」  
 
 草原からは男たちが亡者のように次々と立ち上がる。それは、帝をそそのかした神々が  
憑依した武者たちだった。  
『捨丸』  
「なんだ」  
『お業は天界の掟を破り、人と契りを交わした罪人。焼くなり煮るなり好きにしろ』  
「ふんっ、いわれるまでもないわ」  
 捨丸は憑依した神と交信しながらも地を蹴って、間合いを詰めていく。付き人の  
小女たちは次々に刀の露となっていった。盾としてはあまりにも非力だった。多くの  
武者たちに囲まれている以上、時間稼ぎにもならない。  
 
 時置かずして、城のほうでは火の手がおこる。その方角からは風に乗って吶喊の声が  
聞こえてきた。息子がしがみ付いて、怯えた貌を見下ろした時、お業は一瞬諦めかけた。  
 自分の鬼の貌に恐怖の色を湛えた瞳に我に返っていた。大罪を犯したのは事実なのだ。  
しかし、しかし……と、お業は血の涙を流して武者たちにけものの爪を振るっていた。  
『捨丸、仔を斬れ。ぬしならできるだろう』  
「いわれずとも」  
 
 お業といえど、神に憑依された武者を仔を抱きながら片手で相手をするのに限界があった。  
それは、認めざるを得ない。だが……だが。  
「認めない!認めない!わたしはこんなことは、絶対に認めません!」  
 捨丸の刀がお業の抱えた息子の頬を掠める。剣威がかまいたちを呼んだのか、すぱっと切れる。  
 
 お業の気が遠のく。血は出てはいなかったが、ふたりが殺されるのは時間の問題だった。  
姉の方は血の海に顔を伏して既に動かなくなっている。  
 お業は息子を両手で高く掲げ叫んだ。それは、普段の声からは想像もできないほどの  
怒りと哀しみが入り混じった咆哮だった。  
 
 神々は一応に踏み込むのを躊躇った。お業が息子を贄として我が子を喰らい、力を  
吸収することを心底恐れたからだ。だが、捨丸だけが突き進み掲げた息子に斬りかかる。  
刀はお業ともども斬り捨てたと思った。しかし、温かな光があたりを包み、掲げられた息子は  
消えていた。お業は力を使いきってその場に倒れた。捨丸は倒れたお業の首に手を当て  
生死を確かめる。  
 
「死んだか?」  
 捨丸は消えた仔の生死を問うていた。その間にも、先に斬り捨てた娘の生死も確かめ、  
今一度刀を稚子の躰に突き立てた。ざくっと土を抉る手ごたえがある。  
『やつはまだ生きておるぞ、捨丸』  
「難儀よのぉ……。消えた仔をはやくさがせッ!由々しきことぞ!」  
 捨丸はそう叫ぶと、倒れたお業の襟首を掴んでぐらつく美貌を引き寄せて叩く。黒い  
幽鬼たちは捨丸の号令にすぐさま城に向って散っていった。あとに残ったのは陽の落ちた  
草原に血の海に倒れるお業の娘と、主の盾となって斬り殺された小女たちの転がる骸のみ。  
 
「ん、んんっ……」  
 瞼がぴくぴくと痙攣して長い睫毛がふるふると蠢く。眉根を寄せて縦皺をつくり、  
柳眉を吊り上げる天女・お業。口が切れて、一條の血が白い頤を濡らしていた。捨丸は貌を  
近づけて、流れたお業の血を舐めて、乙女のくちびるを舌でなぞった。  
『もう、よい。そいつを担ぎ、皆と合流せよ』  
「愉しむ暇もなしか」  
『やつを殺めてから存分にお業を嬲るがよい』  
「愉快だ、神が同胞を貶めるか」  
 
 捨丸がお業の躰を肩に担ぎに掛かり、そのまま走っていった。討伐隊が去った後で、  
小さな淡い光が雪のようにすっかりと闇となった天上から此処に降り注ぐ。娘と  
小女たちをやさしく包んでゆく。そして跡形もなく骸が――消えた。  
 
「んっ」  
「んん」  
 お風の貌が夕子の上でくなくなとゆすられて、くちびるを貪っていた。貪るといっても、  
お風は夕子をいたわるように愛していた。お風の熱い吐息がこぼれ、夕子のくちびるが  
受けとる。吐息より生まれた細い銀糸が夕子の尖ったほっそりとした頤を濡らした。  
「夕子さま、おきれい」  
 お風にしかみせない貌が夕子にはあった。太照天の冷たい美貌ではない、ただの  
おんなの素顔をこのお風にだけ夕子は見せる。お風は紅を刷いたくちびるが薄く開かれ、  
月の雫がこぼれるのを歓喜の中で見つめる。  
 
「はぁ、はあ、ああっ」  
 お風が夕子の頬をやさしく慰めるように撫ぜ、耳朶に触れる。  
「んあっ」  
 夕子は貌を少しだけ振って仰け反った。仰け反って晒した首には二本の筋、胸鎖筋が  
はっきりと浮き上がった。鎖骨の窪みも深く。お風は夕子をいたわる気持ちを押し退けて、  
貪婪に夕子とおんなになりたいと思っていた。  
 
「夕子さまの声も澄んでいて、うらやましい」  
 かろうじて、想いをとどまる。常夜見・お風はせつなくなった。堰を切るのも……。  
「お風、いまのわたくしは……穢れて……いるううっ!」  
 ふたりの女は衣を脱ぎ捨て、その美しい裸身を絡め合っていた。月と陽が切っても  
切れない仲のように、お風と夕子は睦み合う。お風の蒼白の乳房が喘ぐ仄かに朱を散らして、  
夕子の豊満な乳房の上でひしゃげて擦れる。  
 
 お風の気持ちは弾けそうなまでに狂おしくなって、ふたつに割れた蒼月が夕子の拡げ  
られた両太腿のあわいに押し付けるように擦られて、くいっくいっと動いた。  
「んんっ!」  
夕子が仰向けに寝て、お風が上に重なって責め立てる。人払いのされた天上の寝殿で、  
濡れた熱い吐息と、躊躇いの吐息が縺れる。  
 
「もっと、夕子さまのお声を聞かせくださいまし!」  
 夕子の紫青色の髪が散り、そこにお風の緑の髪が妖しく解け合って。  
「わ、わすれてしまいそうで、恐ろしいのです」  
「なれば、今宵はわたくしが忘れさせてはあげません。いっしょに」   
(この哀しみを癒してさしあげてあげます)  
「わたしは、わたしは……くうっ……はっ、は、はあ、はあぁああ……に、にくい」  
「わたしはなにも知りませんよ。夕子さまのお仔が、わたしには憎うござります」  
「お風……」 
「なんですか」  
「な、なんでも……お見通し……迷惑を掛けます、お風」  
「迷惑だなんて……」  
「務めですか」  
 
「お慕いしているとわかっているくせに、夕子さまはずるうござります」  
 夕子はお風に微笑むが、今度ばかりは、お風の臀部は烈しくゆれた。自分だけの  
快美の求めが、夕子の悦楽に蕩け合う歓喜の刻。爛れた女陰(ほと)が蠢いて、  
互いを喰らおうとする湿り気を帯びた旋律を奏で、「ああっ……あっ……夕子さま…  
…夕子……」お風が昂ぶった。  
 
「あぁあああッ……わ、わたくしは狡猾なおなご……赦して……お風うぅううっ!」  
「はっ、はあぁああ……ほ、ほんに……きょうはあぁああっ……わ、わすれさせ……」  
「て、手加減をっ……。お風、風ううっ、ああ……っ」  
「なっ、なりません!夕子!夕子!お覚悟していただきます!」  
 夕子の細い指が、躰の上で蠢くお風を撫で廻す。  
「お風!風!ふう!もっと、もっと!わたくしを……わたしを感じてえぇえええッ!」  
 
 お風が夕子の躰を抱き起し始めた。夕子は躰を水から引き揚げられるように裸身を  
しならせる。喘ぐ乳房の下に肋骨が薄っすらと浮き出た。夕子はぐらつくのをなんとか  
しようと右腕ではお風の首に絡めながら、左手で正体の消えてなくなりそうな躰を支えた。  
 もとは人間。ただ永劫の命を授かっただけだ。ふたつの種が永遠と限り或る命を選択して  
袂を分かった。永劫が力を蓄える術となった。祖は同一なのだ。  
 
 夕子は左手で躰を支えながら腰を振り続けた。  
「ふっ、ふ、ふうぅ、おおっ……んんっ」  
 切れ切れに夕子が名を呼ぶと、その狂おしい求めに応じて躰を抱き起こし、鼓動を互いが  
感じることのできる対面座位をとる。  
「んん、んぐっ、んはあ……はあっ、はあ……んんっ、んぐっ」  
 熱い吐息、そして口吻。お互いが唇を開いて貌を横に縦にして重ねる。そのやわらかい  
ぷりっとした感触に女陰が熱くなった。   
 
「はっ……はあっ……」 短く息を吸うおんなふたり――見詰め合いながら、くちびるが  
そっと離れる時がせつない。たまらないと、お風が夕子に寄せた貌を左右に軽く振って  
くちびるを擦った。夕子は終わるのを待ってから舌を差し出して、お風の上唇を捲る  
ようにして舐め廻す。ふたりの両手は互いの吸い付くような白い柔肌を撫で擦る。  
やさしく、そして儚げに……現世の哀しみを想いながら。  
 
 腰骨から脾腹へ手を押し上げて、また下りていく。下りたかと思えば、すうっと  
上がってきて、背に手は廻される。お風は夕子の肩甲骨を撫で廻し、夕子の手が  
先に下りて、お風の双臀の尻肉を鷲掴む。  
「んあぁあああッ!はっ、はっ」  
 鷲掴まれ、手を交互に廻される。お風は仰け反って夕子のくちびるをほといた。  
夕子から貰うはずだった、唾液がとろりと溢れ、頤から突っ張った首に滴る。夕子は  
お風の頭を抱いてやり、浮き出たお風の胸鎖乳突筋に赫い唇が這う。そして吸った。  
お風の唇は快美に顫える。  
 
「あっ、あ、あ、ゆっ、夕子おぉおおッ!」  
 お風の喚きに夕子の唇が這い上がって、顫えるお風の頤をくちびるに含む。  
「はっ、はあ、は、はあ……」  
 お風のくちびるはだらしなく開いて唾液を垂らした。攻守が変りそうなのを悟ったものの、  
まだ責めたりないお風は痙攣を堪えて腰を振る。責めだったお風が、逆に夕子に責められ  
始めた。夕子は右脚を取るとお風の乳房へとぐいっと近づける。自然とお風の頤からは  
夕子のしゃぶっていた唇が離れていった。  
 
「んっは、はあ、はあ……」  
 夕子も荒い息遣いをしていたが、そのままお風を責め続けた。自分の左脚をお風の  
右外へと跳ねると、お風は尻を揺するのをやめて、後ろ手を付いて貌を仰け反らせ柳眉を  
吊り上げさせながら、ゆっくりと右腕を折って夕子に身を任せるように横になってゆく。  
「夕子……夕子さま……」  
 お風の左手が空を掻いた。右手は衝きあげられるのを堪える為に肘を立てて逆手に  
朱の敷物を握る。夕子は立てた上体を逸らして、女陰を捻じ込むように擦り付ける。  
 
「夕子さま……ゆうこ……ゆう……」  
お風の求めた夕子の手は左の内腿に触れられていて届かない。お風はしかたなく、  
手を水平に伸ばして朱の敷物を掻き集めるようにして握り締める。暫らくその体位で  
責められていたが、上体を逸らし仰け反りながら蒼白の乳房を喘がせている  
太照天・夕子の姿態を拝むことはできない。お風は衝き上げに狂ったように貌を左右に  
振って、結った黒髪を朱に散らし啜り歔くばかり。これが神格の違いと諦めるしかないのだろう。  
 
お風は待つおんなになった。その気持ちにお風が入ったのを見て取り、夕子は背を  
付けたお風の右脚を肩に担ぎ躰を圧し掛からせて腰を突き女陰を擦り付ける。お風は  
もう一度空を掻いた。今度は虚しく掻くことなく、夕子の細いしなやかな指が絡まって来た。  
(夕子さま……あ、主さま……わたしは決してあなたの元を離れませぬ)  
 夕子はそう誓約(ちかい)って、遠くで主さまの咆哮を聞きながら真っ白になっていく。  
被さる夕子の重みが、遠のく意識の中でお風の悦楽となった。  
 
「だいじょうぶ、お風」  
 お風が瞼を開くと、そこには夕子の哀しんでいる貌があった。  
「申し訳ございません」  
 自分だけが快美感に漂っていたのかと思うと、羞恥に灼かれそうなお風だった。  
「ちがう……ちがうのよ」  
「このお風が夕子さまの盾になります」  
「ありがとう。でも、この哀しみは癒えませんね」  
「わたしたちは時の流れのままに。夕子さま、そうでござりましょう?」  
 結果的に夕子はお風に慰めてもらったことになってしまった。だが、永劫の生の中で、  
やわらぎこそすれ、それさえ怪しいが・・・この痛みは消えることはないだろう。  
 
 せめて夕子のできることは、あの娘が成人して……。お風は夕子の気持ちを察して、淡い  
朱の唇をゆっくりと開いて舌を差し出した。夕子の目にお風の花が開いていく。やさしい  
眺めと微かな湿り気の音が耳に届いた。夕子の赫い唇も開いて舌を差し出すと、  
お風の舌先にそっと触れていった。  
(わたしは地上に蒔いた種を刈ってしまった……それは逃れることのできない罪)  
 
 
「ええいっ、なにをしている!きゃつめは探しおおせたのかあッ!」  
 城内に入るなり大江ノ捨丸の怒号が飛んだ。  
「ん、んんっ」  
「目を醒ましやがったか」  
 肩に担いだお業を乱暴に床に放り投げる。肩を石床に打ちつけてお業は小さく呻いた。  
「寝たふりはよせ。おい、起きろ!聞きたいことがある!」  
 お業の白い薄衣の胸倉を掴んで引き付けると、数回頬を叩いた。お業は目を見開いて  
捨丸の醜悪な貌をキッと睨んだ。捨丸の剣威でお業の薄衣は無残に裂け、白い乳房が  
露わになっていた。  
 
「神格とはこうも違うのか。手ごたえありと見たがな」  
 お業の肌には付けたはずの刀傷がきれいさっぱりなくなっていた。ただ、白い乳房に  
噴き出た赫い血糊だけが附着して白に滲み込んでいる。  
「綺麗だ。この血」  
 捨丸は左手でお業の躰を引き付けたまま、乳房を鷲掴む。  
「ううっ」  
 お業は綺麗に結っていた髪をざんばらに床へと散らし、捨丸に白い喉を晒していた。  
仔を遥か彼方へ跳ばしたことで、すべての力を使い果たしていた。  
 
「いい貌してるぜ。声音も俺好みだ」  
「ああっ」  
 髪を掴んでお業の貌にばら撒いた。深い緑の髪にお業自身の赫い血糊が附着した。  
捨丸はその表情を愉しんでから、乳房を乱暴に揉みしだいた右手を、お業の右肩に移し、  
貌を血の付いた乳房に近づけ、お業の匂いを肺いっぱいに送り込みながら、蛇のような  
舌で舐め取っていく。  
 
 捨丸はお業の血をわざと貌に擦り付けようともした。お業は薄目でその様子を見て、  
ありありと嫌悪の貌をつくった。  
 すると肩を鷲掴みしていた手を離し、お業の嫌悪に歪んだ貌、頤を掴んで貌をひしゃげさせて  
面と向かい合わせようとする。お業の嫌悪のおんな貌がただの醜い貌になる。  
「や、やめてください……」  
 握力でお業のくちびるが尖る。  
 
「美醜とはいったもんだ。棒を咥えこませりゃ、こうなるのか」  
「ひいっ」  
 お業は貌を逸らす抗いすら赦されず、小さく悲鳴を上げてしまっていた。これは禁を犯した  
罰なのだと一度は思いもしたが、夫の生死、娘を救えなかったこと、そして夫に捧げた  
躰を意趣返しに穢されようとしていることに、ただの恐怖に怯える女になっていた。  
 
唯一の救いは息子の命を母としてまもれたことだったが、愛しい仔に想いが及んで、  
そう思えば思うほど自分が異形の者になることを抑えられなくなるのだった。ドクン!  
ドクン!と血が逆流し始めた。仔はもういない……なれば……しかし、夫は……夫は?  
『捨丸、それぐらいにしておけ』  
「しょうがねえ」   
「あのひとは……」  
お業は自ら捨丸の瞳の色を窺っていた。   
「あのひとだぁ?もう殺っちまったろうよ。ただの人間だ。たやすいもんよ」  
 捨丸のハッタリだった。安否のことなど関知しない。おんなの狂う貌を見てみたいと思っただけ。  
   
「たっ、たやすい……だと」   
 お業は怒りに震え始め、捨丸はお業の変化に気づいた。すぐさま襟首を掴んだ手を離し、  
お業は石床に頭を強く打ったが、躰を逸らし始め乳房をせり上がらせる。  
『変化するぞ、捨丸』  
 ザッ!と床を掃いて片羽六尺の翼が両いっぺんに拡がった。  
『業の涙の翼を斬れ!』 「涙だ?」 『ホクロだ!泣き黒子を見ろ!』  
 両手は床に水平に踏ん張るようにして、鳥獣の足のように変り始める。  
「こいつにゃ、もう余力が無いんだろ?」  
『うつけが!鳳凰にでも変化されれば、命の保証はないぞ!』  
 
「つくづく、うっとうしい奴だ!で、涙の翼だと?風流なことぬかしやがって!」  
『さっさとやれッ!』 「歔き黒子か。てめえらの命も危ういのかよ!」  
 大江ノ捨丸は反り返るお業の腹に右足で踏みつけ、白い衣を裂き始めた。反り返った  
躰をおもいっきり踏みつけられたお業は悶えながら白目を剥いて頭を仰け反らせる。  
瞳の色が戻って、橙黄色から金色に変り始める。美貌に名残りはあったが、お業は  
もはや人ではなかった。腹部を捨丸に踏みつけられたまま裸に剥かれ、手脚を地に  
押し付けられて暴れる土蜘蛛のようにばたつかせている。  
 
『何をしている!やらぬか!』  
「せっかくの上玉だ。愉しませてくれや」  
『そんな余裕なぞ無いわ!』  
「うるさいッ!てめえらが仕掛けたことだ!こいつに、おまえの神威とやらを見せ付けてみろッ!」  
 捨丸はお業の左の羽に手を掛けると、手袋が一瞬のうちに焼け焦げる。そして肉の焼ける  
臭いがしだす。  
「この阿魔!とんだ、喰わせもんだぜ」  
 喉を晒していたお業は頭を起こして、牙を剥き始める。  
 
「シャアアアアアッ!がはっ!ギャッ!キシャアアアアアアアア――ッ!」  
 バリバリと戸板を剥がすような音と血がしぶいた。しかも、その噴き出た血が炎で瞬時に  
蒸発して特有の焦げ臭さを漂わせた。捨丸はその光景に恍惚とした表情を覗かせはしたが、  
気を抜くまいとして、お業の裸身を蹴飛ばして左の羽を根本から毟り取ってしまう。  
 神々が憑依した討伐隊の武者たちが凌辱されるお業を取り囲んで、その捨丸の  
所業に目を逸らしていたが、それも最初のうちだけだった。お業は左の翼を毟り取られて変化を  
解かれてしまう。蒼白の背に左の肩甲骨の裂け目から血がしぶいてからは、ドクドクと流れて  
お業の柔肌を血で濡らし床に流れて、武者姿の神々の足元までも辿り着いた。  
 
 皆はその血の中に自分の貌を見ていた。胸が息苦しくなって、鼓動が速まる。お業の  
躰はうつ伏せになっていて、上で結っていたはずの綺麗な髪形は襲撃の際に既に散らされていて、  
今は血の海の中に緑の髪は藻のようにたゆたい血を吸っていた。左の翼を捨丸に  
引き千切られたことで、右の翼も永遠に失われたのだった。  
「おんな!こっちを向けッ!」  
「かはっ、はっ、はあ……ゆ、ゆるして……」  
 お業は肘を付きながら血を吐いて首を折り、うなじを晒しながら上体を起こそうとするが、自らの  
流した血で滑って、乳房を血の中に押し潰した。  
 
 捨丸はお業の脇から覗く、ひしゃげた豊乳に魅せられ涎を垂らし、焼けた手の甲で口を拭う。  
「はやく、髪のそそけた面をさらさねえかあッ!」  
 捨丸は血を吸った髪を掴んで赫く濡れた貌を上げ、お業はもう一度、左腕を折って―  
―右腕は力なく伸ばしたままで、のっそりと上体を床から剥して仰向けとなった。  
背が血溜まりの床に打ち付けられベシャッ!と肉を打つ湿った音を立てる。  
「ぐあっ、うっ、ううっ……こ、これで……満足……」  
 胸を突っ張らせふたたび背を上げて苦悶し、石床に力尽きて落ちた。  
 
「ぬかせいッ!仔をどこに隠しやがった!」  
「そ、そんなこと……言うもんか……いわない」  
 痛みに眉間に縦皺を寄せてはいたが、薄目を開いたお業が捨丸には  
笑ったような気がしてならなかった。捨丸はお業の髪を鷲掴んだまま、  
血の海から引き摺った。血の軌跡の無残絵が石床に描かれる。  
 
「ううっ、ああ……はっ……はぁ……」  
 お業の手が肘を立て捨丸の髪を掴む手に絡んだが、躰を捩って抗うとはしない。  
小さく呻いていても、尚も呼吸を整えようとする気丈さが捨丸には気に入らない。  
『なにをするんだ?』  
「なんだ、こいつを今更憐れむのか?殺しやしねぇよ、安心しな」  
 捨丸は憑依した神にそう言って、お業の血に濡れた裸身を壁のほうに放り投げた。  
 
 転がされ壁に躰を打ち付けられ小さく呻き、それでも討伐隊にこれ以上裸身を晒すまじと  
背を向けて脚を揃え乳房へと持っていこうとした。背は丸くなって骨を浮き上がらせた。  
「うっ、うあぁあああッ!」  
 しかし、翼を引き千切られた傷口が開いてしまい、また背を血で濡らす。  
「こいつの情人を連れて来い。そっちに聞いてやる」  
 捨丸は討伐隊のひとりに耳打ちしてから、胎児のようになったお業の裸体の背に唾棄する。  
 
 確かに、捨丸にとってお業の態度は癪だったが無上の歓びだった。捨丸に耳打ちされた  
男が鎧の紐をほといて床にガシャガシャと耳障りな音を立てて落としていった。  
「そいつは付けておけ」  
 鎖帷子を縛る紐に手を掛けた男の動きを制する。  
『なにをする気だ。もう引け。火に巻かれるぞ』  
「おまえらの力で消せよ」  
『滅びの炎は消せぬ』  
 
「滅びか。地獄絵を極めさせてもらうとするか」  
 男ふたりがお業の丸くなった躰に近づいて屈むと、二の腕を掴んで引き起こして壁に  
押し付ける。ちょうど壁に磔になったような体位を取らされ、三人目の男が裾を割り開いて、  
お業の豊臀に腰を付けて揺すり始めた。男は腰骨を掴み引き付けて男根を扱き立てる。  
「ううっ、うああっ!」  
「しっかりと抑えておけよ」  
 お業が暴れないように拘束せよということと、交媾まで精を吐き出すなという含みを  
持たせていた。お業は抑えられている手を蠢かして爪を立て、壁を掻き毟っていた。  
    
 男の陽根がお業の赧く染まった蒼月の柔肌に扱かれて膨らみ始めた頃、両脇を  
抱えられた、お業の想い人が連れ込まれた。首を折って頭を垂れてはいたが、男は  
確かに生きていた。黒い布で目隠しをされ、口には布が押し込められている。  
 お業の臀部で腰を振っていた男が腰を引く。  
「犯れ!」  
 
 捨丸の声に頷いて、お業の拡げられた脚を、足の甲で跳ねる。右手で交媾できるまでに  
膨らんだ肉塊を握って、左の尻朶を割り開き錆朱に濡れ光る瘤を、拒むつぶらな孔に宛がう。  
「んっ、ん、ん……!」  
 蜜も出ていない中に一方的に挿ってくる肉棒にお業は堪える。痛みと、やがて来るかもしれない  
肉の魔道に。  
 
 嬲られ、お業は首を折って貌を隠そうとするが、いつしか討伐隊の武者の衝きあげに  
隠そうとした貌を上げて壁に頬を擦り付ける。唇を血が出るほど噛み締めても、鼻孔が  
膨らみ始めていた。壊れそうな中で、想い人との記憶を、お業は必死になって手繰り  
寄せようとする。  
 
 
 男がお業の豊な乳房にそっと触れた。そこに哀しみが生まれる。ただの男と女になって  
交接に狂いたいという狂おしさはあったけれど、なぜだか哀しみがひとつ生まれる。  
 これから先のことを思ったからだろうか。それとも思いが叶うからなのとお業は自分の  
良心に問うてみる。天界の禁を破ろうとする罪人になろうとしていた。そのことを自分は  
男に隠して近づいた。だから、最初に自分から身元を明かしたけれど、それ以上のことは  
告げられなかった。  
関係を重ねても、壊れてしまう不安が生まれてしまう。それがお業の翳りの理由、そして  
それが罪だった。自分の名にくちびるを噛む。  
「お業」  
お業の躰の上で男が揺れて、瞼を閉じて快美感を噛み締める。男の重みが躰に掛かって  
そっと瞼を開けると、揺れる愛しい男の逞しい肩が見えた。そして天上を仰いで蒼い空の  
向うの自分のいた世界を眺める。お業にはもう遠き世界。  
「もっと、わたしを言い名付けて。あなた……」  
 ゆっくりと瞼を閉じ合わせ眉根を寄せ愛されていることを噛み締め、掲げていた脚を男の  
腰へと廻し交差させる。  
「お業。好きだ。愛している!」  
男の背に腕を廻してひしっと抱き締め、自分のいるべき場所はこの男なのだと女陰を熱くさせた。  
「うれしい。うれしい、もっと。もっと言って。もっとしてぇぇぇッ!」  
 
「お業、どうした。どうして、そんな哀しい貌をする?」  
 おんなの貌は男の繰り出す律動による快美に耽溺し、見せる歔き貌とは様子が違っていた。  
「いや、いや、もっと、もっと動いてぇ……!」  
 男の滾りに肉襞を絡めなりふり構わずに縋ってくる。お業の刻からすれば、相翼院から男を  
見下ろして成長を見守ってきたのは瞬きするぐらいのもの。そして、非力な人に恋情を抱くことに、  
当初なんの疑問もないわけではなかった。  
 ひょっとして、自分は恋に憧れていただけではないのだろうかと考えてみたこともある。瞼を閉じて  
浮んでくるのは少年の壁画を見詰めるやさしい眼差し。そんな眼差しを送ってきた男性は今迄  
いなかったことに気づく。胸が熱くなった。そして少年の透き通るような白い肌が、お業のおんなの  
部分の興味をも深化させていった。  
「烈しく、烈しくううぅぅぅ――してえぇええッ!」  
 
 
「あぁああッ!」  
 お業は壁に唇を擦りつけながら口を開いて呻いた。捨丸は、お業が嬲られている壁のほうに近づいて  
いって肘を突き上げて、お業の抽送に喘ぐ貌の傍に左拳をドン!と打ち付けた。  
「ひいっ!」  
 顔を捻ったそこに、捨丸の嗤う顔があった。お業は涙をこぼして顔を伏せようと額を壁に擦ってみるが  
、烈しい突き上げがそれを赦してはくれない。捨丸は、お業の顔の傍に打ち付けた左手でそそける緑の  
髪を鷲掴み、顔を更に晒したのだった。  
「ああ……」  
「健気だぜ。もう、そこまで頑張ったなら旦那も赦してくれるだろうさ。さっさと吐け!」  
 
「いゃあぁああああ――ッ!」 「しとやかさの微塵もねぇな。しょうがねえ。やっちまえ!」  
 お業の耳にその時、肉を叩くような音がしたような気がしたが、秘孔を抉り立てる律動とともに音のことは  
忘れてしまう。嬲り続ける男は、お業の躰を横の二人に捻らせ、自分はお業の左脚を畳み正面を向かせに  
掛かる。お業は狂ったように貌を振って血を吸った緑の髪で凌辱を尚も続ける男に抗うかのように叩く。  
しかし、本当に狂うのは瞼を開けた刻にあった。  
 
 背を壁に付けて衝きあげられ、赫い唇を開き白い歯と吐息を洩らし始めた。堪えようと  
してもどうすることもできなくて、お業は我が物顔で女陰を蹂躙する男の肩に貌を  
埋めようとする。乳房を好いように弄ばれ、歔いた。  
「もういい。手を離してやれ。馴染んできた頃合だろ」  
 お業の蒼白の裸身は芯の左の翼を引き千切られたことで血まみれとなっていた。捨丸は  
死姦願望こそないが、お業の美貌に加え血まみれの肌で喘ぐ肢体の蠱惑に魅せられ、  
己が逸物を女陰に突き刺して女を殺せないことに少しだけ悔いた。  
 
「ひっ」  
 お業は小さく悲鳴を上げたが、それが子壺を小突かれたからなのか、捨丸の言葉責めに  
よるものなのかがわからなくなって、一旦は頭をドン!と壁に打ち付けて男から離れようと  
試みたものの、その肩に肉魔道に堕ちそうな泣き貌を擦り付ける。  
 男の鎖帷子を着込んだ肩に、お業の貌に附着した血が拭われた。拘束されていた腕を  
解放され、自分を支えようとして凌辱を続ける男の肩を鷲掴む。爪を立てたところで鎖が  
じゃまをして食い込むことはなかった。  
 
 何故に自分を嬲る男にしがみ付こうとしているのか、捨て鉢な気持ちになりながら薄眼を  
開くと肩越しに想い人の夫がいた。既に黒布の目隠しが取れていて、真直ぐな瞳で、  
お業を見ていた。お業の躰の罪が炎に焼かれる。しかし、口から出たのは絶望の言葉。  
あらん限りの声で叫べば罪が消えるのか?夫が救われるのだろうか?  
「あっ、あ、ああ……。好きにして……もうどうにでもして……ころして……ころしてよ……ころしてください」  
 
 夫は床に這い蹲る格好で、面を上げお業の嬲られる姿をやさしい瞳で見ている。  
少し離れた所には彼の左手が跳ねられて転がり、その血がお業を慕うかのようにして  
足元にまで伝って流れていた。  
「どっちだ」  
「うっ、う……こっ、ころし……」  
「だから、どっちをだって聞いてるんだ!」 「夫ともども……ころしてください!」  
 
「お紺、そろそろけえるぜ。そんなに祈られりゃ、神様だって、もううんざりだぜ」  
 女はそれでも幸せだった。確かに仔が授からないことは、跡継ぎがいないということで、  
夫に対して心苦しい。しかし、夫はそれほど気にも掛けていなく、むしろ出来なきゃ  
出来なくたっていいんだぜと、むずかゆくなるようなこと、ほろりとさせるようなことを  
平気で言う男だった。ふたりで閨を愉しめばいいんだしさと。  
 
「はいはい、わかったよ」  
「なんだよ、それ。ひとが親切にいってんのに、神様だってお冠だぜ」  
 両手で角をつくってみせる。だから、そんなため口がきく。うるさそうに言っても、  
女は綺麗な口元を嬉しそうにほころばせていた。  
 お紺の赫い唇が笑った。そしてもう一回と、お稲荷さんに子宝をと祈って背を  
向けようとした時だった。淡い光を見て、それが人形に変るのを見た。  
 
「あっ、子供」  
 帰ろうとする夫が、お紺を振り返った。   
「できたのか……?」  
「ばかだねぇ。そうそう簡単に仔が授かるわけ……」  
(ほしくないわけ、ないよねぇ。ごめんよ、あんた)  
 お紺は境内の裏へと歩いていった。気になってしょうがない。裏側なのだから、  
お紺には見えるはずがない。だが、お紺は見た。あまりに欲しいってねがったから  
幻覚でも見たのだろうかと思っても、確かめないではいられない。  
 
「おいおい、なにやってんでぃ……お紺よう」  
 つい本音が出てしまって、お紺を傷つけてしまったのではないかと申し訳なさそうに  
声を掛け、ぼやきながらも、お紺の後を付いて行く。  
「どうしたんだい、坊?迷子になっちまったかい?」  
 少年はいた。膝を抱えて小さくなっている少年は顔を横に振った。お紺は少年の顔に  
大きな切り傷を見てぎょっとしたが、それでも努めてめいっぱい、やさしく接しようとした。  
 
「もうすぐ、雨が降ってきそうだよ」   
「そうだな」  
 お紺の後ろから夫が相槌を打つ。   
「ばか、あんたに言ってんじゃないよ!」   
「おい、よさねぇかい。坊が怯えちまうだろが」  
「あんた……。そ、そうだよね」   
(貌の疵はわけありだね。触れないことにしといたほうが……よかぁないかねぇ)  
 お紺は夫に耳打ちをする。  
「ああ……、そう言うこった。てめぇも、それぐらい、俺っちに気配りしゃがれ」  
 お紺は男に肘鉄を食らわした。  
 
「いてぇってんだよ」  
「ねえ、坊はどっから来たんだい?」 「おい!お紺」  
 少年は答えようとはしなかった。もしかしたらと、お紺は少年が口をきけないのかも  
しれないと思い至って、お紺は少年に手を差し出しのべた。  
「わけありなんだね、坊は。なら、いいよ。家においで」  
 少年は緊張したのか固まってしまう。お紺は差し伸べたままで、辛抱強く待っていた。  
 
「じれってぇな。ほら、お紺が来いっていってんだからよ」  
 大きな手が少年の手を掴んだ。すると少年は目から大粒の雫をこぼしてしまう。  
「あんた、坊になにしたんだよ!このばか!もっと、やさしく握ってやんなよ!」  
「なっ、なんにもしてねぇってよう。なっ、坊?」  
 少年はこくりと頷いていた。  
「ほれ、見ろ」   
「そっ、そうかい?」   
 お紺は少年の様子を窺う。   
「疑りぶけぇ、野郎だな……」   
 
「だれが、野郎だってぇ!張っ倒すよ!」  
「こっ、こえぇええなぁ〜」   
「ふふっ。あっ」 お紺が小さく声を上げる。  
「どうした?」  
 泣いている傍で、夫婦で喧嘩をやらかすものだから、あわててお紺の手を少年は取る。  
お紺も少年の手をそっと握り締めた。握り返してくる小さな手に、お紺の胸が熱くなった。  
仔の手触りは妻から母になれた、お紺をそんなやさしい心持にさせてくれる。  
「びっくりしたかい?べつに仲が悪いってわけじゃないんだよ。ほんとだよ。ほんとに  
ほんとだからね」  
 お紺は卵形の綺麗な顔をしていた。どことなくその風貌は、お業に通じるものがあった。  
違いといえば、お業の左目には泣き黒子があって、お紺は笑うと愛くるしい笑窪が浮ぶ  
ことぐらいだろうか。お紺は少年にやさしく微笑んだが、また泣き始めてしまい、  
ふたりはなだめるのに、その一日中苦労することになる。  
 
 
「こ、ころしてください」 
「なっ、なにぃ!」  
 すっとんきょうな声を上げ捨丸は急いで男の方を振り返った。男は床に  
這い蹲りながら、目隠しが外れて、お業を想う眼差しで見詰めていた。天井を  
見続けていた少年の瞳のままに。捨丸の顔が仲間をも斬り付けかねない形相に変った。  
おんなに肚を括られては愉しみもあったもんじゃない。捨丸はそう思って歯軋りをする。  
 
「くそおッ!拘束しておけって酸っぱくなるほど言ったろうが!何の為に目隠しまで  
させたと思ってんだあッ!たわけが!」  
『捨丸、もう引け。潮時だ』  
「わかった。わかったよ。引きゃいいんだろうが。こいつらをさっさと相翼院へ連れて行け」  
 お業を貫いている男の抽送が速まって行く。ぐらぐらと躰が揺さぶられるのを、捨丸は  
一瞥してから仲間が持っているたいまつを取って、お業の夫へと近づく。お業は夫が  
火で焼かれるのかと思って気が遠くなり始めた。  
 捨丸は切り口に火を近づけて、止血代わりに傷口を焼いたのだった。口には布が  
詰め込まれて叫ぶことはできないが声は、お業の耳にしっかりと届いて来た。  
 肉が焼ける臭いと、膣内を精で灼かれるのと同時に、お業は完全に失神してしまった。

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