常夜見・お風の恋  
 
「曙光、なぜこのわたしなのだ。奉納点からすれば、夕子さま。いいや、昼子さまとも  
交神の儀、可能なのではないか」  
 お風は曙光をみつめ、大きな手にやさしく肩を抱かれていた。  
「納得いきませぬか?」  
 常夜見・お風の瞳には光は届かない。それゆえに、見えないものを長々と見続けてきた。  
太照天・夕子の眼となって生きた証。  
 壬生川一族の死んだ者たちの証とはなんだろうと、曙光に問うてみたかった。  
「いや、別にわたしは拒んでいるのではない。理由がしりたいのだ。ほんとうの」  
「我が、壬生川一族の恨みにござります」  
「遺恨……か」  
 納得はしていたが、なぜ曙光は自分にこうまでもやさしいのだろうと思ってみた。  
「それが、すべてにござりました」  
 一族の存念晴らしたければ、いっその事、好きに犯せばいいのにと思う。  
 
「そうか……」  
 お風は寂しそうに小さくポツリとつぶやいていた。  
「お風さまが夕子さまの側近中の側近と聞き及んでおります」  
「寝物語に話したか」  
「さようにございます」  
「いろいろと怨まれているからな。殺すがよい。おまえなら、それも可能だ。もはや、  
あの黄川人とて……敵ではあるまい」  
 曙光がお風の体を片手でぐいっと引き付けた。上体を曙光の厚い胸に預ける格好で  
両の手をついて腕を畳んでいた。  
「なっ、なにをする」  
「わたしが、恐ろしゅうございますか?この鬼めが。鬼となりつつある、この曙光が」  
「こわい、おまえが怖いわ。なにを思うているのかが、わたしにはようわからん」  
「震えないでくださいまし。怨んでいたのは、子の頃だけでございます」  
「ゆるせ」  
「わたしたちも、数え切れぬ涙を見、そして流して来ました」  
「すまぬ。この風がすべてが悪いのだ」  
 
「夕子さまを好いていらっしゃるのですね」  
 
「曙光、なにを言う」  
 曙光の言葉に驚嘆して胸から体を引き剥がそうとしても敵うはずがなかった。  
神々と交神を重ねに重ね、ようやく欲した魔人の力を手にして、敵対するのみは  
限りある儚い命だけとなっていた。  
 花の命も捨てて短命を駆けて力を紡いできた鬼の一族。  
「夕子さまは世情を憂い、よかれと思ってやったことだ。わかってくれとは言わないが、  
事実だけでも知っておいてくれ。責めはわたしにある」  
 曙光の人差し指と中指が揃えられて、そっとお風のくちびるを塞いだ。  
 
「わたしたちは……。初代当主、琴音さまはあまりにも非力。遠き道のりでございました。  
壬生川の者はだれもが等しく力を欲して生きてきたのです。それにより無くした物や  
捨ててきたもの、あまりにも多く。この力、此処まで来て今更捨てることは赦されず、  
良き力として行使させていただきます。夕子さまにはそうお伝え下さい」  
 
 曙光の手首をとって、指をそっと除けると口を開いた。  
「わたしの体で怨みを晴らせ、曙光」  
 
 熱く潤む瞳から雫がこぼれ落ちる。  
「そうさせていただきます」  
「ぞんぶんに、曙光さま」  
 曙光に体を預け、白無垢の衣を脱がされた。乳房を揉まれ……曙光の愛撫は  
あまりにもやさしくせつなかった。  
「お風さまの紫苑の瞳は我が壬生川の色。恋しゅうござりました」  
 曙光がその想いを吐露した。  
 
「舐めてくださりませ、曙光さま。あなたの舌でわたくしの光りのない眼を舐めてください」  
 
 潤んだ瞳で曙光をみつめる。顔を包まれるように、曙光の両手で押さえつけられ、  
舌が差し出される。お風の眼球を曙光はそっと舐めた。舌先で押されて光りが見えた。  
 
 
「目に虫が入っていたいよう、母上」  
「そんなことで、なくんじゃありませんよ」  
「みっともないですか?」  
「だれも、そんなこと言いはしません。多分、うんかが入ったのね」  
 涙の向こう側で笑っている曙光の母。  
 
「ほら、目をあけてごらん。こわくない、こわくない」  
 呪文のように諭しながら曙光の頬を母のやさしさの両手で挟まれて、紅い舌を  
差し出して近づいてくる。甘えた記憶は甘美過ぎる瞬間の体験だった。  
 
 
 お風の頬は震えていた。  
「だいじょうぶですか、お風さま」  
「いじわるをしないで、はようしてっ」  
 瞬きしながら、白目を剥いてみせていた。  
「わがまま赦してくださりませ」  
「風でよいから。わたしを風といっておくれ」  
「風、瞼を閉じて」  
「はい」  
 もう勝ち気な、お風はいなかった。曙光の舌が閉じられた瞼をめくらないで  
上をそっと撫でていた。  
「ああ……」  
 曙光の舌の感触に眼球の震えは治まらない。  
「こ、こんどは風にさせてくださりませ」  
 白蛇になって曙光の逞しい胸板を昇った。手が下から昇って指が絡みつき、  
男根を扱いてから胡坐を掻いた中心に腰を落とし膣内に埋め尽くしていた。  
 
「わたしは、ほんとうに強い男を待っていたのかもしれない」  
 白い両脚を曙光の臀に掛け、お風の貌が揺れ天上を見上げてから戻ってくる。  
上位にいるはずなのに、見下ろしている曙光が眩しかった。眩しすぎて、お風は  
激しく横に縦にと顔を揺さぶっていた。  
 曙光の首に左腕を絡ませながら、髪留めをほどいた。濃やかな黒髪が風に  
なびくみたいにして白雪の地に鮮やかに散っていった。  
「風、夕子さまが、妬かれます」  
「ほんとうにわたしでよかったのか。よかったのか、曙光」   
「中には神格の……」  
 曙光が言いよどんで、少し可笑しかった。  
「どうしたのだ。いってくぬか。構わないから。だれも聞くことはないから」  
「神格の低い蛍様がいいといいだした奴がいて、大揉めにもなりました」  
「さっ、さようか」  
「笑い事ではないのですよ」  
「笑ってなどおらん」  
「いいえ、笑いました。風、仕置きにございます」  
 
 尖った乳首を口に含んでコリッと歯を立てた。  
「んああっ、あっ。す、すまぬ。でも、それなら」  
 少し媚態を匂わすような曇り。所作はお風が意図したものではない。自然な感情が  
表にでてしまったこと。ここは、ふたりだけの場なのだからと男に縋っていたからだった。  
「これぐらいのわがまま、聞いてもらわねば割りが合いませぬ」  
「そうか。割りが合わぬか」  
 歓ぶ女になっていた。  
「はい」  
「それでは、曙光さまにはたたっぷりと愉しんでもらわねば」  
「好きにわたしを突いてくれて構わぬから」  
 曙光の手がお風の濡れたような黒髪に触れる。  
「曙光」  
「なんでござりましょう」  
「僅かであっても、我が子を愛しむ温もりをこの手に、しかと刻もう。  
それから、壬生川は朱点を倒す道具などではない。そう思ったことは一度たりとも、  
なかった。誓ってない。信じてはくれとは言わないが、伝えておきたかった……。  
わたしを最初に選んでくれた男には……」  
 
「お風さまと心を重ねましたから、おわかりもうした」  
「ぬ、ぬかしよる」  
 曙光は笑う。お風も笑っていた。溢れる涙を、お風は隠そうとはしなかった。  
「その笑顔、忘れない、曙光さま」  
「そのお涙も、心に刻みまする」  
 ふたりの律動は馴染んでいって、常夜見・お風は壬生川曙光の女になった。曙光も  
お風の渦に巻き込まれていった。  
 事が済んで、お風に寝間着をそっと掛け、すっと立った。お風もそっと脚を揃えて  
折り畳み、衣と脚を引き寄せながら上体をゆるりと起す。  
「さようならば……」  
「おさらばにござります」  
 深々と頭を下げる。背を向け、お風から去って行こうとする。  
 下腹にそっと手を持っていって掌で撫でていた。  
「待てっ、曙光。曙光!」  
「なににござりましょう、お風さま」  
 未練を残すだけと振り返るつもりはなかったのに。  
「わたしは……曙光。わたしは風だ。おまえだけの風だ。それを覚えていてくれ。頼むから」  
 しばらくふたりはみつめ合っていた。  
 お風の雫が鴇色の唇に流れ伝った。もういちど、別れの言葉を口にしたけれども、震えて声にはならなかった。  
 
 
 みなは、こんな想いをして送ってきたのか。こんな、想いを……くりかえして  
 
 ――終――  
 
 

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