どこまでも続く長い回廊を、少し小柄な影が滑るように進んでいく。  
走る動作が軽やかなのは、彼がまだ少年だからだろう。  
七篠(ななしの)十兵衛、七篠家第十代当主。当年とって零歳三ヶ月。  
先月、初代の「一太郎」を襲名したばかりである。  
岩柱の影から飛び出してきた悪羅大将をすれ違いざまに切り伏せても、歩みの速度を全く変えない。  
巨体の鬼は斬られたことすら自覚せぬまま、鮮やかな切り口を見せて二つに裂け、すぐに消滅した。  
 
十兵衛は、初陣ではない。  
つい先月、生後二ヶ月にして、一族の手練れとともに地獄巡りに向かい、凄まじい戦いの中に身をおいたばかりだ。  
わずか一ヶ月の修羅の旅の成果は、当世最強の剣士の誕生だった。  
京で一番という源頼満でさえ、都の大路で、地獄めぐりから帰ってきたこの少年とすれ違ったときに驚嘆している。  
「七篠の先代とは、選考試合で三度戦い、三度とも負けた。  
それが倒れられたと聞いて残念に思っておったが、当代がまだ少年であれほどならば、七篠家は安泰じゃな」  
十兵衛の父、九代当主・九郎太は、それほどの名剣士であった。  
そして、その九郎太が手ずから奥義を与え、自分の最後の出陣に連れて鍛え上げた十兵衛は、  
術の腕前はともかく、武器を取ってはすでに天下無双であった。  
それゆえに、生後三ヶ月で大族・七篠家の当主に就き、いま、鳥居千万宮を一人で斬り進んでいるのである。  
 
十兵衛は、出陣の前に一族の者と交わした会話を思い出していた。  
「―先代様のご遺言は、お聞きになりましたね」  
「うん」  
「先代様は、九尾吊りお紺様を解放できなかったことが唯一の心残り、とおっしゃっていました」  
彼にとっては姉にあたる薙刀士・美鈴の説明を、十兵衛は背筋を伸ばして聞いた。  
「九尾吊りお紺様は、もう十分に業を絶たれていますが、まだ解放されておりません」  
「この間、姉上たちが討伐したときも解放されなかったんだよね」  
「美鈴、でよろしいですわ。貴方は私の弟ですが、今はもう七篠家の当主です。  
たとえ最年少であっても、一族の誰にも敬語を使う必要はありません」  
「でも姉ちゃん―」  
「そんなくだけた言い方はもっとだめです」  
ため息をついて、美鈴は説明を続けた。  
「先代様の推測では、お紺様を解放するにためは、おそらく討伐隊に剣士が必要だということです。  
この間の討伐隊の時には、先代様は当主様の訓練のため、家にお残りになられておりましたから」  
「うん」  
わずか二ヶ月前の、厳しくも楽しかった修行の日々を思い出して、  
十兵衛は思わずすすり上げそうになったが、姉の厳しい視線を感じてあわててこらえた。  
当主は、そういう姿を他人に見せてはいけないのだ。  
「年も明けたことですし、お紺様はまた復活なさっております。  
当主様のお力で、あのお方を解放してあげてください」  
 
狐美姫の間は、おどろおどろしい怨恨が渦をまいているようだった。  
この世のすべてを憎しみの目で見ている美しい女神は、あらゆる恨み言を呪詛に変えて襲い掛かってきた。  
だが、十兵衛の振るう群雲の剣の相手ではなかった。  
たった三度の斬撃で、九尾吊りお紺は天に還った。  
 
数ヵ月後、七篠家の居間は重苦しい沈黙に包まれていた。  
締め出しを食った十兵衛は、うろうろと居間の周りを回ったが、  
戸口から中を盗み見ようとするたびに、姉の美鈴から睨みつけられて追い出された。  
当主なのに、当主としての大仕事に関する会議には出席できないらしい。  
居間で喧々諤々の議論を戦わせているのは、美鈴をはじめとする、一族で「成人」した者と、客人の何柱かの神々のみ。  
会議の中身も気になるが、敦賀ノ真名姫をはじめとする美しい女神たちも、十兵衛の興味をかきたててやまないというのに―。  
 
「本来、当主様の筆下ろしには、盟約に従い、敦賀ノ真名姫様がふさわしいのですが…」  
何度目か、弟を居間から遠ざけた美鈴は、これまでの話をまとめた。  
美鈴は、一族の中で最年長というわけではないが、その実力と、当代の姉ということもあって、議長役をつとめている。  
「七篠家は、ここのところ、ちょっと<水>の素質に傾きすぎちゃったからねえ」  
名前が挙がった敦賀ノ真名姫は残念そうに首を振った。他の女神たちも同意する。  
天界屈指の美貌を歌われる人魚の女神をはじめとするこの神々は、  
自分たちを解放してくれた七篠家に対して、絶対的な好意を寄せている。  
初めて交神の儀を行う男子に対して、手ほどきをすることを申し出たのも彼女たちのほうからだ。  
「はじめて天界に登るのは、なかなか気苦労が多いのよ。  
強力な力を持ち始めた貴方たち一族を利用しようとしたり、罠をしかけそうな神も多いからね。  
―昼子ちゃんだって絶対的には信用できないわよ」  
真名姫はそう言って小さく笑い、何代目かの当主に対して  
「私や片羽ノお業様のように、七篠一族が解放した神々は、その点は信頼できるわ。  
初めてのときはそういう神々を選んで儀式の経験を積み、その後で、  
力が強くて心の底が分からない、手ごわい神様を相手にするほうがいいわよ」と申し出た。  
 
以来、七篠家は、最初の交神の儀には、そうした神々に相手をしてもらうのが吉例になっている。  
特に代々の当主は、この申し出をした美しい人魚の女神に敬意を表し、敦賀ノ真名姫で筆おろしをすることになっていた。  
だが、それが裏目に出たのか、代を重ねるに従い、七篠当主の家系は水の要素に特化し始めている。  
これ以上、水の神々と交わり続けると危険である、と真名姫は判断した。  
そもそも、初代当主が魂寄せお蛍と交わって二代目を作って以来、七篠は水の女神との縁が深い。  
生命力に満ち溢れ、癒しを得意とする水の女神たちは、まだ力が弱かった先人たちにとって、願ってもない協力者だったからだ。  
美津乳姫、水母ノくらら、みどろ御前、泉源氏お紋、那由多ノお雫、鳴門屋渦女……。  
水の女神にはいわゆる「女らしい」美人がそろっていたことも、大きく影響したかもしれない。  
―七篠家の男は、長い髪と巨乳に目がないという噂はひそかに有名だ。  
「―何代か、別の要素の血を混ぜるといいわよ」  
その女神を誰にするかで、会議はもめているところだった。  
 
「選ぶべきは火か、土ですね。一族の中でも当主の直系は、風の要素も強いから」  
そういう美鈴も、瞳は水色だが、髪は翠の黒髪である。  
「しかし、われらが解放した神々で適当なお方はおりませんな」  
七篠が今までに解放してきた女神たちは、能力や性格、奉納点、十兵衛の素質との相性を考えるとどれも一長一短だ。  
今のところ、候補に挙がっている女神は、土公ノ八雲と赤猫お夏の二柱。  
だが、毒蜘蛛の女神では微妙に力が弱く、雌猫はあまり信頼できない。  
「できれば、初めての相手は、経験豊かで優しい女神を選んでやりたいものですが」  
普段冷徹な美鈴が、弟のことに関しては妙に感傷的なのも、話が進まない原因の一つになっている。  
「この辺の位の女神って、ちょうど<水>の人が多いのよねえ。  
片羽ノお業さんが<風>の女神なのも痛いわ。あの人なら文句なしなんだけど」  
真名姫はため息をついて天井をにらみ、それから、あっという表情になって手を叩いた。  
「そうだ、うってつけがいるわよ。―九尾吊りお紺さん。あの人、土の女神よ!」  
 
美鈴以下、七篠家の人々は顔を見合わせた。  
「し、しかし、あのお方はいわゆる世間一般的にいうところの、きち…」  
「これ、失礼なことを言うな。その…ああ、そうそう、狐憑きと言おうとしたのだな?」  
「…狐の女神さまだから当たり前じゃない、というか、そういう問題ではなくて…」  
慌てふためく面々に、真名姫は順を追って辛抱強く説明した。  
「大丈夫、お紺さんはもう正気に戻っているわよ。  
今では神様の中でも一番穏やかなくらい。もともとすごく優しい人なのよ」  
「……」  
「それに、人間だったころは人妻で経験豊富だし、石女だったので逆に子作りのことに関しては詳しいわよ。  
もちろん神様になってからは、子供を産めるようになったし…」  
「……」  
「何より、あの人は自分を解放してくれた十兵衛さんに感謝してるから、きっといい結果になるわよ」  
結局、その一言が決め手で、十兵衛の交神の儀の相手は九尾吊りお紺と決まった。  
 
「―さ、こっちにおいでな。緊張することはないよ」  
天に昇る儀式は長い時間がかかったはずだが、あっという間に終わった。  
気がついたときには、十兵衛は、お紺の天上界での住居に通されていた。  
これから何をするかを思うと、身の内が震える。  
お紺は、くすりと笑った。地上で戦ったときに宿っていた狂気の光は、その瞳のどこにもない。  
最初に見たとき、十兵衛は、別人ではないかと思ったくらいだ。  
「こんなかしこまった所じゃ、緊張するなってほうが無理だよね」  
お紺の住居は、巨大な神社だった。  
鬼の住処となる前は鳥居千万宮がこうであったにちがいない、というような深い神秘をたたえた社。  
その大玉殿で、ふたりは向かい合っていた。たしかに、厳粛すぎる雰囲気である。  
「じゃ、小母さんの部屋に行こっか!」  
お紺は明るく笑うと、十兵衛の手を引いて神殿を出た。  
 
見るものを圧倒する大玉殿の裏手には、小さな小屋があった。  
庵と呼ぶには生活感がありすぎる狭い小屋は、ふしぎとほっとする雰囲気があった。  
「ここは?」  
「ん? 小母さんの部屋さ。神様にしてもらったのはいいけど、あの神社だけじゃどうも肩が凝ってねえ。  
生きてるときに住んでいた小屋をそのまんま作ってみたのさ」  
手ずからお茶を淹れながら、お紺が答えた。  
お茶といっしょに出した素朴な菓子に、十兵衛がいかにも食べ盛りの様子を見せてかぶりつくのを、目を細めて眺めた。  
 
「さっきの神殿より、こっちのほうがずっと居心地いいね」  
「小母さんもそう思うわ」  
くつろいだ様子になった十兵衛にお紺は笑顔でうなずいた。  
懐かしげな表情で小屋を見渡す。  
「小母さん、生きてたころは、ここで色んなことをしたんだよ。  
ご飯作ったり、お寝んねしたり、内職したり、亭主と喧嘩したり…」  
「……」  
「もちろん、アレもいっぱいしたねえ…」  
くすくすと笑うお紺に、十兵衛は好奇心いっぱいで聞き返した。  
「アレって?」  
「知りたい?」  
「うん!」  
「教えてあげようか?」  
「うん!」  
年増女の術中にあっさりとはまったのは、十兵衛の年齢では仕方のないことかもしれない。  
あっ、と思ったときには、お紺は十兵衛にぴったりと身を寄せていた。  
神殿ではあれほど緊張していた十兵衛が、不意打ちを食らってなすすべもなく押し倒される。  
ぬめぬめとした唇が十兵衛のそれと重ねられ、甘い吐息が吹き込まれるのを、七篠の当代はしびれる頭で感じた。  
その耳に、お紺のささやき声が遠く聞こえた。  
「アレっていうのはね、男女の秘め事のことだよ。―今から小母さんがたっぷり教えてあげる」  
 
十兵衛の口を吸いながら、お紺は自分の巫女装束をどんどん崩していく。  
大ぶりな乳がむき出しになったとき、十兵衛は、ごくりと唾を飲み込んだ。  
「ふふふ、お乳は好きかい、坊や?」  
「うん!」  
「じゃあ、たんとお吸いな」  
自分の乳に飛びつくようにむしゃぶりついた十兵衛の頭を愛おしげに撫でながら、お紺はちょっと暗い眼をした。  
(まだこんな子供なのに―。まだこんなに甘えたい盛りなのに―)  
この子は鬼と戦い続けなければならない。二年もしないうちに死ななければならない。  
女神である母親の乳にこうして吸い付いたこともないであろう十兵衛に、お紺は憐憫の想いを強く抱いた。  
もともと母性本能の塊のような女神である。  
「―せめて、小母さんが、うんと良くしてあげるからね―」  
十兵衛の下肢に手を伸ばし、袴を脱がす。下帯の上から、十兵衛の「男」に触れる。  
「あっ!」  
少女のように甲高い声を上げて身をよじろうとする十兵衛を、顔に乳房を押し付け動きを制する。  
布越しにこわばりを優しくなでさすり、玉袋を軽く揉む。  
「うふふ、もうカチカチねえ。―ね、坊やのおちんちん、小母さんに見せておくれな」  
淫猥なことばをささやきながら、お紺は返事もまたずに十兵衛の下帯を脱がしはじめた。  
 
「まあ、可愛いおちんちん!」  
お紺は声を上げた。十兵衛が真っ赤になってうつむく。  
たしかに少年のこわばりは若枝のように初々しいが、お紺は、自分の言葉が相手の自尊心を傷つけたことを悟った。  
だが、小娘のようにあわてて傷口を広げるようなことはしない。  
もう一度、十兵衛の口を吸って間を取ってから、軌道修正を試みる。この辺は百戦錬磨だ。  
「ん…坊やのおちんちん、すべすべだよ、桃色で、綺麗ねえ。  
―でも石みたいに硬くて立派よ。大きさだって大したものだし」  
「本当?」  
自分がまだ大人になっていないことが気になる年齢の少年は、年上の女性から賞賛されて自信を取り戻した。  
「もちろんだとも。小母さんの飲んだくれ亭主のよりも、ずーっと立派だよ。―ね、口取りしてあげよっか?」  
「口取り?」  
「坊やのこれを、小母さんのお口でかわいがってあげることさ。  
年増の女房は、亭主にこんなことしてあげるものなんだよ」  
「お、小母さん!?」  
自分のこわばりに唇を近づけたお紺に、十兵衛はすっかり驚いて声を上げた。  
「ふふふ、今日は一日、坊やがあたしの亭主になっておくれな」  
狐の女神は、少年のこわばりを優しく口に含んだ。  
十兵衛は、初めて味わう年上の女性の奉仕に、眼もくらむ思いだった。  
少年はすぐに大きく身を震わせて泣く様な声を上げてのけぞったが、お紺は唇を離さなかった。  
お紺の口の中に、十兵衛のはじめての射精が放たれた。  
女神はそれを、今年一番に捧げられた稲穂を食する儀式の時のように、うやうやしく飲み込んだ。  
 
袖口で口元をぬぐいながら、お紺は、ぺったりと座り込んで荒い息をついている十兵衛に微笑みかけた。  
「ふふ、いっぱい出したね、坊や。どうだった、小母さんのお口は? よかったかい?」  
「う、うん!」  
「ふふふ、坊やのは味も匂いもすっごく濃くって美味しかったよ。  
子種も、元気なのがいっぱいさね。―これなら、どんな女神を相手にしてもいい世継ぎが作れるよ」  
自分が何をしに天上に上がってきたのかを思い出して、十兵衛はまた身を硬くした。  
「ふふふ、安心おしよ。小母さんが、みんな教えてあげるから。さ、こっちにおいで」  
帯を解いて全裸になり、お紺は十兵衛を手招いた。横たわって大きく足を広げる。  
「ごらんな。―交神の儀式といっても、小母さんのここに、坊やのおちんちんを入れるだけのことさね。  
怖がることはないよ。まずはじっくり眺めてごらん」  
十兵衛はおずおずと近づいた。白い腿の間に顔を寄せる。どんなに緊張していても、好奇心は抑えられないらしい。  
お紺の身体からたちのぼる甘い女の匂いを吸い込んで、十兵衛は陶然とし、  
十兵衛の火のように荒い息が秘所に当たって、お紺は声をかみ殺した。  
「……お、小母さんっ…!?」  
「なんだい?」  
「小母さんのここっ、な、舐めてもいい?」  
「ふふふ、いいわよ」  
経験はなくても、知識としては知っているのだろう。あるいは男の本能がそうさせるのかもしれない。  
十兵衛は熱心にお紺の秘めどころを舐めはじめた。  
 
「そうそう、そうやって舌を使って……、上手だねえ、坊や」  
女の粘膜をなぶられながら、お紺は右手を伸ばして十兵衛の頭をそっとなで続けた。  
十兵衛に悟られぬようなごく自然な動作で押さえつけたり、緩めたりしながら、十兵衛に舐め方のコツを教え込む。  
時折、予想外の快感が走り、声をあげてのけぞったりする。この子は、天性の女殺しだ。  
時間がたつにつれ、教えるつもりが、公主がすっかり逆転してしまった。  
「ああ、いいよ、坊や。すぐに、どんな女神だって坊やにいかされちゃうようになるよぅ」  
すすり泣きまじりの感想は、お紺の本心からのものだった。  
褒められた少年は、さらなる褒め言葉を欲する子供特有の熱心さで、年増女の秘所を舐め続けた。  
「あ、あ、だめ、坊や。坊やの舌でいかされちゃうっ!」  
お紺は十兵衛の頭を自分に押し付け、びくびくと体を痙攣させた。  
十兵衛の顔に、お紺の蜜がしぶきのようにかかり、少年はびっくりした。  
 
「はあ、はあ、今度は小母さんが坊やを気持ちよくさせる番だね……」  
腰にまったく力が入らないが、お紺は最後まで務めをはたそうと身を起こした。  
すでに秘所は潤いきって、いつでも女の極みに達する準備を整えている。  
―この状態で、十兵衛のこわばりを胎内に受け入れたら、どんなことになるだろうか。  
(もう一度、気が違っちまうんじゃないか―)  
眼のくらむような期待感には、怯えすら混じっていたが、お紺のうちにあるマゾ的な要素がそれを狂おしく欲した。  
坊やにとどめを刺して欲しい。お紺は、十兵衛の男根を手に取り、自分の入り口に導いた。  
「さあ、坊や、―小母さんのここで、男におなりな」  
十兵衛はうなずき、わななきながらお紺の秘所に突き入れた。  
お紺はもう一度のけぞった。  
温かな粘膜に包まれた七篠の当主は、女神の膣内に熱い精液を何度も吐き出した。  
心配したように狂うことはなかったが、お紺は、すでに天上にいるというのに、さらに高いところに何度も登りつめた。  
 
「―あんた……本当に…すごいねえ」  
万珠院紅子は、汗まみれの身体を起こす余裕もなく、褥の中からうっとりと男を見上げた。  
―七篠の当主。  
たかが人との合いの子、しかもまだ子供と思って侮っていたが、とんでもない。  
性遍歴には自信がある美貌の女神でさえ、いまだかつて相手したことがないほどの手練れだった。  
これでは褥の中で快楽のるつぼに引き込み、自分の魅力におぼれさせて、  
あわよくば手駒にしてやろうという企みはおじゃんだ。  
―だが、そんなことは、もうどうでもいい。  
「はじめに教えてくれた人が、すごくいい人だったんだ。女のことは、みんなその人に教えてもらった」  
十兵衛は、なつかしげな表情で答えた。  
紅子をいいようになぶり続けた男のはにかむような笑顔に、黒髪の女神は、その女に対して激しい嫉妬を覚えた。  
しかし、十兵衛がその髪を無造作な手つきで軽くすき始めると、そんなこともたちまち忘れて甘えた声を上げた。  
「―で、他の神様たちがなんだって?」  
「ええ、太照天は夕子も昼子も動き出したわ。保守派の連中も。これからひと荒れ来るわよ」  
「ふうん、君も気をつけなよ。僕にいろんな情報を教えたことがバレたら厄介なんじゃないの?」  
「もうっ、意地悪っ!」  
改革派も保守派も、今日からは関係のないことだった。  
もうすぐ、この男は天界に登って神になるだろう。  
敦賀ノ真名姫をはじめとする親七篠家一派の盟主となり、すぐにでも天界の有力な勢力の領袖になる。  
自分は当然、その一派に加わるのだから、既存の派閥との関係は紅子にとって、もうどうでもいいことだった。  
気になるのは唯一つ、十兵衛の愛人の座を、その女と争わなければならない羽目に陥るかもしれないということだ。  
(いったい誰が、こんなすごい男に「女」を教えたのかしら)  
紅子は、嫉妬混じりの疑問に思いをめぐらせたが、  
愛しい半人間の男は彼女よりすっと上手で、ヒントのかけらも与えてくれなかった。  
 
 

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