「―当主様、やはりお考え直しになりませぬか」  
七篠家第四代「一太郎」こと四天丸は、苦渋の色を浮かべて進言する一族の者たちの言葉を、黙って聞いていた。  
「たしかに五郎は、若輩の中では随一の使い手ですが―」  
「あやつは、気性が荒すぎます。戦いの時ですら他の者のことなど眼中になく、己一人のように勝手に振舞います」  
「先の出陣の折りも、他の者と連携もせず、死人が出なかったのが不思議なくらいで―」  
「いや、燕どのがあやうく死にかけましたぞ」  
口々に語られる五郎への批判に、壮年の剣士は腕組をして目を閉じたままだった。  
板張りの広間に、沈黙が満ちた。  
一座の者は、その威厳に気おされたようにいったん口を閉ざしたが、積もった憤懣はかなりのものであったらしい。  
また口をそろえて、五郎の次期当主指名をいさめ始めた。  
「それにあやつめ、あれほどの腕になっておりながら、いまだ<お雫>の術すら使えません」  
決定打のつもりだろうか、四天丸に次ぐ年長者が、大きな声で言った。  
<お雫>は、中級の癒しの術である。  
単純な割りに強力な回復術であり、創家以来四代を重ねた七篠家の面々ならば、心得ていて当然の術であった。  
たしかに、怨敵・朱点童子を大江山に討伐せん、と機運高まる七篠の戦士たちにとしては、それは致命的な欠点であった。  
「―五郎は、<心の水>に著しく欠けております」  
「人を思いやる心をもたぬ者を、七篠の主に据えることはなりません。―当主様、なにとぞご再考を!」  
四天丸は、ゆっくりと目を開けた。  
「―そうか。五郎は、<お雫>を使えぬか」  
七篠の当主の座にあってもう一年半を閲する男は、あごに手を当てて考えていたが、やがて、問題の槍使いを呼ぶように命じた。  
 
「五郎、当主様がお呼びだよ」  
燕の声が、下から聞こえる。  
五郎は、物憂げに樹の下の少女を眺めた。  
「なんだ、俺の追放でも決まったか?―いよいよお前が次期当主だ。頑張れよ」  
少女は驚いて息を呑み、それから真っ赤になって怒鳴った。  
「冗談でも言うな! お父はそんなこと言わない!」  
燕の父は、現当主の四天丸である。  
初代一太郎から続く七篠当主の直系に生まれた娘で、その剣才は目を見張るものがある。  
父の四天丸が剣士として育て、奥義を伝授したのもうなずける。  
だが、戦士としての天分、実力は、五郎にはるかに及ばない。  
燕だけでなく、七篠家の次世代を担う少年少女たちは、束になってもこの槍使いにかなわなかった。  
いや、当主の四天丸を除いて、一族の誰もが五郎に及ばない。四天丸でさえも抜かれるのは時間の問題だろう。  
五郎が、これほどの問題児でありながら、次期当主候補からはずされないのはこの実力に理由があった。  
しかし、本人は、それをあまりよく思っていない。  
「―だいたい、七篠の当主は「当主直系の剣士」という不文律があるだろう。傍流の槍使いがなることはない」  
五郎は、木の枝の上に寝そべったまま、燕に言った。  
「ちがうよ、もっと強い不文律がある。当主は、「その代で最強の男」が継ぐこと―」  
たしかに、七篠の当主に関しては、その二つの不文律があったが、今までは何の問題もなく家継が行われていた。  
初代から四代に至るまで、七篠の当主はその条件をかねそろえていたからである。四天丸のように。  
だが、その子の代になって初めて候補者が割れた。  
男子を授からなかった四天丸には「当主直系の剣士」として燕という娘がおり、「その代で最強の男」である五郎が別にいた。  
「―ままならんものだな」  
五郎はぼそりとつぶやいて木から飛び降りた。  
 
「で、話とは何だ。当主殿」  
五郎は、ぶっきらぼうに上座の剣士に尋ねた。  
挑発的な気持ちはないが、一歳半―それは短命の呪いをかけられた七篠一族にとっては五十年にも値する―  
も年上の当主に対して不遜な印象は免れない。この場に他の者がいれば、たちまち非難を浴びせるだろう。  
「うむ。―単刀直入に聞こう。お前は<お雫>の術を使えんのか」  
「……使えぬ。使おうとも思わぬ」  
「そうか……」  
四天丸は顎をなでた。  
「併せの術も苦手だ。……なぜそんなことを習得せねばならんのか、実は分からぬ」  
五郎は、とつとつと語りだした。  
「いや、癒し技も併せの術も、俺以外の者にとって必要なことは分かる。  
だが、そんなことの前に一突きで敵を倒せばそれで良いではないか、そう思われてならん。  
そもそもが、自分より弱い人間と組んで敵と戦い、それに併せながら戦わねばならぬことがしんどい。  
出来うるならば、一人で戦い、一人で勝ち、一人で敗れて一人で死んでいきたい。  
それが、七篠の戦い方として危険な考えであるなら、俺はここを去ってもいい」  
槍使いは、たしかにその傲慢なことばを吐くほどの実力があった。  
この天才は、血を重ねることで強力になる七篠一族において、二代か三代先の力を備えた突然変異者だ。  
だが、お雫の術すら使えぬほどに心の力が偏っていては、当主どころか、七篠の一員としても危う過ぎる。  
―どうするべきか。  
当主の心はすでに決まっていた。  
「―五郎に命ずる。交神の儀を行え」  
「なっ……?!」  
「……相手は、那由多ノお雫様だ」  
 
「君が、五郎君? ―よろしくね!」  
岩の上に腰掛け、素足を清水にくぐらせながら、女神はにっこりと笑いかけてきた。  
五郎は返事をせず、あたりを見渡した。  
那由多ノお雫の住居は、綺麗な小川が幾筋も流れる、明るい林の中だった。  
なんとなく、神と言うものは豪壮な神殿の中に鎮座しているものだ、と思い込んでいた槍使いはちょっととまどう。  
「返事はなしか―。聞いてる以上の無愛想さんね」  
袖なしの白い衣に水色の宝玉を無数にちりばめた衣装をゆらして、女神が苦笑する。  
「そんなことは、どうでもいい。―とっとと交神の儀を済ませよう」  
これ以上はない、というような仏頂面で五郎は言葉を返した。  
儀式の中身は知っていたが、別段、期待もない。面倒だという思いのほうが勝っている。  
お雫は、ぷっと頬を膨らませた。まだ若い女神は、顔立ちに幼さが残るせいか、そうした表情が良く似合った。  
「あー、可愛くないーっ。せっかく君と会ったときに<選んでくれてありがとう>って言おうと思っていたのに……」  
それが、この女神が昨晩夜なべして考え、明け方になってようやく決まった「求愛を受け入れる言葉」ということを五郎は知らない。  
知らないから、さらに冷たい返事をした。  
「それも、どうでもいいだろう。はやく終わらせて帰らせてくれ。子供が出来れば、七篠ともおさらばだ」  
まさに今、床を共にしようとしている相手からそんなことを言われれば、女ならば、誰でもカチンとくる。  
たとえ、それが慈悲深い水の女神の中でも―少々おてんばとはいえ―もっとも優しい一人といえども。  
「…ふ…うん、…そういうこと、言うんだ…」  
お雫はちょっと目を眇めて五郎を見つめた。  
「―君には<心の水>が足りないね」  
「そんなものは戦いに不要だ」  
「そう思う? ―まだまだ未熟ね。…水の女神って、普段は大人しいけど、怒るとけっこう恐いんだよ?」  
お雫が冷たく微笑んだ。その美貌に、戦慄を覚えた五郎が本能的に跳び下がろうとした瞬間、女神は呪を彼に投げかけた。  
五郎の体が硬直する。  
「<くらら>。―これも水の術よ。私の妹分が創った術だけども、私も得意なの」  
強力な催眠にからめ取られて失神した無礼者を見下ろし、女神は微笑に残酷なものをにじませた。  
 
目を覚ますと、五郎は小川の中にいた。  
五寸もない深さの清流に胡坐をかいた状態で座らされている。  
後ろ手に縛り上げられた腕を動かそうとするが、びくともしない。立ち上がることも出来なかった。  
「むだよ。―水竜の髭を千切れるほどまだ君は強くないわ」  
正面の岩に腰掛けたお雫が彼を見下ろしていた。  
「俺を、どうするつもりだ?」  
五郎は恐れることなく女神をにらみつけた。己の未熟は痛感したが、心は折れていない。  
「んー。交神の儀の前に、君には特訓を積んでもらおうと思います」  
お雫はにっこりと笑ったが、まだその笑顔にはちょっと恐いものが混じっている。  
「―特訓?」  
「そ、<お雫>の術が使えるようになるまで、君は永久にここから帰れません」  
「それは無理だ。……俺は…使えんよ…」  
五郎は珍しく目をそらした。<心の水>が決定的に欠け、使えぬ術があるということは、  
本当はこの天才にとって大きな心の傷だった。  
「あら……」  
相手の表情を見て、お雫の瞳がちょっと和らいだ。<心の水>に長けた者は、相手の心情を読み取ることが得意だ。  
女神の微笑から意地悪なものが抜け、本来の優しげなものに戻る。  
「―大丈夫よ。君が本当に覚える気があるなら、絶対に覚えられるわ。  
なんといっても先生がいいもの―わたしは、あの術を創った本人なのよ」  
お雫は、帯を解いた。宝玉がちりばめられた衣を脱ぎ捨て、裸になる。  
女神の裸身を目の前にして、五郎は呆然とした。  
「今日は特別。<お雫>にも必要な<心の水>の極意、君に教えてあげる」  
お雫は立ったままで足を軽く広げた。座り込んだ五郎のちょうど顔の高さに「それ」が来るように調節する。  
「ね、舐めて―」  
水の女神は、腰を押し出すようにして自分の女性器を五郎の目の前に突き出し、恥ずかしそうな表情で言った。  
 
「な、舐めるって……これをっ!?」  
五郎は狼狽しきった声をあげた。  
「あ…大丈夫、汚くないよう。私、水の女神だもん」  
確かに女神は自分で意識してしなければ排泄を行わないし、そもそも水の女神ほど綺麗好きな神様もいない。  
お雫はあわてて言ったが、五郎が懸念したのはそれではなかった。  
「そ、そ、そんなことできるか―!」  
目の前三寸の距離にある女神の性器から必死になって目をそらす。  
真っ赤に茹で上がった顔と、どもった声が、女神に真意を容易に測らせる。  
「……意外。ずいぶん恥ずかしがり屋さんなのね」  
「ち、ちがっ―!」  
真っ赤になって反論しようとして正面を向き、目の前のお雫の秘所をまともに見て慌てふためく。  
「えへへ、照れてる、照れてる。―遠慮しなくてもいいよ、たっぷり見て」  
そういうお雫のほうも、頬が少し赤い。それを隠すように、勢いよくまくし立てる。  
「君だって男の子だもん、女の子のここには興味あったでしょう?、それが普通よ。  
男の子なら、好きな女の子のここを見たくなるし、舐めたくなるし、他のこともしたくなるもの。  
そして女の子は、好きな男の子に見せたくなるし、舐めてもらいたくなるし、他のこともしてほしくなるの」  
どさくさにまぎれ、相手に好意を抱いている事を口走ったが、混乱しきった五郎はむろん気付かない。  
「で、できるか、そんなこと!」  
もう一度、自分に言い聞かせるように大声で怒鳴り、五郎はぷいと顔を背けた。  
ちょっとの間、あっけにとられたような表情を見せたお雫だったが、  
やがて唇に微苦笑を浮かべて、五郎の顔を覗き込んだ。  
「…そんなこと言っても、君のここは、そう言っていないみたいだけど?」  
お雫の白い素足が、浅い流れを割って動いた。胡坐をかいている五郎の足の間に滑り込む。  
「―あっ!」  
槍使いはうめいた。お雫の足は水に濡れた袴と褌の上から、正確に五郎の男根をなぶっていた。  
 
「ほれほれ、硬くなってるぞ、―どうしてかな?」  
足指で布越しに五郎の男根を掴んだお雫は、意外な強さでそれをこすった。  
槍使いは声を殺して上体を震わせる。  
「ふふーん、金冷法が効いてきたかしら?」  
お雫は笑った。浅瀬に浸かった五郎の下腹部は、冷たく綺麗な水にさらされている。  
男子の急所は熱に弱い。反面、冷やすと精力増進につながるという。  
「ま、本当のところは、さっき君の体液の流れを少しいじらせてもらったのが原因なんだけど」  
くすくすと笑いながら、足指を器用に動かし、女神は五郎の袴の紐を解く。  
五郎の褌は、中からの圧力で大きく膨れ上がっていた。  
「体液の…流れ…?」  
荒い吐息をつきながら、七篠の槍使いはお雫を見上げた。  
「うん、君に素直になってもらうのに、ちょこーっと、ね。  
―精液を作る力をほんの三倍くらい増強しただけ。気にしない、気にしない」  
「うわわっ!」  
股間に感じる違和感の正体を認識した瞬間、五郎はすさまじい射精欲に跳ね上がった。  
「うふふ、呪をかけたから射精は出来ないぞ。―君が<お雫>の術を取得するまで」  
「ひ、卑怯な……、あ、足をどけろ…」  
五郎は、がくがくと震えながら抗議した。  
褌の上から優しく男根をなで上げる女神の足は、今の五郎にとって凶悪極まりない拷問器具だった。  
「なんとでもおっしゃい。槍を構えてエイ、トウ、だけが全てじゃないのよ。  
世の中はいろいろな方法で満ち溢れているの。戦い方も、愛し方も。―よく勉強しておきなさい」  
お雫は手の―いや足の動きを休ませずに言った。  
それから、それを続けながら、五郎に自分の秘所を舐めるかどうか質問した。  
強情な槍使いは、ここからさらに二回拒んだが、三度目についに女神に屈した。  
 
「うん、その調子よ」  
お雫の股間に顔をうずめた五郎は、湿った音をたてている。  
秘所を舐める舌には、技術も熱心さもなかった。  
天才槍使いは、屈辱感と敗北感いっぱいで、しかたなく舐めているのだろう。  
しかし、お雫はそれには触れなかった。  
―強制した奉仕を受けていることに悦びはない。  
相手の心を察する<心の水>に長けた水の女神たちは、自分に何かされるだけの関係を好まない。  
相手の快楽を感じ取り、自分の快楽に変えることが出来るために、むしろ奉仕するほうを好む女神が多い。  
―もちろん一番いいのは、自分が相手を、相手が自分を悦ばせようとする関係だが。  
六ツ花御前や月寒お涼など、いかにも冷たさそうな氷の女神たちでさえ、閨ではひどく優しい。いわんやお雫は―。  
その彼女が、一方的な奉仕を「我慢して」続けさせているのは、理由があった。  
(ごめんね…あんなに赤黒く膨れ上がって…かわいそう…)  
自分がかけた呪のせいで、はち切れんばかりの男根を抱え、苦しげに奉仕を続ける五郎を見ると、  
お雫は、目的あってのこととはいえ、済まなさと憐憫でいっぱいになる。  
いっそ全てを解き放ってこちらが奉仕してやりたい―。  
口でも性器でも、五郎に最高の快楽を与えることが出来る自信はあった。  
(―だけど、それではだめ。この子のためにならない)  
お雫はぐっと我慢した。土の女神と並び、水の女神は辛抱強いことで知られている。  
(―そろそろ、来てくれてもいいんだけど…)  
あることを待ち続けるお雫が、そっと息を吐いた瞬間、それは唐突にやってきた。  
気のない奉仕を続ける五郎の舌が、何百何千分の一の確立で、お雫の敏感な部分をタイミングよくなぶった瞬間。  
「―っ!!」  
お雫は身をよじった。声をかみ殺す。  
「……!?」  
五郎は相手の反応に驚いた。  
「―いいのよ。……気にせず続けて」  
お雫は一瞬にして去った快楽をあえて追わず、身体を立て直した。  
 
五郎は考えた。  
―お雫の、今の反応は何だろう?  
舌と唇を休めず、注意深く自分を縛り上げている女神を伺う。  
…たしかさっきは、ここをこうして……。  
同じように動かしたはずだが、今度はお雫はちょっと震えただけだった。なかなか難しい。  
五郎はにわかに、今、自分がしている行為に興味を持った。  
最初はそれを、自分を上から見据えている女神に反撃したい、という気持ちからだと思ったが、  
すぐにそうではないことに気づく  
(さっきの……なんか可愛かったな)  
目の前の女が快感に身をよじらせたことは、性交経験のない槍使いにもわかった。  
どういう理由か分からないが、もう一度それを見たい、という感情が強く沸く。  
五郎の舌使いは慎重になった。目の前の花園を少しずつ確認しながら行為を行う。  
集中してくると、いろいろなことが分かってきた。  
女神の息遣い、体温、肌を伝う汗、性器の形状―最初見たときのどぎまぎとした感情がよみがえった。  
(こうかな?)  
「あっ……!」  
お雫はまた身をよじった。目をつぶって、熱いため息をつく。  
何度か繰り返しているうちにコツがつかめてきた。女神が悦ぶたびに五郎の中にも喜びが生まれてくる。  
(―この流れだと、今度は、ここだ)  
次にお雫が「して欲しいこと」がなんとなく読めてきた。慎重だった五郎の動きが徐々に大胆になる。  
女神は身を震わせる時間が長くなり、しだいにその体勢は崩れていった。  
そして、ついに、お雫は達した。  
 
「ひっ―!」  
がくがくと身を震わせたお雫の様子に、五郎がびっくりして顔を上げようとすると、女神はその頭を抱え込んだ。  
「だめ、いっちゃう。―私の雫、受け取って」  
かすれた声と同時に、女神の秘所から、達した証―大量の蜜液が溢れ出して、五郎に降りかかった。  
顔をつたう女神の<お雫>を、五郎はごく自然に口を開けて飲み込んだ。女神の作った至上の液体を。  
―後年、五郎はあらゆる薬の中で最上級と言われる<大甘露>を飲んだときに、  
「世の中にはこれ以上のものがある」といったと言う。  
お雫は体の痙攣がおさまるのを待って、五郎をつかんでいた手を離した。手足を縛る水竜の髭も切る。  
「―ありがとう。すっごく、気持ちよかった」  
「俺も……」  
射精をしていないのに、五郎は充実感に満ち溢れている自分に気が付いた。  
きっと恥ずかしげな女神の微笑を見たせいだ。  
この微笑みは、自分が作った。―その確信が、男の心を充たす。  
「―それが<心の水>よ。相手を読み取る心の働き。もう、君も<お雫>が使えるはずよ」  
お雫はにっこりと笑った。  
五郎はびっくりして女神を見上げた。  
「―ふふ、ま、それは下界に帰ってから試してみなさい」  
お雫は岸に上がって柔らかな草の上に腰掛けた。ぽんぽんと傍らの草を叩き、横に来るように五郎を誘う。  
「……今は、交神の儀をしましょう。  
君にたっぷり気持ち良くしてもらったから、今度は私が君をうんと気持ち良くしてあげたいな。  
それから、二人で一緒に気持ち良くなろうよ!」  
その言葉通り、お雫は五郎にたっぷり奉仕した後、その潤みきった蜜壷に彼を優しくくわえ込んだ。  
五郎は溜まりに溜まった欲望を何度も女神の中に吐き出し、お雫はそれを全て受け止めた。  
―数刻後、ぐったりとして夢見心地の槍使いを抱きしめながら、お雫はささやいた。  
「童貞卒業おめでとう、七篠の五代目当主サマ。―君と私の子供、きっと良い子に産んであげるから、楽しみに待っててね」  
 
「―くっ! ―強い!」  
<朱点閣去る橋>を守る鬼、石猿田衛門の必殺の突きを受けて燕は吹き飛んだ。  
(せっかく、ここまで攻め上ったのに―)  
鉄壁の防御力と高い攻撃力を持つ田衛門は、燕や五郎など力押しを得意とする今回の討伐隊にとって鬼門だった。  
五郎ですら互角が精一杯という強敵に、複数同時攻撃を使われては打つ手がない。  
(せめて五郎が他の人間と上手く連携してくれれば―)  
あるいは戦い方によっては勝てぬ相手ではない。しかし、それは望めまい。血を吐きながら燕は立ち上がった。  
回復の術を使いたいが、石猿は意外に素早い。自分の敏速では先手を取れるかどうかは運だ。  
(―あれ……?)  
田衛門の前に、五郎がいなかった。討伐隊の残りの二人が必死になって鬼を防いでいる。  
あの二人では、せいぜい一巡りの防戦が手一杯だろうが、―五郎はどこに?!  
「―動くな、術がかけにくい」  
背後から声をかけられ、燕は硬直した。  
右肩に燃えあがるような感覚が走り、すぐにそれが痛みとともに涼やかに引いていく。  
「これは―<お雫>!?」  
怪我を癒された燕は驚いて振り向いた。五郎が立っていた。  
「……俺の一番得意な術だ。―青葉、彦兵衛、散れ!」  
燕の脇を疾風のごとく駆け抜け、五郎は愛槍を振るった。的確な指示を受けた二人が跳び下がると、石猿の前に立つ。  
「―燕! <花乱火>の併せだ! お前に合わせるぞ!」  
五郎は田衛門の刀を避けながら叫んだ。燕はもう驚かなかった。  
彼女の父親の死により、今月、七篠の五代目当主になったばかりの男の指示に従い、他の二人とともに術を唱え始める。  
後ろを振り向くことすらせずに石猿と渡り合う五郎が、自分の分の術を失敗するかもしれない、という心配はなかった。  
今の一連の動きでわかった。―五郎は、いまや一族の中でもっとも<心の水>に長けた男なのだ。  
相手の心を読んで、味方がして欲しいこと、敵がされたくないことを悟ることはお手の物だ。  
―数瞬後、完璧な七倍掛け<花乱火>を受けて石猿は倒れた。  
 
……七篠家の第五代当主は、大江山討伐を成し遂げた人間として、今でも一族の語り草だ。  
また、五郎は<お雫>をはじめとする各種の回復術に長けた術者としても、子孫のお手本となっている。  
 
 

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