……まただ。また、変な顔してる。
ここ最近鷹臣は、隣の部屋に住む真冬の家で食事をしている。
小さい時、近所に住んでいた頃も真冬の実家へ突然押しかけては
朝食の目玉焼きの黄身だけ食べて行ったり、おやつのドーナッツをぶんどって行ったりと、
その生来の傍若無人さから食事を共にする(というか奪われる)事はままあった訳だが、
このマンションで一緒に食事をする時の鷹臣は、その頃とは何だか違う気がする。
違うというのは…彼が、穏やか過ぎて。
学校で話す時より、ゆったりと二人で過ごすのを楽しむような顔をするのだ。
(そんな顔、見たことなかった気がする)
今もバクバクと音がするのではという勢いで、
拙いながら真冬が作った焼き鯖をご飯の上にのっけて食べている。
水っぽいそれはお世辞にもおいしいとは言えないが、鷹臣は文句を言ってこない。
「醤油貸してくれ」
「………へ?あ、はい。」
「それよりさぁ、お前、なんかボーっとしてねぇ?俺の顔に何かついてんのか」
「あー…ちょっと小さい時の事思い出してた」
「ほほー。俺様に可愛がられた頃の事思い出して、だからウットリしてたんか」
「ウットリってなんじゃい!してないよ!」
「いや、頬染めてウットリって顔だったし。まー俺が初恋の君らしいから仕方ねぇか。よ、真ゾ冬ちゃん〜」
「マゾフユってなに…。そういう鷹臣くんはほんとSだよね。ていうかサドの権化だよね昔から!」
「でも、そういうのが好きなんだろお前は」
「………っ、好きっていうか、鷹臣くんがそのどSっぷりで無理矢理従わせてるんでしょーが!」
「仕方ねぇじゃん、お前構うの楽しいんだからさ」
(………うっ)
鷹臣は、時々そういう事を臆面も無く言う時がある。
初恋の君云々は以前隣の番長だった鷹臣だとは知らずに、
真冬が口に出した事だが、だからってそんな…
(ああいう事言われると、胸がズキズキドキドキムラムラする)
----って、ドキドキムラムラってなにーー!
顔が紅潮してくるのが恥ずかしくて、無理矢理口の中にごはんを詰め込み食事を切り上げる。
鷹臣は先ほどの会話などみじんも気にしていない様子で「おー食った食った」と言いつつ横になってテレビを見だした。
変な顔とかいうのはカンチガイだきっと。だって今の鷹臣はオッサンそのものだし。
うん、きっとそうだ。
(はぁ、皺の無い脳みそで何か考えるのは止めにして、もう今日はお風呂入って寝る…)
台所で二人分の食器を洗いながら、鷹臣を伺うとなんだか頭がグラグラ揺れている。
(眠いのかな?)
「鷹臣くん、寝るなら帰った方が良いんじゃないのー?」
「んあ?寝てねぇ寝てねぇ…」
「だめだよ、重くて鷹臣くんなんて私運べないよ」
「…ZZZZZ」
「ああもう」
食器を拭いてから鷹臣の方に近づくと、もうノビタ並の素早さでレム睡眠中だ。
オッサンというか年とったガキ大将かも。
少しの間しゃがんで鷹臣の顔をじっと見てみる。
…………最近感じていた違和感。あれは何だろう。
以前鷹臣をついて回っていた頃と何か違う。鷹臣が変わったのか、それとも自分が変わったのかは解らない。
この寝顔を見ていると、またさっきの感覚が戻ってくる。
(ドキドキする)
(このドキドキが何かわかんない、けど…)
自分は本当にマゾなのかもしれない。
殴られても怒られても、やっぱりこの人の近くに居たいって思ってしまう。
そっと鷹臣の顔に手を伸ばしてみた。
ちょっとチクチクするような髭の残りが、大人になった鷹臣を感じさせてやっぱり胸が苦しい。
「鷹臣くん、寝ちゃったの?」
小さな声で聞いても返事は返ってこない。
なんだかその寝顔に甘えてみたい気がして、ゆっくり顔を鷹臣の胸の上に押し当てた。
(あったかい)
と、突然、手がぐっと引かれて目の前が暗くなった。
「!?」
頭を若干畳に打ち付け、頭がぐわんぐわんする。
ぎゅっと閉じていた目を開けると、目の前に鷹臣の胸板があった。
(ひーーーーっ!だ、抱きしめられてる!?)
「鷹臣くん!」
「ZZZZZZZ………」
「ね、寝てるの?」
寝惚けてやっているのだとしたら恐ろしいが、奴ならあり得ない事はない。
一度、鷹臣の部屋に泊まった時にその前科は証明済みだ。
飛んだような意識がだんだん戻ってくると、鷹臣の心臓の音が聞こえた。
とくとくと音がしているのに耳を澄ませていると、自分まで眠くなってくる。
(こうされると、なんだか。やっぱ、うん…安心…する……)
本当に眠りそうになった時、ごそごそと音がして目をぱっちり開けた。
鷹臣の手が、まだ着替えていなかった制服のスカートの裾から伸びた足にゆっくりと、
添えられているのに気がついたのだ。
(な、な、な、なにーーーーっ)
胸板と自分の間に手を入れ、顔を上に無理矢理上げてみると鷹臣はまだ目を閉じていて、
穏やかな寝顔、といった具合だ。
(寝惚けてるんかい!)
だかその添えられた大きな手がゆっくりスカートを押し上げ、
太ももの付け根から膝頭までをゆっくりと一度だけ往復して、頭が沸騰したような感覚に襲われた。
「やっ…鷹臣くん……っ!」
呼びかけても返事はない。そのまま手が大胆に動き回る。
ゆっくりと太ももの外側にあった手が、そのやわらかさを確認するように内側へと伸ばされ撫でられた。
じわん、と体の芯が熱くなる。
「あっ…」
(へ、へんなこえでる!やめて!)
ショーツと太ももの境目をなぞられ、目がチカチカする。
違う、鷹臣は、こんな事、自分にする訳ない。
そうだ、鷹臣の部屋に時折連れ込まれている女の誰かと間違えているんだ。
「た…鷹臣くん!だ、誰かと間違えてるんだったら、やめて…よっ…!!」
「ほう。間違えてないんだったら良いのか」
突然上から声がしてばっと目を上げると、にやにや笑いの鷹臣の顔が見えた。
「………っ!!!!か、からかっ…!!?」
ひどい。ひどすぎる。パニックに襲われ、目頭が熱くなってきた。
悔しさと恥ずかしさの余り、ぽろりと滴が目から滑り落ちる。
鷹臣の笑った顔が、真顔になって、真冬が零した滴を追うように自分の顔を視線でなぞった。
それに耐え切れず、顔を目の前の胸板に押し当てる。
「………ひどいよ…」
「…………」
こんな風に泣きたくなんかない。こんなの自分じゃない。
もっと、怒鳴って殴りつければいいのに。何やってるんだろう私。
鷹臣くんは、私の事なんてからかってばかりで。ドキドキしてる自分を、笑って。誰かと勘違いして。
頭でそんな事を考えると、溢れてくる涙がこらえきれなくて、鷹臣のシャツにどんどん染みていく。
「真冬、顔上げろ」
「やだ」
「いいから、顔、見せろ」
「な、」
反論しようとしたら、頭の後ろを捕まれ、無理矢理顔を上げられた。
突然、目の前がまた暗くなる。やわらかい感触が唇の上に降りた。
無理矢理鷹臣の舌が真冬の口をこじ開け、舌が自分の舌に触れる。
くちゅり、と変な音がして喉の奥が鳴った。熱い
。腰のあたりがまたさっき感じた熱を吹き返してくる。
「……む、ぁ……っ」
「間違えてねーよ」
「え…」
突然された事に混乱していると、そんな言葉が降ってきて、今度はゆっくりとした仕草で、また唇が塞がれた。
今度は羽が触れるような。そんな感覚で。熱い唇が震えたが、無理矢理声を出す。
「ま、ま、間違えてないって…どういう」
「やりたかったからやっただけ」
「からかいたかったから、やったって事?」
思った事をそのまま口に出すと、数秒間鷹臣が呆けたような顔をして、
その後大きなため息をついて、頭を横に振る。ため息吐きたいのはこっちだ。
なんだというのだこのサド男は。
「真冬は…本当に面白いよ」
諦めたような声で言われ、そっと体が離れた。何がなんだか解らないと思う。
でも、体が離れた事が寂しいように思う自分は、もっと解らない。無意識で鷹臣のシャツを掴んでいた。
「………。おい、」
「もう、眠い……」
そのまま手を引いて、鷹臣にしがみついた。
一瞬びっくりしたような鷹臣が見えたが、突然睡魔に襲われ、緊張の糸が切れたように意識が遠くなる。
わかんないけど、明日。また明日、考える……
「面白いけど…ほんと質わりぃよなお前…」
そんな声が意識の外から聞こえたような気がした。
★おわり