「おはよう、情(ジョウ)」  
「お早う、兄さん」  
寝不足の気だるい身体を叱咤してキッチンに下りてくると、上の妹の情が朝飯の用意をしてくれていた。  
「思織(しおり)は?」  
「俺が目を覚ました時はまだ寝てた。起こすのも可哀想だからそのままにしといたよ」  
現在うちには両親がいないため、情と思織が交代で家事をやってくれている。  
長子の俺は妹達にみんな家事をやってもらっている、我ながら駄目な兄貴だ。  
「あの子は体が弱いくせに、結構無理しちゃうタイプだからね。兄さんもその辺承知しておいてよ」  
「分かってるよ」  
てきぱきと朝飯の支度を整えながらも、情は妹のことを気遣ってくれる。  
「ふふ、情は優しいね」  
「そんな事はないよ、兄さん。私は意地悪で厳しくて冷たい女だ」  
「いや、他の奴らはそう思うかもしれないけど、俺にだけは情が優しい娘だってことが分かるんだよ」  
「まだ寝ぼけてるの?………きゃあん」  
スレンダーな身体を後ろから抱き締めてやると、情は普段の口調からは打って変わった可愛い声を上げた。  
「他人には意地悪で厳しくて冷たい態度を取ることもあるけれど、  
 俺や思織たちの事をいつも思いやってくれているだろう?」  
「…兄さん」  
「ありがとう、情」  
 
ちゅっ  
 
「………んんっ」  
情を振り向かせてその唇に優しくキスをすると、情もその腕で俺に抱きついてきた。  
朝食の前だというのに、俺は妹といい雰囲気になってしまっている。  
世間的に見てあまり倫理性に富むとは言えない生活かもしれないが、これはこれで仕方のないことなのだ。  
なにしろ俺は情を愛しているし、情も俺を愛してしまっているのだ。  
このまま行くと、朝飯前に情を食べてしまう流れだったのだが…  
「おはよう、」「ございます。」  
「お兄ちゃん、」「お姉ちゃん。」  
「きゃあっっ!」  
突然キッチンの入り口から声をかけられた為、驚いた情に俺は突き飛ばされた。  
 
「お、お早う、愛花(まなか)、可恋(かれん)」  
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、」「朝からナニをしてるんですか?」  
「いや、あれはだな…」  
二人も俺の妹、三女の愛花と四女の可恋だ。  
一卵性の双生児なので、二人の容姿はそっくりの上、性格や行動形態も全く同一。  
思考も以心伝心で伝わるため、発言も一人でしゃべる手間を省くために二人で分担して行う癖がある。  
「今日は情お姉ちゃんの日じゃないよ。」「私達の日なのに、」「朝からお姉ちゃんは、」「お兄ちゃんに抱きついて…」  
ううん、二人の言い分にも一理ある。  
確かに今日は情の日ではない。愛花と可恋の日なのだ。  
「お姉ちゃんの日は」「明後日だよ」  
何と言い訳したものか考えているうちに、もう一人の妹が下りてきてしまった。  
「お兄さま、情姉さま、可恋ちゃん、愛花ちゃん、お早う御座います。  
 ………あれ、皆どうなさったの?」  
「おはよう、思織」  
「思織お姉ちゃま、聞いて下さい。」「今日は私達の日だっていうのに、」  
「お兄ちゃんと情お姉ちゃんは朝っぱらから、」「二人でこっそりキスをしていたんです。」  
「ええっ、朝からこっそりキスを?」  
「それもぎゅぎゅっと抱き締め合って、」「すっごく深いキスをしてました。」  
「まあ、『ぎゅぎゅっと』『深い』?」  
「酷いでしょう」「ずるいです」  
この双子小悪魔コンビめ。これ以上話を混乱させないでくれよ。  
「いやいや、これは情がいつも炊事や掃除を良くやってくれるな〜っと思って、  
 感謝の気持ちというか、『ありがとうのキス』という感じでだな…」  
「ひどいっ、お兄さま!わたくしも情姉さまと代わりばんこに家事をしておりますのに、  
 一度も『ありがとうのキス』をして頂いていないですわ!」  
「いや、情に『ありがとうのキス』をしたのも初めてだから…」  
「愛花も、」「可恋も、」「『ありがとうのキス』をしてもらえるなら、」  
「家事をもっともっと、」「手伝うよ。」  
説明しておくが、思織も愛花も可恋も俺を愛してくれている。  
もちろん俺はこいつらも愛している。妹としてだけでなく、女の子としてだ。  
実際に全員と肉体関係も持っているが、毎日四人も相手にするのはさすがの俺でも無理だ。  
だから、四人には『優先的に俺とHできる日』が決まっている。  
情の次は思織、その次は愛花と可恋だ。  
ちなみに昨晩は思織の日だった。  
深夜まで思織は可愛がってやったし、愛花と可恋も夏休みで夜更かしする傾向があるから、  
三人とも今朝はしばらく起きないだろうと踏んでたのに…  
 
「うーん、良いじゃないか、キスぐらい」  
「『キス』くらいなら、」「いいけれど、」「お兄ちゃんたちは、」「私達が声をかけなかったら、」  
「絶対しちゃう雰囲気だった。」「ヤる気満々だった。」  
「そんな事……」  
あるけれど。  
あー、もーどうしよう?  
「愛花、可恋、私も悪かった。今日は二人の日だって事は私も判ってたのに、兄さんを拒めなかったんだ」  
「情?」  
「兄さんに抱き締められて、私もその気になりかけてしまった。これでは示しがつかないよな…  
 だから、今度の私のお風呂当番は二人が代わっていいよ」  
「お風呂当番を、」「代わってくれるの?」  
風呂当番は、読んで字の如く、俺と一緒に風呂に入る権利だ。  
これも決めていないと、四人に風呂場に押しかけられる事になる。  
男一人と女複数の恋愛には、それなりの秩序が必要なのだ。たとえそれが姉妹の間でも。  
「じゃあそれで、」「今朝のことは水に流します。」  
たとえ不平を言うこがあっても、それは家族の間。話しさえつけばさっぱりしたものだ。  
「お兄さま」  
「なんだ、思織?」  
「わたくしは納得いきませんわ。  
 情姉さまと同じくらい、わたくしもお兄さまをお慕いしておりますし、家事もやっているつもりです。  
 でも、お兄さまは情姉さまを抱き締めて、わたくしを抱き締めては下さらないのですか?」  
はあっ、思織はお淑やかなふりして、ちょっと我儘で焼餅焼きなんだよな。お嬢様育ちはこれだから…  
「昨日、お兄さまはわたくしをあんなに愛して下さったのに…なのに朝からお姉さまに欲情なさるなんて、  
 わたくしの体に満足頂けなかったのですか?」  
「いやいや、だから、情を見てたらつい……」  
「ムラムラしてしまったのですね。」「ムクムクもしてしまったかもしれませんね。」  
「二人とも黙ってろ…判ったよ。思織にも『ありがとうのキス』をしてやる」  
「本当ですか」  
「嘘言ってどうする?」  
「はい、じゃあ…お願いします」  
そういって思織は目を閉じる。  
俺はその頬に手を添えて、その顔に唇を近づけていく。  
 
ちゅっ  
 
「んっ、わたくしには『デコちゅー』ですか?」  
「そうだよ、でも思織が情より頑張ってないってことじゃないぞ。  
 あんまり気持ちの篭ったキスをすると、またこの二人にたかられるからな」  
「あら、」「残念、」「見透かされていました」  
こいつらときたら……そろってにっこり微笑む顔は、兄の贔屓目で見ても天使のように可愛いんだよなあ。  
「じゃあこれで話しは皆ついたな。朝ご飯にしよう」  
「はい、情姉さま」  
「いただき」「ましょう」  
ふう、俺もようやく朝飯にありつける。  
 
………  
 
「では、行ってまいります」  
「いってらっしゃい、思織」  
朝飯の時に聞いてみたら、今日は愛花と可恋は学校に用があった日らしい。  
だからいつもより朝早く起きてきたんだ。  
そして思織は華道の稽古日に当たっている。  
寝不足じゃないかとちょっと気になったので、あまり無理しないように注意しておいた。  
教習所までは車で送迎されてるから、問題ないとは思うけどな。  
そして俺は今日も夏季休講中、情はこれから夏休み明けの生徒総代会の準備に行かなければならない。  
 
「じゃあ兄さん、そろそろ私も行ってくるよ」  
「待って、情……明日は空けられるか?」  
「ん?…明日も一応準備があるんだけど」  
「今朝は俺が悪かったのに、情に巧くまとめてもらって…」  
「気にしないでよ、兄さん。私が一番上の姉なんだから、それ位はするよ」  
ああ、コイツは昔からそうだった。長女として皆を守り、率先して苦労をしてくれているんだ。  
思い出せば、初めて思織がやってきた日も、愛花と可恋が生まれた時も、家族のことを気遣ってくれてきたんだ。  
俺はそんな情に今日も割りを食わせてしまった。  
この埋め合わせはしなければならない、それも今すぐに。  
「もし空けられるなら、明日俺とデートしよう」  
「デッ、デート?」  
「嫌か?」  
「いっ嫌じゃないけど…明日は『兄さんの日』だろう?」  
愛花と可恋の日が終わり、姉妹を一巡したら、その次の日は俺の自由な日だ。  
久しぶりにベッドを独り占めできるので、大抵は体を休めるのに使ってるけど。  
「構わないさ、俺は自分の日をお前とのデートに使いたいんだ」  
「うん、なんとか言い訳して抜けてくるよ………でもあの子達がなんて言うか」  
「思織たちには内緒だよ。これは秘密のデートだからね」  
「秘密の?」  
「そう、俺と情だけの秘密だ」  
「なんだか三人に悪いみたいだ、私だけ兄さんとデートするなんて」  
「悪いことをするんだよ、情。いつもしっかりやってくれているんだから、少し位息抜きをさせたいんだ」  
「ん、やってみるよ」  
「その意気だよ…でもそんなニヤけた顔してたら愛花と可恋にすぐバレるぜ?」  
「やっ、私そんな顔してた!?」  
「ふふふ、ちょっと頭を冷やしておきな。今からそれじゃ体がもたないぞ」  
「やん、もう行ってくる!」  
「いってらっしゃい、情」  
普段のクールな表情はどこにいったのか、情は照れ隠しに玄関に走っていった。  
それを見送りながら、俺はこの愛に満ちた家族の絆がいつまでも続くように願うのだ  
 
(終わり)  
 

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