「・・・遅い」
俺が借りているアパートの部屋の前。
見知らぬ少女が座っていた。
「なに突っ立ってんの。私は寒いの。早く鍵あけてよ」
確かに今日は雪が降ってもおかしく無いくらいに寒い。
俺はカバンから部屋の鍵を取り出して、鍵穴に突っ込む。
「って。違うよな。お前誰だよ」
「後で全部説明するから。早くしてよ!!」
少女の口調が強まる。
外見の感じからして、高校生くらいだろうか。なんだか怪しい。
「キミのことをちゃんと話してくれたらあけるよ。まぁ、あける理由があればだけど」
「ちょ、アンタだって、中に入らないとダメだろ」
「俺はどうせ晩飯食いにいつもの食堂行くし。今、鍵を開けなきゃいけないわけじゃないし」
「う〜。晩飯くらい私がつくってあげるあから・・・早く開けて」
「だからキミのことを・・・あれ?」
厚手のコートを着てたから気づかなかったけど。脚を合わせてモジモジしてる?
ひょっとして。
「おしっこしたい?」
「っぅ・・・そ、そんなこと」
「ふぅ。しゃあない」
俺は鍵を回して、ドアを開ける。
「ほら、そこのドアのところだよ」
少女は何も言わずに、靴を脱ぐとすばやい動きでトイレへと駆け込んだ。
まぁ、俺を待ってたんだとしても、これだけ寒ければトイレも近くなるなと。
俺は先ほどまで少女が座っていた辺りを見る。
近くのスーパーのビニール袋と、大きめの旅行バック。
どこぞの家出少女でも拾ったかな?
「荷物、中入れるぞ。いいのか?」
『バックの中。見ちゃダメだからね』
「しねぇよ」
『・・・どーだか』
「お前。このトイレの鍵、10円玉で外からあけれるって知ってて言ってるのか?」
『なっ・・・ば、馬鹿!!ヘンタイ!!あけたらコロス』
ったく。口の悪いガキだねぇ。親の顔が見てみたいよ。
「・・・ありがと」
「どういたしまして。手は洗ったか」
「当たり前でしょ!」
少女は部屋の中をキョロキョロと見回す。
いきなり物色かい。
「結構綺麗な部屋だね・・・あ、こっちが寝室?へぇ、2DKなんだ。広いじゃん」
「どうも」
「これなら私が寝泊りしても平気そうだね」
少女は荷物を持って俺の寝室・・・って言ってもベッドが置いてあるだけだが、まぁ、その部屋えと行く。
「着替えるから覗かないでよね」
「へいへい」
・・・あれ?さっきアイツなんて言った?
寝泊り?おいおい。ちょっと待て。
「おま」
ドアを開けると同時に、真っ白い何かが俺の顔面にぶつかってきた。
って、俺の枕じゃん。
「覗くなって言ったでしょ!!」
「まったく。エロすぎ。なんで、初対面でいきなり覗くかなぁ」
居間のコタツに向かい合って座っている。
もっとも彼女の方は頬杖ついて、そっぽを向いているが。
「そうじゃなくて・・・まぁ、着替え中に入った俺も悪いが、お前は」
「真由香」
「は?」
「私の名前。真由香。高槻真由香」
「あぁ。名前ね・・・高槻?」
その苗字に聞き覚えはある。というか・・・
「まさか」
「そ、高槻弘道が私のお父さん。もうわかるよね、お兄ちゃん」
高槻弘道。俺が小学校に入る前に母さんと離婚した実の親父。
俺は母さんに引き取られ、母さんも別な男と再婚。義父もいい人だったし、実父のことなんて、それこそ今日まで忘れてた。
俺の名前は、佐久間弘康。十数年前までは高槻弘康って呼ばれてたっけ。
俺は布団の中で今日一日のことを思い出していた。
真由香・・・ちゃんか。妹って言われても、いきなり呼び捨てにするにはなんとなく抵抗があるんだよな。
飯は旨かったし、結構色々テキパキとやってくれて、感謝した。
親父のことを聞くと暗い顔になって話が進まないから、無理には聞かなかったけど。
明日、明後日で何とか聞きだすとするか。
そうでもしないと、なんで彼女がここに来たのかもわからないし。これからの身の振りようだって。
「・・・お兄ちゃん。寝ちゃった?」
「いや。どうした?ベッド寝にくかったか?」
真由香ちゃんに俺のベッドを貸して、俺は居間に布団を敷いて寝てたわけだが。
「ううん。ちょっと・・・あのね、一緒に寝ていい?」
「あ?あぁ。構わないけど」
俺は掛け布団をめくって、彼女を迎え入れる。
はぁ、これが彼女とかだったら最高なんだけどなぁ。
「狭いけど」
「大丈夫・・・暖かい」
なんか、さっきまでと全然性格違うんだけど・・・実は寝ぼけてるとかか?
「お兄ちゃん」
「ん?」
「おやすみ」
「あぁ。おやすみ」
今まで弟も妹も居なかったから、こういうのも新鮮でいいな。
しばらくは兄妹ごっこにつきあってやるか。
俺は真由香ちゃんに背中を向けて目を瞑る。
「・・・んっ・・・うぅ・・・」
背中に温かい感触。
「おとうさん・・・ひっく・・・ぅぅ」
女の子がお父さんって言いながら泣いてるってことは、そういうことだよな。
なんとなく予想してなかったわけじゃないけど、結構、胸にくるもんだな。
もう顔も覚えて無いけど。親父、ゆっくり休んでくれよ。
「・・・おとう・・・さん」
お?寝ちゃったか・・・おやすみ。真由香ちゃん
「ちょっと、なんでアンタが私と寝てるのよ!!うわ、サイテー、人を布団に連れ込んで」
朝起きて第一声がそれかよ。
「お前・・・一回、精神科医行ってこい」
「これでしょ、後これと・・・これもかな。あ〜、こっちはこれとおそろいの方がいいかな?」
「お〜い。いつまでかかってんだよ」
今日は休みで、本来なら惰眠を貪る日なのだが、真由香ちゃんの雑貨用品の買出しにつき合っていた。
これだから女の買い物につき合うのは嫌いなんだよ。歯ブラシとかコップなんてどれでも一緒だと思うんだが。
「えっと。あとは」
「なんだ?まだあるのか。ほら、持って来てやるから何買うのか言ってみ」
「っ・・・ば、馬鹿!エッチ!!」
おいおい。顔を真っ赤にしてそんな台詞吐くなよ。
ほら、回りが変な目で俺を見てる。
「ぅぅ」
真由香ちゃんが最後に買い物カゴに入れたもの。
あぁ。生理用品ね。そりゃ、恥ずかしいわな。
「って、ちょっと待て。お前、一体何日俺のとこに居るつもりだよ」
「ん〜・・・ちょっとわかんない。お母さんから連絡こないと」
「そうか。まぁ、そこら変はあとでちゃんと説明してくれよ・・・生活費、少し多めに下ろすか」
「あ、お金は大丈夫。ほら」
真由香ちゃんがコートのポケットから財布を取り出し、そこから一枚のカードを取り出す。
「お父さんのカード。これ使えってお母さんも言ってたし、少しくらい贅沢しても平気だよ」
「いや、そういうわけにも」
「大丈夫。私とお兄ちゃんのために貯めておいたくれたみたいだし」
「貯めて?あ、クレジットカードじゃなくて、銀行のキャッシュカードか」
「そ。昨日、少し下ろしてきたから大丈夫だよ。じゃあ、これ買ってくるね」
真由香ちゃんは日用雑貨が大量に入ったカゴを持ってレジへと向かう。
それにしても、昨日の夜とはうってかわって、随分強気で元気だこと。
「ほら、お兄ちゃん。荷物持って」
「はいはい」
まぁ、彼女から話しだすまで少し待つとするか。彼女自身の心の整理とかもあるかもしれないし。
「んじゃ、仕事言ってくるけど。俺が帰ってくるまで、誰が来てもドアを開けるなよ」
「はいはい」
「特に、勧誘とかそういった類には」
「あのねぇ、子供じゃないんだから大丈夫だって。美味しい晩御飯作って待ってるから、いってらっしゃい」
この休みでわかったことと言えば、彼女は単身でこっちに出てきたということ。
高校1年だということくらい。結局肝心なことは聞けずじまいだったな。
どうやら、今は冬休みみたいだから、学校行かなくていいのかとか、そういう心配はしなくてもいいんだけど。
はぁ。先が思いやられるな。おい。
「ただいま」
部屋の中が暗い。
あれ。真由香ちゃんが居るはずなんだけど・・・どこかに出掛けたかな?
「あれ。お兄ちゃん、おかえり。早いね」
「お、居たのか。って、おい」
後ろから声をかけられて振り向くと、真由香ちゃんはバスタオル一枚で廊下に立っていた。
風呂にでも入ってたのか。
「ん?あぁ、この格好?別にいいじゃん。兄妹なんだし。それとも、お兄ちゃんはこんな格好にも免疫ないのかな〜」
「馬鹿か。風邪引くぞ」
「なんだ。あんまり焦んないし。つまんないの〜」
俺は居間でスーツを脱いで、ハンガーにかける。
完全に寝室をアイツに取られたせいで、俺の着替えやらなんやらも全部、居間に置く羽目になってしまった。
「ふぅ。いいお風呂だったよ。お兄ちゃんも後では入りなよ」
「あぁ」
真由香はご飯と味噌汁をお盆に入れて運んでくる。
おかず類はすでにテーブルの上に並んでいた。
「今日は私の得意料理。期待してていいよ」
真由香の料理は旨い。大通りの大衆定食屋を主食としていた俺には彼女の存在はかなりありがたかった。
「おう。いただきます」
「いただきます」
俺たちは向かい合ってご飯を食べる。
「・・・ねぇ」
「ん?」
「聞かないんだ。お父さんや私のこと」
「言いたくなったら言ってくれるかなって思ってさ。お、得意料理って言うだけあるな。旨いぞ、この肉じゃが」
真由香ちゃんの体が小刻みに震える。
「真由香ちゃん?」
「・・・どうして・・・そういうところ・・・似てるんだろ・・・親子って言っても・・・お兄ちゃんはお父さんのことほとんど知らないのに」
大粒の涙が、手に持ったご飯の上に落ちる。
「受け身な態度とか、少ししょっぱい肉じゃがが好きなとことか・・・ぅぅっ」
そんなに似てるのか?俺と親父って。
「はぁ・・・うん・・・私は大丈夫・・・ねぇ。お兄ちゃん。聞いてくれる?」
小さく大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるように、呟いている。
「あぁ。聞かせてくれるか。全部」
「・・・お父さんね。秋に病気で・・・それからお母さんは別な男の所に行っちゃって。私は学校あったから我慢して家に居たんだけど」
「冬休みなったから、俺の所に来たと」
真由香ちゃんは小さく頷く。
「お兄ちゃんのことはお父さんに聞いてたから。お父さんね、お兄ちゃんのお母さんとたまに会ってたんだって」
「へ?・・・あ〜・・・でもそれで納得言った。俺の住んでる場所とか親父が知ってるのおかしいと思ったんだ」
「うん。お父さんね、いつも私に言ってたんだ。お兄ちゃんのこと、俺みたいに優しくていいヤツだから、何かあったら頼れって」
無責任なことを言うなよな。ったく。
「でね。最初は、来るの怖かったんだよ。お父さんは優しいって言ったけど・・・でも、受け入れてくれるかわからなかったし」
「もし、俺がお前を拒否してたらどうするんだ?」
「・・・辛いけど、家に帰ってたと思う。まだ一人で生活するの・・・無理だと思うし」
「ま、そうだよな」
「でも、お兄ちゃん・・・本当に優しくて、結構頼りがいあるし・・・私、すごく嬉しかった。みんなに自慢のお兄ちゃんって紹介したいくらいに」
そこまで評価されてたのか。嫌われてないまでも、それほどいいとは思って無かったんだけど。
「それにね、お兄ちゃん。お父さんに似てるし」
「あ、さっき言ってた肉じゃが好きとかか?」
「それもあるけど・・・なんだろう。雰囲気って言うか・・・初日もね・・・一緒に寝てて・・・すごく懐かしい気持ちになって」
「お前、あれ、覚えてるのかよ!」
「うぅ。朝は恥ずかしくてあんなこと言っちゃったけど・・・全部覚えてます」
真由香ちゃんは恥ずかしそうに俯いて、チラリと上目遣いでこちらを見る。
「ったく。妹なんだから別にいいだろうが」
「うん。そうなんだけどね」
あ〜。なんか気まずいというか、不思議な雰囲気で中断した飯を続ける気にならない。
「風呂入ってくる。飯はこのままな、出たら食うからさ」
「え。あ。うん」
俺は脱衣所で服を脱ぐと、湯船に浸かる。
ふぅ〜・・・あれ。なんだこれ?なんで、風呂場に電動歯ブラシが置いてあるんだ?結構くたびれてるし。
『ねぇ。お兄ちゃん。ちょっと目を瞑ってて』
脱衣所から真由香ちゃんの声がする。
「へ?あ、あぁ。いいけど。つうか、普通、入るほうが目を瞑らないか?」
『いいから。私もお兄ちゃんのこと見ないから』
「はいはい」
目を瞑ると、誰かが風呂場に入ってくる。まぁ、誰かって言っても真由香ちゃんしか居ないわけで。
『いいよ。ごめんね。お騒がせしました』
「ん・・・あれ。あの電動歯ブラシって、真由香ちゃんのなのか?」
『え?』
真由香ちゃんが脱衣所で固まっているのがシルエットでわかる。
「あれ、実は親父ので、真由香ちゃん。それ使ってオナニーしてたりしてな」
我ながら何てオヤジな発想。自分で言って、セクハラオヤジの烙印を自分に押したいくらいだ。
『・・・うぅ』
「真由香ちゃん?」
なんか、泣いてる?まさか・・・
「当たっちゃった?」
『・・・お兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁ!!!』
「あ〜・・・えっと・・・あのな、お、おい」
真由香ちゃんが風呂場の戸を開けて中に入ってくる。
「悪いの!お父さん好きで・・・私・・・お父さんのことずっと好きで・・・でも、お父さんはもう」
「ごめん」
真由香ちゃんはその場にへたり込むと、涙をボロボロと零しながら声を上げずに泣いていた。
「・・・あ、あのさ。真由香ちゃん・・・可愛いし。まだ高校生だし、他にも好きな人・・・出来るって」
全然フォローになってないし。
「それに、家族を好きになっても変じゃないよ。うん。俺だって真由香ちゃんくらい可愛ければ」
さらに墓穴か?というか、何を口走ってんだ俺。
「好きな人」
「そうそう。学校の先輩とか、親父みたいなの好きなら学校の先生とかさ」
「・・・お兄ちゃん」
真由香ちゃんは顔をあげてジッと俺を見上げている。
まだ涙を瞳に溜めているが、流れ落ちてはいない。
「は?」
「・・・お兄ちゃんが好き・・・お父さんにそっくりだし・・・優しいし、温かいし・・・お兄ちゃんは?」
「俺?俺は」
「さっき、私くらい可愛ければって言ったよね。家族を好きになっても変じゃないって。ねぇ、それってOKってこと?」
「いや。さっきのはあくまでも例えであって」
真由香ちゃんは立ち上がって湯船に近寄る。
「ねぇ。お兄ちゃん・・・私じゃダメ?」
「ダメって」
「魅力ない?抱くに値しない?」
「ちょっと待て。パジャマに手をかけるな」
真由香ちゃんが自分のパジャマのボタンをはずし始める。
「だって、濡れたから脱がないと風邪ひいちゃうよ」
「だからってここで脱ぐな」
「・・・お兄ちゃん・・・好き」
つづく!!