「おはよう、秋良ちゃん。日曜日だね」
「外は雨だし、静かだね」
俺はゆっくり目を覚ますと窓の外を見る。
「ねえ…エッチしない?」
「美冬…なぜ下着姿?っていうか勝負下着だし…マジで?」
姉がなぜカーテンを閉め始めてるのか不思議に思ったが、むしろ姿と発言の内容に驚く。
* * *
掛け布団を剥いで、上半身はなんとか起こした。けれど俺の身体はそれ以上言うことを聞いてくれない。
俺は呆然と、美冬の下着姿に見惚れることしかできなかった。
動けないでいる俺に向かって、美冬は艶めかしい笑みを浮かべて近づいてくる。
薄い掛け布団の上から、俺の脚の上にまたがる形でぺたりと腰を落とした。
「うふふ、秋良ちゃん、どうしたの?」
美冬は悪戯に笑いながら、つい、と指先を伸ばした。その指先で、ゆっくりとゆっくりと、俺の頬を撫でおろす。
なんなんだこいつは。なんかいつもと全然違わないか。
なんでこんなに余裕しゃくしゃくなんだ。立場がいつもと真逆じゃねーか。
思考が渦を巻いて、俺の額にはじっとりと嫌な汗が滲む。
美冬が胸を突き出すようにして、俺に身体をすり寄せてきた。同じ分だけ、俺の身体は後ろに逃げる。
美冬は淡いラベンダー色のベビードールのようなスリップドレスを着ていた。
ふっくらとした胸の谷間が艶めかしいほど白く輝いている。
……これは。想像していたより、かなり大きい。それにすごく柔らかそうだ。
まずい。吸い込まれそうだ。吸い込まれて、本能の赴くままにあんなことやこんなことをしてしまいそうだ。
俺は慌てて、大きな声を出した。
「ちょ、おい、待て。待てって、美冬。
俺たちはな、弟と姉なわけだし……」
言いながら、魅惑的な胸の谷間から必死の思いで目をそらす。けれどそうすると、今度は美冬の脚が視界に飛び込んできた。
太ももの途中に、白いフリル状のレースが留まっている。ガーターストッキングだ。
その存在のせいで、美冬のほっそりした脚も、妙に肉感的に見える。俺はごくりと唾を飲み込んだ。
その太ももの先では、丈の短いスリップドレスの裾がすっかり捲れあがってしまっていて、脚のつけねまで露になっている。
俺の視線に気づいた美冬は、切なげな吐息を漏らしながら、ゆるゆると腰を前後に揺らした。
「……ねえ、秋良ちゃん」
今までに聞いたことのない甘くとろけた声で、美冬が俺の名前を呼んだ。
掌で俺の両頬をやさしく包み、吐息がかかるほど唇を近づけてくる。
その間にも、敏感な箇所を自ら擦りたてるように、腰をいやらしく前後に揺らしながら――
「……私ね、もう、濡れてるの。だから……お願い」
とろんと熱く潤んだ瞳で見つめられ、俺の心臓は壊れてしまうのではないかと思うほど強く、跳ね上がった。
無我夢中で美冬の身体を抱き締めて、唇を貪る。
美冬は嬉しそうに背中をしならせ、重なった唇の隙間からため息のような甘い声を漏らした。
唇を重ね合わせながら、薄く目を開いて美冬の顔を覗き見る。
美冬はうっとりとした表情で瞼を閉じて、まるで俺との口づけに酔っているようだ。
眩しいなあ。俺は美冬の顔を見て、そんなことをぼんやりと思う。
ああ、本当に眩しい。目を開けていられないくらいだ。
わあ、どんどん光が強くなるよ。眩しさも増し……て――?
ぱっちりと目を開くと、俺の顔の上に明るい日差しがさんさんと降り注いでいた。
一瞬、事態が飲み込めなくて、俺は何度も瞬きを繰り返す。
窓際で、開けたカーテンをまとめて留めながら、美冬がきょとんとした顔で俺のことを見ていた。
「おはよう、秋良ちゃん」
にこにこと笑って、美冬は布団の横にすとんと座った。その姿を見て、俺はほんの少しぎくりとする。
勝負下着のスリップドレスにはもちろん程遠いが、美冬は、肩にかかるストラップがかなり細いキャミソールワンピースを素肌に一枚で着ていた。
けれども。美冬は、やわらかい薄茶の髪を、左右に一本ずつのゆるい三つ編みにまとめていて……残念なことにその姿は、お世辞にも20歳には見えない雰囲気だった。
「夢でも見てたの? なんだか、楽しそうに寝言言ってたよ」
「……え。な、なんて?」
「えーとね。笑いながら『美冬、気持ちい――」
「わあああああーーーーーー!!!」
俺はぜえはあと肩で息をしながら、己の恥を力業でねじ伏せた。
それから、きっ、と美冬を睨む。
「美冬、おまえはっ!なんで真夏でもないのに、そんな格好してんだよっ!」
「えっ。だ、だって……今日けっこう、日射し強いから……洗濯物干してたら、暑くって……」
しどろもどろに答える美冬は、いつもの美冬だ。
上に何か羽織ってこいよ、と伝えると、美冬は渋々と頷いて、隣の部屋に移っていった。
「なー、みふゆー」
「んー? なぁにー?」
引き出しをあける音、がさごそと服を選ぶ音をさせながら、美冬はのんびりと返事をする。
「お前のさあ、勝負下着って、何色?」
「えー? えーとぉ……って、え、ええっ?あ、秋良ちゃん!? なんで、そんなこと聞くのっ!?」
白いカーディガンに袖を通した美冬が、部屋の境目の襖に真っ赤な顔をしてしがみつきながら俺に聞いた。
「……別に。どうせ子供っぽいやつなんじゃねぇのかなぁと思って」
からかうように笑いながら言うと、美冬は、むう、と頬を膨らませた。
俺は気にせず、大きく伸びをして、布団から起き出そうとする。
と。次の瞬間。背中に、ぽすんっと柔らかい感触がぶつかってきた。
「あ、あのねっ」
美冬の声が、その呼気といっしょに俺の耳に届く。
ぞくりとした。
背中に、柔らかい塊が押しつけられている。
「……いつか、見て、驚いたって知らないんだからねっ」
俺はばくばく脈打つ心臓を抑え込んで、平静を装い、ゆるりと首をまわして美冬の顔を見た。
目が合うと、美冬は耳まで真っ赤になりながら俺から身体を離して立ち上がり、隣の部屋へ駆け込んでぴしゃりと襖を閉めてしまった。
俺は美冬のそんな態度が可笑しくて、笑いが零れそうになるのを必死で堪える。夢のなかの美冬の大人っぽさには、現実のあいつはかなり程遠いみたいだ。
でもまあ、胸の大きさは、夢で見たとおりだったかなぁ、なんて不謹慎なことを思いながら。俺は今日の日曜日を、美冬と何をして過ごそうかと、立ち上がった。