「はあ……」
何度溜息をついたかな。今日だけだったらそうでもないけど、今までの合計はきっと4桁いくかも
ね。
私にこんな事をさせている原因は、今も隣にいるこのアホなノッポ。
……オールバックなんて時代錯誤な髪型して格好いいと思ってんだから救えんわね、ほんと。
おまけに何なのそのブーツ。カウボーイみたいなギザつき円盤……名前は知らないけど、そんなモ
ンくっつけて……
どっから拾ってきたのよ、んなモン。
しかもわざと穴の開いたズボンはいてるし。
あーもう! みっともないたらありゃぁしないわね。
「はあ〜……」
ホント、溜息がでるわ。こんな事してるこいつにも、付き合ってやってる自分にも。
「ん? どーした、ミコ。さっきからうるせぇな」
「あ〜、何でもないわよ何でも。せっかくの休みをこんな事に費やしてる神子さんは偉いなあ、と
、自画自賛しただけ〜」
めんどくさそうにぷらぷらと手を振りながら言ってやる。
ま、めんどくさいのは事実だし、自分を褒めたいのも本音だけどね。
横目でこのバカを見やってみれば、そりゃ当然のごとく嫌そうな顔。
「オマエな。自分から協力するっつっといてそりゃないだろーが」
あー、小学生ん時のいじめるバカ男子の気分が判った気がするわ。確かにこういう顔見んのはおも
しろい。
同意できるな、うん。
そんな時は、こいつは名前の通り偽善っぽい行動してたわけで。
ちゃらんぽらんな外見に似合わないまっすぐな性格は、いざこいつがいじめられる立場になったの
なら凄いいじりやすそうだわ。
「……オイ、聞いてんのか? ミコ」
「はいはい聞いてますって、セーギ。んで私にどーしろと」
「……もう少し真面目にやってくれ。俺一人に迷惑かかるならいい……いや、良くねえがそれはそ
れとして、今日の用事はさ……」
「はいはいOK問題なーし。のーぷろぶれむ。そんぐらいいくら私でも覚えてるわよ」
続きを言おうとして、胸がちくりと痛んだ。
……やれやれ。所詮は自己満足で欺瞞と分かってるんだけどなあ……
一瞬浮かんだ黒い感情を押し込める。
「……愛しのミズキチの誕生日だもんねぇ。そりゃ張り切るのも無理ないわ」
にやりと笑って言ってやる。
と、その瞬間セーギの顔が真っ赤に染まった。うわ、文字通り後ろに跳びすさるリアクションなんてはじめて見たわ。
「ば、ばばばばばばば馬鹿ヤローッ!! 何てこと言いやが――――」
ゴキブリとエビの合いの子の様な動きをしたセーギはそのまま歩道の段差につまづいて……
「「あ」」
そのまま車道に向けてすっころんだ。
きれいな放物線のスローモーションを描く。
どっかの素人投稿番組で見たなー、こういうの。そん時ゃ当然お約束どおり――
ビイィィィィィッ!!
……お約束どおり、トラックが来た。
うわ、すんごいデコトラ。中華街の装飾そのまま持ってきたような龍のレリーフが異様に目立つ。
国宝モノのデザインだわね。
なんか知らないけど今日は異様にレトロなものに縁があるなあ……
それにしても“愛羅武勇”っつーセンスはどうかと思うけど。
「ぬわああぁぁ、たたたた助けろこのダホッ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬー!!!!」
……あ、すっかり忘れてた。
見ればセーギは足をむしったコオロギみたいな動きでじたばたしてる。
緊張してまともに動けないってとこ?
幼馴染だけに、情けなさが際立つなあ。
このままぎりぎりまで放っておいてもそれはそれで愉快なことになりそうだけど――
ま、何か間違ったりでもしたら夢見も悪くなりそうだし。
さすがに西瓜割りするには9月は遅いかな、とも思うわけで。
んー、でも。せっかくだしなあ。
「ねえねえ、助けてあげる事へのお駄賃は?」
「んなこと言ってる場合かー!! 助けやがれこんちくしょう!!」
「1.私の生徒会の雑用を引き受ける
2.私に今度食事をおごる
3.今度の日曜私に付き合う
4.一万頂戴
ライフライン、残るはテレフォンとフィフティフィフティです!」
「ふざけんなァーッ!! 選べるかあっ! 地味にカツアゲ入ってるし!」
「ドロップアウトを宣言ッ! ……。ファイナルアンサー!?」
「タメるな、あの人再現すんじゃねぇ! うーわあぁぁ、マジでやばいって!」
チ……いいチャンスだと思ったんだけど。しゃーないか。
「はいよ……っと」
デコトラが後数メートルで来るタイミング。
とりあえず手を伸ばして掴んでやる。
……しっかし。フツーは構図逆じゃないの? これ。
150cm無い私が180超えてるヤローを抱き起こしてもシュールな絵にしかならんわよ。
なんてどうでもいいことを思っていたら……
「へ?」
うわ、重っ!!踏ん張りきかないって!!
「んなに力込めないでよ!」
「普通に掴んでるだけだろ!」
まず。真剣にまずい。
このままこのアホごとデコトラに引きずり込まれそう。
嗚呼……全くもって女らしくないけど、外聞気にしてる場合じゃないか。
「どっ……せ、ええぇぇりゃあっ!!」
渾身の力で、思いっきり腕を引っ張る。
セーギの体が持ち上がり、不意に反動が無くなった。
何かが抜ける様な感触がして――――
気がつけば、セーギが私の上に覆いかぶさってた。
「……ッ!」
なんとなく手が出た。
思い切りアッパーを水月に叩き込む。
あ、ねこ蹴ったときみたいな声出した。
「……て、め…… 怪我人に何しやがるっ……」
「どこが怪我人よ! 転んだだけでんな様子ちーとも見えなかったわよ。
そもそも女押し倒してずっと堪能してるような煩悩男が怪我してるわけないでしょーが!」
「起き上がれねぇんだよ! テメーのせいで!!」
「……は?」
よくよくみたら、セーギが肩を反対の手で抑えて悶絶していた。
……あのー。これってもしかして。
「……肩、抜けた?」
「……たぶんな」
「うっわ、貧弱」
「うるせぇ!!」
怒鳴るなり、セーギは獣っぽい声出して脂汗を流し始めた。
もっと先の事考えて行動すりゃいいのにねぇ。
ま、取りあえずは現状把握、と。
ここは歩道。取りあえずデコトラから逃げるのにゃ成功。
で、今私はこのデカ男に押し倒されてる形になってる。
そのバカは肩が抜けてろくに動けない、と。
……。
よくよく考えてみたら、かなりアブないわね。
顔が火照ってきたの自分でも分かる。
目が泳いでいたら、不意にバカと目が合った。
私の顔色に気づいたのか、いきなりこいつがわめき出す。
「このバカ!! 誰がテメーなんか意識するか!この自意識過剰女!」
……ムカつく。
だけど、それ以上に。
「……そんなに魅力ないかな、私」
まあ確かに背は低いけど、他の部分は平均行ってんだけどな。
この天然パーマ気味の髪は自分でも好きじゃないけどさ。
はあ……
ん? 何か静かだと思ったら。
「……悪ぃ」
……こりゃ、もしや。
あ、自分でも意地悪い笑い浮かんでんの分かるわ。
「へぇー…… つまりは私に欲情してるってコト? ふーん」
「ばっ……んな訳ないだろーが!!」
「はいはいそういう事にしときますよー、と」
よっこいせ。
ようやっと抜け出せたー。疲れさせてくれるわ、全く。
さあてと、これからどうしようかな。
何にせよ、ま、とりあえずは……
「セーギ。家に来んさい」
「……何でだよ。まだ買い物終わってないんだがな」
この期に及んでこいつは…… それどころじゃないでしょうに。
「用事も何もその腕じゃねぇ……」
兎にも角にも手当てしてからね。と、まあそのぐらい分かるとは思うんだけど。
「今日が無理そうなら明日でも明後日でも付き合ったげるから。はいはいさっさと立ってせかせか歩く! OK?」
「……わーったよ」
ったく、素直じゃない事。
片手だけで器用に立ち上がったセーギは、本気で痛そうに脱臼した肩抑えてる。
「……なんか抑えてよっか?」
「……いや、別に……」
「遠慮しないの。じゃあ急ぐけど……痛むなら言ってよ?」
「……ああ」
……ったく、やせ我慢して。この馬鹿の側に寄り添って、動かないように両手で押さえる。
まあ、セーギにゃ悪いけど、今日はちょっと嬉しかったかな。少しだけ脈はあるみたいだし。
……ま、そんな脈といえるレベルでもないけどね。
ずっと、こうしていられたらいいのにな。
……私はそう思っているだけだけど、そこからはすぐに黒い想いが溢れてくる。
あの子、水城はきっと正義には振り向かない。ほぼ確信できる。
……その時。水城がこいつを振ったとき。私はそこにつけ込まないで居られるだろうか。
そうしない自信は……ない。
そんなことしても嬉しくも何ともないだろうって分かってるのに。
……いつか。何の躊躇いもなく、一緒に居られるようになれればいいな。
ただ、私はそう思う。