「ふぅ…」
窓の外の夜空を見やりながら何度目かわからない溜息をついた。どうしようもなく鬱だ。
「まさかあいつがな…」
大学合格後、地方から出てきて下宿を始めて数週間、ようやく生活にも慣れてきたのに…
話は夕方にさかのぼる。夕食の準備でもせねばと、近所のスーパーに出かけた。男でも作れるようなものでも、とレトルトの棚を見ていたところ―
彼女はいた。セミロングの黒髪、くっきりとした二重、どことなくあどけなさを残した美少女が。
俺はこいつを知っている。こいつと日が暮れるまで遊んだこともある。…とは言っても、6年前のことだが。
―沖原玲。今俺の目の前で、缶詰めとにらめっこしている女性の名前。その真剣な目つきは6年前と変わらない。けれど今目の前にいる幼馴染みに俺は、話しかけることが、どうしてもできなかった。
ふと彼女がこちらを向いた。
ほんの一瞬、目が合う。
そう、俺がとっさに視線をそらし、この場から立ち去ることを選択するまでのほんの一瞬。
その数秒の間に俺は確かに見た。彼女の目に、懐かしい友に出会ったときの驚きが。けれど俺はその目に応じることなくその場を去った。応じることが、どうしてもできなかった。
「馬鹿か、俺は。」
薄曇りの夜空を見ながら、己のへたれっぷりに、思わず自嘲する。
中高一貫の男子進学校にいて、全くと言っていいほど女性経験の無い自分に。社交性の無い自分に。そして、幼なじみとの再会を避けた自分に。
俺は怖かったのだ。あの頃のように、もう本音ではしゃべれない、自分の弱さを気付かれるのを。勉強しかせず、人間的に成長することなく大人になった自分を。
そんな自分に、あいつに話しかけることなど、到底、出来やしなかった。