雪は教室から外のグラウンドを見ながらため息をついた。正確には  
グラウンドにいる一人の少年を見ながらため息をついた。  
 
どうしてあんなヤツ好きになったんだろう  
 
雪が見つめる少年は大人数でサッカーをしている。遠くからでも彼が運動オンチ  
なのがわかる。  
 
あ、またミスしてる。何やってんのよ、まったく。  
 
「ゆきー、どこみてんの?あ、一年のコがサッカーしてる。  
もしかして好きなコがいるの?」  
「え?ちがうちがう。そんなのじゃないって」  
「えー、そんなにあわてて何かあやしい。どのコかな?」  
「だからちがうって」  
 
雪は必死に否定した。が、否定すればするほど顔が赤くなっていく自分に  
気づきトイレに避難した。  
 
あーもう、何で私が赤くなっているのよ。私はもっとワイルドで  
がっちりしている年上の男がタイプだったのに!  
 
 
昼休みの終わりを告げるチャイムがなり、みんなと教室に戻る途中で正人は  
見覚えのある女の子がトイレから出てくるのを見つけた。女の子の  
方も正人がいることに気づいた。女の子が正人の近くまで来た。  
「あ、あの、先輩、昨日はすいませんでした」正人の声は緊張で少し  
どもっている。  
「あんたサッカー下手なのね。やめといたほうがいいわよ」相手の言葉を  
無視するように雪は言った。  
「え?あ、先輩、見ててくれてたんですか?」  
「ば、バカ、ちがうわよ!外見てたらたまたまあんたがいただけよ」  
「そ、そうですか」正人は肩をすくめた。  
がっかりした様子の正人を見て雪はうろたえた。  
「ちょっと、なに落ち込んでんのよ。そ、その、あんたがサッカーしてる  
のが目にとまってからはあんたの事を見てあげていたわよ。あっ!  
っていうか何言ってんの私は!?」  
おろおろしている雪を見て正人は小さく微笑んだ。  
「授業あるんでそろそろ行かなきゃ。先輩、昨日は本当にすいませんでした」  
そう言って正人は自分の教室に戻っていった。  
 
教室に入った正人は一緒にサッカーをしていた数人の友人に囲まれた。  
「おい、正人。おまえ雪先輩と知り合いなの?」  
「え?あ、うん。一応・・・」  
「マジ?なんで?俺にも紹介してよ。うわー、うらやましい。でもおまえ、  
全然雪先輩とタイプちがうのによく知り合いになれたなあ」  
雪はこの学校で一、二を争う有名人だった。彼女は金髪に近い茶髪で中が見えそう  
なほど短いスカートを履いていた。スタイルもよくアイドルのようなかわいらしい顔  
をしていた。何人もの男子生徒が告白しては撃沈されていたが現在では彼女の「キツイ」  
性格のせいかチャレンジャーはめっきり減っていた。  
教師たちは雪のことを当然よく思わなかったが彼女の親が学校に多額の寄付金  
をしていること、そしてなにより雪の学力が学年トップクラスであるため何も文句が  
言えなかった。  
対する正人はというと、勉強の成績がいいだけの普通の生徒だった。  
というより、普通よりも下に位置している生徒だった。体格は華奢で身長も  
平均よりも低く、顔は童顔でよくからかわれた。人見知りが激しいので友人も  
少なかった。おおよそ雪とは不釣合いだった。  
 
 
一日の授業を終え、帰りの身支度をしているあいだ雪は昨日のことを考えていた。  
 
*    *    *  
 
「じゃあねー、バイバイ」  
カラオケに行ったあと友達と別れて雪は一人で帰りの電車に乗っていた。  
(あーあ、はやく着かないかなあ。あ、ウチの学校の生徒が乗ってきた。見た  
ことないなあ、一年生かな。背は私と一緒くらいで顔は・・・まあまあカワイイ  
じゃない。でも私のタイプじゃないわね。げっ、隣に座ってきた)  
見た目とは裏腹に雪は男に免疫がなかった。理想が高すぎて今まで告白してきた  
男はすべて振っていた。しかし、周りの友達に最近次々と彼氏が出来はじめた  
こと、要するに経験を済ませていることに雪は内心あせっていた。  
 
目が合うことを恐れて横を見ることが出来ずにしばらく電車に揺られていると  
スースーと音がしていることに雪は気づいた。  
(何かな?あっ、このコ寝てるの?スースー寝息を立てちゃって・・・やばい、  
寝顔がカワイイ・・・って何言ってるの。うわっ、顔が私の肩にもたれかかって  
くる!)  
雪は心臓がドキドキしてくるのが自分でもわかった。男の顔がここまで間近に  
迫ってきたのは初めてだった。  
(何こんなことでドキドキしてんのよ私は、早く起きなさいよね、まったくもぉ)  
しかし雪の願いもむなしく正人は気持ちよさそうに寝ていた。  
 
突然電車が大きく揺れたのを拍子に正人の頭が雪の肩からずれ落ち、ちょうど膝枕  
する格好になった。  
(うわぁーーー!すごい体勢になっちゃったよ!?)  
雪は恥ずかしさのあまりあたりを見回した。幸い、車両の中に人はほとんど  
いなくてこちらを気にしている人はいない。  
(あーよかった。こんなとこ誰かに見られたら笑われるわ。ったく、このコは悠長  
にいつまで寝てんのよ、こっちはこんなに焦っているのに)  
心の中で文句を言いながらも雪は不快な感情がまったくないことに気づいた。  
逆に、膝の上で寝ている少年に愛おしささえ感じていることに雪は驚いた。  
(あぁ、顔が太ももにじかに当たってくすぐったいよぅ。こんなことならミニ  
スカートはいてこなきゃよかったぁ。・・・えーと、まだ寝てるよね?頭撫でてみよ  
うかな。なでなで・・・あ、今心臓がキュンってなった。な、なにこのカンジ?)  
雪は自分の身体が熱くなっているのを感じた。それはいままでに感じたことの  
ない身体の変化で気持ちが昂ぶり、心臓が締め付けられているようだった。  
(へ?なに?このヘンな感情はもしかして、こ、恋に落ちちゃったってこと?  
私がこのコに?嘘でしょ?だって私は坂口憲二みたいな人がタイプなのに。  
うわ、なんか身体がすごく熱い。はぁぁ、あ、あそこが熱くてムズムズしてる!?  
や、やばい、濡れてるかも。触ってもいないのになんで?)  
電車が揺れるたびに膝の上で正人の頭が動き、それが性欲やら母性本能を  
刺激してウブな雪はますます混乱していった。  
(あぁ、私ヘンになってきちゃった。このコの頭が動いたり、私がこのコを  
触ったりするたんびにコーフンしてる。私ってもしかしてヘンタイだったの?)  
戸惑いながらも雪は正人に触れることを止めることができなかった。  
(もう下着が濡れちゃってるわ、どうしよう。・・・まったく、なんてカワイイ  
のかしら。見れば見るほど触りたくなってヘンになっちゃう。あっ!  
降りる駅もう過ぎちゃってるじゃないの!)  
 
 
何かにやさしく包み込まれるような気持ちよさの中で正人は目を覚ました。  
(んん、ふわぁぁ。あれ?寝ちゃってたのか。なんだろう、このふわふわした  
感触は。げっ、女の人の足だ!な、なんで?えーっと、たしか、電車に  
乗って席に座って横を見たら憧れの雪先輩がいてびっくりして・・・もしかして  
これは雪先輩の足!?や、やばい、殺されるかも、雪先輩きれいだけど怖いっていう  
噂だしなぁ。あれ、なんだ、僕の頭を撫でたり顔を触ったりしているのか?  
雪先輩なにをしてるんだろう?で、でも、なんていうかすごく気持ちがいいなぁ。  
あっ、そんなこと言ってる場合じゃない。どうしよう)  
 
 
1 顔を上げて雪に謝る  
 
2 雪の太ももに頬擦りしてみる  
 

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