「おはよう速水」  
 机につっぷしていた所をナニモノかに揺すられた。  
 学校の机につっぷしてるっっつうことは寝てるっていう事で、  
  寝てるっていう事は眠いっていう事で。  
「おやすみ」  
「いや、次移動だぞ?」  
  ん、移動? 首を持ち上げる。  
 移動ってことは体育っていう事か、つまり跳び箱だな。  
 どうりで敦は体操着姿なわけだ。  
「次の次の授業はここだから結局戻ってくる事になる」  
「昼休み中寝てる気かよ」  
 かもねー。  
「無視すか」  
 ……  
「いってるぞー」  
 ……  
 家で寝てないからか、眠い、だから仕方ない。  
 あーでも昨日もさぼっちまったからなあ、まあいいか、  
 こんなんで跳び箱なんてしたら死ぬしな、それは危ない。  
「お前ホントにさぼるんかい」  
 十秒としないうちに敦が戻ってきた。  
「一一 うるさい、本気で眠いから勘弁してくれー」  
「はー、じゃあ俺もさぼるか」  
「静かにしててくれよー」  
 はぁ、俺何で学校来たんだろ。意味ねーな。  
 こやって教室で寝るのも結構いいもので、ちょっぴり罪悪感な感じが最高。  
 …………  
 眠い眠い。  
 
 
「おーい、昼だぞー?」  
 ……うるさいな。  
 ってもう昼か、結局敦をさぼらせちゃったのは、ちょっと悪い事したかも。  
 顔をあげると教室の蛍光灯の光で視界が歪んだ。  
「まじで重傷だな……大丈夫か?」  
「ああ、昼か、昼だね……御免、後で金払うからコーヒー買ってきて」  
「ん、顔青いぞ、保健室行った方がいんじゃねえの?」  
「行くのもめんどいっす」  
「そか、じゃ行ってくるわ」  
「サンキュー、今日は優しいね、そんな敦を愛してるよ」  
「へーへー」  
 流石に三日ほぼ完徹はこたえたかぁ。  
 でも次は化学だから、気合い入れないと訳わかんなくなるから、ちゃんと起きて無くちゃいけないから、  
 5分くらいしたら敦が帰ってくるだろうから、コーヒー飲んだら始動しよう……  
 ……  
 ……  
「おーい、買ってきたぞってせめて起きてろよ」  
「……ああ、おはようさん。アリガト」  
「おはようさんねぼすけさん。ほれコーヒー」  
「ん、……」  
 コーヒーの缶を空け、とにもかくにも流し込む。  
「てかどうしたのよ、今日は?」  
 敦が心配というよりは呆れた感じで俺を見た。  
「いや、まあ……ほら、トリノオリンピックはトリノでやってるんだよ?」  
「よ? ってなんで疑問系なんだよ。別に俺がとやかく言う事じゃねえけど体には気をつけろ。  
 今日のお前は尋常じゃないぞ?」  
 やばいなあ、真面目に心配されてるのかもしれない……。  
 ていうか敦、こうしてみると優しいしすげーイイ奴だな。  
「マジで愛してるよ、敦」  
「マジで大丈夫か? 速水」  
 と、丁度自分でもなんだか大丈夫じゃない気がし始めた時、始業のチャイムが鳴った。  
 じゃな、と敦が行ったので俺も残りのコーヒーを全部飲み込む。  
 だめだ、少しくらい眠気が取れても体力とか根本的な問題が解決してない。  
 ちゃんとした休養が必要みたい。  
   
 
6時間目の授業を華麗にスリープスルーして放課後。  
 と思いきや今日は7時間目にLH(長めな連絡確認の時間)があったらしいです。  
 あれですよ、来年度の修学旅行の打ち合わせですよ。  
 班分けとかそういうやつですよ、みんな騒ぎます収集つかなくなります眠くなります寝ます。  
「起きろー速水……いや、やっぱいいや」  
 いいやってなんだよー、と敦を睨む。  
「……起きちゃったよ、何?」  
「いや、班は俺とお前と、あとの女子二人は適当でいいか?」  
「適当は止めてよ? 特に松本さんとか勘弁ね、敦といちゃつくから」  
 説明はいらないと思うが敦の彼女、松本さん。  
「一生寝てろよってかクラスちげーよ」  
「ホント残念だったね」  
 ゴツン、と拳が「いい加減にしないと永眠させるよボクちゃん?」語ってきた。  
 かなり残念らしい。  
「わっ、……結構いい音したけど、だいじょぶ?」  
 強制暗転した視界を上に引っ張りあげると、榎本さんが敦の脇に立っていた。  
 呆れたように敦が。  
「大丈夫だよ、こいつ今日は3分の2くらい寝てたから痛みは3分の1くらいのはずだ」  
 すごい理論だ、中途半端に説得力が無い。  
「ん、おはようさんあやや」  
「おはようさんおさぼりさん。額、赤くなってるよ?」  
 まぢでか。  
 俺は額をさすりながら榎本さんに問いかける。  
「あややウチの班?」  
「そう、適当な女子二人の一人だよ」  
「敦は松本さん以外みんな適当さ、っとぉ怒らないでくれよ」  
「へー、今でもアツアツなんだ?」  
 熱々な敦君にナチュラルに油を注ぐ榎本さん、すばらしい連携です。ここは繋ぐしか無いでしょう。  
「そうそう、この前こいつ俺と映画見る約束ドタキャンしてさあ、  
 理由は、まあ察してくれって感じだったらしいにゃ」  
「へー、羨ましいにゃ」  
「女の子は羨ましいかもしれないけど、男としては友情の儚さに涙する所だにゃ」  
「へーそうなん、にゃんだあ」  
 沈黙。  
 俺に再び語りかけようとしていた敦の拳も沈黙。  
 頬を微妙に染めながら噛んだ事を恥じる榎本さん。  
「……いや、俺のキモいキャラ付けの一環である語尾付けを生かそうとしてくれた。  
 その君の厚意を俺は笑ったりしないよ?」  
「おーけい、最悪のフォローをありがとね」  
「おい」  
 心に宿るサドの神が目覚めてしまいそうな感じに、  
  程よく羞恥に染まった榎本さんの顔にときめいていたら  
 敦に現実へ引っぱり戻された。  
 何? と顔で聞くと顎で榎本さんの脇を見るように促される。  
 視線を向けると、榎本さんの後ろで硝子が黙って突っ立っていた。  
 成る程、適当のもう一人か。  
 入学してからほぼ一年、彼女は俗に言う問題児っていうやつで会話はさておき、  
 コミュニケーションっていう言葉を知らないかのようなクールっぷり。  
 どれくらい学校での彼女がCOOLかっていうと、例えば俺がこうやって、  
「おはろーさん、烏徒さん」  
 と、手を振っても反応しない。  
「烏徒さん、このメンバーでいい?」  
 早速立ち直った榎本さんが硝子に声をかけるも、ほんの小さく頷いただけだった。  
 硝子も割と彼女とはマトモにコミュニケーションを取っている、これでも、かなり。  
「おーはーろーおー」  
 俺が更に力強く手を振ると、今度は冷ややかな視線を送られた。  
「うっ、ごめんよぉ。調子に乗ったのは謝るから黙れこのクソとかいわないでくれよお、  
 いや、ウザいなんて言われなくても解ってるよ?」  
 相変わらずきっついなあ、視線が。  
「オッケー決まったな。じゃー、リーダーは速水でメンバー表提出してくるな」  
 寒々しい空気に絶えかねたのか、敦が席を外そうとするがちょっと。  
「いやいやいやいや、リーダーって、何その面倒臭さが凝縮されて当社比二倍みたいな響きは」  
「はいはい、分かったよ。リーダー俺でいいかな?」  
 主に硝子の方を見ながら確認する敦。  
「意義なーし」  
 俺と榎本さんが手を挙げる。  
 敦の視線に気付いたのか硝子もコクリと頷く。  
 それを確認して先生の所に用紙を持っていく敦。  
 んで、流れ解散となった。  
 
「ええっと、ただいまーあ?」  
 帰ってみると人の気配がしない。  
 お父さんも帰って無いみたいだ、まあまだ5時前だし。  
 寝室のドアをあける。当然誰もいない。  
 あー、やばい。布団をみたらロングホームルームの間は忘れていた眠気が……。  
 まだ昼間、ではないけど早いしちょっと寝てしまおうか。  
 でも今寝たら起きられない気がする。  
 それは不味い不味い、だってそんな事したら、いや駄目だ駄目だ。  
 駄目、早く体を起こせ、せめてしわになるから征服を着替えろ。そんでできれば飯まで耐えろって。  
 あ、意識 が。  
 
 
 
 
 ……最悪。  
 着替えもせず、夕御飯も食べずに十時間も寝てしまいました。  
 眠り過ぎのせいで、眠くてだるくて重い体を起こす。  
 取りあえず、お腹が空きました。  
 そういや昨日は昼御飯もコーヒーだけだったっけか。  
 あ、敦にお金返してない。  
 財布の中身は……よし、大丈夫。  
 それじゃあコンビニ行って飯買って来よう。  
 そろそろと寝室を出る。まだ皆寝てるだろうからなるべく音は立てないように。  
 そうだ、戻って来るのはなんだか面倒だから鞄も持っていってしまおう。  
 ペンケースくらいしか入っていない鞄を掴んで、今度こそ家を出た。  
 寒い。  
 てかすっげー暗い。  
 戻……でもお腹空いてるしなー。  
 諦めてエレベータで一階まで降りる。  
 暗くて寒くて退屈なので、寝ぼけた頭の中は直ぐにカップラーメンと肉マンの二択でいっぱいになる。  
 いや両方食べればいいんだけどさ。  
   
 
「暇でーす」  
 誰にでもなく呟いてみた。すると自分は暇だっていう事を再確認できた。  
 そりゃあそうだよねー。なんたって家を学校の始業時間の5時間以上前にでたもんねー。  
 現在6時。空はもうちゃんと明るくなったけど、  
 既にコンビニにあるマンが雑誌(エロいだけのも含めて)読み終わっちゃったよ。  
 なんか今さら帰るわけにはいかないしな。みんなそろそろ起きそうだし。  
 よし、あと2時間半がんばるぞー。  
 
 
「てな事があったんだよ」   
「そうか、つまりバカなんだなお前は」  
 朝、自分の席でぼーっとしてた所で、よれよれに形態変化した俺の制服を見た敦が、  
「帰ってみたら家が無くなっててやむを得ず野宿でもしたのか?」  
 と、ホント微妙にかすった事を言ってきたので、  
 今朝5時間程暇な時間を過ごす事になった経過を話してみました。  
「つうか帰れよ、一回」  
 もっともな事を仰られる敦。最近彼の呆れ顔がお馴染みになってきたなあ。  
「いやまあ……意地?」  
「だからなんでお前は疑問系なんだよ。まあいいけどさ」  
 あ、そうだ。  
「敦、はい。昨日はサンキュな」  
 敦に150円手渡す。  
「ん、てか三十円多いぞ。細かい小銭ないのか?」  
「んーと、つりはとっときな?」  
「だからなんでお前は……っと、じゃあ俺戻るな」  
 予令が鳴った。と殆ど同時に教室へ入ってくる担任。  
 また後で、と背を向け自分の席に戻る敦。  
「あー、マジで心配かけちゃってるなー」  
 その背中にもう一度、心の中で頭を下げてみた。  
 
 
 
 そこまで寝過ぎたってわけでもないのに頭がぼーっとしていて、今日の授業は右から左。  
 おそらく5時間もぼーっと過ごしたせいで、ギアが上がらなくなってしまってたんだと思う。  
 今日は朝からテンション上がらないしなー。  
 ダメダメ、せっかく頑張ってキャラ作ってるんだから頑張らないと。  
 
 
 
「たっだいまー」  
 ああ、おかえり。とリビングの方からお父さんの声が聞こえてきた。  
 うっ、帰ってたのか。正直進んで顔を合わせたくはないんだけどな。  
 まあ晩御飯の時にいやでもあわせるんだから一緒一緒、と扉をあける。  
「おや、鞄くらい置いてきたらどうだい? それとその制服はどうしたんだい、しわだらけじゃないか?」  
 お父さんはイスに座ってニュースを見ていた。  
 その口調とか外見とか、そりゃあもう16歳の子供がいるとは思えない程に若い。  
「ちょっと、昨日変な格好でねちゃっ……てさあ、まあ明日から休日だし、なんとかなると思うよ」  
「明日からニ連休か、羨ましいかぎりだ。私達のころなんか土曜日……、とまあそれは置いておいて。  
 その、体調は大丈夫かい?」  
 と真剣な顔。  
 いかんな、最近周りに心配掛け過ぎてる。  
 大丈夫大丈夫、と笑って返してみたけど、その顔は未だに心配してますって言ってる。  
「今日だって、何時もの稽古があるだろう? 何でもマトモに寝ていないそうじゃないか、  
 もしかしたらその制服のしわも、そのせいなんじゃないのか?」  
「大丈夫、だよ。昨日はかなり寝たし……あ、昨日の夕食はごめんなさい。  
 今日も稽古には普通に行ってくるよ、今日はちゃんと夕飯食べるから」  
 と、これ以上何か言われちゃう前にリビングから逃げる。  
 ふぅ、まいった。みんなみんな良い人過ぎるよ。  
 
 
 稽古場は家から10分くらいあるいた所にあるんだけど、その途中で。  
「あ、速水君」  
 やほー、と手を振る榎本さんに遭遇しちゃいました。  
「あ、そうか。これから稽古なんだね」  
 ニマニマと笑う彼女、俺が胴着姿を見られるのが恥ずかしい事知ってるみたいです。  
「まーね。あれ、榎本さん家こっちじゃないよね?」  
 確か学校に対して90度くらい違うとこに住んでたと思うんだけど。  
「うん、ほら今日烏徒さんさぼっ……休んだじゃん」  
「あー、多分さぼったで正解だと思うけどそれは」  
 てか学校来て無かったのかあんにゃろう、てか一日学校いて気付かない俺もやばいな。  
「それで今日のプリントを持ってく所」  
「にゃるほど、大変だね。まー学校でマトモにコミュニケーションとれてるの、  
 榎本さんくらいしかいないしにゃー」  
「誰かさんなんて、かんっっぜんに無視されてますからねー?」  
 と、にっこり皮肉。どうやらもう語尾付けには乗ってくれないみたい……似合ってンのににゃー。  
「でもホントさ、勿体無いよね、烏徒さん」  
 ふと彼女がぽつり、ともらした。  
「えーと、何が?」  
「だってさ、彼女すっごい可愛いのに誰とも関わろうとしないじゃん」  
 そりゃ仕方ないのかもしれないけどさ、と続けた顔は、何だか嫉妬まじりのような。  
「はあ、つまり彼女は中身がアレじゃなければ、めちゃめちゃモテモテだろう、と?」  
「そうそう、誰かさんは既にぞっこんっぽいけどね?」  
 またまたニマニマ笑みでこっちをうかがってくる。  
「チガイマス」  
 全く、榎本さんは時々無駄に鋭いなぁ。  
 当の彼女はにゅふふ、としたリ顔をした後、割と真剣な顔になって。  
「でもさ、割と功をそうしてると思うよ。速水君の努力」  
「え?」  
「だって、速水君はああいうけど、私としては一番彼女とコミュニケーション取れてるのは、  
 まぎれも無く君だと思うもん」  
 一一一一……っ。  
「っ、またまたぁ。半端な慰めはいらないよーだ」  
 自分でも声が動揺してるのがわかる。  
「確か、同じ中学校から来たんだっけ? それも関係してるのかもね」  
「っと、俺そろそろ行かなくちゃ」  
 自分でも不自然だと思うけど思わず会話を切った。  
 ん? と不思議そうな顔をするも、またねと手を振り去っていく彼女。  
 一一ふぅ。  
 鋭いにも程が在りますよ、榎本さん。  
 委員長気質というか何と言うか、優等生は周りへの気遣いが半端無いんだなあ。  
「うわやっばい」  
 とか言ってるうちに、ホントに急がなきゃ不味い時間になってた。  
 それから3時間、火照った体を慣らすように体を動かした。  
 
 
「たーだーいーっま」  
 シャワーと着替えは向こうで済ませてたから、そのまま居間に入る。  
「うわっ、すっごい」  
 リビングに入ってみると広めのテーブルに御馳走御馳走御馳走!!  
 その尋常では無い光景にパニックになる。  
「えっちょっ待、誕生日? 俺違うよ? 誰っ? ていうかなんでまだ誰も食べて無いの  
 ごめん俺待ってた?」  
 ほらほら落ち着いて、お父さんの苦笑まじりの声になだめられる。  
「これはその、遅くなってしまったけど、君の歓迎会みたいなものなんだ」  
 俺をさとすような声、歓迎会?  
「え? それって」  
 困惑した俺は視線をお父さんから外してお手伝いさん、  
 はキョトンとしているのでスルー。  
 そしてこの場にいる最後の一人、  
 硝子へ向ける。  
   
「司が一時的にも私の義弟になった記念なんだってさ」  
 
 すると、小さく意地の悪い色を称えた笑みが待っていた。  
 あー、そういうことか。最近、人の親切に浸り過ぎてる気がしてきた。うん駄目、ちょい泣きそう。  
「誰が弟だよ、誰が」  
 俺のつぶやきに、はははと笑いがもれる。  
「泣かないでよ? 格好わるい」  
 よりいっそう意地悪になりやがった目を睨み返す。  
「泣いてなんかないやいっ、皆ありがとうございますです!」  
 この家に来て五日間。いや、母が入院してからだろうか?   
 何時の間にか張り詰めていた俺の何かが切れた気がした。  
 いや、そんなに泣かれるほど感謝されるような事はしてないはずなんだが、  
 と困惑気味のお父さん。  
 あらあら、と全然困った感じのしない笑顔を浮かべてるお手伝いさん。  
「全く、変な弟」  
 感謝の言葉はいくら言っても足りないだろうから、  
 取りあえず今は御飯の美味しさを楽しもうと思う。  
 
 
 俺、速水司がこの家に預けられたのは丁度今から一週間前。  
 午後7時過ぎ、一週間に及ぶ学校生活の疲れでだれまくってたとこに電話がなった。  
「はいもしもし。はい、速水です。  
 はい、そうです、そうですが……病院?」  
 いきなり何だろうかと思えば、ついさっき車にはねられた母が病因に搬送されたという。  
「はい、はい総合病院さんですねっ、それで大丈夫なんですか?!」  
 
 まあ電話の内容はよく覚えて無い。  
 んで、いざ病室に駆け込んでみると。  
「母さんっ!?」  
「はいはい、大声ださないの。ここは病院なのよ」  
 無駄に、いやホント無駄に落ち着いてる母さんがいた。  
「えっ、うん。それで大丈夫なの?」  
 そこまで落ち着かれると逆に焦るんだけどってくらい何時も通りの母さん。  
 ベッドに横になってこっちを向いているその目は、いつも通り力を称えている。  
「はあ、相変わらずこの子ったらマザコンなんだから。  
 大丈夫に決まってるでしょう」  
「マザコンじゃねえよ決まってねえよ、第一夜にいきなりひかれたなんて言われたら、  
 もしかしたらって思うのが普通だろ!」  
 ドラマの見過ぎ、一蹴された。  
 その後俺はけが人に向かって、文句とか色々、言っちゃってた気がする。  
 いや、動転してたとはいえ……うん忘れよう。  
 で、色々と疲れ切ってた所に不意打ちが来た。  
「でさあ、私自身はぴんぴんしてるつもりなんだけど、  
 これ3、4ヶ月動けそうにないのよ」  
「え、それって結構やばいんでない?」  
「うん、私は不味い病院食があるけど、あんたがねー。  
 まあ料理はそこそこできるからなんとかなるかもしれないけど、正直毎日は辛いだろうし」  
「いや、飯じゃなくて母さんの方は……」  
「だから大丈夫だって」  
 大丈夫じゃねえだろ、っつてもこの人的には大丈夫、なんだろうなあ。  
「でさ、あんたをどうにかして家事の魔の手から守ってやれないかなー、  
 と思ってたらさ、丁度良い話が来てねー」  
 すっごい楽しそうな母さん。とても怪我人とは思えませんね。  
 ……なんだろうなあ、タノシミダナーホントニ。  
「要望があったので、あんたを烏徒さん家にレンタルする事にしたの」  
 ワーイワーイ。  
「何それ、え? すごい話しが見えないよ」  
「やあねえ、怒らないでよ」  
 大丈夫だよマイマザー、まだパニくってるだけだよまだ。  
「だってねえ、いくらもう16だからってこんな物騒な世の中、  
 一人息子を一人でほっとくわけにもいかないし」  
 何時事故とかに合うか分からないのよ? と大変説得力のあるお言葉。  
「でさ、生活費とかもあっちで負担してくれるっていうし、お金持ちなのねーあそこ。  
 ほら、なんていったっけ。お手伝いさんもいるくらいらしいし?」  
 ちッ。  
 笑顔で舌打ちしてやる。  
「だから怒らないでよ。それに真面目な話、向こうから頼んできたくらいなのよ。  
 多分、硝子ちゃんがらみで」  
 一一ああ、そうか。  
 なるほど合点がいった。ただこの傍若無人な生命体が悪ふざけをしたわけじゃあないんだ。  
 俺と硝子は幼馴染み、幼いころはよく元気に遊んだものなんだが。  
 ある事件をきっかけに、硝子は俺以外とはありとあらゆるコミュニケーションを殆ど取らなく、いや取れなくなった。  
 数年の努力もむなしく、硝子は未だに社会復帰の兆しすら見せない。  
 準、引きこもり。  
「オーケー、分かった」  
「あら、物わかりの良い子で助かるわ」  
 しょうがないだろう、ウチは経済的にそんなに余裕があるわけじゃあない。  
 保険で100%カバーできるわけじゃあないんだ。  
 てかそんなんどうでも良くて、俺も硝子を、なんとかしてやりたかった。  
「ふう、じゃあ俺はもう帰るよ。終電やばそうだし」  
 気がついたらすっごい話し込んでた。  
「ん、硝子ちゃんによろしくねー」  
 荷物をまとめて病室を出る。去りぎわに、  
「精々リハビリにはげみなよ、この親バカ」  
 感謝の礼を言った。  
 
 
「いやー大変だったねー、司君。ほらもう一杯」  
 で、居候先の歓迎パーティーで未成年なのにお酌をしてもらってる俺がいる。  
「あ、すいません」  
 それを笑顔で受ける、この親子はざるか。  
 つうか酒の消費量おかしいぞこの空間。  
「あんまり量を飲ませてはいけませんよ? 司さんは未成年なんですから」  
「そうですね、未成年ですからね……いや硝子、それは原液で飲むもんじゃないぞ?」  
 ジンの瓶の首を掴んでいた手が止まる。  
 きょとん、とした顔でこちらを向く硝子。  
「レモンはのせるよ?」  
「違うって、それだと40%が39、8%くらいになるだけだって。せめてロックで……  
 てバカー、もう飲むな飲むななんだその脇に隠してある空の瓶はぁ!」  
 16の女の子が飲む量じゃない。てゆうか日本人の量じゃない。  
「あらあら硝子さん、司さんの言う通りですよ。もうお休みになられては?」  
「そうだもう寝ろ。俺もそろそろ寝るから」  
 少し赤みを帯びた顔は否定の意を示した。  
「まだ大丈夫」  
「大丈夫とかそういう土俵に立つなっつうの」  
「硝子さん、司さんが来て嬉しくてついはしゃいでしまうのは分かりますが、  
 本当にそろそろお休みになられては?」  
 なにか気になるフレーズでもあったのか、ぴたりと動きをとめる硝子。  
 そして席を立った、それがあまりに急だったから、  
「硝子、照れてる?」   
 悪戯心で聞いてみたら、硝子はふらりと顔だけ振り帰って、  
「調子に乗るな愚弟」  
 めっちゃ睨んできた。  
「その弟っての、やめない?」  
「なんで? 愚弟」  
「いや、ホントの姉弟じゃないし、そもそもホントの姉弟でも弟とか呼ばないしさ。  
 第一、なんか硝子は姉って感じしないんだもん。今までどおりにしてよ」  
 ちぇっ、つまんねーの、の顔の後。  
「わかったよ、司。これでいいでしょ?」  
「うん、おやすみ」  
 と、今度こそ本当に目線を外して寝室へ向かう硝子。  
 さて、俺もそろそろ眠りたいんだけど、  
 正直このお父さんがいるかぎりそうはいかないんだろうな。  
 夜は、長い。  
 
 
 
「おはよう」  
 一一っっっっ!  
「……おはよう」  
 早く起きてよね、朝御飯片付かないでしょ、と硝子。  
 否、パジャマ姿の硝子。  
 やばい、不覚にもドキドキシテシマッタ。  
「そっちだって起きたんなら早く着替えろよ」  
 なんて苦し紛れに照れ隠し。  
 にやり、意地悪そーな顔。  
「スケベ」  
 自爆。  
 そうですよね、おいらがいたら着替えられないですよね、今直ぐ出るよ許してよ。  
 と、起き上がってみたらぐらりと視界が揺れた。  
 ボスっ。  
 再び布団に落ちる俺。  
「あれ?」  
 つうか気持ち悪ッ、あれ、何でだ何でだ?  
 二日酔いね、昨日相当飲んでたみたいだし、と心配そうな硝子。  
 否、あきれ顔の硝子。  
 やばい、不本意ながら何も言い返せない。  
 だいたいあれはあなたのお父さんが俺に……。  
 駄目だ、真面目に気持ち悪い……こうゆう時は水分だ。  
 無理矢理に体を起こしてみる、よし歩ける。  
 ふらふらと寝室のドアノブを目指すもその遠さに早くも挫けそう。  
「つうか、なんで硝子は平気なん?」  
 当然だけど後ろから返事は無かった。  
 
 本当に軽めの朝食と、本当に多量のお茶を飲んで、体が何とか落ち着いてくる。  
 食事中なんどもお父さんに謝られたんだけど、どう考えても自業自得な気がした。  
 で、今は寝室っていうか硝子の部屋。  
 この家に来てみて、俺って無趣味だったかなあ、と感じる事が増た。  
 何故って彼女がパソコンでゲームやってる間、俺すっごい暇なの。  
「硝子さーん、暇なんですけどー」  
 シカッティング。  
 ……いやいや、泣くな俺。  
 寂しくて死にそうなのでこっちから硝子に歩みよってみる事にする。  
 特に俺が近くに来ても気にした様子のない硝子。視線をパソコン画面に移すと、  
 凄まじくリアルな3Dのキャラクター達が、レトロな町並みの上に溢れかえっていた。  
「うわっ、すっげーな」  
 ニュースで見た事ある、オンラインゲームってやつだ。  
「ちょっと待ってて、あと10分くらいで終わるから」  
 一瞬ちらりとこちらを向いて、再び硝子は視線を画面に戻した。  
「終わったらコンビニ行こう、そんで飲み物とか買おう」  
 今朝お茶を1L消費しちゃったから。  
 コクリと頷く硝子。ふと親指を除いた8本の指が、まるで豪雨のようにキーを叩いてた。  
 ブラインドタッチ、なあんて生易しいものじゃない。  
 画面に打ち込まれる文字を見てると、普通に喋るのと変わらないくらいのスピードがでてる気がする。  
 暫くその奥義を拝見させていただいた。  
 硝子の手がやっとキーボードから離れてマウスを握る、どうやらもう終わりみたい。  
 ログアウトのボタンを押……ってプレイ時間1140時間!?  
 え? ちょっと待て、もしかしなくても地球が一回自転するのに要する時間は24時間だぞ?  
 ……50日弱?   
「終わったよ、行くなら行こう司」  
 そうだね。なるべくでなくてもあなたを家に置いとか無い方が良い気がしてきた。  
 このままじゃあ準じゃなくて、ホントに引きこもりになっちゃいそうだ。  
 まあいい、それを何とかするために俺はここでお世話になってるんだから。  
「うん、久しぶりのデートだね」  
 そういって、極自然に手を差し出してみる。  
「そうね司、前世以来かしら?」  
 硝子は俺を一瞥すると、華麗に手をスルーして上着を羽織った。  
 俺も上着着よう、なんだか凄く寒い。  
 
前世は当然言い過ぎだけど、硝子と買い物に出かけたのはやっぱり凄く久しぶり。  
 最後に行ったのは中学校三年生の時の修学旅行の前日だったけか。  
 行くつもりが無かった、なんていうふざけた主張で頑に拒む硝子をむりやり引っ張って、  
 一緒に必要な物を買いに行った。  
「硝子さん、ナチュラルにお酒をカゴに入れてますがそれは何時飲むんですか?」  
 持ち物に「飲み物」とか書いてあったのを見て、  
 普段飲んでる飲み物を買おうとした硝子を止めた記憶が、中学生なのに。  
 で、今も。  
「硝子さん、買うなとは言わないからさあ、もうちょっと自粛しようよ」  
 合計で2Lを超えちゃうアルコールがカゴに入った所だった。  
 ピクリと手をとめるとそのまんまの体勢で顔をこっちに向ける硝子。  
「今日明日明後日の分。知ってると思うけど私昼間でも飲むから」  
 知ってるけど容認しないし、つーか明後日学校なんだけど。  
「明日もくればいいだろ、そんなに買い込まれると今日どんだけ飲まれるか不安なんだけど」  
「そんなに暇じゃないし」  
 暇でしょうが。  
「太るよ」  
「大丈夫、精神が痩せ細ってるから」  
 笑えないなぁ。  
「せめて甘いものとかにしない? 代用品になるかも」  
「逆にお酒進みそう」  
「でもさぁ、お酒ばっかだとやっぱ……待って、何時の間にか増えて無い?」  
 ずっと目を合わせてたはずなのに……油断もスキもない。  
 その後、なんとか硝子にそれ以上のアルコールを買わせないようにしながら、  
 お茶と暇つぶしの雑誌を買った。  
 ……どんなデートだよ。  
 
 
 硝子を家まで送って多量のアルコールと申し訳程度のお茶を冷蔵庫にしまうと、  
 今日もいつもどおり3時間の稽古に向かった。  
 土曜日は翌日が休日なのもあって実戦メインのハードなのが組まれている。  
 ハードというか1対3とかただの無謀だろう。  
 まあ文句を言うつもりはさらさらないが、完全に二日酔いが抜けきったわけじゃあない。  
 つうか何が言いたいかっていうと、無理。  
「はい、5分休憩。そのあとラスト15分!」  
 はー、はー、っあ、ぜー、ぜー。  
 けふっ、ごほっごほっ。  
 息がもたない。  
 死ぬ、かと、おもった。つうか、次はホントに死ぬ。  
「ラスト一本!」  
 休憩、みじか、すぎ。  
 でも、立たないと、もっと死ぬことになる、ので、殆ど完全にオちた体を無理やり引っ張り起こす。  
 構えをとって3人と対峙、当然のように殴りかかってくる。  
 とても裁ききれないので後ろに下がるんだけど、それにも限界がある。  
 なんとか一定の間隔で切り返さないといけない、けど。  
 ドスン、とわき腹に蹴りを貰って一瞬色々持っていかれそうになる。  
 つうか蹴りっぱなしかよ。ろくに引きのない体重が乗っただけの足を、  
 蹴られた衝撃でくの字に折れた体で無理やり掴んで床に叩き落とす。  
 完全に間接とった。勝ち、なんだけどね、1対1なら。  
   
 帰るとお父さんに呼ばれた。  
 さも当然のように硝子はパソコンの前に帰ってしまった。  
 ちなみに何でか硝子は家にいるイコールパソコンに座ってる、みたいなものなのに  
 目は良かったりする。  
 まあそんなどうでもいい事はおいておいて。  
「どうゆうことだい、司くん?」  
「どうゆうことって、何がですか?」  
「私がいない間に、硝子を勝手に家の外に連れ出した事だ」  
 顔は笑っているのに、空気が張り詰めてるのは内心穏やかで無いからだろう。  
 お父さんの言いたい事は分かってはいるんだけど、ここは引けない。  
「勝手にって、硝子は普段自由に外に出る事もできないんですか?」  
「そもそも硝子は自分から外に出たりはしないよ」  
 んなこと当然のように言うなっつーの。  
「いや、そもそもそれが問題なんだよ。だから俺は一一」  
「話を摺り替えないでもらえないかい?」  
 変化球はダメですか、どうやら本気で怒ってるみたいっすね。  
「じゃあ、家にずっと置いておくつもりなんですか?」  
「そういう話しではなくてだね」  
「そういう話です、硝子を具体的にどうするつもりなんですか?」  
「硝子を二度と危険な目に合わせるわけにはいかないんだ」  
「じゃあ、ずっとこの家で飼っていくつもりなんですか?」  
 あえて嫌な言葉を使わせてもらった。  
 まさか昨日にこにこと酒を飲みかわした人とこんな風に相対するとは。  
 ……当然予想してたけどね。  
「飼うつもりなんてない、けれど今の硝子に普通の生活をさせるわけにはいかないだろう?   
 色んな意味で」  
「普通の生活をさせないでいいんですか?」  
 ふう、とため息をつくお父さん。  
「私のやり方が気に入らないのはよくわかった、じゃあ君はいったいどうしようっていうんだい?」  
「どうもこうも、あなたは硝子を社会復帰させるために俺を養ってるんでしょう?   
 ならすることは一つです」  
「具体的には?」  
「普通の生活をさせるに決まってるじゃないですか?  
 一日中家に引きこもって、パソコンいじってるなんて年頃の女の子としては異常ですよ?」  
「そんな事が可能だと? 硝子がもし危険……」  
「可能にするために、俺はあの日からずっと十分努力してきました」  
 言えた、これ以上ないくらい緊張してるけど、一番肝心な事を言えた。  
「鳴る程」  
 お父さんの雰囲気がいつもの柔らかいものになった。  
 さっきまでのプレッシャーから解放される。  
「君の意思は伝わった、だから司君の事にこれから口出しは極力しない」  
 ただし。  
 と、一瞬さっきの数倍のプレッシャー。  
「硝子にもしもの事があったら、たとえ司君でもただではおかない」  
 息が詰まった、けれどすぐに素早く回復させて。  
「例え死んでも守ります。だからそんな脅しは無意味ですよ」  
 迷い無く、言った。  
 ふう、とお父さんはため息をつくと、半ば呆れが入ったような穏やかな笑顔を見せた。  
「全く、うちの硝子を相当好いているようだが、そんなにアレはいいものか?」  
 何を言い出すんだろうこの人は。  
「分かってるんでしょう? めちゃめちゃ可愛いんですよ、とにかくホントに。  
 あんなに見た目も仕種も性格も可愛いのは他にいませんって」  
「硝子も変な子に好かれたなあ、まあ君ならあげてもいいと思ってるよ、正直」  
「ナイスプレッシャーです。義父さん」  
 
 リビングのドアを開けた途端、酒瓶を持った硝子が目の前から睨まれた。  
「まだ、そんな事思ってたの?」  
「……っ、びびったあ。盗み聞きかよ」  
「コップ取りに来たんだけど、入れる空気じゃなかったから」  
「懸命だね、お父さんまじになるとめちゃくちゃ恐いな」  
「どっちかっていうと、司の方がマジに見えた」  
「そうか?」  
 こくりと頷く硝子。  
 そのまま下から覗き込まれる、硝子ってこんなに小さかったか?  
「まだ、本気なんだ」  
「……たりまえ」  
「そっか、それはなんか、ごめんね」  
 そんな申し訳なさそうな目するなよ。  
「ほんとにすまないと思うなら謝るなよ」  
「ごめん、無理かも」  
「お前、最悪」  
 笑えねえ。  
「どうなったら、諦める?」  
「ホンっと最悪だな」  
「だって、こんなに私だけしてもらって、いろいろ。  
 すごく申し訳ない」  
「なんとかは見返りを求めないって定型文があるんだよ」  
 なんでそんなに辛そうな顔するんだよ。  
 ……なんでってわけでも、ないか。  
「死人には勝てないっていうのも、きまりだよ」  
「その定型文は物語り終盤で論破されんだよ」  
 なんて強気な事いってても、正直厳しい。  
 お父さんのプレッシャーの方が百倍ましだ、なんたって俺自身が硝子にこんな顔させてるんだから。  
「はあ」  
 思わずため息をついてしまう。  
「お互い、辛いね」  
「なんだかそれはおかしくないか?」  
「飲む?」  
「だからおかしいだろ」  
「飲まない?」  
「飲むに決まってるだろ」  
 っつうか、んなんだから諦められないんだよ。  
 
 

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