誰か獣化を下さい
書き込んだ俺はぼーっとしたまま天井を仰いだ。
深夜三時。いくらまだ夏休みだからと言っても、そろそろ眠ってしまってもおかしくない時間帯。自宅の電子端末に書き込んだ文字の羅列は、俺の趣味の範囲内で短編の十八禁文章を催促する言葉だった。
先のレスまで投下されていた短編は長々と綴られたものだったが、しかし内容は薄い。それ以上に純粋な獣人の交尾よりも俺が求めているものがそこには存在せず、十日にも渡ってやきもきさせた。
俺が欲しいのは獣化だった。人間が獣人になる過程。そのまま交尾へと移っていく獣へ堕ちた者達。それにたまらないエロスを感じている俺が居た。現実には起こりえない衝撃が俺を支配し、そして夢中にさせたのはもう何年前だろうか。
そして某巨大掲示板のこの板に張り付くようになってどれだけの時間が過ぎただろうか。
その過程を、俺はもう思い出すことは出来なかった。他に立てられている異形変身ネタや獣姦ネタのスレッドを眺めながら、俺は投下されている短編小説の形式をとったそれらをオカズに自らの肉棒を扱いていた。
が、しかしいかせん投下数は少なく、興奮も二番煎じでは流石に微妙な冷静さが付きまとってしまう。
深夜、一人暮らしのこのアパートでは人の目を気にすることもないが、しかしその脱力感が俺に付きまとい、離れない。
だが無理矢理奮起させ、右手が怒張したものを扱く。
込み上げてくる感覚。いつもと同じ感覚が俺を襲い、そして精巣から尿道を通って先端へ。そして
「っ!!」
左手のティッシュへと受け渡された迸る白濁。鈴口を通る刹那背中を駆け抜けていく快楽と快感。
そして唐突に襲ってくる脱力感。
手を洗って、再び端末の前に座るが、しかし襲ってくる眠気。
クリックを続け、気に入ったサイトをブックマークして、
そこでこの夜の俺の記憶は途絶えてしまった。
目を覚ますと十三時。、横になって肌寒さを感じながら窓の外を見ると雨。叩き付けて来るそれはもうすぐ止むだろうと勝手な想像をしながら、寒さに震える。が、小腹がすいていたので立ち上がる。
そういえばベッドじゃなくてパソコンを触りながら寝てしまったのかと思いつつ戸棚を空ける。中から近くのスーパーで買ってきた安物のカップラーメンを出し、薬缶に水を入れる。コンロにかけてからいそいそと部屋に戻る。
昨日書き込んだ板は普段からスレッドの流れが緩やかなため、活発な板ほどすぐにレスがつきはしない。特に俺が昨日書き込んだスレッドはもともと緩慢なため、長いときは数日間レスがつかないこともあった。
だが一応の確認。と、ある種の期待が俺を躍らせる。レスがついているのだ。
198 :名無しさん@ピンキー:2006/09/13(水) 10:01:42 ID:××××××
>197
帰れ
俺は憤慨した。
が、確かに空気を読まないで書き込んだ俺も悪かったと思う。しかしこれはないだろう。もうすこし言い方を考えて欲しい。
そこまで思って、ここが悪名高い某巨大掲示板だったことを思い出す。まあ、今回の場合主に俺が悪いのだろうと思いながら、背後で鳴り始めた旧式の薬缶から出る音に反射。いそいそとカップラーメンに湯を注いでいった。
どうせ今日はアルバイトも休みだ。雨だし、一日中ネットでもやっておこう。
そう思いながら、三分間を待たずして箸を持ち、蓋を開ける。
空腹に染み渡るありきたりな香り。だがそれがいい。
胡椒をふりかけ、微妙なアクセントをつけてから俺は麺を頬張った。ずるずると吸い込み、時たまスープも口に含むのが俺スタイル。
「まあ、他の板でも覗いてみるか」
行儀悪くカップ麺を食べながら俺はマウスを動かした。
そして開くスレッド。
かちり。
既に生活音の一部と化して音とも認識されないクリック音。しかしこの瞬間はなぜかそれが一際大きく聞こえて。
そして俺の目に入ってきたのは新しく開いたスレッドの>>1の文章。パートスレでもなく、完全に新しく作られたそのスレッドはまっさらで、作られたばかりなのだろう。>>2ゲットの書き込みもない。というか今更2ゲットも時代遅れか。
そう思いながら>>1の文章の羅列を眺める。
スレッドタイトルは獣人に憧れるスレ。まあ、正に俺みたいな馬鹿が>>1なんだろうなと思いつつ、書き込まれていたURLを吸い込まれるようにクリック。
刹那暗転。そして増えるウインドウ。
「オーケイ、ブラクラゲット!」
グッジョブサインを出す自分にほとほと呆れながら兄者の真似。うわ、ものすごく馬鹿みたいに見えるのがとても不思議なのにも吃驚。そして暗転された画面が何かをダウンロード開始。まずいんじゃないかと一瞬冷や汗。
うわ、釣られたと思い、ウインドウを消そうとする。しかし消しても同じウインドウが間をおかずに現れ、再度ダウンロードを開始。ESCキーなんて効かない。仕方がないので最終手段、強制終了。
だが暗転した画面が沈黙することはなく、そしてロードが続けられ、そして、完了。遂にやっちまった。勝手に登録する有料サイトだったらどこかに通報するべきか。いや、もういいや。金払って穏便に済ませた方が早いような気がする。
仕送りをあてにするというある種の親不孝をどこかで後ろめたく感じながら、しかし俺の指は勝手に左クリック。表示された動画の再生を促した。
「って、俺は何をやってるんだ」
無意識にでもこんな自体でそういうことをやってしまう自分が腹立たしかった。
と、ノイズ。
ノートPCの粗末なスピーカーから漏れるのは聞いたこともない韻律。不快になるようなものではないが、しかし不気味だった。
そして暗転していた世界に光明。照らし出されたのはリアルな存在。
それは正に俺が求めていた姿。
獣人のあまりにリアルな姿がそこには映っていた。
「これ、本物っぽいな……」
現実にあるはずがないその姿に俺は思わず見とれてしまう。箸が、カップがテーブルへと置かれる。
ぴんと張った耳。しなやかな四肢。完成されたプロポーション。そして長いマズル。そこには雌の犬の獣人の娘が全裸で肉体をくねらせている姿が映っていた。
もしこれをCGムービー、あるいはフラッシュで作っていたのなら膨大な労力と時間を要しただろう。大作と呼ばれるRPGでよくある美しいムービーが作り出した艶かしい姿。
その姿を見た瞬間、俺は動画を保存してしまっていた。
そして続きを眺める。
彼女の股間の作りもよくできている。そしてそれに夢中になってしまう。人間が気ぐるみを着た状態では確実に不可能であろう関節の動き、胸の震え。これをCGで作ったのならどれだけの技術がいるのだろうか。
俺はその仕草、動きに夢中になっていってしまっていた。
と、画面が曲がる。ぐにゃりと世界が変換され、彼女の表情が快楽に、愉悦に、恍惚に、苦痛に歪む。それを見ている俺の思考もまた歪み、そしてさらにのめり込む。
「 」
ノイズが脳を刺激する。思考能力を奪い、俺の脳は考えることやめる。画面だけに集中し、彼女の仕草を、動きを、歪みを一つとして見逃すまいと食いつくように見つめる。
瞳孔がぎりぎりと音を立てるように収縮。痛いほどに見つめるその先で彼女の口が開き、
「 」
ノイズに混じって言葉が発せられる。が、しかし聞き取ることが出来ない。そして聞き取るためにと音量を最大に。そして止まった思考でそれを眺め続ける。
鼓動が早まる。否、跳ね上がる。全身を伝っていく異様な感覚。自慰よりも興奮し、想像していた性行為よりも明らかに甘美で、妖艶。人にあらざるものの肉体が立体化し、そして平面化した。
世界が構築され、崩壊する。精神に語りかけてくる彼女の吐息は彼であり、そして俺であった。
目の前が一とすれば俺は〇。俺は人形であり、そして彼女の虜だった。
「貴 獣。人 皮 脱ぎ てる よ」
聞こえたのはその口から放たれる言葉。そして俺の停止した思考が逆走。彼女の言葉のままに食い入るように画面を見つめ、そして停止。
闇。
肉体の鈍化。俺が俺でなくなる感触が心地よくて、画面から目がそらせない。それがこの状況を作っているのだとしても、吸い込まれてしまいそうな画面を眺めるしかない。
世界はそれだけだった。俺の骨格、僅かに弛緩した筋肉群を撫で上げる感触。それはおぞましく、そして優しい。
「貴方も獣。人間の皮を脱ぎ捨てるのよ」
彼女の口は確かに人間の言葉を話してはいなかった。しかし今ははっきりと伝わる。彼女の口から投げかけられる呪詛は直接俺の耳に語りかけ、思考を解く。肉体を開放していく。
人間という皮から。
「 」
俺の口から漏れた言葉は何だったのだろう。確認する術もない。
「貴方は象。愚鈍で、大きくて、時の流れを緩慢に感じる巨大な獣」
「 」
彼女の言葉が耳を抜け、脳に突き刺さる。何のフィルターも通さずに利いた彼女の声は冷徹で、暖かで、官能的ですらあった。響くそれが反芻され、そして肉体へと染み渡る。
そして唐突にそれは訪れた。
ごきり。
筋肉が押さえつけられながら骨が軋み、外れる音。自身の中でそれが巨大化していくのが分かる。否、膨れていっているといっても過言ではないかもしれない。体重を支える支柱となるそれが俺の中を満たし、肉を、内臓を押し付けていく。
「うぼげぇうぇあっっぅぇっ!!」
締め付けられた胃から、先ほどまで食べていたカップラーメンが零れ落ちて床を汚す。しかしそれでは収まらずに、落ちたものの上に更に吐き出され続け、弾ける。足も服も汚れてしまったが、それどころではない。
最早画面を見ている余裕はなかった。しかし絶えず耳の中では彼女の声が木霊し、ノイズが思考を止める。激痛に耐えながら空虚にしか感じず、そしてこれから起こるであろう事に俺は恐怖すら覚えることができない。
頭が痛い。肩が攀じれる。腰が、背中が悲鳴を上げ、四肢が全く言うことを聞かずに異様な方向へと折れ曲がる。
背筋を走っていく感触。それは香りであり、触感。味であり、音であり、そして目に見えるものだった。
「がっっ……ぐっ…………!?」
最早胃には内容物などなく、口から漏れるのは涎と嗚咽。目には涙すら浮かび、そして俺は吐瀉物に塗れるのも構わず床へと顔を叩きつけた。
痛い。痛い。
全身の骨格からそれを支える筋肉を、そして内蔵を返還させられる痛みに俺は嘆き、そして後悔しようとして、出来なかった。
それは俺が望んだことであり、そして彼女の言葉に俺は逆らうことは出来ない。何故そう思うかは全く分からないが、しかしそう感じるのだから本当なのだろう。
それはある種の本能だったのかもしれない。獣へと落ちて、理性を失う代わりに得たものは、天秤にかけて、しかしあまりに頼りないもののような気もする。
と、その思考すら奪われる更なる激痛!
ぎしりと上半身が痛みを訴え、そして筋肉が蠕動。これまでの感覚とは意味合いの違うおぞましさが全身を襲い、そしてもう出ないと思っていたはずなのに込み上げてくる何か。吐き出すとそれは酸っぱい液体。喉を焼く胃液だった。
ぐらりと世界が揺れた。四つん這いになりながら、それに耐え切れずに横へと倒れてしまう。そして痙攣。全身が自分の意志で動かない。
だが、その激痛が一瞬にして快感に変わる。否、快楽。それは俺が望んでいたこと。望み、彼女に命じられたこと。
思考が思想に変わり、そして再び画面へと視線が移る。
そこには立ち尽くした彼女。俺を眺め、満足げな笑みを浮かべていた。
「そう、それでいいのよ。貴方は私の僕。獣に堕ちることを望み、そしてそれを叶えた私に付き従うの」
その宣告を、俺は嬉々として聴いた。そして痛みを感じながら、その悦びに打ちひしがれる。
心音が耳に聞こえるほどに大きくなり、そして膨張する痛み。だが彼女のためなら俺はそれすら痛みと感じない。ある種の快楽。
そして変化は性器にも現れる。背骨が四足動物のそれに変わり、填められた瞬間に意識を失ってしまいそうなほどの痛み。だがそれに耐えながら股間を覆っていく違和感を俺は涎を垂らしながら味わう。
それは変化しながら屹立していた。脈動しながら、昨日の夜に出したばかりなのに異常な興奮を俺にもたらす。変化の痛みの中に作られた刹那の悦楽。それが俺を惑わし、そして俺は迷わずそれを床へと擦り付ける。
ぞくりと背筋を走っていくのはなんだったか。
一瞬意識を失ってしまうほどの心地よさ、快楽。あまりの衝撃的な快楽。そして腰をグラインドさせようとして、しかし動きにくいことに気がついた。
痛みに喘ぎながら視線を落すとあまりに固くなり、そして灰色となった皮膚。二足歩行をしようとして、しかし確実に出来ないだろう四肢。そして異形の肉棒。
そしてその肉棒から先走り液が溢れ、擦り付けるという行為を助長させていた。
と、ペニスが勝手に自らを擦り付けていることにそこで始めて気がついた。そしてそれに夢中になりながら、顔の造形が変わっていく感覚にも。
耳が重くなり、鼻がゆっくりと地面に付くように伸びていく。骨格が変わり、しかし脳を傷つけずに完成された形へと変換された。
そして早くも俺は絶頂を迎えようとしていた。普段ならもっと時間をかけてやるはずのこの行為を、しかしこのペニスは許しはしなかった。否、俺がそうしようとしないのだ。
早く絶頂を。早く。もっとしたい。もっとオナニーをして、交尾をしたい。出して孕ませたい。
思考が暴走を始めたことに俺は気付かず、そしてペニスの動きを早める。慣れないはずの動きは、しかし完全に性欲のために動き、量産された脳内麻酔が俺の痛みを痺れさせた。
「おっ……ブオォオっ!!」
それは喘ぎでも、悲鳴ですらなく、俺の口から放たれた叫びは咆哮。口は人間の言葉を放つのを止め、そして象の言語へ変換していた。
「そうよ。それでいいのよ」
スピーカーから流れる彼女の声に、俺は更に好意の激しさを増した。
そして湧き上がってくるそれを何のためらいもなく解き放つ。
「バォォォォオオオオオッッ!!」
再び咆哮。アパートだというのに何のためらいもなく嬌声を上げ、そして鈴口から放たれるのは爆発的な白濁。精通したときのような甘美さと初々しさが俺の中でかき回されて爆発。ペニスの動きを続ける。
だくだくと噴出し続けるそれは恐ろしい程の濃さ、粘性と獣くささをもちながら吐瀉物に塗れる。だがその程度では止まらない。もっと出したい。もっと。もっと。
普段はもっと控えることを知る俺が、しかし最早行為を止めることはできなかった。
何度も、何度も擦り付ける。
びゅくと肉棒が収縮し、子種が幹散らされる瞬間俺の頭は真っ白になり、
「獣に堕ちた感覚はどうかしら?」
彼女の表情が視線に入る。
その吸い込まれるような蒼い眼を眺めながら、そして俺は彼女の言葉を真っ白になってしまった脳裏に擦り付けた。
まるでマーキングをされるかのように。
「貴方はまだ身体が小さいわ。しかしだからこそこの狭い世界で貴方は動けるわ」
そしてこれまでで最も強い衝撃。全身を針で刺されたような狂おしい、弾ける感覚。そして先端からはこれまでのものを凌ぐ勢いで放たれる白濁。
「今から貴方は外へ出るの。今貴方と同じように獣へとなった者たちと競って、その性欲を開放しなさい」
一度句切った。
「人間の雌へ、ね」
その宣告に俺は視点の定まらない視線を向けて、そして頷いた。
最早言葉は必要なかった。俺は方向を変える。先ほどあれほど苦労していたはずの四足歩行を、俺は思考のどこかで理解し、そして完成させていた。
彼女の言葉を、俺は実行する。実行しなければらない。実行しよう。
ドアを突き破る。破壊されたドア。そして町へとでる。
視界に入る誰か。人間の質量を保ったままの俺の視線は高くない。だが目に入った女性を押し倒すだけの力は十分にあった。
そして俺は家へと戻り、連れ帰った女子高生らしき女性の衣服を引き裂き、股間に鼻をうずめて香りを嗅ぎ、舌で愛撫し、彼女の股間へと怒張した逸物を躊躇いなく突っ込み、ベニスを出し入れする。
子種を注ぎ込み、それでは飽き足らずに何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。そのうちに彼女はそれに喘ぎ、自ら腰を降り始める。思考が狂い始め、そして動物――否、獣からの悦楽を受け入れ、招き入れる。
莫大な量の精液が彼女の割れ目から溢れ出す。涙を流しながら壊れて行く彼女を見ながら俺は愛おしいと思う。
そして突き続ける。彼女の涙を嘗め、そして愛液を、精液を鼻ですすり彼女へと吹きかける。
喘ぎは強くなり、そして彼女もまた獣へと堕ちていく。骨格を変化させて、俺と同じ象へと成り果てる。
繰り返される。それは繰り返され、そして画面で主人は微笑む。
それは幸福で、快楽で、そして満たされた世界。一方で空虚で、崩壊した世界。
そして果てた俺と彼女は眠りにつく。
そこで眼が覚めた。
思考。しかし考えがまとまらず、パソコンの画面を眺めると黒。電源ボタンの周囲が青く明滅しているのを見る限りでは待機状態。
どうやら今までのことは夢だったらしい。時刻を見るとあと数分で深夜。なんだ、またへんな時間に眠ってしまったのか。そう思いながら台所で洗顔。眠っている間に噴き出した顔の油を落としてすっきりしたところで、テレビをつける。
ありきたりなニュース番組。面白くもないのでバラエティのものにかえる。
ありがちな芸人が司会をし、そして周囲が笑う平和な番組。
鈍化した思考で何処までが夢だったのかと考えると、カップラーメンが置きっ放し。食べながら眠ってしまったらしい。
欠伸しながら明日のアルバイトのシフトをチェック。そのまま冷蔵庫から二リットルのペットボトルを出して氷を入れ、グラスへと注ぐ。
あまりにもリアルな夢。だが、それは甘美で、そして起きたときに憂鬱にさせる夢だった。
俺が象になり、女性を襲う。襲われた女性も象になり、そしてまぐわい続ける。
現実でもいいような気がしていたのはただの夢だったからなのだろう。そう思えば気分が楽だった。少なくとも人生が丸ごと狂うような事態にはなりえなかったからよしとしよう。
喉の奥を通っていく冷たい感覚。胃の中へと落ち、そしてグラスを流し台へと置いたところで気がついた。
部屋にはいった瞬間香った、あの特有の青臭く、濃厚な臭気を。
そしてこれまで嗅いだことのない筈の雌の臭気を。
テレビの画面を見るとはやりバラエティ番組。しかしチャンネルは。
ふと思って、チャンネルを変える。そこには臨時ニュースの嵐。
『全国で動物が人間を襲うという事件が多発』『多くの男性女性が犠牲に』『行方不明者が多数』『連れ去られたものが動物になるという目撃情報が』『性的な行為を』『十分な注意を』『現在は一時的に沈静化』『全国で起き』『外出を制限し』
言葉の羅列。そして振り向いたその向こうに電子端末のまえのがびがびに乾いた白濁液と吐瀉物の混合液。
そしてベッドの転がる裸体。その身体に僅かな動物の香りが残り、男女の交わりの香り。膨大量のな粘液。
そして俺の背筋が凍る。
もしこれまでの夢だと思っていた行為が、行動が夢でなかったとしたら。
仮に夢だったとしたらこの状況は一体何なのだろうか。彼女は誰で、何故吐いた物が残っているのか。何故床は汚れ、身体は疲れ切っているのか。何故ドアが内側から破壊されているのか。
答えは夢でなかったとしたらの仮定で解決できるもの。しかしそれをしたくはなかった。してはいけなかった。
『引き続き警戒を』
アナウンサーの言葉が繰り返される。そして背後で別の声。
「んっぅっ?」
女子高生らしき少女が裸身を晒しながら起き上がる。
「私? あれ? 私は、」
彼女の口が呟き、俺を見据え、その瞬間俺の思考にジャミング。俺は俺で彼女は誰で、僕は彼女で誰で、俺は。
俺は、象だ。
刹那これまで待機状態だったはずの電子端末の電源が勝手に入る。普段の重さは全くないようにスムーズに立ち上がり、そして動画再生ファイルが自動的に立ち上がる。
映し出されたのは、彼女。我が主にして、至高の獣。それに釘付けになり、俺も彼女も食いつくように画面へと向かう。
時間は零時。そして彼女の口が開かれる。
「さあ、我が僕たち」
カウントダウン。テレビの時報が定期的な電子音を耳に届け、彼女の口が僅かに微笑んだ。
「肉欲に溺れなさい」
そして俺たちの身体は再び獣へと堕ちはじめた。
<了>