大陸北部に位置するル・ガルの中でも比較的南地域部のスキャッパーなのだが、この地方の冬は冷たくそして長い。 
 秋の終わりの乾いた空気が生気を奪う木枯らしとなってやってくる頃、遠くに見える山並みの頂が白く染まり森の木々は葉を落とし 
て長く辛い季節の到来を告げる。 
 
 紅朱舘城下、山の手やダウンタウンに住む人々の冬備えは辻々にある雪落としの側溝蓋を開け、饐えた臭いの泥が溜まったドブを浚 
い、水の流れをよくする事から始まる。 
 華奢で瀟洒な軒の並ぶ商店街や小さな間口の並ぶ市民市場の関係者達は夏場の僅かな光を惜しんで撤去していたアーケードを作るべ 
く、町はずれの倉庫から分解していた資材を出してくる。 
 商店会の年寄り達は若い衆を集め、商店会総出で商店街の通りを覆う屋根を組み立て始める。 
 それは世代間を越えた知識と知恵と経験が次の世代へと受け継がれていくシステムなのだった。 
 
 短い夏の間にスキャッパー各地の大規模農家や直営農場へ労働力として送り込まれていた身寄りの無い者や乞食たちも、秋も終わり 
のこの季節になると城下へ帰って来る。 
 紅朱舘の除雪担当は人員数を勘定し編成と訓練を行う。 
 それは全て雪の季節に備え領主の用意した磐石の冬対策なのだった。 
 ヒトの従僕が考えた貧しいイヌの国にあって人民と経済を失速させないシステム。 
 支給される禄は僅かな物だが、領主の用意した宿舎に待機し除雪の勤労を行えば暖かな寝床と十分な食事が用意される社会保障シス 
テム。 
 
 かつてこの地方では冬になれば決して少なくない凍死者を出していたのだが、今は領主の努力が実を結び始め冬場でも活発な経済が 
スキャッパー地方を潤わせていた。 
 何より、冬場で大きく人口を減らしてしまう事が多かったこの地方だが、血の滲む越冬政策によりだんだんと人口が増加傾向に転じ 
ているのは喜ばしい事なのかもしれない。 
 人が集まれば産業が生まれ仕事が生まれ、そしてお金が集まり動き始める。 
 経済をまわしていく一番の原動力は、何時の時代もどこであっても、まずは人なのだろう。 
 
 冬に向けていそいそと支度する城下をポール公はアリス夫人と巡回していた。 
 この秋より新たにスロゥチャイム家執事となったポール公の従僕、義人に馬の手綱を預け帯剣もせずラフな格好でポクリポクリと馬 
を歩かせる。 
 ポール公夫妻は今、城下の冬支度で陣頭指揮を執る老いて益々盛んな商店会の年寄り衆や企業グループの会長達を激励して歩いてい 
るのだった。 
 
 そして、行く先々で義人は歓待を受けていた。 
 
 「おぉ!ヨシ君か!大きくなったなぁ〜」 
 「これは君のお父さんの発案だよ、これでスキャッパーの冬も商売が出来る」 
 「執事長なんだってなぁ、お役目しっかりな!」 
 
 笑顔で答えポール公についていく義人。 
 ポール公は義人を呼ぶと馬から下りた。 
 
 「ヨシ、そこのカフェでお茶にしよう」 
 「はい御館様、ただ今」 
 
 義人は手綱をカフェのポーチへと縛ると店へ入って行き店主を捕まえる。 
 お茶の支度が整うまでポール公夫妻は馬の近くに立っているのだが、そこへ次から次へと地域の商店主や年寄り衆が挨拶に来ては戻 
っていく。 
 忙しく動く若い衆のせわしく働く姿を見ながら、ポール公は商店街の人々から様々な町の話を直接聞いているのだった。 
 こうして城下の人間の声を直接聞く貴族は決して多くは無いのだと言う。 
 しかし、その数少ない貴族達の所領は総じて栄えている。 
 
 緩慢な滅びの傾向が強いル・ガル王政公国に於いて、こう活気ある所領は公国の経済政策に於いて指標となりえる筈なのだが… 
 国王の実権が後退し平民議会と貴族院がいがみ合い、そこに軍が暗躍する形になっている現状では国民の血と汗の結晶である租税も 
また無駄な使い道が多いようだ。 
 
 「スロゥチャイム様がお越しです、お茶にしたいのでセッティングしてください」 
 「おぉ!ヨシ君!今日はウチでお茶だね、すぐ用意するよ!」 
 
 そういって店主はあわただしく店内を片付け真新しいテーブルクロスかけた一番良いテーブルを用意した。 
 それを見ていた義人は上等な椅子を用意し、店主に代わりお茶を入れ始める。 
 僅かな時間で支度を整えポール公を呼びに行くのだが… 
 
 「御館様、奥様、お茶の用意が出来ました」 
 「うむ、どこだ」 
 「はい、店主の誂えで店内になります」 
 「・・・・・そうか」 
 
 やや不満そうなポール公とアリス夫人は義人の先導で店内へと入る。 
 緊張する店主は紋切り型の挨拶をすると小さなカップに淹れたてのお茶を入れ差し出した。 
 
 「領主様、御館様、本日は当店をご利用頂きまことにありがとうございます」 
 「うむ、礼には及ばぬぞ、私はお茶が飲みたかっただけだ」 
 「へい、飛んだお口汚しでございますが、どうぞごゆっくり」 
 
 アリス夫人とポール公は一口お茶を飲んでから揃って義人に目をやった。 
 
 「ところでヨシ」アリス夫人はゆっくりと口を開いた。 
 「はい」 
 「ここでは外の様子が見えません… 私はどうしたらいいですか?」 
 「奥様・・・・・?」 
 「ヨシ… 私と主人は城下を見回りに来たのです、店に入ってお茶を飲んでは意味が無いと思いませんか?」 
 
 しまった!と言う表情を浮かべかしこまる義人、ポール公は意に介さず言葉を続けた。 
 
 「これからスキャッパーは冬になる、風もだいぶ冷たくなってきた、領主は領民と常に共にあるものなのだ、それをこのように隠れ 
ていては領民との距離が遠くなってしまう」 
 
 店主が取り繕うに何かを言おうとしたのだけど、ポール公はそれを手で遮り義人を叱責し続ける。 
 
 「ヨシ、このような時は店の前までテーブルを持って出よ、さすれば冬支度を整える領民が見えるではないか。手を止めた領民に茶 
を振舞うのも領主の役目だ。領民が支えてくれるから領主は安堵できるのだ。妻や私と民の間をもっと近づけてくれ」 
 
 「配慮が至らず申し訳ありません… 今後はその様に致しますので、どうかお叱りは至らぬ従僕にのみに、店主どのには…」 
 
 「いや、叱るつもりはありません…ただね…」 
 
 アリス夫人は窓の外を見てからカップを手に取り間口へと進んでいった。 
 直立不動で義人はそれを見ている、店主はまるで凍りついたようだ。 
 
 「かつて… この地にやってきたマサミはここのひどい有様を見て自らツルハシを取り雪を流す側溝を作り始めました。やがてそれ 
は大きく実を結び冬でもこの町に人が歩くようになりました。しかし…マサミは何も言わず領主の配慮だと言って歩きました。」 
 
 ポール公はカップを皿に置いて口ひげを手でいじり始める。この仕草が出ると話が長くなるのを義人は何度も見ている。ただ、今日 
の話は父親の話だと義人は気付いた。 
 マサミが生前にほとんど話をしなかった彼の青春時代、それはアリス夫人にとっても良い時代だったのかもしれない… 
 
 
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 酷く冷え込んだある朝・・・ 
 
 「アリス様、寒くないですか?」 
 「マサミ…寒い…ひどく寒い…」 
 「すいません、薪の供えが少ないので、お召し物をもう一枚」 
 「マサミは寒くないの?」 
 「動いていれば暖かいです」 
 「じゃぁ暖まってるね、私も暖めて!」 
 
 朝っぱらから物欲しそうな顔でジーっと見られるとさすがのマサミもドキッとする。 
 しかし、ドキッとはしてもそこから先は…、マサミもそこまで子供ではなかった。 
 
 「そう言う事は寒い夜にするものです、もう朝ですよ?」 
 
 そう窘められたアリスはちょっとむくれつつも、昨日の夜の暖かなマサミの腕の中を思いだして起き上がった。 
 前をはだけたふしだら極まりない格好で・・・ 
 
 「じゃぁ私も何かする!何をすれば良い?」 
 「そうですね…、まずはキチンと着替えて、そして威風堂々とジッとしていてください、寒くても寒くないフリをして。これから城 
下の人たちに謁見です」 
 
 
 建て替えられる前の紅朱舘は小さくまとまったコンパクトな行政施設だった。 
 ひどく寒いこの地方では暖房が欠かせない関係で建物の構造的にはよく考えられていて、2階の領主が生活する空間は1階の暖房余 
熱を集めて少ない薪で温まる構造になっていた。 
 そして浮き床ではなく2階の床をあまり補強が入らぬままに1階の天上とした為、僅かな保温余熱も2階の床暖房として使える合理 
的な設計だ。 
 
 ただし、この冬の冷え込みは尋常ではなく、既に紅朱舘近くの空き地には領民が捨てて積み上げた雪の山が10mに達するほどになっ 
ていた。 
 
 「アリス様、冬に備える事を何かしなければいけませんね、このままではスキャッパーはジリ貧です、夏場の農産物が割りとある関 
係で何とかなってますけど…」 
 「でも…マサミ、何をすれば良いの?私にはそんな知識も経験も…」 
 
 この地に転封されたスロゥチャイム家の先代当主、アリスの父ジョン公は冬を前にしてとうとう亡くなってしまった。もともと体を 
壊していた上に厳しい長旅で消耗したのだろう。アリスの領主就任の舞いから僅か数日で遠き世界へ旅立ってしまった。 
 
 「そうですね、まずは我慢です、我慢を重ねて領民の信用を得ましょう」 
 「でも、それは何を?」 
 「簡単です、領民が凍えていたら薪を渡してやりましょう、飢えていたら食べさせましょう、領民が欲しいと思う物を与えるのです、 
それも不平不満が出ないよう出来る限り先手先手を打つのです」 
 「でも、マサミ…、それじゃここで私達が死んじゃうわよ」 
 「お嬢…いえ、アリス様、私達が死なないように上手く考えましょう」 
 「マサミ、あなたにそれが出来る?」 
 「ヒトの世界の私の故郷も雪深い里でした、なんとかしますよ…」 
 「マサミ…ありがとう…」 
 「さぁ、領民を入れます、下へ行きましょう、窓のカーテンは全部閉めて毛布を床に敷いてください」 
 「なんで?」 
 「寝る頃には余熱で暖かくなっている筈です」 
 
 マサミはトランクから自分がこっちの世界に落ちてきた時に着ていたグースダウンのベストを取り出すとアリスにそれを着せ、そし 
てその上から外出用のコートを着せた。 
 これだけで随分暖かい筈なのだが、イヌ耳と尻尾が付いているだけで体はヒトの女性と大して変わらないイヌの女性ゆえ、下半身の 
寒さは幾ばかりかと思うのだった。 
 1階の領主席に毛布を敷きそこへ座らせると、前にテーブルを引き寄せその上から一番大きなベットシーツを被せ簡易コタツ状態に 
してしまった。 
 テーブルの中に小さな火の起きている炭桶を入れるとテーブルの下が暖かくなる。 
 
 「暖かい…、マサミ…ありがとう」 
 「アリス様、そのままではバレますから… ほらペンを持って紙を置いて」 
 
 そういってマサミは筆記用具を取り出した。 
 
 「謁見した領民の名前と年齢と、そして仕事を尋ねてください、あと、生活がどうかも必ず聞くのです、食べるものはあるか?とか 
家は隙間風がないか?です、心配してる素振だけでいいですから」 
 
 「うん、わかった」 
 
 マサミはニコリと笑ってアリスにウィンクすると紅朱舘の玄関を開け外に出た。 
 小雪舞う紅朱舘の外では領民が襟を立てて待っていた。 
 
 「皆さんおまちどおさまでした、これより領主様が謁見されます、分かっていると思いますが武器はここに置いていくようにしてく 
ださい、それから、素早く入ってください、いいですね?」 
 
 そういってマサミは扉を開いた。 
 ビューっと冷たい風が吹き込んできて、それと同時に40人ほどの領民がアリスの前に集まって並んだ。 
 
 「領主様…暖炉の火が小さいですが…」 
 
 背の高い黒いイヌの男が開口一番そう言った。 
 それに対してアリスが物を言う前にマサミが口を開いた。 
 
 「この地は寒いです、しかし、寒いからと言って薪を気前よく燃やすには数が足りません、それに領民も皆凍えているからと言って 
アリス様も薪を細く燃すように仰せつかっております。この中もやや寒いですがやがて温まるでしょう」 
 
 「領主様、食料のたくわえが少なくなりつつありますが、紅朱舘は平気なのですか?」 
 
 やや小柄な茶色いイヌ耳のおば様はアリスの食料を心配していた。 
 
 「食料はアリス様と従僕の私が食べる分だけあれば大丈夫です、むしろこのままのペースでは余りそうですね」 
 
 「領主様、雪捨て場の雪をそろそろどこかへ出さねば崩れる危険があります」 
 
 金髪に覆われた垂れ耳のイヌの男がそう言って窓の外を指差した。 
 
 「今朝方私も行き捨て場を見に行きました、そもそも雪捨て場の容量が小さいのも問題でしょう。人足を集め雪運びをしなければい 
けません、手立てを考えておきます」 
 
 アリスはマサミが口を開く前にそういって答えた。 
 雪捨て場を見に行ったなどと言うのは真っ赤な嘘なのだが、そう言っておけばその場が繕われるのは自明の理だ。 
 
 「さて…、今日皆がわざわざここへ来てくれたのは私にも福音です。私が生まれ育った地も雪は降りましたが、この地は私の想像以 
上です。冬を越えていく知恵を私に貸してください。そちらの…」 
 
 そういってアリスは左端に立っていた白い綿毛に覆われたイヌを指差した。 
 
 「あなたです、名前と年齢を私に言いなさい、それと普段の生活で何か困った事があれば今聞きましょう、そして冬の注意するべき 
事を順番に言うのです、いいですか?」 
 
 その言葉に領民は軽く驚いている…。 
 まったく余所者だと思っていた領主が領民の声を直接聞くなど今まで無かった事だからだ。 
 端から順番に答えていく言葉を紙に書きながらアリスは考えていた。 
 想像以上に貧しい生活をしている領民の現状を改善する方法を。 
 
 40人ほどの領民が口々に普段の生活の不満を述べ、それを一つ一つ記録していった。 
 全てが終わる頃には1階の温度は程よく暖かくなっていたのだった。 
 
 「では、今すぐに改善は出来なくとも、必ず改善する事を約束しましょう」 
 「領主様… 今日はありがとうございました」 
 「…皆、雪の中ありがとう」 
 
 アリスは軽く微笑んで感謝の言葉を領民に返した。 
 
 「上出来です、大変良いと思います、特に…」 
 「雪捨て場ね?」 
 「そうです、アレで領民は一気に近づきましたよ」 
 「でも、私は見に行って無いから…」 
 「はい、後で見に行ってきましょう」 
 
 そう言うとマサミは暖炉からポットを下ろしアリスに空のカップを渡した。 
 一つまみのお茶の葉を入れ熱い湯を半分注ぎ皮の蓋を被せる。 
 少ないお茶でしっかり飲むにはこれが一番いいようだ。 
 マサミの学生時代はそうやって生きてきたらしいのだが、アリスはよく分からない。 
 ただ、貧しい中で必死に生きて行く生活力を持つマサミの存在は貴族育ちのお嬢様なアリスにとって生きて行くうえで重要な部分の 
ようだ。 
 そして、マサミにとってアリスの存在はマサミの欠けた半身とも言うべき存在を忘れない為の…重要な存在でもあった。 
 
 「さて、では次の一手です」 
 「なに?」 
 「この1階で常時火を保つ方法です」 
 「薪に限りがあるから無理でしょ」 
 「ならば薪を足しましょう」 
 「でも、どうやって?」 
 「それは…」 
 
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 3日ほど吹き荒れた吹雪が収まった朝。 
 ベットの上で毛布に包まって震えていたアリスはマサミが淹れてきたお茶で人心地を付いた。 
 
 「今日は特別冷える朝ね」 
 「放射冷却でしょう」 
 「ホウシャ?レイキャク?」 
 「う〜ん、要するに雲が無い分冷えるんです」 
 「よく分からないけど、そう言うものだと覚えればいい?」 
 「はい」 
 
 イヌの世界での気象科学はマサミが思っているほど進んではいなかった。 
 ただ、対処療法的な気象を観察する術はあるようで、貴重な気象学の書籍を本屋で見つけた時には僅かな予算をはたいて買いそうに 
なった程だった。 
 
 マサミは1階の簡素なキッチンでカボチャとにんじんのスープを作り、そこに小麦粉を練った団子と鳥の内臓の肉団子を入れて粗末 
だが暖かくカロリーのある朝食を作った。 
 2階の寝室兼リビングで二人並んで朝食にするのだが、この部屋に入る一番の理由は一番小さな部屋で、なおかつ真下が1階の暖炉 
近くと言う事で暖かいのだった。 
 
 「マサミ…これ美味しいね」 
 「褒めてくれると素直に嬉しいものですよ」 
 「これは材料も少なくて、しかも暖まって」 
 「そしてカロリーがあります」 
 「カロリーってなに?」 
 「栄養ですよ」 
 「エイヨウ?」 
 「う〜ん… 要するに力が付くんです」 
 「うん、そういうものね」 
 
 二人してスープをすすり具を食べきるとポットのお湯を注いで中を洗いつつ、お茶代わりに飲んでしまう…。 
 これもマサミの生活の知恵だった。 
 
 「マサミ、雪捨て場をどうしようか?」 
 
 「それなんですけどね、あとで町の広場に言って乞食を集めましょう」 
 
 「で、どうするの?」 
 
 「朝と夜の食事を私が用意します、今アリス様が食べたメニューであれば春まで何とか20人は食べていけます。乞食を集め、そして 
彼らに雪運びをさせます。二人一組で雪を担ぎ2km向こうの川に捨てさせましょう、帰りに薪を拾ってこさせます」 
 
 「なるほど、で、薪をここに貯める訳ね」 
 
 「そうです、そして1階のフロアを片付け一晩中火を炊き続け、乞食をここに寝かしましょう、そうすれば凍死者も少なくなりま 
す」 
 
 「え?乞食を入れるの?」 
 
 「そうです、町の中でも彼らは厄介者です、しかし、彼らをここへ引き入れ町の治安を回復させ、彼らには寝る所と食事を与えるの 
です。つまり、彼らを飼ってやりましょう」 
 
 「あそっか、そうすれば…1階で火を焚けばここは暖かい訳ね」 
 
 「ご明察の通りです、そして、乞食が減れば街は明るくなりますし、犯罪も少なくなるでしょう。あと、雪を捨てに来る町民から1 
回に付き1ダトゥンずつ徴収します」 
 
 「1ダトゥンじゃ…」 
 
 1ダトゥン、それはル・ガルの最下位通貨であり貧民通貨でもある。 
 1バクトゥンの1%の価値でしかないのだが…。 
 
 「1ダトゥンで良いのです、そして、いくら運び込んでも1ダトゥンです。集めるだけ集めて捨てても1ダトゥンです。逆にたとえ 
バケツ一杯でも2回来れば2ダトゥンです」 
 
 「それで…どうなるの?」 
 
 「1ダトゥンを払えない農民や町民には20ダトゥン分の回数券を割り出します。そして回数券20ダトゥン分を食料で払わせます。カ 
ボチャなら3個、にんじんなら10本、小麦粉ならボウル一杯…それ位でいいでしょう」 
 
 「…なるほど、つまり雪運びをしてお金と食料と薪を集める作戦ね」 
 
 「そうです、領民によこせと言えば関係が悪化します、住民への施しをして、その見返りに僅かずつ差し出しなさいと言えば良いの 
です」 
 
 「マサミ… あなたがいなかったら、私は餓死するところだったわ」 
 
 そう言うとアリスはマサミを引き寄せてキスした、マサミの唇にアリスの柔らかな唇とほのかなカボチャの甘みが残った。 
 
 「アリス様… いや、ご主人様、主人は主人らしく振舞わないとダメですよ」 
 
 「でも、嬉しい時は嬉しいものよ…」 
 
 そういって座っているアリスの尻尾がパタパタと左右に揺れている。 
 その仕草は本当にアリスがイヌなんだなぁ…とマサミは思った。 
 
 「さぁ、もたもたしてるとまた降り始めます、早く動きましょう」 
 
 そう言うとマサミは立ち上がってから膝を付いてアリスの手を取った。 
 
 「ご主人様 お出掛けのお時間です」 
 
 絹で織られた上等な衣装をまとって厚手の上着に袖を通すとアリスは久しぶりに紅朱舘から表に出た。 
 真っ青な空は見上げれば黒々しいほどの色に染まっていて白銀の原野は眩いほどに輝いている。 
 マサミはいつもの執事服を纏い、その上から黒のコートを羽織っていた。 
 肌寒いを通り越して十分寒いのだが、そこはそれ。 
 領主お抱えの執事なんだと自らに言い聞かせ、腹は減れども高楊枝を気取って歩いた。 
 
 雪の感触が靴の裏に伝わりマサミは雪深いふるさとを思い出す。 
 彼の故郷は山に囲まれた雪深い静かな里だった。 
 そう思えばこの針葉樹に囲まれたスキャッパーの景色も日本の山里を思い起こさせる景色に見えた。 
 
 いつの間にかすっかり紅朱舘より大きくなっている雪山は恐ろしいほどの威容になっている。 
 ちょっとやそっとでは減らないと思われる程だった…。 
 しばらくそれを見上げていたアリスはひょいと雪山に飛び乗り頂へと歩き始める。 
 その後ろをマサミは付いていく。 
 頂に上がったアリスが見たものは紅朱舘のみすぼらしい外観と活気の無い街だった。 
 
 「マサミ… この街は寂しいわね」 
 「アリス様… 寂しいのが嫌ならば賑やかにしましょう」 
 「でも、こんな場所では…」 
 「なに、100kmの道も一歩ずつ歩かねば終点へ行けませんよ」 
 「あなたはいつも前向きなのね」 
 「本当に深刻な事態を一度体験していますから…この程度は…」 
 
 アリスの顔にしまった…と言う表情が浮かんだ。 
 マサミの思い出したくない記憶、いや、むしろ忘れられない記憶を呼び起こしてしまった後悔があった。 
 マサミはジッと街を見下ろすと周囲に目を配った… 
 
 「アリス様、あれはなんでしょうね?」 
 「え?」 
 「ほら、あの森の間、まるで湖のようです」 
 
 マサミが見つけたものは街の裏手にある岡の上。 
 湖に見えたのは大きな池だった。 
 それを見たマサミに一つの考えが浮かんだ… 
 
 「消雪水路を作りましょう。流水に雪は積もりません。凍結したら割れば良いです」 
 「で、どうするの?」 
 「そこに街の雪を落とし川へと押し流します。タイミングを選んでドンドン捨てていきましょう」 
 「それはいい考えね」 
 
 マサミは数歩歩いて周囲をじっくりと見回した。 
 紅朱舘の周囲を含めこの街の構造は雪国とは思えないほどに雑然としている。 
 多くの商家が2階にも出入り口を設けており、必然的な存在理由を考えれば最大積雪がどれ程の物かを察する事が出来た。 
 
 「アリス様、あの川はどこへ流れていきますか?」 
 
 マサミは遠くに見える川を指さしてアリスに尋ねた。 
 ここの町中に水路を掘り川まで行くにはかなりの予算が要るだろう。 
 そして何よりかなりの労働力が必要だ。 
 
 「う〜ん、ネコの国まで行って海に注ぐはず」 
 「ではネコの国に断わりを入れるようですね」 
 「平気よ、ネコに断わりを入れる必要なんて無いわ」 
 「しかし、揉めれば外交問題になります」 
 「問題無いわ。それに断りを入れればダメと言われるのが関の山よ」 
 「それは何故ですか?」 
 「ネコはみんなサディストよ。イヌが困っているのを見るのが大好きなの」 
 
 これは大変だ…。マサミはそう思った。 
 しかし視界遠くを流れる川には雪の固まりが流れているのが見えた。 
 実際はほっといても雪が流れていくのかも知れない。 
 逆に言えばチャンスでもあるのだが、しかし、安易に物を考えては事をし損じる可能性もある。 
 まずは今冬で雪を定期的に捨てて反応を見るのが定跡だろうと思った。 
 
 「アリス様、まずはこの雪を川に捨ててこの冬で様子を見ましょう。そして雪が溶けてから街を整理し雪対策を本格化させましょう。 
今までこの地にあった雪への備えは守備的で保守的です。しかし、アリス様がこの地を統べている間に抜本的な改革を行い、雪対策を 
攻めに転じます。そう、雪を克服するのです」 
 
 「マサミ、それはあなたに任せる。あなたは今からスロゥチャイムの全権執事です。あなたの言葉は私の言葉と同じとします。です 
から、この地を今以上に良くしなさい。私の命です、いいですね」 
 
 「はい、領主様の仰せのままに」 
 
 「では、早速動きましょう。何から始めればいい?」 
 
 「そうですね、まずは人から集めましょう。広場へ」 
 
 「うん」 
 
 二人は雪山を下りて広場へと歩いていった。 
 雪の積もった広場はデコボコしていたが、領民が各々に商品を持ち寄り青空市場となっていた。 
 雪深いこの地では冬場の経済が完全に麻痺することも多々ある。 
 しかし、このささやかな青空市場は冬場の数少ない経済を支えていた…。 
 
 アリスが従僕を従え広場に到着すると商品を広げていた領民がそそくさと広場から出ていこうとしている。 
 訝しがるアリスを余所にマサミは商品を片づけつつあった領民を捕まえて話を聞いた。 
 
 「なぜ撤収するのですか?」 
 
 「領主様は召し上げに来たんだろ?」 
 
 「それはなんですか?」 
 
 「あんた…、そんな事も知らないのかい?」 
 
 「いえ、あなた達の売る物を召し上げるようなアリス様ではありません」 
 
 「じゃぁ何をしに来たんだい!」 
 
 のっけから剣呑なやり取りが始まってしまった。 
 青空市場の片隅では僅かな商品をくすねようとした乞食を商人が棒で殴って追い払っている。 
 痩せこけて生気を失った乞食は土色の肌に殴られた痣だらけだが、それでも商品を狙っていた…。 
 アリスとマサミの想像した以上に酷い有様だった。 
 
 アリスは一つため息をつくと皆に聞こえるよう声を張り上げた。 
 
 「この広場にいる者は私の言葉を聞きなさい…、今、私の傍らに立つヒトの男は私の従僕ですが、同時にスロゥチャイム家の全権執 
事となりました。ですから、このヒトの言葉は私の言葉として聞きなさい、いいですね」 
 
 そう言っってからアリスはマサミを一歩前に出すと囁いた「マサミよろしくね」 
 
 「えぇ、皆さん、主よりただ今紹介にあずかりましたマサミと言います、どうぞよろしく…、と言っても今ここで皆さんから税を集 
めたり物品を召し上げたりする為に来たのではありません。今から私が言うことを良く聞いて下さい。この紅朱舘城下とスキャッパー 
をより良くする為、領主様に力を貸して下さい」 
 
 領民の目は冷ややかだ、無理もない話なのだろう。 
 貧しいイヌの国にあって更に貧しいエリアの南部地域では領主が中央へ送る租税や国王への貢ぎ物の為、さらに領民が圧迫されるこ 
とも珍しくない。 
 力を貸せと言われたところで、それは食い扶持を差し出せと言われているに等しいのだった。 
 
 「具体的に説明します。今、仕事のない者。食事にありつけない者。寝るところのない者。身よりのない者。以上の者は紅朱舘前に 
集まりなさい。雪運びの仕事をする代わりに食事と寝床を与えます。次に、雪捨て場を利用する者は明日より雪を捨てる毎に1ダトゥ 
ンを支払いなさい、幾ら捨てても1ダトゥンで構いません、しかし、支払わない者には容赦しませんから、そのつもりで。支払えない 
者は物納を認めます。明日の朝より回数券を割り出しますので、それの代わりに食料を収めて貰います。20回分の雪捨てでカボチャな 
ら3ヶ、人参なら10本、小麦粉なら大ボウル1杯です。ガチョウやニワトリなら1羽で50回分を認めます。なにか質問は?」 
 
 広場の奥の方で聞いていたイヌが声を上げた。 
 
 「金を払えないし物も収められない奴はどうするんだ?」 
 
 マサミは一つ頷くと答えた。 
 
 「雪運びの仕事を手伝って食事ありつけばいい。それも嫌なら川まで雪を捨てに行けばいい。どっちでも好きな方を選んで下さい」 
 
 次の質問を待っている間に広場は次々と人が集まり始めた、一体どこにこれ程の人がいるのかと思うほどだった。 
 やがてその人混みから次々と浮浪者や乞食や食詰者が出てきてアリスの前に座り始めた。 
 
 「領主様は本当にワシらに飯を食わしてくれるのけ?」 
 
 ひどい臭いで鼻が曲がりそうな者もいた、汚らしい身なりで立っている者もいた。 
 貴族達では想像もつかないこの世の中の底辺がそこにあった。さすがにアリスも少し引いたようだ。 
 しかし、ここで怯んでは領主の名折れ… 
 
 「はい、言葉に間違いはありません、食事と寝床を用意しましょう。ただし、その代わり働きなさい。良いですね?働く者には食事 
と寝床を与えます。義務を果たせば権利を認めます。アレを見なさい、雪山はあれほど成長してしまいました。アレを川まで運び雪山 
を崩します。良いですね?」 
 
 声にならない声で世界の底辺は感謝の声を上げていた。 
 そして広場を埋めた民衆からも拍手が沸いた。 
 今まで街の鼻つまみ者を領主が面倒見てくれるなら雪捨て代など安い物だと思ったのかも知れない。 
 マサミはその拍手と歓声が収まる頃を見計らって続けた。 
 
 「次に、納税の義務について説明します。現在の人頭税は今年で終わりです。物納の耕作税も今年で廃止にします。商人の払う商税 
も工人の工業税も廃止にします。新しい租税は年が明けてから発表します」 
 
 その声に一際大きな歓声が上がった。今までスキャッパーの経済を苦しめてきた租税の大幅な減税である。 
 民衆が喜ばないはずがない。 
 
 減税と言う大きなリスクを伴う政策は、とにもかくにもまずはアリスが民衆の支持を集める為の大きな賭なのだった。 
 
 まずは厳しい条件を提示し、然る後に大幅な上手い話を付け加える。 
 そうすると心理的に厳しいほうの話が相対的に小さく聞こえるらしい。 
 マサミはヒトの世界の心理学で覚えた事を実行に移した。 
 マサミが必死で考えた政策はヒトの世界で思っていた様々な矛盾を鑑みた上でのギリギリの選択ともいえる部分が大きかった。 
 
 
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 マサミとアリスの衝撃的な発表から2週間。大雪が峠を越えここ数日は降雪も小康状態となっていた。 
 マサミは経験的にこう言うつかの間の安定期が来るとその後が大変になる事をよく知っていた。 
 マサミの少年時代に3日で2.5mの積雪を記録した冬の経験があり、その時はありとあらゆる機械力を動因して乗り切ったのだった。 
 
 しかし、このスキャッパーにそんな機械力は無い。 
 飢えた人民による非力な人海戦術が頼りなのだが・・・。 
 
 ろくに風呂にも入らない乞食や食い詰め者を集め紅朱舘の1階にある大ホールへ寝泊りさせる事は街にとっては福音だったが、紅朱 
舘を生活の場とするアリスとマサミにとってはかなりの試練だった。 
 まずは何より臭いのだ。 
 どうこう言うにおいではなく饐えた汗と獣の臭いでマサミは毎日が吐き気との戦いだった。 
 しかし、ヒトよりはるかに鼻が利くイヌのアリスが健気に頑張っている状況では一人投げ出す訳には行かず我慢していた… 
 
 「アリス様…そろそろあの奴らを風呂に入れましょう」 
 「そうね、臭すぎるわね。雪山はあとどれ位?」 
 「そうですね、今までのペースならあの2日かと…。これ以上降らなければ…ですが」 
 「じゃぁ明後日の作業が終わったら風呂を考えましょう、湯が要るわね…」 
 「アレだけの人数が一回で入れる湯船はありません」 
 「どうしようか?」 
 
 さすがにマサミも手を考えあぐねていた。いっそ大きな温泉施設でも有れば早いのだが・・・・ 
 
 「川原で雪を掘り返し川の丸石を組んで大きな水貯めを作らせましょう」 
 「で、水だけ?いくらなんでも・・・・」 
 「いえ、水を張り、そこへ焼いた石を投げ込んで水を沸かします」 
 「なるほど」 
 「で、着るものは街の古着屋で要らない物を半値で買い叩いてきます、除雪費用が既に1トゥン分は貯まっていますので、それを原 
資にしましょう」 
 
 アリスは寝室兼リビングの窓から雪山がすっかり小さくなった広場に目を落とした。 
 かなりの広さ故に雪の対策さえ何とかなるなら遊休地として勿体無いレベルだ。 
 
 「マサミ…ふと思ったんだけど、いっそあの雪捨て場が綺麗になったらそこに大浴場を作ろうか?」 
 「良い案ですが…大量に湯を沸かすのは不経済な上に紅朱舘近くでその様な施設を作る場合ですと火災対策も真剣に検討せねばなり 
ません。万が一にも火災が発生した場合、ここ紅朱舘へ延焼を防ぐべく防火の為の森を挟むべきです」 
 
 アリスとマサミは押し黙って考え込んでいる、しかし、この臭気は我慢の限界を超えつつあった。 
 
 「可及的速やかに仕事に取り掛からせて、その間に空気を入れ替えましょう」 
 「そうね」 
 「まずは朝食を支度します」 
 
 1階のキッチンへマサミが降りていったとき、マサミはキッチン付近でせわしく動く影を見つけた。 
 食い詰め者の中にいたイヌのおばさんがせっせとお湯を沸かしスープの支度をしていた。 
 
 「あ、執事様おはようございます」 
 「あなたは?ここでなにを?」 
 「はい、メルと言います。執事様のお手を煩わせるのもどうかと思い朝食の支度をしていました、ちょうど朝食のスープが出来たと 
ころです」 
 
 マサミは少し驚いた。 
 無気力の塊と思っていた乞食達の中にあって自らの居場所を自らに作っていくその意思が残っている事に素直に感動した。 
 しかし… 
 
 「それは私の仕事です」 
 「執事様、そうおっしゃらず手伝わせてください。せっかく暖かく眠れるようになったのです。せめてこれ位の恩返しは…」 
 
 そこまで話をしていた時、キッチンの後ろにもう一つの影が現れた。 
 
 「あの…私はキックといいます、私も手伝わせてください」 
 
 若いイヌの女の子だった。小汚い身なりをしていたのでマダラの男の子だと思っていたら、実は女の子だった…。 
 マサミはしばらく考え込み始めた。しかし、そんな事を意に介さずメルとキックはせっせとキッチンで働き始めた。 
 
 「二人とも手を止めて聞いてください」 
 
 メルとキックはおびえた表情でマサミを見ている。 
 
 「二人の申し出は大変ありがたいです。正直に言えば現在紅朱舘にいる約50人の食事の用意などを一人で行うのは大変な負担でし 
た」 
 
 「では、ここで使っていただいていいですか?」 
 
 メルは恐る恐るたずねた、キックも不安そうな表情で一杯だ。 
 
 「はい、二人を紅朱舘のキッチン担当と言う事で正式に編入いたします。ただし、現状ではスロゥチャイム家に奉公と言う形にしま 
す。それがいやなら残念ですがこの話はご破算です。禄を支給するほどの余力はまだありませんので。それでもいいですか?」 
 
 「はい、喜んで!」キックは笑って言った、その隣でメルも笑顔になった。 
 「執事様、ありがとうございます。そろそろ力仕事がきつい年になってきました。雪運びの代わりに精一杯働かせてもらいます」 
 
 マサミは二人を見てから言った。 
 
 「では、その様にしますが、まず二人に確認します。私はヒトですがあなた達の上司になります。また、ここの最終権限は私にあり 
ます、いいですね。それと…」 
 
 マサミは二人の足元から頭のテッペンまでゆっくりと視線を動かしてから言う。 
 
 「紅朱舘の使用人として働いてもらう以上は常に清潔にして相手に不快感を与えないよう注意してください。それからもうひとつ。 
領民は領主の宝物です、紅朱舘の人間だからと言って領民に対し居丈高の態度をとってはいけません。それを見つけたらすぐにここか 
ら出てもらいます。いいですね?」 
 
 二人は顔を見合わせた後でゆっくり頷いた。 
 
 「では二人にまず命じます、今すぐ洗面器にお湯を汲み手と顔と髪を洗いなさい。食事を作るものとしてはあまりに不衛生です。時 
間が有りません、すぐにやってください」 
 
 マサミはキッチン片隅の大きなボウルを2つ取り出すと洗面器代わりにお湯を汲み持たせ階段を登った。 
 
 「アリス様、入ります」 
 
 ガチャリとドアを開けるとアリスは着替え終わって寝床を片付けていた。 
 
 「あなた達は?」アリスは軽く警戒している。 
 
 「はい、今朝方より私に無断でキッチンにて食事の支度をしていました。雪運びではない仕事を希望していましたので私の独断によ 
り紅朱舘詰めの使用人として奉公を認めました。少々不衛生でしたので手と顔と髪を洗うように命じたのですが、さすがに下でそれを 
行うのはまずいと思いましたので」 
 
 アリスの警戒は途中から笑顔に変わった。 
 
 「えぇっと…名乗って」 
 「はい、私はメル、隣はキックです、領主様」 
 「では、今日からしっかり頼みますよ、まずは綺麗にしましょう。マサミは下を」 
 「心得ましたアリス様」 
 
 マサミはやや大げさに慇懃な態度で部屋を出て行った。その理由をアリスは気が付いている。 
 マサミがドアを閉め下に降りていくと大ホールに広がっていた筈の毛布や枕が綺麗に片付けられテーブルと椅子が並んでいた。 
 集団行動での規律を守る精神はヒト以上だと感じる瞬間でもある。 
 
 「皆さん、今日も一日頑張りましょう!雪山はだいぶ小さくなりましたが次の大雪でまた埋まる筈です。出来る限り今日中に残って 
いる分を川に捨て薪を拾ってください。尚、雪を片付け終わったら風呂と新しい服を用意します」 
 
 「執事殿しつもんですじゃ」 
 
 「はい、どうぞ」 
 
 「風呂は温泉ですかな?」 
 
 途端にどっと笑いが起こる。 
 イヌが温泉って凄い話だと思いつつも…ん?温泉? 
 マサミの不思議そうな顔をホールの元乞食が察したようだ。 
 
 「執事殿、高台に池がありますけど、そこの水はどんなに寒くても凍りません。実はアレは温泉が注ぎ込んでいるんです。池は生ぬ 
るいですが源泉部分はかなり熱いです」 
 
 「あなたはその温泉に入った事がありますか?」 
 
 「入ったも何も、私はそこの温泉の管理人でした」 
 
 そう言って笑う元乞食をマサミはジッと見据えた。段々と元乞食の顔から笑いが消えていく…。 
 マサミの脳裏の壮大な計画が一歩進んだのだが、今はまずこの臭いをどうにかするのが先決のようだ。 
 
 「あなたの名前は?」 
 「ワシはカイトじゃ、こらんの通りの年寄りじゃが、まだ役に立てるかの」 
 
 よく見るとその元乞食は随分年老いたイヌだった。 
 イヌをパッと見で年齢まで判断するには至っていないマサミの弱点でもあるのだが、それよりも… 
 
 「では、カイトさん。後ほど私をそこへ案内してください、いいですか?」 
 「あぁ、雪が深いけど、なんとかなるじゃろう」 
 「では…これより朝食です。順番に皿を持って並んでください」 
 
 そういってマサミは大きな鍋の前に立った。今朝はメルとキックが作ったスープだ。 
 皆に分ける前にちょっと味見をしてみると・・・・ふむ、悪くない。よしよし…。 
 
 「執事殿、その役目は私に命じてください」 
 
 そういってカイトがやってきた。 
 年功序列を厳格に守るイヌの社会に於いてカイトがそれを行うのは道理に適う事なのだろう。 
 
 「はい、ではお願いします、公平に分配してください」 
 
 カイトは鍋の前に立ち皆にスープを分け始めた。 
 少しずつ紅朱舘の中で役割分担が出来始めているのをマサミは感じていた。 
 
 「カイトさん、あなたは以前どのような?」 
 
 「私はレオン公の頃に温泉場の管理人でした、あの温泉は傷に効く湯です。レオン公の時代は戦砦と兵士の保養所を兼ねておりまし 
た。レオン公の長男ポールさまがこの地の兵士を引き連れ従軍し早くも3年になろうとしております。その間にニール公が病死され温 
泉場はジョン公が来る半年前に放棄状態になりました。今は無人の筈です」 
 
 「そうですか…ではあなたがここへ来たのは、ある意味で自然な事ですね」 
 
 「はい、その通りですじゃ。執事殿、私をもう一度奉公人として領主様へ紹介してくだされ。老い先短い年寄りですが、まだまだ働 
けます」 
 
 「わかりました、私の権限で認めます。ただし、直接の上司は私になります。それが条件です。いいですか?」 
 
 「もちろんです。ニール公の時代に文官政務官だったものをもう一度集めます」 
 
 「では、カイトさん。いまからあなたが紅朱舘1階の管理人で私とアリス様の相談役、そしてスキャッパー経営助役です。ちょっと 
面倒なポジションになりますがいいですね」 
 
 全員に皿が回ったところでマサミはもう一度声を上げた。 
 
 「本日より紅朱舘1階の管理人にカイトさんを任命します。問題解決にあたりまずカイトさんに相談してください。それから今テー 
ブル毎に分かれている状態でグループ分けします。右手より1班2班3班4班です。当面この組み合わせでまわしていきます。なお、 
女性は手を上げてください」 
 
 テーブルのアチコチで一塊になっているグループが手を上げた。 
 
 「女性と男性で仕事の組み分けをします。4班の男性は1班2班3班の女性と場所を入れ替わってください。各テーブルの最年長者 
を班長とします」 
 
 いそいそと皿を持ってイヌが動き始める、僅かな間に紅朱舘のシステムが完成されていった。 
 2週間にわたりせっせと一緒に働いた信頼が産まれつつあった。 
 
 「では、皆さん食事にしてください、食後、女性班は食後の後片付けと寝具の洗濯。男性陣の1班2班は雪運び、3班は雪山の整理 
に当たってください。ではどうそ」 
 
 皆が一斉に食べ始めるのを見届けてマサミは4人分の朝食を持ちアリスの部屋へ上がっていった。 
 
 「アリス様、入ります」 
 
 部屋に入るとキックとメルがメイド服で立っていた… 
 
 「アリス様?この二人の衣服は?」 
 「トランクの底に入っていたのを思い出したのよ。ミールに居た頃の使用人が使っていたの」 
 「そうですか、とりあえず食事にしましょう」 
 
 アリスの部屋のテーブルに4人分のスープを並べアリスとマサミは席に着いた。 
 その隣にメルとキックが立っている。 
 
 「二人とも座りなさい、早く食べないと冷めますよ」 
 「でも領主様。使用人が領主様と並んで座って食べるなど…」 
 
 アリスは不思議そうに二人を見た後でマサミを見た。明らかに困っている。 
 マサミは苦笑いしてから口を開く。 
 
 「アリス様、どうかテーブルのそちら側へ。テーブルを見下ろす上座ならば良いのではないでしょうか」 
 「たしかにそうね」 
 
 そう言うとアリスは長方形のテーブル短辺側に移動した、右手前にマサミが陣取った。 
 
 「メルは手前、キックはその隣に座りなさい」 
 
 アリスに促されて二人は腰掛けた。 
 それを見届けアリスとマサミは食事を始めた、メルとキックも食事を始める。 
 マサミはスプーンを動かしながら1階の顛末を報告した。アリスがそれを承認し事態は前進する。 
 メルとキックの二人から見たアリスとマサミの関係は磐石だった。 
 
 「マサミ、そのカイトと言う老人に入浴施設を任せましょう」 
 「仰せのままに」 
 「今日中に入浴設備を片付けて使用できる体制にして、作業班はそこで寝泊りしてもらいましょう」 
 「名案です。女性班はどうしましょうか?」 
 「一時的ですが奥の小ホールを女性班の部屋にします、メルとキックはそこを片づけなさい」 
 「はい、仰せのままに、領主様」 
 
 厄介ものだった乞食や食い詰め者がいつの間にか紅朱舘の戦力になっていった。 
 
                   ◇◆◇ 
 
 
 「ヨシ、わかるか?向こうからもこっちからも歩み寄って、そして信頼は産まれる」 
 
 ポール公はすっかり冷えてしまったお茶を手鍋で温めながらチビチビと啜っていた。 
 
 「ヨシ、次は外でお茶にしましょうね、この広場は私の思いでも詰まってますから」 
 
 ガックリとうな垂れていたヨシは声無く頭を垂れた。そこへポール公が歩み寄り肩を叩いて頭をグシャグシャと掻き毟る。 
 
 「失敗の中から学び取れ、そうすれば次は失敗しない。俺もな、お前の親父によくそう言われたものだ。ヨシ、あの頃のお前の父親 
は毎日失敗と戦っていたよ」 
 
 そういってポール公は大げさなジェスチャーを浮かべ店主を呼んだ。 
 
 「すまんがお茶をもう一杯頼む、今度は…4人分だ」 
 「へい…、で、ポール様?どなたが?」 
 「私と妻と従者と・・・・後はその辺で話だけ聞いている男に飲ませよう」 
 「ヨシ、その辺であなたの父親が笑ってますよ」 
 
 「御館様…アリス様…。父に笑われますね…」 
 
 不意に強い風が広場を駆け抜け落ち葉が舞い上がった。 
 カサカサと音を立てて路地を舞う枯葉の音がクスクスと笑うヒトの声のようだった。 
 
 
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 紅朱舘には地下一階に大浴場が設置されている。 
 この風呂の巨大さは他所ではちょっとお目にかかれない規模で、中央浴槽の大きさは競泳プールがすっぽり収まって尚余裕があるほ 
どだ。 
 当然、そこに注がれるお湯の量も尋常ではないのだが、以前ロッソムの高台にあった戦砦の大浴場へ湯を送っていた源泉は、動力を 
使わずとも滝のような熱湯を自噴した。 
 その湯をまとめて引き込んでいるこの大浴場は贅沢に掛け流しされている。 
 そして、オーバーフローした湯は入浴設備のほかにもう一つ重要な役目をになっていた。 
 
 紅朱舘の建物を正面から見たとき、地下の大浴場は北側に5mほどオフセットしていて、その部分は露天構造になっている。 
 冬場はそこへ周囲の雪を投げ落としているのだった。 
 
 露天部分の浴槽は中央浴槽よりも一段低くなっており、その中央浴槽自体は建物の下に有る。 
 つまり、露天浴槽はそれ自体が巨大な消雪設備を兼ねていて、中央浴槽からこぼれたお湯は投げ落とされた雪を溶かしながら街中の 
消雪水路へと流れて行くのだ。 
 
 もちろん、こんなカッタルイ構造を考えたのはマサミなのだが・・・・・・ 
 
 
 大浴場は開設時より混浴と領主が定めている。 
 ロッソムに湧く湯である以上は領主も使用人も従者従僕も、ここでは全て平等に湯を使う権利を認められていた。 
 ただ、それなりに男女間の配慮はなされているようで、中央浴槽の真ん中にはモノリス状の壁が数枚配置されている。 
 それは男女に分かれた脱衣所とあいまって無言のうちに女性用と男性用を隔てる見えない境界線となっている。 
 
 そして中央浴槽から階段を上がった小二階のような小浴槽が20箇所近く配置され、家族連れや若いカップルの逢引にも使われるよう 
だ。 
 
 小浴槽とは言え豊富な湯量を誇る温泉ゆえか湯船は縦横3m四方の物になっている。 
 そんな小上がり風呂の一区画、入り口のタオル掛けへ大きなバスタオルを掛けるのは使っていますと言う意思表示。 
 その奥で湯を使っているのは次期領主の妻となったジョアンと未だにアーサー夫妻の召使として従属するマヤ。 
 この風呂の中に限らず二人は友達のような関係なのだが・・・・ 
 
 「でさ、アーサーはどこが弱点なの?」 
 「う〜ん・・・・肩甲骨の間をコチョコチョするとビクッてなるよ」 
 「いや、そっちでなくて・・・・さ・・・・」 
 
 ジョアンの視線の意味をマヤも理解する。 
 
 「次の春には従軍しちゃうからね、効率よく搾り取らないと・・・・ウフ!」 
 「そうよね・・・・しっかり仕込んでってもらわないとね・・・・」 
 「で、マヤは相当してるんでしょ?」 
 
 ちょっとモジモジしつつも頷くマヤ、そのわき腹辺りへ肘でツンツンするジョアン。 
 
 「私の場合はヒトだから骨格の違いみたいで前からされるのが好きなんだけど・・・・」 
 「だからかぁ〜・・・・いや、あのね、一昨日の夜なんだけど・・・・」 
 「後ろだと燃えないって言うんでしょ?」 
 「うん、こっち向けよって言われちゃって・・・・恥ずかしくてさぁ、慣れてないから」 
 「ヒトの場合はこっち向きが正常なんだって」 
 「ふ〜ん・・・・初めてアーサーと寝た時は後ろだったけど・・・・」 
 「ごめんね、変な癖付けっちゃって・・・・」 
 
 ジョアンがニヤリと笑う。 
 
 「でも、十分鍛えられてるみたいだから、飽きないわよ!アハハ!」 
 「ジョアンも好きねぇ〜」 
 「マヤは嫌い?」 
 「え?いや・・・あの・・・」 
 「ふ〜ん・・・・嫌いなんだぁ〜」 
 「うそ!うそ!うそ!うそ!うそ!うそ!うそ!好きよ!大好き!」 
 「そんなに抱かれるのが好き?」 
 「そ〜でなくて・・・・」 
  
 アハハ!と笑うジョアンの笑顔にマヤは癒される。 
 恋に破れたと思っていたのだけど、そんなマヤをジョアンは気遣ってくれるのだった。 
 きっとジョアンも辛い思いを沢山してるのだろう、そんな風にマヤは思っていた。 
 
 「ねぇマヤ」 
 「はい?なにか?」 
 「二人だけの時は他人行儀を止めて」 
 「でも、私は仮にもあなたとアーサー様の・・・・」 
 「それは分かってるけどね、でも、私達だけの時は・・・・ね、お願い」 
 「はい・・・いや、そうじゃないよね、うん、わかった、そうする」 
 
 ジョアンはちょっと俯いて呟く。 
 
 「アーサーがね、寝ぼけてる時とかに私でなくあなたの名前を呼ぶの。まだ私はアーサーにとって他人なのよ、お客さんなの。だか 
ら、私は早くあの人の子供が欲しいの。ごめんね、本当はこんな事言うつもりじゃないんだけど・・・・」 
  
 マヤはジョアンの肩を抱いて一緒に俯くしかできない。 
 
 「ジョアン…、私はヒトだから…イヌじゃないからね。だからアーサー様の子を孕む事は出来ないの。だから・・・・あなたに頑張って 
欲しいの。ジョアンが私に気を使ってくれるのは嬉しいんだけどね…。私はヒトだから、どこまで行ってもヒトだから。だから私は 
アーサーとジョアンの操り人形で良いのよ。それで幸せなんだと思わないと、自分で思いこまないと私もつらいから・・・・」 
 
 半分泣いたような顔でジョアンはマヤを見つめた。マヤは言葉を続ける。 
 
 「私に何でも相談して欲しいし、言って欲しい。けど、これだけは忘れないで、絶対に忘れないで。私はあなたの召使だから。だか 
ら私はあなたの一歩後ろに立っているの。時々振り返って、そして私に一歩前に出ろと言ってくれるのは良いけど、あなたが私のほう 
に歩み寄らないで。あなたは私に命じれば良いの、私はそれを行うから。父が生前アリス様によく言ってたのよ。主人は主人らしく振 
舞ってくださいって。いまやっとその意味が分かった・・・・」 
 
 「マヤ・・・・うん、わかった。まだよく分からないけど・・・・そう言うものだと思うようにする。アーサーがいつもどこかで線を引いて 
いる理由ってそれなのね」 
 
 「うん、きっとそうなんだと思う。私も、そして父もいつもそう言っていたから」 
 
 「つらいね・・・・」 
 
 マヤは泣きながら笑っている。 
 
 「だから私は今の今まで一度も抱いてって言った事が無いの。あの人が望むときにだけ私は抱かれるの。だからそれは男女の営みで 
はなくて主従の伽なのよ。私はそう思ってきたし、あの人もそう割り切ってくれたの・・・・、ただ。ごめんなさい・・・・、あの人があなた 
を迎えに行く前の晩だけ・・・・一度だけ私から求めたの・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・躾の悪い従者を許してください・・・・ご主 
人様・・・・」 
 
 声を押し殺してマヤは泣き始めた。 
 ジョアンはどうして良いか分からずマヤの肩を抱きしめた。 
 きっとこれからもこんな事が起こるのだろう。 
 ジョアンにとっても主人としての振る舞いを学ぶ場でもあるのだが・・・・ 
 
 「ジョアン、そう言う時はすぐに赦して上げなさい。そうしないと従僕は辛いのよ」 
 
 不意に後ろから声がしたと思ったら、そこにはアリス夫人が長女マリアを連れて立っていた。 
 泣き顔のまま立ち上がろうとしたマヤの頭をアリスは抑えると湯船の隣に腰を下ろした。 
 
 「マヤ、たまには我が侭も言いなさい、言ったでしょ?男は振り回してるくらいでちょうど良いんだからって」 
 
 アリスの言葉がマヤにしみ込んで行く。 
 マヤにとってもう一人の母親と言うべきアリスの言葉だ。 
 全てを包み込む優しさに満ち溢れている。 
 
 「ジョアン、頑張ってね。あなたの子供はマヤにとっても子供なのよ。私も一度は心から愛したヒトの男はヒトの妻との間に3人の 
子を残して逝ったの。ヒトの妻は古い大浴場でよく言ってたわ。子供達をお願いって」 
 
 アリスはマヤの頭を撫でながらジョアンを見つめる。 
 
 「この子は私達イヌよりも寿命が短いのよ。ヒトはイヌがどんなに悔しがっても泣き喚いても先に死んでしまうの。だからね、ヒト 
の従者が時には我が侭を言ってもそれを赦して上げなさい。それはあなたの度量・力量よ」 
 
 「はい。そうします」ジョアンは笑って頷いた。 
 
 「アリス様、あの・・・・母が・・・・」マヤの目がアリスを捕らえて離さない。 
 
 「マヤ、カナの話はあなたが母親になった時にするわ。それまでのお楽しみに取っておきなさいね。でも、一つだけ良い事教えてあ 
げる」 
 
 アリスがニヤリと笑う。その笑顔に若い娘3人が釘付けになる。 
 
 「さっきジョアンが聞いた事と同じ事をカナが私に聞いたわよ。ヒトの寿命は短いからドンドン子供作らなきゃ!って燃え上がって 
た」 
 
 「そうなんですか?」マヤの知らない母の一面なのかもしれない。 
 母は母であると同時に妻であり、そして一人の女性でも有る。 
 マヤの心の中に居る母カナがニコリと笑って見つめて、マヤを見つめた。 
 
 しかし、そこへ口を挟んだのはジョアンではなくマリアだった。 
 
 「で、お母様、カナさんとどんな話をしたの?」 
 
 アリスはニコニコしながらマリアの髪を撫でている。 
 
 「そりゃぁねぇ〜、する話っていえば一つじゃないの。でね、話の途中で面倒だからって本人呼んでね・・・・」 
 
 うわぁ〜って表情になりつつも目を爛々と輝かせ話しに聞き入る娘達。 
 アリスは気にせず話を続けた。 
 
 「紅朱舘が立て替えられる前は隣に大浴場があったんだけど、そこにも小上がりが作ってあってね。そこでマサミを呼んで私とカナ 
で・・・・ウフ!じ・つ・え・ん付きよ。次の日はさすがのマサミも辛そうだったわね、アハハ!」 
 
 アリスの言葉を聞いたジョアンがニヤリと笑ってマヤを見る。 
 
 「ねぇマヤ、良い事聞いちゃった・・・・」 
 「ジョアン・・・・まさか・・・・」 
 
 にやけるジョアンと軽く引いているマヤを見てアリスは口を開く。 
 
 「二人とも・・・・ほどほどになさいね。あと、マヤはちゃんと譲りなさいね、そうしないと私も孫を抱けないからね・・・・マリア、行き 
ますよ」 
 
 3人の子を儲けた女性とは思えぬプロポーションの良い後ろ姿を残してアリスは中央浴槽へと降りていった。 
 あの大きな湯船の片隅、バイブラの泡がボコボコと出る場所はアリスのお気に入りなのだった。 
 
 「ねぇマヤ!アーサー呼んで来て!」 
 「ホントに?こっち側はアーサー様も入るのが・・・・」 
 「平気だって!私が呼んでるって言えばいいよ」 
 「・・・・・・でも」 
 「召使は黙ってご主人様の言うことを聞きなさい!」 
 
 ノリノリのジョアンを見て困った笑いを浮かべつつマヤは答える。 
 
 「はい・・・・仰せのままにご主人様」 
 
 小浴槽の出口でバスタオルを体に巻いてマヤは降りていった。 
 普段通りならそろそろアーサーが義人と浴室へ来るはずだったのだが・・・・ 
 
 浴室の男性側エリアへバスタオル一枚で足を踏み入れたマヤにイヌやヒトやそれ以外の種族の男性が好奇の目を向ける。 
 スタイルの良いマヤの濡れた黒髪が艶やかに光り、それだけでその場の男達に視姦されてしまうのだった。 
 
 ガラガラ・・・ 
 
 「それでだ、あの時は2軍3軍を左右に分けて縦列陣形で中央突破をはかってな・・・・・」 
 
 大きめのタオルを左肩に掛けたポール公は右にアーサー左にヨシを従え上機嫌で風呂に入ってきた・・・・。 
 股間の立派なイチモツをブラブラさせて。 
 
 「斥候の情報では強固な陣を構えてると言うことだったので力攻めでは犠牲が大きいからな・・・・・」 
 
 おそらく戦術と戦略の講義をしていたのであろうけど、その場にバスタオル一枚のマヤが現れて男3人は立ち竦んだ。 
 もちろん、前はブラブラしているのだが・・・・ 
 
 「あの・・・・御館様・・・・目のやり場に困りますので・・・・」 
 
 「マヤ、どうした? ・・・・まぁあれだ、男の側からすれば濡れた髪をキラキラさせたバスタオル一枚の女が目の前に現れると同じく 
目のやり場に困るわけで・・・・な」 
 
 そう言ってハッハッハ!と笑ったあと周囲を見回す。 
 
 「マヤ、何か用事だろうが次から気を付けろよ。飢えたイヌが多いでな」 
 
 「はい、で、あの・・・・」 
 
 マヤの視線がジッとアーサーを見た。 
 
 「俺か?」 
 
 急な出来事で一瞬たじろぐが、アーサーの背中をポール公はドンと叩く。 
 
 「据え膳食わぬは男の恥だ。そうマサミが言っていたぞ。さて、明日は早起きだが・・・・手を抜くでないぞ! ヨシ、邪魔者は消える 
とするか」 
 
 ハッハッハ!とまた笑ってポール公は中央浴槽へ歩いていった。 
 「アーサー、頼んだよ」と、そう言ってヨシはポール公の後を追った。 
 
 ちょっとモジモジするマヤの肩に手を掛けてアーサーは口を開く。 
 
 「マヤ・・・・どうした?」 
 
 「あの・・・・ジョアン・・・・さまが・・・・ こっちです」 
 
 マヤはアーサーの手を引いて小上がりへと駆け上がった。 
 そこには湯船で半身浴してるジョアンが待っていた。 
 
 「ジョアン、どうしたんだ?」 
 「あなたに話があるの」 
 
 ただ事ではない雰囲気のジョアンがジッとアーサーを見ている。 
 小上がりの奥へアーサーを押し込んだマヤは入り口付近で一歩下がって待っていた。 
 
 「マヤ、そこだと体が冷えるでしょ?こっち来て湯に入りなさいよ。女は体冷やしちゃダメなんだから」 
 
 「で、どうしたんだ?」 
 
 アーサーは湯船の縁に腰を下ろしてジッと雰囲気を確かめている。 
 すでに心の警戒アラームは鳴りっぱなしに響いている。 
 
 「今ね、マヤから聞いたんだけど。あなたちょっとマヤに辛い仕打ちしすぎなんじゃないの!話聞いてて私だって怒るわよ!女は好 
きな人に抱かれると嬉しいの!でも・・・・あなた何よ!マヤはあなたのラブドール扱いなんですって?余りに酷いじゃない!」 
 
 「おい・・・・それって・・・・」 
 
 「言い訳しないで!マヤは言ったわよ好きだって!あなたに抱かれるのが好きだって!でもそれをあなたは・・・・、自分の都合で自分 
の好きなときだけ抱くんでしょ?したい時だけするんなら右手でしごいてなさいよ!、ホントに酷いわね!」 
 
 「いや・・・・そうじゃなくて」 
 
 「あ〜うるさい!言い訳する男って最低!女心を弄んであきたら捨てるんでしょ!なんて人なの?見損なったわよ!マヤが可愛そう 
じゃない!」 
 
 「いや、だから!そうじゃないんだ!」 
 
 「どう違うのよ!」 
 
 「誤解だって!違うんだって!ウソじゃないから!」 
 
 えらい剣幕でアーサーを怒鳴りつけるジョアンの顔が怒気に満ちているのだが・・・・ 
 クルッと振り返ってマヤを見たジョアンはニヤリと笑う・・・・ 
 右目で軽くウィンクした後でまた声を上げる。 
 
 「マヤ!なんとか言いなさいよ!私が言えって言うんだから言いなさい!あなたの望むことをはっきり言って良いわよ!、もうこれ 
だけ鈍感な男だっただなんて幻滅よ!」 
 
 そうまで言ってジョアンが笑う。 
 もちろんアーサーには見えないように・・・・ 
 マヤもどうやらジョアンの作戦を理解したようだ。 
 
 「あの・・・・ご主人様・・・・あの・・・・」 
 
 マヤは俯いてしまった。 
 細かく肩を震わせて俯いている。 
 傍目に見れば痛々しいほどに震えるマヤ・・・・ 
 
 所が 
 実はマヤは笑いをこらえるのに必死だった。 
 今にも吹き出しそうな笑いをこらえて肩を震わせて我慢している。 
 笑いをこらえても頬が笑いでつり上がるのをこらえきれない。 
 アーサーから見れば、顔をしかめて慟哭しているようにしか見えないのだが(笑) 
 
 クルッと振り返ったジョアンは再び鬼の形相だ。 
 
 「見なさいよ!マヤが震えてるじゃないの!一緒に育ってあなただけ見てきたマヤにあなたは!」 
 
 「マヤ・・・こっちへ来てくれないか?」 
 
 アーサーは出来る限り優しくマヤに声を掛けた。 
 
 「妻に叱られて解ったよ。お前が一番辛かったんだな・・・・すまない。鈍い男を許してくれるかい?こっちへ・・・・こっちへ来て欲しい 
んだ。お前が望むならいつでも来てくれ」 
 
 再びマヤの方を振り返ったジョアンは胸に手を当てる・・・・フリをして親指を立てた。 
 作戦成功!の笑顔でにやけっぱなしなのだが・・・・・ 
 
 「マヤ、どうして欲しいの?言って良いわよ」 
 
 ジョアンの表情を見て女同士のアイコンタクトが通ったようだ。 
 
 うつむき加減のマヤは立ち上がるとバスタオルを取って一糸まとわぬ姿になりアーサーへと歩み寄った。 
 
 「ご主人様、マヤはご主人様を愛しています。でも、ご主人様はまず奥様を大切にして下さい。でも、時々で良いからマヤのわがま 
まを聞いて下さいますか?」 
 
 「あぁ、もちろんだ。妻を愛してるのは当然だが、俺はマヤも愛している」 
 
 マヤはアーサーにもたれかかって厚い胸板にキスをした。 
 そして腰に巻いていたタオルを取ってしまった。 
 
 「ヒトの女も抱かれたいときが有るんです・・・・どうか・・・・」 
 
 マヤはそう言ってアーサーを寝かしてしまった。 
 
 「奥様にお許しを頂きました、どうか今は召使いの望むままに・・・・」 
 
 「あぁ、ジョアンが良いというなら」 
 
 「ご主人様・・・・いただいて・・・・良いですか?」 
 
 マヤの手がそっとアーサーのペニスをいりじ始めた。 
 ややあってムクリと起立を始める。 
 
 「奥様・・・・申し訳有りません・・・・」 
 
 そう言うが早いかマヤはアイナメ体制になってアーサーのペニスを銜えてしまった。 
 アーサーの視界には馬乗りになったマヤのヴァキナが丸見えなのだが・・・・ 
 
 ジョアンがニヤニヤしながらじーっと見ている先でマヤがアーサーのペニスを舐めながら指先でアーサーの弱点を示していく。 
 マヤの赤い舌先が裏筋横の弱点をツーッと舐めていってアーサーの下半身にグッと力が入るのが見えた。 
 ジョアンもそーっと近寄っていってマヤと一緒に裏筋周りへ舌を這わすのだが・・・・ 
 
 「マヤ!、あぁ!」 
 
 「ご主人様、どうかそのままに・・・・・今宵はどうか・・・・」 
 
 ニヤニヤしながら見ているジョアンの前でニヤニヤするマヤがアーサーに見えないように声だけで懇願する・・・・ 
 
 「どうかこのままに・・・・」 
 
 いきり立ってパンパンに固くなったアーサーのペニスを根本まで銜えて吸い上げながら舐め上げる。 
 湯に落ちたままのアーサーが両足の指で風呂桶の底をかきむしった。 
 それを見てジョアンが同じ事を繰り返した。 
 アーサーの投げ出していた両手がマヤの秘所をいじり始める・・・・ 
 見る見る濡れて密の溢れ出すマヤのヴァキナへアーサーは無造作に指を突っ込んだ。 
 
 「アァァ!ごっ・・・ご主人様・・・・・ アァウゥゥ・・・・」 
 
 恍惚の表情を浮かべながらマヤはジョアンにアーサーのカリ裏右側を指さした。 
 そこへすかさずジョアンのざらついた舌が這い回される。 
 ビクッと動いて我慢汁がだらりと垂れ下がるアーサーのペニスにマヤがむしゃぶりついた。 
 きゅーっと吸い上げつつ根本から亀頭の先端まで舌が滑っていって、先端の鈴口をグリグリと舌先で刺激されるとアーサーは思わず 
声を上げた。 
 
 ジョアンがニヤリとして小声で話しかける。「さすがね」 
 マヤもニヤッとしながら嬉しそうに頷く。 
 
 マヤのヴァキナをいじるアーサーの指がリズミカルにピストンを繰り返して、それに合わせクリトリス周りをグリグリとされるとマ 
ヤはそれだけでいきそうだった。 
 体毛に覆われたアーサーの手の甲がコチョコチョとくすぐる筆先のようで、すでに全身性感帯になったマヤは震えながら舌先をアー 
サーのペニスに這わせた。 
 その反対側からジョアンの舌先がアーサーのペニスを虐める。 
 
 「あぁ!ジョアン!ちょっ!おま!あぁ!アッー!」 
 
 二人の舌先が虐めるアーサーのペニスは白濁を勢いよく吹き出して二人の顔にぺちゃりと張り付いた。 
 ドクッドクッとで続けるザーメンをジョアンがニヤ〜っと笑いつつ素早く手を伸ばして親指で押さえてしまった。 
 
 「あなた!マヤがまだまだって言ってますよ!」 
 
 「え?」 
 
 「さぁ第2ラウンド!」 
 
 そう言ってジョアンがアーサーのペニスをぱくっと銜えてしまった。 
 途端に口の中がアーサーの精液で一杯になる。 
 
 「奥様・・・・奥様が注がれる先はそこではありません・・・・」 
 
 マヤはジョアンの唇に自分の唇を重ねてアーサーの精液を吸い取ってしまった。 
 
 「これは私の役目ですから・・・・ご主人様、奥様にも注いで下さい。私はご主人様と奥様のお子様のベビーシッターもしたいですか 
ら」 
 
 再びマヤの口がアーサーのペニスを奮い立たせていく。 
 出したばかりなので反応は鈍いものの・・・・アーサーの体を知り尽くしている召使いなだけに、その対応は的確だった。 
 
 「あなた、聞きましたか?私達の召使いがそう希望していますよ?頑張って下さいね」 
 
 ジョアンもアーサーのペニスをしごいている。 
 強制的にムクムクと起きあがらされたアーサーの股間が再び起立したのを確認し、アーサーに覆い被さっていたマヤは起きあがり自 
分の胸に挟んで舌先を這わせている。 
 そのエロティックな仕草を興味津々に眺めるジョアンが私も私も!って感じの仕草でパタパタと尻尾を振りながら自分を指さした。 
 
 マヤがうん!っと言う感じで頷くと起きあがってジョアンに場所を譲った。 
 ジョアンが同じ事をし始めたらマヤはジョアンの後ろへ回って主人のヴァキナを舐め始めた。 
 
 「奥様、失礼します」 
 
 「あぁ!マヤ!ダメ!そこ弱いのぉ〜!」 
 
 ガクガクと震えつつ喜びに体をくねらせてジョアンはアーサーのペニスをいじっているだが・・・・ 
 
 「奥様、そろそろ支度が整ってございます」 
  
 と言って背後からひょいと抱えるとアーサーのいきり立ったペニスにジョアンを乗せてしまった。 
 
 「あぁ!こんなの初めて!素敵!アァァァァァァァ!!!!!!」 
 
 ジョアンが前に崩れそうになってマヤはすかさず前に回りジョアンを支えた。 
 アーサーはそのマヤの足を持って自分の顔の上に乗り掛からさせた。 
 ピンと張った髭がマヤのヴァキナをもまさぐり、二人は揃って絶頂へと上り詰めていく。 
 
 「アーサー!凄いよ!アァ!好き!愛してる!」 
 「ご主人様!アァ!凄い!イィィィィ!!!!」 
 
 マヤの膣に中指と薬指を突っ込みゴリゴリとやりつつ腹筋でジョアンをポンポンと持ち上げてやる・・・・ 
 アーサーは肩で息をしながら頑張り続けた。そして・・・・ 
 
 「ジョアン!行くよ!」 
 
 ウッ!っと短いうめき声がしたあとジョアンがグッタリとマヤにもたれかかった。 
 
 「マヤごめんね、先に貰ったよ」「いえ、奥様、期待していますわ」 
 
 ハァハァと息をするアーサーの上から二人が降りて風呂場のたたき部分に3人が寝転がる。 
 アーサーは右手でジョアンの頭を、左手でマヤの頭を抱えて二人を腕枕にした。 
 
 「アーサー、私を大事にしてくれるのと同じくらいマヤも大事にしてね、マヤが誰かに嫁ぐまで。お願いだから」 
 
 「あぁ、わかった。そうする。そうしよう」 
 
 「ご主人様、ありがとう御座います」 
 
 ジョアンとマヤの順にキスをした後アーサーは呆然と天井を見ていた。 
 しかし、その直後にジョアンの左手がアーサーの股間を再びいじり始めた。 
 
 「あなた、貴族の務めを果たして下さいね。マヤにも注いで上げないと不公平でしょ」 
 
 「おっ!おい!」 
 
 「同じように愛して上げて・・・・」 
 
 ジョアンは起きあがって何かを言おうとしたアーサーの唇を塞いでしまった。 
 マヤがそれを見て起きあがると再びアーサーのペニスを口に含んだ。 
 
 「あなた。私達の召使いは私達を大事にしてくれます、だから私達もこのヒトを大事にして上げないと・・・・ね」 
 
 「でも、もう出な・・・・・『頑張ってね』 
 
 今度がマヤがアーサーの股間に跨り腰を使い始めた。 
 
 「ご主人様、奥様に注いだ後の残りで結構ですから私にも・・・・」 
 
 「アッ!アーーーーッ!」 
 
 
 
 中央浴槽付近で小上がりの所から聞こえてくるアーサーのうめき声をポール公はヨシと聞いていた。 
 
 「御館様・・・・女って怖い生き物なんですね・・・・・」 
 
 「ん?まぁそれはそうだが・・・・・」 
 
 呆然と小上がりを見上げるヨシをジッと観察するポール公。 
 
 「ヨシ、どうだ?そろそろピクピクしてるんじゃないか?」 
 
 「はい、実は先程から・・・・」 
 
 「まぁ、筆下ろし前ならばそうであろうな・・・・しかしジョアンもなかなか策士だな、男で有れば良い作戦参謀であろうに・・・・」 
 
 ポール公はニヤリとしながらお湯を頭にかけて周囲を見回した。 
 アーサーが頑張っている小上がりの2つ隣、一番小さな小上がりの入り口にバスタオルを掛けるミサの姿を見つけた。 
 その奥でミサの後ろから抱きついているタダの姿があった。 
 
 「なんだ、もうタダはミサに手を出してるのか・・・・アイツは隅におけんな」 
 
 「御館様?」 
 
 「おぉ!向こうをみろ!良い具合にリサが入ってきたぞ!ヨシ、今日はもう良い!リサに夜這いに行ってこい!」 
 
 そう言ってヨシの背中をドンと叩き送り出した。 
 
 「御館様・・・・ありがとう御座います。男になってきます」 
 
 そう言ってヨシは風呂から出ていってリサに声を掛けた。 
 バスタオルを巻いたリサだったがヨシとしばらく立ち話をしてからちょっと俯いてしまった。 
 だがヨシはリサの肩を抱いてまだバスタオルのかかっていない小上がりへと消えていった。 
 腰に巻いたタオルがテントになっているのをリサも気付いていただろうか? 
 
 「若いってのは羨ましいものだな・・・・・」 
 
 ポール公はザバッと湯から上がると長い飾り毛を拭いてバスローブに袖を通した。 
 
 ・・・さて、たまには俺もアリスと一戦交えるか・・・・ 
 マサミ・・・アリスはどこが喜ぶんだったかな・・・ 
 う〜ん・・・耄碌したかなぁ・・・・ 
 
 フンッっと鼻を鳴らしてアリス夫人が待っているはずの寝室へと歩いていった。 
 
 
 
  
 げっそりとして壁にもたれかかるアーサーを横目にしっかり精を受けたうら若き女性二人が嬉々として話しながら動いている。 
 
 「奥様、さすがにこれでは帰れません、湯船のお湯を抜きましょう」 
 
 バスタオルを巻いて艶々した顔のマヤが小上がりのお湯を抜いた。 
 ジョアンは湯船回りに飛び散った色んな汁をカランのお湯で湯船に流し落としている。 
 
 「さぁ、旦那様? 上に行きましょう。まだ夜は長いですよ?」 
 「ご主人様、参りましょう」 
 
 まだまだ物足ない二人に挟まれてアーサーがフラフラしながら浴室を出ていった。 
 あちこちの小上がりから女性の喜ぶ声が漏れ今宵の大浴場には石鹸ではない臭いが充満していた。 
 男女の心からの愛情を確かめる営みがそこには確かにあった。 
 
 
                   ◇◆◇ 
 
 
 翌朝、日の出まで後半時と言う頃合の紅朱舘大手門前。 
 野戦軍装に身を固めたポール公は同じ野戦服に袖を通したヨシを従え馬に跨っていた。 
 
 「ヨシ、アーサーを呼んで来てくれ、あいつめ」 
 
 「いえ御館様、それには及ばないようです」 
 
 眠そうな目をしたアーサーが野戦軍装を着て馬を引き大手門へ出てきた。 
 疲れ果てたような顔をして、毛艶は失われていた。 
 そして、そのアーサーの左右には艶々した肌のジョアンとマヤが立っていた。 
 
 「ご主人様、道中お気をつけてください」 
 「そうよ、気をつけてね、あなたの帰りをマヤと待ってるから!」 
 
 「・・・・・・あぁ、行って来る」 
 
 ポール公もヨシも昨夜はそれなりに頑張ったようだが・・・・ 
 二人に求められて夫と主人の勤めを果たしたアーサーは・・・・ 
 
 「父上、遅くなりました」 
 「・・・・うむ、大丈夫か?」 
 「はい、今日は・・・・・」 
 
 アーサーは精一杯の笑顔を浮かべて答えた。 
 
 「今日は空が黄色いです」 
 
 
 
 第3話 了 

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