「リサ、今年はあなたがかけてきなさい」
アリス夫人はそう言うとリサに上等な毛布を一枚手渡した。
「はい、奥さま。御義父様に・・・・」
リサは毛布を受け取り、大ホール一番奥の椅子へ歩み寄った。
「御義父様・・・・嫁のリサです、よろしくお願いします」
リサはそっと椅子の上に毛布を被せた。
その椅子の上。
大ホールを見下ろす位置には、先代執事だったマサミの肖像画が掛けてあった。
「マサミ・・・・今年もスキャッパーは平和でしたよ・・・・」
アリス夫人はそう呟くと、無言で大ホールに集まっていたスキャッパー各界の著名人に退室を指示する。
大ホールの中に居合わせた多くの者達は、先代執事の肖像画に一礼して大ホールを出て行った。
・・・・その日
旧紅朱舘の大ホールは新年を迎えるに当たり、領主へ謁見する客でごった返していた。
ヒトの世界から落ちてきた執事の尽力により、スキャッパーの改革が軌道に乗り始めて居た頃の話だ。
領主とその夫は、所領の各界からやってきた実力者達との話で寝る間も無いのが慣例だった。
順番を待つ実力者達は大ホールに並べられた、領主からの心ばかりの振る舞いと言える食事をとり、そしてワインを飲む。
その接待をするのは執事夫妻の仕事だ。
執事は順番を記録した紙を持ち、一人ずつ名前を新年の願いを聞いて記録する係りになっている。
そして、執事の妻は夫と共に歩き、お客に少しずつのワインをサーブして歩いた。
その年の大晦日。
新年まであと15分と言うところで、ある事件がおきた。
大ホール奥、領主夫妻の執務室前に置かれた執事の腰掛に腰を下ろした執事は、有ろう事か居眠りをしてしまったそうだ。
こっくり・・・・こっくり・・・・
次の客が入ってこない事を不思議に思った領主アリス・スロゥチャイム女公爵が大ホールに出たときは、お客の方から「シー」っと静かにするよう言われたほどだ。
「カナ、静かに寝室へ行って毛布をとって来て」
「はいアリス様」
カナはそっと歩いて寝室に入り毛布を丸めてアリス女公爵へと手渡した。
そしてそれをそっと広げ、執事の肩から被せると、無言で大ホールに集まっていた客へ退室を命じたのだった。
「カナ、昨日の夜も搾り取ったんでしょ?」
「う〜ん・・・・昨日は・・・・してない。一昨日かな?」
「その割りにマサミは疲れてるわね」
「アリス様じゃないんですか?。今日は朝から疲れてました」
「え?あ、いや、昨日は・・・・私もしてないし、それに昨夜はポールが居たわよ」
「じゃぁ・・・・」
領主と執事夫人が訝しがっている先。
執事はぐっすりと寝こけてしまった。
「でも・・・・、マサミはいつも頑張ってくれてるから」
「そう言っていただければ、主人も嬉しいと思います」
「カナも大変でしょ」
「いや、私はそうでも」
「フフフ。早く子供が出来ると良いね」
「アリス様も」
女二人で笑う先。
腕を組んで眠る男の双肩には重い荷が乗っているのだった。
そんなエピソード以来、この紅朱舘では日付が変わる15分前に、大ホールをそのままにして出るしきたりが続いていた。
今年の終わりは長男ヨシの妻となったリサがマサミの使っていた椅子に毛布を掛ける役になった。
「リサ、早く子供が出来ると良いね」
「奥様、頑張ります」
「ヨシ君をあんまり絞り上げちゃダメよ?程ほどにね」
「はい、わかりました」
中に居たお客が部屋を出て行って静かになった大ホール。
アリス夫人が最後にホールを出て人気の消えたその中。
雪の舞う影が床に落ち、新しい一年が静かに幕を明けた。
大食堂に場を移して続く新年の祝宴。
領主長男の成婚に続き、執事の成婚となったスキャッパー。
「皆、この一年が更なる飛躍の年となるよう、頑張りましょう」
領主アリスの言葉に皆が拍手を送る。
「ねぇリサ。あとでぼくらも頑張ろうか?」
「うん!。奥様も早く子供が見たいとおっしゃってるし」
「今年も一年、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします、旦那様」
紅朱舘の新年は幸せの詰まった空間だった。