「はぁ……」  
私は学校の校門から出ると、大きく溜め息を吐いた。  
 
私、東藤 美虎(とうどう みこ)、兎年の蛇使い座は今現在3つの悩みを抱えている。  
1つは明日のテストの事。高校三年にもなると、受験という言葉が頭の片隅をひらひらと飛んでいるのが嫌でも目に入る。  
あまり頭の出来がよろしくない私は一夜漬けという形でテストを乗りきり、楽して大学合格の指定校推薦枠を確実に取らなければならない。  
その為にも今日は誰にも邪魔されないよう部屋に篭り、徹夜で勉強をするつもりなのだ。  
2つ目の悩みは私の両親の事だ。  
私の両親は一言で言えば、『変人』だ。  
いつだったか私が学校から帰ってきた時に二人揃って居間に居た時がある。  
その時二人は何をしていたかというと……その……情事の最中だったのだ……  
(;゚Д゚)ポカーンとしてる私に気付いた両親が、最初に言った言葉は…  
 
「やぁ、おかえり。ふんっ、美虎も混ざるかい?」  
「んっ、駄目よ。アナタ……はんっ!美虎の最初は、私が貰うんだから……ぁん、イィ……」  
 
私は大急ぎで居間を抜け出し戸籍を調べたが、どうやら血は繋がっているようで……  
その日からの私は、−と−が交われば+になるものだ、と半ば強引に私自身を納得させて生きていく事になった訳で……  
 
だけどこの2つの悩みは大した問題ではない。一番の問題は3つ目の悩み、『愛』についてだ。  
勘違いしないでもらいたいのは、私は別にアイだのコイだのには悩んではいない。  
私の場合の『愛』は……  
「お姉ちゃ〜ん♪」  
私の義理の妹……これが私の一番の悩み、『愛』だ。  
私が通ってきた道を振り返ってみると、手をぶんぶんと振りながら、こちらに満面の笑みを浮かべている愛が目に入った。  
愛は手を振るのを止め、こちらに『下半身を引きずりながら』全速力で近付いてくる。正直に言って私は愛が苦手だった。  
義理の妹という事で敬遠してしまいがちになっているという事もあるが、なにより愛は人間ではないのだ。  
 
「お姉ちゃんは明日からテストだよね?」  
「そうだけど………愛もテストでしょ?」  
「うぅん、一年生は今度の連休明けだよ♪」  
そう言って愛は細くて長い、先っぽで2つに分かれた舌をペロッと出した。  
私と並んで歩く愛は、蛇の下半身をするすると起用に動かして私との距離をキープしている。  
 
愛は上半身が人間の女の子の体、下半身が蛇の体をしている。  
今は制服のスカートで隠れているが、大体おへその下辺りから蛇の体である……らしい。  
山奥の孤児院で人間の孤児達と一緒に暮らしていて、それを私の両親……もとい、変態2人組が家へと迎え入れた。  
その時の私は断固反対した。  
なにせ愛は人間ではない(少なくとも半分は)。人で無いものに対する恐怖心は、そう簡単には拭えなかった。  
しかし、私の反対を押し切り、「可愛いから」「ラミアたんモエス」「ロールミー!」等の意味の分からない理由で愛は我が家の家族になった。  
 
「でもさ……ちょっと数学で分からない所があるんだ……だからお姉ちゃんに教えて貰いたいな、って」  
「………?愛が……私に勉強を??」  
 
意外だった。  
愛は成績優秀で常に学年のトップに位置している事を私は知っている。  
その愛が、いくら2つ年上であろうと学力の底辺を維持している私に『勉強を教えてもらいたい』など、天変地異が起きない限り有り得ない事だと思っていた。  
「ね?いいでしょ?お姉ちゃん?」  
愛が私の前に回り込み、立ち止まって私の顔色を窺う。  
優しげな桃色の髪の毛から覗く愛の赤い瞳は、私を真っ直ぐに見つめてきて心臓をドキドキと打ち鳴らす。  
「ご、ごめんね……私も自分の勉強があるし……」  
なんとか目を逸らし、顔を俯かせて愛の横を通り過ぎようとした。  
「ぁ、待ってよ!お姉ちゃん」  
突然後ろから抱き締められた。背中に愛の大きな胸が押し付けられる。  
「1時間……うぅん、30分だけでいいの。ね、お願い……お・ね・え・ちゃん♪」  
 
愛のお陰、というか愛の所為で私達義姉妹は学校や近所ではちょっとした有名人になっている。だから今の私達は端から見れば姉と妹がじゃれあっているように見えるだろう。  
 
『でも違う……』  
 
耳元で囁かれる甘い声、頬にかかる吐息、背中に擦り付けられている豊かな乳房……  
 
「わ、分かったって!」  
腕を使って愛を引き離す。自分でも分かるくらいに顔が熱くなっているのを感じる。愛の方へと向き直れない。  
「ちょっとだけでいいなら……教えてあげられるから……後で私の部屋に来て……」  
 
自分でも驚く程に声はすんなりと出た。まるで何かに導かれるように……  
誰かにこの真っ赤な顔を見られたくないと思い、愛を残して私は俯いたまま早足で家に向かった。  
私がその場から離れた直後、愛が微かに笑った気がした………  
 
 
「………で求まった式にχを代入して……」  
「それじゃあ、この問題は?」  
「それはこの公式の応用で……」  
「ぁ、そっか♪なるほどぉ♪」  
私は自分の部屋で愛に数学を教えていた。流石の私も2つ下の愛におぼろ気ながらも数学を教える事が出来た。  
基礎は出来るのだから後は応用だけのはず……私が少しだけ自信を取り戻した事は、このさい黙っておこう。  
 
「ん、こんな所かな。後は愛一人でも大丈夫だよね?」  
「うん♪とっても助かったよ!ありがとっ、お姉ちゃん♪」  
 
満面の笑みを浮かべて私に礼を言う愛。その愛が段々と私に近付いてくる。私の視界は愛で埋め尽され、そして……  
 
 
 
ちゅ…………  
 
 
 
な………  
 
「な、何してるのよ、愛!!」  
私は座ったまま後退りをした。  
右手は私の唇に、さっきまで愛の柔らかな唇が触れていた場所に当てられている。  
「えへへ♪勉強教えてくれたお礼♪」  
愛は悪びれずに、むしろ楽しそうに舌をペロリと出して言った。2つに分かれた先端がチロチロと動く。  
「ふふっ、お姉ちゃん可愛い♪もしかしてキス初めて?」  
 
再び硬直。  
 
一拍空けてから私の顔はどんどん熱くなる。  
「かっ!関係無いでしょ、愛には!」  
「全然カンケーありだよ?」  
愛がするするとこちらに近付いてくる。私は更に後退りをしようとしたが、背中と壁をより押し付けるだけになった。  
「もし初めてなら、お姉ちゃんのファーストキスを貰っちゃったんだもん。責任取らなきゃ、ね♪」  
「っ!せきに、んっ、ぁ……」  
責任なんて取らなくていい!  
そう言おうとした矢先に私の唇と愛の唇がまた重なる。  
ただし今度の口付けはさっきのようなただ触れ合うようなモノでは無かった。  
愛の舌……平べったくて、細長くて、どこかひんやりとしたそれが私の口の中に入ってくる。  
「ん、ふむ………んんっ、むぅ……」  
「ちゅ♪ぴちゃ、ちゅうぅぅ、はむっ……」  
 
思うままに私の口腔を嬲っていた愛の舌が私の舌に絡み、巻き付いてきた。更にそのまま扱くように前後に動く。  
「ん、ひふぁ……ふぁ、ふぁひ……んんっ……」  
自分の舌から伝わってくる今までに体験した事の無い感覚が脳に響いていく。  
段々と激しさを増す愛の舌使いに頭が真っ白になっていって……  
「んっ、んひゃうぅっ!!」  
私の体の中で何かが弾けた。  
身体中がとろけていくような不思議な浮遊感。  
ビクビクと体が何度も跳ねるのを抑えられない。  
 
私の痙攣のような反応が完全に止まった後、愛がゆっくりと口内から舌を引き抜いていく。  
 
「ふあっ………ぁぅ……?」  
 
鏡に見た事のある女の子が二人映っている。  
一人は真っ直ぐな桃色の髪をしていて、鏡には後ろ姿しか映っていない。  
 
そしてもう一人は、だらしなく口を半開きにして虚ろな眼差しで鏡越しの私を見ていた。  
 
『あれは………誰?』  
 
「ふふっ♪お姉ちゃん、キスだけでイッちゃったんだね。カ〜ワイイ♪」  
愛の声が遠くに聞こえる。自分の体なのに感覚がはっきりしない。ぼやけた視界にぐらぐらと揺れる世界が映った。  
『ぁ、落ちる……』  
頭の片隅でそれを感じ、私はゆっくりと目を閉じていく。  
 

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