「ナァーハッハッハッハ、俺様の戦闘力は世界一ィィィィィ!!!」  
 
 世は大冒険時代。  
 数百年にわたって人類を苦しめ続けていた魔王は、神に選ばれし人間――勇者によって倒され、  
 世界に平和が訪れた。  
 しかし魔物たちは魔王が倒されると、人間から奪った宝物と一緒に姿を隠してしまった。  
 魔王存命時より、力が低くなった魔物達は、勇者ではない、普通の人間でも大半は倒せる存在となり、  
 世界各地で魔物を退治し、溜め込んだ財宝と名誉を手に入れようとする『冒険者』たちが次々と生まれていった。  
 
 そしてここ、冒険者ギルドの中で難易度『高』とされているダンジョン『竜の穴』に単身乗り込んだ男が居た。  
 冒険者達に一般的な装備として使われているツーハンドソードを振り回し、  
 雑魚モンスターを蹴散らして、馬鹿笑いをしながら深く深くへと進んでいく。  
 
 世界に多く存在するダンジョンの中で最難関の部類に入る『竜の穴』  
 とはいえ、出てくる雑魚モンスターは標準より弱い。  
 故に今現在、大した装備ではない普通の冒険者が余裕で進めている。  
 ではなぜ、難易度『高』なのか。  
 それはギルドの中での噂が原因だった。  
 
 『竜の穴』  
 その名の通り、ドラゴンが住んでいるというのだ。  
 ドラゴンという生き物は、魔王や勇者がいない現在において、世界最強とされている生物。  
 その戦闘力は、小国の全軍隊をもっても殺せないほど。  
 史上、ドラゴンを殺せる生き物は、魔王と勇者と更に他のドラゴンだけだ、と言われている。  
 世界に多く存在する冒険者達を全て集めたとしても、ドラゴンを殺すことはできない。  
 
 出てくるモンスターは雑魚ばかりだが、ボスモンスターは神話の領域に入り、  
 例え攻略一歩手前まで楽といえど、最後の最後で絶対に勝てない相手にぶつかる故に、  
 ダンジョン難易度最難関とされている。  
 
 とはいえ、竜の穴にドラゴンがいる、という確認は取れていない。  
 近隣住民がそれらしき鳴き声を聞き、  
 そのことをもとに、腕利きの冒険者達で結成された調査団を派遣したが誰一人帰ってこなかった。  
 かなり名の知れた冒険者の集まりが、雑魚モンスターにやられるわけがなく、  
 ボスモンスターがいくら強かろうと全員帰還しない、ということはまずありえない事態。  
 ドラゴンが存在している以外無い、という判断をギルドの幹部達は下したが、  
 確固たる証拠が存在せず、『証拠がない』ということは証拠たりえない。  
 
 故に、ダンジョン紹介パンフレットには『ドラゴン潜伏の恐れ有り故難易度『高』』とだけ書かれている。  
 ここ数十年間、竜の穴に乗り込んだ冒険者はいなかった。  
 
 では何故、今この平凡な冒険者が竜の穴に挑んだのか。  
 「ドラゴンがいるかもしれない」という噂を聞けば、大抵の冒険者はそこへと赴かない。  
 魔物と戦う危険な仕事をしているとはいえ、彼らは決して自殺志願者ではないからだ。  
 もちろん、現在竜の穴を攻略している冒険者も自殺志願者ではない。  
 が、彼が他の冒険者と違うのは「ドラゴンなんぞいるわけがない」と強く思っていることだった。  
 
 彼は自分で見たもの以外は信じない。  
 ギルド発行ダンジョン紹介パンフレットに記載されていた紹介文も、  
 考えの参考にはなったとしても、行動の動機を最終的に決定づける要因にはならなかった。  
 ドラゴン潜伏の恐れ有り……つまり確実にドラゴンが潜伏していると言い切っているわけではない。  
 彼は、何の根拠もなく「ドラゴンなんているか」と考え、続けて、  
 「何十年も人が入ってないんならたくさんお宝が残ってるんじゃねーの?」という結論に。  
 
 確かにドラゴンが存在している噂が嘘であれば、実際に何十年も人の入られていないダンジョンであり、  
 出てくる雑魚モンスターの強さと合わせて計算すればローリスクハイリターンのダンジョンである。  
 
「チッ、しけてやがんな……」  
 
 しかし、現在十九階まで攻略して、獲得したものはほんのわずか。  
 薬草と弟切草と、こんぼうと9G。  
 採算が合わないどころか、大赤字である。  
 モンスターは弱いといえど、何十年も人が入らなかったためか、普通のダンジョンよりかなり数が多い。  
 剣をただ振っているだけで何匹かまとめて倒せるものの、数が異様なのできりがなかった。  
 
 雑魚モンスターの強さによって、ダンジョンの深さというものは決まるため、今はほとんど終盤。  
 次の階層のどこかにボスモンスターが潜んでいるな、と思いつつ男は下へ続く階段を睨んだ。  
 
「……」  
 
 実際に降りてみると、今までの階のように小部屋と通路だけで構成されている階から一変、  
 王国のコロシアムのような形状の大きな空間だけで成り立っていた。  
 降りると共に階段は消え去り、特定の条件を満たさなければ引き返すことはできなくなる。  
 
 ボスモンスターはやはりドラゴンだった。  
 
「……」  
 
 大きな空間の約八割を巨体で占め、  
 この世のどんな刀剣よりも鋭い牙と爪を持ち、  
 全ての物理攻撃を弾く銀色の鱗に覆われ、  
 口からはあらゆるものを蒸発させる火炎を吐き、  
 今はなき強大な威力の古代魔法の知識を蓄え、  
 半魔法生物であり耐魔法に優れ、ほとんどの魔法を無効果する……。  
 地上最強の生物『ドラゴン』  
 
 勇者も魔王もいない現在において、ドラゴンを殺すことができるものは存在しない。  
 もしこのドラゴンがほんの戯れに人間を地上から抹殺しようと思い、実際に行動に移した場合、  
 一月も経たずに全ての国家が崩壊し、半年も経たずに実際に人間が地上からいなくなるだろう。  
 
 銀色のドラゴンは、気怠げに首を持ち上げ、この階に入ってきた人間を見た。  
 黒くくすんだ瞳はどんよりと澱んでいる。  
 
「人間、か……久しく見なかったものよのう」  
 
 ドラゴンは、体を動かすたびにほこりやちりを辺りに撒き散らした。  
 百年近い時を、全く動かなかったので、体がすすまみれになっている。  
 しかし、それでも鱗が放つ銀色の光は冒険者の目からもはっきりと見えるものだった。  
 
「ちょうど、もう人間は他の種に淘汰されたかと思うておったところよ」  
 
 魔王が倒され、勇者が死んだ世の中は、ドラゴンにとって退屈極まりないものだった。  
 同族は全て勇者によって屠られ、この世に存在するドラゴンは、この竜の穴のドラゴンのみ。  
 竜の穴のドラゴンは、自分の生命を脅かすものが何一つ存在しない絶対者となり、  
 それがいかに空虚なものか、ということを、この竜の穴の最深部でずっと考えていた。  
 
 ドラゴンにとって、この狭い穴と世界は同じだった。  
 どちらも自分に関する変化は永久に来ない……いや、むしろ今いる穴に極希にやってくる人間が、  
 ほんの少しだけ自分の無限の退屈を紛らわせてくれる……そうドラゴンは考えていた。  
 しかし、数十年前にやってきた人間の集団は、  
 降りてきた階段が消滅し、更に帰還魔法がドラゴンから発せられる耐魔法効果によって打ち消され、  
 ドラゴンを倒さなければ地上に帰還する方法がないと知るや否や、ドラゴンに剣を向けることもせず自殺した。  
 
 ドラゴンは、仮に自分に剣を向けたとしてもその人間を殺すつもりはなかった。  
 むしろ、剣を鱗に振り下ろしてくれることを期待していた。  
 期待に反して、自分の関与しないところで勝手に死んでいった人間に、一時はほんの少しの期待を寄せていたため、  
 ドラゴンはより多くの落胆を覚えた。  
 そして、人間という種族にますます興味を失っていった。  
 
 それから数十年後、もう一度人間がドラゴンの目の前に現れた。  
 またどうせ勝手に死ぬのだろう、と思いつつも、もしかしたら……という考えも捨てきれず、  
 泥のように濁っていたドラゴンの瞳が、少しずつ光を取り戻している。  
 
「ふッ……ふふふふふッ! 出たな、トカゲ野郎! 俺がステーキにして食ってやる!」  
 
 その瞬間、ドラゴンの瞳が完全に以前の光彩を取り戻した。  
 例え無力でもいい、自身に何かの干渉をして欲しかった。  
 ドラゴンは久しぶりに精神の高揚を覚えていた。  
 
 一方、剣を抜き、ドラゴンに対して戦意を明らかにした男が何故この無謀な試みをしたのか、というと……。  
 結論から言えば、男は類い希なる楽観主義者だったのである。  
 常人には到底理解できない思考回路でもって、「ドラゴンに勝てる!」という結論を出していたのだ。  
 
「ふんぬッ!」  
 
 さして切れ味も鋭くなく、特殊な魔法付与による効果もないただの剣。  
 とはいえ、ドラゴン専用の武器以外では、  
 どんな名剣であろうともドラゴンの鱗にダメージを与えることはできないので、  
 例え、切れ味が鋭かったとしても無意味なので実質的には大して差はない。  
 
 剣の先端がドラゴンの鱗に当たり、真ん中から少々柄に近い方で折れた。  
 
「の、のわああああ! け、剣が……く、くそう! これは高かったんだぞ!」  
 
 この剣は量産されているため、むしろ剣の中では安いものである。  
 しかも、この剣を買うためにこの男は無理矢理腕ずくで半額にさせていた。  
 もっとも、彼のそのときの所持金の約九割を占める金額であり、彼の主観から言うと「高い」買い物であった。  
 
「もう許さん! 喰らえ! ファイアーボール!」  
 
 男は懐から札を取り出して、竜に向けて掲げた。  
 比較的初心者向けの魔法が封じ込められている札で、これを使えば魔法使いとしての教養がないものでも、  
 魔力を使わずに魔法が使える道具である。  
 その中で一番安価な『ファイアーボール』の札だった。  
 
 耐魔法の特性を持つドラゴンには、勿論、効かない。  
 本来ならこぶし大の火球が飛び出て、敵に向かって直線的に飛んでいくのだが、  
 札からは空気が抜けるような音と微量の煙が吹き出るだけだった。  
 
「く、糞ッ! あんの魔法使いの野郎……不良品をつかませやがったな!」  
 
 掲げた札を地面に叩きつけ、憎し、とばかりに男は踏みつける。  
 剣が折れ、札もなくなってしまったが、それでも彼は諦めなかった。  
 
 地面に落ちている石を拾って、ドラゴン目掛けて投げつけたのだ。  
 
「……」  
「てりゃ、てりゃ、てりゃ、てりゃ!」  
「……」  
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇーッ!」  
「……」  
 
 
 石つぶては、ドラゴンの鱗に傷一つつけることなく、砕けていく。  
 それでも男は諦めずに石を投げ続けた。  
 
 ドラゴンは彼に強い興味を惹かれた。  
 勇者と魔王以外、ドラゴンにこのように攻撃をしてくるものはいなかった。  
 それ以外のものは、はっきり言って抵抗するだけ無駄ということをわきまえており、  
 大人しく逃げるか、自殺するかのどちらかだったのだ。  
 人間が一枚岩である、とドラゴンは思ってはいなかったが、  
 それでも目の前にいる人間が異常であると思っていた。  
 
 最初は何かドラゴンを殺す手段を持っているのかと思っていた。  
 が、剣はドラゴンを殺すことのできる特殊な剣ではなかったし、  
 札も、今まで自分に向けられたものの中で最低の威力のものだった。  
 腕も頭もあまりよさそうではない。  
 なのに何故、地上最強の生物に挑むのか。  
 
 考え無しではなかろう、とドラゴンは思った。  
 流石にそこまでの考え無しは、この世にいないだろう、と。  
 実際、本当はその通りであるのだが、ドラゴンはついつい深く思考して、  
 何かあるのだろうと考えてしまった。  
 
「……やい、トカゲ野郎!」  
 
 男は石を投げるのをやめていた。  
 と言っても、石を投げてドラゴンにダメージを与えられないことを学習したのではなく、  
 ただ単に辺りに石が一個も無くなってしまったので、やめたのだった。  
 もし、まだまだ石が地面に落ちていたら、つかれるまで投げ続けていただろう。  
 
 とにかく、自分の力でドラゴンを倒そうということだけはやめていた。  
 
「豆粒になりやがれ!」  
 
 ドラゴンはまたも混乱した。  
 確かにドラゴンが知る、古代魔法の中で変身する魔法が存在している。  
 しかし、ここまで意図があからさまな発言に困惑した。  
 
 あらゆる叡智を持つ賢者であれど、知ることができないことがある。  
 それは愚者の行動理由。  
 
 ドラゴンにとっては、どんな人間の賢者であれどほとんど愚者と言っても差し支えない。  
 ましてや愚者の中の愚者の行動理由を、ドラゴンが理解できるわけがなかった。  
 とにもかくも、ドラゴンは困惑していたが、しかし、退屈はしていなかった。  
 あまりに力がありすぎて、あまりに知恵や知識がありすぎ、今までは何事も理解できぬことがなかった。  
 目の前の人間の行動は永い年月を経て積み上げられたドラゴンの頭脳でも理解できないことであり、  
 今まさに百年近く停止していたドラゴンの頭が活発に動き始めていた。  
 
「断る」  
 
 相手の行動を理解するためには、相手の行動に合わせてやることが一番だ、とドラゴンは思ったが、  
 しかし、自ら魂を捧げる気もなかった。  
 
「もっと別なものなら姿を変えてやってもいいがな」  
「……くっ、トカゲの分際で生意気な……」  
 
 男は考えた。  
 流石に見透かされていると思ったのだろう。  
 悪態をつきながら、自身も頭を働かせる。  
 実働タイプである故、物を考えることは苦手で、普段はどちらかというと本能によって行動が決定される。  
 そして、今回もまた例外ではなかった。  
 
「そうだな、かわいい人間の女の子に変身しろ! 不細工は駄目だ、可愛い子でな」  
「人間のメス? ……変わった物を見たいのだな。  
 もっと珍しいものに化けてやることも出来るというのに……まあよい、今変えてやろう」  
 
 ドラゴンにとって最大の不幸と言うと、あまりにも性というものを知らなかったことだろう。  
 並ぶもののいない生物であるが故に、個体数は圧倒的に少ない。  
 また同時にドラゴンは両方の性を持つ種であり、人間のような男、女という区切りがなかった。  
 人間という一つの種類の生き物の生殖に関しても、理論はわかっていたが、  
 現実がどういうものなのかは知る必要のない、というより、むしろ知る理由も手段もなかった。  
 
 ともあれ、ドラゴンは古代の魔法の呪文を唱え、人間の女に変身をした。  
 
「おおーっ……って、なんで角と翼と尻尾が残っている?」  
 
 男は興奮して身を乗り出すが、ドラゴンが変化した人間には、  
 普通の人間にはない付属物がついていることにめざとく気が付いた。  
 
「ん? これはアイデンティティーを保つためのものよ」  
「あ、あいでんてぃてぃー?」  
「我が我であるためのもの、というべきことかな。  
 そなたは理解できぬであろうが、変身術というものは危険な術なのだ。  
 術が精緻になればなるほど、思考までも対象に似てくる。  
 我がドラゴンであり、変身して人間の姿に変えているという証である、  
 角と羽と尻尾がなければ、完全に我は人間となってしまうのだ」  
「は、はあ?」  
「詳しくは、外道戦記を読め。あれにそのようなことが書かれておる」  
 
 ドラゴンは、真っ赤に燃えているような赤い髪の女に化けていた。  
 外見は十六、七ほどで、冒険者の注文通り、美形の顔つきをしている。  
 髪の色と同じく、瞳も真っ赤で、肌はあのドラゴンの鱗のような銀色に近い白だった。  
 人間は衣服を纏うという習慣も理解しており、肌の色にあった白いワンピースを着ている。  
 
「ま、いっか、いっただっきまぁーす!」  
 
 男はスカートの裾をむんずと掴むと、力任せに引っ張った。  
 
「な、何をする!」  
 
 ドラゴンは狼狽した。  
 ワンピースが無惨にも引きちぎれ、隠れていた柔肌が露わになる。  
 ドラゴンの知識においては、人間にとって服を千切る行為は重大なマナー違反であった。  
 もちろん、その通りなのだが、全ての人間がマナー通りに生きているわけでないことを失念していた。  
 
「くっ……」  
 
 ドラゴンは元の姿に戻るために詠唱を行った。  
 数十年ぶりに自分にとって面白いことに出会えたから、ついつい人間の言うことを聞いて人間の女に化けてみたが、  
 それが浅はかな考えであったことをようやく思い知った。  
 自分の力が強大すぎても、人間という小さな器に入れてしまったら、易々と殺されてしまう。  
 長い時を怠慢に生きていた故に、思考が鈍化していたのだった。  
 
「させるかっ!」  
 
 男はドラゴンの口を塞いだ。  
 詠唱が出来なければ、また元の姿に戻ることはできないだろう、と思ったのだ。  
 とはいえ、ドラゴンというものになれば、  
 口頭の詠唱をせずとも心に呪文を念ずるだけで古代魔法を発動させることができる。  
 言ってしまえば、口を塞いでも無駄。  
 
 しかし、今回はそれとはまた別の理由で古代魔法の発動は失敗した。  
 
 ドラゴンは無敵の精神力を持っている。  
 眼前に己の死が迫ってきても、まばたき一つすらしないだろう。  
 だが、今は人間の器に入っている。  
 尻尾と羽と角を、自分がドラゴンであるアイデンティティーとして残し、  
 古代魔法を発動させるための魔力を残していたので問題はない。  
 けれど、精神力だけは人間のそれとさして変わらないものにしてしまった。  
 
 眼前に迫ってきた男の顔が、ドラゴンの心をかき乱した。  
 
 古代魔法は極めて術者を選ぶ魔法である。  
 類い希な精神力を持つ者でなければ、魔力のコントロールに失敗してしまう。  
 破滅の衝動のみを持つ魔王、何者にも屈さない正義に燃える心を持つ勇者、  
 厳しい修行を積み悟りを開いた魔法使い、そして種として基本的に備え持った無敵の精神力を持つドラゴン。  
 それらのものにしか使えないものだ。  
 ドラゴンはその精神力を捨て去ってしまったため、  
 ほんのわずかな精神の乱れによって古代魔法の詠唱に失敗してしまった。  
 
「うわはははははは! 元の姿に戻れなければ、ただの美人のねーちゃん!  
 ステーキじゃあないが、俺がおいしくいただいてやるーッ!」  
 
 古代魔法の詠唱を唇でもって封じた男は、  
 今まで感じたことのない動揺にためらっていたドラゴンを突き倒した。  
 地面に尻餅をついたドラゴンに覆い被さり、逃げる間も与えずに押さえ込む。  
 
「ひっ……」  
 
 ドラゴンは初めて恐怖というものを感じた。  
 さきほどまでは、そこいらを飛んでいる虫ほどの存在だった人間が、  
 今では目の前に自分に覆い被さっている。  
 精神を人間の器に収めたことにより、己の生命に関して意地汚くなっていた。  
 
 殺される、と思えばふるえが止まらない。  
 目の前の人間を振り払うこともできず、ただただ目をつぶって身を縮こませることしかできなかった。  
 
 今現在覆い被さってきている人間の息づかいの移動によって、顔をすぐ近くまで寄せたことがわかった。  
 首を絞められている自分の姿が自然と思い浮かび、一層恐怖に身を震わせる。  
 
「きゃ、きゃっ……」  
 
 悲鳴を上げそうになった直前に、何かが口を塞いだ。  
 恐る恐る目を開けると、男の顔があり、口を塞いでいるものがその人物の口であることがわかった。  
 
 一体どういう意味があるのか、ドラゴンは理解できなかった。  
 まだ人間というものがどういうものなのかを把握しておらず、  
 口と口を合わせるという行為に何の意味があるのか知らなかったのだ。  
 とはいえ頭の中で知識がなくとも、体は一般的な人間の女。  
 ドラゴンは本能的に嫌悪感を感じた。  
 男を振りほどこうとするが、いつの間にか頭を掴まれており、くっついている口は引きはがせない。  
 それでもなんとか暴れていたが、今度は口の中に何かが侵入した。  
 
 何かは、先端でドラゴンの口の中を縦横無尽に駆けめぐり、歯と歯茎の間を伝うように動く。  
 ドラゴンは歯を食いしばって『何か』が舌に触れることを防いだが、不快感は一層高まった。  
 
「こら、歯を食いしばったら舌いれられねぇじゃねぇか!」  
 
 男は口を離し、傍若無人にも言った。  
 ドラゴンは、冒険者の憤る様子に、更に恐怖した。  
 男の言葉が理解できぬが、それが理にかなわぬことであることはなんとなくドラゴンにも分かった。  
 けれどドラゴンは言い返すことは出来ず、脅え、言うことを従うしかないと思った。  
 
「チッ、もういい」  
 
 男は身を引いた。  
 やっと終わったか、などとドラゴンは安堵するが、男はすかさず破れた服の中に手をいれこんだ。  
 
「おほほ〜、やーらかいなっ! うむ、満点をやろう!」  
「なっ、む、胸を触るなっ!」  
「や〜だね、おーう、やーらかい、やーらかい……」  
 
 男の無骨な手は、遠慮のかけらもなくドラゴンの胸を揉みしだいていた。  
 ドラゴンはいささか冷静さと勇気を取り戻し、きっと男を睨み付けて悪態をついた。  
 
「うっ、こ……このぉ……ひ、ひとが下手に出てれば、調子にのりおってぇ……」  
 
 男は自分の下でにらめつけてくるドラゴンに、小馬鹿にしたような笑みでもって答えていた。  
 もとより、ドラゴンが本当の姿のときでさえ脅えなかった。  
 相手が人間の、それも美女であれば、どんなに睨み付けられても、男は毛ほども感じなかった。  
 むしろドラゴンの気の強い様子を見れば見るほど、男の嗜虐心は増していった。  
 
「んっ……あっ、さ、さわるな……」  
 
 再びドラゴンの口が塞がれる。  
 胸を揉まれながら口づけをさせられ、さっき以上に拒絶してしかるべき状況であったが、  
 何故かドラゴンの抵抗の力はさきほどよりかはずっと弱かった。  
 
 ドラゴンにとってはただ胸を揉みしだかれているだけの行為なのに、  
 ただ肌を触れられるだけのときとはまた違う刺激が、ドラゴンを混乱させた。  
 むず痒いような、くすぐったいような、それでいて二つとも違う感覚が、触られた部位に広がっていく。  
 
「やめ、この……駄目だって、いっておるだろうが」  
 
 再び男の顔がドラゴンの顔に近づいていく。  
 ドラゴンはまた口と口を合わされ、舌をいれられるのだろうと、目をつぶってほんの少しうつむいた。  
 しかし、いつまで経ってもそのときは訪れず、薄目を開けると、男の顔は横にあった。  
 頭の方から、首筋を舐められる感触に、ドラゴンは全身を震わせた。  
 全身が萎え、力が抜けていく。  
 筋肉弛緩の魔法を使われたわけでもなく、特殊な毒を盛られたわけでもないのに、とドラゴンは思い悩んだ。  
 人体の急所でもないところを舐められて、抵抗をするどころか手足を満足に動かせなくなってしまっていた。  
 
「やっと、大人しくなったか。よしよし、その心意気に免じて優しくしてやろう」  
 
 ドラゴンは冒険者の無礼な物言いに憤慨し、言い返そうと思えど、  
 今度は本当に口を塞がれて言葉を発することができなかった。  
 歯を食いしばる力もわかず、本格的に男の舌がドラゴンの口の中を蹂躙する。  
 おtこは自分の舌でドラゴンの舌を絡め取り、その行為が一層ドラゴンの頭の中のもやを濃くしていく。  
 舌を伝って唾液が溢れ、少なからずドラゴンはそれを飲み込んだ。  
 
 男はドラゴンの口の中を楽しんだ後、舌をドラゴンの体にゆっくりと下がっていった。  
 口の端から涎が漏れているドラゴンの口を抜け、顎を通り、喉を伝い、鎖骨をなめ回し、そして二つの双丘へ。  
 
「あ、きゅぅ!」  
 
 ドラゴンは奇妙な声を漏らし、身を捩った。  
 胸の頂点から走る電気ショックのようなものに驚いたのだ。  
 ドラゴンの想像を超えた行為と、それによってもたらされた肉体的反応。  
 未知の感覚におびえをなし、手で冒険者の頭を払いのけようとするも、  
 相変わらず手足には力がこめられておらず、いくら押してもびくともしなかった。  
 
 男はドラゴンの桜色の突起を重点に責めさいなんだ。  
 先端を口に含み、吸い付く。  
 頭頂付近を口の中にいれたまま、先をとがらせた舌で突起を右へ左へ上へ下へといじくり倒し、  
 それに対応するかのように、もう片方の胸の同じ箇所を同じように手で嬲った。  
 
 慣れない体を好き放題にいじくられ、性感帯を開発されたドラゴンは、  
 今では軽く皮膚に触れただけでも、激しく反応を返すようになっていた。  
 
 顔は瞳や髪の毛と同じように真っ赤に染まり、つぶらな瞳は潤み、口はだらしなく開かれて、  
 男がドラゴンの体を触れるたびに涎が垂れ、悶える声を漏らす。  
 五分前の、雄々しかった地上最強の生物は、もはや男に体の自由を奪われた一匹の牝と化していた。  
 
 ドラゴンも、このような快楽の波はあとどのくらいで終わるのだろうか、と判然としない頭で考えていた。  
 古代魔法の変身術によって人間になった弊害として、一時的に体が敏感になっていたところを、  
 男によって散々開発され、本来であれば一過性なものだったものが、  
 その体でいる以上恒久的に続くものになってしまったことに、今のドラゴンは気付くよしもなかった。  
 
 男は、そっと、ドラゴンの臍の下へと手を伸ばした。  
 湿り気のある部分に触れられて、ドラゴンは今度こそ、力の入らない手足を振って、  
 激しく抵抗をするものの、呆気なく鎮圧される。  
 
「や、やだぁ……」  
 
 ドラゴンの喉からか細い声が漏れる。  
 もはや地上最強の生物としての威厳は、一片たりとも存在していなかった。  
 男の一挙一動に脅え、快楽に悶える。  
 充血して赤く潤んだ秘裂に、人差し指がゆっくり埋まっていく。  
 ドラゴンが抵抗らしい抵抗をしていなかったからか――実際はしていたのだが、冒険者は気付かなかった――  
 そこを扱う手つきは優しく、丁寧だった。  
 それが結局、現段階での快楽すらも拒絶したがっていたドラゴンにとって、  
 更に大きな快楽を呼び寄せることになったので、皮肉ともとれる結果になったのだが、  
 とはいえ、敏感な部分を乱暴に扱われ、激痛を与えられた方がいいか、というとそれもドラゴンは拒絶しただろう。  
 
「尻尾が邪魔だな……」  
 
 男は呟いた。  
 ドラゴンには尻尾が残っている。  
 銀色の鱗に覆われている美しい尻尾だが、仰向けに寝た際にどうしても押しつぶされる格好になって腰が浮く。  
 それだけならばむしろ触り易いだけで、男は喜んだだろう。  
 けれど、ドラゴンが感じるたびに、尻尾の先端が激しく地面を叩いていた。  
 そのたびに小石が跳ねて男の体に当たり、男はそれが不快だった。  
 
「きりとっちまうか?」  
 
 ドラゴンは男の独り言を聞いて戦慄した。  
 尻尾を切り取られて襲ってくる激痛はもちろん、  
 変身魔法を解除するために必要な魔力を溜めている尻尾が欠損したら  
 元の姿に永久に戻れなくなる可能性が生まれる。  
 
 とはいえ、尻尾は銀色の鱗に覆われており、他の人間と変わらない部位とは違い、  
 物理攻撃を全て弾くようになっている。  
 今の男の装備では切除することは不可能だった。  
 しかし、冷静な思考が出来ない状態に追い込まれているドラゴンには、  
 男が実際にやると言ったのならば、やるのだろうとしか考えられなかった。  
 
「や、やだっ、しっぽきっちゃやだ、なんでもいうこときくから、しっぽきっちゃやだ」  
 
 舌足らずな発音で男に懇願する。  
 なんとなく口にした独り言によって、ドラゴンを従順にでき、  
 思わぬ幸運に男は心の中でほくそ笑んだ。  
 
 ズボンの中から屹立するペニスを晒し出し、その場であぐらをかく。  
 
「よし、じゃあ、またがれ」  
 
 膝をぽんぽんと叩き、ドラゴンに手招きをする。  
 尻尾や翼が邪魔になることを考慮して、体面座位でドラゴンを貫くことにしたのだ。  
 ドラゴンは、これから何をされるのかと胸をたからせながらも、そっと男に近づいた。  
 
「こっちの毛も赤いんだな」  
 
 男はドラゴンの陰毛を指さして言った。  
 ドラゴンはさっと陰部を手で隠したが、男はその手を引きはがす。  
 そのまま臀部を掴み、体を密着させた。  
 
「俺がちゃんとねらいを定めておく。ゆっくりでいい、自分で腰を下ろせ」  
「う、うん……」  
 
 ドラゴンは男の言うことに素直に従い、導かれるままに腰を下ろした。  
 根本を男が押さえている肉棒の先端が、ドラゴンの秘部に触れた瞬間、  
 ドラゴンは微かにうめき声をあげた。  
 
「う……」  
 
 秘部は男によって散々弄られており、ほぐれて抵抗は比較的に少なかった。  
 しとどに濡れた愛液が、潤滑液となり、亀頭が半分ほどドラゴンの中に埋まった。  
 ドラゴンは圧迫感と、快感によって及び腰になりかけたが、男がドラゴンの頭に手をやり、  
 それを何故かドラゴンは男の思いやりと受け取って、再び腰を沈め始めた。  
 男は本当に偶然に髪の毛の感触を味わいたくて触っただけなのだが、  
 ドラゴンは精神的に緊張しきっており、男の特に意味のない行為にも好意的な意味を持たせた。  
 
「……い、いたっ……」  
 
 処女膜が破れ、秘部にうっすら血が滲む。  
 ドラゴンは痛みに顔を歪め、腰の動きを止めたが、男は腰を掴んで押し込んだ。  
 
「い、いた……ッ、ふっ……や、やめ、いた、いの……うごかっ……」  
「大丈夫だ、俺は最高にキモチイイ」  
 
 最初こそ出血し、痛みに顔を歪めたドラゴンだったが、  
 すぐさまあふれ出る愛液に血は洗い流され、痛みに耐えるうめきに艶が混じっていく。  
 
「ぁっ……なんか、へん……へんだよぉ……いた、いけど、なんか、へんっっ」  
 
 ドラゴンは目の前の頭にしがみつき、もう既に腰を振っていた。  
 肉棒が一番奥に突き込まれるたびに、膣の奥の奥、子宮口に触れ、頭の中が白くなる。  
 もとより、ドラゴンは悦楽に溺れることの意味がわかっていない。  
 一度理性が剥がれると、すんなりと順応していた。  
 自分が何を言っているのか、何をしているのかを完全に忘れてドラゴンは快楽に没頭していた。  
 
「いい、いいよぅ……きもちいいよぅ」  
「でぇーい! これじゃどっちがどっちを犯してるのかわからねぇじゃねぇか!」  
 
 最初は自分で動かなくてもよくて楽だ、と思っていた男も、  
 こうも激しく動かれるとそれはそれで気に入らなかった。  
 勝手に動くドラゴンの腰を掴み、一際強く押し込む。  
 ドラゴンは背筋を伸ばし、のけぞって悲鳴のごとき声を上げる。  
 怒張が子宮を押し上げ、今までのモノとは比べものにならない圧倒的な圧迫感がドラゴンをふるわせる。  
 
 大きく開いた口からは舌が突き出て、肺の中の空気が全て吐き出された。  
 
 更に男はそれだけでは飽きたらずに、自分の腰を浮かばせた。  
 ますますドラゴンと男の密着度が上がり、子宮が持ち上がる。  
 
「おらおらおらおらーっ」  
「だっ、だめっ、だめぇぇぇぇぇ、そんなつよくうごかしちゃっっ」  
 
 男の暴力的なピストンに、ドラゴンは悶える。  
 粘液がこすれあう音と肌と肌がぶつかり合った音が混じり合い、淫靡さをかきたてて。  
 ドラゴンは強すぎる快感に、まるで恍惚の人のように口を開いて、意味の成さない舌足らずな言葉を発し続ける。  
 両者とも肉欲を満たそうとがむしゃらになっていた。  
 
「いくぞっ、必殺ッ!」  
 
 男はドラゴンの中に熱い迸りを放った。  
 肉体労働者特有の、濃くて、熱い体液がドラゴンの子宮に入り込んでいく。  
 
「っ、ぁっ、かはぁっっ」  
 
 子宮からあふれ出た精液を膣に塗り込めるように、ゆっくり油送を繰り返した。  
 体内に自分以外の体液が大量に混入したことにショックを受けたドラゴンは、  
 爪を男の背に食い込ませながら、呆然とたたずんでいる。  
 
 しかし男が再びキスを求めると、ドラゴンは欲望が赴くままに、男の舌に自分の舌を絡ませた。  
 
「よし、二発目、いくぞ」  
 
 男とドラゴンの睦み合いはまだまだ続いていく。  
 
 
 
 
 
 
 
 
「さぁーて、すっきりしたし、お宝探しに行くかぁ」  
 
 男は手早くズボンを穿き、白濁にまみれたドラゴンを放って宝を探し始めた。  
 ドーム状の空間にはいくつかの横穴が開いており、その中にはいくらかの宝が隠されていた。  
 
 傍若無人の振る舞いをした男の精液を浴びたドラゴンは、  
 その場でぐったり横になりながら、ぼんやりと何故こんなことになったのかを考えていた。  
 勇者と戦う前に一休みしようとこのダンジョンの最深部で眠りにつき、  
 二十年そこそこという短めの睡眠だったのにもかかわらず、  
 魔王も勇者も同族も、起きたときには全て死に絶えていた。  
 
 外に出る気もわかず、しかし果てしなく退屈で、時間をもてあましているとき、数十年ぶりにやってきた人間が、  
 他の人間とは全く異なる行動をとったためにほんの少し興味を持って、その行動に付き合ったら、犯された。  
 一方的に蹂躙され、至るところを嬲られて、あまつさえ最後には自ら狂態を振る舞う羽目になった。  
 
 薄暗い洞窟の天井を見ていると、ドラゴンの胸中にふつふつと怒りがわいてきた。  
 地上最強の生物である自分が、下等な生物である人間に、そのような扱いを受けるわけにはいかない……。  
 ドラゴンは現在と人間に嬲られていたときの自分を恥と覚え、  
 それと同時にその恥の部分にあたる男を排除しなければならない、と考えた。  
 人間の体では、冒険者であるあの人間には勝てないかも知れない、  
 が、ドラゴンの本当の体であれば、ほんの少し指先を動かすだけで両断することができる。  
 ドラゴンはゆっくり息を吐き、心の中で変身魔法を解く詠唱を始めた。  
 
 男はドラゴンにとどめをささず、今は宝探しにいそしんでいる。  
 精神は乱されることなく、術式がゆっくりと創り上げられていった。  
 
 が、しかし。  
 
「……」  
 
 ドラゴンの本当の体に戻らず、人間の体のまま。  
 魔法は確かに成功していたが、しかし、体は戻っていなかった。  
 呪文自体には問題は見受けられなかった。  
 ドラゴンは焦って、自分の体に探知呪文を使う。  
 古代魔法の詠唱に問題がないならば、自分の体に何か異変が起きたのだろう、と考えたのだ。  
 対象をくまなくデータ化する探知呪文が、ドラゴンの体全てを解析し終え、情報をドラゴンの脳へ伝える。  
 
 ちょうどそのとき、宝を探索していた男が戻ってきた。  
 手には幾ばくかの宝石やアイテムがあるが、彼が想像していたよりもずっと少ない収穫に対して不満そうな顔をしていた。  
 ドラゴンは最終的な結果を受け終え、戻ってきた男の顔を睨み付けた。  
 
「こ、この! な、なんてことをしたのだ、貴様は!」  
「お、おぅ、なんだよ、いきなり」  
「なんだよとはなんだ。この……私の内臓に傷をつけおって……」  
「内臓?」  
 
 ドラゴンが元に戻れなくなった理由は、身体の欠損だった。  
 変身魔法は非常にデリケートな魔法の一つで、変身直後の状態を保っておかねば元の姿に戻れなくなるのだ。  
 発動時に元の体をデータ化し保存、変身を解くときになって、変身した直後の状態をキーにして、元の姿に復元する。  
 多少の誤差は認められるが、大幅に身体に変化があった場合、体の状態は更新され、  
 元の体のデータ解凍のためのキーは失われる。  
 今回は、処女膜という内臓に一部裂傷ができ、それ故にデータ解凍のキーが失われてしまった。  
 ドラゴンが元の姿に戻るためには、もう一度最初から膨大な魔力を要する変身魔法を行わねばならない。  
 
「それだけの魔力が集まるのに一体どのくらいかかると思っているのだ!  
 尻尾と羽と、角があるおかげで器は問題ないが、必要な魔力が集まるまで……想像もしたくない時間待たねばならない」  
「……そうか、お前は元の姿に戻れないのか」  
「何がおかしい!」  
「いや、元の姿に戻るっつーんなら、殺さなきゃならんかったが、ま、戻れないんならそんな手間は必要ねーな」  
 
 男はドラゴンの姿を改めて見た。  
 角、翼、尻尾はもちろんとして赤い髪と瞳を見なければ普通の人間と変わらない体だ。  
 それどころか、一般的な男が欲情するために必要以上の容姿を持っている。  
 ところどころ――特にむっちりした太もも付近に――白濁液が付着しており、官能的な雰囲気を醸し出している。  
 そんな姿を舐めるように見ていた冒険者は、ふと思いついた。  
 
「そうか、元に戻るためには時間がかかるのか……」  
「そうだ、この、だから駄目だと言うたのに、貴様は無理矢理ッ」  
「最後はお前も楽しんでただろ」  
 
 ドラゴンはどさくさに紛れて責任を全て冒険者に転嫁しようとしたが、即座に斬り捨てられた。  
 
「じゃ、時間が経つまで俺んちに来るか?」  
「何? ふん、そのような必要はない、誰が下界になど出るか。ここで待っていれば十分……」  
 
 ドラゴンの腹が、ちょうどそのときに鳴った。  
 本当の体であれば、食事はそれほど必要がない。  
 動かずじっとしているだけならば、数百年に一度だけ食事を取ればよい。  
 だが、今の体は人間のそれだ。動かなくても腹は減り、何も食べなければ飢え死ぬ。  
 こんな洞窟に人間が食べられるものはなく、生き延びるためには外に出なければならなかった。  
 
「……」  
「意地張るなよ」  
「……うるさい、黙っておれ」  
 
 ドラゴンはそっぽを向いて、ぶつぶつ呟いていた。  
 空腹はごまかせぬほどになってきて、かといって食べ物のことで人間に屈服するのはドラゴンの矜持が許せなかった。  
 理性と本能の葛藤は続く。  
 
 男もただ待つということはしなかった。  
 ドラゴンの様子をうかがいながら、携帯食料を取り出し、ほんの少しかじる。  
 干した肉を、ドラゴンの視界に置いた。  
 
「……う……」  
 
 男は何も言わず、ただ干し肉の端を指で摘んで左右に揺らした。  
 干し肉が揺れるたびにドラゴンの目線は左右に動く。  
 
「欲しいか?」  
 
 ドラゴンは瞬時に二度頷いた。  
 
「じゃあ、ついてくるか?」  
 
 ドラゴンはとまどっている。  
 思わず干し肉に伸びそうになる手を何度も引き留めた。  
 男は、その様子をしばらく眺め、最後には干し肉を自分からほうってドラゴンに渡した。  
 
「え?」  
「くれてやる。味わって食えよ、俺が一食抜いてお前に恵んでやるんだ」  
「……元凶は貴様のくせに」  
「何か言ったか?」  
 
 ドラゴンは干し肉に噛みついた。  
 瞬く間に干し肉はドラゴンの胃袋に収められる。  
 男はドラゴンが食べ終えたのを確認すると、今度はマントを放った。  
 
「行くぞ」  
「何を言う。今の肉はお前が無条件で我に譲渡したのではなかったのか!?」  
「うだうだ言うな。一食食えても次はどうする?  
 どうせあてもねーくせに、変に意地張ってるなよ、俺が食わせてやるから、来い」  
「貴様は、信用ならん」  
 
 ドラゴンは赤い瞳で男を睨み付ける。  
 男は鋭い視線を軽くいなした。  
 
「俺は美女か美少女には嘘をつかないたちなんだ」  
「もう既に我を騙しておいて何を言う」  
「そりゃ、お前が美女でも美少女でもない、あのジャンボな爬虫類だったときの話だろうが。  
 第一、俺は『かわいい女の子になれ』と言っただけで、別に嘘なんてついてないね」  
「そのようなことを言って、我をごまかすつもりか!?」  
「あっそ、じゃあどうすんだよ。お前、これから一人で生きていけるのか? 超ド級の世間知らずなのに?」  
「ぐ……」  
 
 ドラゴンは言葉を詰まらせた。  
 確かにドラゴンには、本当の姿に戻るための魔力が溜まるまで生き残る自信はなかった。  
 人間の体になって早々、一方的に体の自由を奪われたのだ。  
 
 このまま竜の穴にいても餓死する他なく、たった一人で外の世界に出てもうまく生きる自信もない。  
 
「しょ、しょうがないな、貴様がどうしてもと言うのならば、ついていってやっても構わぬが」  
 
 虚勢を精一杯張ってドラゴンは、男から渡されたマントを羽織った。  
 男はドラゴンのことを気遣う様子もなく、  
 フロアにボスモンスターがいなくなったことで出現した階段を登り始めた。  
 少し遅れて、おずおずとした様子でドラゴンも男の後を小走りでついていった。  
 
 
 
 
 結局のところ、ドラゴンはまたも男に騙され、体をいいように嬲られるのだが、  
 それに気付いたのは、男の自宅のベッドの上……しかも裸で組み伏され、更に敏感な体をなで回されて  
 悶えているときだったのだった。  
 もちろん、男は「世話をしてやる」とは言ったが「抱かない」とは言っていない。  
 やはり嘘はついていなかった。  
 
 合掌。  
 

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