「あ、おかえりなさーい」  
 手にぶら下げたデイバックがドサリと床に落ちる。  
 言葉が無い。  
 なんか家の中に女がいる。  
 それもコタツに入って。  
 あまつさえミカン食ってテレビ見ながら笑ったりしてる。  
 俺にあんなに可愛い彼女なんかいない。可愛くなくてもいないけど。  
 誰だあの女。  
 もしかして違う家か。間違えて隣の家に入ったとかそういうオチか。  
 いや、鍵は自分で開けたし。  
「ねぇ、おかえりなさいって言われたら、なんて返すか教わらなかったの?」  
「え、あ、悪い…ただいま」  
 頭の中は混乱一色に塗りつぶされて思考停止していたら、軽くたしなめられた。  
 常識的な躾をされてきた身にとって礼儀とはきちんと通すべきもの。挨拶されたら挨拶を返さなければいけない。反射的にきちんと挨拶を返してしまった。  
 本来ならば不法侵入者に対して怒るべき立場なのだが、先手を取られた上、あまりに予想外な言葉に思わず素直に答えてしまう。  
「はい、おかえりなさい」  
 極上の笑顔と共にもう一度、帰宅の挨拶をされてからそれに思い至った。  
「誰だ、あんたーー?!」  
 裕輔の口から至極当然の叫びが迸った。  
 
 叫んだままの格好で硬直した彼を不思議そうに見ながら、コタツに入った女が声をかける。  
「どしたの、ユー君?」  
 彼の名前は吾野裕輔。  
 確かに『ユー君』と愛称で呼ばれるのは不思議ではない。それが彼の顔と名を知っている知り合いになら。  
 見ず知らずの人間に自分の顔と名が知られていると思える程、彼は自惚れてはいなかった。  
 それに、それほど親しげに彼の名を呼んでくれる女性は、残念ながら彼には母親と妹しかいなかった。  
 慣れ親しんだ自分の名を呼ばれ、はっと我に返った。  
 事態は相変わらずよく飲み込めない。が、何とかしなくては進まない。裕輔の思考は自動的に認識できる状況を限定し、分かる範囲から手をつける事にした。  
 とりあえず、当座の疑問を口にする。  
「なんで俺の名前を知ってるんだ」  
「あれ、間違ってた?君、吾野裕輔でしょ?もしかして…ユー君の同棲相手だとかじゃないよね?」  
「名前は合ってる。それに勝手に人をホモにすんな。そうじゃなくって、なんで顔も見たことないのに人の名前知ってるんだって聞いてるんだよ」  
「ああ、そう言う事ね。だって、表札見たし」  
 女は、やっと合点が行ったという顔をする。  
 コタツに突っ込んでいた右手を抜き、ちょいと人差し指で裕輔の後方、玄関を差す。  
 形の良い長い指の指し示す先、室内からは窺う事は出来ないが、壁を抜けたその先には彼の家の表札がかかっている筈である。  
 日本国内をくまなくカバーする恐るべき精度を誇る郵便ネットワークの弊害が今ここに。  
 吾野裕輔。大学生。寂しい一人暮らし。  
 せめてもの気晴らしにと、気取ってフルネームの表札なんか出したのが仇になったようだ。  
「オーケィ、オーケィ。あんたが俺の名前を知っている理由は分かった。次に行こうか」  
 両手を軽く前に突き出して、何かを押さえつけるようとする仕草。  
 台詞と言い、仕草と言い、海外物の映画やドラマに出てくる俳優のようだ。  
 端から見たらアホのようだが、今の状況は彼が素で対応できる範囲を超えている。こうでもしてどこかで現実逃避していないと思考が凍り付きそうだった。  
「ユー君、バカみたいだよ」  
 彼の脳味噌をカオスに突き落としている元凶が、ストレートな感想を述べる。  
 言葉は脳を更にシェイクする。  
「…落ち着け、俺。焦ったら負けかなと思ってる。クールに決めるぜ。ビークール、ビークール」  
「みたい、じゃなくって完全にバカっぽい、か」  
「ぐわー!ちくしょう、あんた誰なんだよぅいい加減に教えろよぅ」  
 混乱はその極みを超え、とうとう泣きが入った模様。  
 
「んー、まぁ、立ち話もなんだし座ったら?」  
 コタツに入った女が、ちょいちょいと自分の入っている対面を示す。  
 コタツ。  
 日本に古くから伝わる暖房器具の一つだ。  
 小さめの正方形の机。四方にある机の脚は短く、高さはおおよそ四十から五十センチ程度。  
 机の裏側には赤外線ヒーターが取り付けられ、その机を覆うようにしてコタツ布団を掛けたもの。  
 そして、そこに足をいれ暖を取る装置。  
 コタツは大きく分けて二種類ある。床を数十センチ掘り下げて足を曲げられるようにした掘りコタツと、床はそのままの置きコタツである。  
 当然、アパートの部屋には簡単に穴を掘れはしないので、彼女が入っているのは置きコタツの方だろう。  
 元々、裕輔の部屋にコタツは無かった。  
 親から仕送りを貰っているとは言え、彼はそこそこ貧乏な大学生。当然ながら部屋は狭い。  
 ただでさえ広いとは言えない部屋がさらに狭くなるのが嫌でコタツは置きたくないと言うのもあったし、床でごろごろする分にはホットカーペットで十分と言うのもあった。なので、彼はコタツを持っていない。  
 そのコタツが何でここにあるのか。  
 どう考えても、この女が持ち込んだとしか考えられなかった。  
 それだって、けして小さな物ではない。女の力で運べない程に重くはないが、それでもかさ張るのは間違いない。  
 しかも大きなコタツ布団込みで、だ。どうやって持ち込んだのか、裕輔が疑問に思うのも無理はない。  
「そのコタツも、あんたのなのか?」  
 状況証拠からほぼ確実ではあったが、念の為、口に出して確認する。  
 いちいち確認でもしないと、この非常識すぎる状況を受け入れられなかった。  
 いきなり可愛い女の子が推し掛けて来て、なんてハーレム物漫画では良くあるパターンだ。  
 だが、それはあくまでも漫画などのフィクションの中での話。  
 それにハーレム物でもヒロインは色んな手段で主人公の下に押し掛けていたが、まさか留守中にマイコタツ持参で勝手に上がりこんで完全に部屋に馴染みきってるなんて展開は聞いた事がない。  
 あまつさえ地味なトレーナーを着た緊張感のない姿でミカン食って茶飲んでテレビ見ているヒロインがいてたまるか。  
「そうだよ、これもあたしなの」  
「あーやっぱりそーでしたかー」  
 裕輔は半ば虚ろな意識で、そう頷くのが精一杯だった。  
 何とかこの非常識な事実を受け止めようとしているのか、頑張って現実逃避しようとしているのか。  
 頭の回転数の落ちきった裕輔の反応は鈍い。  
 目の前の女が発した言葉も右から左へと抜けていった。  
 当然、その言葉の意味する所もまともに考えられず、頭には入っていない。  
 普通ならば女の言葉は、「これもあたし『の』なの」となる筈だのに。  
 
「ほらほら、そこで立ってても仕方ないでしょ?座って座って」  
 もうどちらが部屋の主人だか分からない態度で、女は裕輔に席を勧めた。  
 しばらく逡巡していた裕輔ではあったが、腹を決めたようだ。  
 こうして立っていても仕方がないし、第一、彼はバイトから家に帰ってきたばかりである。  
 ただでさえ寒い冬、しかも夜気で体は冷えてしまっている。  
 目の前にある暖房器具は実に魅力的だった。  
 彼とてコタツの心地良さを知らぬ訳ではない。  
 ひとたび入れば二度と出たくなくなる、身体全体でなく主に腰から下を暖めるので茹だる事無くいつまでも入っていられる、あの温もり。  
 羊水の中にたゆたうような、母の胎内に戻ったかのような安らぎを与えてくれる。  
 それは、まさに至福。  
 日本人の文化に根ざした抗いがたい魅力に裕輔は屈した。  
 冷えた体と、目の前にある暖かいコタツ。  
 ここで、コタツに入らない、という選択肢を選べるほど裕輔は我慢強くなかった。  
 相対するはコタツの魔力。  
 正体不明の存在を前に警戒を怠ったとしても、その不備を誰が責められようか。  
 そうして布団を捲って足をコタツに差し入れるのに気を取られ、女の口の端に小さな笑みが浮かんだのを、彼は見逃した。  
 
 あたたかい。  
「…あ゛ー」  
 おっさん臭い呻き声は、裕輔の口から漏れたものだ。  
 寒さにかじかんだ足先に温められた血液が巡り、じんじんと痺れるような感覚。凍えた裕輔の体が、末端から徐々に融け始める。  
 とん、とコタツの温もりを甘受する彼の前に湯飲みが置かれた。  
「ユー君、ポット借りてるね」  
 ポットどころか湯飲みまで借りられていた。日常のどこで目にするのかも怪しい様々な魚の漢字がびっしりと書かれた裕輔愛用の湯飲み。ちなみに近所の寿司屋が開店十周年記念とかで作ったのを貰った物だ。彼に回らない寿司を食いに行けるほどの金はない。  
 中は緑色の液体で満たされ、ほのかな日本茶の香りと湯気を立ち上らせている。  
 裕輔は、ふーと濃緑色の液面から立ち上る湯気を息で払った。  
 ゆっくりと女を睨みつけるようにして湯飲みの縁に口をつける。険しい視線は茶の熱さで火傷しないようにか、毒でも入ってないかと警戒しているのか。  
 湯飲みを傾け、一口。  
「あ、美味い」  
「でしょ?京都の友達に貰ったんだけどね、やっぱり有名なところだけあって美味しいのよね〜」  
 いきなり警戒の緩んだ裕輔に、自分で葉を摘んだ訳でもないのに女が偉そうに自慢する。  
「ふーん、やっぱり有名所の葉っぱは違うんだな」  
 ずずず、と音を立てて啜る。  
 西洋的な、食事では音を立ててはいけないと言う礼儀など知らない。これが日本茶を飲む時のマナー。それが裕輔のジャスティス。  
 わずかな甘味と日本茶独特の渋みがハーモニーを奏で、裕輔の口から鼻へと抜けていく。そして食道を通り、胃へと滑り落ちていく熱い液体は冷えた体を内側から温める。  
 これを至福と言わずして、何と言おう。  
 裕輔の表情はすっかり緩んでいた。そこには女に対して剥き出しにしていた警戒心など微塵も無い。  
 夏の日向に置いた氷みたいに、硬かった警戒心はすっかり溶かされていた。  
 
 茶を啜りながらも、ぼーっと考える。  
 男の部屋で男女が二人きり。  
 しかも同じコタツに入って、仲良さそうにお茶まで飲んでる。  
(こうしてると、なんかカップルみたいだよなぁ)  
 それを意識した途端、ドクンと大きく心臓が跳ね上がった。一気に顔が火照る。無論、それはコタツに入って暖まり始めた所為ではない。  
「あれ?どうしたの、ユー君?顔が赤いよ」  
 心を静めようと思う暇も無く、向かいに座る女に気付かれた。  
 三メートルと離れずに向かい合って座っているのだからそれも当然。気付くなと言う方が無理か。  
「少し温度下げようか?」  
「いいい、い、いや、いい。大丈夫。大丈夫だから」  
 裕輔を心配してか、彼の顔を覗き込むようにして近づいてくる。  
 間に天板を挟んでいるのだから実際はそんなに傍までは寄ってはいない。だが彼には、彼女の吐息すら感じられるようだった。  
 間近で香るのは女性の匂い。  
 ふわりと鼻をくすぐるそれが彼女の体臭なのか香水なのか。裕輔には判別は出来なかったが、それは女性に慣れぬ体にはとても馨しく思えた。彼の思考を蕩かすほどに。  
 紅潮した顔を見られるのが嫌で、熱い湯飲みを抱えるようにして裕輔の顔は下を向く。  
 半ばパニック状態だった時は考える余裕すらなかったのだが、ひとたび落ち着くと周りを観察する余裕が生まれてしまう。  
 向かい合う女の子がどれだけ可愛いのか、をしっかり認識してしまうくらいの余裕が裕輔の心には生まれていた。  
 年齢当てクイズにはあまり自信が無かったが、年の頃は裕輔とほぼ同じ程度だろう。  
 くるくると表情を変える好奇心旺盛そうな大きな瞳。  
 大人びた冷たく冴えた美しさはないが、温かい雰囲気を纏った顔立ちは実にキュートだ。  
 卵型の輪郭も、ややシャギーの入ったナチュラルボブも、その可愛らしさを引き立たせている。  
 ただ、おそらくはリラックス出来るようにだろうが、彼女の着ている服がサイズの合っていない大きめのサイズのトレーナーなのが、どことなくだらけた感じがする。  
 正体不明ではあるがすぐ間近に可愛い女性といると言う慣れない事態に、裕輔はどうしても彼女の顔を真っ正面から見れなかった。  
「はい」  
 そんな彼に差し出される、剥かれたミカン。  
 白い甘皮とすじは丁寧に取り除かれている、水気に溢れた冬の味覚。コタツの友。  
「……ありがと」  
 どこから取り出したのか、女も自分用のミカンを手にして皮を剥き始める。  
 ちらりと裕輔が視線を上げれば、何が嬉しいのか、ニコニコしながら裕輔を見つめて返す。  
 それが妙に照れくさくって、また下を向いてしまう。その繰り返し。  
 
 途切れる会話。  
 部屋の中でする音と言えば、時折二人が茶を啜る音とミカンを食べる音くらい。  
 そして点きっ放しのテレビから流れるバラエティ番組だけ。  
 会話は沈黙したっきりだ。  
 だが二人の間に漂う雰囲気は重くはない。むしろ、そのゆったりとした空気が心地良い。  
 誰かとコタツに入ってるのって良いよな、と温もりに浸りながら裕輔は思った。  
 はふぅと満足げな溜め息をつき、茶を啜ろうとする。  
 湯飲みの中は既に空だった。  
 ポットが女の脇にあるのを思い出し、お代わりをお願いしようとした所で、裕輔は我に返った。  
「てえーい!和んでる場合じゃねー!!」  
 
 コタツの和みの呪縛を振り払った裕輔が居住まいを正す。  
「本題に入るか。まずは、アンタ一体誰だ」  
「ん〜?」  
 ミカンを一房、はむっと咥えたままの格好でくきっと首を右に倒す女。  
 毛先が外側に向かうようなボブに切り揃えられ、少しだけ赤銅色がかった髪がふわりと揺れる。  
「あたし?」  
「他に誰がいやがりますかっ」  
「そう言えばまだ自己紹介してなかったっけ。あたし、達子。よろしくね〜」  
 す、と右手が差し出される。  
 僅かな間。  
 それが握手を求められているだと裕輔が理解するのに、それだけの時間を要した。  
「あ、ああ、よろしく」  
 ほんの少し冷たいが滑らかな肌。握るとそっと握り返してくる、男である裕輔のとは随分違う華奢な手。  
 裕輔の心臓が刻むビートを早める。  
 指先の所々がミカンの汁に染まってオレンジ色をしてたりするが、うわ女の子の手握っちゃったよ、とか青い感想で一杯の裕輔にはあまり関係なかった。  
「残念ながら苗字の方は無いんだ、妖怪になった時に捨てちゃったから」  
 そうして、彼女はさらりとすごい事と言った。  
「へぇ、妖怪なんだ」  
「その通り。何を隠そう、あたしは妖怪なのだ」  
 あははー、と笑みを交わす。  
 和やかな雰囲気に見えて、その実、片方の笑い声は酷く乾いていたけれど。  
 瞬間。  
「なめてんのか、こんにゃろーーーー!!」  
 裕輔が爆発した。まぁ、無理もないが。  
 正体不明の不法侵入者を問い詰めたら実は妖怪だと告白されました。  
 そんな世迷い言を信じる者がどこにいるだろうか。頭の横でくるくると指を回す仕草をしないだけ、まだしも裕輔の対応は紳士であった。  
「あー、信じてないなー」  
 ブーと頬を膨らませて抗議する達子。  
 裕輔からすれば無茶言うなという感じである。  
 あの説明だけで信じる人間がいたとしたら、余程のお人好しだ。  
「生憎こちとら霊感とかオカルト関連にはとんと関わりない上に、生まれてこの方現実しか見たことがありませんでねぇ」  
「分かったわよ、最初っからきちんと説明してあげる…そうだ、長くなるからお茶のお代わりいれようか」  
 額に青筋を浮かべそうな勢いの裕輔に、湯飲みを寄越せと手を差し伸べる。  
 どちらが持ち主か分からない態度だ。元よりポットも急須も湯飲みだって裕輔の物ではあるが、もうそんな事はどうでも良かった。  
 ここまで来たのだ。聞いてやろうではないか。長くなる?どうせ彼女がいなくたって、大してする事はないのだ。こうなれば自棄だ。とことん付き合ってやる。  
 裕輔は、ぐいと空いた湯飲みを差し出した。  
 そうして、彼女、達子と名乗った妖怪は自分の出自を語りだした。  
 自分が生粋の日本人である事、元は人であったが死んで妖怪に変化した事、妖怪ではあるがさして長生きもしていない事など。  
 そうして話の内容は、裕輔の聞きたかった事、彼女の正体へと及んだ。  
 
 日本人の文化に根ざした抗いがたい魅力で人を惑わす家電、コタツ。  
 その魅力はまさしく魔力の域に到達すると言われる。  
 だが人々の心に潤いを与え、癒しの空間を作るべき家電は、その保有する魅力ゆえに時として人を堕落させる。  
 コタツの余りの心地良さに囚われ、僅かの間でも離れたくなくなってしまうのだ。  
 コタツの周辺、手の届く範囲にあらゆる物を配置して、コタツに入りながらにして生活しようと試みる。そして、遂にはコタツと一体化して生活することを望むようになる。  
 コタツをこよなく愛し、遂には魂までもコタツと一つになる事を望んだ者。コタツに心を奪われた者。  
 極限の和みと安らぎとダラケを求めた者が、死して後、その怠惰の果てに辿り着くとされる姿。  
 その姿は殻を被った蝸牛にも似ると言う。  
 故にその名を、こたつむり。  
 
「…なによ、その目は」  
 己の第二の出生の秘密全てを語り終えた達子の前には、とても生暖かい眼差しで彼女を見つめる裕輔がいた。  
 その視線は限り無い許容の色をたたえている。手っ取り早く言えば、可哀想な人を眺める目付き。  
「ううん、なんでもない」  
「うー、その目は絶対に信じてない目だ。本当にあたしは妖怪なんだってば!」  
「ほほぅ、だったら本当にコタツ妖怪なのか確かめてや…ぐはっ」  
 がばっとコタツ布団を捲り上げて、中を覗こうとした裕輔の後頭部に重い一撃が落ちる。  
 どこから取り出して、いつの間に手にしたのか。達子がその右手に携える得物は、孫の手。  
 それ一本あればコタツに入ったまま、ちょっと遠くにある物でも自在に引き寄せられ、ついでに背中も掛けると言う究極のツール。  
 孫の手の、背中を掻く為に手を模した形状になっている方でなく、その反対側。肩を叩く為にウレタンでカバーされた重し側で叩かれた裕輔が頭を上げた。  
 無論、本気ではないがそれなりに重いので痛い。  
 問答無用の武力行使に、殴られた頭を押さえて抗議した。  
「いってーな!いきなり何すんだ!…よ…するんですか」  
 その抗議の声は、侮蔑に満ちた冷たい目に見据えられ、尻つぼみになる。  
「サイテー」  
 いきなり最低呼ばわりされる裕輔。  
「女の子が足入れてるコタツの中を見ようだなんてエッチ、サイテー」   
 普通に考えれば、他人が入っているコタツの中を見ようとするのはあまり行儀のいい行為とは言えない。  
 特に達子は自称妖怪だが、見た目は完全に裕輔と同年代の女の子だ。スカートを履いていれば、パンツが丸見えとはいかなくても覗けてしまうだろう。  
 実際にスカートを履いているかは定かではないが、履いていなかったとしても少なくとも女の子が入っているコタツの中に頭を突っ込もうとする裕輔の姿は、パンツを覗こうとする痴漢と変わらない。  
 力の差に物を言わせて強引に潜り込むのも考えたが叩かれまくるのも嫌だったし、何よりあまり格好いいものではない。  
 裕輔も男の子である。女性に良い所を見せたいと思いこそすれ、嫌がるような事をしたいとは思わなかった。  
 しぶしぶ中を見て確認するのは諦めて、裕輔は再び元の位置に座った。  
 
 長話でだいぶ中身の減った湯呑みに口をつけ、温くなり始めたお茶を音を立ててすする。  
「妖怪だったら、夜は墓場で運動会とかするんじゃないのか。行かなくていいのかよ」  
「あー、パス。あたし、そういうの苦手。ほら、あたしってば由来からしてインドア系だし」  
「飯とかどうするんだよ」  
「妖怪だって言ったでしょ。これでも少しくらいは力があるんだからね」  
 見てなさいよ、と鼻息を荒くする。  
 達子がパチンと指を鳴らすと、ポンと言う間の抜けた音と煙。  
 それはいかなる神秘の技か。  
 コタツ机の天板の上には、カセットコンロに乗った鍋が姿を現していた。  
 ぐつぐつと煮立つ土鍋。鍋からはみ出すほど大きく太いタラバ蟹の赤い足。  
 様々な具材の煮える、美味そうな匂いが部屋中に満ちる。  
 神秘を目の当たりにし、阿呆のように口を開けっぱなして目を点にしている裕輔にさらに追い討ちが入る。  
「ミカンも出せるよ」  
 ホラホラ見てみて、とミカン召喚を行う達子。熟練のマジシャンのように、下に向けた手からボトボトとミカンが落ちる。  
 確かにマジックには違いない。タネも仕掛けもないけれど。  
 達子の言う通り、これならば食うのに困らないだろう。  
 しかし、何と言う締まらない妖力。  
「妖怪なんだろ?何と言うか、こう、目からビーム!とかそんな感じなのはないの?」  
「なーに言ってんの!コタツに入ってこの温もりに浸りつつ、ずっとずーっとダラダラしたり、お茶飲んで鍋つついたり出来るのよ?!」  
 天板を抱きしめるようにして寝そべり、頬をべったりくっ付ける達子。  
 ちなみに鍋はいつの間にか消えていた。一瞬で出せるのだから消す事も可能なのだろう。  
「あぁ!もー、この幸せを手放したくね〜!」  
 ダメだこいつ。  
 諦観が裕輔の心を支配する。  
 妖怪こたつむりがコタツをこよなく愛した怠惰な人間の成れの果てだと言うのが、今ならば何の疑いもなく、心の底から信用出来た。  
 コタツの天板に頬擦りを繰り返す達子には、成るべくして成った、という言葉がピッタリだった。  
 
「あんたが妖怪だと言うのは分かった。世の中、まだまだ不思議でいっぱいだと言うのも良く分かった。だから、その茶を飲み終わったら帰るように」  
「えー、『だから』の前と後ろで話し変わりすぎー意味わかんなーい」  
「うるさいわい。どこの誰とも知らない、しかも妖怪をなんで部屋にいつかせなきゃならんのだ。さぁ帰れとっとと帰れ」  
「酷い、酷すぎる!こんな可愛くてか弱い妖怪を一人、冬の寒い夜空に放り出そうなんて。鬼よ、あなたは人じゃなくて鬼に違いないわ!」  
 顔を両手で覆い隠すようにして、しくしくと泣く自称可愛くてか弱い妖怪。  
 どう見ても嘘泣きです本当にありがとうございました。  
 何処かで聞いたようなフレーズが、テレビのテロップのように点滅しながら脳裏をよぎる。  
 顔を覆った手、その指の隙間からちらちらとこちらを覗き見ているのがバレバレである。  
 だいたい、自分で自分を可愛いとか抜かす人間に碌なのがいた試しがない。今回は妖怪だが。  
「ああ、あんなに激しく愛し合った仲だって言うのに…」  
「なにその過去形。まだ指一本触ってねーじゃねーか」  
「むむむ、意外に細かいヤツめ。少し時系列がずれちゃってるけどね〜。正確には、これから愛し合う事になるんだけど」  
 会心の悪戯が成功した子供のように、実に嬉しそうににんまりと笑う。  
 コタツの掛け布団が独りでに動き、裕輔の腰をきゅっと締めつけた。  
 痛かったり圧迫感こそないが、突然の動きに体は勝手に反応し、反射的にコタツから体を引き抜こうとする。  
 が、万力にでも掴まれたようにびくともしない。  
 目の前の女が妖怪こたつむりだと言うのならば、なんでコタツ部分もその妖怪の一部だと疑問に思わなかったのか。  
 ヤバイと思った時には既に脱出不可能。  
「結果が同じなら、ちょっとばかり途中が違っても問題ないよね?」  
 してやったりと得意そうな笑顔を浮かべているのを見て、裕輔は自分が罠にかかったのを自覚した。  
 
「放せ、この妖怪女!俺をどうする気だ!」  
「どうするもこうするも…初心なオボコじゃあるめーし、分かってるんだろうが?」  
 妙に時代がかった悪党っぽい言い回しで、へっへっへっとわざとらしく下品に笑う。  
 概ね、こういう台詞が出てくる展開と言えば一つしかない。  
 これがテレビの時代劇ならば、引退した癖に権力を振りかざす老人一行様や本来の仕事放り出して街中で暴れる将軍やらが割って入り、いい所なんだから余計な事すんなと視聴者の不評を買うのだが、今は余計な邪魔者はいない。  
 悪代官ならぬ妖怪こたつむりの思うままに全ては進みそうである。  
 言われた方はと見れば、茹ダコさながらに顔を真っ赤に染めて押し黙っていた。  
 いきなりの変わり様にぽかんと見つめる達子の視線を避けるように、裕輔は不貞腐れた態度でぷいと顔を逸らした。  
 達子は裕輔の予想外の反応に驚き、驚きながらも原因に思い至り、それを口にする。  
「えーっと、あれ?もしかして……初めて、だったりする…の?」  
「悪いかよ…俺は魔法使い目指してんだよ、ちくしょう」  
 口にするにはデリカシーに欠ける推測。  
 男性、それも全てを達観するには未だ至らぬ年齢の男にとっては割りと致命傷に近い言葉が刺さる。  
 妖怪でも一応は女性の口から、ずばりと核心を突かれると泣きたくなるほど胸が痛い。  
 古くから言霊には力があると言うが、それを実感する。  
 苦し紛れの誤魔化しも、胸に刺さる言葉の矢の傷みを消してはくれない。  
「大体、なんでこんな事すんだよっ」  
 先ほど、彼女が見せた妖力。あれがあれば食うには困らない筈である。食生活が偏りそうではあるけれど。  
「だって外は寒いんだもん。だから、春まで置いてくれない?」  
 この通り、と両手を合わせて拝むようにして頼み込む達子。  
「嫌だ」  
 純粋な拒絶。  
 達子の言動からすると、彼女は自らのカラダを餌に家から家へと流れる生活を送っていた事になる。  
 意外に潔癖症の裕輔としては、それは許せなかった。  
 彼の表情から察したのだろう。穏やかな笑みを浮かべた達子が静かに語りかける。  
「妖怪が訳も無く来ると思う?なんて言うか、匂いって言えばいいのかな。妖怪を惹きつける人っているのよ。誰でもいいって訳じゃないの。ユー君だから来たんだよ」  
 生まれて初めて囁かれる類の言葉が、裕輔の理性を根本からグラグラにしてくれる。  
「…放せーだいぶクラッと来たけどやっぱり嫌だー初めてが妖怪なんて嫌だー」  
 崖っぷちに踏みとどまって、耐えた。  
「何て言われようが嫌だー妖怪に人権はねー」  
 勢いに任せて訳の分からない余計な事まで言ってしまう。  
「そこまで言われちゃしょうがないわね。力づくで『うん』って言わせてあげる」  
 それが引き金になったのか。  
 じたばたと暴れる裕輔の対面で、いつの間にか、達子の眼が妖しい光を放っていた。  
 
 その人ならざる眼光に魅入られたのか、裕輔の体は氷のように固まった。  
 硬直する彼の前で、達子の体がしゅるっとコタツの中へと引っ込んだ。  
 と思った次の瞬間、裕輔を捕らえて放さないコタツ布団、その腹を締める部分が弛み、僅かな隙間を押し広げながら達子が飛び出してきた。  
 裕輔は男性としては小柄な方、むしろチビと言ってもいい。小中高と学校の体育の時間では、常に前から数番目が彼の定位置だった。  
 女性相手とは言え、いきなり軽くボディプレスされて持ちこたえられる筈もなく、そのまま押し倒された。  
 今、裕輔と達子の目線はほとんど同じ位置にある。  
 こうして圧し掛かられてしまうと、自分が女性と同じ背丈だと言う事を嫌でも思い知らされ、コンプレックスがちくちくと刺激される。  
 顔に息がかかる。鼓動と体温が感じられる。服越しに柔らかい塊が二つ、押し付けられているのが嫌でも分かる。  
 レッドゾーン目指して胸の回転数が一気に上がっていく。原因は様々であるが、顔の内側に火でも点いたかのように、頬が熱くなっていくのが自分でも分かった。  
 それを見られるのが嫌で、達子の顔を見られなくって、顔を逸らした。  
 そんな初々しい裕輔のおとがいに白い手がかかり、そっと優しく、だが否応無しに真正面を向かせる。  
 視界一杯を達子が占める。  
 彼女の綺麗な眼。その黒目は猫のようにきゅうっと細められ、爛々と輝いていた。  
 絶対に人ではありえない。先ほども見せ付けられたが、彼女の瞳はその事実を改めて裕輔に突きつけていた。  
 パチンと達子が指を鳴らす。  
「う、うわっ…?!」  
 途端、がくっと足が落ちる感覚が裕輔を襲う。ありえない事だが、コタツの中だけ床面が消え失せたのだ。  
 落ちる、と思ったがそれもほんの束の間。消失した床に変わって、何か暖かく柔らかい物がコタツの中を満たし、裕輔の下半身を包み込むようにして支えていた。  
 それは生暖かく、さらには蠢いていた。  
 ただでさえ人知を超えた状況に加えて、何がどうなっているのか全く見ることが出来ない言う恐怖。  
 服を着ているのもあって、ナニカに包まれた足から伝わって来る情報は酷く少ない。知覚を制限されるのがこれほどの恐怖を招く事を裕輔は思い知った。  
「うわ!うわ!うわ…ん、んんぅっ?!」  
 うろたえる声しか出てこない裕輔を、達子は自分の唇で塞ぐ事で黙らせた。  
 ごく軽く、お互いの唇の表面が触れ合う程度の口付け。だが一度きりではない。ちゅ、ちゅと音を立てて何度も何度も。  
 裕輔の唇を軽く咥えては甘く噛んだりするバードキスを達子は繰り返した。  
「ユー君、可愛い」  
 達子の眼下では、突然のキス責めにすっかり目潤ませた裕輔が荒い息を吐いていた。  
 不安と混乱と興奮の入り交じった表情のまま、達子の奇襲攻撃にすっかり大人しくなっていた。その姿は、十分に彼女の保護欲と嗜虐心をかきたてるものだった。  
 くすくすと微笑みながら、達子は再び裕輔を求めた。  
 今度はより深く、さらに濃く。  
「ふぅ…ん、は……んっんっ…」  
 達子の温かくぬねった舌が、放心したように半ば開いた裕輔の唇と歯をこじあけて侵入する。  
 口内へと入り込んだ舌はまるでそれ自身に意思があるかのように蠢き、裕輔の口腔を犯し、蹂躙していく。  
 歯の裏側を丹念になぞったり、舌を絡めとっては強く吸いあげる。  
 その度に裕輔の鼻息は一段と荒くなる。それがさらに聞きたくって、達子の舌が一層激しく蠢く。  
 ぴちゃぴちゃと唾液を交わす音、男女の荒い呼吸音。  
 
「ん、んんんぅぅっ?!」  
 キスの快感にトロンと呆けかけていた裕輔の眼が見開かれた。  
 何かが自分のズボンを脱がしにかかっている。  
 達子の手ではない。現に彼女の手は今も自分の肩に置かれている。  
 身を捩って抵抗するが上半身は達子に、下半身はコタツの中にいるナニカに押さえられている。そうこうしている内に手際よくベルトは外されてしまった。  
 何が起きているのか問いただしたくても、絶妙のディープキスで文字通り、口を封じられている。  
「ふ、んぅっーーー!」  
 ベルトが外れれば後はすぐだった。手際よくズボンに靴下と取り去られ、最後に残ったトランクスもあっさりと脱がされた。  
 いかなる手段によってか、全ての衣服を剥ぎ取られた裕輔の下半身。  
 その素肌に、粘液に塗れた柔らかい物体、おそらくはゴムチューブのような管状の物体が触れる。  
 それは一本ではなかった。数はまさに無数。それらが絡みつくようにして裕輔の下半身を支えていた。  
 気色悪さに上げようとした悲鳴さえも、達子のよく動き回る舌に絡め取られた。  
「んっ…んっ…は、ぁっ…ユー君、キス上手だね」  
「ぷはっ、ひ…ひあっ、うわっ、な、なに!なんだ、これっ」  
 褒められたって礼を返すような余裕など、今の裕輔にはなかった。  
 何から何まで初めての感覚に、ただただ、戸惑いの声を上げるのみ。  
「ねぇ、ユー君。この中がどうなってるか見たいでしょ」  
 その問いにどう答えたものか。  
 見たくはある。見てどうなっているのか確かめたい。が、見てしまえば今以上に恐ろしい物を目にする予感もする。  
 逡巡する裕輔の答えなど待たずに、達子はコタツ布団に手をかけてちょいと捲り上げてみせた。  
「ひっ…!」  
 裕輔の顔が明確な恐怖と、見なければ良かったと言う後悔に歪んだ。  
 裕輔の常識ではこの世の中に偏在するオカルトなど作り物に過ぎない。ありえる筈が無い。こんな非常識な事が、あっていい訳が無い。  
 うねり、のたうつピンクの世界。  
 うぞうぞと蠢いているのは、触手。そう形容するしかない物体でコタツ布団の中はみっしりと埋め尽くされていた。  
 似たような生物を探せばイソギンチャクが適当だろうか。  
 海中で潮の流れに合わせて揺らめき、近づいてきた運の悪い魚を絡め捕らえる触手を持つ生物。今、その触手はコタツの中に満ちていて、その運の悪い魚は裕輔の足だ。  
 捕らえられれば、逃げる事なぞ不可能。  
 
 その触手の群れの中から達子の上半身、腰から上が生えていた。下半身との継ぎ目は波打つ触手に覆われて見えない。否、このコタツの中と触手全てが彼女の下半身と言えた。  
 脅える裕輔の恐怖を和らげようと言うのか、触手達は宥めるように肌の上をぬるぬると這い回る。そこには悪意は感じられなかった。イソギンチャクが絡めとった魚を餌にするように、取って喰おうとする雰囲気は無い。  
 触手の太さは様々だった。糸のように細い物から腕ほどもありそうな物まで、まさに千差万別。  
 幾本もの触手が足全体に絡み付き、太腿から踝までを優しく撫でるように這い回る。その度に裕輔の肌の上に蛞蝓が這ったような粘液の跡が残され、それもすぐに他の粘液に上書きされる。ウドン程度の直径の触手が足指の間に入り込み、くすぐる。  
 ぞわぞわと身体の奥を爪弾かれるような、くすぐったさと似て非なる感触。  
 裕輔も認めざるを得なかった。  
 気色悪さと同居するのは、明らかな快感。触手がしている行為は愛撫だと。  
「く、あ…ふぅっ…うっ」  
 ぬちゃりぬちゃりと言う粘液質の水っぽい音の伴奏に併せて歌うのは、裕輔の上擦った声。  
 悲鳴は次第に嬌声へとシフトする。  
 
 心の何処かが微かに期待してしまった。  
 あの触手で己の肉棒を触られたらどれほどの快感になるのだろうか、と。  
 
「あはは。ユー君の、元気になってるよ。カラダは正直だよねぇ」  
 内腿をゆっくりと焦らすようにして、触手達が二本の脚の中心目指して這い登ってくる。  
「ね、あたしをユー君の部屋に置いてくれる?」  
「……嫌だ」  
「あらら。頑張るわね。じゃ、あたしも『うん』って言って貰えるように頑張ろうっと」  
 裕輔は頑として拒む。  
 確かにここで彼女の言い分を認めれば、この気味の悪い空間から解放されるかもしれない。  
 だがそれは、彼女に屈する事になる。裕輔も男である。前言を翻したくは無かったし、少々手段が変わっているとは言え、力尽くで誰かの言いなりになどなる気はなかった。  
「強情なユー君にはこーんな事しちゃうもんねぇ…」  
 達子には手に取るように分かっていた。裕輔の言葉は明らかな強がりだ。  
 それが、ぐすぐすと涙に塗れて哀願する様へと変わる所を夢想すると、達子の中がじわりと昂ぶってくる。  
 達子はサディストではない。他人を痛ぶり、他人の恐怖を精神的、肉体的な快感とする人種ではない。彼女の場合、少しばかり母性的な保護欲が旺盛なだけだ。  
 強がる男を赤子のように変え、自分の身体全てで包み込み、自分に甘えさせるのが好きなのだ。そして裕輔は、達子にとっての『可愛い』ツボを突きまくる存在だった。  
 が、とりあえず今日はそっちはグッと抑えて我慢の子。この強情っぱりに、どうにかして首を縦に振らせるのが先決だ。自分の部屋を勝ち取る為に。  
 
 自分の胸の存在を殊更に強調するように押し付けて、裕輔へとしな垂れかかる。ここまでされているのにまだ照れる余地があるのか、真っ赤になった裕輔の耳たぶをはむっと口に含んだ。  
「はぅっ…!」  
 その声をもっと聞きたくって、ふうふうと吐息を吹き込んでやると、裕輔は面白いように身を捩らせた。  
 その反応が達子の体と心にピンク色の熱を孕ませる。  
 達子が耳を弄ぶのと同時に彼女の下半身、裕輔の内腿をマッサージするように這い回るのみで進撃を止めていた触手達が、遂に最後の砦目指して蠢き始めた。  
 今まで放置されており刺激を求めて切なげに身を震わせている肉棒に、つぃっと触手が触れた。目指すのは、高くそびえる肉塔の先端。  
 触手の覆う領域は内股から陰嚢へと侵食し、螺旋を描くようにして這い登る。  
 とろとろと零れていた先走りも、あっという間に触手の粘液と区別がつかなくなった。  
 裕輔の脳を占めるのは、けっして一人では味わう事の出来ない目も眩むような快感。  
 もう彼の口からは理性のある言葉は紡がれていない。その様子を、頬を紅潮させ熱く浅い息を吐く達子が愉しそうに眺めていた。  
 じわじわと領域を広げていた触手は遂に全てを占領し終えた。股間で滾る肉棒全体にぴったりと、元の姿が見えないほど一分の隙間も無く張り付いている。  
 それもただ張り付くだけではない。いやらしくぬめる自身の粘液をお裾分けだと言わんばかりに肉棒の表面に擦りつける。柘榴のように真っ赤に熟れた亀頭に巻き付いて、舌で舐めるようにしゅるしゅると撫でる。パンパンに張った玉袋もあくまでも甘く優しく揉まれていた。  
 しかもその全てが、一気に裕輔が絶頂へ達することのない程度の強さで協調して行われていた。  
 自由になる二つの手の他に大量の触手を持つ達子ならではの技。  
 何枚もの舌に舐めしゃぶられ、幾本もの指に愛撫されているかのように。  
 肉棒にある性感帯全てが掘り起こされ、同時に責められる。  
 腰の裏から背筋を伝わり延髄を直撃する恐ろしいまでの快感だった。自分の右手以外でシた事のない裕輔にとって十分に致命傷に成り得るほどの。  
「くっ!は、あぁぁっ!イ、イくっ!」  
「え…?!」  
 耐える間もあればこそ、一瞬で達してしまう。  
「……はや」  
 そんな裕輔を見下ろし、ぼそりと一言。  
 達子の発した氷のように冷たい、ただその一言が裕輔の心を脆くも突き崩す。  
 じわりと視界がにじむ。  
 情けなさと悔しさと不甲斐なさがぐちゃぐちゃに混ざり合う。   
 理性と自制心で堰きとめていた物が眼から溢れそうだった。  
 そうして泣きそうになっている自分が更に情けなくなって、頭の中がグチャグチャ具合を増していく。  
「…ふふっ、ユー君ってば可愛い。嘘だよ、早くないよ。あたしの触手に耐えられる人なんていないし」  
 今にも目尻から零れ落ちそうな涙が舌で舐め取られる。  
 赤子をあやすような手付きで裕輔の頭を撫でながら、達子は淫靡に微笑んだ。  
「一回出したから、次はあたしも楽しめるかな?」  
 
 いつの間に脱いだのか、達子は素肌を晒していた。  
 彼女の地味なトレーナーと薄いブルーのブラは絡まりあい一つの塊のようになって、脇に放り投げられている。  
 傷一つ、染み一つ無い肌。普段ならば健康的に白いのだろうが、今は肉欲に上気し、しっとりと薄桃に色づいていた。  
「ほら、ユー君も触って…」  
 そっと裕輔の手を取り、己の胸へと誘導する。  
 達子の乳房は大き過ぎず小さ過ぎず、軽く丸めた掌にすっぽりと収まる程度の大きさだった。サイズこそそれなりだが、汗ばんだ肌は瑞々しく、はちきれそうな弾力に溢れている。  
 触れれば絶妙の手触りと弾力を掌に返す。裕輔が物心ついてからこっち、一度も触った事の無い柔らかさ。裕輔の理性は一気に氷解した。  
「んぅ…ぁ…っ、ふふっ、ユー君ってば赤ちゃんみたい」  
 裕輔の耳にその言葉は届かなかった。彼は一心にその柔らかさを求めていた。  
 手が達子の胸を揉むたびに、彼女は鼻にかかった甘い吐息を漏らす。それが裕輔をさらに駆り立てる。  
 揉みやすいオッパイの先端に咲くのは朱鷺色の乳首。そこは先ほどまでの裕輔の痴態に興奮してか、愛撫を受けるまでも無くすっかり硬くなっていた。  
「ふう…んっ…ねぇ、触るだけじゃなくって、吸ってもいいんだよ?」  
 そういう言葉だけは耳に入るのか。達子の誘導に従って、裕輔はツンと突き出した先端を口に含んだ。  
 初めはおずおずと。が、それも直ぐにむしゃぶりつくような勢いに変わった。  
「あ、んっ…!あんっ、は、いい…、オッパイいぃのぉ…ユー君、ね、ユー君、もっとぉ」  
 言われずとも、裕輔は赤ん坊のようにちゅうちゅうと乳房を吸い、芯に硬さのある乳首の感触を楽しむように舌先で弾く。  
 口の端からぼたぼたと涎が零れ落ちて、床に染みを作ってしまう事など針の先ほども気にせず、達子を求めた。  
 発情しきった達子の口の端から一筋の涎が伝う。  
 当然ながら、裕輔は初めてなので技巧的に拙い。勢いのある愛撫も、あまりテクニックと呼べるほどの物ではない。  
 だが、求められていると言う事実が達子を昂ぶらせる。  
 本能の虜となった裕輔の頭を抱き締める。  
 すっかり元気を取り戻した肉棒を触手で愛撫し返してやる。  
 達子の方も欲しくて堪らなかった。裕輔を一方的に責めてはいたが、その実、彼女は彼女で精神的な快楽を貪っていた。その間、身体の方に直接的な刺激は一切なかったのだから焦らされ続けていたようなものだ。  
 潤んだ眼差しで裕輔を見つめ、んっと力むようにうめいた。  
「ね、ユー君…来て…」  
 蕩けた口調で達子がねだりながら、二人の腰にかかるコタツ布団を大きく捲り上げた。  
 先ほどまでは達子の腰から下は触手に隠れていたが、今は膝から上が姿を現していた。  
 食っちゃ寝妖怪の癖に見事なまでの腰の括れ。すらりとしながらも肉感的な太腿。そして美脚の間にあるのは…。  
 それを見た途端、裕輔が弾けた。  
 
「ぐ、おぉぉぉぉっ!」  
 今まで戒められていた分の自由を謳歌するように、露わになった達子の腰を掴み、狙いを定めるのもそこそこに一気に腰を突き上げた。  
 産まれるのは、高低二つの喘ぎ声と、じゅぷっという一際大きい湿った音。  
 触手による微妙な誘導もあって、熱い肉棒はしとどに濡れた蜜壺に正確に叩き込まれた。  
「ひゃっ!あぁん!あ…ふぅ、は…ぁぁ〜…全部入った、よぉ。ユー君のおっきいね〜…ユー君の初めて貰っちゃったよ。卒業おめでとう」  
 裕輔の応えは無かった。  
 応えられなかった。彼は目を見開き、初めての快感に酔いしれていた。  
 一回射精していなければ、挿れた瞬間に達していただろう。  
 達子の膣内は狭くて暖かくて絡みついてきて、右手とはまるで比べ物にならない。比べるのが馬鹿らしくなるほどの気持ち良さ。  
「ねぇ、動いて…」  
 言われるまでも無い。裕輔は猛烈なピストンを開始した。  
「ひゃうっ!ユー、君、いきなり、はぁっ…んっ!はげし…!」  
 求めに応じて腰を動かす。そこにはテクニックも何も無かった。  
 達子の中は素晴らしく心地良かった。狭いようでいて柔軟に肉棒を包み込む。  
 まさに彼女のコタツと同じ。亀頭に、竿にと絡みつく粘膜を味わいたくっていつまでも中に挿れていたくなる。一度差し入れれば温かく男を絡め取る。  
 欲しい。この快楽が、達子がもっと欲しい。  
 裕輔はただひたすらに達子を貪った。野獣のように息を荒げ、乱暴に腰を動かす。  
 がむしゃらに動く彼を、達子は歓喜をもって迎えた。裕輔が引けば達子も腰を浮かせ、裕輔が突けば達子もお尻を落す。  
 濡れた物同士を打ち合わせるリズミカルな音が響く。  
「あっ、はぁっ!ひぃ…ん!すご…ぃ、ユー君のすご、いのぉ…!んぅっ…もっとぉ…!」  
 初めての裕輔と、焦らされきった達子。  
 一突きする毎に頂きがどんどんと近づく。お互いに限界が訪れるのは早かった。  
 グイッと勢い良く突き込まれた肉棒が、達子の膣の最奥を抉った。  
「あ、あぁっ、や、いぃ、の…イっちゃ、うぅん!はっ、あぁっ…あぁぁーーっ!」  
 ぐっと達子の身体が反る。白く細い喉を曝して、甲高い叫びを上げる。  
 きゅうっと肉筒全体が収縮し、中で暴れる裕輔自身を締め上げた。  
 強烈な締め付けに一溜まりも無く、彼も爆ぜた。  
 白濁液が達子のナカ一杯にぶち蒔けられる。陰裂を満たす熱さが、彼女をさらに一段上の頂きへと放り上げる。  
 最後の一滴まで注ぎ込もうと裕輔が、最後の一滴まで搾り取ろうと達子が、震える。  
 絶頂に戦慄く二つの身体。  
 
 未だに点きっぱなしのテレビからは、場違いな明るい音声が漏れ続けていた。  
 
 
 うたた寝するような余韻から、先に覚めたのは裕輔だった。水底から浮き上がるようにゆっくりと意識がクリアになる。  
 離れなければ。  
 このコタツは達子そのものだ。コタツに入り続ける事は、彼女に主導権を取られ続ける事を意味する。  
 出した直後で欲望から醒め、冷静さを取り戻したこの一瞬。今を逃しては再び達子に啼かされ続けてしまうと言う、確信にも似た予感があった。  
 捲れあがっていた布団は再び二人を被っていたが、達子がイった事で弛緩したのか、彼の腰を締め付ける布団の戒めは緩んでいた。  
 裕輔は覚悟を決めた。  
 力を篭めて体を捻る。ぐるんと世界が反転する。  
 仰向けからうつ伏せへ。  
 体の上で脱力していた達子が、べちゃっと床に落ちて変な声を上げたが気にしない。  
 ぐ、と肘を床に立てる。前方を見据える。  
 匍匐前進。ゴーアヘッド、フルスラスト。  
 
 あっさりと捕まった。  
 膝までコタツ布団の外に出た所で、自由に指先がかかった所で、足首に追っ手がしゅるりと絡みつく。  
 細くて弾力に富んでいる癖に強靭な触手は、一度捕らえれば脱走者を逃がさなかった。  
「いやだぁーーー!」  
 カーペットに指で十条の溝を刻みつつ、裕輔の体がこたつむり目掛けて後退していく。  
 裕輔の覚悟と決心は、敢え無く一瞬で無にされた。  
 
「あ〜、逃げ出そうとするなんてひどーい。こんなに可愛い初エッチの相手から逃げようとするなんて酷いなー傷つくなー」  
 なんとかして逃げようと、空回りし続ける匍匐前進中の裕輔を見て、達子はぷぅっと頬を膨らませて抗議する。一見ふざけているような仕草だ。  
 が、目は全然笑っていない。  
「あぁ、あたしのガラスのように繊細なハートはびしびしにブロークンですよ?」  
 ガラスはガラスでも拳銃弾では傷もつかないような防弾ガラスの間違いだろうが。  
 それを言葉に出している余裕は裕輔には無かった。  
 一刻も早く、一歩でも遠く、このふざけた存在から離れなければ。   
 何をされるか分からない。  
「やっぱり、こういう場合は」  
 達子が愉しそうに、にやりと口元を歪ませる。  
 その笑顔に不穏なものを感じ、裕輔は何とかして体をコタツから抜こうと手と肘で床を掻く。  
「乙女心を傷付けた不届き者にはお仕置きだよね」  
 手の動きがニトロでも焚いたかのように一気にスピードアップ。  
 クロールのように凄い速さでばたばたと回転させるが、全ては無駄だった。  
 
「どういうお仕置きにしようかな〜」  
 腕組みして首を捻っている。  
 お仕置き宣言はしたものの、どうすればいいのか悩んでいるようだ。それとも、悩むほど彼女のお仕置きレパートリーは広いのか。  
 と、何かを思いついたようだ。  
 何を思いついたのか分からないが、裕輔はそれが自分にとって悪夢以外の何物でもないのだけは分かった。  
 そうでなければ、あんなに良い感じに嗜虐に染まった笑みを浮かべている理由がない。  
「前の方の初めてを貰ったから、ついでに後ろの方も貰っちゃう事にけってーい」  
 裕輔は血の気の下がる音と言うのを、生まれて初めて聞いた気がした。  
 何とかしなければと、恐怖に支配されかけている脳がフルパワーで打開策を模索する。  
 今そこにある貞操の危機。  
 とは言っても、混乱し切った脳の考える事などたかが知れている訳で。  
「いや、俺って実はウホッ!な人な訳で。は、初めてじゃないんだよね」  
 どう聞いたって、苦し紛れの嘘だ。  
 だが、何も考えていない言動は時として状況をさらに悪化させる。  
「ふーん、そうなんだ。それなら開発されてる筈から、たくさん突っ込んであげられる。良かったね、ユー君。お尻の穴、触手でたっぷり可愛がってもらえるよ」  
 こんな具合に。  
「嘘ですごめんなさいノーマルです初めてです」  
「はい、良く出来ました」  
 まるで幼稚園の先生がお遊戯の上手い子を褒めるかのような口調。  
 しかし、  
「でも嘘吐きにはお仕置きー。罰としてユー君の後ろの初めてを頂いちゃいまーす」  
 結局、待っていたのは同じ結末。  
「いやーーーー!」  
 
 不意に裕輔の背中に重みがかかる。達子が上半身をしな垂れかからせてきたのだ。  
 肩甲骨の下辺りに押し付けられる素晴らしく柔らかくって暖かい丸い物体が二つ。その先端は達子の興奮を示すように尖りきり、裕輔の背中にコリコリとした感触を伝える。  
 彼女がくすくすと楽しそうに笑う度、暖かく緩やかな風が耳にかかり心地良い。  
 それだけで若い体は反応し、さっき出したばかりだと言うのに股間の主砲は見る見るうちに力を漲らせ、次弾発射準備に入っていた。  
「ねぇ、ユー君さ。今、自分がどんな格好してるか、分かってる?」  
 背中で潰れるおっぱいの感触に浸っていられたのも、それまで。  
 強制的に与えられる余裕。その無理やり与えられた冷静さの欠片が、裕輔に改めて自分の格好を思い返させる。  
 うつ伏せで胸を床に着け、腰を高く上げて突き出した格好。  
 服従のポーズ。  
 はしたなく尻を突き出し、己の秘すべき部分を主に捧げんとするポーズ。  
 十八歳未満お断りなゲームや夜のオカズとして妄想の中で女にさせこそすれど、自分でしたいとは少しも思わなかった姿。  
 逃げようにも、相変わらず腰はがっちりとコタツ布団に固定されてしまっている。  
「うふふ、いい格好」  
 背中で感じる達子の乳房はマシュマロのように柔らかく、耳に吹きかけられる吐息は熱い。  
 実に正直な裕輔の息子はその刺激に反応し、じんじんと熱を帯びている。だと言うのに、頭の中は真冬のように底冷えしていた。  
 それは達子の愉しそうな声に、嗜虐の色が多分に含まれていたからか。  
 コタツの中から抜け出そうと、こたつむりの戒めを振り払おうと必死になって裕輔はもがいたが全ては無駄な努力だった。  
「ユー君ってばそんなお尻振っちゃって〜。おねだりが上手だね」  
 一見普通に見えて意外に膂力のある腕が、がっちりと裕輔の肩を押さえつけ組み伏せる。  
 耳朶をたっぷりと唾液を乗せた舌で舐められ、はむはむと甘噛みされると、思考には霞みがかかり体から力が抜けてしまう。  
 僅かに残っていた抵抗が消えたのを見計らって、裕輔の左右それぞれの尻たぶに太い触手が絡みついた。  
「や、やめろっ!やめて、やめて下さいお願いしますっ」  
「それじゃあ、ご期待に答えさせていただきまーす」  
 達子は耳を貸さない。いや、聞こえない振りをして裕輔の懇願を引き出し、それを楽しんでいる。それは、絶頂直後でいい気分だった所を顔面から床に落された報復なのか。  
 尻にへばり付いた触手達が、ぐいっと尻たぶを左右に割り広げる。  
 その中心に別の触手が差し伸べられ、触手の先端が窄まりにちょんと突き立った。  
「ひぃ、ゃ…ぅっ」  
 まだ浅い。ほんの数ミリ。  
 突き立った触手はすぐに引き抜かれ、窄まりの周囲に放射状に刻まれた皺を舐めるように粘液を塗りつけて去っていく。そして再び窄まりの中心へと戻る。  
「あぅっ…も、やめ…ろぉ…はぅ、ふ…んっ」  
 浅く刺しては舐めあげる。延々とその繰り返し。  
 その度に、後頭部の中を虫が這い回るような感覚が裕輔を襲う。  
 
 初めて味わうおぞましい感触。  
 おぞましく、気色悪く、そして同時になんと素晴らしい快感。  
 止めてと哀願する声三割、もっとと望む嬌声七割。  
「下拵えはこんな感じかな?ユー君、力抜いててね」  
「えっ?!ちょ、まっ…やっ、やめて止めてやめて止めて!」  
 彼女のアドバイスとは反対に裕輔は力を篭めて入り口を狭め、何とか侵入を阻もうと抵抗をする。  
 それも柔らかく弾力に富んだ触手相手では全くの無意味。  
 つぷ。  
 そいつは無遠慮に侵入口を押し広げ、ゆっくりと裕輔の腸内へとその身を潜り込ませていく。  
「やぁ、め…てぇぇ……」  
 本来ならば出すだけの器官に物が入ってくる、恐ろしいまでの違和感。  
 粘液に塗れた触手はデリケートな部分に傷つける事無く、その身を奥へ奥へと進ませる。  
「どう、ユー君?ロストバージンの感想は?気持ちいい?」  
「…気持ち良く、なんか…ふぁっ!…ない」  
「ふーん、そうなんだ。でも嘘はよくないな〜」  
 ごく細い触手が一本、肉棒の先端へと伸ばされる。男の急所の中でも、とりわけ敏感な亀裂をちょろりと一舐め。  
「ひぃっ!」  
 そこは既に痛いまでにぎんぎんに勃起し、先端を舐めた触手には触手が分泌するのとは違う種類の粘液がたっぷりとこびり付いていた。  
 前に負けじと後ろの方も責めを止めない。腹を遡っている肉のチューブは、とうとう彼の直腸奥にある胡桃大の瘤を探り当てた。  
 触手はゆっくりと、隠された男の性感スイッチを弄り始めた。こりこりとした肉瘤の表面を優しく優しく奥から手前へと撫でる。  
 一撫でされる毎に、裕輔には宙へ浮き上がるような快感が流れ込んでくる。  
 肉棒を責められた時のように焼け付くような激しい快感ではない。炭火にも似た、心を包んでくれる穏やかな快感。  
 それは肛門を弄られる事のおぞましさと屈辱を押し流して余りあるものだった。  
「初めてなのにこんなに感じちゃうなんて…ユー君のエッチ」  
「あ…っ!は…ぁ……!か……っ!!……っっ!」  
 アナルに突き立った触手がぐりっぐりっと身を捩る。  
 かはっと裕輔の肺から空気が絞り出された。それは悲鳴なのか喘ぎ声だったのか。  
 裕輔の目尻には涙が浮かび、ぱくぱくと金魚のように開閉されている口からは涎が滴り落ちる。  
「あらら、もうダメっぽいかな。ほら、いいよ。イっちゃえ、ユー君」  
 後ろの触手はジュルンと大きく突きこんで暴れ、前の方にも触手が殺到した。  
 裕輔の絶頂の悲鳴は、既に声にすらなっていなかった。  
 背骨が折れそうなほど反り返らせて、虚空に向かって無音の遠吠え。  
 肉棒は壊れた蛇口のようにドクドクと精を吐き出す。  
 その勢いも次第に弱くなり、やがて終わった。  
 放出のタイミングにあわせてビクンビクンと震えていた体から力が失せ、裕輔はくたりと床に崩れ落ちた。  
 
 
 それからは裕輔にとって天国のような地獄だった。  
 魂まで吐き出すような射精から回復した後も、達子は裕輔を放してくれなかった。  
 何度も何度もイかされた。  
 騎上位で跨られて激しい腰使いで搾り取られた。座位で抱き締められてキスされながらイかされた。四つん這いにされてあらゆる感じる箇所を同時に弄られて啼かされた。  
 もう無理勃たないと泣いて懇願する裕輔の肉棒を、無数の触手が元気にさせて、無理矢理に全力疾走の準備をさせた。  
 それでも反応が悪くなってくると、触手がお尻の奥にあるスイッチを甘くさわさわと擦って発射準備を整えさせた。  
 裕輔も頑張って達子をイかせもしたが、如何せん愛撫の手数が違うのでイかせた回数の優に倍以上はイかされた。  
 あれだけ交わっても全く衰えを見せない達子が、弱りきって息も絶え絶えといった状態の裕輔を見下ろしている。   
 そうして、もう何度目になるのか分からぬ事を、また問うた。  
「で、どう?気は変わった?あたしを置いてくれる?」  
「……もう、好きに、しやがれ」  
 精も根も尽き果て、陵辱されきった裕輔には弱々しくそう呟くのが精一杯だった。  
「やったぁ、ありがとう!あたし達って相性良さそうだよね〜。とりあえずは春までよろしくね、ユー君!」  
 望んだ答えに、ぱぁっと花が咲くように満面の笑顔を浮かべる。  
 嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ達子を見ながら、やっぱりコタツは魔物だなぁと考えて裕輔は意識を手放した。  
 

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