「それじゃ……行ってくる………」  
「ああ、気をつけてな」  
翌日――裕二は多少フラフラしながらバイトに出て行った。  
それにしても、たかだか5回くらいで、あんなになるかね……。  
ま、いいや。天気いいし、とりあえず洗濯でもするか。  
 
「ふ〜うっ。終わった終わった……っと。ほんじゃ、買い物でも行ってくるか」  
シーツをベランダに干し終え、軽く伸びをしながらつぶやきが漏れる。  
えっと……今日は玉ネギと玉子が特売……っと。  
などと今朝のチラシを手に取りながら、近所のスーパーへ向かった。  
 
「さって……今日はオムレツにでもするかね。………ん?」  
買い物を終えて帰宅する途中、公園の片隅で女の子がうずくまっている。  
何だか気になったワタシは、女の子の元に近寄ってみることにした。  
 
「何やってんだい、お嬢ちゃん?」  
「うわっ!? ………こ…このコに……お薬塗ってあげてるの……」  
声を掛けると、女の子はようやくワタシに気がついたようで、叫び声をあげた。  
くりくりっとした目が印象的な、おとなしそうな女の子で、おどおどしながらワタシの問いに答える。  
……こりゃ、悪いことしたかねえ。ふと見ると、女の子の側には鼬みたいな生き物  
――正式名称は知らないが、少し前にペットとして流行っていた生き物だ――が蹲っていた。  
「ああん………こりゃあ…もうダメだな……」  
鼬みたいな生き物は、腹部に深い傷を負っているようで、かなり血を流した痕がある。  
さらに流れた血が、毛皮にこびりついたまま乾き、ドス黒く変色していた。  
すでに息も絶え絶えで、見た目に助かりそうにないのは明らかだ。  
 
「何てこと言うの! 命は大事にしなきゃいけないんだよ!」  
「そうか…そりゃあ悪かった。でも何で、ここでこんなことしているんだい?  
家でゆっくり治してやれば、いいんじゃないか?」  
と、ワタシの言葉に女の子は目を剥いて、食って掛かってくる。  
あまりの剣幕にワタシは思わず詫びの言葉を述べ、女の子に質問した。  
「だって………おかあさんが、ペットを飼うって言ったら、絶対ダメだって言うんだもの」  
ワタシの質問に、女の子は顔を伏せながら答えた。……まあ、それは仕方ないやな。  
というか、情が移って飼ってやっても、すぐ死ぬんだろうから寂しい思いをするだけだろうし。  
「でもねでもね、このコすっごい頭いいんだよ。今日だって私が来るの、ちゃんと待ってたんだもん!」  
女の子はくちびるをとがらせながら、傷口に薬を染み込ませたガーゼを当て、  
包帯を巻きつけていった。ふと見ると、横には赤黒く変色した包帯が転がっていた。  
待っていた、というか、動けなかっただけじゃないのかあ? ……ん? ちょっと待てよ?  
「なあ、もしかして毎日包帯を変えているのか?」  
「うんそうだよ! だって、毎日綺麗にしないとバイキンが入っちゃうじゃない!」  
ポリポリと頭を掻きながらつぶやくワタシに、元気に答える。……おいおい……。  
「あのな……心配する気持ちは分からなくもないけど、  
そう毎日包帯を取り替えてたら、いつまで経っても傷は治らないと思うぞ」  
「………ええっ? そ……そうな…の?」  
「ああ。特にこんな深い傷の場合は、傷口を押さえつけたまま、しばらくそうっとしとくべきだ。  
毎日毎日ガーゼを剥がしてたら、せっかく塞がりかけた傷口をまた開かせてしまうことになっちまう」  
「そ……そうなんだ…。じゃ、もしかしたら私、余計なことをしちゃってたの?」  
「ん〜。でもま、コイツのこと思ってのことだし、そんなに気にするなよ。  
それより、体力をつけさせる為に、何かエサをあげたほうがいいと思うが……」  
眉を曇らせる女の子を尻目に、買い物袋の中身を漁る。あ、日○ハムのウイニーがあった。  
 
「……ええっと……これなら皮が無いし、柔らかいから丁度いいかな? ……ほれ」  
ワタシが口元にウイニーをぶらさげてやると、鼬もどきはゆっくりと口を開けてウイニーを咥えた。  
「あ、食べてる食べてる。……頑張って!」  
こぶしをぎゅっと握り締めて、女の子は応援している。  
その声援に応えるように、鼬もどきは少しずつ少しずつ、ウイニーを飲み込んでいった。  
「わーい、食べた食べたー!」  
やがて鼬もどきが、ウイニーを完全に飲み込んだのを確認して、  
女の子は拍手をしながらこちらを向いて、こぼれんばかりの笑みを浮かべる。  
柄にも無く、ワタシも釣られて笑みを返していた。  
 
「あ、もうこんな時間! 私、もうおうちに帰らなくちゃ!  
……ねえ、お姉ちゃん? お姉ちゃんも明日ここに来る?」  
「え? あ、ああ……どうせヒマだし………」  
気がつくと、すでにお昼を回っていた。………しまった、買い物袋の中身が心配だ。  
女の子は声をあげながら、立ち上がったかと思うと、ワタシを見て言った。  
「そっか。じゃ私、明日もここに、同じくらいの時間に来るから、また一緒に遊ぼう? ねっ!?」  
「んん? ………分かった、明日もここに来るよ」  
まっすぐにこちらを見つめる、女の子の目に押されるかのように、ワタシは返事をしていた。  
……この鼬もどき、多分大した長持ちしないだろうけど、  
この娘がそれで満足するんなら、付き合うのも悪くないか。  
それに、その事実を一人で受け止めるのは、年齢的にも辛いだろうしな……。  
 
 
「ただい……ま……」  
「あ〜! またやられた〜!」  
俺がバイトから帰ってくると、例によって貴代子はゲームに熱中している。  
ただ、昨日の出来事を思い出し、悪戯は自制した。昨日の今日であれじゃ、下手すれば死んでしまう。  
……やっぱ、貴代子って人間じゃなかったんだよな……。  
改めてそんなことを、ぼんやりと考えていたが……いい加減気づいてくれないと、ちょっと寂しい。  
「げ! 何だコイツ! カベすり抜けやがった〜!」  
えっと………このカベの配列は……9階か。まあ、初登場だしな。  
というか、宝物をロウソクしか手に入れてないじゃないか。ま、出し方を知らなきゃ仕方ないやな。  
多分ロウソクを手に入れたのも偶然だろうし。  
「ちくしょう〜! またゲームオーバーだ〜っ!!」  
「あ…あのう……」  
ゲームオーバーになったので、恐る恐る声を掛ける。……コントローラーを投げつけないで欲しいのだが。  
「ん? あ、ああお帰り。あと一回やったら夕食の支度すっから、もうちょっと待ってて!」  
指をピシリと突きつけて、再びゲームにかぶりつく貴代子。  
……ううん、俺も昔はハマったけどねえ。というか、何階で終わりだと思ってたんだ。  
「えっと……このゲーム、全部で60階まであるんだけど……?」  
「へ?」  
貴代子の動きがピタリと止まった。  
「………10階で終わりじゃないの?」  
「全然。ついでに言えば、各フロアに隠しアイテムがあるから、それをゲットしていかないと、  
絶対クリア出来ないよ。おまけにこれをクリアしても裏モードがあるし」  
「…………夕食の支度するから、ちょっと待ってて」  
ファミコンの電源を切り、のっそりと立ち上がって、エプロンをつける貴代子。  
………何だか目に見えて落ち込んでいるけど。ここで上下左右下上右左左……やめやめ。  
 
「なあ、裕二」  
「ん、何? このオムレツ、美味しいよ」  
「あ、ありがと……って、そうでなくてさ。数年前に、鼬みたいな生き物を飼うのがブームになったろ?  
あれって何て名前の生き物だったっけ?」  
「ああ…フェレットだろ? それがどうかした?」  
俺の返事に、貴代子は一瞬目を丸くさせ、顔をほころばせながらも、改めて問いかけてきた。  
しかし、何を言うかと思えば……最初に家に来た時は、○ュリアナファッションでやってくるわ、  
今どき初代のファミコンゲームに熱中するわ、ホント、時代遅れな感覚の持ち主だな……。  
「いや……ちょっと、な………」  
?? どうしたっていうんだ? 変なヤツだな。  
 
ピンポーン  
 
「ん? 夕食時に誰だ?」  
呼び鈴が鳴ったので、俺は玄関へ向かった。多分、回覧板かな?  
 
「は〜い」  
「すみませ〜ん、お届け物で〜す」  
玄関越しに声を掛けると、ドアの向こうから若い女性の声がする。  
……届け物? いったい誰から誰宛てだ? 実家から……ではないだろうな。連絡も無いし。  
「ああ、はいはい。ちょっと待ってくださいな」  
「えっと……中澤貴代子さんは、こちらで間違いないですよね?」  
多少訝しげに思いながらも、玄関を開ける。目の前には、ポニーテールのお姉さんが立っていた。  
はあ? 貴代子宛? まさか、鬼の棲家からとかからか?  
「あの………? 間違いだったですか?」  
「………あ、いえいえ。間違いないっす」  
黙り込む俺を見て、不安げに問い直す彼女に、俺は慌てて返事をした。  
「じゃ、こちらに受け取りのサインをお願いします」  
「ほいほい……っと」  
「どうも、毎度さまでした〜」  
一抹の不安を感じながらも、言われるままにサインをする。……宛て先は……書いてないし。  
 
「………ねえ、貴代子宛てに何か届いたんだけど、心当たりある?」  
「あ、届いたのか? いや〜待ってたんだ、どうもありがと」  
小包を抱え、部屋に戻りながら話しかけると、貴代子の顔がぱっと輝いた。  
「? 何だったのいったい?」  
「…………秘密だ。詮索するな」  
「う……わ、わかったよ」  
荷物の中身に非常に興味があったのだが、貴代子のひくーい声の前に、  
これ以上の追求は断念するしかなかった。いや、今はこんなだけど、鬼だけに怒ると本当に怖いし。  
 
「ねえ…ねえ、裕二………」  
「んん〜? 眠いんだよ、明日にしてよ〜」  
眠っていた俺は、貴代子に突然揺さぶられて目を覚ます。時計をちらりと見ると…午前1時。  
寝返りを打ちながら、俺は返事をした。さすがに今日は、エッチする気にはなれないぞ……。  
「そ、それがさ……どうしても、今じゃなきゃダメなんだよ……」  
「ど…どうしたんだよ、いった……ふあ〜あ………」  
ところが、貴代子は深刻そうな声でポツリとつぶやく。  
何となく不安になってきた俺は、欠伸を繰り返しながらも、ゆっくりと上半身を起こした。  
「あのさ……何も聞かずに、この本のとおりに胸揉んで欲しいんだ」  
「は、はあ!?」  
布団の上で正座していた貴代子は、俺に向かっておずおずと本を差し出しながら、つぶやいた。  
貴代子の言葉に、思わず俺は欠伸を飲み込みながら、叫び返していた。  
「こ、声が大きいよ、真夜中なんだから……でさ、頼むよ」  
くちびるに指を沿え、静かにするようなポーズを取りながら、俺に本を押しつける貴代子。  
「んあ? 何がどうなって………ああ?」  
本をペラペラと捲り、そのタイトルと内容に、思わずあきれ声が出てしまう。  
タイトルはずばり、『豊胸への道』 ………まったく、捻りも何も無い。が、呆れた理由はその内容だ。  
曰く、『女性の胸は夜に成長するから、夜中に揉むことでさらなる胸の成長を促すことになる』とか、  
『胸を揉む時は、自分で揉むよりも、身近な男に揉んでもらったほうがいい』とか書いてある。  
さらに、具体的な揉み方まで書いてあるが、絶対何か違うだろ、これ。  
……こんなふざけた本、いったいどこで手に入れ……あ、もしかして、さっきの届け物って……。  
「な、なあ、お願いだよ………」  
「ああ……わかったよ………」  
切実そうな貴代子の目を前にして、さすがに俺は断ることは出来なかった。  
それにしても、未だに胸にこだわっていたのか………。  
もしかして、ここに居座ってる理由って、このためだったのだろうか?  
 
「ん……っ…」  
背後に回って、手のひらで貴代子の胸をしっかりと掴み上げてみる。  
貴代子は体をピクンと震わせた。ううん、それにしても、やっぱり揉み応えの無い……。  
……隣の奥さんなら揉みがいあるだろうな……と口に出したら、多分2秒後に殺されるな、うん。  
「あは…あ……ああっ!」  
次に胸を掴んだまま、人差し指と中指で胸の頂を挟みこみ、ゆっくりと円を描くように手のひらを動かす。  
軽く体をよじらせる貴代子。……でもやっぱり、胸への反応は素早いねえ。  
ま、胸が大きくても、反応が鈍かったら本末転倒だからな。これはこれで十分魅力的だし……。  
「くう……うあ…はっ………」  
今度は一度手を離して、親指と人差し指で胸の頂を摘まみ上げ、引っ張った。  
………って、これのどこが豊胸と関係あるんだよ。  
「うあ! あ! あはあっ!」  
さらにそのまま残りの指で、胸を包んで何度も揉む。そう、まるで牛の乳絞りのように………  
……胸の出っ張りが無いんだから、そんな風に揉めるはずないだろ。  
せいぜい乳首を掴んだまま、根元周辺をマッサージする程度しか出来ないし。  
「は! ああっ! んはあっ!!」  
手を離して、貴代子の前で両手を交差させて、右手で左胸を、左手で右胸を揉む。  
……だからこれ、普通に揉むのとどう違って、いったい何の意味があるのよ。  
「あ…あ……ああっ……」  
胸の端に手のひらを沿え、そのまま中央へ寄せるように動かす。  
おお、やっと胸の運動らしいことが……しかも、少しだけ胸があるように見えるし……って、  
ここまで寄せてもあまり大きく見えないのが寂しい。  
「……ん…っ………っ…」  
中指の腹で胸の頂を擦るように、撫で回し続ける。  
硬く勃ちあがっている、乳首の当たる感触が指に心地いい……だから、俺が心地よくなってどうする。  
以上これを、毎晩深夜1時より決行すべし。…………深夜1時は何の意味があるんだ。  
 
「んあ! あっ! あぁっ………」  
すでに1セット半こなしているが……貴代子は、上半身を前のめりに崩しかけ、悶え続ける。  
気持ちは分かるが……ここまで大声出すと、隣近所に声が響きかねないのだが。  
「あ! あああっ!! あはっ! はあっ!! ああーーっ!!」  
で、結局胸の頂に刺激を送った途端、貴代子は嬌声をあげ、絶頂に達した。  
同時に貴代子の頭がガクンと落ち、支える腕が重くなる。……やれやれ、失神しちゃった。  
ゆっくりと貴代子の体をあおむけにして、布団に寝かせ……てっか、昨日の今日だけど、  
あそこまでしたら、さすがに我慢出来ないや。俺は気を失ったままの貴代子の胸に、舌を這わせた。  
一瞬、ピクンと動いたような気がしたが、意識は戻ってはいない。  
「んふ……ん…ふんっ……」  
鼻息も荒く、しばし舌と手で貴代子の胸を堪能していた。  
 
「……しょっ………と…」  
気を失ったままの、貴代子のパジャマの下をゆっくりと脱がす。  
今日はブルーの紐パン……っと。しかも既に、股間の部分は湿ってシミを作ってるし。  
などと毎度の下着チェックを果たしたのち、俺は結び目を片方だけ解いた。  
すでにしとどに濡れている、割れ目が姿を現す。……何だか、このままイタすのは心苦しいが、  
目が覚めるのを待っている余裕など、すでに俺には無い。  
両足を開かせ、痛いくらいに勃ちあがったモノを、貴代子の割れ目にあてがった。  
そのまま貴代子の腰に手を回し、モノを一気に貴代子の中へと潜り込ませた。  
全身に冷水を浴びせられたような錯覚と共に、快感が脳を駆け巡る。  
あまりの心地よさに上半身を仰け反らせつつも、腰は無意識のうちに動き始めていた。  
うう……やっぱ気持ちイイ……。  
ゆっくりと上半身を貴代子に覆い被らせ、目の前にある貴代子の乳首に吸いついた。  
いつもなら、喘ぎ声とともに身をよじらせる貴代子だが、今はさすがにリアクションはない。  
それはそれで寂しいと思いつつ、欲望に従うままに舌と腰を動かし続けていた。  
 
「うあ………あ……」  
昨日5回も果てたから、長持ちすると思われたが、さすがに限界が近づいてきた。  
俺は最後のスパートとばかりに顔をあげ、腰の動きを早める。く……う………。  
頭の中が真っ白になったかと思うと、俺は全身を震わせながら、絶頂に達した。  
その途端、一気に疲れが俺を襲い、貴代子の体を抱きしめるように覆いかぶさっていた。  
 
「はあ…はあ……はあ…はあ……」  
荒かった息がようやく収まってきた。あ……そういえば、貴代子の中に挿れっぱなしだったっけ。  
などと思いつつ腰を引き始めた途端、うっすらと目を開けた貴代子と、しっかり目があった。  
次の瞬間――  
「う、うわっ!?」  
貴代子は四肢を俺に絡ませ、身動きを取れなくさせた。この状況…ま、まずいかも……。  
「何をしているんだ? ここまでしろ、なんて本に書いてあったのか?」  
「あ、あの…その……」  
ゆーっくりと、低い声でつぶやく貴代子。舌がもつれて、声が声にならない。  
「昨日の今日だってのに、随分と張り切ってるな。それじゃ、2回戦といくとするか?」  
い、いやーっ! ……と叫ぼうとしたが、頭を胸に押しつけられ、声を出すことは出来なかった。  
「ん! イイ……イイようっ……」  
グリグリと揺さぶられる頭の片隅で、貴代子の嬌声がかすかに響く。  
………自業自得とは言え、今日は何回果たすことになるのだろうか……。  
 
 
 
あれから一週間、ワタシと女の子は毎日出会っていた。  
ワタシの予想に反し、フェレットは少しずつ元気を取り戻しているようだった。  
最初は息をするのも苦しそうだったのに、今では自力で動けるようにもなっている。  
もっとも、フェレット本来のすばしこい動きには、まだ程遠い状態ではあるのだが。  
 
「ほらね! こんなに元気になったでしょ!?」  
「ああそうだな。これも美沙ちゃんのおかげだろ」  
女の子――美沙ちゃんと名乗ってた――は、フェレットを抱えながら、得意満面な笑顔を見せる。  
ワタシは肩をすくめ、素直に頷いていた。……にしても、あれから回復するかねえ……。  
「わかったでしょ? 命は大切にしなきゃならないんだから!」  
「ん、そうだね。美沙ちゃんの言うとおりだよ」  
白い歯を見せ、にぱっと笑う美沙ちゃんを見て、ワタシも笑みがこぼれていた。  
 
「あ、あれ? どうしたんだ? まさか連れて帰るのかい?」  
「うん。思い切っておかあさんに、クーちゃんのこと相談してみたんだ!  
そしたら、私が最後まで大事に面倒見るんなら、飼ってもいいよって!」  
夕方、そろそろ帰ろうかというとき、美沙ちゃんはクーちゃんを抱えながら立ち上がった。  
クーちゃんってのは、『クー、クー』という鳴き声から名づけた、このフェレットの名前だ。  
「そうか、そりゃあよかったな。何でも聞いてみるもんだ」  
「うん! ねえ、貴代子お姉ちゃんもクーちゃんに会いたいでしょ?  
また明日も、いつもの時間にここに連れてくるからね!」  
「ああ分かった。また来るよ」  
ここまで面倒見がいいのなら、責任もってクーちゃんを最後まで飼い続けることだろう。  
そう思いながら、ワタシが美沙ちゃんに話しかけると、美沙ちゃんは上目遣いでワタシに問い掛けてくる。  
もちろん、断る理由なんて無いワタシは美沙ちゃんの頭を撫でながら返事をした。  
「うん、約束だよ! 絶対来てよ!? 嘘ついたら、閻魔様に舌抜かれちゃうんだから!」  
「分かった分かった、約束するよ。それじゃまた明日、いつもの時間にな」  
閻魔って……あのおっちゃんにかよ。  
ワタシは普段のおっちゃんの行動を思い出して、苦笑いを漏らしながら返事をして美沙ちゃんと別れた。  
 
 
次の日、ワタシはいつもと同じ時間に公園に行った。  
だがそこで、一時間くらいぼうっとしていたけど、美沙ちゃんとクーちゃんは現れなかった。  
たまたま用事があっただけで、明日は来るだろう。そう思っていた。  
ところがその次の日も、またその次の日も、美沙ちゃんたちは現れることはなかった――  
 
 
「ただい……あ、あれ?」  
バイトから帰ってきて、思わず声が漏れる。玄関のカギは開いてるが、部屋の中は真っ暗だからだ。  
……しょうがねえな。カギ掛けて外出してくれよ……泥棒が入ったらどうするよ。  
などと思いながら部屋の灯りをつけ、  
「う、うわっ!?」  
思わず叫び声をあげてしまう。部屋の中央には膝を抱えてじっと座り込む、貴代子がいたのだ。  
「ど……どうしたの?」  
「……………」  
おずおずと、貴代子に問い掛けてみるが反応が無かった。  
ゲームが上手く進まなくて沈んでいる、というわけでは、どう考えてもなさそうだが……。  
「ね、ねえ貴代子?」  
「あ…あ……」  
ポンと肩を叩くと、初めて俺に気づいたように、顔をあげた。虚ろなその目には……涙?  
鬼の目にも涙……って、んなこと言ってる場合じゃねえ。  
「ど、どうし………」  
「う、うわーーーっ!!」  
両肩を抱いて、問いただそうとした途端、貴代子は俺にすがりつき、泣き崩れた。  
俺は訳が分からず、ただ貴代子の背中に手を回し、支えることしか出来なかった――  
 
「ゴ…ゴメン……。じ、実は………こ、これ……」  
どれくらい時間が経っただろうか、ようやく落ち着いてきた貴代子は、今日の夕刊を示した。  
そこの1面には……  
 
――誘拐か? 山林で女の子惨殺される――  
 
今日昼過ぎ、浦山市の山中で同市に住む会社員、中村幸治さんの娘の美沙ちゃん(9)が、  
遺体で発見された。美沙ちゃんは3日前から自宅に戻らず、家族が警察に捜索依頼を出していた。  
犯人からのメッセージ等は無く、警察では悪戯目的の犯行と見て捜査を進めている。  
 
―――お知らせ・浦山新聞は美沙ちゃんの安全のため、報道を控えておりました―――  
 
……こ、これってまさか、いつも貴代子が会っていたっていう、女の子?  
ふと顔をあげる俺を見て、貴代子は無言で頷いた。俺が浮かべた疑問を肯定するかのように。  
「まさか…まさか……ワタシと別れてから、こんなことになっていたなんて……。  
昨日、何も知らずに公園で待っていた時には、もうすでに美沙ちゃんは……」  
そこまで言って、貴代子は声を詰まらせ、うなだれた。  
俺は掛ける言葉が見当たらず、ただ貴代子をそっと抱きしめることしか、出来なかった。  
「あのとき……あのとき、ワタシが家まで送っていってあげてたら、美沙ちゃんは…美沙ちゃんは……」  
『それは、貴代子が責任を感じることじゃない』、そう言おうとしたが、  
言ったところで、何の慰めにもならないのが分かっていたので、  
ただ無言で、震える貴代子の背中を擦り続けていた――  
 

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