ドーニャが病院を出ると時間通りに迎えが来ていた。黒い魔術師服に身を固めた若い男が軍用ジープのハンドルを握っていた。実際のところ彼女よりも一つ年下である。
「おかえり」
男は微かに愛想笑いを浮かべてそっけない口調で言った。魔術師カンパネッラ。本当の名前は知らないし出自さえも定かではなかった。そんな男が軍に籍を置くことを許されるのは魔術師という特殊な立場ゆえだ。
オーガノンを運用する上では極めて有効な存在であり、実際に彼は大尉扱いでドーニャたち第α-7特殊機甲小隊の事実上の指揮官である。
東洋的な顔立ちと黒い髪にコバルトブルーの瞳。その視線はすぐに別の方向を向いてしまう。どこまで知っているのかは分からなかったが薄々に姉弟の爛れた関係を察しているのかもしれなかった。
それだからこういうときドーニャは一等気まずい気持ちになってしまう。
「来てくれたのね、時間通り」
彼女はややぶっきらぼうにそう言ってジープの助手席に乗り込んだ。二人とも身長が一七〇センチ弱でほぼ同じであるため並ぶと頭の高さも大体同じになる。
「まあ、僕も暇なときは暇だから。事務は斉藤大佐がやってくださるし」
カンパネッラは場の気まずさをそらそうとでもするかのようにそんなことを呟く。
斉藤は名義上小隊の隊長になっている七十過ぎの軍人でやや耳が遠い。オーガノン部隊の隊長は多くの場合名誉職で長老クラスの人物が就くのが恒例となっている。
とはいえこの知命を過ぎた老人はオーガノンに関しては魔術師でこそないもののこの軍閥内部では権威の一人として知られている。
「わしも昔は若い娘さんにいろいろ酷いことさせたけどなあ」が口癖の好々爺で罪滅ぼしとでも思っているのか部下に対して優しかった。
一度部隊が危機に陥った際「わしのことはええんじゃ、若いモンを死なせたらあかん」と言って単身で銃剣突撃を試みたこともある(直後に部下に三人がかりで止められたのだが)。
そのため十名ほどいる部下からは絶大な支持を受けており他の隊からも敬意を表されて「我らの誇りにして良心」と呼ばれている。
「あなたも少しは手伝ったら?」
ドーネチカはドアの上辺に肘をかけて呟いた。その目は流れる景色を見ていた。
「手伝うさ。でもあの人、自分でやりたがるし。それに筆記の作業はボケ防止になるっていうでしょ」
カンパネッラはギアを入れ替えながら苦笑する。この結界で守られた中枢基地の一箇所に緊張地域から戻った非番の部隊の宿舎がある。病院から車で五分といったところか。
「そういえば」
話を切り出したのはドーニャのほうだった。
「何?」
「あなたが研究してる操縦系・・・異界とのリンク確立のこと。異界について何か分かったこととかある?」
オーガノンは通常の科学技術によって動くのではなく「異界」とリンクして引き出したエネルギーを糧としている。それはロストテクノロジーによる常識を超えた力であり通常の兵器では太刀打ちすることが出来ない。
だからオーガノンに対抗できるのはオーガノンだけなのだ。
「まあ、間接的にしか調べられないからね。あなたたちや他の部隊のレポートから推測したり機体に残ってたデータを解析したり地道にやるしかないね」
「ふうん・・・」
ドーニャは気のない返事を返した。
「そう言えば、前回見たっていうクラゲみたいなもののことで・・・他の隊のレポートに似たような話があった。もっともその調書を掻いた当の本人は話したがらなかったけれど」
オーガノンに乗った際に見る幻影は時に奇怪で余りにもおぞましいものが多々ある。中には精神を病む者さえいる。健康な連中でさえ神経衰弱になったり一時的なヒステリーを起こすのはごく普通のことでさえある。
思い出したがらないのも道理だったし女性として話すのを憚られるようなものが多い。そういった諸々の事情がカンパネッラや他の研究者の調査を妨げている一因でもある。
「へぇ・・・」
ドーニャもまた苦虫を噛み潰したような顔で小さく溜息をついた。そのときのことが脳裏に過ぎったからだ。
大きな円盤状のクラゲが胸に張り付いて離れなくなった。それはドーニャの二つの乳房を包むように根元までを被った。乳頭がちょうど真ん中に当たるようになり、そこの微細な繊毛が蠢く感覚がなんともいえなかった。
クラゲは蠢動し彼女の柔らかい肉の果実を付け根から先端までしごくようにして動いていた。次第に胸が熱くなり何かが湧き出して先端から流れていくのを感じた。極端な感覚はなかったしさほど不快でもなかった。
おそらくはあのクラゲが母乳を促しそれを飲んでいたのだろう。
クラゲが胸に張り付いておっぱい吸ってっただけとドーニャはカンパネッラに対して無表情かつ早口に告げたものだ。
「まあ、あの程度ならかわいいものね」
ドーニャは浮かない顔で小さく言った。実際、あの程度のものならばラッキーと言えるかもしれない。場合によってはもっと気の触れるようなおぞましい経験をする羽目になるからだ。
宿舎が見えてくる。四階だての灰色の建物だ。カンパネッラはアスファルトの道にスピードを緩めた。
ジープが宿舎前に止まると同時に少尉の伊藤晃が駆け寄ってくる。
「た、たいへんですぅ〜」
晃が凛々しい名前に似合わす語尾を延ばす舌足らずな口調であるのはいつものことだ。頭に二つの「栗色お団子ヘア」が左右に踊っていることからしてかなり動転していることが見て取れた。
そんなにまでしても胸が揺れないのは彼女が痩せっぽちだからだ。
「と、教団の連中がぁ〜」
教団。数年前からこの国に巣食っている宗教ゲリラだ。もっとも確認されていないだけで起源自体はもっと遡るのだろう。
「は、八番の駐屯地がぁ、こ、こ、こうげきされてますぅ〜」
両腕をバタバタとさせてどうにも幼さの残る声で晃は続ける。彼女は部隊で最年少の十六歳だった。
「で、我々は?」
カンパネッラは極めて冷静な口調で短く促した。このまま半ば錯乱した晃にべらべらしゃべらせても要を得ないだろう。問題の焦点は「自分たちに関係があるかどうか」だった。
「り、臨戦態勢でぇ、ケージに待機するようにとさっき・・・」
それを聞いたときにはカンパネッラはすでにジープを降りていた。
「先に行く。車を置いたらすぐに来て!」
カンパネッラは助手席のドーニャにそう告げると駆け足で指定されているケージに向かう。すぐ隣の建物だ。
ドーニャはギアレバーを跨いで運転席に移動するとサイドブレーキを外した。
*
「うっああああ!!!」
緑色の軍用オーガノンが吹き飛び、土塁にぶつかって動かなくなる。手放された柄の長いハンマーは宙を舞い音を立てて土の地面にめり込んだ。関節からはみ出した内部部品がパチパチと火花と青白い電気を放っている。
パイロットも気絶してしまったのかもしれなかった。
その眼前ではまるで黒い鷲のようなオーガノンが佇んでいた。その容貌は奇怪で大きなくちばしが着いている。そしてその肩からは翼のようなシールドが伸びていた。
そのシールドが急に広がってその身を被う。次の瞬間、破裂音と金属の衝突音が立て続けに響き渡る。翼の上には鮮やかな無数の火花が狂い咲いていた。
後方から新たなオーガノンが大型のガトリングガンを撃ちつつ、駆け足に突っ込んでくる。その銃身は滑らかに回転しつつ火の雨を浴びせかける。反対の腕には大型の斧を構えていた。
パイロットはきっと、この黒鷲が接近戦に特化したものと見ていたのだろう。しかし飛び道具で破壊するには近寄っての至近距離攻撃しかなかった。リーチの外から集中砲火を浴びせればシールドも破壊できるに違いない。
そんな考えが命取りになった。
黒鷲は砂塵を巻き上げて旋回し、小型の鉄球を繰り出した。鎖付きのそれは空中に瞬時にして直線の残像を描き、背後のオーガノンの胸甲を叩く。斧で防ごうとしたがすり抜けてしまったのだ。
後方に倒れこむ軍用オーガノン。しかし倒れる事は出来なかった。一瞬の虚を突いて距離を詰めた黒鷲の「爪」にかかったからだ。
瞬時にして接近した黒鷲はダガーでその胸を貫いた。斜め上に向かって突き上げるように滑り込む、模様入りの細身のブレード。適切な操作を失ったガトリングガンがあらぬ方向に弾丸を乱射しその手から滑り落ちた。
刃の先端はひびの入った装甲を貫きコックピットにまで達していた。短い絶叫は銃声にかき消されてしまった。だがナイフの根元に赤い血が滴り落ちる。むしろ噴出すような感じだった。
黒鷲が勢いよくナイフを引き抜く。装甲の破片と血と入り混じった肉片を撒き散らして転倒する軍用オーガノン。しかしその赤い飛沫は一瞬で淡い燐光のようになって消えていってしまう。それは「異界へと召された」ということ。
十機以上いた駐屯地守備のオーガノンはあと二機しか残っていない。
「なんてこと・・・」
それを確認したドーネチカは絶句した。
駐屯地内の慎ましい建物の半分は戦火に崩れ、木立が生きたまま炎に揺れている。生木が燃える際に出す濛々たる煙で視界の三分の一が覆われていた。舗装されていない通路には破壊されたオーガノンの残骸が散らばり痛々しい姿を曝している。
「どうしますぅ?」
ドーネチカの背後についてきていた晃が怯えた声で尋ねた。
「ここから一斉射撃。あれは普通じゃない」
ドーネチカはコックピットの中から黒鷲を睨んでそう告げた。α-7特殊機甲小隊の白磁のような四体のオーガノンは一斉にライフルを構える。単発式の極めて貫通力の大きなものだ。
「撃て!」
しかし四発の銃弾が捉えるのは後方の地面だった。黒鷲は凄まじい勢いで宙を舞い地面を滑るようにして急速に接近してくる。
「ひぃぃいいいいいいいい!!!」
晃の悲鳴が聞こえてくる。きっと半泣きになっているに違いなかった。
撃っても撃っても当たってくれない。弾丸の軌跡の合間を縫うようにしてこちらに滑り込んでくる。さながら悪魔のようだ。
「下がって!」
ドーニャは背中の長剣を抜いた。その刃は残忍に波打っている。
「トキエ、左に回りこんで! 二人は後方から援護して!」
ドーニャは剣を構えて正面から突っ込んでいく。
しかし黒鷲は次の瞬間、宙へと舞った。ジャンプではない。空高く舞い上がってかなりのスピードで消えていく。一応ライフルで撃ってはみたものの当たるはずもなかった。
彼らはしばらくの間、呆然とその怪物が飛び去った空を見上げていた。
「いっ、ぃぃいいぃぃいいぃいいぃぃぃ・・・」
突如、悲鳴が聞こえてくる。それはどこか甘美な響きさえ帯びていた。晃のオーガノンはバランスを崩して仰向けにひっくり返る。
「大丈夫かァ?」
トキエがやや呆れたように尋ねるがまともな返事が返る気配はない。荒れた呼吸と上ずった呻き声が聞こえるばかりだ。
「いっ、いっぃぃい、い・・・」
再び虫の鳴くような切ない声が無線からとめどなく聞こえてくる。ドーニャは急に胸騒ぎがしてベルトを外した。そして胴体の装甲を開いて外に出る。
紺のダイビングスーツのようにぴったりとした、極薄のパイロットスーツは汗に塗れている。身体のラインは余計に露になっていた。まるで全裸で外に立っているかのように風が冷ややかに感じられる。
「オイ、なんかヤバくねえか?」
ショートカットの黒髪の端から汗の雫を滴らせてトキエもまたハッチを開ける。
ドーニャは晃のオーガノンの脇にあるスイッチを押し、現れたパネルからコードを入力する。軋むような音を立てて開いていく装甲。
コックピット内部の晃の有様にドーネチカは驚愕した。駆けつけてきたトキエもまた顔色が変わる。やや遅れて出てきた梨香は両手で口元を押さえて言葉に詰まった。
顔をしかめて悶える晃のお腹は三ヶ月目の妊婦のように張り出していたのだ。小ぶりな乳房も妙に膨らんでしごかれるかのような波紋が広がっている。
「ぅっ、ウうぅぅぅううぅぅ・・・・・・・」
白目を剥いて首を振り回している晃。
「うっ、ぉおっっ、おぉっ?」
その視線は左右バラバラになって揺れている。その身体が小刻みに震えている。
ドーニャは慌てて晃のベルトに手をかける。X字型のベルトを外し、上下から乳房を挟んでいる横二本のベルトも外す。股間に押し当てられたバイブレータもまた引き離した。
トキエの手を借りて何とかコックピットの外部に運び出す。
「ぁ、ぁぉぉ、ォ・・・」
地面に横たわって半ば痙攣している晃。ドーネチカは首のジッパーに手をかけて一気に股間まで引き降ろす。
はだけられた身体。小ぶりな胸に例のクラゲが張り付いて下腹部が膨れ上がっている他に異常はなさそうだった。
ドーニャはホログラムのようなクラゲを指先で引き剥がそうとしたが触れることが出来ない。それは「異界」の存在なのだ。我が物顔で晃の釣鐘型の乳房に吸い付いて搾る出すように甘い汁を貪っている。
「オッ! おおぉぉおぉおおおお〜〜〜」
手足をバタつかせて暴れる晃。
ドーニャとトキエは頷きあうとそのスーツを膝まで脱がせてしまう。その陰部からは青白い燐光を放つ愛液が糸を引いていた。
裏返ったスーツの引っかかった両足を赤ん坊のおしめを取り替えるときのように持ち上げる。粘液の糸が膨れた下腹部に垂れた。
晃の開口部を見る。きれいに剃られたソコが内側から押し上げられてヒクヒクと震えている。陰核の下の秘穴に何か青いホログラムのようなものが入り込みその明るい葡萄色の肉の裂け目を押し広げていた。
きっと子宮にまでも詰まっているに違いなかった。二人はスーツを全部脱がしてしまう。晃は腕や足を筋が浮かび上がって見えるほどに引き攣らせていた、
「やべぇぞ!」
トキエが叫んだが言うまでもなかった。ごく稀にこういう事故が起こると言うことは聞いていた。しかし実際に目の当たりにするとそれははるかにおぞましい。
トキエが小指の先を晃の秘部に差し込む。当然、その異界の生物に触れることは出来ない。何の抵抗もなしに突っ込めるほどの空間がそこにはあった。
「大丈夫か?! 痛いのか?!」
トキエの問いかけに晃は答えた。
「ヘぇンなるよぉ、ヘンなったぅよぉ??? ヘンぅ〜〜〜ずっとぉ、ずッとぉぉ〜きぃ〜てぇるぅぅのぉぉ〜〜〜〜あぁぁぁ〜〜〜くぃぅるぅぅぅ〜〜〜〜〜〜」
晃は常軌を逸したほどに艶かしい表情を浮かべている。どうやらこういう場合にも痛みは大したことはないというのは本当だったらしい。
「ぃぃぃい〜〜ぉッぉおぉぉ〜〜〜〜〜?」
晃は普段とうって変わって鼻面をしかめ、獣じみた、呆けるような声を垂れ流し続けている。二人は晃に両足を開かせて必死で下腹部を擦る。他にどうしようもなかった。
「いぃぃぃやあああァァァァァァ!!!!」
それを見ていた梨香が唐突に金切り声を上げ頭を抱えて卒倒しくず折れたがそれどころではなかった。
「お〜〜〜おおおぉ〜〜〜〜」
晃の表情は虚けた様子に弛んできている。こういうケースでも肉体的な損傷を受けることはまずない。しかし問題は精神だった。
異界の残響が時間の経過で消滅する前に頭がおかしくなってしまうかもしれない。本当に気が狂うこともありえる。
ドーニャとトキエが晃の張り出した腹部を擦る。晃は自分の手の甲を噛み締めて微かな痛みと交じり合った異常な快感に耐えていた。
擦られるにつれて晃の淫裂から透き通ったフーセンガムのようなものが膨らみ始める。
「ぅんん〜、うぅぅぅむぅぅ〜〜〜〜〜〜」
目を剥いて悶える晃の秘裂からそれは溢れようとして伸縮を繰り返している。シャボン玉が膨らむときのように。両側の秘唇を中から押し広げて膨らんでいく透き通った風船の如きもの。
それは繊細な部分を守る皮を内側から捲り挙げて粘液に塗れた陰核に触れて擦り上げながら大きくなっていく。
「うぅ〜! ぅぅう〜〜〜! うぅ〜ぅ〜〜〜〜!」
胎内の肉襞を苛みながらせり出してくる異物。その感覚に耐えかねたのだろうか。晃は長いサイレンのような呻き声を上げて身を仰け反らせていた。
全身に脂汗が滲んで焦点の定まらない目じりからは涙が流れ真っ赤になった顔全体に痴呆性の笑みが広がっている。
「・・・ぁぁ・・・・・・」
晃が小さな声を上げて奇妙な安堵の表情を見せる。そしてそれはついに姿を現した。
あのクラゲだった。フィルムのように薄い。母体から出るなり空気に溶けるように消えてしまう。胸に張り付いていたクラゲはいつの間にか消えていた。
ただ固く勃起した葡萄のような乳頭からは幾筋かの白いミルクが流れた痕跡がある。
「あぁぁ〜〜〜〜ぁあぁ〜〜〜〜」
晃は力の抜けたようなふぬけた慨嘆の声を上げて微笑んでいる。
しかしまだまったくお腹が凹む気配はない。どうやら晃の子宮の中で繁殖してしまったらしい。いったいあと何十枚詰まっているというのだろう?
もしこんなことを最後の一枚まで繰り返したならば彼女は本当にどうかしてしまうに違いなかった。
晃は肩で息をしその朱が差した胸が激しく上下している。意識が朦朧としていることはその瞳の拡大した瞳孔を見れば明らかだ。
そのとき突如、彼らの目の前に白く輝く手が出現する。手首から先だけがの手が光を放ちながら宙に浮いていた。
「カンパネッラ!」
ドーニャは悦ばしげに叫んだ。それは「ダニエルの霊手」と呼ばれるカンパネッラのマジックである。
その輝ける手は晃の下腹に添えられる。意図を察したドーニャとトキエは二人して両側から晃の背中に腕を回して少しだけ抱き起こすようにする。
ちょうど二人の乳房の片方ずつに両肩をもたせかけている格好だ。
二人は片方ずつ、指をしっかりと組み合わせて強く晃の手を握る。晃の両腕をしっかりと押さえつけた。
当の晃本人は腹上の白い手を虚ろな目で眺めていた。
「ダニエルの霊手」が晃の下腹部に圧力を加える。一瞬、晃の左右の巣線がズレて手足に力が篭った。皺の寄った眉間を挟む双眸の瞳孔が一瞬にして縮まり、絞られていく。
「ぁ、ぁぁあぁ、あ、あおぉ、お、オカアサン、お〜かぁ〜〜さぁ〜〜〜んん〜〜〜〜!」
晃は顔どころか胸や腹まで真っ赤にして母親に救いを求めて叫ぶ。その手には痛いほどの力が込められていた。無意識に力んだ太股の内側には細い筋肉が浮かびあがっている。
「ァァアアあぁぁぁあぁあああぁ!!!」
泣き叫ぶ晃の股間から、ストローから思い切り噴出されるシャボン玉のように無数の異界のクラゲが噴出してくる。晃は息も絶え絶えに断続的に生々しい叫びを上げる。
「あ、あア、アぁぁああァァ!!!!!!」
もはや言葉にならない嬌声を上げ続ける晃。彼女は足の指までを握り締めようとしていた。
「あぁ〜〜あぁぁあぁ〜〜〜〜〜アァ〜〜」
その糸を引くような淫らな声は最後の方には裏返ってしまっていた。
「ほぉ〜〜ぅ、んぅぁぁ〜〜〜〜〜〜〜」
晃の声は女性が聞いてもゾッとするほどに官能的だった。ドーニャは微かに頬を赤らめる。一瞬、アレクセイに処女を奪われる妄想が過ぎったからだ。
逆にトキエは表情を固くして晃の様子を見守っている。
そうこうするうちにようやくお腹がしぼんで元通りのサイズになる。ほぼ押し出して排出し終わったらしい。
「ぁ、ぁぅぅ・・・」
汗だくになった身体は真っ赤に火照っていたがさしたるケガはない様子だった。とはいえ異様な性感の余韻からかその肩は控えめながらもまだ上下していた。
そのとき晃の下腹と太股が動く。
「はあぁぁ・・・」
溜息と共に一筋の尿が音を立て放物線を描いて噴出した。お腹に浮かびだした腹筋がヒクヒク震えている。大きく開かれた股の間から勢い良くじょろじょろと黄金色に飛び散って土の上に水の跡をつけた。
放尿が切れるころには晃はすでに深い眠りへと落ちていた。そうは言ってもその表情は過度の快感に憔悴して見える。当分の間は静養が必要になるかもしれなかった。
結局、駐屯地に配置されていたオーガノンのパイロットのうち無事だったのは四名。遺体が確認されたのが三名。残り七名の行方は誰も知らない。「異界に召された」のである。
オーガノンのコックピットは異界に接触する装置である。極度な力の使いすぎや大きなダメージによる結界の損壊はそういう悲劇を引き起こす。それは死よりも恐ろしいこと。
*
「ねえ、異界の生物って、何なのかな?」
ドーニャはオッドアイの瞳で問いかけた。
整備用格納庫の片隅には彼女とカンパネッラの二人しかいない。彼らは数段しかない階段に並んで腰を下ろしていた。頭上では蛍光灯が時折途切れる光を放ち目の前には白磁のオーガノンが並んでいる。
カンパネッラは黙って湯気の立つココアを啜っている。それは答えに窮したときの彼の癖だ。彼女は三白眼になり、質問を変えた。
「オーガノンのパイロットはどうして、若い女じゃなくちゃいけないの?」
カンパネッラはコーヒーカップから口を離して答えた。
「多分、感受性の問題なんじゃないかと思うんだ。男の場合、頑丈な分感受性みたいなものは落ちているんだろうけれど」
彼はやや言葉を濁した。
「へんなの」
ドーネチカは両手を頭上に組んで伸びをした。そしてこんな風に悪態を突く。
「何にも知らないのね? オーガノンなんてものまであるくせに扱い方は分かっても仕組みは知りませんって?」
しかしその揶揄とも取れる言葉こそが確信を突いていた。
「それなんだ」
カンパネッラは我が意を得たり、とばかりに応じてきた。
「ロストテクノロジー、とは言っても必ずしもそう古いものじゃない。割と新しい時代まで発展しながら伝わってきている。だからそれの本来の形を明らかにすることは不可能ではないと思うんだ」
ドーネチカはやや驚いて目を見開いた。
「古いものじゃ、ない?」
「そう」
そう答えるカンパネッラは少し楽しそうでさえある。
「オーガノン、ていう言葉はオルガノンがなまったものなんだ。正確には『オルガノン』に書かれた理論を基に作られた機械っていうことの略称、かな。末端は科学技術で作られていてもその心臓部、中枢の部分はそれで動いている」
ドーネチカはその話題に関心を抱き、続きを促すように頷く。
「で、『オルガノン』っていうのは「機関」ってくらいの意味で、世界の理や普遍的な知を表した書物によく付けられる名前なんだけど、僕が言ってるのは俗に言う『ネクロノミカン』に近い分野の理論の集大成のことで・・・」
ドーネチカは首を捻った。
「他にもオルガノンっていう書物があるの?」
「そういうこと。でも同じオルガノンでも内容はぜんぜん違う。書いた人の専門分野や視点とか、同じことでもどの側面に注目するかとかでぜんぜん違ってくるものだし・・・いや、話しすぎたか・・・」
カンパネッラは頭を振った。そしてしばらく黙っていた後に再び口を開いた。
「・・・僕は小さい頃、天文学者になりたかったんだ・・・」
「へぇ」
ドーネチカは隣に座っているカンパネッラの顔を横目に見た。もしも弟が何事もなく育っていたらこんなふうだっただろうか?
「だけど僕はあの人に会ってしまった」
「で、その人が魔術の先生ってこと?」
カンパネッラはドーネチカの勘のよさに思わず笑ってしまう。
「そういうこと。すごい人だよ・・・変質者だったけど・・・」
そこで少し、カンパネッラは頬を緩めた。
「綺麗な女の人で初恋の相手ってわけ?」
カンパネッラは笑って首を横に振る。彼は怪訝な視線を向けるドーニャに「メイドさんのことだよ」と小さく付け加えた。ただしネコミミのことは内緒だ(ついでにさんざん玩具にされたことも)。
「で、あのころはまだ、こんな分野があるなんて知らなかったし。でも宇宙の果て以外にそんな未知の世界があるんだったら見てみたいと思った」
ドーネチカはココアを飲みながら相槌を打つ。もう少しぬるくなっていた。
「さっきあなたが言った、異界の生物にしても。ひょっとしたら人間みたいな言葉を話すような連中がいるかもしれない。そういう連中とコンタクトを取れたとしたら・・・」
そんなことを話すカンパネッラは実に楽しそうでさえあった。
「怖い、とは思わないの?」
「別に?」
カンパネッラは本当になんとも思っていない様子だった。それは魔術師としての技量ゆえの驕りだろうか?
「だって、取って食われるわけでもあるまいし。異界にいるわけだから。まあ教団とかゲリラに比べたら安全なモンだろうね」
「そのために私たちにリスクを負わせるわけ? 酷い話ね」
ドーニャは正当な言い方で皮肉を述べた。
「一回、教団の連中にでも出くわして酷い目にあったら良いのに・・・」
彼女は結構酷いことをさらりと言ってのけたがカンパネッラの返事は意表を突いていた。
「それもいいかもしれない」
そう呟いた彼の瞳に一瞬、獣じみた光を見たのは気のせいだろうか。ドーニャは彼の耳の後ろに髪の中へと続く傷があるのを認めた。
「僕も、連中には興味があるし」
ドーニャは薄ら寒い気持ちになり立ち上がった。ひどく憂鬱でメランコリックな感情が渦巻いていた。
「わたし、そろそろ行くから」
アレクセイに、暖めてもらおう・・・。彼女は弟に添い寝するために道を歩き出した。十五分も歩けば病院である。明日も一応は非番だし、何かあれば習慣的に病院に連絡が来ることになっている。
昼間の晃の嬌態が脳裏を過ぎり彼女は微かな興奮を抑えて早足に歩を進めた。アレクセイの身体が頭から離れずこみ上げる情欲を唇に噛んで堪えながら。
<第一部完>