「んふふふふ・・・・・・・・・・・なるほど、この子が妹さんの方ですか。なかなか可愛らしいお嬢ちゃんじゃありませんか」  
「がっはっはっはっは。いえいえ、何と言っても、まだ八歳でございますからな。我が子ながらもまだまだ調教途中の未完成品でございますよ。サイトウ様のお眼鏡にかなったのが奇跡のようなものでございまして・・・・・・・」  
「ですからサイトウ様、この子に至らぬところががございましたら、思う存分ビシビシ躾てやってくださいまし。そのための道具も、こちらの方に各種取り揃えております」  
「ほほう・・・・・・・・・・これはまた、なかなかの品揃えですなぁ」  
「いえいえそんな。大したモノはありませんが、取り合えず、お好みに合わせてお使い下さい。どれもこの子の身体に馴染ませてあるモノばかりですからなぁ」  
「分かりました。では、遠慮なく」  
 
「可憐、このおじ様の言う事は、絶対に逆らっちゃいけませんよ。ママたちに恥をかかせるようなマネは、許しませんからね?」  
「はい、まま」  
「よぉし、いい返事だ。ちゃんといい子にしてたら、後でチョコレートパフェを食べさせてあげよう」  
「ぱぱ、ほんとう!?」  
「ああ本当さ。――――――――それではサイトウ様、私どもはこれで失礼させて頂きます」  
 
 薄暗い部屋の中。  
 可憐の父と母が扉を閉ざす。  
 ガチャリという冷たい施錠音が、この寒々とした部屋に響く。  
   
 いや、聞こえてくるのはそれだけじゃない。  
 分厚いコンクリートの壁を通して、隣の部屋からかろうじて聞こえる少年の悲鳴、絶叫。それと一緒になって聞こえて来る、中年女性の嘲笑、怒号。  
 
――――――――おにいちゃん、また、あのひとにいじめられてるんだ・・・・・・・・。  
 
 そして眼前にいるのは、可憐が初めて見る、いかにも上品そうな初老の男。  
「じゃあ可憐ちゃん、そろそろ始めようか」  
 そう言うと、男はベルトを緩め、ペニスを取り出した。  
 
「パパとママから聞いたよ。可憐ちゃんはとってもおしゃぶりが上手なんだってねえ?オジサンも一つ、気持ちよくしてもらおうかな」  
「はい、おじさま。どうかかれんのおくちで、きもちよくなってくださいね」  
「んふふふふ・・・・・・・・・本当にいい子だなぁ、可憐ちゃんは。オジサン嬉しくって、もうそれだけでイっちゃいそうだよ」  
「おほめいただいて、かれんはとってもうれしいです。―――――おじさま?」   
「なんだい?」  
「かれんのおくちまんこでおじさまがいったら、かれん、のんじゃってもいいですか?」  
「ああ、いいともいいとも。好きなようにおし」  
「はぁい」  
 可憐が、異臭を放つペニスに手を伸ばす。その指先は、微かに、だが確実に震えていた。  
 
 
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」  
 
 布団を跳ね除け、可憐が飛び起きる。  
 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ―――――」  
 
 全身を冷たい汗が覆っている。寝間着が水を吸い、全身びちゃびちゃで、とても気持ち悪い。  
 
―――――何でいまさら、あんな昔の夢を・・・・・・・・・・?  
 
 もう何年も見ていなかった悪夢。  
 思い出すだけで吐き気を催す記憶。  
 もう、滅多な事で思い出す過去ではないが、しかし、思い出すたびに可憐は、あの頃の自分が何故正気を保っていられたのか、不思議でたまらない。  
 
 実の両親によって幼い兄妹は客をとらされ、その収入によって、一家四人が生きていた時代。  
 
 彼ら、つまり彼女の両親という名の男女にとって労働というものは、小金を持ったロリコンの変態どもに、我が子を抱かせるための営業行為と宣伝活動に他ならなかった。  
 両親に逆らう、或いは客の不興を買うという行為は、その後で死んだ方がマシだと思えるほどの折檻を食らうという意味であり、客のオーダーが入らぬ晩は『調教』という名の、これまた死んだ方がマシだと思うほどのセックス・トレーニングが待っていた。  
 
・・・・・・・・・アナル開発、乳首開発、野外セックス、長時間連続オナニー、SMプレイ、露出プレイ、薬物投与、飲尿、脱糞、獣姦・・・・・・・・・・・。  
 
 なぜ発狂しなかったのか、自分でもわからない。だが、彼女にとっては、兄の存在こそが、正気を保つ大きな要因となっていたのは間違いない。  
 自分と並んで、自分と同じように、いや、ことによったら自分以上に悲惨な目にあっていた兄。彼がいたからこそ自分は今ここにいることが出来るのだ。―――――  
 可憐は心底そう思う。  
 
「―――――お兄ちゃん」  
 
 可憐は、我に返ったように周囲を見回す。  
 殺風景な部屋。さっきまで自分が眠っていたベッド以外は、家具らしい家具すら置いていない。  
 
―――――ここはどこだろう?  
 
―――――兄はどこにいるのだろう?  
 
 そして、可憐の脳中をかけめぐる一番の疑問。  
 
―――――あれは、あの出来事は、はたして本当に夢じゃなかったのか?  
 
 犬の頭部を持った奇妙な怪人たちに山中を追い回され、ようやく逃げ延びたと思ったらそこは百メートルはあろうかという断崖絶壁で、そして兄の指示のもと、自分たちはそこから飛び降りた・・・・・・・。  
 飛び降りる寸前に腰に回された兄の腕の感触も、空中で頭を抱き寄せてくれた際に感じた兄の体温も、全てリアルな記憶として存在している。  
 
 身体は・・・・・・・・・・動く。  
 かなり重さが感じられるが、怪我らしい怪我はしていないようだ。  
 だが、あの高度から飛び降りて無傷などということが、本当にあり得るのだろうか?  
 
――――――ありえない。  
 
 常識ならそう思う。  
 しかし自分は無傷だ。  
 ならば、あの山中での出来事はやはり夢だったのか。  
 
――――――そうであって欲しい。  
 
 可憐は切にそう願う。  
 だが、そうだとするなら、この部屋はどこだ?  
 この寝間着は誰のものだ?  
 そして、可憐が一番考えたくない可能性。  
 
――――――可憐が今こうして無傷でいられるのは、着水の衝撃を全部、可憐の分までお兄ちゃん一人が引き受けてくれたから、だとしたら?  
 
 もし、そうだとしたら・・・・・・・・・・恐らく蒼馬はとても生きてはいまい。―――――  
 
「いや!いや!いや!いや!いや!!!」  
 
 可憐はその瞬間、全身を引き裂かれんばかりの絶望を覚えていた。  
 こんな意味不明の世界で、最愛の存在を失い、誰一人頼る者もなく生き残ってしまった無力な自分。  
 両親の性的虐待どころの話ではない。  
 考えられる限り最悪の――――最悪すぎて今まで考えもしなかった――――情況。  
 
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」  
 
 可憐はいかにも分厚そうな木製のドアに駆け寄り、ノブを回す。  
 ドアには当然のように鍵がかかっている。  
 
「開けて!開けなさい!お願い!開けて下さいっ!!!」  
 
 ドアを叩く。  
 当然のようにびくともしない。  
 
「開けてっ!開けて下さいお兄ちゃん!!どこですっ!?可憐を独りにしないで下さいっ!!」  
 
 どんどんっ!!どんどんっ!!  
 
「お願いですっ!!お兄ちゃん!可憐が、可憐が悪かったんです!!ですから、ここを開けて下さいっ!ここを開けてお顔を・・・・・・・お顔を見せて下さいっっ!!!!」  
 
 恐らく彼女自身、自分が何を叫んでいるかよく分かっていなかったはずだ。  
 だがそんな事は、それこそ可憐にとってはどうでもいい事だった。  
 
 このドアの向こうに兄がいる。しかし、兄はとても怒っていて、自分に姿を見せてくれない。  
 何故か?  
 
―――――――可憐のせいだ。  
 
―――――――もし可憐がいなかったら、お兄ちゃんは死なずに済んだかも知れない。  
 
―――――――可憐がいたから、可憐が足手まといになったから、お兄ちゃんは死んでしまった。だから怒って・・・・・・・・・・・・・・・。  
 
「おにいちゃん・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 身体中の力が抜ける。  
 へたり込む。  
 股間になま暖かいものが溢れる。  
 しかし可憐はもう何も感じていない。自分が失禁している事すら。  
 
「おにいちゃん・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 頬にも熱いものがはしる。  
 しかし可憐は感じていない。自分が涙を流している事も。  
 
 いや、それだけではない。  
 今の可憐は何も見えず、何も聞こえず、全ての言葉を失い、ただ呆然とドアの前で座り続けるしかなかった。  
 このまま、あと数時間もこの状態が続けば、可憐の精神は確実に砕け散ってしまったに違いない。  
 しかし、結果から言うと、そうはならなかった。  
 
――――――がちゃり。  
 
「キミ、大丈夫かい?」  
 
 ドアのロックが外され、入ってきたのは十五・六歳くらいの少年と、帽子を被った二十歳そこそこの女性――――――二人とも人間であった。  
 
「全く、さっきからドッタンバッタンとうるさいわねえ、もう・・・・・・・・・」  
「お嬢様!何もそんな言い方しなくとも・・・・・・・大丈夫?何なら鎮静剤を持ってこようか?」  
「・・・・・・・・・・・・ぁぁ・・・・・・・・・ああああ・・・・・・・・・・!!!!!」  
 
――――――人間だ・・・・・・・・人間がいる・・・・・・・・・・・ということは・・・・・・・・・・・!!!!  
 
 可憐は、自分を心配そうな眼差しで見つめる、いかにも優しそうな少年に必死でにじり寄り、ろれつの回らない舌を渾身の力で制御して、やっとの思いで言葉を紡ぐ。  
 
「・・・・・・・・・・・・あなたは・・・・・・・・・・人間、なのですよね・・・・・・・・・?」  
 
 少年は、そう訊かれた瞬間、何とも言えない哀しげな眼をし、女性の方へ振り返った。  
 女性は、そんな眼で自分を振り返る少年に、やれやれと言わんばかりの表情で溜め息をつくと、その視線を少年から可憐に向けた。  
 
「いいえ、お嬢ちゃん。あなたには悪いけど――――」  
「――――――そうです。あなたの言うとおり、僕は日本人で、渡辺誠といいます。あなたは?」  
「可憐・・・・・・・・榊原可憐。―――――それじゃあ、それじゃあやっぱり、ここは日本なんですね!?あれは、あれはやっぱり夢の世界だったんですね!?」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
「よかった・・・・・・・・・よかった・・・・・・・・・ぐすっ・・・・・・・・・あれっ・・・・・・おかしいな・・・・・・・何だか・・・・・・・・・・・・安心したら・・・・・・・・・・涙が・・・・・・・・・・あれっ・・・・・・あれっ・・・・・・あははは・・・・・・・・止まらないよぅ・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 少年――――誠は答えない。沈鬱な表情のまま、泣き笑う可憐から眼を逸らしている。  
 
「・・・・・・・・ったく」  
 
 そんな彼を見ていた女性が、呆れたように再び溜め息をつくと、ポケットからハンカチを取り出し、誠を押しのけて可憐の正面に膝をつく。  
 
「ほらほら泣かないの。こんな綺麗な顔してるんだから、もったいない。―――――って、ちょっとアンタ、ひょっとしておしっこ漏らしてんの!?」  
「え?」  
「冗談じゃないわよっ!このパジャマあたしのなんだからねっ、『ヒト』のおしっこなんかで汚されたら――――」  
「お嬢様っ!!」  
 
 誠が、さっきまでの優しげな眼差しから一転して『お嬢様』を睨みつける。  
 
「なっ、なによ・・・・・・・・・どうせ隠したって、すぐに分かる事じゃないのよ・・・・・・・・」  
「かく、す・・・・・・・・?」  
「ああいや、何でもないんだ。気にしないで。それと、キミのお兄さんって、あの体の大きな人だよね?」  
「え?あ、はい」  
「無事ですよ。今日でもう三日も眠りっぱなしだけど、命に別状はありません」  
 
「生きてるんですかっ!?兄が、兄が生きてるんですねっ!!??」  
「ええ。それにしても寝言でカレン、カレンって言ってるから、どんな熱烈な恋人なのかと思ったら、まさか妹さんだったなんて・・・・・・・・。よっぽど仲のいい兄妹でいらっしゃるんですね」  
「いえ、あの、そんな・・・・・・・・・・・・」  
 
 可憐は耳まで真っ赤にしながら思わず俯く。  
 
「全く、あれだけ体中ケガしまくっててよくもあれだけ動けたもんよね・・・・・・・・・。しかも、寝込んでからの回復力がこれまた『ヒト』とは思えないレベルだってんだから、呆れたト言うべきか、はたまた感動したと言うべきなのか、判断に困っちゃうわ」  
「それじゃあ、あなたが兄を治療してくださったのですね?」  
「いいえ。哀しいけど、まだあたしにはまだそんな権限はないわ。街から医者を呼んで治療をさせたのも全部お父様の指示よ。感謝の言葉だったら、お父様に直接言ってあげて」  
「ああああ・・・・・・・・・・・もう、本当に、有難うございます!!兄に代わってお礼を言わせて頂きます!」  
「いや、だから、あたしは何も・・・・・・・・・・・まあ、その・・・・・・・・・・アンタっていい子ね・・・・」  
「あの、それで、兄は、兄は一体どこにいるんですか?兄のところへ連れて行って下さい!」  
 
「ええ、分かってます。でも・・・・・・・・もう少し休まれてからの方がよくないですか?見たところ、体調の方もまだまだ万全じゃないように見えますし・・・・・・・」  
「いえ、大丈夫です。早く兄のところへ連れて行って下さい」  
 
 そう言いながら立ち上がる可憐に、もはや一分の疲れも見えない。  
 兄が生きていた。兄に会える。その思いが、さっきまで彼女の精神を発狂寸前まで追い込んでいた絶望を雲散霧消させ、ナチュラル・ハイといっていい状態にまで彼女を回復させたのだ。  
 
 だが、その瞬間、可憐はぎくりと表情を凍らせた。  
 彼女の思考が当然、あるべき疑問に行き着いたのだ。  
 
―――――――お兄ちゃんはケガをしてる。・・・・・・・・何故?何故お兄ちゃんはケガをしてるの・・・・・・・・・?  
 
 およそ考えられる答えは一つ。  
 可憐はおそるおそる二人を見つめる。  
 
「誠さん、あの・・・・・・・・・誠さんは先ほど、御自分の事を日本人とおっしゃいましたよね?ということは、その、ここはまさか――――――」  
「――――――『ニホン』じゃないわよ」  
「お嬢様っ!!」  
「どきなさいマコトっ!あなたは優しさのつもりでやってるのかもしれないけど、そっちのほうが、もっと残酷な事だってなんで分からないのっ!!」  
「お嬢様・・・・・・・・・・・・」  
「それじゃあ、それじゃあ、ここが日本じゃないって言うなら、一体どこだって言うんですか!?アメリカですか!?それとも北朝鮮ですかっ!?」  
「あなたには可哀想だけど、そのいずれでもないわ」  
 
 そう言いながら『お嬢様』は帽子を脱ぐと、首を振り回してその中に収まっていた長髪を、ばさりと解き放った。  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!」  
 
 可憐は言葉が出なかった。  
 その背まで伸びた、流れるような黒髪の中からピョコリと顔を出しているのは、帽子の中の熱気で蒸れたのか、ぱたぱたと風をあおぐ――――猫耳。  
 
「ここはね、猫の国よ・・・・・・・・・!」  
 
 

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