癒しの触手の話  
 
高谷良美はやり手のキャリアウーマンと言う奴であった。  
仕事は速くて正確、次々と仕事の成果を挙げ会社の業績に貢献してきた女性。  
しかし彼女は孤独であった。  
優秀であるがゆえに受ける嫉妬。それは彼女が頑張れば頑張るほどに顕著になってきた。  
 
(私なんでこの仕事してるんだろう……)  
 
最近こんなことを思うことが多い。  
一流大学を卒業し、この会社に入社して5年。最初は何か目標があってここに入社したはずだった。  
しかし現在。仕事にやりがいは感じるものの、周囲の人間との溝が彼女の心をすり減らす毎日。  
自分のやりたい事は本当はなんだったのだろうか。自分の幸せはどこにあるのだろうか。  
答えの出ない問答が彼女の中で続いている。  
 
そんな彼女の心の支えが、マンションで同居している家族とのふれあいだった。  
 
 
 
「ただいま」  
 
仕事を終えた良美は、寄り道もせず帰宅して彼女の帰りを待っていた『家族』に声をかけた。  
比較的高級なマンションの一室、彼女はそこで暮らしている。  
そして良美の帰りを待っていた『家族』は体を震わせて彼女の帰宅を喜んだ。  
 
窓際に据えられた柱。それが良美の『家族』を見た人間が思う第一印象であろう。  
茶色い丸太のような物体、そしてよく見ると帽子掛けのようにL字型で  
天井を向く棒が何本も突き出ている。古いビデオゲームに詳しい人間なら、  
財宝の探索に手間取る60階建ての塔に出てくるローパーという存在を思い起こすかもしれない。  
じっとしていればインテリアのようにも見えてくるそれは、2年前に良美が購入した触手であった。  
 
触手セラピーというものが女性誌にも登場するようになり、癒しを求めていた  
良美はそれに興味を持った。しかし彼女はうねうねとしたものがあまり好きでは  
なかったため、当時それなりに高価だった柱型の触手を購入した。  
このタイプは他の種に比べてどっしりとして力強く、粘液の類もほとんど出さず、  
うねうねと動く細い触手もなかったために彼女のお気に召したのである。  
ソフィアと名づけられたその触手は、それ以来ずっと彼女を支えてきた。  
 
「………」  
「ああもうやんなっちゃうわ。あの子達自分の頭が悪いの棚に上げて陰口ばっかり」  
 
帰ってくるなり良美はソフィアへ愚痴をこぼし始めた。ぶつぶつと言いながら、  
ぱりっと決まったスーツを乱雑に脱ぎ捨てていく。  
 
「仕事の出来に差があるのは私のせいじゃなくて自分がサボってるからだってのに」  
「………」  
 
ソフィアは何も言わず良美の愚痴を聞いていく。もとより触手であるソフィアに  
発声器官などなく言葉を発する事などないのだが。  
その間にも良美は服を脱いでいき、色気のある黒い下着姿になった。  
彼女はその外見も他人より優れており、薄い化粧だけで十分美人と言える顔、  
ボリュームのある胸にメリハリの聞いたヒップライン、そして艶やかな肌は  
男の視線を釘付けにするには十分な物と言えよう。  
 
「それにあの専務!べとつくような視線で人を見るし、  
私に付き合ってる男がいなくても関係ないでしょうに!」  
「………」  
 
とうとう下着まで脱いで全裸になってしまう良美。しかしこれは彼女にとって  
いつもの事であった。  
彼女の最も安らぐ時間、良美とソフィアだけの幸福な時間がこれから始まるのである。  
 
「疲れてるの、ソフィア。お願い、だっこして」  
「………」  
 
子供が言うように、良美は甘えて言った。会社での彼女の姿を知る人間が  
見たら驚愕するであろう。そのくらい、今の姿とは落差があった。  
有能で美人だがキツい態度で人を寄せ付けない会社での姿と、  
触手に甘える今の姿。だが、どちらも彼女の一面であるのは間違いないのである。  
 
「………」  
 
柱に生えた棒がゆっくり動く。良美は下部に生えた二本の棒に太ももを  
引っ掛けると、そのまましっかりとソフィアの本体である柱の部分に  
抱きついた。ソフィアの本体は良美の手を回しても届かないほど成長しており、  
抱きつくその格好はコアラがユーカリの幹にしがみつく体勢を思わせた。  
 
「あったかいよ、ソフィア」  
「………」  
 
良美が体の前面部の肌でソフィアの体温を感じていると、棒のような触手が  
彼女の体をよりしっかりと支えるために動いていく。太ももだけでなく、  
足の裏に止まり木のように2本の棒触手をあて、腰に巻きつかせしっかりと抱き、  
腕の付け根と先端にも軽く巻きつける。さらに良美の体はしっかりと  
押さえつけられ、柱に軽くめり込むような形となった。一見硬そうに見える  
本体部分だがやはり触手生物、その硬度は自在で望むがままの形に変化する  
ことも容易である。もちろん顔の部分は大きくへこませており、体がめり込んで  
いるとはいえ良美の呼吸の阻害になるようなことはなかった。  
 
「………」  
「ん、いい感じ…」  
 
暖かい物に包まれているような感覚、優しく抱擁されているこの感覚、  
良美はこれがとても気に入っていた。その表情に険は無く、安らいだ顔をしている。  
 
(仕事のストレスが洗い流されてく…)  
 
触手の癒し効果が遺憾なく発揮されていた。  
そして―――癒し以外のストレス発散法も持っていた。触手と言う生物は。  
 
「ねえ、ソフィア。飲ませて?」  
「………」  
 
それだけでソフィアには通じた。良美の口の前に小さな突起が出てくる。  
彼女はそれを迷わず口に含んだ。  
ちゅうちゅうと軽く音を立てて吸うと、そこから甘い液体が出てくる。  
白く濁った色合いのそれを飲み干していると、母親の胸から母乳を飲んで  
いるような気持ちになってくる。大学生の頃に亡くなった優しい母に抱かれて  
授乳されているような錯覚、このまま幼児退行してしまいそうなこの幸福感。  
だがそれ以上に素晴らしい物がこの先に待っている。それを期待してか、  
良美の股間は既に湿り気を帯びていた。ソフィアの分泌する乳液に含まれる  
成分が良美の体に浸透するよりも早く、そこは濡れていた。  
突起から口を離した良美はソフィアに語りかける。  
 
「今日は嫌な事がいっぱいあったの。いっぱい気持ちよくして忘れさせて」  
「………」  
 
その声に応えるように、ソフィアの体が振動した。  
 
「あっ!」  
 
ソフィアの体表が波打つ。ソフィアの本体に接触している部分に、  
ざわざわと撫でられるような感覚が走る。  
 
「ああ、くうっ!」  
 
触られていないはずの背筋にまでぞくぞくした感覚が走る。  
 
さらにソフィアの本体にずっぽりと埋まった良美の胸に、  
強い力が加えられる。人間の手では不可能な、全方位からの愛撫。  
 
「胸、いいっ」  
 
滑らかなシルクの手袋で撫でられるような感覚と、逞しい手でぐいぐいと  
揉まれるような刺激が胸部全体を包み込み、さらに充血して屹立した乳首を  
乾いた筆のような触手が擦っている。その感覚をもっとしっかりと味わうために、  
良美はソフィアに抱きつく手足にさらに力を込めた。  
 
「………」  
 
良美の願いをかなえるように、彼女の体に巻きついた触手にも力がこもる。  
良美の体に走る快感が強まっていく。しかしそれでは不足だった。  
 
「お願い、ソフィア、そろそろ―――!」  
「………」  
 
確かにソフィアによる愛撫は気持ちいい。しかし今ではそれに物足りなく  
なってしまっている。犯される悦び。それが足りない。外部に露出した  
性感帯ではもっとも敏感な器官であるはずのクリトリスは、何故か愛撫を  
受けておらず、快楽が頂点に達するには程遠いのである。  
 
「はやくう!」  
 
大きく広げられた良美の股はよだれを垂らして蹂躙を待っている。  
その隙間を満たしてやるべく、彼女の尻のすぐ下から一本の触手が生えてきた。  
表面がでこぼこした木の棒に見えるそれは、一息に奥まで押し込まれた。  
 
「ふあああああ!」  
 
触手は丸い先端を膣奥にある快楽神経の密集場所、俗に言うGスポットへ  
食い込むように強く押し付けられながら止まった。また良美の体内にもぐりこんで  
ない部分から三本の突起が伸び、二本はクリトリスを横から挟み、  
一本は上から押さえつける。敏感な部分にこれから与えられる刺激がどれほどの  
ものか。待ちきれぬとばかりに良美のそこが愛液をあふれさせた。  
 
「………」  
 
そしてこの日ソフィアが選んだ刺激は、振動であった。  
 
「きゃひいいいい!そひ、あああああああ!ダメ、これだめえええええ!!!」  
 
機械も顔負けの激しい振動が、触手を押し付けられたGスポットとクリトリスを襲う。  
常人の肉体ならば苦痛と判断されるであろう強すぎるその刺激も、  
ソフィアによって2年間開発され続けた良美の体には極上の快楽であった。  
 
「イッちゃう!イッちゃうううううう!!!ううくうううぅぅううああああ!!!!」  
 
びちゃびちゃと愛液を飛び散らせ、唯一自由に動く首を前後にゆすりながら  
良美は絶叫と共にその感覚を堪能する。  
 
「は…はひぃーっ、は…ひい…は、あー…」  
 
肺の中の空気を残らず吐き出す勢いで叫んだ良美は、酸素不足を伴う快楽で  
くらむ意識を正常に戻すため乱れた呼吸で必死に空気を吸おうとしていた。  
 
「………」  
「はあ、はあ………ふう……すごかった…」  
 
快感の余韻に浸りながらぼおっとする。脱力してソフィアに全てをゆだねながら  
過ごすこの時間が良美の一番のお気に入りであった。  
 
(ああ…幸せ…)  
 
 
 
良美がイッてから10分ほどが経過した。  
 
「あーあ、今週はまだ3日も仕事かー。日曜はずっとソフィアと一緒にいられるのになー」  
「………」  
 
ソフィアに抱かれながら、良美は呟いている。  
激しい絶頂によるカタルシス。これがあるからこそ良美はずっとがんばってこれた。  
しかし最近それでも抑えられないほど出勤するのが億劫になっている。  
 
「最近何もかも面倒くさいよ…」  
「………」  
「このままソフィアと一つになって、ずうーっと一緒にいられたら、最高なのにな」  
『……………………………………………ホントウニ?』  
「うん。そしたら私…………………………ちょっと待って」  
 
あまりにも自然な流れだったので、良美は一瞬聞き逃してしまった。しかし―――  
 
「今の声誰!?」  
「………」  
 
問い掛けには誰も答えない。当然である。  
この部屋には良美のほかには物言わぬ触手であるソフィアしかいないのだから。  
 
「まさか…ソフィアなの…?」  
「………」  
 
返事はない。その代わりに、いまだ良美の秘部にもぐりこんだままの触手が再び振動を開始した。  
 
「いああぁぁ!いきなりぃ!?そこ…また!んくう、ううぅぅうううう!!!」  
 
性感の中心を抉られるような責めは、二度目の絶頂を簡単に引き起こす。  
 
「そふぃあ…そふぃあなのおぉぉ!!?」  
『………ヒトツ…ニ……ナリ…タイ………?』  
 
再び声が聞こえる。それは耳ではなく、良美の体のもっと内のほうから  
響いてくるようであった。  
 
もう間違いない。この声はソフィアの声だと、朦朧とした意識の中で良美は確信した。  
根拠は何もなかったが、良美にはそう感じられた。  
 
「うん…なるのぉ…!そふぃあとおぉぉひと、つうぅぅぅ!!!」  
『……ヒ……ト…ツ………ニ………!』  
 
イっているのにソフィアは振動を止めてくれない、暴力的な連続絶頂が肉体と意識を焼くなかで、  
良美はただソフィアだけを求め続けていた。自分が心を許す唯一つの存在を。  
 
「あ…ああ…わた、し…つつまれ、てるぅぅ……!そふぃあの…なかに…いるぅ…!!」  
「………」  
 
猛烈な快感によって意識が消えかけの電球のようにオンオフを繰り返すなか、  
良美が記憶する最後の光景は、ソフィアの体から今まで見たこともない本数の  
触手が生え、自分の全身を隙間無く包んで責め続ける姿であった。  
 
 
 
そして一夜が明け―――  
覚醒した良美は、いまだ自分がソフィアの触手で編まれたゆりかごの  
なかにいることに気が付いた。  
良美が目を覚ました事に気づいたソフィアは触手を解き、彼女を優しく床に降ろす。  
 
「ああ……うん、おはよう、ソフィア」  
「………」  
 
ソフィアは何も語らない。  
 
(夢だったのかな、やっぱり……けど、あの感覚は夢なんかじゃないし…)  
 
かすかに聞こえたソフィアの声と、気が狂いそうな快楽、そのどこまでが現実だったのか。  
いくら考えても分からない。  
と、そこで時計が目に入った。  
 
「あー!もうこんな時間!さっさとシャワー浴びて会社行かないと!」  
 
良美は意識を会社人のそれへと素早く切り替えて行動を始めた。  
ソフィアのことは気になるが、ひとまずその事は置いておく。  
彼女は仕事とプライベートはきっちり分ける人間なのだ。  
 
(とりあえず会社が終わったら、触手について調べてみようかな)  
 
そんな事を考えながら、良美は出勤していった。  
忙しい一日がまた始まる。  
 

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