■■「隙間から」〜ゆめうつつであそぶ〜■■  
 
■■【1】■■  
 
 うとうとと眠る朝の満員電車。  
 神楽坂美樹(かぐらざか みき)は、上下車扉の横にあるメタリックな取っ手に掴まり、  
器用にも立ったまま夢現(ゆめうつつ)の中にあった。  
 もちろん、完全に眠ってはいない。  
 かといって覚醒しているわけでもない。  
 満員電車であるという欠点を逆に利点として、時折起こる車体の揺れと共に、  
周囲の人間に疎ましがられない程度に人波に身を任せたりもする。  
 背中の中ほどまであり、彼女の自慢でもある艶やかな長い栗色の髪は  
ダウンジャケットの中に入れてあるため、冬の寒気から背中を守る…  
いわば天然の防寒材となっていた。  
 けれど、今はその暖かさが少し仇となっている。  
 ――少し、暑い。  
 暖房が強いのか、密集した乗客の人いきれがそうさせるのか。  
すべすべとした白くて滑らかな彼女の額にも、うっすらと汗が浮いていた。  
 彼女は、乗車前にジャケットの中に髪を入れたことを少し後悔したものの、  
かといって前のようにハゲオヤジの整髪料がべっとりと付くよりはマシだと思い直し、小さく息を吐く。  
 朝だというのに、ブラのストラップがキツく食い込んだ肩が、もう痛くなってきていた。  
こうして長時間立っていると、いけないと思いながらも自然と背中を丸めるような猫背になってしまう。  
 胸が、重たいのだ。  
 黒いダウンジャケットから垣間見えるクリーム色のセーターを、  
内側から思い切り押し上げる彼女の胸のヴォリュームは、  
欧米人並みに“かなりなもの”だった。  
 実際、父方の母親が北欧の血を引いていて、若い頃はかなりの美貌と豊満な肉体を誇っていたと、  
美樹はその祖母自身から聞いた事があった。その血が美樹の中で生きているのか、  
彼女は日本人にしては肌も白く顔も彫りが少し深かった。  
 そうした若干日本人離れした美貌に、今は更に黒のメタルフレームの眼鏡を掛けているため、  
どこかキツくて冷たい印象を周囲に与えている。  
 その上、彼女は背がそこそこ高く、167センチあるのだ。  
 踵の低いパンプスではなくハイヒールなどを履き、ドイツ軍の女性士官服などをキチッと着込んだなら、  
グラマラスなボディと相俟って少々後暗い趣味の人が素っ裸で跪いた上、  
喜んで足を嘗めそうな…そんな雰囲気さえあった。  
 
 だが、今彼女が身に着けているのは黒のダウンジャケットに、  
襟刳りがゆったりとしたクリーム色のセーター、  
そして膝上2センチほどの「長い」タイトスカートにストッキング、  
ダークブラウンのパンプス…という、やや地味な出で立ちだ。  
 そんな地味な外見にも関わらずヴォリュームたっぷりなバストは、  
同じ車内にいるどんな女性より強烈なセックスアピールを放っていた。  
 彼女は全体のシルエットがほっそりとしており、手首も足首も細く頬もすっきりとしているため、  
その日本人としてはいささか大き過ぎるヴォリュームは、  
単なる「肥満」ではなく「豊満」なのだろうと容易に想像出来る。  
 「肥満」と「豊満」は純然と異なるものだ。  
 クリーム色の柔らかなセーターは、彼女のその豊満さを、よりクッキリと際立たせている。  
 欧米には胸の大きな女性に対して『セーターガール(Sweater Girl)』という隠語があるとおり、  
セーターには女性の胸を大きく見せる効果がある。  
まるで立体裁断されたオーダーメイドのチャイナドレスのように身体にぴったりとフィットして、  
その凹凸を余すところ無く明確にしてしまうためだ。  
身体にフィットするという意味ではダイバースーツなどもその例に漏れないのだが、  
セーターの方がシルエットがやわらかく、女性らしいラインに見せるため  
より艶かしく見えてしまうのかもしれない。  
 メタリックな取っ手を胸に抱えるようにしてしがみ付き、  
カーブに差し掛かった電車の揺れに身を任せていると、時折強烈な視線を感じる事があった。  
 「見られている」という感覚は、人が言うほど鈍いものではない。  
 特に美樹のように人並み外れて豊満な乳房の持ち主であれば、  
周囲の男性が自分のどこを見ているのかすぐに知覚してしまうのである。  
 時々、女友達にさえ自意識過剰だと笑われもするが、実際、  
今も夢現から覚めて顔を上げれば慌てて顔を背け、目を瞑り、  
次の駅が目的地であるかのように下り支度を始める男性が視野に入ってくるのだから仕方ない。  
 そして彼女は、自分が同年代の同じ職業の女性と比べても、  
十分に美しく魅力的であるということを、ちゃんと理解している女性だった。  
 
■■【2】■■  
 
 彼女は、とある地方都市の公立高校の教師をしている。  
 ストレートで教育大を卒業して既に2年が経ち、もうすぐ24歳になる。  
 24歳といえば、女としても脂がのり始めて艶の出てくる頃合だ。  
 
 実際、同僚の教員や生徒の父兄から、折に触れ何度も食事や映画に誘われたりもするのだ。  
彼等が、あわよくば彼女をこの手で抱き、その美しく豊満な肉体を味わいたいと  
願っているのだろうことは、誰に言われるまでもなく明白だった。  
 そういうのは、安っぽいテレビドラマか三流小説、  
または自宅で昼間からパソコンに向かってるような無職の男が暇に飽かせて書いた  
オナニー文の中の世界だけだとばかり思っていた美樹にとって、  
そんな彼等のあからさまに欲情した視線は、むしろ新鮮でさえあった。  
 だからといって誘いに乗るわけにもいかないのが現実というもので、  
かつて教育大を出てすぐの、右も左もわからず日々いっぱいいっぱいだった頃の美樹にとって、  
彼等の浅ましくも性的に“膿んだ”視線というものは疎ましくはあっても  
決して心地良いものではなかった。そして、街の有力者というPTA会長の誘いに過剰に反応し、  
とうとう彼等の反感を買ってしまった彼女は、赴任して1年で現在の学校に移ることを  
余儀なくされてしまったのだった。  
 あの時と同じ轍を踏むのは、二度と御免だった。  
 過剰に反応などせず、軽くいなし、時にはむしろその場の雰囲気を積極的に活用して  
自分の立場と価値を確固たるものにしていく。  
 誰かに教わることも出来ないその方法を、彼女はなんとか模索し、身に付け、  
ようやく今日に至っている。その苦労は決して小さくは無かった。  
 そして、だからこそ誰か特定の男性と懇意になることもまた、この一年、ずっと避けてきたのだ。  
 今の彼女の密かな愉しみといえば、レディースコミックを読んで妄想に拍車を掛けたり、  
脂の光るエネルギッシュな生徒の父兄の逞しいであろう「アレ」を想像したり、  
体育の後で教室に残る、男性生徒達の汗臭くも青臭い体臭の残り香から、  
彼等に誰もいない教室で寄ってたかって犯される…などという夢想に遊んでみるのが関の山だった。  
 今はまだ色素の沈着も見られないが、指やバイブでのオナニーばかりしていては、  
いつか陰唇も黒く濁ってしまうかもしれない。  
 そしてなにより、このままだと確実に婚期を逃してしまうだろう。  
 それよりまず目先の問題として、若さが段々と失われていっているような気もしている。  
同僚であり大先輩でもある、教師生活15年を唯一の心の支えにしている  
干乾びたお局教師のようには、なりたくなかった。  
 最近になって特に、澱のように身体の奥底に重く溜まりギリギリまで抑圧された性欲が、  
熟れた肉体を更に疼かせている。  
 
 放課後の教室の窓から、水飲み場で上半身肌になって火照った身体を静めている  
運動部の男子生徒達を目撃などしようものなら、それだけで腰が重く感じてしまうのだ。  
疲れを知らない彼らなら、飽くまで自分を責め立てて、  
熱くて硬い“激情”で許しを請うまで犯し抜いてくれるに違いない。  
 直に触れる者の無いまま甘く熟れ切った身体を、ただ自分で慰める日々には飽き飽きだった。  
 美しい美貌と豊満な肉体を持ちながら、モデル業や芸能界より、  
教育というものに強い憧れと熱意を抱いて教師になったものの、  
理想と現実のかけ離れた実情に軽い失望を抱いていたことも、  
欲望を押さえ付ける心のタガの弛みに拍車をかけていた。  
 いっそ…  
『…“食べ”ちゃおうかな…』  
 ふと、そんな想いが頭に浮かんだ。  
 今、自分がいる場所が満員電車の中だということも、今は失念してしまいたかった。  
 美樹は左腕を返して、手首の時計に視線を走らせた。  
 今日は、修学旅行の下見に同僚の教師とはるばる九州まで出向くのだ。  
空港までのシャトルバスが出る市の中心街まで、あと20分はかかる。  
いつものように夢想して遊ぶには、ちょうど良い時間だろう。  
 それは“本当に実行出来るはずもない”からこそ、  
自由に羽を伸ばす事の出来る淫猥な夢想だった。  
『こんな想像ばっかり慣れていくなぁ…』  
 彼女は小さく息を吐き、再び、うとうとと夢現(ゆめうつつ)に意識を“落として”ゆく。  
 誰がいいだろうか?  
 教師?  
 例えば、痩せぎすでカマキリみたいな相貌の教頭は、いつも美樹の豊満な胸を見てから顔を見る。  
 彼に乳を吸われ犯される嫌悪感は、いつも欲望を激しく燃え上がらせる。  
 それとも、生徒の父兄?  
 教え子の保護者と姦淫してしまうという背徳感は、妄想のセックスに振り掛ける最上のソースだ。  
 背徳的であるからこそ、その快美感は極上に違いない。  
 けれど、どちらも今の気分にはピンと来なかった。  
 では…生徒?  
 オンナを知らない教え子を導くつもりが、  
反対に自由にされてしまい「女の弱さ」を強制的に自覚させられてしまう屈辱感。  
 または教え子と姦通してしまうという、保護者とそうなってしまうよりも、より強い背徳感…。  
 美樹は無意識に唇を舌で濡らし、頬を笑みにゆるめた。  
『…相手はD組の…そう、山下達也くん…』  
 柔道部に所属し、朴訥としていながらガッチリとした体付きで  
動作もキビキビとしており「愚鈍」とは縁遠い雰囲気の子だ。  
 実は前から、“ちょっといいな”とは思っていた子だった。  
笑顔が高校生らしく爽やかなのもポイント高い。白い歯と短く刈った髪が、  
汗臭く不潔と言われている柔道部であっても、むしろ清潔感の方を際立って感じさせる。  
 
 そして彼は、美樹に単なる教師以上の感情を抱いている。  
 少なくとも彼女はそう感じていた。  
 彼は美樹が教えている数学が本来、苦手の科目のはずだった。  
 なのに授業中の熱心さは目を見張るほどで、しかも時折、授業中や廊下で、  
彼の決して勤勉意欲から来るものではないのだろう“熱っぽい”視線を感じたのは、  
一度や二度ではないのだ。それも他の生徒のように、  
単に身体目当ての嘗め回すようないやらしい視線ではなく、  
どこか「崇拝」さえ感じさせるものだった。教師に恋した自分に戸惑い、  
そして手の届かぬ高嶺の花と半ば諦めつつも恋焦がれてしまう…。  
 そんな好ましい純真さを感じさせるような視線だった。  
 電車は駅に進入し、新たに人を乗せてすぐさま発進した。  
降りる人より乗り込む人の方が多いため、人の密度が更に増したようだ。  
 ドアに半ば押し付けられるようにして、美樹は目を瞑った。  
『…放課後の…誰もいない…教室…夕日…』  
 人の目を盗んで、素早く彼に口付ける自分を、彼女は夢想する。  
 
 そして、逃げる。  
 
 わざと。  
 
 追ってくる少年。  
 放課後には人の滅多に来ない、特殊教室練の化学準備室まではすぐだ。  
 そこに彼女は“逃げ込む”。  
 もちろん、それはわざとである。“走ったことで乱れてしまった服”の胸元から、  
豊かな乳房のまろやかな丸みや氷河のクレバスのような深い谷間が覗いていることも、  
ちゃんと知っている。  
 追い詰めた彼は後ろ手にドアを閉め、錠をかける。  
 熱にうかされたように、いつもの穏やかな彼とは全然違う動きだった。  
 目が血走っている。  
 息が荒く、口の中で真っ赤な舌が踊っている。その様子は、  
まるで獲物を前にした野獣のようだ。  
 彼の汗の匂いが“むっ”と押し寄せ、  
美樹はその“オスの匂い”に頭がくらくらするほどの陶酔を感じる。  
『…あぁ…』  
 机を背にじりじりと逃げようとする美樹を乱暴に捕まえ、今度は彼から荒々しいキス。  
 そして柔道で鍛えられた無骨で逞しい手が、「期待」に震えて揺れる乳房を掴み、捏ね、  
そしてブラウスをボタンが弾き飛ぶのも構わずに強引に押し広げる。  
『…待って…ここじゃいや…』  
 
 嘘だ。  
 
 “ここ”がいい。  
 
 教師という聖職が身を置く聖域である『学校』の、しかも人気(ひとけ)が無いとはいえ、  
いつ誰が来るとも知れない“ここ”が、いい。  
 
 彼が美樹の、どうしようもなく豊かな乳房に…若々しく張りがありながら  
自重によってわずかに下垂した“おっぱい”にむしゃぶりつく。  
『きゃ…ぅん…』  
 彼らしくない粗暴さに驚きながら、それでも美樹は声を抑えられず、甘い艶声を上げる。  
 彼はなめらかで白い肌のやわらかいおっぱいを夢中で嘗め、しゃぶり、  
そして噛んで、下品に音を立てて吸う。  
 “ちゅばっ!”と湿った音と共に充血した乳首へと与えられる刺激は、まるで拷問のようだ。  
 熟れた美樹の身体には少年の性技では稚拙であり、的確に快楽を得る事が出来ず、もどかしい。  
 だが、そのもどかしささえ、愛しかった。  
 彼は我を忘れておっぱいばかりを責め立てる。  
まるで美樹にはおっぱいしか性感パーツが無いとでも言いたげだった。  
 それともこの年頃の少年は、おっぱいにしか興味が無いのだろうか?  
 美樹は夢想の中で“くすり”と笑った。  
 それは余裕のある大人の笑みだ。  
 自分は彼よりも5つも年上なのだから、  
自分の方からリードしてあげるのが道理だろうと思ったのだ。  
 それと同時に、おっぱいに夢中でむしゃぶりついている彼が、  
どうしようもなく愛しいと感じていた。  
 夢想の中の美樹は、彼の左手をそっと取ると、自らタイトスカートをたくし上げ、  
その中へと誘い入れた。そこはもうしっとりと濡れ、  
彼の愛撫を今か今かと待ち侘びているのだ。  
 彼は初めて(?)触れるオンナの股間の熱さに、思わず手を引くが、  
美樹はそれを許さずもっと奥へと導いてゆく。  
 下着のクロッチ部分の端から、彼の指が“ぬるっ”とした陰唇を撫でる。  
 陰唇は頃合良くほぐれ、彼の指をその狭間へと…  
『……!……』  
 
 その時だった。  
 
 美樹の夢想は、不意に断ち切られた。  
 
■■【3】■■  
 
 美樹は、腰の上、尻の割れ目のやや上辺りに“さわっ”と触れるものを感じて、  
夢現の中で身を硬くした。  
『…やだ…痴漢?』  
 その美貌と、いくら地味な服を着ようが隠し切れない豊満な肉体を持つ彼女は、  
痴漢に会うのはこれが初めてではない。  
 そして、美樹は男に触れられることに恐怖を感じるほど、潔癖でも無かった。  
『……気のせい…?…』  
 電車の揺れに手が触れた。  
 カバンが触れた。  
 それどころか、ただ体が触れただけ。  
 痴漢以外に身体に感じる感覚など、それこそ満員電車に乗れば日常的なものだ。  
 
『……じゃない…か…』  
 美樹は、再び右のお尻の頬肉辺りを“さわさわ”と撫でるような感覚に溜息を付いた。  
 そして素早く左手を後にまわす。  
 前に彼女を痴漢した男は、手首を捻り上げると、  
すかさず近くのガッシリとして真面目そうな男性に引き渡してやった。  
 コソコソと女性の身体を撫で回す男など、いっそ死んでしまえばいいのだ。  
『あれ?』  
 だが、後に回した彼女の手は、何も掴む事無く空を切った。  
 それどころか…  
「…す、すみませんっ…」  
 彼女に背中を向けていた中年男性のお尻辺りを、他でもない、  
自分が“さわさわ”と触ってしまったのだった。  
『この人…じゃない…わよね…』  
 バッグからケータイを取り出すポーズをした美樹に、  
男性は不審そうに眉を寄せ、再び文庫本に視線を落とした。  
 彼女は男性に頭を下げると、着信を調べる振りをしながら再びドアに身を寄せた。  
『じゃあ…これ…なに…?…』  
 ケータイをバックに入れ、その際に身を捩って腰辺りを見た。  
 
 今も、自分の腰を触れる者がいる。  
 
 そしてその感覚は、少しずつお尻の谷間の方へと下がり始めていた。  
『…そんな…誰も…』  
 いや。  
 違う。  
 あやふやだった感覚が、段々と鮮明になってきていた。  
 腰を、お尻を撫でているモノは、スカートの上から撫でているのではなかった。  
 “それ”は、下着の中を動き回っているのだった。  
『うそっ!?』  
 一瞬頭に浮かんだのは、  
何かの理由で「虫」が入り込んでしまったのではないか?というだった。  
 だが、その考えはすぐに吹き飛んだ。  
 なぜなら“それ”が、“つうっ”とお尻の谷間を滑り降り、  
後の穴を突付いたからだ。  
「きゃっ!?」  
 思わず悲鳴を上げ、そして咄嗟に口を押さえて周囲を慌てて見回すが、  
彼女の周りの人々には怪訝そうな顔をされるだけだった。  
 俺は何もしていないと、吊革にかけた両手を見る男、  
背中越しに美樹を見る中年の女性、両手にバッグを抱えた20代くらいの女性…  
誰も、美樹の行動を訝しげに…そして少々疎ましげに見ていた。  
 美樹は再び誰にとも無く頭を下げ、  
ドアに額を押し付けて“それ”が突付いているお尻の穴を思い切り締めた。  
 明らかに“それ”は彼女のお尻の穴に“侵入”しようとしていたからだ。  
 何度も執拗に穴を突付き、皺の一本一本を確かめるように周辺を撫でる。  
 その刺激は、彼女の圧し込めたモノを身体の奥深くから  
そろそろと引き出そうとしているかのようだった。  
 
『…なに…なにこれ…??』  
 最初に想像したのは、いつか見た、蛸に絡み付かれている女性の描かれた浮世絵だった。  
 肛門を突付き、撫でている“モノ”は、お尻の谷間に挟まるようにして横たわっていたからだ。  
 けれど、タコのような吸盤は無い。  
 表面はむしろ“つるり”としていた。  
 次に浮かんだのは、クラゲの触手だった。ブヨブヨとしてぬるぬるとしている、半透明のアレだ。  
 そして、イソギンチャクの触手、ナメクジ、ミミズ…色々な“長くて”“やわらかくて”  
“うねうねとする”ものが頭に浮かんで、そのたびに彼女を“ゾッ”とさせ慄(おのの)かせた。  
『あ…うそっ…』  
 そうこうするうちに、“ソレ”は肛門への侵入を諦めたのか、“するり”と身を捩って、  
もっと奥へ奥へと、閉じられながらもしっとりと潤んだ陰唇の間に頭を潜り込ませた。  
 膣口は締める事が出来ても、陰唇は随意で閉じる事は出来ない。  
 まるでそれを知っているかのように、“ソレ”は陰唇の“中”を“にゅるにゅる”と前後した。  
「…ぁっ……!!」  
 思わず声が上がり、美樹は“ぎゅっ”と瞑った目を薄く開ける。  
 恐る恐る周囲を伺うと、彼女の様子に気付いた者は誰もいなかった。  
 びくっ…と身体が震えた。  
 “ソレ”がとうとう、女性の大切な部分への侵入口を探り当てたのだった。  
「…っ…!…!っ……!!…」  
 目を瞑り、唇を引き結んで、美樹は膝近くまである“長い”スカートの中で太腿を擦り合わせた。  
 こんなことで“ソレ”の侵入を拒めるとは思えなかったが、そうせずにはいられなかった。  
 
 “正体不明の何か”が、身体の胎内(なか)に入ってくる。  
 
 それは恐怖だった。  
 恐怖のはずだった。  
 
 なのに。  
 
『…うそ…こんな…』  
 セーターの中、胸にぶら下がる日本人離れした二つのでかい乳が、重く重く張り詰めている。  
先端の桜色の尖りに熱い血液が集まり、今まで無いくらい硬く勃起してじんじんと疼いていた。  
 認めたくない事ではあったが、認めないわけにはいかなかった。  
 
 ――欲情している。  
 
 下着はもうぐっしょりと濡れ、『蜜』はストッキングにまで染み出している始末だ。  
 美樹は、自分は『蜜』――愛液は多い方だと思っている。  
 そしてそれは事実だった。  
 じくじくとたっぷり愛液を吸った下着が、いやに重く感じられる。  
 生理前か生理中であれば、おりものシートやナプキンで吸収し、  
ストッキングまで染み出すのは防げたかもしれなかった。  
 こんな時だというのに、そんな事さえ思った。  
「〜〜〜〜〜!〜〜」  
 不意に“にゅるんっ”と、“ソレ”が何センチか“奥”へと潜り込んだ。  
 ナプキン派の美樹にとって、指でもバイブでもローターでも男のアレでもないものを  
あそこに入れるのは、本当に初めてのことだった。  
 
『…は…入って…くる…ぅ…』  
 彼女は、もうずっと長いこと「男」を身体に迎い入れていない。  
 最後にシタのは、いつだっただろう?  
 高校時代に付き合っていたケンジは、  
ヴァージンまで捧げたのに他に女が出来るとあっさりと美樹を棄てた。  
 彼に言わせると自分は「重い」のだという。  
 いくら美人でも、美味しそうな体をしていても、  
ただ付き合うだけの女に全てを拘束されたくはないのだ、と。  
 その後、大学時代に3人の男性に抱かれたけれど、全て半年も持たなかった。  
 なぜなら、彼女は身体を許した男に全てを与え、全てを要求してしまうから。  
 男の目が、腕が、愛が、自分だけに向いていないと  
悲しくて悲しくて死んでしまいそうになるから。  
 だから、自分を抱く男には他の女を見て欲しくなかった。  
 触れて欲しくなかった。  
 親しげに話しても欲しくなかった。  
 貞淑な母から与えられた貞操観念は、奔放な性を無意識に拒むよう美樹を育て上げてしまった。  
 早熟に発達した身体に満ちる性欲を、彼女は自由に開放することなく歳を重ねてしまったのだ。  
 唯一彼女が自分に許したのは、“本当に実行出来るはずもないからこそ、  
自由に羽を伸ばす事の出来る淫猥な夢想”だけだった。  
 性欲は強い方だと思う。  
 かといって男性経験が豊富だというわけではなく、  
男好きのする美貌と身体を持ちながらこの年齢で4人は、むしろ少ない方に入るだろう。  
 決して相手がいなかったわけではない。  
 声を掛けてくれる男性は星の数ほどいた。  
 ただ、チャンスがなかったのだ。  
 そして教師になってからは、ますます性を開放する機会は失われていった。  
「…っ…」  
 ドア横の手摺りを抱き、それに乳房を擦り付けるようにして、  
美樹は勃起した乳首を宥(なだ)めた。  
『…ぁあ…うそっ…うそっ……』  
 “ぬるる…”と、愛液に満ちた膣内を“ソレ”が遡ってくる。  
 じりじりと単細胞生物は這い進むようにゆっくりと膣内を進み、  
子宮へと至ろうとしている。  
 子宮に進み“ソレ”は何をしようというのか。  
 一瞬、子袋の中にナメクジのようなぬらぬらとした軟体生物が  
みっちりと詰まった情景を想像してしまった。  
 
 ――ゾッとした。  
 
 …が、ゾッとしながらもますます熱く火照り始めた躰は、一向に静まる気配を見せなかった。  
 むしろ得体の知れない“モノ”に着衣のまま、他にも人がいる満員電車の中で  
“犯されている”という事への、わけのわからない興奮が全身を貫いていた。  
 そして…  
『あっ!…あぁあぁぁあああっぁあ〜〜〜〜〜…』  
 膣内で、“ソレ”がいきなり“むくむく”とその体積を増していった。  
 
『…うそっ…うそっ…』  
 狭い膣壁を押し広げ、みっちりと詰まり、やがて“ソレ”の体積の増加は、  
男性の男根と同じか、それよりやや太くなって止まった。ツチノコのように、  
またはさながらアプリケーターを外したタンポンのように、  
“ソレ”は膣内でいっぱいまで太くなり、膣口から外に出ている部分は細いままのようだった。  
 括約筋でぐるりと囲まれた膣口から一旦中へと入れば、  
膣内は柔軟性に富み、より太いものを許容する事が出来る。  
 それでも、内臓に異物が入り込んだ事によるその圧迫感は、  
美樹の腹腔を押し上げて彼女を少し苦しくさせた。  
『…動いてる…』  
 女性の膣壁は、男性が考えるよりも遥かに感覚が鈍く、  
圧迫感や痛覚は感じてもそれ以外の感覚に対しては鈍感とさえ言える。  
ましてや温度の変化には特に鈍く、膣内射精されても精液の温かさなど、  
とても感じられるものではない。快感を感じる神経は膣口周辺に密集し、  
膣内で射精されたかどうかは膣口を押し広げる男根の射精時の脈動や射精後の収縮でしか  
知る事が出来ないのが実情だった。  
 美樹は涙の潤んだ瞳で周囲に視線を走らせ、  
自分が必要以上に目立っていない事を何度も確かめると、  
何でもないように背筋を伸ばして顔を上げた。  
 だが、実際はそうしながらも、あそこはとろとろにとろけ、  
頭の中は胎内で“ぐにぐに”と動いている“ソレ”の事でいっぱいになっていた。  
 もう、何も考えられない。  
 “ソレ”の事しか、考えられない。  
 細かい形はわからないけれど、“ソレ”は男根よりも太く、長く、  
おそらく子宮の入り口近くまで伸びているのだろう。  
 圧迫感で痛みを感じても良さそうなものなのに、  
それどころかじわじわと何かが染み込んでくるように膣内が熱を持ち、  
そこからたとえようもない快感が脊髄を這い登ってくる。  
「…っ…」  
 膝がガクガクと笑い、ちょっとでも気を抜くとあっという間に腰が砕けそうだった。  
 “ぞくぞくぞくっ”と腰骨から脇腹へ、骨盤から恥骨へと、  
泣きたくなるような切ない疼きが走り抜ける。  
 それは、今まで抱かれた、どんな男にも与えられた事の無い感覚だった。  
「―っ…」  
 やがて膣内で、ミミズや芋虫がそうするような蠕動運動が行われはじめると、  
美樹は“ソレ”が単なる“つるり”とした棒状のモノではなく、  
洗濯機の排水チューブのような蛇腹状の表面であることを知覚した。  
 彼女は無意識に“きゅっ…きゅっ…きゅっ…”と肛門を締め、  
膣口をいっぱいに広げている“ソレ”の存在を確かめた。  
 バイブよりもやわらかく、男根のようにあたたかく、そして動きは指のように繊細だった。  
 
 “こりこり”とした筋肉で覆われた膣壁を丁寧にこそぎ取るようにして  
非常にゆっくり動く“ソレ”は、膣口から数センチの間隔を上下し、  
充血した小陰唇を擦り、膣口近くの襞を引き込み、めくり、  
たっぷりと染み出した『蜜』を外へと掻き出している。  
 そしてとうとう、それ以上下着に吸収される事のなくなった『蜜』が、  
ストッキングを“じゅくじゅく”と濡らし“つうっ…”と太腿へと垂れた。  
 その強烈な…それでいて決して激しくはないもどかしいほど優しい刺激に、  
美樹はドア横の取っ手に掴まり“ぶるるっ”と身を震わせた。  
「…だめっ…」  
 吐息混じりの熱い艶声が、ガラスを白く曇らせる。  
 ダウンジャケットの下のクリーム色のセーターの中で、重たく、熱く、大きく、  
質量を増した豊かな乳が弾み、硬く尖った乳首はジンジンと疼いて、  
ブラの裏地に擦れるだけで気が狂いそうになるほどの快感を脳へと送り込んでくる。  
 今すぐブラを外し、充血した乳首を自らの指で捏ね、摘み、捻りたいと熱望してしまう。  
 美樹の薄く開かれた両目からは、潤んで溜まった涙が今にも零れ落ちそうだった。  
 傍から見れば、まるで男に振られた女が、愛しい日々を思い出して泣いているようにさえ見える。  
 けれど先ほどの事もあって「変な女」という認識を与えた彼女に、  
いくら美人だといっても声を掛けようとする人はいなかった。  
 そもそも、どこの誰が想像出来ようか。  
 満員電車の中で得体の知れないモノに犯され、膣内を蹂躙され、  
息も絶え絶えにすすり泣く女が現実に存在するなどと…!  
「……ぅ……っ…はっ…」  
 “ぶるっ…ぶるっ…”と、断続的に腰が、体が震える。  
 どんどん“内圧”が高まり、  
もういつ“達して”しまってもおかしくないほど美樹の肉体は熟し切っていた。  
 その時、車内のアナウンスが不意に次の停車駅を知らせる。  
「…あっ…」  
 今、目の前の扉が開いたら、きっと自分は馬鹿みたいに呆けた…  
それでいてハッキリと欲情している事を示すとろけた顔を、  
ホームにいる大勢の人々に見られてしまう。  
『…まって……まってまってまって…』  
 胎内で蠕動する蛇腹状の“ソレ”に翻弄され、  
全く力が入らなくなってきた脚に精一杯力を込めて、  
美樹は取っ手にすがりつくようにして再び背筋を伸ばそうとした。  
 電車は彼女の状態にはお構い無しに駅へと進入する。  
 一瞬、身を硬くした彼女は、電車反対側の乗車扉が開いた事にほっとした。  
『―あっ…ああぁっ…』  
 と同時に“さわさわ”と優しく子宮口を撫でられ、  
痛みとも快美感ともつかない淡く優しい刺激に腰が砕けそうになる。  
 脳がとろけ、意識が混濁し、白濁した快美感に全身が犯されてゆく。  
 キモチイイ。  
 ものすごくキモチイイ。  
 ずっとこうしていたい。  
 ずっとこうして犯されていたい。  
 美樹の自意識は、もはや“ソレ”に対して屈服しきっていた。  
 
「…ん…ひぃ…」  
 気が付くと“ソレ”はいくつもの枝に分かれていた。  
 いつの間にかそのうちの三つが前に回り、  
一つが強い快感に包皮に隠れたクリトリスを掘り起こし、  
撒き付き、二つが下腹から上へと伸び上がって胸元まで侵入を果たしていたからだ。  
 包皮は剥かれ、自分でもちょっと大きいかも…と思っている5ミリ程度の敏感なクリトリスを  
一本の柔枝が獲物に撒きつく蛇さながらに“にゅるにゅる”と締め付けている。  
『ひぃんっ…っ…ひっ…ぃ…』  
 腰が砕け、へっぴり腰のままドア横の手摺りにしがみ付いて、  
美樹は下唇を噛んで声も上げず悦びにむせび泣いた。  
 そしてセーターの下では、ブラの隙間から入り込んだ“ソレ”が  
豊満な乳肉の上を“ぬるぬる”と這い寄る。  
 先端の尖りへ、熱く硬く大きく勃起した乳首へ。  
「…っ……っ…」  
 “ふっ…ふっ…ふっ…”と、荒い吐息を密やかに吐いていた美樹は、  
敏感な乳首に絡みついた“ソレ”のねっとりと執拗な動きに何度も身体を震わせた。  
それはまるで、子供がキャンディをねぶるように執拗で遊びに満ちた、  
耐え難く狂おしい責めだった。  
『…ぁ…っ…イッ…く…』  
 膣内の“うねうね”とした蠕動運動と、クリトリスと両乳首に同時に与えられる刺激。  
 耐えられなかった。  
 耐えられるはずもなかった。  
「…ぁ…はぁ…」  
 そうして美樹は、立ったまま、服を全て着たまま、陽の明るい朝に、満員電車の混んだ車内で。  
 
 うっすらと唇を開いた恍惚の表情のまま崩れ落ち、気を失った。  
 
■■【4】■■  
 
 目覚めた時、最初に目に入ったのは見た事も無い天井だった。  
 薄汚れた天板に、長い蛍光灯が2本。  
 一本は暗く、一本は浩々と光っている。  
「大丈夫ですか?」  
 瞬きを何度かしていると、やがて視界に、紺色の制服を着た初老の男性が顔を覗かせた。  
「……こ…こは…?」  
「駅の救護室ですよ。あなた、車内で急に倒れたそうで…」  
「…倒れた…」  
「運び込まれた時、あなた、まだ意識があったんですが  
…自分でベッドに上がったんですよ?覚えてませんか?」  
「……何時ですか?」  
 右手の甲で目元を覆って蛍光灯の光を遮りながら、美樹は駅員の質問には答えず溜息を吐いた。  
「もうすぐ11時20分になりますよ」  
 ――なんてことだ。  
 約束の時間を2時間近くも遅れている。  
 
 空港への、待ち合わせていた時刻のシャトルバスが出てしまっているどころか、  
搭乗する飛行機にすら遅れてしまった。  
 おそらく何回も着信があったであろうケータイを手にしようとして、  
バッグがベッド横にある机の上に置かれていることに気付き、美樹は重い体を起こした。  
「まだ、寝ているといいですよ。何か飲みますか?お茶は?」  
 ベッドから降りようとしてふらついた美樹を、  
駅員は優しく支えて柔和な顔に刻まれた皺を深くした。  
 そんな彼に、彼女は首を振り、ベッドに腰掛けて促されるまま再び仰向けに横になる。  
 体にかけられた毛布と薄い布団の中で、美樹は腰を男性から避けるようにして捻り、  
そろそろとスカートをたくし上げて左手の中指を股間に当てた。  
 ストッキングが少し湿っているように感じるものの、  
垂れ落ちるほどの愛液でぐっしょりと濡れていたのが嘘のようだった。  
『…夢…?…』  
 全部、夢だったのだろうか?  
 うとうととした夢現の中で夢想したことが原因で、  
空想と現実を混同してしまったのだろうか…?  
 彼女は、深く溜息を吐いた。  
 だがすぐに彼女は、それが安堵の溜息では無い事に気付いた。  
『あたし……ガッカリしてる…』  
 体が、軽い。  
 今まで澱のように溜まっていたどろどろしたものが、すっきりと洗い流されてしまったようだ。  
 抑圧されていたものが、綺麗サッパリと無くなったように感じる。  
 もしそれが、“アレ”のお陰だとしたら…。  
『……!…』  
 美樹は不意に起き上がると、両手で下腹を押さえて“こくっ”と唾を呑み込んだ。  
 
 ――「いる」。  
 
「ふふふっ…」  
「…どうしました?」  
 美樹が目覚めたことを同僚に報告しようと救護室のドアを開けた駅員は、彼女の声に振り返り…  
「…なんでもありません。…なんでも…」  
 ベッドの上でとろけるような甘い微笑みを浮かべた彼女を見て、  
年甲斐も無く胸が高鳴るのを感じていた。  
 
         −おわり−  
 
■■「隙間から」〜ゆめうつつであそぶ〜■■  
 
 

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