九  
 
「ごめんねユキ、みんなのいる前であんな恥かしいこと言っちゃって・・・・・・」  
 
 トマトみたいに真っ赤になったクララが、眼を潤ませながらボソボソと呟く。  
 隣に座る幸村にだけ聞こえるような小声で。  
 
――ガッタン!  
 
「いっ!?」  
 尾てい骨への振動に思わず幸村が声を上げる。  
 二人を乗せた馬車が一瞬弾んだ。車輪が小石を踏んだようだ。  
 
 クララが学ぶ王立高等法院。  
 幸村は、毎朝クララの召使いとして、馬車に揺られて片道三十分の道行きを共にする。  
 
「でも、キミだって悪いんだよ? キミが今朝、あんな真似しなかったら、ボクだってもう少し冷静でいられたのに」  
「お嬢様」  
「・・・・・・なに?」  
 
 それまで俯きっぱなしで、ろくに幸村の方を見ようとしなかったクララが、ようやく顔を上げる。  
 まだ赤くなった顔色は治まっていない。一度落ち着いてしまうと、よほど朝食での独占宣言は恥かしいものだったのだろう。  
 そんな彼女を見るたびに、幸村はクララが愛しくてたまらなくなる。  
 
「お嬢様のお言葉、僕は素直に嬉しかったですよ?」  
「ユキ・・・・・・」  
「僕は幸せ者です。お嬢様のようなお方にここまで愛して頂いて」  
「ちょっ・・・・・・やめなよ、そういうこと言うの。何か照れくさいじゃないか」  
「だって、嬉しいものは嬉しいんです。仕方ないじゃありませんか」  
 
 ちらりと上目遣いに彼を覗くクララに、幸村も、はにかみながら笑顔を返す。  
 
「もうっ、知らないっ!」  
 
 そう言いながら、再び真っ赤になって下を向くクララに、  
(ああ、ひょっとして、あれか。これが“萌え”というやつなのかな?)  
 と、幸村も純粋に胸のうちを疼かせる。  
 
 実際、この彼の主は、非常に照れ屋で、はにかみ屋で、恥かしがり屋だった。  
 いつもは明るく、元気一杯で、身体を動かす事が大好きなお転婆娘なのだが、ふとした弾みでスイッチが入ってしまうと、お地蔵さんのように、もじもじと動かなくなってしまう。  
 
 そうなったクララは、可愛い。  
 すごく可愛い。  
 幸村は心底、そう思う。  
 
 実際、クララの容貌だけを見るなら、彼女は少なくとも美人のカテゴリーに入る女性ではない。  
 顔の造型や、スタイルを比較するなら、はっきり言ってヒルダの方が数倍美しい。  
 
 しかし、クララの持つ天性の陽気さが、彼女の独特の愛嬌を生んでおり、その愛嬌と素直な性格が生み出すその魅力は、見るもの全てをホッとさせる可愛げに満ちている。  
 ヒルダの魅力が外貌の美しさだとするなら、クララの魅力は内面からにじみ出る可愛さだ、と言えるだろう。  
 
 だが、正直に言ってしまうと、彼とてクララの魅力に最初から気付いていたわけではなかった。  
 実際、彼女に対する幸村の第一印象は、無駄に騒がしくて、わがまま一杯に育った世間知らずなガキ、というものだった。  
 
 そして幸村は、この性的にはとても奥手な少女の性奴としてではなく、むしろ、遊び相手として買われたのだということを知った。  
 彼は伯爵に感謝した。  
 そして、伯爵の意に報いるため、最大限の努力をした。  
 
 やがて、少女の信頼を勝ち得た彼は、活発な反面うぶな主の、夜の行為をも指導する立場になっていった。  
 結果、宮中や高等法院で、わずらわしい礼儀作法に四苦八苦していた彼女のストレスは発散され、理不尽なワガママとして屋敷の者たちに猛威を振るっていたエネルギーは鳴りを潜める事となる。  
 幸村は、不在がちな伯爵に代わって、唯一クララの手綱を握れる存在として、屋敷で存在価値を認められていった。  
 
――しかし、だからといって当時の幸村が、本当の意味でクララを愛していたかというと、それはまた違う話であった。  
 
「お嬢様」  
「・・・・・・」  
 
 クララは、今度はもう返事すらしない。  
 
「お嬢様、キスしましょう」  
「・・・・・・・え?」  
 
 眼を丸くするクララの顎を掴み、抱き寄せ、唇を奪い、舌を捻じ込む。  
 
「んんんんん〜〜〜!!」  
 
 数秒、抵抗しようとしたクララだったが・・・・・・やがて脱力し、さらには彼以上に情熱的に舌を絡ませ、両腕を幸村の背中に回し、背骨も折れよとばかりに彼を抱きしめた。  
 
「んぐっ!?」  
 ごきり、と悲鳴をあげる幸村の背骨。  
 彼は思わず唇を放そうとするが、今度はクララがそれを許さなかった。  
 のけぞろうとする幸村の後頭部をがっつり掴み、そのまま馬車のシートに彼を押し倒す。  
 
「んふっ、逃がさないよ〜だ」  
 互いの鼻息さえかかる距離。潤んだ瞳でそう囁くと、彼女は再度、幸村の唇にむしゃぶりついた。  
 
 ごくっ、ごくっ。  
 
 自分に覆い被さる女主人の、大量の唾液を飲み干す。  
 甘い。  
 とても甘い。まるで上等の果実酒だ。いつも思うがヒルダのものとは全く違う。  
 
(ヒルダ・・・・・・か)  
 
 そうなのだ。彼がクララの天性の魅力に気付いたのは、もとはと言えばヒルダに凌辱された事がきっかけなのだ。  
 ヒルダによって地獄に突き落とされ、その時初めて、彼は無垢なる天使のような主の笑顔に癒されていた自分に気が付いたのだ。  
 
「どうユキ、ボクの唾液おいしい?」  
「はい・・・・・・甘くて、おいしい、です」  
「そっか、おいしいんだぁ。んふふふふふふ・・・・・・・」  
 
 クララは制服のスカートから、しゅるりとショーツを脱ぎ捨てた。  
 
「お嬢様」  
「キミが悪いんだからねユキ。キミが、キミがそうやって誘うから、ボクのアソコはぐちゃぐちゃになっちゃたんだ。ほんと、悪い子だよキミは」  
 
――悪い子。  
 
 そう言われた瞬間、罪の意識で胸が張り裂けそうになる。  
 
(オレは、お嬢様を騙して、裏切ってる・・・・・・!)  
 許されるはずがない。  
 こんなにも自分を想ってくれる主を。  
 こんなにも無邪気で可愛い御主人様を。  
 その想いを裏切り、踏みにじっている自分がここにいる。  
 ヒルダの与えてくれる快感が圧倒的であるほどに、幸村のクララに対する罪の意識は増大し、彼女への後ろめたさが巨大化するほどに、彼の中でクララの発する輝きは、ますます磨きがかかってゆく。  
 
「さあ、いれるよ! キミのおかげで、もう朝から欲しくて欲しくて仕方がなかったんだからね」  
 
 クララは馴れた手つきで幸村のベルトを緩め、ズボンを下ろすと、そのペニスに股間の照準を定めた。  
 
「しかしお嬢様、今から始めたら、途中で学校に着いてしまいますよ!?」  
「いーの!そんな事キミが気にしなくてもいーんだよ!」  
「しかし、伯爵様にお叱りを受けるのは僕――ぐぅっ!」  
 
 ずぶっ、ずずずずず。  
 
 クララは、はにかみながらも娼婦のような笑みを浮かべ、眼前に横たわる男の陽根に腰を降ろし、自らの花芯の奥へと導いていく。あの頃の奥手な少女が、まるで別人のようだ。  
 
「・・・・・・あああああ・・・・・・・いい、よ・・・・・・いいよおおおおお・・・・・・!」  
「ああああ、お嬢様・・・・・・」  
 
 こつん、こつん。  
 
「かはっ!?」  
 最深部まで吸収された幸村のペニスが、クララの子宮口をノックする。  
「ひぎぃっ!」  
 騎乗位で幸村の腰にまたがっていたクララが、膣奥の刺激にたまらず抱きついてくる。  
 
「ゆきぃぃ、ちゅーしてぇぇ・・・いいよぉ・・・ちゅーしてくんないと・・・・・・あああっ!!・・・・・・ボクっ、ボクっ、おかしくなっちゃうよぉ・・・」  
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、おっ、じょうさ、まっ!」  
「んちゅーしてってばぁ!!」  
   
 その命令に幸村が応える前に、我を忘れたお嬢様は彼の唇に吸い付き、舌を絡める。  
 
 ずちゅっ、じゅる、ぴちゃぴちゃ、じゅるる・・・・・・。  
 
 一分近いディープキスを堪能したクララは、狂ったように、それこそ朝からのフラストレーションを一気に晴らすかのように、幸村の顔を舐め始める。  
 
「はぁっ、はぁっ、・・・・・・おいしい。・・・・・・ゆきのつばも、かおも、くちびるも・・・・・・すっごく、すっごく、おいしいよぉっ」  
「はぁっ・・・・・・ありがとう、ございますぅっ!」  
「ぁぁぁ、すき、だいすき、だいだいだいすきぃ・・・・・・ボクもう、キミがいないと・・・・・・いきていけないよぉっっ!」  
「お嬢様・・・・・・」  
「すき? ゆきはボクのことすき? ずっと、ずっと、ボクだけのゆきでいてくれる?」  
 
 
 何という質問をするのだろう。  
 はい、と言おうとした瞬間、幸村の脳裡に浮かぶのは、自分を凌辱し、嘲う銀髪の女の顔、声、そして圧倒的なまでの性感魔法の感触。  
 
『貴方はもう、お嬢様を裏切ったのです。この身体はもう、お嬢様だけのものでは無いのです。私のものでもあるのです。やがて貴方はお嬢様を抱く度に私の事を思い出すようになるでしょう』  
 
(ちがう! ちがう! ちがう! ちがう!)  
「好きです! 好きです、お嬢様!! 大好きです!!」  
 
 幸村は何かを振り払うかのように、それ以上に増して腰を使い始める。  
 
 こつん、こつん、こつん。  
 
「ああああっ!ゆきっ、ゆきっ、うれしっ・・・・・・うれしいよおぉぉ!」  
 亀頭の先が激しく子宮を突き上げる。クララはもう、ほぼ半死状態だ。  
「いぐっ!いぐぅぅぅぅ!!」  
 
 幸村は、クララの後頭部に手を回すと、さらに激しいキスをした。  
 クララも幸村の意図を悟るや、彼に激しく抱きつき、二人の距離をゼロに縮める。  
 
 彼女はイッた。  
 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・」  
「・・・・・・ユキ」  
「・・・・・・」  
「・・・・・・イケなかったの・・・・・・?」  
「・・・・・・申し訳ありません、お嬢様」  
「気にしないで・・・・・・そんな日もあるよ・・・・・・」  
「・・・・・・申し訳ありません・・・・・・!」  
 
 絶頂を極め、それ以上に幸村から“好き”と言われて、幸せに満ち溢れた表情をするクララ。その反面、幸村の眼前には、一面の暗黒しか映ってはいなかった。  
 
十  
 
 高等法院の授業は退屈だ。  
 実際のところ、クララにとってここは、屋敷で家庭教師を相手に予習した事を、ただおさらいする場に過ぎない。  
 
 いや、それだけではない。  
 早い話が、このクラスの級友たちとは、どうしてもしっくりこないのだ。  
 無論、そんな本音を態度に出すほど彼女は子供ではない。  
“明るく陽気な元気少女”という表情は、当然クララにとって一番自然な自分自身ではある。しかし、そこに演技の余地が全く無いと言えば、それはやはり嘘になる。  
 貴族の子弟にとって、学校とは、決して知識や技術を学習するためだけの機関ではない。“人脈”という、後に宮廷に上がる身にとっては、必要不可欠なものを築き上げるための場所でもあるのだから。  
 
「とにかく人間関係において、こういうポジティブな人格を演じている限り、一気に大多数の方から嫌われるという事は、ほぼありません。  
・・・・・・まあ、よっぽど空気を読めないヘマをしない限りは、ですがね」  
 
 幸村が少し寂しげな笑みを浮かべながらそう言った時、クララは自分の人格を演技だと言われているようで、腹も立ったが、しかし妙にその場では何も言えなかった。  
 しかし、今なら理解できる。  
 幸村はあの時、自分のことを言ったのだ。  
 あの寂しげな笑みは、「ヒト召使い」という、主の寵愛のみを頼りに生きている、自分自身に対する自嘲だったのだ。  
 
 話がそれた。  
 
 あと数ヶ月もすれば、飛び級のための試験がある。それまでの我慢だ。  
 クララは窓の外をそっと見る。  
 校庭の先の雑木林で、一人で剣の素振りをしている幸村が見える。  
 
 その、明らかに自分の体格に合っていない大剣を振るう彼は、一振りごとに体勢を崩してはいるが、一日ごとの進歩はむしろ明瞭で、クララは思わず微笑ましくなる。  
 この学校に於いて、クララと同じく、毎朝の通学に「ヒト召使い」を同行させている生徒たちは多数存在するが、そのヒトたちに対する施設が、学内に完備されているわけではない。  
 従ってヒトたちは、毎朝主人たちを学校まで送ると、馬車と共に一度屋敷まで帰宅したり、僅かなスペースの待機所で私語をしたり、適当に街をぶらついたりと、思い思いに時間をつぶす。  
 
 で、幸村の場合はこれだった。  
 
――素振り。  
 
“万が一の時に、お嬢様を守る。”  
 
 かつてヒト召使いの身でありながら、彼がそう言い、剣を求めた時、伯爵家での反応は様々だった。  
 
「ヒトにしては見上げた忠誠心じゃ、あっぱれよ」  
 と、素直に評価してくれる者もいれば、  
 
「ヒト如きに、クララお嬢様の警護の心配をされるほど、我らは落ちぶれておらぬわ」  
 と、猛反発する者たちもいた。  
 
 まあ、反発者の代表格だった私兵隊や伯爵家直属の属州兵たちも、剣を持った際の幸村のへっぴり腰にむしろ安心したのか、結果としては笑って剣を貸し与えてくれたが。  
 
 しかし、クララは嬉しかった。  
 
 伯爵個人、あるいはプライマリー伯爵家という宮廷勢力のために剣を振るう者はいくらでもいる。  
 しかし、純粋に、クララ=ザマ=プライマリーただ一人のために剣を取る者など、今まで彼以外にはいなかったのだから。  
 
(アイツ、頑張ってるな。――よし、今日の昼休みに、このボクが直々に腕の程を見てあげよう)  
 
 眼前の空間を斬り払い、巧みに軸足を入れ替えて、くるりと振り返り、さらに剣を閃かせる。  
 
(何故、こんなにもアイツの事が好きになっちゃったんだろう)  
 遠目に彼の姿を見ながら、クララは独り呟く。  
 
 取り立てて、美形というわけではない。  
 取り立てて、有能というわけでもない。  
 むしろ、第一印象は悪いほうだった。  
 いかにも根暗そうな、陰気そうな、そんな印象をクララは抱いたものだった。  
 
 そもそもが、自ら欲した「ヒト召使い」ではない。  
 誕生日のプレゼントに、と、父からイキナリ贈られたのが、なれそめだった。  
 
 しかし最初こそ、コミュニケーションの取り方が計れず、ぎこちない関係ではあったが、やがて、徐々にではあったが、彼女は幸村に心を許すようになっていった。  
 その、彼の、一見ぶっきらぼうな態度(召使いのくせに)の底に、優しさと思いやりと忠誠心があることがわかってきたからだ。  
 
 初めて彼と肌を合わせた夜、クララは幸村から告白された。  
“自分は「ヒト」としては傷物である。興が失せたら、いつでも捨ててくれ”と。  
 
 最初は、彼が何を言ってるのか分からなかったが、その意味はすぐに分かった。  
 シャツを脱ぎ捨てた彼の肉体には、一面の凄まじい傷に覆われていたからだ。  
 
 例えば、鞭によるミミズ腫れの痕。  
 例えば、熱蝋による火傷の痕。  
 例えば、トイレのいたずら書きのように、でたらめに刻まれた烙印。  
 例えば、腹部や胸部に残る、無数のメスの傷痕  
 左腕は、肩甲骨から肘まで生皮を剥がされ、召使用の白い手袋と靴下を脱げば、二十枚の爪は残らず存在していなかった。  
 そして、それらの毒々しい傷痕を浮き上がらせるように存在する、きめの細かい、雪のように白い肌。  
 
「誰が! 誰がこんなひどい事をやったんだ!」  
 
 その問いに彼は答えなかった。  
 ただ、無言で寂しく笑っただけだった。  
 
「主か・・・・・・? キミの前の主がやったのか!?」  
 
 今から思えば、愚問だった。クララはそう思う。  
 
「答えろ! 答えないか! キミの今の主はボクなんだぞ!!」  
 
 例え、彼らがどんなにひどい主であっても、また、その主従関係が過去のものであったとしても、その主たちを軽々しく誹謗することなど出来るはずはない。  
 いや、余人は知らず、幸村はそういう軽はずみなヒトではない。  
 しかし、当時のクララは、そこまで彼を理解してはいなかった。  
 幸村はただ、寂しげにこう言っただけだった。  
 
「この世界に落ちてきた「ヒト」の宿命、というやつですよ。逆に言えばお嬢様」  
「・・・・・・?」  
「あなたがヒトの世に落ちてくれば、今の僕と同じ目に会わされたとしても、誰にも文句を言う事は出来ないのです」  
「・・・・・・!」  
 
 クララは慄然として、何も言う事は出来なかった。  
 
 そして、そう言いきった彼の眼の奥には、深い“闇”があった。  
 単なる陰気さや、根暗さなどではない。  
 それは、数え切れないほどの地獄を見てきた者のみが持つ眼だった。  
 
 彼女の周囲で、そういう眼をもった者は誰一人としていなかった。  
 友人も、教師も、尊敬すべき父である伯爵本人も、槍一本で戦場を生き抜いてきたはずの警護兵たちでさえも、そういう深い眼をもった者はいなかった。  
 
 その眼に引き込まれた瞬間、クララは真の意味で幸村に惹かれ始めた、と言えるのかも知れなかった。  
 
 無論、幸村とて常日頃から、そんな暗い眼をしているわけではない。  
 普段の彼は、あくまでも明るく、優しく、それでいて妙にズレた真面目さをもつ、そういう平凡な男に過ぎない。  
 
 遊んでいる時は、子供のように楽しげな眼を。時には兄のように優しげな眼を。  
 閨にいる時は、王のように傲慢な眼を。時には子羊のように怯えた眼を。  
 
 彼女はいまや自覚していた。  
 自分が、彼という存在に夢中になっている、という事実を。  
 
十一  
 
 ジリリリリリリ・・・・・・。  
 
 終業のチャイムが鳴った。  
 
「いっけね!」  
 幸村は、校舎の巨大な時計を見て、時間を確認する。  
 
 昼休み。  
 
 いそがねば。  
 本来ならば、終業のベル――すなわち昼休み開始のベルまでに弁当を主の教室まで持参しなければならない。  
 当然、昼休み開始と同時に、御学友とのランチを開始できるように、である。  
 
 いつもなら、素振り自体を講義終了十分前ほどに終わらせ、余裕を持って校舎に行くのだが、今日に限って、時間を忘れてしまったのだ。  
 
 特に体調が良かったわけではない。  
 今朝の、色々あった出来事を頭の中から払拭しようと、必要以上に、意図的に没頭した結果だった。  
 
(まずいな、こいつは下手したら、懲罰もんだ)  
 幸村は、手早く捲くった袖を直し、上着を羽織った。  
 剣を鞘に収め、弁当を・・・・・・。  
 
 無い。  
 
 弁当が無い。  
 確かに置いたはずの場所に無い。  
 
(うそだろ・・・・・・さっきまで確かにあったじゃねえか!)  
 
「お探し物はこれでしょうか?」  
 その声を聞いた瞬間、幸村の汗は一気に冷たくなった。  
 
 そこにはメイド服を纏った銀髪の女――ヒルダがいた。  
 
「・・・・・・何で、お前が、ここに、いるんだ・・・・・・?」  
 
「まあまあ、ことほど左様に恐がらなくともよろしいではありませんか。私はオニでもアクマでもありませんのに」  
「何でここにいるんだ!?」  
「お召しを受けたのでございますよ、お嬢様の担任の講師様から、成績の事で。おそらく今期の飛び級試験の話でございましょう」  
「何でよりによって、お前が来るんだ!奥方様でもボイド様でもいいはずじゃないか!?」  
「これはまた・・・・・・おかしな事をお訊きになるのでございますね。決まっているじゃありませんか」  
「何が決まってるんだっ!?」  
 
「貴方がおられるからですわ」  
 
 
「・・・・・・」  
 
 
 幸村は、もう言葉が無かった。  
 いや、例え返す言葉があったとしても、口の中がカラカラで、もう何も話せなかった。  
 ただ、腰から崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえる事しか出来なかった。  
 
「んふふふふ・・・・・・そんな事よりも、早くお弁当を届けないと、またお叱りを受けますわよ」  
 
「っ!」  
 幸村は全身の力を振り絞り、彼女の手からそれをひったくった。  
 早くクララの元へ行かねばならない。  
 いかに、コイツが大胆不敵でも、クララと一緒にいる場で、何かを仕掛けてくる可能性は低い。やけになった幸村が何もかもクララにブチまけたら、それでヒルダ本人も終わりだからだ。  
 残った体力の全てを使って、校舎へ駆け出そうとした幸村の視界に飛び込んできたのは、彼の主その人だった。  
 
「ユキィィィィ、遅いよぉ!! キミがランチを持ってこないから、こっちから取りに来ちゃったじゃないかぁ!」  
「おっ、お嬢様っ」  
 
「あらあら、お嬢様いけませんわ、そのような大声を出されては。レディともあろう者がはしたない」  
「あれっ、ヒルダ? どうしたの?」  
「学校から屋敷の方へ、お呼び出しがあったのですよ。でも、それほど悪い話では無いと思いますが」  
「ふ〜ん、何だろ? ま、いいや。で、ユキ、ランチは?」  
 
 そう言われて、あたふたと幸村が弁当を差し出す。  
「あっ、おっ、お嬢様っ、申し訳ございません、ただいますぐに教室の方にお持ちします!」  
「いいよ、別に。ここで食べようよ」  
「ここで? 外で、という事ですか、お嬢様?」  
「うん。涼しくて気持ちいいよ。ねえユキ、テラスの方へ行こうよ」  
 
 そう言うが早いか、クララは弁当を受け取り、駆け出そうとする。相変わらずの性急さだ。  
 しかし、幸村の立場としては、はいそうですねと、ついて行くわけにもいかない。  
 
「しかし、お嬢様、本当に宜しいのですか? 御学友の方々との御会食は・・・・・・」  
「いーのいーの、たまにはねっ」  
 
「お嬢様」  
 
 背後から冷や水をぶっかけるような冷静さでヒルダが口を挟む。  
「私もご相伴に預からせて頂いて宜しゅうございますか?」  
 
 いや、違う。  
「うん、いいよ! 一緒においでよヒルダ!」  
 
 ヒルダの冷静さが冷や水なのではない。  
「有難うございます。お嬢様」  
 
 ヒルダの存在そのものが、この場における冷や水なのだ。  
「それでは参りましょうか。ユキ・・・・・・」  
 
「・・・・・・はい・・・・・・」  
 
 ヒルダは、しずしずと歩を進めながら、隣にいる哀れな子羊に一瞥をくれると、今度は念話で話しかけた  
『――ユキ』  
 
(・・・・・・何だよ)  
『性感魔法は、やっぱりお嫌かしら?』  
(当たり前じゃないかっ!?)  
『あらあら、でしたら、どうして――』  
 
 ヒルダは再び、銀縁眼鏡の奥の淫靡な眼差しを幸村に向け、  
『――どうして、あなたのここは、こんなにも堅く、大きくなっているのでしょうか?』  
 
 幸村は、その言葉を聞いた瞬間に、思わず射精しそうになったのを、必死でこらえた。  
 
 

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