…意外とヒトとは、軽いものだな。 
 
 職務柄、気絶したゴロツキを地元の警備に突き出すために担いでいくことは多々あったが、 
こいつはその半分程度だろうか。まぁ、ケダマはマダラの二倍重いと相場が決まっているのだが、 
それを差し引いても軽い。私は、野生の兎(動物のほうな)でも担いでいるのかと、途中で錯覚したほどだ。 
こんなつるっつるの兎は見たことないが。 
 そして、少女のほうはもっと軽い。いや、少女より幼女のほうがしっくりくる大きさだ。 
明らかに『気配』…魔洸反応は、はこちらの方が大きい。しかし、戦うことを一としない体の構造だ…幼女だし。 
 
 ――魔洸反応とは、平たく言えば魔法戦士の勘。 
  相手の魔洸キャパシティを直感的に計測したり、特化の訓練をすれば遠距離から索敵できる。 
  自分の魔力と共鳴できる限度を調べるため、相手が強力すぎると使えないが。 
 
 やはり、生体兵器と見るのが自然なのだが、ならば主は? 
主がヒトだとしても、守れよ。私から。というか、無防備に眠らないだろ。兵器なら。 
足の裏くすぐったら寝たまま「にゅふへへ」とか声出すし。 
 ワケの分からん奴らだが、とりあえずキャンプまで担いでいく。 
 
 
 キャンプとは、牛車…否、竜車の事。 
私達は基本的に目的地周辺まではこの竜車を利用し、現地解散、各人単独活動に移る。 
そして『隊長』である私は、竜車の保全も役目のひとつ。 
これで仲間を迎えに行き、そして、互いの無事を確認し合う。それが、生甲斐のひとつ。 
 そして、その竜…『ロナ』は、四つ足で岩盤のような肌をして、 
それが腹這いになり四杯をぐでーっと広げて大の字になり、目を閉じていた。 
 
「こら、ロナ。だらしない。女らしくせんか。」 
「ギャウ。」 
 不満げな回答と共に重たそうな体を起こし、お座りの体制を取る。 
「変なヒトと、人種不明を捕まえた。」 
どさり、と地面にヒトを投げ出す。子供は反対の肩にひっかかったまま。 
―――あれ、その場で尋問しなかったの? 
 
  彼女――ロナは人語を発せない。普通の竜の喉だから。しかしその知能は高く、高度な魔法も会得できる。私の頭に響く声もそう。 
 魔力で頭蓋骨に直接振動を送り、音を伝える、なにやら落ち物の『コツ・デンドゥー』とかいう師範が会得した妙技だとか違うとか。 
 …まあ、どうでもいい。 
 
「いや、暗くてヒトだとは思わなくてな…獣人規格で毒を盛って、昏睡状態だ。」 
 体だけ麻痺させるつもりが、脳にも到達したらしい。 
…ああ、後遺症はない麻痺毒だ。 
 
「とにかく、しばらく目が覚めないだろうな。」 
 白ヘビの子をそっとヒトの横に寝かせながら、話を続ける。 
―――どうするの? 
「とりあえず、私達の『家』に寝かしておく。逃げないように見張る。」 
―――そっか、分かったわ。外は私が見ておくね。 
「…世話をかける。」 
―――全然。 
 
すっと、岩盤みたいな顔が、綻んだ。最近では、竜と成ったロナの表情も読めるようになった。 
…夜風が、冷たい。 
 
 
「はにゅー…?」 
 ああ、女の子が目を覚ました。 
「…はにゃっ?」 
 きょとん、とした顔で、ヒトの顔を見て、そして私の顔を見比べる。 
夜風になびく淡い空色の頭髪と、黒い草原で白く輝いている肌が映える。 
「…にゃーーー!!」 
 ああ、状況を理解したらしい。 
「大丈夫だ。何もしないよ。」 
「にーにー!にーにー!」 
 ヒトの体を短い華奢そうな両手で揺するが、私の自慢の毒素でもうしばらくは思考できないはずだ。 
「にーにー、なにした!」 
 けっこー喋れるのな、こいつ。 
幼いながらも整った顔立ちで、キッとこちらを睨む。 
「私の毒で眠ってもらってる。しばらくは起きない。」 
 その子はビシっとこちらに指をさして、言い放った。 
「ぶー!!おばにゃん、きやい!」 
 
 私の中で何かが切れた。ってかキレた。 
「よーし白ヘビにゃんこちゃん、 お・ね・え・さ・ん とあそぼっかぁ♪」 
 『おねえさん』は、ノアを抱きかかえ、ぎゅーっと、骨よ砕けよと、胸に抱きしめた。 
「ギニャーーーー!!!」 
 
―――あーぁ。 
  スイッチが入った彼女は、誰にも止められない。 
 その恐ろしさ、逆らったときしっぺ返しの大きさが、 
 彼女の合理的で仲間思いの性格以外の『隊長』たる威厳の要素となっている。 
  …よってロナは、傍観以外の選択肢はない。 
 まあ、面白いものが見れるために任せるのだが。 
 
「キライなら、スキにさせましょ ホトトギスゥ?」 
 カナは意味不明な俳句と共にノアを締めるその手を緩め、顔を覗き込む。 
「ふぇ、ふぇぇ」 
 涙目だ。やはり、女の涙は美しい。まぁ悪戯するならオスのほうが楽しめるが。 
「んふー♪」 
 その子をぬいぐるみの様に抱え上げ、 
 唇を重ねる。 
「〜〜〜にゅぅ!?」 
 突然の、初めてのキスにパニックし、暴れ始める。 
 私の頭を引き剥がそうと髪を引っ張るのだが、幼児に大人を突き放せるわけもなく。 
 私は舌を進めて唇をこじ空け、この子の舌を絡め取る。 
「〜〜むー!…ぅ……!!」 
 彼女は私から逃げ、角に追い詰められた所を捕らえられる。 
…甘い味が、舌を占める。 
 
―――ごーいんねー。 
 すまんな、Sなもんで。 
 
 私を口の外へはじき出そうと彼女は押してくるが、無論譲らない。 
「〜〜んー!!ぐ!!」 
 そして今度は口への侵入者を噛み切ろうと試みたが、それは無理だ。『強化』してある。 
幼児のアゴの力だから、だけでなく、私の体が特別だから。 
噛み切ろうとして傷が付いた私の舌からこの子に血が流れ、『制圧』していく。 
余興に彼女の中を貪り、唾液を啜り出す。 
「〜〜!?はふ…!ぅ…ゅ」 
 
―――それくらいにしたら?仮にも幼な子よ。 
「ふぅ…ま、そうだな。」 
 
 唇を離し、舌を抜き取る。 
 だらーんと、私の腕の中で体を仰け反らせて垂れる白ヘビの女の子。 
私の血が…毒が巡り、眠りに堕ちている。 
唇を舐め取りながら、感想。 
「制圧完了♪」 
―――変なこと教えちゃって… 
 
 
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 …あー… 
変な夢を見ていた気がする。 
 体を少し起こす。 
小部屋のような場所の床に寝そべっていた。 
広さはそうだな、ワゴン車から椅子とか全部取っ払ったかんじだ。 
 
 足の方向に、月明かりが見える。窓じゃなくって、カーテンみたいな布で作られた入り口。 
床は木目があるけど、壁や天井は布なのだろうか、アーチ上の構造をしており、 
カーテンではなくテントのように十分の強度を持っていそうだ。 
 
 ノアがいる。 
俺の左足元で、子犬が寝るその姿勢で丸くなっている。 
 
 見知らぬ女性が床に寝そべっているいる。 
俺の右手元に彼女の肩があり、二人の体で、この空間の横幅は半分占められている。 
 
「…夢なら良かったんだがなぁ」 
 どうやら、俺はこの女性に捕まったらしい。つまり、俺の手足は縛られて……?っておぃ。 
全然自由じゃんこれ。 
俺は非常識的な方だが、さすがに捕獲した対象が逃げない様に多少の策は講じれるオツムを持つと自負している。 
 だがこの女性はどうだ。この部屋の中にはカーテンのせいで月明かりが入らず彼女の顔は見えないが、 
それはそれは相当なブロンドに違いない。とりあえず俺は体を立たせて、ノアをかついで、外へ… 
 
「待て。」 
 …えーっと。いわゆる、狸寝入りっていうか、うん。 
エマージェンシー?……やれやれ…… 
 
 
 その女性は、寝かしていた体を起こすと、胡坐をかいて、こちらに向いた。 
…指一本で真っ白なナイフの重心を取ったかと思うと、クルクルと指で遊ぶ。 
 俺は膝立ちのまま、固まる。 
「聞きたいことは多い。座れ。」 
「…はい。」 
 俺は、こいつの目の前で体を低くし、正座の姿勢で向き合う。 
 
「まず、名は。」 
「く「うにゅー」ずあき、です」 
 犬ボール状態からぐぐーっと伸び、ゆっくり瞼を開けて、こちらより先に女性を見る。 
「ノア…」 
 ノアはその女性を見て刹那、硬直し、 
「はにゃっ!?」 
 そして弾かれたように四つ足で…犬走りで俺の背中側に駆け込む。 
「ノア…それが名か。」 
 女性が俺の呟きから意味を拾う。 
「にーにー!」 
 ノアは、ぎゅっと、俺の服の裾を掴んで自らの体を寄せた。 
ああ、この可愛らしい生物の頭をワシャワシャと撫でて愛でたいところなのだが、 
いかせん正面方向に『無視するな危険』と書いてある。ちょっと死ねる雰囲気だ。 
…目の前の女は、クスリと笑ったように思えた。 
 
「その子は…いや、後にしよう。まず、なんとかアズキ。お前の主人は?」 
 白い刃を曲芸しながら尋問する相手に俺の名前を間違えたとか指摘するほど空気を読めない男ではないが、 
さすがに質問文が意味不明で思わず聞き返す。 
「…え、何ですって?」 
「ド低脳がッ!」 
 殺気。暗闇に浮かぶ目に明らかに不快な形に歪む。 
俺は思わず後ずさり。 
 
「ギニャ!」 
 おお、ごめんよノア。俺はお前を尻で轢いちまったのだが、 
俺は人生という道が目の前から崩れ落ちる予感のためじっくりと後方確認をする余裕が無いのだ。 
「待て…落ち着け、自分…」 
 女性はコメカミに手を当ててぐっと抑える。 
一瞬、俺も一息吐いて、まばたきをしたたのが悪かったのだろう、 
 …目を開けたら女性の顔が鼻息が掛かるほど目の前で、 
どうもナイフは近すぎて分からないが喉元に入刀するため婚姻相手を待つ状態と思われる。 
「…トボけるな。主人ぐらい居るのだろう。」 
 冗談文体の俺だって取り乱すんだぞ。分かったかコノヤロウ!(泣) 
「ひいい、いや何のことかってナイフ怖いですごめんなさい知りません」 
「…むう…やはり、いないのか?落ちてきたばかりか…だとしたら、何故…」 
女性が意味不明な小言を呟く。 
 
「その子は?」 
 …この質問は、何で真夜中に女の子を抱いているのだとか、何その生物ふざけてるのとか、 
いろいろと広義的に質問を展開したと容易に予測がつくのだが、 
なんせこの電波的な…俺もまだ信じてねぇ…奇跡の遭遇を信じる人物が居たら 
それはSFマニアか宗教的にヤバい境地に至られた方ではないかと思われる。 
 …でーもこれ説明しないとクビチョンパーなんだなこれが! 
「あー、それは、そのー…」 
 人間とは困ると目線が泳ぐ。これは精神的な不安の証明というか軽い現実逃避なので 
人類は総じて引きこもり症候群と言えることとか、別にどーでもいいことばかり頭に浮かぶ。 
「…何なんでしょうね?」 
「ド畜生がッ!!」 
 覇気。眼前に迫った顔に少しだけ当たっている月明かりで犬歯が見える。 
フォースに吹き飛ばされそうだ。俺に加護あれ。 
 
「にゃぅ!」 
 おお、我が娘(違)は学習能力が高いらしく、ちょっと横に飛びのいて 
俺の閻魔ハイウェイからの後ずさりロードを譲ってくれた。 
 で、閻魔女王様いわく、 
「……落ち着け…落ち着くんだ。今まで食ってきた男の数を数えるんだ… 
 1…2…たくさん。よし。」 
 …うーわー。引くわー。それは小言と言えど引くわー。 
でも死ねるから言わないわー。 
 
 質問に俺は紳士に答えようとするも、なんせ質問文が意味不明なことと 
こっちも自分の状況を把握できてない等で、一向に話が進まない。 
 そのたびというか、時間の経過に伴って相手の息は荒くなり、体が近づいてくる。 
ぶっちゃけ胸が当たってキス直前というかお姉さんそれは青少年にはキツいっす。 
…まぁ全身から血の気が引きっぱなしなのでアソコも血の気が無いのが救いか。 
 
「…じゃあ、何でお前はあそこを…草原のど真ん中を歩いていた?」 
「…分かりません。」 
 …もうこれ以上、接近できない。いや、貫くことはできると思うけどねー。 
何だか軽く自暴自棄になりそう。いや、いっそ死にてぇ。 
 あぁ、でもそーすると、さっき発見したノアをもふもふできないのかー。 
 
 …なんて追い詰められて壊れそうだから一周して元に戻っちゃったこと考えてると、 
予想外にも女性は、俺から距離を取り、ナイフをトスン、と床に刺す。 
 そして、初めて、感性的な質問をぶつけてきた。 
「…ところで、何故その子と共に居る?」 
「…はい?」 
「その子は…お前とは異なる生物だ。普通は恐れるだろう?意味不明なものを。」 
 たしかに、妖怪というか化け物を見たら、言われなくってもスタコラサッサなべきなのだが… 
ここはアレか、ノアは実はバイオテクノロジーの実験体なんだぴょんとか答えたほうがいいのか? 
どーせ途中でネタが切れて首と体が赤い涙で泣き別れになるんだろうが。 
 …もっと直感的に、答えてしまおう。ウソはないし、これ以上手が無い。 
「かわいいと、思ってしまったから…じゃ、だめですか?」 
「……はぁ?」 
「え、そ、その」 
 
 … 
 
「ハハ…つまり、何だ。 
 その子が、卵が孵るところを見て。 
 感動して。そして、懐かれて。 
 ほっとけなくなった、と?」 
 …仰るとおりで。 
 さく、とナイフが床から抜かれて 
「死ぬか?」 
 喉元の直前で止められる。 
 
「ちょ、えええ!?」 
 おお、この期に及んでまだ生存欲求を持つか。飛び退く本能流石だな。 
なんてピンチの自分を見つめる冷めた自分が居る。 
「にゃー!!」 
 何故かノアも一緒に驚く。ああ、説明してる間にまた背中側にいたんだな。かわいいやつめ。 
「常識的に考えて、卵をそのへんにほっぽりだす親がど・こ・に・い・る」 
 この女性の息も非常に荒い。俺、そんなにストレスフルな奴か? 
確かに、意味不明で適当にはぐらかしているように思われても仕方ないな〜って考えつつ 
もうひとつの自分は完全にパニック大恐慌時代に突入。 
「えええ、だってアンタ、いや一言づつナイフで喉突付かないで、ノアは人外だって」 
「ヒトデナシにも親がいるわ、バカモンが!」 
「ひいいいごめんなさいいいい」 
 
 …ふと、女性は目線を俺から逸らして、何かを考えているように虚空を見上げた。 
「…そうだな。ヒトデナシでも、子作りができることぐらい、証明してみるか?」 
 そして、にやりと、獲物を狙うハンターの目をする。 
…性的な意味で、なんて俺には縁の無い単語だと思っていた時期がありました。 
 

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