草原の中、俺は地面に大の字で寝そべって、空を見上げる。
やっと煩わしい受験も終わった。結果が返ってくるまで、自由。
まぁ、第一志望は無理のようだが、それは俺の努力相応の大学に、神様なり仏様なりが導いてくれるさ。
パソコンにかじりついてばっかの俺だけど、でも、この小さな、町外れの草原は大好きだ。
ここで横になって、時間の浪費をすることが至福の時。
たぶん、小学生のとき町を冒険して、見つけたときから。
目を閉じ、すぅっ、と深呼吸。
目を開ける。
――― 空に、2匹の鳥がいた。
――― 一匹は黒い。
――― 一匹は白い。
黒が、白を追いかける。
でも、見たことのない鳥。遠すぎで何か分からない…
二匹は、時に追いかけ、時にすれ違いながら、美しい軌道を描く。
その軌道は平面的でなく、アクロバット飛行のような、複雑で優雅な線。
そして、黒が、白に追いつく。
真上に上った太陽が雲の切れ目から現れ、ふたつの鳥が重なった瞬間に俺の視界を潰す。
…まぶしい。目を閉じる。そのまま、陽気と眠気に身を任す…
バキィィッ
ってえええええええええええええええええええええええああああああああああああああ!!!!!!!
突如頭部に走る鈍器で殴られたような激痛に悶え草の上を転げ回る。
何?何事?ワッツハペン、この額の激痛はっ!!
俺の頭に十分硬いものが高い力積を保持しながら衝突したっ!!
正直泣きそうなのを堪え、ぐわんぐわんと響く頭部を押さえながら、状況の把握を試みる。
…卵?
さっきまで俺の側に無かった、その白い球体。
いや、球ってか本当に卵型。
そして、小さくヒビが入っている。
そしてデカい。何だコレは。
ダチョウの卵…?
もしかして、この卵が頭にぶつかった、とか?
いや、割れるだろ、フツー。
ってか、初速度は?初期配置は?むしろ誰が?
理系な受験漬けだった俺はそんなことを考えながら、目の前の物体Xをまじまじと見つめる。
パリッ
「お」
バリリィ
卵が、孵り始めた。
俺は、生物に限らず、何かが誕生する瞬間を見たことが無い。
せいぜい、料理の出来上がる瞬間の感動しか、知らなかった。
それが、目の前で発生している。
痛みを忘れ、目を奪われた。
バリッ…
ヒビは、水平方向に卵を分断するように伸び、一週して、止まった。
…1分ほど、卵と共に時間が止まった。
ふと、どこで知ったか分からない知識が頭をよぎる。
「卵からヒナが孵る時、殻を割ることを手伝ってはいけない。
何故かは不明だが、手伝うとヒナが死んでしまう。
自力で殻を割れないヒナは死んでしまうが、
我々は見守るしか手段がないのだ。」
何だろう、少し寂しい気持ちが込み上げる。
そっと、卵の頭に、手を載せる…
バリィッ!
「のあぁ!?」
「のあー!」
卵の中から、何かが飛び出してきた!
Title:「虹絹の乙女達 〜ノアとアズキと隊長と〜」
たまごから ようじょ が あらわれた!
コマンド?
たたかう
なめる
→しらべる
にげる
「はぃぃ!?」
「はいー!」
驚いて尻餅を突きながら、マトモな人語を出せない俺の言葉を繰り返す、
割れた殻の上にこちらを向いてテディベア座りをしている女の子。
「何だぁ!?」
「なだー!」
舌ったらずらしい。
この少女は間違いなく、卵の中から出てきた。
真っ白な肌をしている。雪のように白い。
…驚愕に吹き飛ばされていた常識が、戻ってきたようだ。
雪のように白いと示したが、比喩ではなく本当に白い絵の具をぶちまけたような白さ。
そして、「シッポ」と「ツノ」がある。
ツノは後頭部から2本、両耳の後ろあたりから、それぞれ一本づつ、アゴと平行に生えている。
っていうか、耳がねぇ。
そしてシッポは、ニャンコでもワンコでもなく、爬虫類のそれ。
さらに、全身を調べる。ウロコがある。
その頭部には生まれたてにも関わらず、淡い青の頭髪がふさふさと生えている。
こーいうのを無造作ヘアってのか?
あ、眉毛もあるんだ…爬虫類っぽい目をしてるのに。
そして、何か頬のあたりからヒゲ?なにその突起ふざけてるの?
まあ、まとめると人外だった。
「お前、一体何だ…!?」
「お、ま。う?」
元気に俺の言葉を繰り返していた少女は、俺の言葉が難しいのか首をかしげてみせる。
そして、飛び掛ってきた!
「にーにー♪」「ぬおおぉあ!!」
胸元に飛び掛られ、思わず押し倒される。
いや、実際はすごい軽い子なんだけど、驚いて身を逸らしたら、そうなった。
「にぅー♪」「ちょ、ちょっと……」
スリスリと顔を俺の胸元に擦り付けてくる。
「何?え?何お前!?」
「のあ!」
キラキラと目を輝かせながら、胸元から幼い顔が上目遣いに覗いてくる。
何だろう、確実に人外を目の前にし、懸念すべき懸案は山積みであるのに。
その一挙一動が、可愛らしく感じてしまう。いや、性的な意味じゃなくって、母性的な…
保護欲ってのか、こーいうの?
「はにゅー」
服にしがみついて、体を擦り付けてくる白ヘビ妖怪?は、なぜか俺に懐いているらしい。
そのまま放置して移動するという発想は、もう俺の中から消え去っていた。
「えーっと…あ、こいつ一応、生まれたてなのか…」
ふと、赤ん坊に必要な物って何だっけなんて、全く興味の無かったことが頭をよぎる。
「あ、名前……そうだ、名前を決めなきゃ」
「のあ!」
そうだ、何事もまずは名前から始まる。ええと、この子は女の子か。股間にアレがないから間違いない。
当然ながらその子は素っ裸なのだが、この時の俺にそーいう趣味はないので、特に何も思わない。
「そうだなぁ、妖怪だから…日本的な名前? きな子とか?」
「のーあー!」
「いや、それは最近ウワサのダメカワイイじゃないか。むしろウゴァ!?」
「のーーーあーーー!!」
何かお気に召さないことが御座いますか、お嬢様。分かった、分かったから俺の胸を叩くなっ!
ビジュアル的には「ポカスカ☆」なんだけど、効果深度は「ドガッドゴッ」なんだよおおお!
「ゲホッ、ゲホッ……うぐ、何が気に入らない……」
「ぶー!のあ!」
くそぅ…さりげなーく人外の出力してやがる。
…ん、もしかして?
「お前、『ノア』って名前なのか?」
「うにゃーーーー♪」
ぎゅーっと、抱きついてくる。そうか、『ノア』ってのか・・・
「ってか、言葉、分かるの? お前。」
「ちょっちにゃ!」
おぃ。
流石妖怪(暫定的)だぜ。俺達が考え付かない生態を持っていらっしゃる。
そこに痺れる憧れるゥ!
…なんて無茶苦茶なことを考えていたら、この妖怪白ヘビン…じゃねえ、ノアは
「ふにゅー……ぅ」
俺の胸の上で、寝息を立て始めた。
「やれやれ…」
ノアの頭をなぜてやる。
ふさふさの頭と、カチカチのツノが対照的。
妹が、できたみたいだ。
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「……なーんもねぇ。」
カナは、その猫耳を片手で掻きつつ、今晩の獲物を探していた。
いつも旅先での食料は、現地調達だ。
無論、人里ならばそこで仕入れるし、保存食だってあるのだが、何分味がよろしくない。
しかしどうも、この一体の草原では獲物の気配がしない。
「あーあ、また不味い干し肉かよ……はぁ」
女性らしくない口調でガリガリと右手で後頭部を掻き毟りながら独り愚痴る。
踵を反してキャンプに戻ろうとした時、彼女は『気配』を感知した。
「…む」
2時の方向、およそ250メートル。動物性反応、ふたつ。
ひとつは、大きな反応。戦闘能力がありそう。
もうひとつは、並の反応。一般人のレベル。
距離が遠くて、それ以上は確定できないが…
「何にしろ、確認する必要があるな。」
食料なら、調達する。
人間なら、何故真夜中の草原を歩き回るのか調べる。
何にしろ私の背中にある純白の大剣を喉元に押し付ける事には変わりない。
彼女は、距離を詰める。
…200。
草の中を、姿勢を低くして。
…150。
気取られないように、防音壁を展開して。
…100。
自身の脚部を、『強化』して。
…50。
こちらが背中を取った。
ゼロ。
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「もしもーし……ここどこですかー……」
ちょっと神様に電話してみただけだ。
最も、俺の携帯は家で充電中だが。
昨日はうっかり八べえでバッテリー入れ忘れてたからなー。
俺が寝そべっていた野原は、少なくともど真ん中で直立すれば、すべての端が見えるサイズのはずだった。
だが、歩けども歩けども、草原。
ノアは、相変わらず俺の腕の中で寝息を立てている。
いや、動き回られるよりは楽だと思うけど。
彼女は非常に軽いため、腕は全く疲れないのだが、
日が真上にあった時から歩き続けているためか運動不足の足がガクガクしてきた。
とりあえず、月の有る方角へ歩き続けてみたが、端が見えない。
―――俺、遭難した?
―――自分がいつもの草原に来ていたと思い込んでいただけで、実は別の草原だったとか?
「やれやれ……」
絶望的状況であることを、理解したくない自分が溜息を突く。
その時、背中側から。
ひゅっと。
えーと、マンガサイズの、アレですよ。竜切り?違うね。クレイモア。ほら、最近アニメ化する、あれ。
それが、月明かりに白く照らされて……暗い草原に、白骨死体のごとく浮き出て。
首の皮に触れて、固定されて。
同時に背中側に、むにっと……やらかい女性の感触が。
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「動くな。」
私は、その人型の影を動けないように、喉元に剣を立て、背中から自身を押し付け動きを封じる。
「………」
「………」
「………。」
「………?」
やけに反応がにぶ
「はいぃぃ!?」
あった。
妙な間に私の思考も停止してしまった。いかん、いかん。
「黙れ。切るぞ。」
「ひぃっ…!」
影は、両手を上げる。これで仰向けになったらイヌの服従ポーズだな。
さて、真夜中にほっつき歩いてるコイツは何だ?
今、自分は影の背中に密着しているため、後頭部しか見えない。
…首に毛がないから、マダラだな。そして声からして男。
ちょっと顔が近すぎて種族の確認は取れない。
まず、その胸元に抱えている生体兵器(未確定)を確認して…
え、おんなのこ……爬虫類のウロコ……?…寝ている。
「…お前、人攫いか?」
「ち、ちが」
「ウソを吐くな。こんな夜中に幼女を草原に連れ込む輩は、人売りかロリコンかそれに準ずる者に違いない。」
「と、というか、これ人じゃないですよ!ほら、見てよ!肌が白いし、ウロコもあるし!」
「ただのヘビの子じゃないか。」
「ただのって…!?」
「まあ、良い」
私は、自らの舌先を噛む。
別に自殺する訳ではない。ただ、出血の必要があるだけ。
そして、対象の後頭部…脊髄の上。
血の混じった唾液を、舌で擦り付けて。
「うひゃ!?」
そいつは身を震わせる。ふふ、やはり人が驚く姿は面白い物だ。
ややSッ気があると言われると、それは事実だ。否定はしない。
「なに……、を………」
ドサリ、と奴隷商(ううん、知らないけれど絶対そう)は仰向け倒れこむ。
女の子はというと、腕に抱えられたままそいつの腹の上に落ちて…寝返りを打った。
さて、地元に引き渡す前にアホ顔の確認を…
「…あれ?」
耳がない。爬虫類系?
「…ありゃ?」
ウロコもない。つるっつる。
「…んんん?」
もしかして、いや、これは…『ヒト』だ。